読書の記録(2001年 1月)

「永遠の仔」 天童 荒太  2001.01.10 (1999.03.10 幻冬舎) お勧め

☆☆☆☆☆

 1979年,愛媛県にある双海病院の児童精神科で,子供達の退院を記念する登山が行われた。その時安全な迂回路を通らず,急峻な鎖場のコースを登った三人の子供がいた。この山は神の山で,頂上には救いがあると信じる彼等は,敢えて厳しいコースを選んだのだ。しかし頂上には,彼らが期待した救いはかった。そして18年後の1997年。看護婦になった久坂優希,弁護士になった長瀬笙一郎,刑事になった有沢梁平は,再会を果たした。

 さて21世紀記念すべき最初の1冊は,あの「永遠の仔」です。読もう読もうと思っていたのですが,あの分厚さに気圧されて手が伸びなかったんです。でも読んで本当に良かったですねえ。この様な作品に出会うと,つくづく読書をしていて良かったと思いますもん。夢の中にまで出てきた作品って,これが最初じゃないでしょうか。とは言えこれは決して明るい話ではありません。描かれるのは幼児虐待を受けた子供達と,成長した彼らの話です。18年の時をはさんだ過去と現在が交互に描かれていきます。子供の頃彼らに何が起こったのか,そして大人になって再会した後,どの様な結末が彼らを待っているのか。同じく幼児虐待を扱った事で,東野圭吾さんの「白夜行」と比較される事があるようですが,全然違う雰囲気ですよね。そちらでは詳しく描かれる事の無かった子供の頃の場面,つまりモウル,ジラフ,ルフィン達の健気さが物語を厚くしていると思います。幼児虐待の部分では嫌悪感を覚える場面も出てきます。でも最近実際に起こっている事件何かを聞けば,目をそむけるばかりではいけないんでしょう。本当に人間はいつまでが子供で,いつから大人になるんでしょうか。子供の頃の辛い記憶をどこかに引きずった大人,そして再び子供に帰って行く老人。人間は永遠に子供なんでしょうか。幼児虐待と合わせて描かれる,老人の介護問題も考えさせられる問題です。最後に一つ。彼らが登った山は石鎚山(1,982m)ですが,日本百名山の一つに数えられております。私は登った事がありません,と言うか四国って行った事ないんですよね。

 

「左手に告げるなかれ」 渡辺 容子  2001.01.12 (1996.09.10 講談社)

☆☆☆

 証券会社のエリート社員だった八木薔子(しょうこ)は,今はスーパーで万引き犯相手の保安士をしていた。3年前のサラリーマン時代,上司との不倫の発覚によって,会社を辞めざるを得なくなったのだった。そんな彼女の元に刑事が訪ねてきた。かつて愛人であった上司である,木島の妻が殺害されたと言う。そして被害者は死ぬ間際に,「みぎ手」と言う血文字を残していた事を告げる。確かに薔子は彼女を恨んでいた。そして薔子の右手には,万引き犯を捕まえた時の怪我の跡が残っていた。薔子は自らの潔白を証明する為,現在の上司である坂東の協力を得て,犯人探しを始める。

 もし自分と利害が対立する相手が殺されて,刑事が訪ねてきたとします。そして自分にアリバイが無かった場合,自分で犯人探しをしますかあ。主人公達の行動の動機に納得がいかないと,読んでいてちょっと白けてしまう部分があります。でもストーリーは面白いですし,謎の探偵やらコンビニの女性オーナーやらと,登場人物も多彩で人物描写にも納得がいきます(でも坂東はちょっと)。何より冒頭に出てくる万引き犯とのやり取りの場面なんか,リアリティ溢れていて楽しめます。コンビニの内情や保安士の仕事振りに関する,普通知られていない事柄なんかもさりげなく描かれていて,一杯取材したんだろうなあと感心してしまいます。この作品は第42回江戸川乱歩賞の受賞作なのですが,この賞の受賞作って,ちょっと変った職業に従事する主人公って多いですね。アル中のバーテンダー,テレビの映像編集者,自衛隊員の募集員,銀行の債権回収屋,元お笑いタレント。食品Gメンなんてのもいたっけ。

 

「光と影の誘惑」 貫井 徳郎  2001.01.15 (1998.08.30 集英社)

☆☆☆☆

@ 「長く孤独な誘拐」 ... 自分の息子を誘拐したと告げた犯人は意外な要求をしてきた。それはある家の子供を誘拐する事だった。
A 「二十四羽の目撃者」 ... 動物園で起こった射殺事件。現場は両側を動物のオリに囲まれ,通路には人が通った形跡は無かった。
B 「光と影の誘惑」 ... ギャンブル好きの銀行員が出会った男。彼は銀行の現金輸送車襲撃を持ち掛けてきた。
C 「我が母の教えたまいし歌」 ... 父親の葬儀の時,自分に姉がいる事を初めて知った。母は彼女の存在を何故隠してきたのだろうか。

 それ程期待していた訳でも無かった本が,とても面白いと妙に得をした気持ちになります。まさしくこの作品がそうでした。それとも僕が知らなかっただけで,物凄く高い評価を受けている作品だったんでしょうか。営利誘拐における身代金奪取の難しさを逆手にとった「長く孤独な誘拐」。屋外における密室殺人を描いた「二十四羽の目撃者」。ギャンブル好きの銀行員の犯罪とその結末が見事な表題作「光と影の誘惑」。母と父の秘密を暴いてしまった「我が母の教えたまいし歌」。ちょっと軽妙なタッチで描かれた「二十四羽の目撃者」が浮いている様な感じがしないでもないですが,どれも見事です。特に最後の「我が母の教えたまいし歌」が印象的でした。何か中篇で読むのが勿体無い気がしてしまいました。

 

「イントゥルーダー」 高嶋 哲夫  2001.01.16 (1999.04.20 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 コンピュータメーカー東洋電子工業副社長の羽島浩司は,25年前に突然自分の元を去っていった奈津子から電話を貰った。それによると,自分には23歳になる慎司と言う息子がおり,交通事故により意識不明の重体だと言うのだ。急いで病院に駆け付けた羽島のもとに,二人の刑事が訪れた。慎司の交通事故は轢き逃げだったが,目撃者の証言によれば,酔っ払って車の前に飛び出したらしい。さらには慎司の血液からは多量の覚醒剤が検出された事を告げた。

 イントゥルーダーとは侵入者の事。コンピュータのハッキングの話かなと思ったのですが,それが中心ではありませんでした。成功したベンチャー企業の副社長であり,優秀なプログラマーとして,幸福な家庭を営んでいた羽島の元に,突然侵入してきた人物。まあ慎司や奈津子を侵入者と呼ぶのは,ちょっと抵抗はありますし,適切では無いでしょう。昔の恋人の話ってとても切ないですよね。それはどんな事をしても,昔には戻れないからです。そしていきなりその存在を知らされた息子。彼は父である自分の存在を知っており,尊敬もしていたと言う。だけど今では,自分と一緒に仕事をする事も,声を掛ける事さえも,ましてや子供の頃の息子とキャッチボールをする事もできません。だから出来る事は息子の無念を晴らす事だけになってしまいます。事件の方は,裏切りの連続で目が離せない展開となります。羽島への感情移入度は高かったですね。と言っても,自分の知らないところにいる,自分の息子や娘を期待している訳ではありません。

 

「神々の遺品」 今野 敏  2001.01.18 (2000.07.10 双葉社)

☆☆

 ペンタゴンのジェームズ提督の元に,シド.オーエンと名乗る若い科学者が訪れた。オーエンは古代文明に残された,異星人の痕跡を調査する「セクションO」と言う秘密組織の,機密保持舞台の組織を依頼してきた。一方日本では元刑事で今は私立探偵をしている石神達彦の元に,高園江梨子と言うタレントの卵が訪れた。彼女は突然行方をくらました同級生の東堂由紀夫を探して欲しいと言う。石神が調査を始めると,UFOライター三島の殺人事件に行き当たる。

 話は違うのですが,昨年大晦日の紅白歌合戦に出たピンク.レディーは良かったですね。何かミーもケイも昔のまんまで驚きました。UFOと言うと,未確認飛行物体ではなく,ヤキソバでもなく,まず第一にピンク.レディーを思い出してしまいます。さてこの作品ですが,「神々の指紋(グラハム.ハンコック著)」は読んだ事無いのですが,UFOだとか,ピラミッドを初めとする古代遺跡の謎等といった話は大好きですね。でもちょっと突飛な感じがしてしまいました。今野さんの作品で似た様な話では「レッド」がありますが,あちらの方が現実感があって良かったと思いました。

 

「七つの怖い扉」 アンソロジー  2001.01.18 (1998.10.25 新潮社)

☆☆

@ 「迷路」 阿刀田 高 ... 雪が積ったある日,井戸の上に落とし穴を作った。そして近所に住む女の娘をその落とし穴に落としてしまった。
A 「布団部屋」 宮部 みゆき ... 奉公に出た娘が謎の死を遂げた。彼女の替わりに妹が奉公に出る事になったのだが。
B 「母が死んだ家」 高橋 克彦 ... 道に迷って出た那須高原の別荘地は,自分の知った別荘のある所だった。
C 「夕がすみ」 乃南 アサ ... 両親を亡くした一人娘を,母の姉が引き取る事になった。最初は反対していた祖母も気に入った様だった。
D 「空に浮かぶ棺」 鈴木 光司 ... 気が付くとビルの屋上の深い溝の中。今まさに何かが生まれようとしていた。
E 「安義橋の鬼,人を食らふ語」 夢枕 獏 ... 人を食う鬼が出ると言う安義橋。一人の男が確かめに向かった。
F 「康平の背中」 小池 真理子 ... 交通事故で突然亡くなった不倫相手の男。今,彼の幽霊が現れた。

 タイトル通りの怖い話7編。「布団部屋」「あやし 〜怪〜」で,「空に浮かぶ棺」「バースデー」で読んだ事ありました。思ってもみない展開の怖さというのもいいですが,「こうなるんだろうなあ。こうなったら怖いなあ」と思わせておいて,その通りになると言うのも怖いですね。その意味で「夕がすみ」が面白かったと思います。まるで人形の様にかわいらしく,そして不幸な少女。彼女は妹を亡くし,父と母も交通事故で失い一人ぼっちになってしまいます。母の姉が引き取るのですが,その家の祖母は反対し,兄は無関心。うーん,やっぱりこうなりますよね。

 

「違法弁護」 中嶋 博行  2001.01.22 (1995.11.08 講談社)

☆☆☆

 横浜の高層ビルに事務所を持つ,大手弁護士事務所エムザに勤務する水島由里子は,アゼック社と言う貿易会社の法的危機管理の担当を命ぜられた。このアゼック社が借りている横浜本牧埠頭の倉庫では,パトロール中の警察官が射殺されたばかりだった。アゼック社はこの倉庫に何を保管していたのだろうか。自分の任務の裏には,何等かの違法行為があるのではないかと疑問を持つ由里子。しかし弁護士事務所での初の,パートナーと呼ばれる経営弁護士への道は魅力的だった。

 江戸川乱歩賞を受賞した「検察捜査」に続く2作目です。前作では人手不足に苦労する検察,今回は増員による危機感を持つ弁護士の世界が背景となっており,主人公は共に女性です。作者が現役の弁護士なので当り前なのですが,やたらと司法の世界には詳しいですね。弁護士と言うと,まあやっかみ半分なのですが,あまり好きな人種ではありません。やたらと依頼者(刑事事件の加害者の場合は特に)の権利ばかりを声高に主張するイメージが強いからでしょうか。物語の中でも,弁護士相手とならざるを得ない警察側の苦慮が描かれて行きます。まあ医者や大学教授もそうなのでしょうが,いわゆるステータスの高い職業と言うのは,希少価値によるものですよね。冒頭に描かれている弁護士の増員と言うのは,本当のところどうなのかは知りません。でも希少価値よりも論理感の高さで尊敬されるべき職業だと思います。ところで物語の方ですが,前作よりも深みが増していていいですね。ただ警察側と弁護士側から描かれている中で,もう一つの視点が中途半端で気になりました。これは前作同様です。

 

「騙し絵日本国憲法」 清水 義範  2001.01.25 (1996.04.30 集英社)

 日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,われらとわれらの子孫のために,諸国民との協和による成果と,わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し,ここに主権が国民に存することを宣言し,この憲法を確定する。

 上に書いたのは日本国憲法の前文の最初の部分です。まず最初にこの前文を21のバージョンによって紹介していきます。それは名古屋弁であったり,実演販売風であったり,マニュアル調であったりします。ここだけ読むと憲法をかなりふざけて論じている様な感じがするのですが,読み進めるとちょっと印象が変わってきます。憲法と言う非常に重要ではあるけれど,日頃の生活においてはあまり実感する事の無い事を考えさせられます。それは基本的人権,天皇制,戦争の放棄等などです。最後に日本国憲法が載せられておりますが,じっくり読んでしまいました。特に国会に関する部分なんて,ちょっと首を傾げたくなる様な部分が多いですね。憲法って言うと改正反対を唱える人が多いですよね。でも現状にそぐわない部分はどんどん変えるべきではないでしょうか。憲法改正が即,戦争につながるなんて言う意見は愚の骨頂だと思いますよ。そもそも戦前の大日本帝国憲法には改正の手続きが記されているにもかかわらず,それに則らずに出来た現在の憲法自体が違憲だと言う方が納得いきます。物語の方は,読み物としては物足りなかった感じです。

 

「第一級殺人弁護」 中嶋 博行  2001.01.29 (1999.07.21 講談社)

☆☆☆

@ 「不法在留」 ... 外国人不法滞在者を安く雇っていた会社が摘発された。逮捕された中国人の一人が弁護士に接見を求めてきた。
A 「措置入院」 ... ゴミ収集作業員が見掛けた不審な男。声を掛けたらいきなり襲い掛かってきて,作業員が殺されてしまった。
B 「鑑定証拠」 ... 無罪を主張する殺人事件の弁護を引き受けたところ,検察側からは決定的なDNA判定の証拠が提出された。
C 「民事暴力」 ... 内密の相談があると電話を掛けてきた銀行の支店長。彼は弁護士の元を訪れる前に殺されてしまった。
D 「犯罪被害」 ... 占有ゴロとのトラブルを解決したと思ったとたん,占有屋は占有していた建物の中で殺されてしまった。

 現役弁護士である中嶋博行氏初の短編集で,主人公は京森英二と言う若手弁護士。弁護士とは言っても独立したてで裕福と言う訳では無く,金にならない弁護はやりたくないと思っている。しかし意に反して変な事件にばかり巻き込まれてしまいます。要領の悪さの為に登録してしまった刑事当番弁護士制度によって,無償で被疑者に法的アドバイスをしなくてはなりません。嫌々引き受けてしまうのですが,いつのまにか変な正義心から,事件にのめり込んで行ってしまいます。こういった主人公の設定っていいですね。今まで読んだ中嶋さんの作品は皆女性が主人公でしたが,司法の世界の中で女性が頑張っている姿がやたらと強調されて,ちょっと力が入り過ぎって感じでした。でも月末の支払の心配をし,女性秘書には適当にあしらわれる姿が,弁護士らしくなくっていいんじゃないでしょうか。

 

「蓬莱」 今野 敏  2001.01.30 (1994.07.25 講談社)

☆☆☆

 ゲームソフト製作会社社長の渡瀬は,暴力団らしき二人組の男に呼び出され,発売を直前に控えたゲームソフト「蓬莱」の販売を中止するよう脅迫される。このゲームは古代日本を舞台にした,国造りシミュレーションのゲームだった。そしてその翌日,このゲームを中心になって開発した大木が,通勤途中の駅で転落死してしまう。さらに警察による強引な家宅捜索,取引銀行からの取引停止要求,と様々な圧力が掛かって来る。渡瀬はこの圧力の裏に大物保守政治化の存在を感じつつも,「蓬莱」に隠された謎を探ろうとする。

 今野さんの作品ってテンポがいいですよね。読み易くてスラスラ読めていいんですけど,読後感が軽い印象があります。例えば,渡瀬を脅迫した男の正体が簡単に判ってしまったり,偶然出会った知り合いの刑事から情報を得られたり,と言った都合が良過ぎる点が気になったりもします。また,そんな事するかなあ,とかそんな訳ないじゃん,と思う様なところもあります。でも面白いんですよね。ここでは「蓬莱」と呼ばれるゲームにこめられた,あるものの意味が大きいんだと思います。同じくゲームを扱った作品では,岡嶋二人の「クラインの壷」や貴志佑介の「クリムゾンの迷宮」等の傑作があります。それらとは違って,ここではゲームの内容自体を前面に押し出すのではなく,ゲームに込められた日本の歴史観が謎の中心になっていきます。大物政治家(って橋○龍○郎がモデルなのかな?)が暴力団,警察,銀行等に圧力を掛けて,ゲームの発売中止を狙うと言う構図はすぐに判ってしまいます。でも何故そんな事をするのかと言う謎と,その背景にある日本史の薀蓄がいいんじゃないでしょうか。だけど,ちょっと突飛だよなあ。