読書の記録(2002年 7月)

「間違いだらけのビール選び」 清水 義範  2002.07.01 (2001.05.15 講談社)

☆☆☆

@ 「間違いだらけのビール選び」 ... いつも飲んでいるビールなのに,何故か味が変わった様な気がする。
A 「猫の額」 ... せっかく綺麗に作った庭だったのに,何故か近所の猫が集まってきて,庭に糞をしていってしまう。
B 「雨」 ... 友人に別荘を貸した。自分が行く時以上にその日の天気が気になってしまうのだが,何故か雨の予報だった。
C 「家内安全」 ... デパートに勤める彼にとって,12月は物凄く忙しい。それもやっと終わり正月になったが,家族は誰も居なかった。
D 「空白の頃」 ... 2学期になってその子は塾に入ってきた。ちょっと面倒な子かなと塾の経営者は思った。
E 「二人の女」 ... 祖母が怪我をして入院してしまった。それを機に,母と祖母の意外な関係が少しずつ見えてきた。
F 「ブラッド.ゾーン」 ... 友人がメキシコから持ち帰った珍しい植物。それに付いていたブヨの様な虫に刺されてしまった。
G 「私の中の別人」 ... ラジオのディスク.ジョッキーをしている女性。見た目と違って声はやたらとセクシーだった。
H 「青空の季節」 ... 郵便局の窓口業務をしている男性に,彼女ができた。彼女とはハイキングで知り合った。
I 「島の一夜」 ... アメフラシの研究をしている生物学者。珍しいアメフラシを探しに無人島に一人で出掛けた。
J 「本番いきまーす」 ... 海外の色々な言語を紹介するテレビ番組。アイルランド人の研究者が番組に呼ばれた。

 私は以前,ビールと言えば「サントリー.モルツ」と決めていました。「だってこれ,断然美味しいんだモン。」って思ってました。だけど何かの時に飲み較べてみたら,全く銘柄の違いなんて判らなかったんですよね。それ以来特に銘柄にこだわる事はしていません。ここに出てくる主人公も,「ビールはドラゴンビール」って決めていたんですが,ある事から自分の持っていたこだわりの馬鹿馬鹿しさに気付きます。やたらと色々なタイプのビールを発売するビール会社や,それに踊らされている消費者に対する皮肉が効いています。その他の作品に関しては,日常誰にでも起こる様な出来事を,ユーモラスに描いているんですが,「雨」だけはかなり異質です。全体的に雑多な感じがしないでもないですが,こう言った作品をいきなり出してくる意図は全く判りませんでした。

 

「ロシア紅茶の謎」 有栖川 有栖  2002.07.02 (1994.08.05 講談社)

☆☆☆

@ 「動物園の暗号」 ... 動物園のサル山で殺されていた飼育係り。手には謎の暗号が書かれた紙が握られていた。
A 「屋根裏の散歩者」 ... アパートの大家が殺された。彼は屋根裏からアパートの住人の生活を覗いて日記に書いていた。
B 「赤い稲妻」 ... マンションのベランダから女性モデルが転落死。近くのマンションからその光景を目撃した人物がいた。
C 「ルーンの導き」 ... 背中を短剣で刺されて殺された男が握っていた物は,占いに使うルーン文字が描かれた4つの石だった。
D 「ロシア紅茶の謎」 ... ホームパーティーで飲んだロシア紅茶に入れられた青酸。誰も紅茶に毒を入れられなかったはずだった。
E 「八角形の罠」 ... 暗闇の中で刺殺された男性俳優。そして続いて起こる第二の殺人。「読者への挑戦状」が付いてます。

 国名シリーズの第一作。探偵役で犯罪臨床学者の火村英生と,その助手でミステリー作家の有栖川有栖のコンビが活躍します。不思議な暗号,密室殺人,ダイイングメッセージ,そして挑戦状付き犯人探し,とバラエティーに富んでいます。犯人もごく限られた中に居るので,じっくり読めば判るかも知れませんが,全く犯人探しをしないで読んでいますので,全然犯人は判らず。ちょっと火村の活躍が突出し過ぎる感じがしないでもないですが,有栖とのコンビの可笑しさがいいですね。

 

「スウェーデン館の謎」 有栖川 有栖  2002.07.03 (1995.05.08 講談社)

☆☆☆☆

 冬の裏磐梯のペンションに取材に訪れた有栖川有栖。ペンションのオーナーの紹介で,隣に住む童話作家の乙川リュウの家を訪れた。リュウの奥さんはスウェーデン人で,北欧風のログハウスは「スウェーデン館」と地元では呼ばれていた。3年前に事故で息子のルネを失ったリュウとヴェロニカの夫妻,リュウの母親と従弟,ヴェロニカの父の5人で住んでいたが,たまたま建築家の等々力と,児童図書の挿し絵画家の綱木姉妹が遊びにきていた。翌朝有栖は,画家の綱木淑美が頭を殴られて殺されている,と言う知らせを受けた。

 国名シリーズの2作目で,今回は長編です。舞台になっているのは福島県の裏磐梯。磐梯山に関しては猪苗代湖側から見るよりも,この裏磐梯の五色沼かもう少し北側から見る方が好きです。紅葉の頃なんかとても綺麗で,好きな場所の一つです。冬には行った事がないんですが,この作品の舞台は冬の裏磐梯。雪が降り積もったスウェーデン館の母屋と離れの間に付けられた2種類の足跡。何故か壊されていた屋根の煙突。殺人現場から無くなっていた枕カバー。いくつもの謎が提示されて行きます。そしてそれを見事に火村が解決します。こういった作品で私が嫌いなのは,探偵役の推理の過程が全く描かれず,ロジカルなだけの独演を聞かされる事です。でもルネの死にまつわる新たな事実を明示し,動機の面から事件の全体像を読者に示し,その通りの結末で終わったのが良かったですね。また推理に直接関係の無い,2軒の小屋のパズルや,火村が童話に関して喋る場面なんかが印象的でした。ちなみに火村が創る童話は,「三つの願いが聞き入れられるのならば,一つは世界の誕生が見たい,二つ目は世界の終焉が見たい,そして最後の三つ目は今見た事を忘れさせて欲しい。」と言うものでした。

 

「ブラジル蝶の謎」 有栖川 有栖  2002.07.04 (1996.05.07 講談社)

☆☆☆

@ 「ブラジル蝶の謎」 ... 亡くなったローン会社社長の弟が殺された。部屋の天井には美しい蝶々が貼り付けられていた。
A 「妄想日記」 ... 精神科医の家の庭で焼け死んだ男。彼はこの家に住んでいたが,言葉を喋る事ができなかった。
B 「彼女か彼か」 ... 殺されたのは美人だったが実は男。遺産相続でもめていた親戚や恋敵が容疑者として浮かんだ。
C 「鍵」 ... 別荘のプールで死んでいた男。彼は別荘の持ち主の秘書だったが,死体のそばには一本の鍵が残されていた。
D 「人喰いの滝」 ... ロケに訪れた渓谷で起こった事件。近くに住んでいる老人が川に落ちて亡くなった。
E 「蝶々がはばたく」 ... 旅行に向う電車の中で聞いた話。35年前に消えてしまった知り合いを,ホームの上で見かけたと言う。

 先週末に図書館へ行った際,何を借りるか考えるのが面倒臭かったので,ちょうど目の前にあった有栖川さんの講談社ノベルズ4冊を無造作に借りてしまいました。だから今週はずっと国名シリーズを読んでいます。これだけ続けて読んでれば,登場人物に親近感を持ちそうなものですが,どうも火村さんには親近感持てないですね。そろそろ沢崎(原りょう)さんが登場しないものでしょうか。一つ前に読んだ「スウェーデン館の謎」は長編だったからでしょうか,家族とか童話と言った推理の本筋から離れた部分が厚く,読み応えを感じました。でも短編だとどうしてもトリックばっかり目立ってしまいます。「彼女か彼か」のトリックは納得できませんし,「鍵」はそんなモンどこにあるんだ!と思ってしまうし,「人喰いの滝」の犯人が偽装工作している姿を思うと笑ってしまいました。表題作の「ブラジル蝶の謎」における蝶を使った意味や,「妄想日記」での動機,「蝶々がはばたく」の推論は良かったんですけどね。

 

「英国庭園の謎」 有栖川 有栖  2002.07.05 (1997.06.05 講談社)

☆☆☆

@ 「雨天決行」 ... 公園で殺された女性が死ぬ間際に残した言葉。そのエッセイストは「許してあげる。」と言った。
A 「竜胆紅一の疑惑」 ... 編集長の紹介でさる有名作家に会う事になった火村とアリス。彼は極度のスランプだと言う。
B 「三つの日付」 ... 殺人の容疑者のアリバイは事件の当日,アリスとスナックで一緒だったと言うものだった。
C 「完璧な遺書」 ... 自殺に見せかけようと,彼女から貰った別れの手紙に細工をして,遺書を作ったのだが。
D 「ジャバウォッキー」 ... アリスと火村のもとに掛かってきた電話。以前彼らの協力で逮捕された男だった。
E 「英国庭園の謎」 ... 英国庭園を望む書斎で殺された男。招待された客達は,宝探しのゲームで庭に居た。

 「ペルシャ猫の謎」は以前読んでいるので,国名シリーズは読み終わったと思ったら,最近「マレー鉄道の謎」と言う新作が出たようです。1週間同じ様な作品を読んでいたんで,何かゴチャゴチャになっています。それでもバラエティー豊富で,どの作品もいろんなアイデアが詰まっています。表題作の「英国庭園の謎」に出てくるのは暗号なのですが,こんなモン普通解けないよな。まあ英国庭園と言うのはどう言う物かは良く判りました。勉強になったなと思っても,そんな知識を生かせる場面があるとも思えませんが。全体的に火村とアリスの関係が面白いんですが,キレすぎる火村よりも,ボケ役のアリスがいいですよね。

 

「二度のお別れ」 黒川 博行  2002.07.08 (1984.09.15 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 三協銀行新大阪支店が銀行強盗に襲われた。犯人は一人で,取り押さえ様とした客に銃を発砲。400万円を奪い,怪我をした客を人質にして車で逃走した。人質となったのは,近くに住む鉄工所経営者の垣沼一郎だった。そして垣沼の妻の元に,垣沼の小指とともに,一億円の身代金を要求する手紙が届けられた。

 黒川さんの作品は本当にテンポが良くって,スンナリ読めます。捜査に当たる大阪府警捜査一課の黒田と亀田は,「雨に殺せば」に登場したクロマメ.コンビ。この二人のユニークさも,スピーディーな展開に合っています。銀行強盗の様な乱暴な犯罪を犯した犯人とは思えない,犯人からの緻密な身代金要求の指示。単独犯なのか,それとも複数の共犯者がいるのか。大怪我をしているはずの人質への心配をあざ笑う様に,犯人から送りつけられる垣沼の小指や耳。身代金の受け渡しの場面はかなりスリルがあるし,その手法も見事です。そして事件の真相が語られるラストは,かなり意表を突いています。こう言う終わり方って,あんまりないですよね。

 

「アリゾナ無宿」 逢坂 剛  2002.07.09 (2002.04.20 新潮社)

☆☆☆☆

 1875年,アメリカ西部のアリゾナ。幼い頃に両親を殺され,インディアンや牧場主に育てられた16歳のジェニファは,買い物に出てきた町で男4人の喧嘩を見た。一方的に絡んできた酔っ払いのカウボーイを簡単にやっつけたのは,トム.B.ストーンと名乗る賞金稼ぎと,サグワロと言う謎の男だった。その夜家に帰ったジェニファは,自分の現在の保護者であるラクスマンが,ストーンが探すお尋ね者だと言う事を知った。

 何と逢坂さんが西部劇を書くとは...逢坂さんの海外物と言えば,スペインだとばかり思っていたのですが,全く接点無いですよね。そう言えば最近「重蔵始末」なる時代物を書いたりしていますが,作品の幅を広げ様としているんでしょうか。さて賞金稼ぎが出てきて,お尋ね者を追いかけ,インディアンや駅馬車強盗に襲われ,と言った具合に全くの西部劇です。それでも薄幸の少女が以外と逞しかったり,日本人の侍が出て来たり,登場人物にトリックが施されていたりと,逢坂さんらしい西部劇と言った感じです。とは言え,私自身そんなに西部劇を知っている訳でもないし,第一西部劇と言うジャンル自体が過去の物と言う感が強いですよね。でも娯楽小説としては抜群に面白いですよ。子供の頃にテレビで見た西部劇を思い出して,ちょっと懐かしい感じもしました。ちなみにそれは「ララミー牧場」の事です。

 

「リカ(RIKA)」 五十嵐 貴久  2002.07.10 (2002.02.10 幻冬舎) お勧め

☆☆☆☆☆

 本間隆雄は妻と一人の娘を持つ,42歳の平凡なサラリーマン。仕事の都合上,インターネットを使う様になり,ある日「出会い系サイト」の存在を知った。軽い気持ちからサイトを利用するうちに,リカと名乗る一人の女性と知り合った。最初こそは彼女とのメールのやり取りを楽しんでいた本間だったが,自分の携帯電話番号を教えた時から,彼女の異常さに気が付いた。何度もしつこく掛けてくる電話,留守電に吹き込まれる常軌を逸したメッセージ。リカの言動に怯えた本間は携帯の番号を替え,彼女との連絡を絶った。しかしリカはネットを通じて,本間を探し始めた。

 第2回ホラーサスペンス大賞の受賞作です。怖いですよー。何が怖いって,ストーキングの怖さです。ストーキングの対象って普通に考えたら若い女性だと思うのですが,ここでは42歳の男性です。会社には知られたくないし,ましてや妻や娘に知られる訳にはいかない。そんな中でどんどん追い詰められて行く主人公。警察は取り合ってくれず,知り合いの探偵に頼んだら,次々に判ってくる恐ろしい真実。そしてその探偵の死。でも何か後半は現実離れして,行き過ぎの様な気がしました。携帯に吹き込まれたメッセージの異常さや,送られてきた異様なFAX,ドアノブに巻き付けられた髪の毛,なんかだけでも充分に怖さは伝わってきます。でも不死身の様なリカを描く事で,逆に恐ろしさを減じてしまった様な気がします。またドアの前から消えてしまった事や,娘の身体にした事など,説明不足な点もちょっと気になりました。ですが一気に読まなければ気が済まない様な展開は見事です。

 

「46番目の密室」 有栖川 有栖  2002.07.12 (1992.03.05 講談社)

☆☆☆☆

 推理小説作家の真壁聖一が主催するクリスマス.パーティーに招待された火村とアリス。真壁は密室トリックを使った45の作品を発表し,日本のディクスン.カーと呼ばれる大家で,招待されたのは推理作家や編集者と言った面々だった。その晩殺人事件が起こった。密室となった書斎で謎の男,そして同じく密室状態の地下室の書庫で真壁が殺されていた。二つの遺体とも,暖炉に上半身を押し込まれ,火をつけられると言う無残な死体だった。

 推理小説ファンには密室好きって多いんでしょうけど,密室を扱った作品ってパズル色が強くて好きじゃないんです。でもこの作品では,星火荘に集まった人達の人間関係や,過去に起こったホテル火災との関連等が,巧みに描かれていていいですね。密室の大家が,最後の密室トリック作品の構想中に,密室内で殺された。これこそが46番目の密室トリックなのか。密室トリック自体も意表を突いているんですが,唯一の不満は真壁が考えていた密室トリックが明かされなかった事。こんなのアリかよ。

 

「沈黙の土俵」 小杉 健治  2002.07.16 (1995.02.10 勁文社)

☆☆☆

 25年前に横綱を期待されながら,八百長疑惑や傷害事件で角界を追われた雷神。スポーツ記者の吉野大作はこの雷神の行方を追いかける事になった。現在こけし職人をしている,雷神と思われた男は,自分が雷神であった事を否定する。廃業に係わる真相を追究する吉野は,雷神がある殺人事件に何等かの係わりを持っている事を知る。また殺人事件の容疑者として刑務所に入れられていた,ろうあ者の滝本は,出所を間近に控え,弁護士にある女性の捜索を依頼した。

 ミステリーの題材として相撲が出てくるって,今まで読んだ事ありませんでした。まあ大相撲の世界ってあまり一般的ではないから,ミステリーの舞台として相応しくないのでしょうか。でもここでは相撲社会の排他性は,味付け程度です。前半こそ雷神と言う元力士が誰なのか,そして何故角界から排除されなくてはならなかったのか,と言う謎でリードしていきます。しかしろうあ者の一也の相撲部屋入門,そしてもう一人のろうあ者である滝本の謎の行動,さらに滝本の無罪を信じる弁護士の冬子。社会派ミステリー作家の小杉さんらしく,真実とは,正義とは,と言った問い掛けを交えて,謎は膨らんで行きます。でも何か結末が中途半端な感じがします。アカの他人と判っている親子,無実の罪で刑務所に入っていた男,また交通事故死の疑惑。それらスッキリしない終わり方には,彼らの心情が理解できなくて,少なくとも余韻が感じられません。でも相撲好きで,若旦那と呼ばれる立場でもあって,また叔母が持ち込む見合い話に辟易としている吉野は,面白いキャラですね。

 

「絵が殺した」 黒川 博行  2002.07.17 (1990.06.30 徳間書店)

☆☆☆

 竹林で見つかった男の白骨死体。それは1年ほど前に丹後半島で海に落ちて亡くなったと思われていた,日本画家の黒田理広と判明した。黒田の身辺捜査に当たった大阪府警の吉永誠一刑事は,新米刑事の小沢慎一とコンビを組んだ。黒田と付合いのあった画廊関係者らの調査から,黒田がかつて起こった贋作事件に関与していた事が判ってきた。

 黒川さんの作品に「文福茶釜」と言う,同じく美術品の贋作事件を扱ったものがあります。海千山千の人物が跋扈する,なかなか恐い世界ですよね。さてそんな恐い世界を舞台にしているのですが,吉永と小沢のとぼけたコンビ振りが目立ちます。そして何と言っても事件の関係者である,矢野のユニークさが際立っています。軽快なテンポで交わされる関西弁での会話の面白さの割に,事件の構図がドロドロしすぎてちょっと違和感を感じてしまいました。吉永と小沢が車の中でシリトリをする場面が出て来るんですが,笑ってしまいました。実は我が家でも全く同じ事をしていました。被害者は長女Mだったので,それ以来,彼女はシリトリをしようとはしません。あと,「クラインの壷」の話が出てきますが,あれは「ルビンの壷」ではないんでしょうか。

 

「暗い循環」 夏樹 静子  2002.07.18 (1987.01.25 角川書店)

☆☆☆

@ 「暗い循環」 ... 私立医大受験者の父親に掛かってきた,大学への寄付金を暗に要求する,二つの電話。
A 「凍え」 ... 冷え性で子供が出来ない妻が,ある日デパートで見掛けたのは,子供の服を買う夫の姿だった。
B 「誰にも知られず」 ... 病院経営者の娘が誘拐され脅迫電話が掛かってきた。その頃,娘は気ままな一人旅。
C 「無差別の恐怖」 ... 住宅地で起こった連続殺人事件。昼過ぎの時間に家に居る主婦を狙った犯行だった。
D 「独り旅」 ... 一人旅が好きなOL。彼女は旅先で知り合いの住所と偽名を使い,後から連絡が来る様に仕向けていた。
E 「懸賞」 ... 娘を奪った男が殺された。娘の父親の住まいに,かつて娘の事件を担当した刑事が報告に訪れた。

 事業を始めるのには当然金が掛かるから,その後の儲けで今までの投資分を回収しようとする。経済の原則に則れば,ごく当たり前の話です。でもその事業と言うのが医者だったら。腕をあげて多くの患者を獲得できれば,それはそれでいいんでしょう。でも病気が治ったから,治療の効果があったから,または死を免れたから,と言って患者は医者に,その対価として金を払っている訳ではありません。結果の如何を問わず,どんな治療をしたか,どんな薬を出したかで収入の決る医療って,何なんでしょう。そして行き過ぎた治療によって,新たな悲劇を繰り返す。確かに「暗い循環」ですよね。全般的に不倫やら悪意に満ち溢れていて,気が滅入る話ばっかりです。

 

「風のターン.ロード」 石井 敏弘  2002.07.19 (1987.09.10 講談社)

☆☆

 レースカメラマンの芹沢顕二は愛車のZUに乗って,生まれ故郷の神戸に帰ってきた。この街の「ルーエ」と言うパブで起こった殺人事件を知ったからだった。胸にナイフを突き立てられて殺されたのは,床又美恵子と言う女性で,芹沢の姉だと思われた。かつての同級生,橋本勝敏や茨木節子らの協力を得て,事件の真相を探ろうとする芹沢だが,新たな殺人事件が起こる。

 第33回江戸川乱歩賞の受賞作です。バイクにまたがった著者の写真がまず目を引きます。バイク好きなんでしょうね,神戸の山道を走り抜けるシーンが見事に描かれて行きます。でも描写に感心したのは,それだけなんですよね。ルーエと言うパブの落ち着いた雰囲気,そしてマスターである工藤圭介の魅力を描こうとしているのは判るんですけど,全くと言っていいほど描けていない。芹沢と橋本と節子の同級生,怜子と恵子と美恵子の複雑な関係も,設定自体はいいんですが,書こうとしている意図ばっかり目立ってます。だからミスリードしようとしている部分がバレバレで,絶対コイツを犯人にするんだろうな,って思っちゃいました。実際その通りになったのでシラケました。

 

「マレー鉄道の謎」 有栖川 有栖  2002.07.22 (2002.05.08 講談社)

☆☆☆☆

 大学時代の友人である大龍を訪ねて,マレーシア旅行中の火村とアリス。大龍はマレーシアの保養地であるキャメロン.ハイランドで,ホテルを経営している。先週マレー鉄道で大きな列車事故があったばかりだが,無事目的地に到着。ここでレストランを経営する日本人の百瀬と知り合った二人だったが,百瀬の家の庭に置かれたトレーラーハウスで,死体が発見されると言う事態に遭遇。ナイフを胸に刺されて死んでいたのは,百瀬の家でメイドをしているシャリファの兄のワンフーだった。ハウス内が密室であった事と遺書が残されていた事もあって自殺だと思われたが,それにしては不審な点が多かった。

 6作目の国名シリーズは,「スウェーデン館の謎」以来の長編で,初めて海外が舞台です。最初の方は旅行記さながらで,なかなか事件が起こらず,ちょっとイライラ。でも密室内で人が殺されて,何となくホッとします。まあ人が死んでホッとするのは,ミステリーぐらいでしょうね。さて舞台は海外ですが,犯罪学者と推理小説家と言うコンビのせいか,いつのまにか地元の警察と仲良くなりいつもの調子で進んで行きます。でも交わされる会話が英語なので,語り役であるアリスには理解できない部分があったりして笑えます。また帰国時間が迫っていると言う事もあって,最後はちょっとバタバタした感じになってしまいます。でも密室トリックの解明や,冒頭に述べられる列車事故との関連何か,見事ですよ。それにしても最初のダラダラした中に,決定的な伏線があるんですね。

 

「空夜」 帚木蓬生  2002.07.23 (1995.04.16 講談社)

☆☆☆

 九州の過疎の村に生まれ育ち,親の進める相手と結婚をし,ワイン造りをしている家の後を継ぐ真紀。彼女の住む村の診療所に新しい医者が赴任してくる事から,持病の喘息の治療を町の病院から村の診療所に移した。この新しい医者の慎一は,かつての真紀の同級生で憧れの相手だった。ギャンブルから抜け出せない夫に失望する真紀は,懐かしい思い出を共有する慎一に引かれて行く。一方,真紀のお気に入りのブティックの経営者の俊子は,年下の恋人である達士との不倫の日々を送っていた。

 あまり不倫の話は好きではないのですが,これは何かとてもすがすがしい不倫の話ですね。不倫の相手が子供の頃に憧れていた者同士だからでしょうか,それとも夫のあまりにも情けない人間性からでしょうか。何の疑問も持たずに暮らしてきた真紀が,慎一との出会いを通じて,自ら自分の道を切り開こうとする意欲が前面に出ているのがいいんでしょう。慎一とのふれあいの中で甦って来る,子供の頃の記憶の鮮やかさや瑞々しさが随所に表れています。夏祭りの手伝い,自家製ワインの企画,そして果樹園での仕事に積極的になって行く真紀。そんな彼女を思わず応援したくなるような話です。でも真紀と慎一はいいとして,俊子と達士のカップルの存在って何なんでしょう。対照的と言う訳でもないし,温泉などを旅する場面の美しさは伝わってきますが,二人の結末はちょっと納得できないですね。また真紀と慎一にしたって,回りからの何の障害も無いのが不思議です。田舎の事ですから,そうそう簡単にハッピーエンドとなるとは思えないですよね。ちなみに空夜(くうや)と言うのは,月の出ていない夜空の事だそうです。

 

「ノスリの巣」 逢坂 剛  2002.07.25 (2002.06.30 集英社)

☆☆☆☆

 輸入された生ハムの中に隠されたコカイン,パソコンの中に隠された拳銃。「ノスリ」と呼ばれたその男は,それらを所持していた暴力団員を殺害し品物を奪って行った。この2件の事件に不審を抱いた東都ヘラルドの新聞記者の残間は,警察庁特別監察室の倉木美希と私立探偵の大杉良太に相談を持ち掛けた。それとは別に,大杉は知り合いの警察官を通じて,洲走かりほと言う女性の尾行を頼まれ,また美希は上司から,洲走かりほと言う女性警部の事情聴取を指示されていた。

 本を手にとって初めて気が付いたんですが,この逢坂さんの新作は「百舌シリーズ」だったんですね。警察内部で行われる不正,それを暴こうとする公安の刑事達,そしてそれらの裏で蠢く政治的な駆け引き。それらをベースに,アクロバティックかつサスペンス溢れる展開が見事なシリーズで,本作が6作目です。でも殺し屋のモズは死んでしまったし,シリーズの主人公であった倉木も,そして独特なキャラクターの津城警視も死んでしまいました。残ったのは倉木の妻の美希と,元同僚の大杉。そして今回は前回に引き続いて新聞記者の残間が登場します。ノスリと言うのは鷹の一種だそうですが,私はこの名前を知りませんでした。漢字で書くと鳥と言う字の上に狂と書くそうです。何やら恐ろしげな名前ですね。さてここでも警察内部のとんでもない組織が出てきます。身内に甘い警察の体質を指摘する様な社会性よりも,サスペンス重視のストーリー展開は充分満足できます。でも最後の場面に津城が出てこないのが,ちょっと寂しいですね。

 

「見知らぬ私」 アンソロジー 2002.07.26 (1994.07.10 角川書店)

☆☆☆

@ 「バースデー・プレゼント(綾辻行人)」 ... 昨日見た夢で彼から誕生日のプレゼントを貰った。それは一本のナイフだった。
A 「会いたい(鎌田敏夫)」 ... 留守番電話に録音された歌の一節。てっきりアメリカに行っている彼女の悪戯だと思った。
B 「雨が止むまで(鷲沢崩)」 ... 不動産屋へクレームをつけに訪れた客に,その主人はその土地を手放す経緯を喋り続けた。
C 「陽炎(篠田節子)」 ... 町役場に勤めるその男は篠笛がとても上手かった。フルートを学んだ自分からは考えられなかった。
D 「トンネル(清水義範)」 ... いつも使っている通勤帰りの電車が通るトンネルの中に,不思議な光景を見た。
E 「幽霊屋敷(高橋克彦)」 ... その家に幽霊が出ると言う噂を聞いた。その幽霊とは死んだ自分の娘ではないのか。
F 「晩夏の台風(松本侑子)」 ... 昨年の今日も台風の夜だった。今年も同じ様に食事の支度をととのえた。
G 「水の中の放課後(森真沙子)」 ... プールの下にある図書館。ここではプールに飛び込む音が響いてくる。

 「野生時代」に掲載されたホラー短編からなるアンソロジーです。ホラーと言うと色々なタイプがあると思うのですが,怖いだけ,気持ち悪いだけ,残酷なだけ,と言うより,怖さの裏にある儚さや悲しさを感じさせる作品が好きです。気に入ったのは鎌田敏夫さんの「会いたい」。交通事故で亡くなった高校時代の初恋の彼女。その後いくつかの恋を経験するうちに,いつのまにか彼女の事は忘れて行ってしまう。辛い事を忘れてしまわなければ生きて行けない,と言うのは現在生きている人に言える事。電話の中に録音された歌の一節が印象的です。高橋克彦さんの「幽霊屋敷」もいいですね。

 

「彼女が恐怖をつれてくる」 新津 きよみ  2002.07.29 (2001.11.25 実業之日本社)

☆☆

@ 「戻って来る女」 ... 彼女は夏に付き合うには最高の女だと,友人は私に告げて,彼女を私に押しつけた。
A 「時を止めた女」 ... 20年後の私はどうなっているんだろう。友達を殺した犯人は捕まっているんだろうか。
B 「ぶつかった女」 ... 2月14日はグランドホテルに泊まる。ここに泊まると幸せになると何処かで聞いた。
C 「口が堅い女」 ... 小学校時代の同級生に声を掛けられた。こんな所で彼女と会ってしまった事は内緒にして。
D 「彼が殺した女」 ... 真っ暗な山道でタクシーに乗った男。植物の観察をしていて道に迷ったと運転手に告げた。
E 「卵を愛した女」 ... 卵料理レストランを開く夢を持っている彼女と再会した,卵アートに凝るかつての同級生。
F 「結ぶ女」 ... 口の中でサクランボのへたを結べる美容師。そんな彼女に興味を持った広告代理店のサラリーマン。
G 「猫を嫌う女」 ... 実家には猫が居るので足が遠のいてしまう。そんな彼女の元に,ファンだと言う女性が現れた。

 ちょっと恐い女性を主人公にした短編集。でもここに出てくる女性で,「恐いな」と思った女性は居ませんでした。そもそも恐い女性ってどんな人なんでしょう。気が強い女性や,性格の悪い女性,うっとうしい女性だったら知っています。でも幸いな事に,「恐いな」と思う女性には出会った事ありません。まあ男からしたら,「戻って来る女」の様に,自分がからめ取られる様な気にさせられる女性が恐いのかも知れません。また「口が堅い女」の様に,子供の頃に虐めた女の子には,今は会いたくないですよね。ちなみに口の中で,サクランボのへたを結べる女性を,私は知っています。

 

「熱球」 重松 清  2002.07.30 (2002.03.31 徳間書店)

☆☆☆☆

 38歳のヨージは東京でのサラリーマン生活に失望して,20年振りの故郷に帰ってきた。女子大で研究員をしている妻の和美がボストンに留学中の為,長女で小学5年の美奈子と二人での帰郷だった。20年前の高校時代,ヨージは県立周防高校野球部のエースとして,甲子園大会の地区予選にのぞんでいた。あまり強い高校ではなかったが,奇跡的に決勝まで進んだ。しかし決勝戦を前に部員の不祥事が起こり,決勝戦は辞退と言う苦い思い出がある。故郷の懐かしさや居心地の良さに浸るヨージだったが,同時に田舎町の住み辛さも味わう日々だった。

 「流星ワゴン」に続く長編ですけれど,どちらも主人公は30代後半の男性です。妻の不倫や息子の家庭内暴力には及びませんが,こちらの38歳も様々な悩みを抱えております。この頃の年と言うと,結婚して,子供も育って,家を買ったり,会社では働き盛りで,親もいつまでも健康と言う訳にもいかなくなって,と色々問題の起こりやすい時期なんでしょうか。妻のアメリカ留学を機に会社を退社し田舎に戻ったヨージですが,東京での生活を続けるか田舎での生活に戻るかの選択に迫られます。しがらみの多いながらも,昔の友人達のいる温かな故郷。私はずっと東京で暮らしているので,ここらへんピンと来ない部分があります。それでも夫婦,家族,仕事,仲間,故郷,虐め,と言った様々な事を考えさせられます。主人公が少々優柔不断すぎるのと,ほとんどメールでしか登場しない和美のドライさが気になります。その反面,恭子の一途な生き方の方に惹かれます。それとザワ爺がいいですよね。告別式での弔辞は感動的でした。『高校野球で勝ち続けることのできる高校は,甲子園で優勝する一校しかありません。どこの学校も負けるのです。負ける事が高校野球なのです。』そして,『自分を応援してくれる誰かがいてくれるというのは,ほんとうに幸せなことなどだと,わたくしたちはあなたに教わったのです...』。こんな風に言える彼等が羨ましいですね。

 

「青いスポルティーフ」 関口 ふさえ  2002.07.31 (1992.05.15 文藝春秋社)

☆☆

 新任美術教師のみどりが,同僚の荒川教師と駆け落ちしたと言う。学生時代からの親友の野木はるかは,みどりの性格からそんな事をするとは考えられなかった。つてを辿ってみどりの後任として,夢野市にある名門私立中学,赤沢学園の美術教師として赴任したはるか。偶然知り合った医師の木田一平と二人で,みどりと荒川の失踪の謎に挑む。

 スポルティーフと言うのはツーリング用の自転車の事だそうです。自分は自転車にほとんど乗りません。妻Mや子供の自転車くらいしか知りませんが,随分と高価な自転車があるもんなんですね。安い車よりも高い自転車なんて,ちょっと想像できません。さて友人の駆け落ちの真相を探る話なんですが,最初の方で事件の構図は見えてしまいます。伏線となっている部分もミエミエだし,犯人は容易に想像できてしまいます。唯一判らないのが犯行の動機なのですが,ファイダニット(Why Done It)って言う訳でもないので,意外性もありません。そしてどんでん返しもありきたり。まあそれはいいのですが,あまりにも人物の描き方が陳腐ですよね。一平にしても,友人であるはるかにしても,何故危険を侵してまでこんな事に首を突っ込むか,と言う内面が伝わってきません。そして赤沢家の異様な人物や彼らの関係もわざとらしいばかりです。