読書の記録(2001年 3月)

「恋」 小池 真理子  2001.03.05 (1995.10.20 早川書房)

☆☆☆

 1972年,連合赤軍による浅間山荘事件が終結した日の新聞の片隅に載った,猟銃による射殺事件。10年の服役を終え,今では癌で死の床にいる犯人の矢野布美子は,事件の真相をノンフィクション.ライターの鳥飼三津彦に語り始める。片瀬信太郎,雛子夫妻との不思議で官能的な物語。そして彼女が殺人事件を引き起こすに至った経緯を。

 官能的と言うと主に性的な意味合いで使われる事が多い様に思えますが,もっと広い意味で五感全てによる快楽を指す言葉なんでしょう。布美子が体験した片瀬夫妻等との官能的な生活は,例えば豚の角煮の味や,夏の軽井沢における涼しさや蝉の鳴き声,蛾の羽音等といった様々な描写で展開されていきます。そこには一般的な道徳と言った概念とはズレますが,純粋な世界として描かれて行きます。しかしそんな世界を壊す出来事は,こちらも純粋な恋と言うものだったのでしょうか。布美子や片瀬夫妻の気持ちが判るかどうかで印象はかなり変ってしまうんでしょうけど,私には理解し難かったですね。殺される直前に大久保が布美子に言った言葉こそが正論であり,極めてノーマルな考え方だとしか思えませんでした。この作品は第114回直木賞の受賞作ですが,その時同じに受賞したのは藤原伊織さんの「テロリストのパラソル」でした。どちらも学生運動が盛んだった同じ時代を描いているのですが,そのもう一つ下の世代である私にはちょっとピンと来ない面もありました。でも117クーペは好きな車でした。

 

「烙印」 貫井 徳郎  2001.03.06 (1994.10.20 東京創元社) お勧め

☆☆☆☆☆

 警視庁に勤務する迫水は,妻の遺体が伊豆で発見されたとの知らせを受けた。遺書を残しての飛び降り自殺だった。妻の自殺の原因に全く思い当たる事の無い迫水。そればかりか妻の絢子に関して,何も知らなかった事に気付き愕然とする。その後警察を辞職し,妻の自殺の原因を調べ始めるが,心当たりはほとんど無かった。

 突然自分の元から去って自殺した妻。何故彼女は自殺したのかと言う謎から,そもそも彼女は何者だったのか,と言う謎に変って行きます。そしてほとんど無いに等しい手掛かりから,少しずつ彼女の周囲に近付いていきます。それとともに暴力団同士の抗争の影がちらつき,絢子がこの抗争に何かしらの係わりを持っていた事が提示されていきます。スリリングな展開です。そして後半になって一気に明らかになる事実も驚きでしたし,最後はやり切れない様な切なさで幕を閉じます。構成の見事さと,緊張感溢れる展開が素晴らしいですね。冒頭に出てくる絢子の水死体の描写のリアルさ,二人の警察官や二人のヤクザの描き分けの妥当性,その他ちょっとしか登場しない人物もきっちりと描かれていて,読んでいて迫力を感じさせられます。

 

「好きだけど嫌い」 乃南 アサ  2001.03.06 (2000.04.10 幻冬舎)

 いたずら電話。恐怖の裏表女。占いの効果。アナログ人間。「品」のある女。うっ,勘違い。思い込みと思い入れ。約束ね?。女の選択。待ちぼうけ。悪口のスリル。最近の若者ときたら...。ささやかな趣味。他人の財布。舌鼓。シワの作り方。笑顔。言いぐさ。適材適所。同窓会。タクシーにて。プレゼント。

 30代の女性向けの「ラヴィ ドゥ トランタン」と言う雑誌に連載されたエッセイ集です。私は30代でも,ましてや女性でもありませんから,この雑誌の事を知らなくても無理はないでしょうか。後書きによりますと,小説を書くと言う事と自分の考えを述べると言うのは違う事なので,自分の考えをブツブツ言いたくなるそうです。そんなブツブツをまとめて書いたエッセイだとの事。だけどブツブツにキレが無い様な気がするのですが,掲載していた雑誌の性格に合わせたのでしょうか。もっと毒の有る文句を期待したいですね。

 

「鬼流殺生祭」 貫井 徳郎  2001.03.09 (1998.08.05 講談社)

☆☆☆

 時は明治7年,フランス留学から帰ったばかりの武智正純が殺された。許婚のお蝶の家である,霧生家の一室での出来事だった。様々な状況から,外からの侵入者が犯人とは思えなかった。正純の友人である九条惟親は,行き掛かり上,事件の解決を依頼された。昔から霧生家に伝わる言伝えにより,一族の間で結婚を繰り返してきた霧生家。秘密裏に行われた奇妙な宗教儀礼。困惑する九条は,変わり者の友人である朱芳慶尚に助言を求めるが。

 すごくストーリーの紹介がし辛い作品ですね。一族の間で結婚を繰り返してきただけあって,やたらと人間関係が複雑だし,名前が判り難いし,時代が明治時代なので武家だとか公家だとかが出てくるし。基本的には密室における連続殺人事件です。雪や霜,その他様々な状況から,誰も犯行現場には行けるはずが無かった。できたばかりの警視庁の捜査は当てにならない中,探偵役である朱芳と,ワトソン役である九条(こちらが主人公)が挑みます。いかにも本格推理と言う感じで展開していきますが,でもこの結末はちょっと。

 

「幻の女」 香納 諒一  2001.03.13 (1998.06.25 角川書店) お勧め

☆☆☆☆☆

 弁護士をしている栖本誠次は,地下鉄の駅で小林瞭子とばったり出くわした。彼女は5年前に突然姿を消した,栖本の不倫相手だった。瞭子と話がしたかった栖本であったが,彼女が急いでいる様子だったので,電話番号を交換して別れた。その翌日,刑事の訪問を受けた栖本は,瞭子が昨夜殺された事を知らされる。身寄りの無い瞭子の遺体を引き取る為,栖本は瞭子の生まれ故郷を訪ねたが,彼女の生い立ちを調べる内に一つの疑問が沸いてきた。ここで生まれ育った小林瞭子と,自分の知っている殺された小林瞭子は別人なのではないかと。

 1999年度の日本推理作家協会賞を受賞した作品です。この時同時に受賞したのが,東野圭吾さんの「秘密」でした。宮部みゆきさんの「火車」では別人に成りすまして生きている女性を探す話でしたが,相手が生きているか死んでいるかの違いはありますが,本作も同様です。でもその相手が全くの他人ではなく,突然去ってしまったとは言え昔愛した女性と言う設定なのがいいですね。死んでしまった相手,自分の生い立ちを語らなかった彼女,彼女の秘密を探る事に疑問を感じながらも,危険を冒してまで真実に辿り着こうとする栖本がいい。まあ私立探偵の真似事をする弁護士って言うのも,ハードボイルドの主人公としてどうかとは思いますが,あまり違和感を感じさせられません。また名取佐代子を始めとする彼への協力者等も多彩で,物語を盛り上げます。やっぱりこの手の人探しの話って,目的が明確なだけに物語に一本筋が通った感じで好き。結末も見事です。全然関係無いのですが,小林瞭子の故郷は福島県の三春と言う町でした。去年ここの名産品である馬の人形「三春駒」を買いに立ち寄ったのですが,郡山の東にある町です。

 

「怪しい隣人」 小池 真理子  2001.03.14 (1995.04.30 集英社)

☆☆☆

@ 「妻と未亡人」 ... 学生時代からの友人が亡くなった。そして彼の未亡人が訪ねてきた。出産を控え生活が苦しいと言う。
A 「家鳴り」 ... 入院患者の息子と結婚した看護婦。彼の田舎の古い家に住む事になったのだが,義父の部屋が気になる。
B 「終の道づれ」 ... 従姉妹に誘われて出掛けた巣鴨のとげぬき地蔵。そこで出会った一人の老人に好意を寄せられた。
C 「寺田家の花嫁」 ... 過疎の村の人と結婚をしたかった女性。理想的な男性に出会って結婚する事になったのだが。
D 「本当のこと」 ... 亡くなった上司の娘を預かる事になった男性。彼女の母親は結核のため那須に転地療養に行っていた。
E 「隣の他人」 ... 愛人とその妻を乗せて台風の中を走る車。そのトランクの中には男性の死体が入っていた。

 隣に住んでいる人と言う事ではなくて,自分の身近にいる人たち。それは知り合いの妻であったり,従姉妹であったり,妻や愛人であったりします。ふとした事から,そんな周りの人達との係わりが不幸をもたらします。まあ普通に考えたら,我が身に不幸をもたらす存在何て,全くの他人よりは自分の身近にいる存在の方が圧倒的に多いんだと思います。でも「こいつと付き合っていたら自分は不幸になる。」,と思いながら付き合う相手何ていませんよね。何気ない日常生活の中から,徐々に追いつめられていく主人公の心情が迫ってきます。

 

「無制限」 渡辺 容子  2001.03.17 (1998.03.25 講談社)

☆☆

 衣料品のリサイクルショップを経営している加賀妃美子は,夫との間で離婚の調停を行っていた。しかし最後の調停の日を前に,夫は行方不明になってしまう。このまま夫の行方が判らなければ,離婚が成立するのは早くて3年先。新しい恋人の藤井との結婚を急いでいた妃美子は,何としても夫である加賀壮一を探し出さなくてはならなかった。

 江戸川乱歩賞を受賞した「左手に告げるなかれ」ではスーパーを始めとした流通業界を舞台にしておりましたが,2作目の本作ではパチンコ業界が舞台です。パチンコ業界と言えば,あまりいいイメージ無いですよね。ここでもパチンコに溺れて行く人達や,裏ロムを始めとする不正,警察との癒着など,暗い面の話題が豊富に展開されていきます。何かそちら方面の説明を聞いている様な感じがし過ぎて,夫捜しや失踪の謎解きと言うメインの部分が,ぼやけてしまっている印象です。あまりにも都合良く進み過ぎて緊迫感が無いし,でもそれ以前に,夫や藤井との関係を考えると,妃美子はどうしても好きにはなれません。まあ離婚する為に行方不明の夫を一生懸命探す妻と言う面白さを狙ったんでしょうが,主人公に魅力が感じられないと,どうもねえ。前作に登場した八木薔子がチョコッと出てくるのはご愛敬。

 

「美神(ミューズ)」 小池 真理子  2001.03.19 (1997.10.25 講談社)

☆☆

@ 「妖女たち 阿佐子9歳」 ... 高校の写真部の所属する夏目が阿佐子と知り合ったのは,彼女の家の前だった。
A 「ときめき 阿佐子17歳」 ... 阿佐子の継母の妹は病院で検査入院中。お見舞いに訪れた病室にやってきた婚約者。
B 「タブー 阿佐子22歳」 ... 18歳になる一人娘の異変に気が付いたのはお手伝いさん。娘が妊娠しているのではないか。
C 「夢幻 阿佐子26歳」 ... 一人旅に出た阿佐子は旅先で盲腸に掛かってしまう。たまたま掛かった医者に親切にされた。
D 「薄荷の香り 阿佐子30歳」 ... 肺癌の末期症状に苦しむ老婆と出会った阿佐子。彼女に母親の面影を見る阿佐子。
E 「春の風 阿佐子35歳」 ... 弟と一緒に喫茶店を始めた阿佐子。その店に通いつめる一人の男がいた。

 小暮阿佐子と言う一人の女性,それも飛び切りの美人の,9歳から35歳までのそれぞれのシーンが描かれていきます。語るのは何らかの形で彼女と関わるようになった男性です。病院経営者の娘として生まれた阿佐子。子供の頃に母親を亡くし,継母とそりが合わないけど,彼女の連れ子である正実とは仲がいい阿佐子。ある意味では恵まれた人生なのでしょうが,決して得る事ができない普通の幸せ。それぞれのシーンの中で彼女を記録する1枚の写真。それらは彼女と正実にとっての,苦難の証だったのでしょうか。何か阿佐子に魅了される男性の心情ばかりで,阿佐子や正実自身が何を思っていたのか,最後まで伝わってきませんでした。

 

「慟哭」 貫井 徳郎  2001.03.21 (1993.10.15 東京創元社)

☆☆☆☆

 1ヶ月前に行方不明になった幼女の遺体が都下の河原で発見された。捜査本部を指揮するのは,警視庁捜査一課課長の佐伯だった。彼はキャリア組から異例の抜擢で捜査一課長になった人物で,政界や警察庁の大物との繋がりが噂されていた。捜査がなかなか進展しない中,別の幼女が行方不明になってしまう。一方,娘を殺されたと言う過去を持つ松本は,自分の心の空白を埋める為,新興宗教にのめり込んで行く。

 連続幼女誘拐事件を捜査する警察と,新興宗教に係わって行く男の二つの話が並行して進んで行きます。ただ3〜4ページくらいで切り替わって行くので,ちょっと目まぐるしい感じがしてしまいました。全く関係の無い話が,どこでどの様に係わってくるのかがポイントなのでしょうが,まさかこの様に繋がるとは思いも寄りませんでした。これは見事です。これだけ綺麗に騙されるのは,もう快感ですね。これ以上言うと全てネタバレになってしまいそうなので,これで止めておきます。捜査に伴う警察内部の不協和音,マスコミとの一種独特な関係,新興宗教の怪しげな活動なども丁寧に書き込まれていて,読み応えがあります。でも山梨の山中に埋めた遺体が,狭山丘陵で発見されたのはナゼ?。

 

「M1(エム.ワン) 池井戸 潤  2001.03.23 (2000.03.21 講談社)

☆☆☆☆

 元商社勤務で現在高校の教師をしている辛島の元に,教え子の黒沢麻紀が突然訪ねてきた。借りていた本を返しに来たと言う事だったが,最後に彼女が言った「さようなら」と言う言葉に引っ掛かりを感じた。翌日彼女の母親から学校に,転校するとの連絡が入る。麻紀の父親が経営する会社が不渡りを出したらしく,それとともに麻紀は行方をくらました。麻紀の行方を探そうとする黒沢が行き当たったのは,麻紀の父親が経営する会社の,大手取引先である田神亜鉛と言う会社だった。

 江戸川乱歩賞を受賞した「果つる底なき」に続く第2作目。作者は三菱銀行勤務を経て作家になっただけあって,金融関係には詳しく,前作同様に金融をテーマにした作品です。M1と言うのは通貨供給量を表す記号の事だそうですが,ある企業が発行した田神札なる怪しげな通貨が出てきます。社債とかだったら判りますけど,一企業にこんな事ができるんでしょうか。これ以外にもマネー.ロンダリング,企業買収,計画倒産と言った経済の裏側の世界が描かれて行きます。前作もそうですが,主人公がやたらと格好いいんですよね。ここでは教え子の女子高生を助ける教師なのですが,ちょっとどうでしょうか。麻紀にしたって,どう考えても女子高校生の行動じゃないよなあ。辛島や麻紀よりも,脇役である佐木や加賀の方が行動に妥当性があるような気がしてなりません。でも金融にまつわる事件を的確に描いていて面白いですよ。

 

「蜜月」 小池 真理子  2001.03.26 (1998.09.20 新潮社)

☆☆

@ 「花のエチュード」 ... 高校生の恭子はピアノを習っていた。先生は辻堂陶器社長である辻堂薫の妹だった。
A 「交尾」 ... 陶器会社社長の愛人の弥生。社長と一緒のところに彼の息子が訪ねてきて,画家になりたいと言う。
B 「ただ一度の忘我」 ... 新聞記者をしている杳子。ある画家のインタビュー記事を書く事になり,彼の元を訪れた。
C 「裸のウサギ」 ... クラブでバニー.ガールをしていた志保子。その店にやってきた有名な画家に志保子は酒を浴びせ掛けた。
D 「バイバイ」 ... 離婚後,渋谷の本屋で働いていた千里。その本屋で憧れていた辻堂環のサイン会が行われた。
E 「夜のかすかな名残」 ... 娘の仁美の結婚を控えた美和子。娘から婚約解消の相談を受けて戸惑ってしまう。

 美貌の天才画家である辻堂環(たまき)が,44歳の若さで急性心不全で亡くなった。その記事は新聞やテレビで大きく取り上げられた。彼の訃報を聞いた6人の女性が,かつて環と過ごした日々を振り返る形で物語りは進みます。ちょっと常軌を逸した環と彼に愛された女性達。彼女達は様々な気持ちを込めて彼と過ごした時を振り返ります。しかし彼の死を知った現在,彼女達はそれ程幸せと言う訳では無い様です。流行らない料理屋での苦労や,痴呆の主人を抱えた身であったり,同じマンションに住む女性との何の変化も無い生活であったりします。そうした現在の生活振りと対極にあるような,環との激しい愛情。どんな平凡な人にも,かつては燃え上がるような恋の経験があると言う事か,それとも振り返った想い出は全て輝いていると言う事なのだろうか。だけど環の女性に対する気持ちも異常に思えるし,彼に引かれて行く彼女達の気持ちも,うまく伝わってきませんでした。

 

「玉蘭」 桐野 夏生  2001.03.27 (2001.03.01 朝日新聞社)

☆☆

 恋人である松村行生と別れ,勤めていた出版社も辞めて,一人上海に中国語の勉強にやってきた広野有子。彼女が暮す学校の寮の小部屋で,彼女が出会ったのは大叔父の広野質(ただし)だった。彼は中国で船乗りをしていたのだが,昭和27年に失踪。今ここにいる質は彼の幽霊なのだろうか。質は有子に自分の日記を読めと言う。そこには質が出会った女性との恋愛が綴られていた。一方東京で医師をしている松村は,有子への想いが断ち切れなかった。

 ミロ.シリーズでこの作者を読み始めたのですが,「OUT」以降かなり作風が変ってきています。もうミステリーは書かないのでしょうか。有子と松村,浪子と質と言う二つの恋愛の物語だと思って読んでいたのですが,最後の展開には驚かされました。70年の時を隔てて行われる会話は,新しい世界なんて無く,ましてや新しい自分など存在しないと言う事なのでしょうか。この二組の男女の対比は面白いと思うのですが,どちらかと言うと男はいい人に描かれているのに対して,有子と浪子の二人は嫌ですね。コンプレックス丸出しの屁理屈と,異国での苦労からくる身勝手な打算。ちょっと読んでいてイライラしてしまいました。

 

「プリズム」 貫井 徳郎  2001.03.28 (1999.10.25 実業之日本社)

☆☆☆

 その日,小学5年のクラス担任の山浦先生は学校に出て来なかった。代りに授業に出てきた教頭先生は理由を語ってくれなかった。しょうがないので小宮山は,クラス委員の山名や柴野,村瀬と真相を探ろうとする。理由はあっさりと判った。ミツコ先生と生徒から慕われていた山浦先生は,昨晩何者かに自室で殺されたと言うのだ。凶器は部屋に置いてあった置時計。不思議な事に,部屋には睡眠薬が入れられたチョコレートが置いてあったと言う。小宮山達は犯人の推理を始める。

 山浦先生が亡くなったのは事故か殺人か。チョコレートに睡眠薬を入れたのは誰か。ガラス窓を切って侵入したのは誰か。そもそも動機は何なのか。これらの謎に4人の人物が推理を展開します。それぞれに知り得た事実を持っています。そしてある推理によって犯人と目された人物は,自らその疑惑を否定していきます。論理的に推理しながら読む人には面白いでしょうね。私はあまりその様な読み方をしないのですが,それでも面白く読めるのは登場人物の描き方がうまいせいでしょうか。パズル的な要素が強い作品は嫌いなんですが,論理的な推理が中心になっていても,それだけではないのがいいですね。この作品,後書きは必ず最後に読んで下さい。

 

「天使たちの場所」 香納 諒一  2001.03.29 (1998.02.28 集英社)

☆☆

@ 「天使たちの場所」 ... 友人と二人で訪れたヴェネチア。橋の上で拾った物は日本語のおとぎばなしの本だった。
A 「季節はずれ」 ... ハワイへ銃の練習に訪れた二人組。宿泊しているホテルの部屋に忍び込んだ男を捕まえた。
B 「チャンギを発つ」 ... シンガポールで誘拐された会社員。警察に届けられない事情があった為に犯人と直接取引を行う。
C 「空が変わるまで」 ... フランスにパンフレット用写真を撮りにきたカメラマンは,昔の知り合いを探していた。
D 「サリーの微笑」 ... アメリカの大学に留学している息子を訪ねてきた父親。二人でドライブに出掛ける事になった。
E 「風はこたえない」 ... 北欧を視察に訪れたテレビディレクター。ある若者を紹介されたが彼は約束の時間に遅れてきた。

 外国を舞台に日本人を主人公にした短編集です。この様な設定の短編の場合,日本では話が作りにくい場面や状況が用意される事が多い様です。それは異国の地と日本の童話と言った組合せの妙であったり,銃が撃てる環境であったり,また日本では知られていないスポーツ競技の世界だったりします。そうすると今度は主人公が普通の職業だと面白くない為か,ちょっと変わった職業の世界が描かれるんでしょうか。また海外旅行の経験が少ないであろうほとんどの読者を意識してか,やたらと外国を意識させる描写が増えてしまう様な気がします。何かそんなところにばかり目がついてしまうと,そもそも何で外国を舞台にしなくてはいけないのか,と言う気持ちにさせられてきます。全てがそうだとは言いませんが,この作品ではそんな印象を持ってしまいました。

 

「恐怖配達人」 小池 真理子  2001.03.30 (1990.12.25 双葉社)

☆☆☆☆

@ 「梁のある部屋」 ... 逆玉の輿の男。結婚を目前に控えてバーで知り合った女を自分の部屋に連れ込んだのだが。
A 「喪服を着る女」 ... 有名画廊経営者の妻が喪服の注文に訪れた。彼女の息子は,母親が父親を殺そうとしていると言う。
B 「死体を運んだ男」 ... 劇団員の妻は芝居に熱中するあまり,いつのまにか自宅が劇団の練習場の様になってしまった。
C 「老後の楽しみ」 ... 初めて一人で行った鎌倉で3人の老人グループと知り合った。それは彼女にとって新鮮な体験だった。
D 「団地」 ... 同じ団地に住むカップル。団地についての意見の食違いからちょっとした喧嘩になってしまった。
E 「霧の夜」 ... 山の中のペンションを訪ねてきた男は,以前ここで働いていた男だった。その彼から脅迫を受けてしまう。

 タイトル通り怖い話です。そしてその怖い話の配達人は,主人公の微妙な気持ちの動き。こういった心理的に怖い話って言うのは,主人公が感じている気持ちになれるかどうかが鍵だと思うのですが,その点がうまいんでしょうねえ。「梁のある部屋」「死体を運んだ男」「霧の夜」と,死体を運ぶ話が3作あるんですが,自分だったらこの状況の中でいかに死体を運ぼうか何て思わず考えてしまいました。そしてその計画が破綻に向かう瞬間の怖さがたまりません。それと「喪服を着る女」もそうなんですが,どんでん返しが見事ですね。残りの2作はちょっと唐突な感じでイマイチか。