「赤い病院の惨劇」 川田 弥一郎 2001.11.01 (1994.05.31 祥伝社) |
☆☆☆☆ |
東京近郊J県にある赤修台第一病院の中庭で,堀川映子と言う看護婦が殺されているのが見つかった。この付近では最近,看護婦を狙った痴漢が出没していたと言う。痴漢の仕業かとも思われたが,有力な容疑者が現れた。それは映子と付き合っていた,山科と言う同じ病院に勤務する麻酔医師だった。しかし山科には確かなアリバイがあった。映子が殺されたと思われる時間,彼は病院で手術の真っ最中。病院内に併設された看護学校生の飯沢めぐみは,同級生の小西京子と事件の謎を追う。 惨劇シリーズと言えばいいのでしょうか,「黒い嵐の惨劇(00年6月)」,「青い水族館の惨劇(96年9月)」に続いてこの作品を読んだのですが,発行順からすると全く逆ですね。でも登場人物も別ですし,ストーリーも全く違うので,違和感はありません。気象予報士,水族館の飼育係が登場する既読の作品より,看護婦を主人公に持ってきたこの作品が,一番しっくりしている様に思えました。手術室の様子,病院と看護学校の関係,様々な用途に使われる薬の話など,専門家ならではの知識がサラリと描かれているのが,物語に深みを与えているのではないでしょうか。それにしてもめぐみと京子はいいとして,他の看護婦って何か悪く書き過ぎの様な気がしてしまいます。看護婦に対する私のイメージが間違っているんでしょうか,川田さんが余程看護婦に対して悪印象を持っているんでしょうか。イメージを別にすれば,今まで行った病院で,いいなあと思う看護婦に会った事ありませんけどね。
|
「精霊流し」 さだ まさし 2001.11.05 (2001.09.10 幻冬舎) |
☆☆☆ |
@ 「薔薇の木」 ... 昔住んでいた家の庭に植えた一本の薔薇の木。十余年の歳月を経て再び訪れてみたら。 さだまさしの音楽を最初に聴いたのはいつ頃だっただろう。名前は知っていたが,少なくともグレープの頃は聴いていなかった。自分にとってフォークソングと言えば,まず吉田拓郎だった。高校生の時に聴いた「イメージの唄」にはショックを受けた。「今日までそして明日から」,「祭りのあと」,「夏休み」等など,ギター片手に唄っていた。今から思えば,誰かに聴かせる為にでは無く,ただ単に何かを叫びたかったから唄っていたのかも知れない。だけどフォークソングからニューミュージックへと,時代は変わって行った。かぐや姫,荒井由美,アリス,松山千春,中島みゆき,そしてさだまさし。メロディーも,歌詞も,スタイルも,それまでのフォークソングとは明らかに違う新しい唄達。大学生から社会人になった頃だっただろう。私も自然にこれらの唄を聴く様になっていった。そして20年以上経った今でも,この頃聴いた曲は忘れないし,今でも聴いていて,たまにギターで弾いたりもする。
|
「プレゼント」 若竹 七海 2001.11.06 (1996.04.25 中央公論社) |
☆☆☆ |
@ 「海の底」 ... 呼び出されたホテルの部屋のカーペットには,血の染みが残されており,これを消すよう依頼された。 決まった職業に就くのを嫌って職を転々とするフリーターの葉村晶。子供用の自転車に乗って事件現場に駆け付ける小林警部補。この二人が交互に登場する連作短編集です。そして最後の作品に二人揃って登場すると言う趣向です。晶の物語の方は,替わったばかりの職場で何らかのトラブルに巻き込まれる形で,小林警部補の方は,事件が起こってから刑事コロンボみたいにおもむろに登場するパターンです。どの話も後味の良くない話ばかりですし,登場人物もあまり知合いになりたくない人ばかりで,ちょっとウンザリさせられます。それでも最後は「オオッ。」とうならされる様な,小気味のいいどんでん返しが味わえます。倒述風に展開される小林警部補の話の方が面白く,「殺人工作」,「プレゼント」が緊迫感があってお勧め。
|
「秋の殺人者」 本岡 類 2001.11.08 (1993.10.31 徳間書店) |
☆☆☆☆ |
40歳を目前にした奈良岡は,大学時代のバンド仲間である梶が結婚する事を知らされた。相手は同じ仲間の夏美だと言う。偶然に再会して,同じ独身同士,結婚する事になったと言う。しかし仲間内でお祝いをした3ヵ月後,夏美は自宅マンションから転落して亡くなった。事故なのか,自殺なのか,それとも他殺なのか。葬式も終わったある日,奈良岡は刑事の訪問を受けた。彼女が亡くなった時間のアリバイを訪ねられた奈良岡は,嘘の供述をしてしまった。実は当日奈良岡は夏美と会っており,酔っていた事もあって,彼女と別れた時の記憶が無かったからだった。 私もお酒好きなもんで,結構飲んでいる時の記憶が無くなる事あります。こう言う時って,翌朝気まずい思いをする事ありますよね。でも何かまずい事をしでかしたとしても,せいぜい相手に不愉快な思いをさせる程度で済んでいるんでしょう。しかし昨夜飲んでいた相手が死んでしまっていたら,それとも起きた時目の前に死体があったら。そして昨夜の記憶が無くなっていたら...怖いですねえ。そんな状況の中で,奈良岡は当日の記憶を何とか呼び戻そうとします。それとともに事件の真実を明らかにしようとしていく訳ですが,緊迫感があっていいですね。ここら辺は,お酒飲んで記憶無くした事が無い人には判らないかも知れません。それと登場人物が20年近く前の大学時代の同級生と言うのも,良かったです。音楽と山の違いはありますけれど,大学時代の仲間を思い出しちゃいました。
|
「惨劇のアテナイ」 川田 弥一郎 2001.11.09 (1995.05.30 講談社) |
☆☆ |
@ 「ローマ詩人の死」 ... 紀元前43年のローマ。暴漢に襲われた一人の詩人が,ギリシャ人医師の元に運び込まれた。 時代も場所も,勿論主人公もバラバラな4編からなる短編集です。いきなり紀元前のローマを舞台にして医者が登場したので,「江戸の検屍官」あたりのヨーロッパ版かと思ったのですが,そうでもありませんでした。「ローマ詩人の死」と表題作の「惨劇のアテナイ」は大昔の話なので,家の制度や奴隷や売春婦など,当時の風習が今とあまりにも違い過ぎるので,短編で読むのはちょっと辛い感じがします。その分,現代に近い残りの2作の方がミステリーとしてすっきりしている様に思えました。4作の中で一番長い,「惨劇のアテナイ」は冒頭に登場人物の一覧が付けられており,短編でこう言うのって初めてです。それでも人物の区別がし難かったですね。名前が読み難いんだもん。
|
「よみがえる百舌」 逢坂 剛 2001.11.12 (1996.11.30 集英社) |
☆☆☆☆ |
かつて発生した稜徳会事件,来迎会事件の関係者が殺された。首筋を千枚通しで刺され,服の中には百舌の羽が隠されていた。夫の遺志を引き継ぐべく津城警視正のもとで特別監察官となった倉木美希,そして私立探偵の大杉の二人はこれらの事件を追う。死んだはずの殺し屋百舌がよみがえったのか。そしてこの殺し屋を操るバードウォッチャーとは何者なのか。そして美希と大杉に接近してきた,刑事の紋屋と新聞記者の残間の狙いは何なのか。 「裏切りの日々(81年2月)」,「百舌の叫ぶ夜(86年2月)」,「幻の翼(88年5月)」,「砕かれた鍵(92年6月)」に続く公安シリーズの5作目です。このシリーズは順番通りに読まないと,絶対に損します。主人公だった倉木尚武が前作で亡くなってしまうのですが,妻の美希とかつての同僚の大杉が後を引き継ぎます。そして津城の訳の判らなさも今まで通りです。ちょっと物語が他のシリーズ作品と較べて一本調子の様な気がしますが,それだけに読み易いと言えば読み易いですね。殺し屋にしても,その殺し屋を操る謎の人物にしても,前作までに登場している人物なんだろうな,とは思います。でも結構忘れてしまってるんですよね。次々に殺されていく元警察官にしても,こんなのいたっけかなあ,と言う感じなので,どうせ読むんだったら,シリーズ全てを一気に読んだ方が良かったですね。ところで公安シリーズはこれで終わりなんでしょうか。かなりレベルの高いシリーズなんで,今後も続けて欲しいですね。
|
「エール」 鈴木 光司 2001.11.13 (2001.09.30 徳間書店) |
☆ |
海拓社の編集者である梅村靖子は,担当している作家の松浦弘和と打合せをした。大学助教授も勤めるこの作家は,ちょっと理性に偏り過ぎのきらいがあるのだが,何と次回の作品は格闘に生きる男を描きたいと言う。編集者として格闘家とのインタビューをセッティングした靖子だったが,その相手は最近格闘界で頭角をあらわしてきた真島一馬と言う若い選手だった。その後別の企画で再会した二人だったが,夫との離婚に気持ちの傾いている靖子と,スランプを経験した一馬は,お互いに惹かれ合って行く。 前作の「シーズ.ザ.デイ」では,スケールの大きな物語世界を堪能させてくれた鈴木光司さんでしたが,今回の作品はやたらと薄っぺらさを感じてしまいました。女性編集者と格闘家の恋愛を中心に描いているのですが,この二人が惹かれ合って行く様子も,格闘家として強い相手に向かって行く一馬の心境も,そして格闘シーンも,何か説明を読まされている気がしてしまいました。そして何よりもあの結末は何なんでしょうか。あまりにも安易と言うか,漫画的と言うか。シラけてしまいました。この人本当にあの「りんぐ」の作者なのかなあ。
|
「アウトロー」 香納 諒一 2001.11.14 (2000.04.10 祥伝社) |
☆☆☆☆ |
@ 「真冬の相棒」 ... 2年間一緒に仕事をしてきた相棒との最後の仕事。無事に終わり女の待つ山荘の前で別れたのだが。 香納諒一さんの短編集って,結構当たり外れが多い様な気がしてならないのですが,これは大当たりですね。「真冬の相棒」は普通に考えると笑っちゃうかも知れませんが,ちょっとした勘違いの結果の大きさに唖然とさせられます。「傾斜」は良く似た話がありましたが(東芝でしたっけ),怖い話ですよねえ。「死者が殺した」は一番ミステリアスな作品で,「オヤッ」と思わせる展開です。「五月雨バラッズ」はちょっと後味が悪いのですが,哀感が漂ってきます。「蜘蛛が死んでる」は「何かあるよなあ」と思わせておいて,その通りに何かある展開がいいですね。「愛しのアウトロー」は子供の頃の二人の関係が面白い。どの作品も短い話の中で,きっちり一つの世界を作り上げています。
|
「贈る証言 弁護士.朝吹理矢子」 夏樹 静子 2001.11.15 (2000.06.20 講談社) |
☆☆☆ |
@ 「相続放棄の謎」 ... 遺産相続人は負の遺産,つまり故人の借金も相続しなくてはならない。突然言われてビックリ。 朝吹理矢子と言う女性弁護士を主人公とした連作短編集。それまで所属していた薮原勇之進の弁護士事務所から独立して,近くの渋谷道玄坂に個人の事務所を構えています。スタッフは助手の吉村サキ一人。彼女も前の事務所に居た女性事務員です。さて本作では,この女性弁護士の大活躍が語られるかと言うと,そうでもありません。何か肝心なところでは師匠の薮原さんが登場してきますし,事件自体もあっさり解決してしまいます。それよりも法律的にこんな事がありますよ,こう言う場合は法律ではこうですよ,と言った所が読みどころでしょうか。実際,借金を抱えて死んだ人の相続問題や,裁判での証言まで生きていそうにない病人の扱いなど,ちょっと興味深かったですね。それにしても理矢子(リヤコ)と言う名前は読み辛くて頂けませんねえ。
|
「神の柩」 本岡 類 2001.11.17 (1999.03.10 講談社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
社員3人の編集プロダクション会社を経営する柏木恭介の元に,かつて同じ新聞社の記者仲間だった江崎光司が訪ねてきた。彼は現在フリーのライターをしているのだが,最近現れた「理性の跳躍」と言う団体を調べていると言う。酒を飲みながら家族や健康の話をしていたのだが,別れ際に「救い主が現れる。もし自分が死んだら真相を調べて欲しい。」と言う謎の言葉を残して行った。あまり気にも留めなかったが,翌日柏木を訪ねて来た刑事から,江崎の死を知らされた。神田川で水死体となって発見されたのだが,警察では自殺と断定した。 何らかの事情があって事件に巻き込まれてしまうと言うストーリーの場合,主人公がその事件に係らざるを得ない状況が,納得できるか否かが重要だと思うんです。柏木と江崎が新聞記者を辞めて一緒に記事を物にしようとするのですが,柏木の子供の病気により江崎を裏切る結果になってしまった事。そして久し振りに柏木を訪ねてきた江崎は,その事に一言も触れなかった事。謎の死を遂げた友人に対する引け目,そしてその友人から託された最後の頼み。ここらへん柏木の気持ちには充分納得ができますし,二人の人間描写の妙もあって,物語の中に一気に入ってしまいます。そして「理性の跳躍」の代表である高宮真澄が展開する主張の部分も力が入ってますし,自然農法に対する糸川の説明なども,物語に深みを与えて行きます。この高宮の主張ですが,確かに強者の理論だと言ってしまえばそれまでですが,賛同できる部分って多いですよね。少なくとも社会党が野党第一党であった時代とは全ての面で変わってきていると思います。悪である対象への憎しみの気持ちが沸き辛いのと,最後にインターネットを持ち出す不自然さはあるものの,充分に面白い作品です。今まで読んだ本岡さんの作品の中では,間違い無くベスト。
|
「殺意」 飯尾 憲士 2001.11.19 (1997.01.30 集英社) |
☆ |
@ 「殺意」 ... 戦争で亡くなった息子の友人に金を貸した老婆。相手が金を返さなかったので,出刃包丁で刺してしまった。 何となくタイトルに惹かれて図書館で借りてきた本だったのですが,私が読むジャンルの作品では無かった様です。それでも1作目の「殺意」は,軍隊で自殺した息子を想う母の気持ちや行動が良かったんですが,2作目以降は全く理解できませんでした。特に最後の「蝿の自殺」にいたっては,いちいち小説にする様な事なんでしょうか。
|
「人獣細工」 小林 泰三 2001.11.20 (1997.06.30 角川書店) |
☆☆☆☆ |
@ 「人獣細工」 ... 生まれつき身体が悪かった優霞は,移植医でもあった父親から様々な臓器移植を受けてきた。そんな父親も亡くなって,父親が残した資料の中からあるビデオを見つけた。 子供の頃にテレビで見た映画なんですが,「ドクター.モローの島」と言う作品がありました。白黒作品だったと思いますが,これ凄く怖かったんですよ。詳しくは覚えていないんですが,無人島である科学者が実験をするんです。確か色々な動物を人間化する実験だったと思います。そしてこの動物(人間)達に,人間になる為の訓練をするんですが,結局動物は人間になりきれなかった,と言う話だったと思います。何となくその映画を思い出してしまったのですが,表題作の「人獣細工」は動物の臓器を人間に移植する話です。移植を繰り返し,ほとんどが豚の臓器と入れ替わった主人公は,自分のアイデンティティに悩みます。読んでいてショッキングなラストが予想されたんですが,やはり衝撃的なラストでした。ですが科学の進歩はこの様な事も可能にしてしまうのでしょうか。当たり前の様に考えている人間と言う存在が,何を持って人間かと言う事を考えさせられてしまいました。
|
「重蔵始末」 逢坂 剛 2001.11.22 (2001.06.29 講談社) |
☆☆ |
@ 「赤い鞭」 ... 本所回向院の境内で行われている相撲から帰る力士を追う一人の男。さらにその男を追うもう一人が居た。 逢坂さんが江戸時代を舞台にしたミステリーを書くとは思ってもいませんでした。同じ歴史物としたら,スペイン内戦当時を舞台にした作品は多いんですけどね。さてここでは江戸の火付盗賊改の与力である近藤重蔵を主人公に,仲間の橋場与一郎,根岸団平の活躍を描いた連作短編集となっております。江戸時代を舞台にしたミステリーと言うと,宮部みゆきさんの作品が思い浮かびますが,そちらが人情話を中心に据えているのに対して,こちらはミステリーを前面に押し出している様に思えます。探偵役は勿論重蔵なんですが,大きな体格と鋭い頭脳を持ち,倣岸不遜な態度にも係わらず何故か人を惹き付けると言う人物設定です。でもちょっとそういう雰囲気が伝わってこないし,20歳とも思えないのが残念です。最初の方では歴史物の読み辛さが感じられましたが,慣れるに従ってスラスラ読める様になりました。続きに期待しましょう。
|
「死が舞い降りた」 安東 能明 2001.11.26 (1995.01.20 新潮社) |
☆ |
大学助教授の真鶴と,建設会社に勤める板倉は,電話で何者かに呼び出された。指定された店に出掛けると,呼び出した本人は現れなかったが,二人には相手が誰だか想像がついた。そしてその後,真鶴は朝の散歩中に惨殺された。捜査に当たった警視庁の雪島のもとに,「高安」と言う男が犯人だと言う密告電話が入ったが,調べて見ると高安は事件以前に事故死していた。 この作品は第7回日本推理サスペンス大賞の優秀作を受賞したもので,受賞時は「褐色の標的」と言うタイトルだったそうです。はっきり言って訳が判りませんでした。そりゃあ最後まで読めば話の筋は判ります。でも事件の構図とその背景が全くつかめないんですよ。謎を先延ばしして読者の興味を引くと言うのは理解できますが,半分以上読み終わっても何が何だか判らないのでイライラしてしまいました。第一この作品では,犯人の意図を隠すような必要は無いんじゃないですか。かなり突飛な犯行方法で襲おうとする犯人と,犯人の動機をつかんで行く警察側とのサスペンスを中心にした方が良かったんじゃないでしょうか。自然破壊や警察組織の昇進制度の問題に関しても,中途半端な感じがしてしまいました。
|
「ミステリーが好き」 アンソロジー 2001.11.27 (1990.04.15 新潮社) |
☆☆☆ |
@ 「太閤の隠し金」 中沢 元彦 ... 戦に破れて山に逃げ込んだ落ち武者が出会った男は,太閤の隠し金を探していると言う。 宮部みゆきさんの「手のひらの森の下で」は,「心とろかすような.マサの事件簿」で読んだ事ありますが,その他の作者に関しては初めて読む作家ばかりでした。後書きによりますと,日本推理作家協会と言う団体は規模が大き過ぎるので,そこに属する若手推理作家が気楽に会える会を作って,その参加者によって書かれた短編集だとの事です。もっとも若手と言っても今から10年以上前の事ですが。その8人の若手作家の作風の違いが判りやすくて面白いですね。なかなか初めて読む作家の作品には手が伸び辛いところがあるのですが,この様な形で読むと他の作品に手を出すきっかけになります。その様な意味で,斎藤純さん,野村正樹さん,深谷忠記さんの作品あたり,今度読んでみたいですね。
|
「真冬の誘拐者」 本岡 類 2001.11.29 (1993.01.20 新潮社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
勉強のできる子供が誘拐されて,その後痴呆状態で帰ってくる,と言う噂が広がった。そんな中,小学校5年の森脇卓雄は,塾の帰り道で何物かに後をつけられたと母親に訴えた。その数日後,卓雄は塾から帰ってこなかった。そして誘拐犯からの身代金要求の電話が,警察の方に寄せられた。それによると,現金3000万円を両親が持って,調布市の神代植物公園の入り口で待てと言うものだった。しかし卓雄には父親が居なかった。長男を出産後に離婚した母親が,旅行中に出会った男との間に出来た子供であり,相手は判らないと言う。 誘拐事件を主に捜査する側から描いているのですが,視点が変わらない事で,緊迫感を与えている様に思えました。当然身代金の受け渡しの場面がメインになるはずなのですが,ここではちょっと様子が違います。その代わり,単純な誘拐事件とは違って,誘拐された子供の出生の秘密が徐々にクローズアップされてきます。そして誘拐犯の動機と,もう一つのある事の動機が見えてくるあたりからは,物語の中にどんどん引き込まれていきます。少しずつ判ってくる真実,その過程がスムーズなんでしょう。子供の親は一体誰なのか,母親は何故次男の出生に関して明確に語らないのか,そして誘拐事件の真相は何なのか。これらの謎が一気に解き明かされる後半は見事です。前に読んだ「神の柩」のところで本岡さんのベストと書いてしまったのですが,こちらの方が私好みです。
|
「沈黙者」 折原 一 2001.11.30 (2001.11.15 文藝春秋社) |
☆☆☆☆ |
埼玉県久喜市で起こった一家惨殺事件。発見したのは新聞配達の立花洋輔だった。地元の名士である田沼竜之介夫妻とその息子夫妻の4人が,刃物で刺し殺されていた。竜之介の孫のありさは難を逃れたが,ありさの弟の省平は行方不明となっていた。そして数日後,立花は再度惨殺死体を発見する。今度は吉岡健太郎夫妻が同様に刺し殺されていた。こちらは発見が遅れただけで,二つの事件は同じ日に起こったものとみられた。捜査にあたった警察は,行方不明となっている省平の行方を追った。一方,久喜駅の切符を持った一人の男が万引きで捕まった。彼は何故か自分の名前を明かさなかった。 「冤罪者」に登場してくるルポライターの五十嵐友也が,物語を語り始めます。久喜市で起こった二つの一家惨殺事件。そしてもう一方の万引き事件の方は,二人称で語られていきます。二人称で語られる作品って珍しいですよね。北村薫さんの「ターン」くらいしか思い浮かびません。何か独特の雰囲気がでて,この手の作品には効果的です。前者の方は一体犯人は誰なのか,そして後者の方は捕まった男の裁判はどうなるのか,と言う興味で読み進みます。そして何よりも二つの話は一体どんな関係があるんだろうか,と言う点が一番気になります。折原さんの事ですから,とんでもない展開なんだろうなあ,と思っていたのですが結構スッキリしていて見事でした。「冤罪者」も「失踪者」もかなり複雑だったので覚悟をしていたのですが,いい意味で裏切られました。やはり叙述トリックはこの程度に留めて欲しいですね。さてこの作者,出身地でもある久喜市がよく作品に出てきます。でも黒星警部は出てきません。 |