読書の記録(2001年 8月)

「幼な子われらに生まれ」 重松 清  2001.08.01 (1996.07.30 角川書店)

☆☆☆☆

 37歳になった私と妻の奈苗は,お互いバツイチ同士の夫婦。奈苗の連れ子である薫と恵理子の二人の子供がいる。前の妻である友佳との間にできた沙織とは,1年に4回会っている。そんな中,奈苗との間に初めての子供ができた。それを知った長女の薫は,父親への反発を強めて行く。

 すごく切ない話ですよね。血の繋がりがあると言う意味での本当の親子だったら,家族崩壊へ向かう話に切なさはそれほど感じないでしょう。本当の親ではないけれど父親である薫と恵理子,そして本当の親だけど父親ではない沙織。その関係が絶妙に描かれており,リアリティが感じられます。そんな中で家族を守り,父親であり続けようとする“私”の葛藤。そして思春期を迎え新たな子供の誕生に揺れ動く,薫の心情も心に迫ってきます。重ぐるしい話なのですが,沙織の存在がいいアクセントになっています。絶対に解決できないであろう問題を抱え,それでも家族の中の父親として前向きに生きる姿がいいですね。ラストは感動的です。

 

「さらば愛しき街」 柿沢 晃  2001.08.03 (1998.10.25 鳥影社)

☆☆☆

 神戸の街で私立探偵を営む坂田健一は,いきつけのスナックのママから一人の男を紹介された。彼は白石圭介と言い,幼馴染の二人の女性の行方を探していると言う。それは嶋田真弓と松下玲子と言う女性だった。鳥取県にある玲子の自宅に真弓が訪れた日に,突然の火事に見舞われ,二人は行方不明になったと言う。焼け跡からは二人の遺体は発見されなかった。以前から神戸の街に憧れていた二人だったので,神戸の街で二人の行方を探していると言う。

 ハードボイルドです。島田荘司さんの「本格ミステリー宣言」によりますと,ハードボイルド小説とは,「アメリカを舞台にした私立探偵小説」と言う定義だそうです。まあここでの舞台は,数年後に大震災に教われる神戸なのですが,十分に雰囲気は出ています。二人の少女の行方,彼女らを探していると言う若者の死の謎と,彼の本当の正体は。いきなり突き付けられる謎も強烈で,全体的な構成もしっかりしていますし,登場する様々な人物も魅力的です。でも読み終わってちょっと違和感を感じてしまうのは,後半のヤクザの抗争場面の描き方なんでしょうか。あまりにも現実離れしてしまっている様な気がしてしまいました。

 

「ランチタイム.ブルー」 永井 するみ  2001.08.06 (1999.12.20 集英社)

☆☆☆

@ 「ランチタイム.ブルー」 ... 30歳を目前にインテリア関係の会社に転職した庄野知鶴だったが,仕事は雑用ばかりだった。
A 「カラフル」 ... 室内の模様替えを相談してきた友人が殺された。少し前に訪れた時と室内が微妙に変わっていた。
B 「ハーネス」 ... 照明器具を替えたいと言うのでカタログを持って行った家の主婦は,寝室を二部屋に区切りたいと言った。
C 「フィトンチッド」 ... 不意に掛かってきたイタズラ電話。そして今度はマンションの窓から何者かが部屋に入ってきた。
D 「ビルト.イン」 ... 二世帯住宅を建てると言う一家。2階に住む事になった息子夫婦はしきりと1階を気にしていた。
E 「ムービング」 ... 新しいマンションを借りる事になったのだが,親族の保証人がどうしても必要だと言う。
F 「ウィークエンド.ハウス」 ... 上司の女性課長から誘われて,蓼科にある彼女の親の家に。そこで梅酒が無くなった。
G 「ビスケット」 ... 顧客から紹介された老夫婦。足の具合の悪い夫の為に,バリアフリーの工事をしたいと言う。

 「ドエル.コーポレーション」と言うインテリア関係の会社に転職した庄野知鶴は,最初は雑用ばかりで少々くさっていたのだけれど,尊敬できる女性課長である広瀬の部下になり,徐々にインテリア.コーディネーターとして育って行きます。その間,森君と言う彼氏ができたりするのですが,何かと大小様々な事件が起こります。この大小の格差がちょっと凄いですね。婚約者の替え玉から殺人までですもん。全体的な雰囲気としては身近な謎でまとめてくれた方が良かった様な気がしました。ほのぼのとした「ハーネス」「ビルト.イン」「ウィークエンド.ハウス」何かが良かったですね。

 

「夏の滴」 桐生 祐狩  2001.08.09 (2001.06.30 角川書店)

☆☆

 小学校4年の夏休み,僕(藤山真介)と徳田芳照と河合みゆらの3人は,東京に向かう駅のホームに居た。一言の別れの言葉も無く転校していった,親友のジョンこと桃山ヨハネの家を訪ねる為だ。借金を抱え夜逃げ同然に去って行った,ジョンの父親の引越先を調べるのは簡単だった。しかし車椅子の一人を含む子供3人の組合せを,駅員に怪しまれて困っていたところを助けてくれたのは,テレビ局の江川さんだった。彼女は足の不自由な芳照と,その級友をテーマにしたドキュメンタリー制作の女性担当者だ。そして東京にあるジョンの家に行ってみると,そこにはジョンの姿は無かった。

 私は占いと言う物はあまり信じていません。だけど妻Mは大好きなんですよね。枕元には占いの本が常に置かれており,毎朝放送される占いタイムには必ずテレビの前に座っております。大体血液型や生年月日で,人の性格や運命が決まるとは思えないんです。まあ信じている人には何を言っても駄目なんでしょう。ここでは生まれた日によって,その人が何らかの植物の性質を持っており,と言う占いが元になっています。消えて行った級友の謎を追っていく中で登場してくる謎の人物。そしてその裏に隠されたとんでもない企み。かなり荒唐無稽な話です。真介,芳照,みゆら等の学校生活がリアリティある分,結末との落差が激し過ぎる気がします。彼等が真実に辿りつく過程も納得できないし,瑞々しさと反面の嫌悪感を抱かせる展開も後味が悪いですね。

 

「影の季節」 横山 秀夫  2001.08.10 (1998.10.30 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「影の季節」 ... D県警本部警務課で人事を担当している二渡警視は,定例の人事異動に頭を悩ましていた。
A 「地の声」 ... 監察官の新堂のもとに,密告の手紙が届けられた。某警部がスナックのママといい仲になっていると言う。
B 「黒い線」 ... 鑑識課に勤務する婦警の平野巡査が失踪した。昨日は得意の似顔絵で手柄を上げたばかりだった。
C 「鞄」 ... 警務部秘書課の柘植警視は議会対策が担当だった。ある保守系県議が,警察関連の質問をすると言う。

 警察の内部,それも小説世界での花形である刑事課とかではなく,いわゆるスタッフ部門である警務課を舞台とした作品です。人事の話や内部監査の話など,私が勤めているような一般企業にも通じる話題が興味深いですね。警察と言ったって,官僚機構の最たるものでしょうから,ドロドロした部分が描かれていて面白いですね。でも何よりも,ここでは謎とその結末が見事です。ちょっと伏線となる部分が弱いので,唐突な感じがしてしまいますが,さもありなんと言う感じでしょうか。最近,不祥事等で叩かれる事が多い警察ですが,キャリアばかりが優遇される組織は問題も多いんでしょう。4話とも共通した人物が出てきますが,かなり違う感じで描かれているのもいいですね。

 

「あふれた愛」 天童 荒太  2001.08.10 (2000.11.10 集英社)

☆☆

@ 「とりあえず愛」 ... 家に帰ってみると妻の様子がおかしい。彼女が言うには子供を殺してしまうかもしれないと言う。
A 「うつろな恋人」 ... 仕事での疲れから心のバランスを崩した男性。病院の近くの料理店で一人の少女と知り合う。
B 「やすらぎの香り」 ... 精神科の病院で知り合った二人は,一緒に暮らす様になった。半年無事に過ごせたら。
C 「喪われゆく君に」 ... コンビニでのアルバイト中,買い物にきた男性の客が店の中で倒れてしまった。

 私は二児の父親です。でも私自身が子供を産んだ訳ではありません。そりゃあ,お腹が膨らんで,病院で子供を産んで,その後夜中だろうが何だろうが泣きわめく赤ん坊に,ミルクやったりオムツ取り替えたりしている妻の姿は目にしてきています。自分もお腹を痛めた訳ではありませんが,子育てにノータッチで来たとは思ってはおりません。でも子供に対して父親と母親の気持ちに温度差があるのは当然の事でしょう。妻がどのような気持ちで赤ん坊に接してきたのか,実のところ判らない部分もあります。愛情って何なんだろう,子供へ,家族へ,そして妻へ。いろいろと考えさせられますね。冒頭に出てくる,電車の中で泣き出した子供を叱る母親。あんな親にはなりたくないですね。

 

「超.殺人事件−推理作家の苦悩」 東野 圭吾  2001.08.16 (2001.06.20 新潮社)

☆☆☆☆

@ 「超税金対策殺人事件」 ... 解いた暗号は北海道の旭川を指し示していたが,それはハワイでなければならなかった。
A 「超理系殺人事件」 ... 本屋で見掛けた理系の本。理科の教師である彼には気になる一冊だったので早速読み始める。
B 「超犯人当て小説殺人事件」 ... 4つの出版社の編集員が,ある作家に呼び出された。小説の犯人当てに取り組む4人。
C 「超高齢化社会殺人事件」 ... 老作家のもとに原稿を取りに行った編集者。作家がボケてしまっている事を確信した。
D 「超予告小説殺人事件」 ... 売れない作家の連載小説と全く同じ殺人事件。一躍ベストセラー作家の仲間入り。
E 「超長編小説殺人事件」 ... 最近の小説は長い物ほど評価が高い。何が何でも3000枚の長編作りに挑む作者だった。
F 「魔風館殺人事件」 ... 編集者のいいなりに書いた密室殺人。あと5枚で終わらせなくてはいけないのに。
G 「超読書機会殺人事件」 ... 多くの本を読まなくてはいけない書評家。そんな彼のもとにある機械のセールスマンが。

 作品の中で,書評家向け書評製作機械が出てきます。もし私がこの機械を持っていたら,まずこの作品の書評を書かせてみたいですね。どんな感想を書いていいのか,多いに迷う作品です。ミステリー作品そのもののパロディである「名探偵の掟」に対して,この作品の対象は作家,読者,編集者,書評家と言ったミステリー作品に係る人達です。かなりデフォルメされた描写,皮肉の利いた表現,笑いを誘う展開。でも根底にあるのは,やはりミステリーですので,しっかりとオチを味わう事ができます。「超犯人当て小説殺人事件」何か見事ですよ。でも一番面白かったのは「魔風館殺人事件」だったりします。多彩な面を持つミステリー作家の面目躍如と言ったところでしょうか。それにしても理系作品や長編作品って,そんなにも持て囃されているんでしょうか。

 

「13階段」 高野 和明  2001.08.17 (2001.08.06 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 些細な諍いから人を殺してしまった三上純一。仮釈放された三上を訪ねてきた者は,つい昨日まで服役していた松山刑務所で刑務官をしていた南郷正二だった。南郷は三上に,ある仕事を持ち掛けた。死刑判決を受けた樹原亮と言う者の,冤罪を晴らすと言う依頼だった。千葉県で起こった強盗殺人事件。その近くでオートバイ事故で倒れていた樹原の服からは,殺された二人の血痕が付着していた。これが決め手となって犯人とされたのだが,樹原は事故の影響で当時の記憶を失っていると言う。

 死刑については,知っているようで知らない部分って多いですよね。日頃,死刑について語る事も考える事も少ないのは事実です。でも死刑判決を受けて,刑の執行を待つ身の死刑囚,その家族,そして被害者の関係者達からすれば,大変な事でしょう。釈放されて戻ってきた家で,多額の補償金に苦しむ両親の姿を知る三上。刑務官として死刑執行に立ち会った事から,自分の仕事に疑問を持つ南郷。彼らの悩みがヒシヒシと伝わってきますし,南郷が語る死刑執行の場面の凄惨さにも驚かされます。そして3ヶ月と言う限られた時間の中で,ほんの少しの手掛かりしか無い状態で,冤罪の証明をしようとする彼らの動きも迫力があります。とにかく最後は息もつけない展開に,一気に読んでしまいました。エンターテイメントとしての充実度といい,書かれている背景の重さといい,素晴らしい作品です。これは第47回江戸川乱歩賞の受賞作ですが,レベルの高い同賞の受賞作の中でも,飛び抜けた作品だと思います。

 

「眠れぬ夜を抱いて」 野沢 尚  2001.08.20 (2001.08.10 幻冬舎)

☆☆

 独立して不動産会社を経営する中河欧太は,念願の清澄リゾートホームの開発を終えた。長野新幹線を使えば東京は通勤圏内の清澄に作られた,全20戸の新興住宅地に,中河自らも住む事にした。妻の悠子と娘の明奈の3人家族は,やはり東京から引っ越してきた山路家と新藤家と親しくなった。そんなある日突如新藤一家が失踪してしまう。そして何の手掛かりも無い中,今度は山路一家も失踪してしまった。悠子は以前山路君枝が話していた内容から,二つの家族の夫は以前からの知り合いだったのではないかと思う様になる。

 野沢さんの作品って映像的な感じがしてしまうのは先入観なのでしょうか。でも最後の場面なんてドラマを見ている様な気にさせられます。しかし冷静に考えてみると,「実際こんな事するかなあ」と思ってしまいました。冒頭プロローグで描かれるフロリダにおける銀行強盗の場面。いきなり舞台は日本に飛んで,新しい家を購入した家族の話になります。「ウッ,この格差は何だ!」と読み進めると,徐々に全体の構図が見えてきます。10年前のアメリカで何が起こったのか,銀行強盗の犯人は誰なのか,殺された女性との関連は何なのか。ここ等辺,複数の視点で描かれるから映像的に思えるんでしょうか。事の真相を確かめ様とする悠子が,ちょっとかすんでしまった感じがします。ところで一体誰が主人公なのでしょうか。登場人物皆が中途半端な気がしてしまいました。

 

「フレンズ」 高嶋 哲夫  2001.08.21 (2000.10.08 角川春樹事務所)

☆☆

 動物園に向かう途中のコンビニで買い物をしていたユキの一家は,暴力団同士の銃撃戦に巻き込まれてしまった。助かったのはユキ一人だった。その時一緒にいたアキ(私)と光一,徹,冬樹の5人は,同じ時期に神戸の中学校に転校してきた事もあって,仲のいい5人組だった。事件のショックから言葉を失ってしまったユキ。なかなか犯人が捕まらない中,何とか自分達で犯人を探そうとするのだが。

 高校生グループ,それもいわゆる普通の高校生達が,ヤクザ達に戦いを挑む,と言うストーリーです。普通だったら絶対にかなう相手ではないですから,こうした話の場合,高校生達に何か絶対的に有利な条件が無くてはならないと思います。でもそれが無いんですよね。まあ確かに一人はコンピュータに精通していて,ハッキングなんか簡単にやってのけてしまうのですが,ちょっと安易ですよね。必ずいるんですよね,コンピュター万能少年。全体的に話がうまく行きすぎるので,緊迫感もかんじられません。いくら警察が実行犯のヤクザを捕まえられなくても,この高校生達は確実に捕まると思うのですが。

 

「ヒート アイランド」 垣根 涼介  2001.08.23 (2001.07.15 文藝春秋社) お勧め

☆☆☆☆☆

 関西系暴力団が経営するカジノ.バーから,売上金約一億円を奪った強盗グループ。そしてこの金の一部を偶然手に入れてしまった少年グループ。このグループ「雅」のリーダーであるアキは困ってしまった。どう考えてもまともな金では無く,今渋谷で興行しているストリートファイトのパーティーへの悪影響が心配された。何とかして丸く収めたいのだが,相手が誰だか判らない。そんな中,金を奪われた暴力団,そして窃盗グループは,金の奪還を目指して動き出す。

 今は少し良くなりましたが,今年の夏は暑かったですねえ。会社は銀座にあるのですが,外出するにも帰宅するにも,ヒート.アイランドと言う言葉を実感しました。さてここでも渋谷や六本木の町を舞台に暑い戦いが繰り広げられます。金を手に入れてしまった不良グループ,奪った金を奪われたプロの強盗団,そして金を奪われた暴力団組織。こちらの暴力団の方は敵対するヤクザ組織も絡んで,4者が入り乱れていきます。それぞれの推理に基づいた数々の調査,そしてそれぞれに独自に知り得た情報,さらに4者の思惑が交錯していき,一気にラストへと突き進みます。前作の「午前三時のルースター」はヴェトナムを舞台に緊迫した追跡劇が描かれましたが,こちらの方がさらに上行く緊迫感です。少年グループのアキやカオル,窃盗グループの柿沢や桃井。彼等の過去も効果的に語られ,思わず物語りにのめり込んでしまいました。でも敵対する両者に感情移入させられるのは,ちょっと困りものでした。でもラストはいいですね。

 

「邪悪な花鳥風月」 岩井 志麻子  2001.08.24 (2001.08.10 集英社)

 医者の妻であり新人小説家でもある馬場弘恵は,新作の執筆のためにウィークリーマンションにカンヅメとなった。5階にあるホテルの部屋からは,2階建てのアパートが見下ろせた。ここに住む住人をモデルにした小説を書こうとする弘恵。まず目に付いたのは101号室に住む男の様な女と,隣に住む水商売風の女だった。

 私も結婚して川崎市と青梅市のアパートに住んでいました。アパートってそれぞれ似た様な家族構成の世帯が住むのが普通じゃないですか。川崎の方はそうだったんですが,青梅の方はテンデンバラバラでした。ここに出てくるアパートも,いろいろなタイプの住人が住んでいて,それが小説家の想像を膨らませていきます。4つの話から成っているのですが,どれも幻想的と言うか不気味な話になっています。そして途中々々に出てくる弘恵と,編集者である三浦君の会話をはさんで一つの話になっているのですが,何かちょっと理解できなかったですね。すいません。

 

「東京マニアック」 泉 麻人  2001.08.27 (1999.03.01 朝日新聞社)

☆☆

@ 「螺子の町」 ... 仕事場にしている白金のマンションの窓から,「螺子製作所」と言う看板が見えたが,読み方が判らない。
A 「浮き島の少女」 ... 胃の検査の結果ポリープが見つかった。その帰りに水上バスに乗ったら少女と老人に出会った。
B 「四ツ谷から乗ってきた男」 ... ちょっと有名になった私に,四ツ谷から地下鉄に乗ってきた同級生が声を掛けてきた。
C 「面影橋のカリスマ」 ... ヴィンテージもののジーンズが趣味の男に,その方面でカリスマと呼ばれる男からメールが来た。
D 「下北デリバリー.ブルース」 ... 宅配ピザの配達人。一人住まいの女性なのに,決まって大きなピザを頼む客がいた。
E 「ニコタマ夫人」 ... フィットネスクラブに通う主婦。そのクラブで不思議な男から食事に誘われたのだが。
F 「水道タンクが見えた!」 ... グルメ番組撮影の為,あるラーメン屋を訪れたアシスタント.ディレクター。
G 「郊外の部屋」 ... 仕事の帰りに野暮用と称して通うマンションの一室。妻は当然のごとく夫の浮気を疑った。
H 「『携帯』を拾った男」 ... コンビニのアルバイトの帰り道携帯電話を拾った男。いろいろな電話が掛かってきた。
I 「関脇マニア」 ... バスの運転手が作ったホームページ。珍しいバスの写真を持っていると言う人からのメールが来た。

 東京で有名な所って何処なんでしょうか。以前だったら東京タワーとか国会議事堂だったり浅草寺だったんでしょうが,今はお台場あたりでしょうか。私は東京で生まれ,東京で生活しているのですが,東京の街に詳しいかと言えばそうでも無い様な気がします。この10作品に出てくる東京の街は,行った事も無い所もありますし,行ったとしても詳しいと言う程でもありません。まあそんな街の中で繰り広げられるちょっとしたドラマです。取り上げられている街は,そんなに有名な場所ではありません。また各作品の冒頭に写真が載っているのですが,ノスタルジックな気分にさせられます。ちなみに「螺子」と言う字は私も読めなかったのですが,「ネジ」と読むんだそうです。

 

「日曜日の夕刊」 重松 清  2001.08.28 (1999.11.10 毎日新聞社)

☆☆☆☆

@ 「チマ男とガサ子」 ... 几帳面すぎて振られてばかりの男が出会った女性。彼女は彼を尊敬してしまうのだった。
A 「カーネーション」 ... 今日は母の日。電車の網棚に忘れ去られた赤いカーネーションに気が付いた人がいた。
B 「桜桃忌の恋人」 ... 大学に入学して知合った女性は太宰治の大ファン。毎年自殺未遂を繰り返しているのだと言う。
C 「サマーキャンプへようこそ」 ... 勉強はできてもそれ以外はサッパリと言う息子を連れてキャンプへ出掛けた親子。
D 「セプテンバー’81」 ... 東京の大学に入学してナンパの最中,クロずくめの女性と知合った。彼女は明日大阪に帰ると言う。
E 「寂しき霜降り」 ... 母と娘二人を捨てて不倫相手と再婚した父親。従兄弟から,癌であと3ヶ月の命だと知らされた。
F 「さかあがりの神様」 ... 近所の公園で娘にさかあがりを教える父親。かつて自分もさかあがりが苦手だった。
G 「すし,食いねェ」 ... 息子の誕生日に,デパートで派手な夫婦喧嘩。帰り道にテレビのディレクターから声を掛けられた。
H 「サンタにお願い」 ... サンタクロースの格好をしてのピザの宅配。配達先で一人の女の子から呼び止められた。
I 「後藤を待ちながら」 ... 25年後の同窓会。イジメで自殺未遂をして転校していった後藤が出席すると聞いた。
J 「柑橘系パパ」 ... 単身赴任から戻ってきた父親。娘には父親の柑橘系のオーデコロンの匂いが気になってしょうがない。
K 「卒業ホームラン」 ... 小学生の野球部の監督を引き受けた父親。補欠の息子にとっては,最後の試合だった。

 日曜日には夕刊がありません。いつもあるものが無いと言うのは,とても落ち着かない気分にさせられます。何かが欠けた状態って,嫌なものですね。さてここに登場する12の短編では様々な家族や恋人同士が主人公となっております。皆何がしかの問題を抱え,悩み,苦しみ,解決への道を探って行きます。結構サラッと書かれていますけれど,かなり重たい話ばかりです。そんな中で一番ほのぼのとしているのは「チマ男とガサ子」でしょうか。実は私も結構チマ男でして,家の中が散らかっていたりすると気になってしょうがありません。妻Mはちょっと加奈子っぽいところがあるので,たまに喧嘩になります。「後藤を待ちながら」は,そのシチュエーションが凄いですね。一体イジメに時効はあるんでしょうか。重松さんの作品には良くイジメの問題が出てきますが,みなどうしても後味の悪さがつきまとってしまいます。問題が問題なだけにしょうがないと思うのですが,この様な形でイジメを描く事で,よりストレートに問題の深刻さが伝わってきます。そして「卒業ホームラン」。これはいいですねえ。智の前向きな姿も,父親の真摯な取組み方もいいですけど,何と言っても最後に4人で家に帰る場面の情景。しんみりしてしまいました。これ以外の作品も全くハズレがありません。

 

「ジュリエットの悲鳴」 有栖川 有栖  2001.08.30 (1998.04.25 実業之日本社)

☆☆

@ 「落とし穴」 ... 自分を脅迫する会社の同僚を殺害するために,日曜出勤を利用したアリバイを考えた。
A 「裏切る眼」 ... 別荘の階段から転落して亡くなった作家。彼は生前,妻が従兄弟と浮気しているのではと疑っていた。
B 「Intermission1 遠い出張」 ... 札幌での出張中の仕事が思った以上にはかどった男。最後の晩は薄野でお酒を。
C 「危険な席」 ... 長野から大阪への直通列車。一本後の特急の同じ座席に座った男が,席に仕掛けられた毒で殺された。
D 「パテオ」 ... 作家が集まったパーティー。夢の話になったのだが,皆パテオ(中庭)で繰り広げられる物語の夢を見たと言う。
E 「Intermission2 多々良探偵の失策」 ... 急遽張り込みを行う事になった探偵。場所の地図をFAXで受け取った。
F 「登竜門が多すぎる」 ... ミステリーの新人賞を狙う若手作家のもとに,作家向けのパソコンソフトの販売員が訪れた。
G 「Intermission3 世紀のアリバイ」 ... 殺人の容疑者は,現場からかなり離れた酒場で,弟と酒を飲んでいた。
H 「タイタンの殺人」 ... 土星の衛星であるタイタンで起こった殺人事件。容疑者は3人のエイリアンだった。
I 「Intermission4 幸運の女神」 ... メールで知り合った日本の女性。彼は彼女のインスピレーションを高く評価していた。
J 「夜汽車は走る」 ... 子供の頃,夜汽車に乗って冬の夜の光景を眺めていた記憶があったが,母は夜汽車に乗った事は無いと言う。
K 「ジュリエットの悲鳴」 ... 人気ロックグループの曲の中に,女性の悲鳴が聞こえると言う噂が広まった。

 まだビートルズが解散する前の話なんですが,一時ポール.マッカートニーの死亡説が流れた事がありました。もっともらしい根拠がいくつかありましたが,その中の一つに,「ストロベリー.フィールズ.フォーエバー」と言う曲の最後に,「私はポールを埋めた」と聞こえる部分があると言うものでした。確かにポールがなんたらかんたら(勿論英語ですが)と言っている様に聞こえます。まあそれとは関係無く,「ビートルズの曲で何が一番好き?」と聞かれたら,数多の名曲の中から私はまずこの曲をあげます。全く小説と関係無い話になってしまいました。すいません。最近あまり本格的なミステリーって読んでいないな,と思っていたので,初めて有栖川さんの作品を読んでみました。本格と言う点からすると,ちょっとはぐらかされた感じでした。科学が発達すると言う事は,以前だったら不可能な事が可能になると言う事です。ですからいろいろなトリックも変わってくる訳です。「タイタンの殺人」では宇宙人を容疑者にする事で,いままでだったら不可能な密室を作ったりしています。なかなか面白い発想ですよね。でも何と言っても一番良かったのは,「世紀のアリバイ」ではないでしょうか。

 

「タンポポの雪が降ってた」 香納 諒一  2001.08.31 (2001.02.28 角川書店)

☆☆

@ 「海を撃つ日」 ... 新婚旅行に選んだカリブ海の豪華客船でのクルージング。船内のカジノで不思議な少年と出会った。
A 「タンポポの雪が降ってた」 ... アメリカに留学中,日本で付き合っていた女性がいきなり訪ねてきた。
B 「世界は冬に終わる」 ... 日本で郵便配達をしている外国人。彼の相棒が教えてくれた一人の女性に興味を持った。
C 「ジンバラン.カフェ」 ... 画家を目指していると言うバリ島に住む青年に,資金援助をしていた女性が彼を訪ねたら。
D 「歳月」 ... カメラマンだった父親が撮った一枚のモノクロ写真。そこに映っていた一人の少女の姿が忘れられなかった。
E 「大空と大地」 ... 旅行会社に勤める女性。旅が好きで世界中を旅していたが,いつも一人の旅だった。
F 「不良の樹」 ... 刑務所から帰ってきた兄を迎えた弟。父親から引き継いだラーメン屋を兄弟でできると思っていたが。

 以前読んだ香納諒一さんの短編集に,「天使たちの場所」と言う作品があります。こちらは海外を舞台にした短編集だったのですが,本作も海外を扱った作品が多いですね。どうも海外を舞台にした作品,特に短編は馴染めません。海外旅行の経験が少ないせいか,場面が浮かんでこないんですよ。ですから豪華客船の中のカジノ,アメリカのハイウェイ,バリ島の屋台何かの説明が,されればされるほど,読んでる方のペースが乱される気がしてしまいます。それだけに日本を舞台にした,「歳月」「不良の樹」は良かったですね。どこかに過去を引きずっている男の切なさがうまく表現されていると思います。

 

「岡山女」 岩井 志麻子  2001.08.31 (2000.11.30 角川書店)

☆☆

@ 「岡山バチルス」 ... まるで姉妹の様にそっくりだと言われている女性。二人はまるで同じ夢を見るのだと言う。
A 「岡山清涼珈琲液」 ... 親離れしない妻の母が行方不明になったと言う。生きているのか死んでいるのかも判らない。
B 「岡山美人絵端書」 ... 写真館で彩色の手伝いをしていた事があった男が,子供の頃離れ離れになった母親を探す。
C 「岡山ステン所」 ... 岡山に初めて通った蒸気機関車。女はそこで働く列車ボーイと知り合ったと言う。
D 「岡山ハイカラ勧商場」 ... デパートの裏手にあるカフェー。そこの主人の亡くなった嫁の姿が見えると言う男が現れた。
E 「岡山ハレー彗星奇譚」 ... 76年に一度訪れるハレー彗星。神隠しにあった息子を探す夫婦がいた。

 宮一に囲われていたタミエ。しかし宮一は商売に失敗し,タミエを連れて無理心中を図る。宮一は亡くなったが,タミエは左目を失っただけで助かった。その後タミエには霊能力が身に付いた。それが評判になり,色々な人達がタミエを頼って訪ねてくるようになる。と言う事で連作短編なのですが,ホラーとしての怖さはさほど感じられません。もっとも「ぼっけえ,きょうてえ」にしても,怖いと言うよりは,岡山弁で語られる独特の雰囲気と,聞くに耐えない内容の方が印象的でした。この作品も同じく明治時代の岡山を舞台にしておりますが,描写のうまさは感じられます。まるで明治時代を生きてきたんでは,と思わせる時代描写はさすがです。まあ読んでいる方も,明治時代の岡山なんて知る由もないんですけどね。「バチルス」と言ったハイカラな流行語や,コーヒー,プロマイド,蒸気機関車等の,当時の時代背景が興味深いですね。それとこの本の表紙の絵もいいですね。昭和5年頃に書かれた,甲斐庄楠音(かいのしょう,ただおと)作の「見返り美人」だそうです。