読書の記録(2002年 8月)

「黄昏の悪夢」 清水 義範  2002.08.01 (1993.12.24 角川書店)

☆☆

@ 「黄昏の悪夢」 ... 夫の父親の介護に疲れた妻。このままお祖父さんに食事を与えなければ,自分の地獄も終わるはずだ。
A 「靄の中の終章」 ... 長男の嫁は朝御飯の仕度をしないで掃除を始めた。忘れた振りをして自分に朝御飯を作らない気だ。
B 「黄色い自転車」 ... 毎朝駅の自転車置き場を探すのが苦労だった。しかし自分と入れ違いに自転車を置く人が居た。
C 「時間線下り列車」 ... 出張のために乗った新幹線。ついウトウトとして目が覚めたら,何か回りの様子が変わっていた。
D 「復讐病棟」 ... 交通事故で入院中の父親は医者から呼び出された。その医者は自分の高校時代の話を始めた。
E 「唯我独存」 ... 世の中の中に存在するのは自分だけだ。そんな理論に若い頃は夢中になった事がある。
F 「こわい話」 ... 「恐ろしい話を聞かせてくれ。」,と言う相手に怖い話をするのは難しいものですね。
G 「消去すべし」 ... 記憶を無くして公園のベンチに座っていた男。彼に近寄ってきた者は,彼の顔を見て驚いた。

 別にホラー作家と言う訳ではない清水さんですが,結構恐い話も書いております。そんな中から筆者自ら選び出した,ホラー作品を集めた短編集だそうです。なにげない日常生活の中で,いかにも起こりそうな恐い話です。表題作の「黄昏の悪夢」は短い作品ながらも,ドキッとさせられます。舅を殺そうとしている嫁が,嫁から殺される姑にクルッと変わってしまう見事さ。「復讐病棟」では自分の息子の命運を握る医師が,自分に対して持っている悪意を認識した時の恐怖。何かで読んだ事があるのですが,「靄の中の終章」の様に,自分がボケて行くのを自覚するのも恐いでしょうが,それを間近で見る人も恐いでしょうね。だけどそれ以外の作品は,これの何処が恐いのか判りませんでした。

 

「ペルソナ.ノン.グラータ」 夏樹 静子  2002.08.02 (1989.09.10 文藝春秋社)

☆☆

@ 「ペルソナ.ノン.グラータ」 ... 田園調布の高級住宅街に停められていた外車。その中で女性が絞殺されていた。
A 「艶やかな声」 ... 金に困っている麻雀屋の店主の元に掛かってきた電話。女性の艶やかな声での殺人の依頼だった。
B 「カビ」 ... 仕事上のパートナーの告別式の日に出会った女性。彼女は車の中で,自分はカビの研究をしていると告げた。
C 「俯く女」 ... その宿泊客の女性は顔を隠す様に俯いていた。そして連れの男性客と共にガス中毒死体で見つかった。
D 「宅配便の女」 ... 産婦人科医の元に送られてきた大きな宅配便の荷物。その中には女性の遺体が入っていた。

 「ペルソナ.ノン.グラータ」とは,ラテン語で「好もしからざる人物」と言う意味だそうです。外交官には外交官の特権が与えられておりますが,色々な人がいるんでしょうね。でもどこの国でも外交官になる様な人はエリートでしょうから,その国で逮捕されなくても,自国に戻った時の事を考えたら,あまり変な事もできないのでしょうけど。この不良外交官のした事は,なかなかのアイデアですね。一番面白かったのは「カビ」。癌で死んだ相棒とは,かなりあくどい仕事をしてきた主人公。そんな彼に対する見知らぬ女の告白は,ドキッとさせられます。また「宅配便の女」はちょっと奇抜過ぎ。だいたい宅配便では,大人の女性ほどの重さの荷物は送れないと思うのですが。

「トキオ」 東野 圭吾  2002.08.05 (2002.07.18 講談社)

☆☆☆☆

 宮本拓実が麗子にプロポーズした日,麗子は自分の家系がグレゴリウス症候群を受け継いでいる事を告げた。ある程度の年齢になると筋肉が動かなくなり死に至る奇病で,遺伝する可能性の高い不治の病 だ。拓実は全てを承知のうえ麗子と結婚し,そして子供が生まれた。時生(トキオ)と名付けられたその子は,高校生になってすぐ,この病を発病した。病院のベッドで死を待つばかりのトキオの横で,拓実は麗子にある告白をした。今から20年も前の23歳の頃,自分はトキオに会っていた事。そして目の前に居る意識不明のトキオは,これから23歳の自分に会いに出掛けるであろう事を。

 『俺はさ,あんたの息子なんだよ,宮本拓実さん。未来から来たんだ。あと何年かしたら,あんたも結婚して子供を作る。男の子だ。その子にあんたはトキオという名前をつける。時を生きると書いて時生だ。その子は十七歳の時,ある事情で過去に戻る。それが俺なんだよ』。過去に遡って自分の知り合いに会いに行くと言うのは,SFの世界ではそれ程珍しい話ではありません。「バック.トゥ.ザ.フューチャー」だって同じ展開ですもんね。「秘密」がそうであった様に,これは純粋なSF作品ではありません。だから何故過去に戻る事が出来るのか,何て事は全くどうでもいい事です。4分の3の確率で発病する事が判っていて,敢えて子供を作った父親。その父親の若い頃に会いに来た,死を目前にした息子。これだけだとかなり重苦しい話になってしまうはずなのですが,浅草の花やしきで出会った親子はとんでもない出来事に巻き込まれてしまいます。病気の事など忘れてしまいそうになる,見事なストーリー展開。拓実の成長を描いているのでしょうがないのかも知れませんが,ちょっと拓実が情けなさ過ぎます。でも結末近くの,この不思議な親子の会話は感動的ですね。やっぱり東野さんは凄いと思います。

「天国の破片」 太田 忠司  2002.08.06 (1998.09.10 勁文社)

☆☆☆

 石川県小松市のコンビニエンス.ストアに強盗が押し入った。その店でアルバイト店員をしていた阿南は,金を要求する強盗に対して説得を試みた。「二度とこの様な事をしないと約束するのなら,金は自分が用立てる。警察にも通報はしない。」と。しかし約束は守られなかった。数日後,同一犯と思われる男が,再び強盗を働き,店員に怪我を負わせてしまった。阿南は強盗と思われる少年を突き止めたが,彼は事件以前に亡くなっていた。

 コンビニ強盗って最近多いですから,その様な事態に陥った時にアルバイトの店員が取るべき行動って,当然マニュアル化されているんでしょう。まあその通りにできるかどうかは別として,阿南が取った行動をする奴はいないですよね。さて「阿南って誰?」と言う人が本作を読んだら,何て変わった奴だと思うでしょう。「刑事失格」「Jの少女たち」を読んでいても,ちょっとどうかなと思いますもん。阿南はある事情から警察官を辞め,その後極力他人と触れ合わない様に生きています。木枯らし紋次郎がいい例ですが,小説の世界でこの手の人物は,必ず何かに巻き込まれるんですよね。それはそうと,やっぱり彼のストイックさには馴染めません。このシリーズは3作しか読んでいませんが,どれも阿南の相手になるのはいい加減な少年少女ですよね。作者の意図でしょうが,その対比ばかりがやたらと目立ってしまいます。でも最後は阿南らしくなくって,いいですね。

「歪んだ素描」 太田 忠司  2002.08.07 (1994.08.25 角川書店)

☆☆☆

@ 「善意の檻」 ... 同居している妹と喧嘩してしまい,家を出て行ってしまった。妹を探して欲しいと言う姉の依頼。
A 「眠る骨」 ... 車の接触事故を起こしてしまった女性からの依頼。目撃者である黄色い帽子をかぶった老人探し。
B 「彼の動機」 ... 友人であり妹の婚約者を殺してしまった兄。何故彼を殺してしまったのか,本当の動機を調べて欲しい。
C 「歪んだ素描」 ... 長年勤めた会社を辞め蒸発してしまった夫。彼は生まれ故郷の村に,一人で帰っていた。

 商社のOLとして5年間,お茶汲みやコピー取りに嫌気がさして会社を辞めた藤森涼子。「求む,バカな人」と言う求人案内を見て,一宮探偵事務所に入る事になりました。さて「探偵藤森涼子の事件簿」とサブ.タイトルのつけられた本作では,彼女の活躍が語られます。活躍と言っても探偵としては殆ど素人ですから,探偵としてのテクニックを駆使して,と言う訳にはいきません。その代わり,依頼者や調査の相手の心の裏を探って,難問を解決していきます。どの登場人物にも,心の中には暗い一面を持っています。それを見切っていくわけですから,主人公が20代の女性と言うのは,ちょっと似合わない感じがします。『悲観主義者はときに思わぬ幸運に出会う。しかし楽観論者はつねに挫折を味わう。』と言うのはもっともですね。ちなみに私は悲観論者です。

「発火点」 真保 裕一  2002.08.09 (2002.07.24 講談社)

☆☆☆

 杉本敦也が12歳の夏休み,住んでいた伊豆半島に台風がやってきた。敦也は友人と台風の海を見に出掛けた際,浜辺で倒れている一人の男を見つけた。助け出された男は沼田と言い,敦也の父親の同級生だった。その後杉本一家と沼田の不思議な同居生活が始まる。しかしそれは沼田が,敦也の父親を刺し殺した事で終わりを告げた。そして9年後,東京で定職に就かずに生活していた敦也の元に,沼田が仮出所したとの知らせが届いた。

 12歳と21歳の敦也が交互に描かれていきます。かつて自分の父親が殺されると言う悲劇を味わった敦也にとって,その事実がその後の人生に重くのしかかってきます。まわりから特別な目で見られる事を極端に嫌がる敦也ですが,はっきり言って甘え以外の何物でもありません。ある意味では敦也の成長の物語なのでしょうがないのですが,ここまで我侭振りを見せ付けられるのも辛いですね。新聞に連載されていた作品なので,どうしても冗長になる傾向はあると思いますが,ちょっとくど過ぎるような感じがします。でも靖代と藍子という二人の女性との別れ,そして故郷の伊豆に戻り父親の事件を調べ始めるあたりから,物語は急に展開します。それとともに主人公の雰囲気がガラッと変わっていきます。そして事件の真相は意外な方向へ向います。ですが,被害者や加害者の家族が味わう更なる悲劇,そしてそれを問うジャーナリズム,二人の女性や敦也の同級生との関係などが中途半端になってしまった感じがしました。

「やさしい夜の殺意」 小池 真理子  2002.08.13 (1990.04.20 中央公論社)

☆☆

@ 「やさしい夜の殺意」 ... 函館の自宅から家出をして,同じく家出して東京で暮らしている兄夫婦のもとを訪れた妹。
A 「それぞれの顛末」 ... パリから帰国途中に立ち寄ったモスクワ空港で,不審な親子連れを見た二組の男女。
B 「チルチルの丘」 ... 知り合いの葬式で偶然再会した,かつての不倫カップル。思い出の場所に車を走らせた。
C 「青いドレス」 ... 交通事故を起こした男は,何でもするから,事故を起こした事を警察に話さないでくれと,哀願した。
D 「未亡人は二度生まれる」 ... 別荘に来ていた3人の女性の元に,失踪していた姉の夫と,妹の友人が訪れた。

 小池さんの作品は,主人公達の心理描写,その場の情景描写がとてもうまい。そして身近で起き得るような殺意を取り上げているだけに,思わずのめり込んでしまう。「それぞれの顛末」に登場する二人の男性の心理なんて,実際に自分が味わっている様な臨場感がある。でもこの作品では,ちょっと結末の予想が簡単についてしまうのが難でしょうか。どれも皮肉たっぷりの結末なのですが,それだけに読んでいる途中で思った通りに展開してしまいます。唯一ミステリーではない恋愛小説の「チルチルの丘」が,一番味わい深かった気がします。昔の恋人との偶然の再会って,こんなものなんでしょうね。

「もっとおもしろくても理科」 清水 義範  2002.08.14 (1996.12.24 講談社)

☆☆

 『や,だからね,だから私の言いたいことはさ,理科なの。ね,理科。だから私としては,理科をもっと大切にしようと,お父さんお母さんも大切だけど,理科も大切なんだぞーと,言いたいわけ。や違うな,科学じゃないの。科学というような家賃の高そうなもんじゃなくて,理科でいいの。小学校でやったあの理科。さあ今日は太陽の光を鏡で反射させてみようね,わー光ってまっすぐ進むんだー,の理科。そういう理科をね,みんなに面白く伝えていきたいと,ね,そう思ってるわけよ。』

 「おもしろくても理科」の続編です。勝手気ままなイラストを描いているサイバラ(西原理恵子さん)もそのままです。さて前回に較べてちょっと難しくなった様な気がします。もともと私は理科が不得手なものですから,難しいと言ってもあくまでも私にとって,と言う事ですが。ここでは進化やビックバンなどが語られますが,これらは人類が実際に見た事ではなくって,想像から事実を推測しているんですよね。そしていくつかの学説が紹介されていきます。それらは理科と言うよりは,家賃の高い科学ですよね。上で紹介した文は冒頭の部分なのですが,この言葉と内容がちょっとズレているんではないでしょうか。

「マジックミラー」 有栖川 有栖  2002.08.16 (1990.04.05 講談社)

☆☆☆☆

 琵琶湖の北に位置する余呉湖のほとりに建てられた別荘で,一人の女性が絞殺されていた。彼女は古美術商を営む柚木新一の妻の恵で,仕事で忙しい夫より一足先に訪れていた時に,何物かに殺されたらしい。その時夫の新一は博多に,新一と双子の弟である健一は酒田に居たと言う,完璧なアリバイがあった。この事件は,恵の妹の三沢ユカリから,推理小説作家の空知雅也に知らされた。雅也は学生時代に恵と交際があり,また夫の新一とは友人だった。

 最近有栖川さんの作品では,火村&アリスのシリーズばかり読んでいたもんで,とても新鮮な気持ちで読めました。さて絶対にこの双子の兄弟が怪しい!。所々に描かれる,男二人による犯人側からの描写。アリバイが完璧でも,顔がそっくりだから,何らかの入れ替えでアリバイを作ったに違いない。しかし頭と手首の無い,兄弟のどちらかと思われる死体が出てきてしまう。と言う事で二つの殺人事件が起こる訳なんですが,登場人物が少なくて,みんなにアリバイがある。そしてアリバイトリックを専門に書いている推理作家が出てきます。誰がどのようにして偽のアリバイを作ったのか。電車の時刻表もふんだんに載っています。好きな人はじっくり考えてみてください。私は好きじゃないので,チラッと見ただけですが全く問題はありません。そしてこの空知先生は,大学(火村さんの大学か?)でアリバイトリックに関する講演までしてしまいます。ここの部分興味深かったですね。列車の時刻表を駆使したミステリーって,最近ほとんど書かれていないと思いますが,このトリックは見事の一言。まあ,一粒で二度おいしい,と言ったところでしょうか。

「夢の工房」 真保 裕一  2002.08.16 (2001.11.25 講談社)

☆☆

 「小説という仕事」,「ロング.インタビュー」,「自作の周辺」,「読み手として」,「アニメと映像」,「街と旅」,「生活とスポーツ」と言ったテーマによるエッセイ集。そして,「盗作.雪夜の操り人形−書下ろし小説」と題された短編が挿入されています。こちらは,太平洋戦争中を舞台に,金に困った劇団員を主人公にしたミステリーです。

 真保さんと言うと,毛色の変わった職業に就いている人を取り上げる事が多いですよね。デビュー作の江戸川乱歩賞受賞作からして,食品Gメンが主人公でした。さらにダム.気象庁.ODAの職員,競馬.競輪.競艇.オートの選手,森林組合員,警視庁SP,レスキュー隊員,自衛隊の爆弾処理班,消防士,様様な職業が登場します。そして偽札作りや選挙の立候補者と言った,普通の人では体験できない世界も見事に描いております。ですから真保さんの取材力を高く評価する声は大きいですよね。それに対して結構意外な答えが返ってきます。また途中に挿入される短編は,真保さんには珍しい本格推理になっていて注目です。エッセイではその作家の意外な面を知ることができます。本作もそうなのですが,エッセイ自体は,あまりにも生真面目な感じがして,面白みに欠けるような気がしました。

「海のある奈良に死す」 有栖川 有栖  2002.08.20 (1995.03.25 双葉社)

☆☆☆☆

 新刊本発行の為に東京の出版社を訪れた有栖川有栖。そこでたまたま会った同業者の赤星楽は,次回作の取材旅行で「海のある奈良」に出掛けると言った。しかし翌日,赤星は福井県若狭湾の岩場で,絞殺死体となって発見された。彼の新作は「人魚の牙」と言うタイトルだったという。赤星の死の真相を追うために,火村とともに小浜に向うアリス。

 赤星楽さんて,「46番目の密室」に出てきた作家さんですよね。そんな人を殺しちゃって良かったんでしょうか。さて日本の都道府県で海に面していないのは8県あります。栃木,群馬,埼玉,長野,山梨,岐阜,滋賀,そして奈良です。「海のある奈良」とはどこの事か,というのが謎の一つなのですが,普通そう呼ばれているのは福井県の小浜だそうです。確かにここで死体は見つかったのですが,肝心の赤星の足取が全くつかめません。アリバイに関して言えば,何処で何時殺されたのか特定できなければ,その証明はできません。ここら辺の状況をうまく使っています。でも20代前半に見える40代の女性や,ある人物にウィスキーを飲ませる為の手段等,どうも納得できない点が目立ちました。また東京,京都,奈良,福井等を行ったり来たりするので,ちょっと目まぐるしかったですね。

「崖」 小杉 健治  2002.08.21 (1989.02.28 講談社)

☆☆

 千葉県の畑で見つかった男性の白骨死体。それは5年前に蒸発したとされた東京の男性のものだった。妻の理沙子には当時,財産目当てに結婚し夫を殺害したと言う噂があったが,それを証明する事はできなかった。そして理沙子が再婚した千葉県の資産家は,今度は火事で焼死。事件を追う木更津署の市枝刑事は彼女を見て驚いた。彼が昔知り合った優子という女性に,そっくりだったからだ。

 事件の真相を追う市枝刑事,警察内部の様々な問題点,そして複雑な事件の背景。それら一つ一つはいいんですが,何か3つ集まるとくどさを感じてしまいます。色々なことを盛り込み過ぎている様にも思えるし,その割りに市枝刑事が上司と衝突してまで,この事件解決に執念を燃やす気持ちが判らなかったりします。だいたい理沙子と優子って,顔が似ていると言ってもあまりにも違い過ぎるじゃないですか。それに優子に対する市枝の気持ちも伝わってきません。はっきり言って理沙子には嫌悪感しか持てませんでした。最後の最後でいろいろあって,彼女の本当の姿が判るんですが,この彼女に対する嫌悪感を最後まで引きずってしまいました。

「懐かしい骨」 小池 真理子  2002.08.22 (1992.07.15 双葉社)

☆☆

 両親と兄弟4人で暮らした家。兄の真吾は結婚して家を離れ,父は亡くなり,妹の早紀子も結婚したため,母の佳代が一人で住んでいた。そして母も亡くなった事から,この家を売却する事にした。取り壊しの日,早紀子は真吾からの電話で,物置の下から白骨死体が見つかった事を知らされた。物置を作ったのは25年前で,当時家をよく訪れていた母の友人の門倉美和のことを,二人は思い出した。白骨死体は美和のもので,彼女を殺したのは母ではなかったのか。

 私が子供の頃過ごした家はたいへん古く,高校生の時に建替えられましたから,もう30年前の話です。それにしても子供の頃に過ごした家って懐かしいですね。間取り何かは詳しく覚えておりませんが,自分の勉強部屋なんか,たまに思い出したりします。さて,ここでは懐かしい思い出の家からとんでもない物が出てしまいます。母の友人で美和という派手な女性。父との関係に気が付いていた小学生の早紀子。そして美和と関係を持ってしまった大学生の真吾。そして急に居なくなってしまった美和。殺したのは母に違いない。でも今となっては死体の身元が判るとは思えない。兄は美和と父の関係に気が付いていたんだろうか。妹は美和の存在を覚えているんだろうか。この兄弟の心理描写こそ,小池さんの真骨頂ですね。でもあまりにも話しに進展がなくって,ちょっと退屈。でもラストは意外でした。

「下へのぼる街」 小杉 健治  2002.08.23 (1991.05.10 勁文社)

☆☆

 山谷で日雇い労働をしていた村山と坂上に,倉岡という男が会社社長宅の強盗の話を持ち掛けた。愛人と二人のところを襲い,4千万円の強奪に成功したが,倉岡は社長である金光を刺殺してしまった。倉岡と離れ逃走する,村山と坂上は警察に追われる身に。また政界汚職事件を糾弾していたジャーナリストの秋本康一は,権力に対抗することの虚しさに諦めの日々を送っていた。そんな時,街中で一枚の似顔絵を見つけた。その似顔絵のモデルは,過去にスキャンダルを暴いた事によって,芸能界を追われた男だった。

 「♪今日の仕事はつらかった,後は焼酎をあおるだけ。どうせどうせ山谷のドヤ住い,他にやる事ありゃしねえ。」なんて唄知ってます?岡林信康さんの「山谷ブルース」です。山谷地区って,東京の台東区と荒川区にまたがるあたりですよね。昔仕事で行った事があります。日雇い労働で行った訳ではありませんが,夜中だったのでかなり怖かったです。さてここでは山谷で生活する人物が中心になっています。強盗で警察に追われる村山と坂上。そして流行作詞家の座を失った北条。そこにジャーナリストの秋本が絡んできます。14年前に起こった女性歌手の殺人事件,政界汚職に絡むリゾート開発会社社長,何かいろんな事が都合良く結び付き過ぎて,ちょっとウンザリします。ジャーナリズムに対する秋本の思いなんて,かなりストレートに利いていていいのですが,ストーリーがうそ臭くなっちゃうと,全てが軽く感じられてしまいます。このような社会派ミステリーでは,ミステリーの部分が抑え目になっていた方がいい様に思えます。

「狩野俊介の事件簿」 太田 忠司  2002.08.26 (1994.05.31 徳間書店)

☆☆

@ 「1時間目 国語−俊介への遺言」 ... 亡くなった元市長が俊介に遺言を残した。それは暗号になっていた。
A 「2時間目 理科−それなりに科学的な日々」 ... 美術展で盗まれた絵。盗んだ犯人はあっさりと捕まったのだが。
B 「3時間目 数学−奇妙な等式」 ... 宝石の展示場で盗まれた宝石。盗んだ犯人はどこかに消えてしまったと言う。
C 「4時間目 音楽−家族のための旋律」 ... 政治家の息子を狙った脅迫状。今日は彼のピアノの発表会の日だった。

 石神探偵事務所は,所長の野上英太郎と中学生の狩野俊介と,猫のジャンヌがいる小さな探偵事務所。シリーズ物を途中から読んだので,ここら辺の事情がちょっと判り辛い。中学1年生の探偵役と言うのも珍しいのですが,子供の世界での探偵だったらまだしも,相手が大人ですから,ちょっと設定に無理があるでしょうか。まあシリアスな展開にはなり得ないでしょうし,もう少し日常の謎を題材にした方がいいような気がしました。

「カシスの舞い」 帚木 蓬生  2002.08.29 (1986.11.25 新潮社)

☆☆

 フランス南部のティモーヌ病院に内勤医として勤める,日本人医師のミズノトシオ。精神科医の彼の担当は分裂症患者や麻薬による患者だった。ある日この病院の解剖室で見つかった女性のバラバラ死体。頭部が見つからないので被害者が誰なのか,そして犯人の影さえもつかめなかった。そして恋人のシモーヌの育った叔父の家に向かったミズノは,突然亡くなった叔父の遺体にあった手術の跡から,ミズノは病院に疑問を抱く。

 前半は精神病棟での内勤医(アンテルヌ)ミズノの日常が淡々と描かれていきます。上司であるポロー教授の講演会,以前師事していたムーラン教授との係わり,恋人で同病院で看護婦をしているシモーヌとの生活,そして地元の警察官らに剣道を教えるミズノ。あまりにも事件の展開が無いので,様々な問題を抱える入院患者,そして彼らに対する病院側のあり方などが本作のテーマなのかなと思っていたのですが,突然物語りは大きな犯罪組織に向かいます。この落差に違和感を感じました。そしてミズノは警察にも知り合いが多いので,事件はあっさりと解決してしまいます。この展開の急速さや安易さが,作品の重みを欠けさせてしまっているんではないでしょうか。ミズノやシモーヌをはじめとする登場人物にも魅力が感じられず,最後のシモーヌの手紙も辻褄合わせっぽく感じました。

「朱色の研究」 有栖川 有栖  2002.08.31 (1997.11.05 角川書店)

☆☆☆☆

 臨床犯罪学者の火村助教授は,ゼミの女子学生の訪問を受ける。彼女は貴島朱美と言い,2年前に起こり未だ未解決の,親戚の殺人事件を調べて欲しいと言う。彼女から聞いた関係者の一人である,従兄の宗像正明の家は,アリスの家のすぐそばにある超豪華マンション。宗像から当時の事情を聞いた火村はアリスの家で夜を明かす。次の日の朝,突然掛かって来た電話で宗像のマンションに向かった火村とアリスは,空部屋で一人の男の死体を発見する。被害者は朱美の叔父の山内陽平だった。

 2年前の火事の記憶から夕焼けの朱色を恐怖する朱美と違って,私はあの景色好きですね。昼が終わって夜にとって替わられる,最後の一瞬の輝きと微妙な色の変化。この作品の中で何度か夕焼けの情景が出てきますが,それらの描写が綺麗です。また何人かの登場人物の口から語られる能書き何かも,作品に深みを与えているように思えます。さて本作では朱美の火村への依頼から始まる訳なのですが,タイトルにある「朱」と朱美と言う名前が暗示的です。そして朱色に恐怖を抱く朱美の過去からして,読者を物語に引き込んでいきます。そして犯人が使ったトリックも見事だし,それを見破る火村の思考の道筋も真に迫っています。ただどうも納得できなかったのが,犯人の動機でしょうか。異性に対する他人の気持ち何か判らないのかも知れませんが,そう決め付けた火村の心理に違和感を感じました。でもこれこそが火村の,フィールドワークにのめり込ませた過去を暗示しているんでしょうか。そろそろ火村の過去を明かしてくれてもいいんじゃないでしょうか。ところで「役不足」と言う言葉を辞書でひくと,「@役めに不満をもつこと。A役めが軽すぎて,能力を発揮できないこと。」だそうです。私も全く違う意味にとっていました。