読書の記録(2002年 9月)

「グレイヴディッガー」 高野 和明  2002.09.03 (2002.07.31 講談社)

☆☆☆☆

 自らの生き方を改めるために,骨髄提供者として白血病患者を救おうとしている八神俊彦。骨髄提供のために入院する前日,彼名義で借りたアパートの浴室で知り合いの死体を発見した。そこに突然現れた謎の男達から,八神は追われる身になった。無事に病院に到着しないと,彼の骨髄を待っている患者が死んでしまう。その頃同様に浴室で死体となって発見された女性がいた。警察は連続殺人事件として,八神を重要参考人として,彼の行方を追う。

 「13階段」でデビューした作者ですが,数ある江戸川乱歩賞の受賞作の中でも,非常にレベルの高い作品でしたので,待ちに待った第2作目です。さてグレイヴディッカーとは墓堀人の事で,中世ヨーロッパでの魔女狩りに由来するタイトルです。もっとも本作の舞台は現代の東京で,たった一晩の出来事がスピーディーに語られていきます。翌日の入院を控えて,殺し屋グレイヴディッガー,謎のグループ,そして警察から追われる身になった八神。赤羽から六郷なんて普通だったら1時間も掛からないで行き着ける場所ですが,様々な苦難が待ち構えています。自分を追う相手を探りながら六郷総合病院を目指す八神,独自の捜査で事件の全貌を明かしていく警視庁の剣崎と古寺。この二つの視点で語られますが,どちらも緊迫感に溢れています。警察内部の刑事と公安の対立,新興宗教,政治家の暗躍,ハッキングなど多くの背景が描かれますが,一晩の事だけにちょっとめまぐるしいですね。それと八神が骨髄提供にこだわる理由や,犯人が何故自らを墓堀人に擬えたのか,ちょっと判り辛い気がします。

「夜叉沼事件」 太田 忠司  2002.09.03 (1992.12.31 徳間書店)

☆☆☆

 狩野俊介が通う中学校の担任の先生,松永麗子が石神探偵事務所を訪れた。20年前に起こった,彼女の兄の誘拐殺人事件を調べて欲しいと言う。当時4歳だった麗子には,14歳になる兄がいたのだが,ある日誘拐事件の被害者になった。結局犯人は捕まらず,1年後兄は近所の夜叉沼で白骨死体となって発見された。この沼は奇怪な伝説を持つ沼で,遺体発見の際には宏の幽霊が目撃されたという。

 この前,「狩野俊介の事件簿」でこのシリーズを初めて読みましたが,本作はシリーズ3作目だそうです。主人公は中学生の探偵なので,誘拐や殺人と言った生々しい事件はどうなんでしょう。おまけにその裏には資産家の血縁関係といったドロドロした部分がありますので,ちょっとこのメンバーにはそぐわない気がしました。別に子供が主人公だから軽めがいいと言う訳でもないんですが,俊介君と美樹ちゃんとのほのぼのとした関係が浮いてしまう気がします。ジュブナイルって好きなんですけどね。でも事件の真相はかなり意表を突いております。

「幽霊刑事」 有栖川 有栖  2002.09.05 (2000.05.30 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 気が付いたら浜辺にいた神崎達也は,自分の透明な姿に驚いた。よく考えたらここは,上司の経堂課長に呼び出され,いきなり銃で撃たれた場所だった。何故か判らないが殺害から1ヶ月後に,幽霊となって蘇ったらしい。しかし誰にも自分の姿は見えないし,自分の声も聞こえない。それは母親も妹も,そして結婚するつもりだった須磨子にも同様だった。しかしたった一人の例外がいた。それは同僚刑事で,イタコの血を引いている早川だった。神崎は早川に犯人を明かし,真相を突き止めようとする。

 幽霊となった刑事が登場してくるといっても,ホラーでもコミカルな作品でもありません。あくまでも本格的な推理であり,純粋な恋愛小説なんですね。自分は何故殺されたのかと言う動機の追及,続いて起こった密室殺人の謎,そして本当の黒幕とは誰なのか。でもこういった謎解きよりも,幽霊となった神崎の心情が印象的です。自分を殺した犯人が目の前にいても,それを証明する事のできない苛立ち。愛する女性を前にして,何も伝えられないもどかしさ。読んでいて少々イライラする部分もありますが,神崎の心の内がストレートに伝わります。また空を飛び,透明人間として人の秘密を探れるけれど,人や物には触れない,だが電車や車には乗る事ができる。幽霊に出来る事出来ない事が,きっちりと決められているのも,推理小説として清清しいですね。でも事件の真相にはちょっとガクッときました。でもそんな事より,神崎と須磨子の関係こそが本作の中心です。幽霊の存在を信じようとしない須磨子。事件が全て解決した暁には,幽霊でいる事もできなくなる神崎。突然に訪れた最後の別れの場面が圧倒的にいいですね。火村とアリスのコンビもいいですが,有栖川さんてこんな作品も書けるんだと言うのは驚きです。

「伯林水晶の謎」 太田 忠司  2002.09.06 (1994.01.20 祥伝社)

☆☆☆

 お花見で近所の公園を散歩していた霞田志郎と千鶴の兄妹は,木の下でうずくまる一人の老人を見つけた。彼はヘルムバウムと言う,志郎のかつてのドイツ語の教師だった。友人であるトマス工業会長の宮谷巌を訪ねる途中,持病の腰痛が出たようだ。二人は彼を宮谷の家まで送っていったが,何と宮谷は自宅で殺害されていた。捜査にあたる愛知県警の磯田と三条は千鶴と志郎の知り合いでもあり,二人は事件に関わらざるを得なくなっていく。

 狩野俊介君のシリーズに続いて,このシリーズも途中から読み始めてしまいました。この作品の前に上海と倫敦の話があるそうです。小説家の兄志郎と漫画家の妹千鶴の兄妹は,愛知県警に協力して過去にもいくつかの事件を解決したと言う設定から始まっています。そして千鶴は三条刑事にほのかな想いを寄せていたり,千鶴の友人の亜由美と志郎の関係など,やはり最初から読んだ方がいいんでしょうね。さて第二次世界大戦下のドイツで起こった水晶に関わる出来事を背景に,現代の日本における殺人事件が描かれます。この兄妹探偵コンビもいいですし,名古屋弁まるだしの登場人物も面白いですね。でも話自体は伯林の水晶もそうですが,事件の底辺にある出来事を含めて重く暗いものです。それを軽妙にさばいていく展開がいいです。

「巴里人形の謎」 太田 忠司  2002.09.08 (1996.03.06 祥伝社)

☆☆

 3年前,ビスクドール製作のために訪れていたパリで自殺した沖村嶺は,志郎の高校の友人だった。工房として使っていたアパルトマンの地下室で,自分の創った15体の人形に見守られながら首を吊った沖村。彼は,自分の創った人形に殺されるかもしれない,と生前語っていたと言う。そして自殺の現場で,歩いている人形が目撃されていた。そんな沖村を題材にしたノンフィクションを出版する,牧もまた志郎達の同級生。その出版記念パーティーの翌朝,牧は扼殺死体で発見された。

 ビスクドールって,頭部や手足が磁器で作られた人形で,いわゆるアンティークドールという名で呼ばれている人形のことだそうです。さてプロローグは幻想的な雰囲気なのですが,いきなり世俗的な話へと進みます。こういった対比はいいですよね。とにかく牧という人物というか,嫌な人間の描き方が上手い。苺子や鞠子を含めた,志郎の高校時代の文芸部の話がよく出てくるんですが,沖村の自殺を含めて志郎には色々な想いがあるようです。ここらへんやたらと思わせ振りで,話のこしを折っている気がします。また犬のダミアンもちょくちょく登場するのですが,少々鬱陶しいですね。だいたいダミアンって言うと,オーメンだよな。

「月光ゲーム」 有栖川 有栖  2002.09.10 (1989.01.20 東京創元社)

☆☆☆☆

 英都大学1年で推理小説研究会に所属するアリスは,研究会のメンバー総勢4人で矢吹山にキャンプにやってきた。途中で知り合った大学生の数グループと,キャンプ場での楽しい時が過ぎて行く。特に神戸の大学生の理代にひかれるアリスだった。3日目の朝,理代のグループの小百合が,先に帰るとのメッセージを残して居なくなってしまう。その直後彼らは矢吹山の突然の噴火に見舞われる。そして帰り道は土砂で塞がれてしまう。そんな中で殺人事件が起こってしまった。

 有栖川さんの長編デビュー作です。綾辻行人さんが「十角館の殺人」でデビューしたのが1987年9月ですから,その1年4ヶ月後に発表されたんですね。学生アリスのシリーズを読むのは初めてです。さて十角館の方は無人島でしたが,同じクローズドサークルでの連続殺人と言っても,こちらは火山の噴火と言うかなり特殊な状況です。誰が犯人なのかと言う謎に加えて,次は誰が殺されるのかと言うサスペンスが加わる訳ですが,本作では更に火山の噴火がいつ再び起こるのかと言うスリルが追加されます。このキャンプ場に来ているのは,男性11人と女性6人の計17人。ちょっとこの人数多いですよね。それも何人かを除いてキャラがはっきりしていないので,ちょっと読み辛い部分があります。探偵役は研究会部長の江神二郎なんですが,火村との違いが面白いと思います。また青春してるアリス君もいいですね。ちなみに舞台となっているのは浅間山近くの矢吹山なんですが,実際にはそんな山ありません。多分活火山である浅間山を意識して書いたんでしょう。最近では1982年に噴火しており,今も噴煙を上げていて,いつ噴火してもおかしくない山です。頂上までの登山道はありますが,山頂から4km以内は現在立ち入り禁止となっております。

「ダリの繭」 有栖川 有栖  2002.09.11 (1993.12.10 角川書店)

☆☆☆

 幻想を愛し奇行で知られたシュールレアリズムの巨匠,サルバドール.ダリ。そのダリの心酔者として知られる,宝石チェーン社長の堂条秀一が殺された。神戸の別宅に備えられたフロートカプセルの中で,彼の遺体は見つかった。しかし彼のトレードマークになっていた,ダリに似せた髭がなく,他にも不審な点がいくつかあった。警察からの誘いで,火村とアリスは捜査に加わった。

 学生アリスのシリーズを読んだすぐ後で,作家アリスのシリーズを読むと何か変な感じがします。18歳からいきなり32歳ですもんね。さてダリに関してはほとんど知識がありません。作品も印象的ですが,あの顔も髭もかなりインパクトありますよね。そんな特殊な髭をした人物が殺されて,死体にはその髭が無かった。それもフロートカプセルと言う特殊な装置の中で見つかった死体。容疑者は宝石チェーン店に関わる人物に限られてきますが,一人一人の話を聞いていくうちに膨らんでくる疑問。それもそのはず,関係者の証言の中にはいくつかの嘘が混じっています。それも自分が犯人だから嘘をついた訳ではありません。皆それぞれに事情があって嘘をついているんですが,それらが丹念に覆されていきます。殺した犯人はそれほど意外では無いのですが,その様な結果に至る原因は意外でした。まあ犯罪なんてどんなに計画的に行っても,思った通りに行かないものなんでしょうね。

「十の恐怖」 アンソロジー  2002.09.11 (1999.03.30 角川書店)

@ 「十回目には」 常盤 朱美 ... 駅のホームで見かけた見知らぬ少女。だけど何処かでその子を見たような気がした。
A 「あと十分」 森 真沙子 ... 古い校舎は壊されて新しく建て直される事に。最後の卒業生を送る会の演劇での出来事。
B 「十針の赤い糸」 井上 雅彦 ... 交通事故で入院した音楽学校の女子学生。いつもバスで会う男性がお見舞いに来た。
C 「十環子姫の首」 五代 ゆう ... 十環子姫は評判の美人。結婚を前にしたある日の朝,彼女の首が無くなってしまった。
D 「十人目切り裂きジャック」 篠田 真由美 ... 恋人を殺された男が語る,切り裂きジャックの10人の犯人説。
E 「十年目のウェディングドレス」 飯野 文彦 ... 魔物を倒しに向かった男は,10年後の誕生日に帰ってくると言った。
F 「十年目の決断」 斉藤 肇 ... 二人になってしまった娘。10年後にどちらが本物か判断しなくてはいけなくなった。
G 「十番星」 小林 泰三 ... 友人が10番目の惑星を見つけたと言う。その星は環境をとても大切にしていると言う。
H 「十死街」 朝松 健 ... 返還を間近に控えた香港で,老人に頼み事をされて事から不思議な世界に紛れ込んでしまった。
I 「十歩...二十歩...」 竹河 聖 ... 女性3人で出掛けた山奥の温泉。宿の下にある露天風呂に出掛けたが。
J 「十代最後の日」 赤川 次郎 ... 今日は10代最後の日。以前した約束通りに死神が僕の前に現れた。

 「10」と言う数字はいわゆるキリのいい数字なのですが,それは人間が10進数を使っているだけなんですよね。何故人間は10進数を使うかと言うと,両手合わせて指が10本あるからに過ぎません。ですから10と言う数字には,一番最後と言ったイメージがあるんでしょう。そんな「10」と言う数字をモチーフにしたホラー.アンソロジーです。11人の作家がそれぞれ10にまつわる怖い話を書いているんですが,まず不満なのは全く怖くないんです。それにやたらと1ページ内の文字数が少なくて,読み辛いったらありゃしない。だいたい10に拘るんだったら,何で10作にしなかったんだろう。「十人目の切り裂きジャック」が秀逸。

「滅びのモノクローム」 三浦 明博  2002.09.12 (2002.08.05 講談社)

☆☆

 広告代理店に勤める日下哲は,仙台東照宮の骨董市で,英国製の古いフライフィッシング用リールを見つけた。売っていた娘は,リールが入っていた柳行李と,一緒に入っていたスチール缶を合わせて1万円で売ってくれた。スチール缶の中には古い16ミリフィルムが入れられていた。ボロボロになったフィルムには,湖で釣りをする光景などが写されているようだった。日下は自分が担当する,政党のCFにこの古い映像を使おうとして,フィルムの復元を知り合いの大西に依頼した。その頃,このリールを売った日光の老舗旅館の娘の月森花は,とんでもない物を売ってしまった事に気が付いた。

 第48回江戸川乱歩賞受賞作です。冒頭で紹介される長崎での原爆投下のシーン,そして偶然に手に入れた古いフィルム。戦争中に起こった忌まわしい映像が写されているんだろう事は,容易に想像できるんですが,それが何かなかなか見えてこないんですよね。フィルムを取り戻そうとする老舗旅館の爺さん,フィルムの謎を明かそうとするジャーナリスト,そして謎の殺人者の存在。日下にしても花にしても明確な探偵役ではないですから,何か物語がドンドン流れて行っていくような気がします。中心となるべき謎も,そしてその回答も,なにか小出しにされているようで,ちょっとイライラしてしまいました。登場人物に感情移入できればまだいいのですが,苫米地はともかく,日下も花も描き方が少々わざとらしい。戦争中に起こった犯罪をテーマにするのは面白いと思うんですが,それが国家がやった事なのか,個人として行った行為なのか,なにか曖昧に描かれているように思えました。

「月光亭事件」 太田 忠司  2002.09.13 (1991.06.30 徳間書店)

☆☆☆

 名探偵,石神法全が引退した後の石神探偵事務所を継いだのは,弟子の野上英太郎だった。このたった一人の探偵事務所に,一人の少年と一匹の猫がやってきた。ジャンヌと言う猫を連れたこの少年は狩野俊介といい,法全の紹介で1週間この探偵事務所に弟子入りする事になった。そんな折,町で一番大きな病院経営者の豊川院長が事務所を訪れた。妻が妙な新興宗教に入れ揚げ,怪しげな導師を自宅に引き入れていると言う。この導師の実態を暴いて欲しいと言う依頼だった。

 先に「狩野俊介の事件簿」「夜叉沼事件」でこのシリーズを読んでしまいましたが,本作がシリーズ1作目です。俊介君が探偵事務所に入る事になった事情が判りました。まあ主人公が中学生ですし,いろんな事件を通じてどのように成長していくかも,シリーズものの読みどころですから,今後は順番通りに読みましょう。シリーズ1作目だからでしょうか,俊介,野上,アキ,そして警察の高森,池田らの主要登場人物の描写がとても丁寧ですね。イラストを書いているのは末次徹朗さんと言う方だそうですが,ちょっと作品と合っていない気がします。ストーリーとしてはかなり重苦しいし,トリックも結構凝っているんですが,やたらと雰囲気を軽くしているんじゃないでしょうか。表紙を見ただけで読むのを止める人がいるかも知れません。

「孤島パズル」 有栖川 有栖  2002.09.16 (1989.07.20 東京創元社)

☆☆☆☆

 英都大学推理小説研究会のアリスは,部長の江神とマリアの3人で,嘉敷島と言う孤島に建てられた別荘を訪れた。この別荘は,資産家でマリアの伯父である有馬竜一氏の所有で,島内には祖父が5億円ものダイアを隠したとされている。隠し場所の鍵となるのは,島に建てられた25体の木製のモアイ像。竜一氏をはじめとする有馬家の一族等に迎えられたアリス達だったが,二日目の晩に殺人事件が起こり,壊された無線機によって,本土との通信が閉ざされてしまった。

 「月光ゲーム」に続く学生アリスシリーズの2作目。今度は孤島と言うクローズド.サークルで起こる連続殺人事件。このクローズド.サークルを扱った作品は,まず容疑者が限定される事と,科学捜査の立ち入りが無いと言う点で,探偵役の活躍が充分に活かされます。それだけにパズル的要素が色濃い作品が多いようです。私はどうもパズラーの才能は無い様なので,こういた作品は苦手なのですが,それでも十分楽しめました。祖父が隠した宝物の謎を解いたとされる,英人の謎の死から3年。アリス達はこの謎を解く事ができるのか,と言う点にまず引き付けられます。そして殺人事件への謎へと移っていくのですが,この流れが自然でスンナリと最後まで読めました。アリスとマリアの関係もなかなかいいですね。犯人は容易に想像できましたが,犯行がどのように行われ,江神がどのように真実に辿り付くのかは,全く判りませんでした。こう言った作品の場合,「殺人犯がこんなに論理的に行動するのか。」とか,「自分の遺産を何故こんなに複雑に隠すのか。」なんて思いがちですが,あまり気にならなかったのも,有栖川さんのうまさなのでしょう。

 

「修羅の旅びと」 典厩 五郎  2002.09.18 (1990.10.30 文藝春秋社)

☆☆

 昭和8年2月,東京市中野にある豊多摩刑務所の独居房の一室で,一人の受刑者が殺されていた。警視庁捜査一課の切通巡査が捜査に乗り出したが,事件は刑務所の職員である降旗雄介らの活躍で,あっさり解決した。喜びに浸る降旗だったが,自分の部下である秋元の様子がおかしい事に気付いた。彼から話を聞こうと考えていた矢先,秋元は静岡県興津町で毒殺死体となって発見された。

 「私たちはみんな,修羅へと旅立つのです。いや,旅立たされるのかな」。豊多摩刑務所に入れられていた思想犯がつぶやいた一言です。日本が太平洋戦争へと突き進む時代を舞台にした,ミステリーです。警察内では刑事より特高が幅を利かせ,それでも軍部の威光の前に警察は無力な存在となっている。地方は貧困に喘ぎ,徴兵忌避者が溢れ,自殺する者も多い。この時代を舞台にすると,必要以上に時代の暗部を描く事に汲々としている感じがします。だからなのかも知れませんが,降旗が秋元の死の謎に取り組む動機や,旅館の女将に惹かれて行く気持ちが伝わってきませんでした。ミステリーの部分に関しては,結構凝っていて面白いんですけどね。

 

「高円寺純情商店街」 ねじめ 正一  2002.09.18 (1989.02.15 新潮社)

☆☆☆

@ 「天狗熱」 ... 江州屋乾物店のお得意さんの小津会館が,新しい納入業者として日本橋の老舗を検討しているという。
A 「六月の蝿取紙」 ... 正一は6月が嫌いだった。乾物の匂いが店いっぱいに広がるなか,蝿取紙がぶら下がっていた。
B 「もりちゃんのプレハブ」 ... 遠い親戚のもりちゃんが江州屋の店員としてやってきた。すぐに一人の女性と知り合った。
C 「にぼしと口紅」 ... 江州屋の隣に,駅前にある化粧品屋の仮店舗がオープン。まわりが華やかになった。
D 「富士山の汗」 ... 正一はお風呂が嫌い。家の風呂を作り直す事になったので,近所のお風呂屋に出掛けた。
E 「真冬の金魚」 ... 店の前で起こった放火事件。商店街の人達は皆協力しあって消火活動に参加した。

 第101回直木賞の受賞作です。乾物屋の息子の正一くんは,自分の家の商売や家族に誇りをもったり,ちょっと嫌ったりもしています。ここらへん普通のサラリーマン家庭とは違いますよね。自分の家が商売していると言う事は,子供は父親をはじめ家族が仕事をしている姿をずっと見ている訳です。それに家の仕事の手伝いもするでしょうから,大人の世界に触れる機会は多いんでしょう。そんな商店街での生活が,子供の目を通して活き活きと描かれていきます。また今ではスーパーで買い物をする事が多いのですが,古き良き時代の商店街の光景にノスタルジーを感じさせてくれます。また子供の頃,母が使っていた鰹節の削り器や,店先にぶら下がっていた蝿取紙など,今となってはお目に掛かれない物が,懐かしく思い出されます。学生時代,知り合いがこの商店街の先の早稲田通りの方に住んで居たので,何度かこの商店街を通った事があります。当時は商店街の名前なんて気にしていませんでしたが,昔からこんな名前だったんでしょうか。

 

「彼方より」 篠田 真由美  2002.09.19 (1999.10.01 講談社)

 イタリアのフィレンツェで名前を変えてひっそりと暮らすマルシリオのもとに,フランスのアンジュー公国から来たと言う男が現れた。彼はマルシリオが学生時代に共に過ごしたフランチェスコの遺書を預かってきたと言った。マルシリオは彼に,フランチェスコと知り合った幼年時代と,彼と再会した神学生時代の話を語り始めた。

 篠田真由美さんの本を読むのは初めてで,ホラーっぽい作品を書く作家だとばかり思っていたのですが,読んでみてビックリ。舞台は中世のヨーロッパで,題材は神。神は存在するのか?もし存在するのなら何故に世に悪が存在するのか?。フランチェスコの思い出を語るマルシリオと,フランチェスコの手紙と言う構成になっていますが,どちらもかなり凄惨な話です。まあ全く宗教心の無い私なので,こう言った話には全く着いていけません。私は神が存在するかなんて言う事は考えた事もありません。宗教と言うものは,人を救う事もあるかも知れませんが,人を不幸にする事の方が圧倒的に多い様な気がします。怪しげな新興宗教はともかく,歴史的に見ても,また現代においても,宗教の名のもとにいかに多くの人が死んでいるのか。宗教自体が悪いとは思いません。人の心の中にとどまる限りにおいては,その人にとって大切なものでしょう。でもそれが外に向かうと不幸が始まる様に思えます。本の感想からはズレてしまいました。おまけに神を信じる人からすれば暴言ですよね。すいません。

 

「夜のコント.冬のコント」 筒井 康隆  2002.09.20 (1990.04.20 新潮社)

☆☆

@ 「夢の検閲官」 ... 子供を亡くし母親の夢に出て来るものは,子供を思い出させる都合の悪いものばかりだった。
A 「カチカチ山事件」 ... 捕まえられた狸は婆さんを騙して殺してしまった。見ていた子供たちはウサギに声援を送った。
B 「魚」 ... 浅そうな川を渡って中洲にたどり着いた親子三人。魚が一杯いて魚捕りに夢中になっているうちに。
C 「レトリック騒動」 ... ある言語学者が一つの説を唱え,それが認められた時から,世界は大混乱に陥った。
D 「借金の清算」 ... 弟分に貸した借金を返せと迫る兄貴分。しかし弟はわずかな金と,一つの紙袋しか持っていなかった。
E 「上へ行きたい」 ... 姉の結婚式のために上階へ上がろうとした男は,エレベーターに乗る許可を得るため役所に出向いた。
F 「箪笥」 ... 別荘の蔵にしまい込まれていた古いヨーロッパの箪笥。鍵が掛かった引き出しに入っていた物は。
G 「巨人たち」 ... 何故か突然体が大きくなってしまった大学教授。他にも4人の男が同じ様に巨大化してしまった。
H 「鳶八丈の権」 ... 半年間気が違って記憶の無い男。その間稼ぎがなかったので,妻はどの様に金の工面をしていたのか。
I 「火星探検」 ... 火星探検に向かうため電車で発射場へ向かった男。電車に乗り合わせたのは多くの知合いだった。
J 「のたくり大臣」 ... 連日の仕事で徹夜続きの通産大臣とその秘書。部屋の隅に積まれた布団を見て思い出した。
K 「『聖(セント)ジェームス病院』を歌う猫」 ... テストの前になると決まって見る夢。今回は殿様の姿で登場。
L 「冬のコント」 ... 港町のレストランに訪れた夫婦と,客に料理の詳しい説明をするレストランのボーイ。
M 「夜のコント」 ... 千人収容できると言うホテルの大宴会場を二つに区切って行われた,二つのパーティー。
N 「最後の喫煙者」 ... 盛り上がった禁煙運動は,いつしか喫煙者に対する猛烈な弾圧となっていってしまった。
O 「CINEMAレベル9」 ... その映画館は地下9階にあった。そこで上映されていた映画は驚くべきものだった。
P 「傾いた世界」 ... マリン.シティが傾き始めたのは台風の後だった。だが市長は傾いている事を認めなかった。
Q 「都市盗掘団」 ... 大学を中退し埋蔵財貨の盗掘団に入った男。事務所の隣に不思議な家族を見かけた。

 「想像力のビッグバンから生れた18編の珠玉。夢と幻想のカクテルが,今夜あなたを恍惚の世界に誘う。」と帯封の表には記されている,この短編集。いかにも筒井さんの作品だなあ,と思いながら読みましたが,正直言って読んでも何か意味の判らない作品もありました。「カチカチ山事件」は勧善懲悪の話をモチーフに,それを見守る子供達の感想が面白い。少年達はバカな我々を表しているのでしょうか。「レトリック騒動」での言葉の遊びはいかにも筒井作品。でもドタバタの面白さでは,「最後の喫煙者」「傾いた世界」でしょうか。ヒステリックな人間の描き方がうまい。

 

「上海香炉の謎」 太田 忠司  2002.09.22 (1991.11.30 祥伝社)

☆☆

 作家の霞田志郎の家に,彼のファンだと言う水沢美智子が訪ねてきた。失踪した姉を探して欲しいと言う。イラストレーターをしている姉の圭子は,1週間前に長崎の友人の所へ出掛けると言ったきり,行方不明になっているらしい。そして志郎が美智子の家を訪れた日,美智子の父親の愛人で,タレントの女性が殺された。首に巻きつけられていたのは,圭子の愛用していた赤いリボンだった。

 霞田兄妹のシリーズ第1作目です。この後の伯林や巴里は読んでしまっているので,志郎や千鶴,警察の磯田や三条の紹介がやたらと丁寧に感じます。って当たり前か。ぼうっとした感じの兄の志郎,直情径行型の妹の千鶴のコンビが探偵役なんですが,千鶴のドタバタし過ぎが少々目障り。犬のダミアンはまだ登場してきません。事件解明の手掛かりになるのは,ある人とある人の言葉なんですが,普通に読んでいても,「アレッ,こいつの言ってる事,おかしいぞ。」と思ってしまいました。私でも判るんですから,多分ほとんどの読者が気付くでしょう。

 

「最後の記憶」 綾辻 行人  2002.09.23 (2002.08.30 角川書店)

☆☆

 母の記憶に残っている恐ろしい想い出。突然の白い閃光,バッタの飛ぶ音,血飛沫と悲鳴...。母の千鶴の様子が変だと言う話を,波多野森吾が聞いたのは,婚礼を控えた妹の水那子からだった。人の名前を間違う,物忘れが激しすぎる。大学病院で見てもらった結果,蓑浦=レマート症候群,通称白髪痴呆と診断された。この病に罹ると,新しい記憶から順番に記憶を無くしていき,古く印象の強い記憶が残っていくと言う。さらに森吾にとってショックだったのは,この病は遺伝する確立が高い事だった。

 綾辻さん久し振りの長編はホラー作品です。ホラーと言っても「殺人鬼」のようなスプラッターではありませんので御安心を。どちらかと言うと,囁きシリーズの延長のような幻想的な作品です。森吾の同級生の,藍川唯の協力による母親の過去探し,という私好みの一面もあるのですが,そこはちょっと中途半端。この唯がなかなかいいキャラなので,少々勿体ない気もします。主人公の森吾が情けないんですが,実際彼のような状況に追い込まれたら,怖いでしょうね。私も何か最近物忘れが多い様な。それはそうと,館シリーズはどうなってしまったんでしょうか。「暗闇館の殺人」と言うタイトルは何かで読んだのですが,そちらの方が気になってしまいました。

 

「ふたたびの加奈子」 新津 きよみ  2002.09.24 (2000.08.28 角川春樹事務所)

☆☆☆☆

 5歳になる一人娘の加奈子を交通事故で失った桐原容子は,ある日娘の魂が家に帰って来た事を感じた。娘の魂の存在を信じない夫との奇妙な三人暮らしを続けた容子だったが,ある日娘の魂は転生すべき場所を見つけてしまった様だった。それは妊娠3ヶ月の野口正美の体だった。正美は生まれた女の子に菜月と言う名前を付けたが,やたらと癇の強い子で育児に自信を失いかけていた。そんな正美に容子は身分を偽って接近した。

 帰ってきた娘の魂や他の子供への転生と言ったファンタジー,そして轢き逃げ犯は誰なのかと言うミステリー。両方ともなかなかいいのですが,それ以上に容子の加奈子への執着,子育てに苦労する正美らの気持ちが前面に出ていて,物語の迫真性を感じます。子育てなんて,そう何度も経験する事ではないでしょうし,自分の子育てがどうだったのかなんて,すぐに判るものでもありません。またやり直しがきくものでもありません。でも子育ての話になると,男性の立場は弱いですよね。特に女性が描くと,妻の苦労にまともに向き合おうとしない夫,としか描かれませんモン。まあ自分に子供ができた時の事を考えると,偉そうな事は言えませんけどね。ところで新津きよみさんて,子育ての経験があるんでしょうか。

 

「『ABC』殺人事件」 アンソロジー  2002.09.26 (2001.11.15 講談社)

☆☆☆

@ 「ABCキラー」 有栖川 有栖 ... ABCDのイニシャルを持つ人が,同じイニシャルの場所で連続して殺された。
A 「あなたと夜と音楽と」 恩田 陸 ... ラジオ放送局の前に置かれた不思議な物。雛人形,ビーチボール等だった。
B 「猫の家のアリス」 加納 朋子 ... ABCのイニシャルを持つ名前の猫が惨殺されたと言う情報が掲示板に載った。
C 「連鎖する数字」 貫井 徳郎 ... 連続して殺された茶髪の高校生。死体には奇妙な数字が書かれた紙が添えられていた。
D 「ABCD包囲網」 法月 綸太郎 ... 殺人事件の犯人だと名乗る男が警察に出頭してきた。しかし彼は犯人で有り得なかった。

 「ABC殺人事件」と言うのは,アガサ.クリスティの名作だと言う事位は知っています。ミステリー作品,それも本格推理と言われる作品では,海外のミステリーの話が出てくる事が多い様です。いつもそう言った薀蓄話は無視して読んでいます。私は全く海外のミステリー作品を読んだ事がありません。まあ言うなればミステリーの古典と言った作品を,モチーフにした短編集です。ディスク.ジョッキーの会話で語られる「あなたと夜と音楽と」が,ちょっと変わっていて印象的でした。私はあまりJAZZを聴かないのですが,ビル.エヴァンスの「あなたと夜と音楽と(You And Night And Music)は大好きです。あの曲のイントロって凄く緊迫感があっていいですよね。ちなみにこの私のホームページ「読書と山と音楽と」は,この曲名をもじってつけたものです。

 

「蘇る呪縛」 小杉 健治  2002.09.27 (1997.06.25 光文社)

☆☆

 新興宗教「聖人の森」の教祖である信楽緒斗丸は,殺人などの罪で逮捕された後,拘置所内で裁判の直前に自殺した。そして1ヶ月後,担当検事の一人は急死し,さらにもう一人は再起不能の大怪我を負った...。一方OLの水沢かなえは,最近何者かに尾行されているような気がしていた。そのうえ恋人の野毛真二の心変わりび心乱れる中,不思議な体験をする。そんな中で知り合った検事の桐生賢太郎に相談を持ち掛けた。

 小杉さんの作品には,この桐生と言う検事がちょくちょく登場してきます。別にシリーズ作品の主人公と言う訳でも無いのですが,何か変な感じですね。さて新興宗教が出てくると,みんな「オ○ム真理教」っぽく描かれるのが気になります。でもここでは更にインターネットを通じた,バーチャルな世界での布教活動が出てきて,それなりの工夫はしているんでしょう。話自体は,かなえが経験する不思議な出来事の謎と,復活した信楽緒斗丸の正体が中心ですが,そこに警察,桐生検事,そして公安警察が絡んできます。桐生と言う人物に感情移入できないので,ちょっと焦点がボケてしまっている印象があります。

 

「紫の悲劇」 太田 忠司  2002.09.28 (1999.11.10 祥伝社)

☆☆

 名古屋のラブホテルで起こった2件の殺人事件。被害者の男性は毒殺され,右手の小指が何故か食い千切られていた。そして二つの現場では,紫色の着物を着た女性が目撃されていた。一人目の被害者が霞田志郎の名刺を持っていた事から,警察は霞田の協力を依頼しようとしたのだが,当の志郎は4ヶ月前に家を出てから,行方が判らなくなっていた。

 題名を見た限りでは,霞田兄妹シリーズだとは思ってなかったんですけどね。「○○○○の謎」と言う名で統一されていましたから,本作は霞田兄妹シリーズの第二部と言ったところでしょうか。以前は嫌々ながら事件に巻き込まれる志郎でしたが,今回は4ヶ月間の放浪の旅の成果なのか,積極的に探偵しています。まあ探偵役が事件に関わる動機を,過度にウンヌンするのはどうかと思うのですが。ちなみに4ヶ月間の間に志郎が出した結論は,「素人探偵ってのはボランティア」と言う事だそうです。10年前に起こった4件の殺人事件と,同様の手口で行われた今回の事件。そして老舗料亭と「香」の世界を舞台にした新たな事件。10年前の事件当時は刑事だった,桐原と言うもう一人の探偵役が新たに登場してきます。うーん,またしても探偵のあり方に関する議論が展開されるのでしょうか。相変わらず三条は優柔不断だし,犬のダミアンは鬱陶しいし,物語のテンポを壊してないか。

 

「椿山課長の七日間」 浅田 次郎  2002.09.29 (2002.10.01 朝日新聞社) お勧め

☆☆☆☆☆

 デパートの婦人服売場担当の椿山課長は,過労の為に急死した。冥土に着いた椿山は異議を申し立て,現世に3日間だけ戻る事を認められた。ただし元の姿とは全く違う姿でしか戻れない。それと時間を守る事,正体を明かさない事,そして復讐をしない事が条件だった。約束を破ると,「怖い事」になると言う。椿山と同じく現世に戻る事を認められたのは,人違いで殺されたヤクザの親分の武田勇と,交通事故で死んだ小学生の根岸雄太君だった。

 キャリアウーマンの姿になった椿山は,家族の秘密を知る事になります。紳士的な弁護士になった武田は,自分の死の真相を調べます。そして可愛い女の子になった雄太君は,自分の本当の両親に会いに行きます。当たり前の事ですが私たちはいつかは死ぬんです。でも自分の死をいつも意識している訳ではありません。いつかは死ぬ事が判っていても,自分に限ってそれは遠い未来の事としか思っていないですよね。でもそれは突然訪れる事も多いんでしょう。「思い残す事は無い!。」なんて死んで行く人は少ないでしょう。ここに出てくる3人とも現世に残して来た事があります。でもそれは,自分の死を納得させるものでしかありません。それが何ともやり切れないですね。まるで免許試験場のように描かれる冥土の世界は,ちょっとおふさけが過ぎるでしょうか。それにしても浅田さんの人物の描き方のうまさがひかります。イチオシは知子さんでしょうか。でも子供を出すのはちょっと反則だよなあ。

 

「見えない情事」 小池 真理子  2002.09.30 (1992.07.10 中央公論社)

☆☆☆

@ 「ディオリッシモ」 ... 貧血で倒れたキャリアウーマン。部下の香水をつけて役員との会食の場所に向かったが。
A 「春日狂乱」 ... 金を騙し取るだけの便利な女だったはずなのに,彼女は二人の結婚を夢見てとんでもない行動に。
B 「寂しがる男」 ... 引越しをした後から不思議な事が起こった。自分のまわりに白っぽい服を着た幽霊が居るような。
C 「黒の天使」 ... 15年振りの同窓会に出て来た有名なシンガーソングライターを,一人の女性が自分の部屋に誘った。
D 「車影」 ... 黒いタクシーに乗って家に帰った祖母は,行方が判らなくなってしまった。そして次は自分の友人だった。
E 「真夏の夜の夢つむぎ」 ... お得意の御爺さんが宝くじを当てた事を知った,流行らないスナック経営の夫婦。
F 「見えない情事」 ... 平凡な夫婦がリゾート地で知り合った一組の夫婦。それ以来,夫の様子がどうも変わってしまった。

 サスペンスとホラーの短編なんですが,いわゆる超常現象を扱ったホラー作品である「ディオリッシモ」「寂しがる男」「車影」よりも,それ以外の作品の方に怖さを感じます。それは登場人物の心理が手に取るように判るからでしょうか。都合のいいだけの女が取った突飛な行動に驚く「春日狂乱」。過去の自分が明かされる「黒の天使」。うまくいくはずだった企みが突然破綻をきたす「真夏の夜の夢つむぎ」。ちょっと類型的な感じがしないでもないですが,短編ならではの面白さが満喫できます。表題作の「見えない情事」はちょっと長めの作品。二組の夫婦の中だけで完結させた方が良かったんじゃないでしょうか。一ひねり加えた分,せっかくの夕起子の心理描写が中途半端になった感じがしました。