読書の記録(2001年 6月)

「アンデスの十字架」 高尾 佐介  2001.06.01 (1997.04.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 南米ペルーで日系のフジモリ大統領が就任して以来,続発する日系人に対するテロ行為。Q新聞サンパウロ支局に勤務する新聞記者の指月平は,最近起こった神埼と言う商社マンの殺害と,フジモリ政権下のリマを取材する為現地に向った。神崎は自宅マンションの地下にある駐車場で射殺されたと言う。手には十字架のペンダントが握られていたのだが,それは彼が使っていた金庫の鍵だった。そして偶然知り合った日本人考古学者の天野民代と,ゲリラの拠点近くの発掘地へ向う指月。

 1996年ペルーで起こったMRTAによる日本大使公邸襲撃事件には驚きましたが,さらにビックリしたのは翌年の人質解放劇でした。地下に張り巡らされたトンネル,軍による鮮やかな突入作戦,そして何よりもテロには絶対に屈しないと言う強い意思。平和な日本では考えられない様な国情を見せつけられました。全ては貧困が悪いのか。ここにもセンデロ.ルミノソを始めとするゲリラ達や,白人至上主義者の勢力,500年近く前のスペインによる侵略を恨むインディオ達が登場し,物語に深みを与えていきます。少し都合が良すぎる感もありますが,間に挟まれるクーデターを企む者達の存在や,誰がゲリラの手先だか判らない展開は,スリリングですし,何と言っても読み易いのがいいですね。

 

「斃れし者に水を」 渡辺 容子  2001.06.02 (1999.01.20 祥伝社)

☆☆

 女性脚本家である藤原真澄が住む,高級住宅街の自治会長が殺された。真澄はその当日,不倫相手である織田浩司を駅で見掛けたが,彼はその事実を否定する。織田と事件の係りを疑う真澄。そんな折,織田は糖尿病のため入院する事になった。彼の世話をしたい一心で,病院住みこみの付き添い婦になった真澄だったが,今度は病院で彼の同室だった患者が謎の死を遂げてしまう。ますます織田に対する疑惑が広がって行く真澄。

 渡辺さんの作品に登場する男性って,何でこう情けない人ばっかりなんでしょうか。渡辺さんの周りにはこんな男性しか居ないんでしょうか。そしてそんな男性に主人公は何故惹かれていくんでしょうか。「左手に告げるなかれ」での元不倫相手,「無制限」に出てくる夫と新しい恋人。この作品では織田なんですが,なんで彼が犯罪者だったとしても,彼を守ってやろうなんて思えるんでしょう。この部分がとにかく納得できないんで,話としては面白いと思うのですが,読んでいて辛かったですね。ちなみにタイトルの難しい字は,「タオレシ」と読むそうです。

 

「ミッドナイト イーグル」 高嶋 哲夫  2001.06.03 (2000.04.20 文藝春秋社) お勧め

☆☆☆☆☆

 カメラマンの西崎勇次は,冬の北アルプス山中での撮影中,星空の中を轟音を発し飛行する謎の飛行物体を目撃した。次の瞬間それは山の向こう側に墜落し,大きな爆発音を聞いた。一旦下山後,西崎は友人の新聞記者である落合信一郎と,墜落現場であろう天狗原に向った。その頃フリーライターの松永慶子は「週間トゥデイ」編集長の宮田忠夫から緊急の呼び出しを受けた。アメリカ軍横田基地に昨日何物かが侵入し,MPとの銃撃戦の末,犯人一人とMP一人が死亡。残りの犯人一人は逃走したとの事だった。慶子は取材の為,カメラマンの青木祐二と現場に向った。

 厳冬の北アルプスにおける追跡劇と,謎に包まれた事件の取材と言う二つの話が交互に描かれていきます。どちらの話も大変緊迫感にあふれ,ぐんぐん引き込まれていきます。読み進むにつれて判って行く西崎と慶子の関係と彼らの過去,そして事件の概要。このバランスがいいんでしょうね。スパイが出てくる話だと,とかく相手の裏をかく複雑なやり取りが中心になったりします。また軍隊が出てくる話だと,とかく派手な戦闘シーンの連続に辟易させられる事があります。この作品では,そのどちらの要素も主題となっているのですが,人間を中心に描いているせいでしょうか,物語の深さを感じさせてくれます。とにかく皆格好いいんですよ。自衛隊員の伍島も,工作員の平田も,誰も彼も。そして二つのストーリーをつなぐものは,頼りない無線機ただ一台。それを通して語り合う西崎と慶子,とにかく終章は圧巻です。

 

「冥府の虜」 高嶋 哲夫  2001.06.04 (2000.12.10 祥伝社)

☆☆☆☆

 欧米各国が次々と実用化を断念していく中,高速増殖炉「飛翔」が完成を間近に向えていた。この「飛翔」開発の責任者である嶋木高志の元に,二人の刑事が訪れた。梶山と名乗る警察庁の刑事は,嶋木に一枚の写真を見せた。写真に写っていた男は,かつて嶋木とともに原子核物理学を学び,そして嶋木の妻であるイレーナとともにロシアに消えた西村英治だった。今度来日するロシア原子力視察団の一人なのだそうだ。西村は何故今ごろ祖国に戻ってくるのだろうか,そして何故警察は彼の捜査をしているのだろうか。

 ソ連のチェルノブイリ原発の事故は1986年4月25日だったそうです。15年前だったんですね。事故を聞いた当時は,それほど驚きは感じなかったのですが,大変な事故だったんですね。原子力と言うと原爆と言う見当違いの連想からか,チェルノブイリ他様々な事故の関係からか,拒否反応を示す人は多いですよね。でも化石燃料の枯渇や大気の温暖化等を考えたら,原子力発電を真っ向から否定できないのも事実でしょう。さて物語りの方は,プルトニウムと原子力開発に係った科学者を巡る,ロシア,北朝鮮などの動きに,ロシアのマフィア,日本の暴力団が絡んで目を離せない展開となってきます。その中で嶋木と西村,真砂子や薫,そして梶山の過去と現在がオーバーラップしていきます。でもちょっとバタバタした感じで,主人公達への感情移入度はイマイチでしたね。

 

「失踪症候群」 貫井 徳郎  2001.06.06 (1995.11.25 双葉社)

☆☆

 警視庁警務部人事二課に勤務する環(たまき)敬吾は,刑事部長の酒井信宏から呼び出された。彼の知り合いの若者が失踪し,その行方を探して欲しいと言う。環は私的に使っている元警察官の3人,日雇い労働者の倉持真栄,修行僧の武藤隆,私立探偵の原田柾一郎を集めて捜査を開始した。調べ始めると失踪者と言うのは意外と多い事に気付く。そしてその内の何人かには明らかな共通点が見つかった。それは彼らが戸籍を転々と移している事だった。

 前に読んだ「誘拐症候群」と同じ設定なんですが,そちらが武藤が主役になっているのに対して,こちらは原田に焦点があたっています。警察が表立って捜査できない様な事案を,警察官である環(と言っても警察では窓際族風な扱いになってますが),が私的に雇った人物を使って解決すると言うパターンです。必殺シリーズの様な設定ですね。さて失踪者と言うのは結構いるものなのでしょうか。実は私の知り合いにも何人かいるのですが,突然姿を消してしまって家族にも連絡先が判らなくなってしまったんですよね。彼らは今,どうしているんでしょうか。ここでも様々な理由から失踪した人間が出てきます。そして彼らの失踪をサポートした人間,犯罪に手を染めて行く人間が物語りを展開していきます。必殺シリーズが面白いのは,その痛快さだと思うのですが,ここではあまり感じられないのが残念です。

 

「百年の恋」 篠田 節子  2001.06.07 (2000.12.01 朝日新聞社)

☆☆☆

 フリーライターの岸田真一がインタビューをした相手は,一流信託銀行に勤めるエリートサラリーウーマンの大林梨香子だった。東大卒,MBAの取得,若くて飛び切りの美人。最初こそ緊張してろくに喋れなかった岸田だったが,趣味である飛行機の事から話が盛りあがり,何と結婚する事に。当然周りの者は岸田に羨望の眼差しを向ける。しかし岸田には大きな悩みがあった。それは梨香子が,全く身の回りの事ができないと言う事だった。妻に三行半を付きつけようとする岸田だったが,梨香子から妊娠した事を知らされる。

 人間には向き不向きがありますから,仕事ができるからと言って家事でも何でも出来るとは限りません。だけどそんな事に関係無く,夫は仕事で妻は家事と言うのが普通ですよね。実を言うと自分はサラリーマンとしての仕事よりは,家事の方が適していると思っているんです。でも妻Mの方も同じみたいなので,仕方なく私が外で働いているんですよね。ここに描かれる岸田は,それ程仕事ができると言う訳でもなく,圧倒的に妻の方が仕事ができるし年収も高い訳です。だから嫉妬したり,疑ったり,落ち込んだりします。それは男としてのプライドがあるからなのですが,まあ世間一般の意識からするとしょうがないでしょうね。私はどちらがどっちでもいいと思うのですが,子供を産む事,母親になる事は女性じゃないとできない訳ですから,ある程度はしょうがない様な気がします。女性側からの視点のみで書かれた「女たちのジハード」にはちょっと違和感がありましたが,こちらは「男とは,女とは」の部分が結構辛辣に描かれており,面白かったですね。でも梨香子にはイライラさせられました。ちなみに途中に挿入される育児日記は別の人が書いた物らしいですが,興味深く読めました。

 

「羊ゲーム」 本岡 類  2001.06.08 (1997.06.30 集英社)

☆☆☆

 北池袋署刑事の永島は,強盗事件の犯人と間違えた男に怪我をさせてしまった事から,謹慎中の身だった。そんな彼の元を訪ねてきたかつての同僚の杉野は,ある迷宮入りになった事件の話を永島に聞かせた。何者かが死体を海に捨て様としていた事件だった。殺された清家直也と言う大学生が,永島の住んでいる葛飾区お花茶屋にある喫茶店のレシートと,名簿の一部を持っていたと言う。謹慎で暇を持て余していた永島は,この事件に興味を持った。そして被害者の清家は,息子の元気の知り合いである事を知った。

 謹慎中の刑事がこんな事していていいんだろうか。フィクションだからそんな事を気にする必要は全く無いんだけど,警察の正式な捜査に対する個人としての非公式な捜査の面白さはあります。被害者が息子の友人だったと言う偶然は置いといて。ちょっと前振りが長いかなあと思っていたのですが,この部分,昔気質の刑事である永島と,息子の元気との関係が変な意味でいいですね。情けないと言えば情けない限りなんですが,父親との対比が判りやすいですね。さて事件の方ですが,実際にあっても不思議では無い事なので,ちょっと怖い気がしました。

 

「ソウルに消ゆ」 有沢 創司  2001.06.11 (1992.12.15 新潮社)

☆☆☆

 韓国のソウルでオリンピックを取材中の,新日報社の記者,小塚が行方不明になった。同僚の武尾が小塚の部屋を探したところ,奇妙なメモが見つかった。それには,「るりり。るりるりる。るりりり。るるりりり...」と意味不明の文字が書かれていた。ただ事では無い事を察知した武尾は,通訳のミス.ユンとともに捜索を開始した。武尾に接近してきたボブ.ゲイトと言う謎の記者,誘拐されたミス.ユン,競技に絡む賭博の噂,そして小塚の知合いが死体となって発見された。

 ソウル.オリンピックが開かれたのは1988年ですから,もう13年も前なんですね。鈴木大地選手が水泳で金メダルを獲ったのが印象に残っていますが,やはり最大の事件はベン.ジョンソンの金メダル剥奪でしょうね。驚きましたモン。この作品ではオリンピック開催中のソウルを舞台に,ベン.ジョンソンの薬物使用を知ったグループが仕掛ける賭博や,麻薬ルート開拓を企むマフィア,北朝鮮のスパイ,日本のヤクザや政治化等が入り乱れていきます。「るりるり」とか言う暗号が出て来て,そっちが中心の話かなと思ったら,賭博,麻薬,分断国家等の他に,竹馬の友,日韓の関係,ミス.ユンの正体やらと色々出て来て,ちょっと散漫な感じがしてしまいました。オリンピック開催と言う特別な環境下,その裏側での緊迫したやり取り一本に絞った方がスッキリすると思うのですが。

 

「口笛吹いて」 重松 清  2001.06.12 (2001.04.20 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「口笛吹いて」 ... 渡された名刺に書かれた名前には覚えがあった。彼が小学生の頃憧れていた上級生だった。
A 「タンタン」 ... いつも淡々と授業を続けているので「タンタン」とあだ名された先生が,かつては熱血教師だったと言う。
B 「かたつむり疾走」 ... リストラに遭って子会社に出向になった父親。職場は彼が通う高校の近くにある倉庫だった。
C 「春になれば」 ... 3ヶ月の間だけの臨時の担任。給食時のマナーを注意した小学生からするどい非難の声を浴びた。
D 「グッド.ラック」 ... 妻が子供を連れて実家に帰ったのは今回が初めてではなかった。だけど今度は本当かも知れない。

 子供の頃のヒーローって,ただ単に勉強が出来る子供じゃ無かったですよね。勿論勉強が出来るに越した事は無いのでしょうが,やはり運動神経抜群の子供がヒーローだった様に思えます。誰が決めるでもなく,野球をやらせればピッチャーで4番,サッカーだったらフォワード。彼らに対する羨望の気持ちって,結構強烈な意識となって残りますよね。でも大人になった時,そんな子供の頃の関係がそのままのはずはありません。大人になってお互いの立場が逆転してしまい,久し振りに出会った時,かつてのヒーローの面影が全く無かったら。そんな切なさに溢れた表題作の「口笛吹いて」がいいですね。また子供から見た大人を描いた「タンタン」「かたつむり疾走」,そしてその逆の「春になれば」での活き活きとした描写が印象的です。リストラや離婚など暗い話題を扱っているのにも係わらず,何かホッとさせられます。

 

「さまざまな旅」 逢坂 剛  2001.06.12 (1993.10.30 毎日新聞社)

☆☆

 毎日新聞を始めとして様々な新聞や本に書いた旅のエッセイです。初めてのスペイン旅行の時の話。寝坊してホテルでの朝食を食べ損ねた列車の中には,食堂車も車内販売も無かった。昼ご飯の時間になると,乗客たちは一斉にお弁当を広げ始めた。お腹を空かせた逢坂さんに「ご飯は無いのか」と訪ねた一人の老人。たどたどしいスペイン語で説明すると,乗客達はいろいろな食べ物を分けてくれた。お礼に彼等の写真を撮って,後日送ってあげた。

 逢坂さんが毎日新聞を始め,他の新聞や雑誌に載せたエッセイをまとめた作品です。内容は雑多なのですが,一部が「イスパノフィロ」,二部が「アリババ人生」,三部が「本の旅」と言う構成になっています。イスパノフィロとはスペイン愛好家の事だそうですが,さすがにスペインに関しては詳しいですね。私も海外旅行には何度か行った事がありますが,いずれも旅行会社のツアーです。旅行者しか泊まらない立派なホテルに泊まって,有名観光地を見て歩き,観光旅行者相手の店で買い物して。でもそんなのは旅とは言えないですよね。スペインには行った事ありませんが,もし行くとしてもマドリードかバルセロナ程度でしょう。まあ人の価値観は様々ですから,それで満足している分には何ら問題はありません。でも旅をするのなら,もっと深く行きたいですよね。逢坂さんの作品にはスペインの話が良くでてきますが,本当にスペインが好きなんですね。

 

「ひるの幻 よるの夢」 小池 真理子  2001.06.13 (1999.01.10 文藝春秋社)

☆☆

@ 「夢のかたみ」 ... 女性随筆家の家の玄関に飾られた一枚の写真。かつての写真家の愛人が撮った写真だった。
A 「静かな妾宅」 ... 「おめかけさん」と言う言葉が気に入っていた若い女性の愛人は,75歳の老人だった。
B 「彼なりの美学」 ... 振られた夜の映画館。冴えない中年男に声を掛けられ,小鳥屋をしている彼と一緒に住むようになった。
C 「秋桜の家」 ... 再婚相手の男性の息子は自分と10歳違い。ある番彼から,彼がした事を告白されるのだが。
D 「ひるの幻 よるの夢」 ... 尊敬する高名な老作家の身の回りの世話をする女性。恋愛ではなく尊敬の念での仕事だった。
E 「シャンプーボーイ」 ... 美容院でのシャンプーが気持ち良く,店員を自宅に住まわせシャンプーをしてもらう女性会長。

 普通の恋愛(と言うのも変なのですが)とはちょっと違う恋愛の形。やたらと互いの年が離れていたり,身内の人間との関係だったり,いきずりの相手だったり。そんな風変わりな恋愛が淡々と描かれて行きます。露骨な性描写がある訳ではなく,ドロドロした感じもしないのですが,視点となっている女性の心理描写を含めて,しっとりとした印象を受けました。全体的に恋愛対象の人物の年齢が高いせいもあるんでしょうか。どの話も大きな展開はないのですが,ちょっと意外な結末の「彼なりの美学」がお勧め。小池さんはもともとミステリーやサスペンス作家と言うイメージがあったんですが,もうそれらの作品は書かないんでしょうか。ちょっと寂しいですね。

 

「透明な悪魔」 本岡 類  2001.06.14 (1994.09.01 祥伝社)

☆☆☆☆

 心理療法家(サイコ.セラピスト)の間宮祐介のもとに,新しいクライアントとして訪れた栗本美和。間宮は彼女を一目見て驚いた。16年前山梨県での高校時代に亡くなった,同級生の祥子にそっくりだったからだ。美和の症状は引き篭もりで,会社に行けないと言う。職業上の義務感から,祥子の思い出を消して美和に接しようとする間宮だったが,美和からの好意を感じ,また美和を意識してしまうようになる。

 妻Mが「あまり面白く無かった」と言っていたのですが,何の何の面白かったですよ。どちらかと言うと妻Mは,人がたくさん死ぬ話が好きと言う傾向があるんだよなあ。さて主人公がサイコ.セラピストなので当り前ですが,人間の心理に関する話が中心になっていきます。ユング派の学説に関しては良く判りませんが,人の心理面の救済と言う点で,心理学と宗教の係わりなど,興味深く読めました。以前,オウム真理教の問題が発覚した時,脱会した信者の救済がクローズアップされました。まあ宗教が日本で問題となるのは,主に金儲けの手段となっている部分が多いと思うのですが,それさえ無ければ,宗教自体は心の救済と言う面で効果的だとは思います。でもなかなか難しいんでしょうね。ゴールデン.トライアングルの謎には,正直言ってちょっとこけました。

 

「ナイフ」 重松 清  2001.06.15 (1997.11.20 新潮社)

☆☆

@ 「ワニとハブとひょうたん池で」 ... 近くの池でワニを見たと言う人が現れた。それとは関係無く,ミキはハブにされた。
A 「ナイフ」 ... 元同級生が海外派兵に向った事をテレビで知った。彼はチビだった自分とは違って,憧れていた存在だった。
B 「キャッチボール日和」 ... 甲子園を目指した元球児。高校野球のスターにあやかって,自分の息子に大輔と名付けた。
C 「エビスくん」 ... 転校してきたエビスくん。彼と友達と言う事にさせられた男の子には病気で入院中の妹がいた。
D 「ビタースィート.ホーム」 ... 娘が書いた作文に何かと文句をつけてくる担任教師。元教師の母親は彼女に反感を持った。

 「あんた,今日からハブだから」。「ハブ」とは村八分の意味で,ようするにイジメの話です。いじめに関する事件の報道がなされる度に,嫌な気持ち,やるせない気持ちにさせられます。何ら必然性の無いイジメ,何の役にも立たない無責任な教師,チカラになってやれない親の無念さ,解決策を提示できないマスコミや政治。そりゃあイジメなんてものは一般の社会の中にだって存在しますし,ましてや閉鎖された学校と言う狭い社会で起こるのは,ある意味当然なのかも知れません。でも報道で聞く限り,その陰湿さには唖然とさせられます。この作品でもイジメの実態をリアルに伝えており,当事者達の心情も良く判り,重苦しい気にさせられます。でも小説だからと言ってしまえばそれまでなんですが,この様な描き方,結末の付け方にはちょっと不満が残りました。少なくともイジメにあっている当人にとっては,何らの解決策も無いですよね。

 

「ダーティー.ユー」 高嶋 哲夫  2001.06.18 (2000.02.25 日本放送出版協会)

☆☆☆☆

 アメリカで生まれ育った日本人の小野田雄一郎が,父親の仕事の関係で日本に戻って来る事になった。中学二年生である雄一郎は,横浜にある桜が丘第一中学に入学する。アメリカの学校との違いに戸惑う雄一郎を迎えたのは,担任の岡本先生,いじめっ子の新藤,いじめられている羽山伸一,そして由香里たちだった。

 またイジメの話です。基本的にイジメと言うのは,異質な者に対する差別なんだと思いますが,ここでの異質な存在は雄一郎です。でもイジメられているのは別の子で,雄一郎が取る異質な行動が話の中心となります。「異質な行動」と書きましたが,これは普通の日本人から見た異質さであって,アメリカで育った雄一郎には異質でも何でもなく,当然の事なのです。自分が信じる「正義と公平」が受け容れられない事が,雄一郎にとっては納得できません。確かに最近報道されているイジメに関する話題に接するたびに,もう学校だけで対応できる範囲を超えている様に思えます。ここらへんの主張を,全く違う文化で育った主人公に語らせているのがうまいですね。日本の文化や美徳を守りながら,こう言った問題を解決していかなければならないのは,我々日本人自身でしか無いと言う事を,痛烈に考えさせられます。

 

「匿名容疑者」 新津 きよみ  2001.06.19 (1994.09.30 徳間書店)

☆☆☆

 老推理作家の岡本州太郎の元に,秋野薫と言う名前で原稿が投稿されてきた。その内容は小説のプロローグの部分のみで,自分はある殺人事件の犯人である事を告げていた。興味を持ったアシスタントの相野田成美は,投稿者の指示通り黄色いハンカチを事務所のベランダに結びつけた。投稿者からの次の原稿では,具体的な犯罪事実と,犯人しか知り得ないであろう内容の事が書かれていた。成美が調べてみたら,6月3日に鈴木美沙子と言う女性が殺された事件に関するものだった。

 新津さんの作品を読むのは初めてなのですが,夫があの折原一さんなので当然叙述トリックを疑います。成美が被害者の美沙子と接触があったり,成美の婚約者や昔の家庭教師が事件に絡んできたりと,偶然すぎる部分が多いですね。その点ちょっとどうかと思いますが,話の途中にはさまれる手紙のやり取りなど,なかなか面白いですよ。この手の作品は,疑おうとすれば何でもかんでも疑えてしまいますので,話の結末を予測するなんて,はなっから諦めて読んでいます。でも論理的に推理をしながら読む人だったら,全く違う印象になるんでしょうね。

 

「よそ者」 佐竹 一彦  2001.06.20 (1996.08.30 角川書店)

☆☆☆

 警察大学校の日本(ヒノモト)教授が,執筆のため田舎の温泉地に長期逗留する事になった。教授の世話役を任されたのは,県警の女性警察官の藤山まゆみ。彼女は温泉のある大滝村で起こった2件の連続死体遺棄事件の事を教授に語ったところ,教授はその事件に興味を示した。その事件とは,外国人女性が殺され,村の公民館等に裸のまま捨てられていたと言う事件で,未だ解決に至っていないものだった。

 作者の佐竹さんは,何と元警視庁の警部補だったそうです。まあ弁護士や医者を本業とする方が,江戸川乱歩賞を受賞するくらいですから,警察官が書くミステリーに驚いてはいけないでしょう。そう思って読むせいか,一課と二課の関係やら派閥と言った警察内部の話なんか,やたらとリアリティが感じられます。さて作者は後書きの中で,探偵役の登場について述べております。勿論この作品における探偵役は日本教授で,ワトソン役の藤山まゆみの視点で描かれていきます。ちょっと探偵である日本教授が行う推理の過程がはしょられている様で,結末が唐突な感じがしてしまいました。だけどこの様な設定でシリーズものにしていったら,次回から藤山まゆみさんは登場できなくなってしまう様に思えるのですが,どうなんでしょう。日本教授以上に面白いキャラクターだと思うのですが。

 

「窒息地帯」 本岡 類  2001.06.21 (1995.11.20 新潮社)

☆☆☆☆

 東京で弁護士をしていた夏原直人は,事務所の閉鎖に伴い,生まれ故郷の茨城県に戻って独立する事になった。最初に扱った案件は,放火事件の容疑者の弁護。ガソリンスタンド店員の杉崎博が2件の放火をしたと言うのだが,内1件は犯行を認めたものの,死者が出たもう1件に関しては,犯行を否認している。杉崎は取り調べの最中に,一旦は2件とも自供してしまっている為,裁判で覆すのは難しく,連続放火事件の真犯人を探すしかないと思う夏原に,茨城新報の記者である栗田泉が協力を申し出る。

 最初は警察における取調べのあり方が冤罪を生み,それを社会派弁護士が鮮やかに解決すると言うストーリーなんだろうなあ,と思っていたのですが。栗田が出てくるあたりから,犯人探しと,犯人の動機探しが中心になってきて,アレッと思いました。まあ面白かったからいいんですけど,前半と後半の落差がちょっと気になります。犯行の動機に関しては,なかなか味のあると言うか,遣り切れないと言うか,犯人に同情を覚えてしまうんですが,それからするとラストの描き方は不満です。夏原,栗田のコンビはなかなかいいんで,同じメンバーによる続きが読みたいですね。続きがあるんでしょうか,もし無いんだったら,夏原の見合い等のエピソードって,一体何だったと思っちゃいます。

 

「八つの顔を持つ男」 清水 義範  2001.06.22 (2000.10.01 朝日新聞社)

 旭教育図書出版の会議室に5人の社員が集められた。今度新しく作られた,電子メディア部の面々だった。部長を任された松本正幸にとって,電子メディアと言う物が何なのか全く判らなかった。大体それ以前に松本は,インターネットはおろかパソコンさえ使った事は無かった。

 会社内での新しい職務に戸惑う松本。静岡の郷里に住む弟から遺産相続の話を持ち掛けられる松本。大学時代の同級生と久し振りに飲みに出掛けた松本。普段付き合いの無い近所の人から放火犯と間違えられた松本。大学卒業を間近に控えた娘の父親である松本。会社のOLと不倫の関係にある松本。妻と最近仕事の話をする様になった松本。大学受験に失敗した息子の父親である松本。まあ確かに誰でも色々な立場がありますから,八つとまではいかなくても,人は幾つかの顔を持っているんでしょう。その一つ一つを切り取って描いているんですが,「だから何なの」と言う印象しか持てませんでした。第一それぞれの話に結末がありませんから,欲求不満に陥ってしまいます。「放火犯は捕まったのかヨー。」

 

「コルドバの女豹」 逢坂 剛  2001.06.25 (1986.09.15 講談社)

☆☆

@ 「暗殺者グラナダに死す」 ... グラナダに向う列車の中,日本人記者が出会った一組の親子。彼等の目的は。
A 「コルドバの女豹」 ... フランコ政権下から地下での生活を余儀なくされた老人。彼はある秘密を持っていた。
B 「グラン.ビアの陰謀」 ... 娘を誘拐された床屋の主人。誘拐者からの要求は,彼の顧客である内務大臣の殺害だった。
C 「サント.ドミンゴの怒り」 ... 久し振りにマドリードに帰って来た日本人ギタリストを迎えたのは,テロリストの攻撃だった。
D 「赤い熱気球」 ... 謎の異型肺炎が流行した。原因はなかなかつかめなかったが,病原菌ではなく毒が疑われた。

 逢坂さんのスペインものはかなり読んでいるのですが,なかなかスペイン現代史が理解できないですね。サッカーの事以外はあまりスペインに関する報道って無いですから,イマイチどういう国なのか判りません。何か逢坂さんの作品を読んでいる限りはフランコ政権を引きずっていて,テロリストやらスパイやらが暗躍している感じがしてしまいますが,最近はそんな事無いんでしょう。スペインと言ってまず思い浮かぶのは闘牛とフラメンコだと思うのですが,逢坂さんの作品に闘牛は出てきませんね。何故なんでしょうか。本作は,誰がテロリストか誰が何なのか判らない様な複雑さが何とも言えないですね。結構凝っていて面白いですよ。

 

「深紅」 野沢 尚  2001.06.26 (2000.12.11 講談社)

☆☆☆☆

 小学校6年生の修学旅行の最初の晩,秋葉奏子は先生に呼ばれ,東京に急遽戻る事になった。4時間後に奏子が見た物は,両親と二人の弟の遺体だった。後で知った事だが,リース会社を経営する父,秋葉由紀彦の取引先である会社の社員,都築則夫の犯行であった。由紀彦から借金の連帯保証人を頼まれた都築だったが,由紀彦の計略に嵌り,亡くなった妻の保険金を失う事になった事が犯行の動機だと言う。そして奏子が大学生になった頃,都築の死刑が確定した。その関係の報道から,奏子は都築に自分と同い年の娘が居た事を知る。

 「加害者は法によって裁かれるが,被害者は社会によって裁かれる。」と言う一言が印象的です。残虐な事件が起こるたび,人権と言う名の元に加害者を保護する動きに理不尽さを覚えます。それに引きかえ,本来守られるべき被害者の方は,マスコミの報道など辛い思いを強いられる様に思えます。ここに出てくる一家惨殺事件の犯人の正当性は置いといて,一人生き残った奏子と,もう一人の生き残りである未歩。出会ってはいけなかった二人の被害者と言う設定がいいですね。生まれて始めて味わう味覚は甘味で,その後しょっぱさ,辛さ,苦さを覚えていくそうですが,彼女達が味わった味はどんなものだったんでしょう。かなり後味の悪い結末が予想されますが,それに反して爽やかささえ感じられるラストも良かったです。ところで昨年起こった世田谷区の一家殺人事件はどうなったんでしょう。

 

「トルーマン.レター」 高嶋 哲夫  2001.06.29 (2001.05.10 集英社)

☆☆☆

 沖縄の米兵が起した婦女暴行事件を引金に,来日するアメリカ大統領に対する批判の声が高まる中,元新聞記者の峰先が偶然手に入れた手紙。差出人の名は,太平洋戦争中のアメリカ大統領であり,日本に原爆投下を決定したトルーマン元大統領だった。そこには人種差別意識を露わにした,原爆投下決定の経緯が記されていた。この手紙は本物なのだろうか。もし発表したら,内容からして大変な事になりそうだ。新聞社の元同僚らと相談する峰先だったが,謎の人物達が手紙を奪い返そうと,峰先に襲い掛かって来る。

 まず本当にトルーマンが書いた手紙なのか,という謎が提示されるのですが,手紙の内容から言って本物だと言うストーリーには無理がありますよね。小説の上での事とは言え,やっぱりまずいでしょう。まあ原爆がどのような経緯で,日本に投下されたかと言うのは話の本筋ではありません。何か読んでいて違和感を感じてしまったのは,アメリカ大統領の来日に反対する人達の描写でしょうか。20年前だったら別ですけれど,今時あんなデモが起きるとは思えないんですが。政治に対する無関心が言われて久しいですが,何にでも反対するだけの関心の持ち方はどうかと思います。ですが最近の小泉首相や田中外務大臣に対する関心の高さもちょっと異常ですよね。それはそれとして,本作に登場してくる英文学者の美弥子,新聞記者の渡辺,骨董屋の戸隠,外交官の長谷川,皆なかなかクセがあって面白い人物なんですが,何か活かしきれていない様な感じがしました。