読書の記録(2003年 1月)

「じぶくり伝兵衛 重蔵始末2」 逢坂 剛  2003.01.01 (2002.09.25 講談社)

☆☆

@ 「吉岡佐市の面目」 ... 葵小僧と呼ばれる怪盗が跋扈する江戸の町。どぶ川に突き落とされた侍を見掛けた。
A 「吹上繚乱」 ... 江戸城内で行われる事になった相撲。重蔵の知り合いの力士には入墨があった。
B 「じぶくり伝兵衛」 ... 突然起こった喧嘩を見物している間に盗みを働く。何年か前にも同じ事件が江戸で起こっていた。
C 「火札小僧」 ... 火付小僧と名乗る者から火付けの予告。張り紙がされた屋敷は,世間から評判の良くない屋敷だった。
D 「星買い六助」 ... 妹を助けられた力士がした拵え角力。必要な100両の金を相手に渡したのだが。

 間宮林蔵などと並ぶ蝦夷地探検家,近藤重蔵の若き姿を描いた「重蔵始末」の続編。火盗改の松平左金吾組の与力をしているんですが,いわゆるスーパーヒーローです。身体がでかくて,頭が良くて,酒が強くて,剣と鞭の使い手。まあそれよりも難事件を簡単に解決してしまう推理の力。でも若い割には倣岸不遜な態度で,上司を上司とも思わぬ傍若無人さ。いまいち彼の魅力が伝わってこないのですが,同心の橋場余一郎や根岸団平の方が生き生きと描かれているような気がします。でも一番いいキャラは,おえんさんだったりします。それにしても逢坂さんて,モズを書いたり,スペイン物を書いたり,さらに最近では西部劇までも書くし,多才ですよね。ちなみに「じぶくり」とは,何事にも屁理屈をつけたりグズグズ文句を言ったりする事だそうです。そんな言葉,今でも使うんでしょうか。

 

「製造迷夢」 若竹 七海  2003.01.02 (1995.08.31 徳間書店)

☆☆

@ 「天国の花の香り」 ... 妹の友人の訪問を受けた警察官。自殺した作曲家が逮捕された時間が知りたいと言う。
A 「製造迷夢」 ... 麻薬による酩酊状態で保護された少女が,万引きで捕まった主婦に噛み付くと言う事件が起こった。
B 「逃亡の街」 ... オフィスで残業していた女性ばかりが連続して殺された。現場には鳥の羽根が残されていた。
C 「光明凱歌」 ... マンションで起こる不思議な出来事の数々。今度は裸の男が一室に忍び込んでベッドで寝ていた。
D 「寵愛」 ... 将来を嘱望された医大生が,隣に住んでいる女性の父親を刺し殺した。彼は取り調べに黙秘を続けた。

 まず最初に警察の書類やら週刊誌の記事で,事件が紹介されます。そして警察官の一条風太を女性が訪ねてくるところから物語りは始まります。その女性が妹の友人だったり,小学生だったり,刃物を持っていたりで,出だしがいいですね。そして一条と一緒になって事件を調べるのは,井伏美潮と言う女性。彼女はリーディング能力を持っていて,それは触った物に残された人の思念を感じる事ができると言う超能力です。まあ超能力を使ったら事件の捜査なんて簡単なんでしょうが,ここではそうでもないんですよね。この能力で犯人を特定すると言うよりも,事件の裏に隠された人の思いを描き出しています。こう言った超能力の使い方が上手いですね。そして一条と美潮のすれ違いも,なかなか楽しめます。なおタイトルは,香港や台湾の歌手が歌った歌の題名から付けたそうですが,一曲も知らん。

 

「あしたのロボット」 瀬名 秀明  2003.01.06 (2002.10.15 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「ハル」 ... ペット用の犬型ロボットのハルは生きていると言い出す人がいた。そして女優の動きを真似するロボットが開発された。
A 「夏のロボット」 ... 子供の頃見かけた言葉を話す不思議なロボットと,麦藁帽子をくれた謎の先生の思い出。
B 「見護るものたち」 ... カンボジア国境付近のタイで地雷探査に活躍する犬と,地雷探査用ロボットの開発に取り組む科学者。
C 「亜希への扉」 ... その少女が雪の積もるごみ捨て場から拾ってきたのは,捨てられた古いタイプのロボットだった。
D 「アトムの子」 ... 手塚治虫が描いたアトムの様なヒューマノイド型ロボットを作ろうとする試みは何度も成された。

 私の世代でロボットと言うと,やはり「鉄腕アトム」か「鉄人28号」でしょう。それ以降の世代だと「ドラえもん」や「ガンダム」なんでしょうが,そちらは全く知りません。ですから「シャア・アズナブル」何て言われても,何の事やら判りません。さてアトムと28号だと,私は断然アトムのファンでした。正太郎少年の持つリモコンによって動く鉄人28号より,自分の意志を持って正義の為に行動するアトムの方に,子供の頃はロボットのあるべき姿を見ていた様に思えます。ですから産業ロボットなる言葉を聞いた時,何でそんな物がロボットなのかと思った記憶があります。最近ではAIBOの様なペット用のロボットがかなり浸透しておりますが,本書では人間とロボットの関わりが中心となっています。どの話も近未来を描いているんですが,「WASTELAND」と題されたもう一つのお話があります。そこでは人間は絶滅し,人間の作ったロボットだけの世界が描かれます。ロボットって何なんだろうって考えさせられます。でももうちょっと物語を重視して欲しい気がします。「亜希への扉」は面白かったですけどね。

 

「生死不明」 新津 きよみ  2003.01.07 (2000.09.25 実業之日本社)

☆☆☆

 結婚して半年後に夫の池畑茂が突然失踪したのは,3年前の事だった。残された妻の弘子は書道教室を開いて生計をたてていた。その教室に通う淳一は父子家庭で,父親の信久に弘子は惹かれていく。3年間生死不明の場合,離婚が認められる事を知った弘子だったが,そんな彼女のもとに,謎の人物から池畑茂は生きていると言う手紙が届いた。そして更に森田貞夫と言う殺人罪で起訴されている男の裁判を傍聴しろとの手紙が届けられた。

 夫は何故失踪してしまったのか,そして謎の電話や手紙を寄越したのは誰なのか。冒頭で展開される謎の提示が,主人公である弘子の心理描写と相まって効果的です。でも女性刑事が出てきたり,裁判で謎の女性と出会ったり,弘子の友人が何か怪しかったりし出すあたりから,ちょっとどうでしょうか。心理描写と言うよりは,女性の打算や嫉妬などの面が目立ってしまい,主人公達に辟易してしまいます。また登場してくる男性はやたらと描写が薄べったい感じがします。話としては面白いと思うんですが,世の中そんなに狭いかあ。

 

「苦い雨」 樋口 有介  2003.01.08 (1996.09.17 日本経済新聞社)

☆☆☆☆

 社員二人だけの零細業界誌社長の高梨のもとに,かつて在籍していた会社の常務から電話が入った。取引銀行から送り込まれた役員が,経営権を奪おうとしている動きがあると言う。そして会社のスキャンダルを握る女がキーになっているらしい。しかしその女性は忽然と姿を消してしまった。彼女の行方を捜して欲しいとの依頼だったが,高梨には複雑な思いがあった。

 樋口有介さんの作品を初めて読みました。長倉圭子と言う,かつて高梨と何らかの関係のあった女性の行方を捜す話で,その過程で高梨の過去を浮かび上がらせるのかなと思っていました。でももっとドロドロとした話です。高梨はいわゆるハードボイルドの主人公なんでしょう。こう言う設定だと普通主人公の家族なんてめったに出てこないじゃないですか。でも沙希子と言う初恋の相手が妻で,夏実と言う高校生の娘がいます。そしてこの二人のキャラクターがいいんですよね。まあ色々と複雑な事情はありますが。それにしてもお酒ばかり飲んでいるよなあ。もうちょっと家族を大切にしましょう。

 

「死んでも治らない」 若竹 七海  2003.01.15 (2002.01.25 光文社)

☆☆☆

@ 「死んでも治らない」 ... 講演会が終わった後いきなり拉致された圭。犯人は銀行強盗の顛末を語り始めた。
A 「猿には向かない職業」 ... 圭のもとを訪ねてきたのは顔見知りのドジな犯罪者。圭の出した本のせいで娘が家出したと言う。
B 「殺しても死なない」 ... 自分が書いた完全犯罪の小説を検証してくれと言う依頼。どう見ても完全犯罪には思えなかった。
C 「転落と崩壊」 ... 急死した作家の後を受けて小説を書くことになった圭。作家の家に資料を取りに向かった。
D 「泥棒の逆恨み」 ... 公園で葉崎市を訪れた圭は,二人組の女性強盗に捕らえられてしまう。檻に入れられ海の中へ。

 殉職した警察官を父親に持つ大道寺圭は,なりゆきで警察官になったものの,ある事件をきっかけに17年勤めた警察を辞めた。そして編集者をしている幼馴染の彦坂夏見の強引な誘いで,警察官時代に出会ったとぼけた事件を本にして出版する事になった。本のタイトルは「死んでも治らない」。さてこの本を出したおかげで様々な犯罪に巻き込まれる事になります。それらの事件の幕間に描かれる「大道寺圭最後の事件」と言うもう一つの短編との係わりが面白いですね。デビュー作の「ぼくのミステリな日常」もそうですが,短編の中に仕掛けられたもう一つの仕掛け,と言ったところでしょうか。そして各作品に登場するマヌケな犯罪者もいいですね。皆コミカルに描かれていますが,かなりブラックな味を感じさせてくれます。葉崎市の前田家で,思わずニヤっとしてしまいました。

 

「5年目の魔女」 乃南 アサ  2003.01.15 (1992.03.30 実業之日本社)

☆☆

 景子は2歳年上の同僚OLの貴世美から,上司である新田との不倫を告げられた。その時から貴世美も新田も,ドンドン変わって行ってしまう。それまで貴世美と仲の良かった景子だったが,この二人のせいで会社を辞めるハメになってしまった。それから5年が過ぎ,別の会社に勤めていた景子は,新田の悲惨な死を知る。思い出したくも無い貴世美の事だったが,景子は彼女のその後の行方を追う。

 私は幸いな事に,女性を怖いと思った事はありません。でもここに出てくる貴世美の様な女性っているんでしょうね。乃南さんの描く女性って,結構怖い感じのする人が多いですよね。男に対して悪意を持って迫ってくる女性も嫌ですが,貴世美の様な魔性の女と言った女性はやっぱ怖いです。この手の女性を描いた作品では,船戸与一さんの「海燕ホテル.ブルー」が思い出されます。彼女に絡め取られる様に惹き付けられ,人生を狂わされて行く男達。そちらが男の視点で描かれているので,凄く実感が沸いたのですが,こちらは女性の視点なんでちょっと印象が違います。後半が少々うそ臭く感じられましたが,それにしても暗い話ですよね。

 

「偽証法廷」 小杉 健治  2003.01.17 (1998.07.25 双葉社)

☆☆☆☆

 殺人事件の現場にいち早く駆け付けた葛飾中央署の大場は,殺害現場で古びた銀のロケットを見つけた。それは大場がかつて,同郷の友人である右田克夫にプレゼントした物に間違いなかった。思わず自分のポケットに銀のロケットをしまいこんだ大場は,右田の行方を追った。新潟県の寒村で生まれ育った大場と右田は,卒業後に東京で再会したが,その後連絡が途絶えていた。最近右田から久し振りに年賀状を貰った大場だったが,彼とは遭う事は無かった。

 大学生の頃,苗場山に登って小松原湿原を越えて秋山郷に降りた事があります。今ではどうか知りませんが,やたらと山の中の寂しい村だなと思った記憶があります。さてこの地の出身者の二人は,一人は警察官になり,そしてもう一人は離婚と転職を繰り返し行方不明となってしまいます。前半は事件と右田の行方を追う大場,そして後半は容疑者として捕まった右田の息子の弁護士とのやり取りがサスペンスを盛り上げます。証拠の品を隠匿してしまった事から,娘への危害を恐れる大場。そしてそれは,新たな犯行の証拠のでっち上げにつながっていきます。警察官による証拠の捏造なのですから,当然許される事ではありません。でも敏勝の性格や万城目の弁護士としての考え方を考えると,何が正しいのか判らなくなってきます。どう言う結末を迎えるのか,後半はなかなか迫力があります。それにしても大場刑事の娘の名前が久美子...。うーん,コメットさんかあ。ちなみに「コメットさん」と言うと,私は九重祐三子さんの方がシックリきます。古くてスイマセン。

 

「ふたり探偵」 黒田 研二  2003.01.20 (2002.05.25 光文社)

☆☆

 シリアルキラーJの次なる犯行を予言した耕平が,北海道への取材旅行の直前に行方不明になった。友梨らは取材を終え,カシオペアに乗って東京に帰る途中,東京の警察から連絡を受ける。友梨の婚約者であり,Jを追う刑事の胡田が事故で意識不明の重体だと言う。Jに監禁されていた耕平から連絡を受けた胡田は,Jの罠にはまったらしい。その時,友梨の体にある異変が起こった。

 カシオペアに乗って北海道に行きたいんですけれど,いや別に北斗星だって構いません。何故チケットが取れないんでしょうか。何とかして下さいよ,JR東日本さん。さて優雅なはずのカシオペアの車内は,シリアルキラーJの登場で大騒ぎ。意識不明になっている婚約者の意識が,友梨の体に入ってきてしまい,二人で探偵をする事に。冒頭作者がこの作品を書くにあたり,「インターネットでいろいろ調べた。」と述べていました。カシオペアについて調べたんだろうと思ったのですが,全然ちがいました。そんな事を調べたんですか。ちなみに私も同じ事をしてみましたら,YAHOO!で1400件ヒットしました。列車と言うクローズドサークル,二重の密室,SF的な探偵の設定,などなど,盛りだくさんなのですが,ちょっと皆中途半端な感じがしました。

 

「五郎冶殿御始末」 浅田 次郎  2003.01.21 (2003.01.10 中央公論社)

☆☆

@ 「椿寺まで」 ... 八王子まで仕入れに向かう店主の付き添いを命じられた丁稚。向かった先はあるお寺だった。
A 「函館証文」 ... 役人になった男の元に警察の者が訪ねてきた。彼はある1枚の証文を手にしていた。
B 「西を向く侍」 ... 暦が西洋暦に変わる事を知らされた男は,既に自分の学問が不要のものになった事を知った。
C 「遠い砲音」 ... 時分秒と言う西洋の時間が採用される事になった。正午の合図は,空砲によって行われた。
D 「柘榴坂の仇討」 ... 主君の仇討相手を探して13年が過ぎた。その間の御一新により仇討は禁止となっていた。
E 「五郎冶殿御始末」 ... お役御免となり家を閉じる事にした祖父は,孫の自分を連れて旅に出掛けた。

 『御一新の後,旧幕府の御家人たちが選ぶ道には三通りがあった。その一は無禄を覚悟で将軍家とともに駿河へと移り住むことであり,その二は武士を捨てて農商に帰することであり,その三は新政府に出仕する道であった』。世が世ならと言いますが,武士にとって世が世でなくなってしまった明治維新。そんな時代を,誇りを捨てずに生きた侍たちの物語。しかし日本でこれほど価値観が大きく変わった時代って,他にはないでしょう。そりゃあ目ざとい者はサッサと生き方を変える事もできるんでしょうが,なかなかそうもいかない人達がほとんどでしょう。明治維新なんて130年以上も昔の話ですが,今にだって通じる事だってあります。定年まで何事も無く勤める事ができると思っていたはずなのに,会社がつぶれてしまったり,リストラに遭ったり。個人のレベルでは自分の周りの環境の激変なんて,無い事じゃありません。そんな時,自分はどうするんだろうなあ,などと考えてしまいました。浅田さんの作品にしては,人物の描き方よりも,時代そのものを描く方に傾きすぎて,いつもの短編らしさが無いような気がしました。

 

「疑惑」 小杉 健治  2003.01.22 (1988.06.25 新潮社)

☆☆☆

 夫である立花文彦のもとに掛かってきた謎の電話を取ったのは,妻の伊津子だった。警備会社に勤める文彦が運転する現金輸送車が襲われたのは,その電話の翌日だった。犯人から名前を呼ばれた事から疑いを掛けられた文彦だったが,潔白を主張した。証拠不十分で釈放されたものの,周囲の目に耐え切れず会社を退職する。そして真犯人を追って失踪し,数日後遺体となって発見された。一方,佐田法律事務所に勤務する弁護士の結城静代は,自分の再婚に悩んでいた。

 小杉健治さんと言うと社会問題を前面に押し出した作品が多いのですが,本作はミステリー色が強い作品となっています。夫は真犯人によって容疑を着せられたのか,そして何故殺されてしまったのか。妻である伊津子は本当の犯人にたどり着けるのか。それはそれで面白いのですが,ここに登場する伊津子と静代と言う二人の女性の描き方が不満。殺された夫に対する伊津子の悲哀,離婚した前夫への静代の想い,と言った感情が全く伝わってこないんですよね。ですからミステリー性ばかりを追っかけた薄っぺらい感じがしてしまいました。また彼女らを取り巻く男性も類型的過ぎるしね。でも現金輸送車襲撃とこそ泥って言う対比は面白いですね。

 

「ベイ.ドリーム」 樋口 有介  2003.01.27 (1998.09.30 角川書店)

☆☆

 ミミズの研究一筋の科学者,柿本書彦が東京湾岸で出会った一人の女性。書彦はその中山紗十子に一目ぼれしてしまった。紗十子は4選を狙う東京都知事,横森臣太郎の側近で,横森は湾岸の埋立地に歴史博物館の建設を目指していた。ゼネコンや政治家が利権を巡って暗躍する中,書彦は東京湾岸で奇形のミミズを発見した。これに危機を覚えた紗十子は,書彦に接近してきた。

 私の会社は新橋にあるので,東京湾岸はすぐそばです。最近駅前には大きくて綺麗なビルが立ち並び,ゆりかもめに乗ってレインボーブリッジを越えれば,フジテレビなどのビルが立ち並ぶベイエリアです。近代的なビルと草の生えた空き地が目立ちます。いかにも人工的な空間と言った感じで,環境破壊とかは別にして,住んでみたい所だとは思いません。この物語は環境破壊と政治家の利権をめぐる話なんですが,いかにもありそうで嫌な話ですね。それはいいのですが,このミミズ科学者の書彦にはどうも馴染めませんでした。恋は盲目と言うより,単なる馬鹿じゃん。だいいち会話の中で「やっ」とか「ややっ」とか使う人はいないと思います。ハードボイルドに徹したほうが良かったんじゃないでしょうか。紗十子の本当の姿が最後まで判らないのが良かったんですけどね。

 

「枯れ蔵」 永井 するみ  2003.01.28 (1997.01.20 新潮社)

☆☆☆☆

 富山県の水田で大量のトビイロウンカが異常発生した。従来使用していた農薬が効果を出せない新種のウンカだった。同じ富山県で有機米を作っていた農家も同じ状況だった。この有機米を使用した商品を企画した食品メーカー社員の陶部映美は,この害虫問題が気になっていた。そんな時,映美は友人のツアーコンダクターが自殺していた事を知った。

 平成の米騒動と呼ばれた冷夏による米不作は1993年でしたから,もう10年も経つんですね。あの時は米以外の主食を求めて,パスタやうどん料理のレパートリーを増やそうとしたり,外国産の米を美味しく食べようとしたりで,結構楽しかったのを覚えています。まあ不作だと言っても実際に米が足りなくなったのかどうか判りません。業者の買占めなどによって,必要以上に騒ぎが大きくなったのも事実でしょう。さてこちらは害虫による米騒動が描かれます。一見何の繋がりもなさそうな二つの話って,小説では必ず最後には繋がります。害虫騒動と女性の自殺はいかにも関係ありませんが,害虫騒動が特異な自然現象ではなく,人的によって引き起こされたものだとすると,と言う農業ミステリーです。「樹縛」では林業でしたが,こちらでは有機米や害虫など農業についてかなり詳しく書かれていて,読み応えがあります。ちなみに本作は第一回新潮ミステリー倶楽部賞の受賞作です。

 

「モダン東京の検屍官」 川田 弥一郎  2003.01.30 (2001.05.25 双葉社)

☆☆☆☆

 アパートで若い女性の死体が見つかった。一酸化炭素中毒の様にも思えたが,現場に駆け付けた警視庁刑事の徳永吟作と監察医の新庄は不審な事に気が付いた。解剖の結果,腹部を殴られたか蹴られたかによる死と判明した。亡くなった女性は銀座2丁目のカフェ「ルビー」で女給として働くちとせと判り,彼女に恨みを持つ同僚の珠々代が容疑者として浮かんだ。しかし珠々代は砒素の入った絵具を飲んで亡くなった。自殺と断定されたが,吟作には納得がいかなかった。

 宋や江戸時代の検屍を扱った,時代物の検屍シリーズの最新作は,昭和初期の東京が舞台です。今までとちょっと違うのは,検屍官が主人公では無い事。でも,若く綺麗な女性死体の検屍シーンが見どころ(?)なのは今まで通りですのでご安心を。さてさすがにこの頃になると,宋や江戸と違って,検屍もかなり科学的になってきます。純粋な探偵小説の場合,この科学的な捜査ってかなり邪魔になる事が多いと思いますが,ここでも検屍によって犯人が判る訳ではありません。中心は昭和初期のカフェと言う,独特な世界での人間関係となっており,検屍官を主人公にしなかったのも頷けます。この時代の風景を描く部分が,ちょっと突出している感じもします。でも阿耶子や絹と言った,いわば吟作のプライベートな部分をうまく取り入れていて,物語を盛り上げている様に思えます。