「悪いうさぎ」 若竹 七海 2002.02.01 (2001.10.15 文藝春秋社) |
☆☆☆☆ |
家出した高校生の平ミチルを家に連れ戻す事を依頼された葉村晶。ボーイフレンドの部屋でミチルを説得しようとしたところ,同行していた世良の暴走から,大怪我をしてしまう。退院した晶を待っていたのは,行方不明になっている滝沢美和と言う女子高生の捜索の依頼だった。何と美和はミチルの同級生だと言う。調べを進めるうち,美和とミチルの共通の友人である綾子が殺されてしまった。そして他にも行方不明になっている少女の存在が判ってきた。 「プレゼント」,「依頼人は死んだ」に続く,女探偵の葉村晶の登場です。今までの短編と違って,今度は長編です。相変わらず葉村の身の上には様々な苦難がのしかかってきます。のっけから大怪我をさせられ,理不尽な逆恨みをかってしまったり,結婚詐欺師との対決を余儀なくさせられます。それでも何とか自分の仕事を成し遂げようとする,彼女の健気さがいいですね。女子高生の行方不明事件の裏にある真相は,かなり突飛な話で,はっきり言ってグロテスクです。本岡類さんの「神の柩」にもこんなシーンがあったっけ。世良の母親にしても結婚詐欺師にしても,自分の行動は正しいと信じているんでしょう。そしてそれが社会的にも認められると信じているんでしょう。そしてそれは社会的に成功を収めた人達もそうで,そんな勘違いをしている人達に対する痛烈な皮肉となって終わります。だけど犯人達は異常過ぎますよねえ。
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「天使は探偵」 笠井 潔 2002.02.04 (2001.02.10 集英社) |
☆☆ |
@ 「空中浮遊事件」 ... スキー場のリフトから一人の男が消えた。スキー板と靴と黒いマントを雪の上に残したままで。 スランプに陥った推理作家の矩巻濫太郎が,気分転換に移り住んだ八神村には,八神村営スキー場があった。スキーを始めた矩巻だったが,彼のスキーの先生はスラロームの選手であり,スキーロッジのウェイトレスでもある美人の大鳥安寿。探偵役は安寿さんなのですが,推理作家がワトソン役って言うのはよくあるパターンですね。さてこの村にあるのはスキー場だけではありません。天啓教と言うカルト教団が住みついています。そしてこの教団絡みの事件が起こります。ちょっとこの教団が「オ○ム真理教」っぽくて,うんざりさせられる部分があります。謎もトリックもなかなかの物なんですが,スキーをした事の無い人には状況がちょっと判り辛いかも知れません。それと安寿さんなのですが,彼女の顔が見え難い感じがしてなりませんでした。
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「容疑者」 小杉 健治 2002.02.05 (1996.09.25 講談社) |
☆☆☆ |
テレビにも登場する人気弁護士が,自宅のマンションの一室で死体で発見された。窓には赤いマジックで書かれた「1」の文字が残されていた。犯行時刻にマンションを立ち去った,青いアノラックを着た不審な男が目撃されていた。下谷中央署の二人の刑事,矢尋と知坂はこの男の行方を追ったが,捜査は難航する。そうしているうちに2件目の殺人事件が起こってしまった。被害者はコンピュータ会社のOLで,今度は「2」の文字が残されていた。 謎自体はかなり凝っていて複雑に絡み合い,ちょっとめまいがしそうでした。だけどそれよりも登場人物が面白いですよ。主人公の矢尋は小唄が趣味で,やたらと東京(江戸)の地名にまつわる薀蓄が展開されます。この部分,ちょっとくどいかも知れません。矢尋の父親はかなりくせのある元刑事で,相棒の知坂は妻がありながらヤクザの愛人と関係を持っています。また同僚の刑事も,容疑者の妹を好きになってしまったり,定年間近に控えて昔の未解決の事件に執念を燃やしていたりもします。またいじめによる自殺や幼児虐待などの問題も,微妙に事件に絡んできます。そしてちょっとしか登場しない人物もかなり個性的に描かれ,濃さを感じさせる作品になっています。ちょっと気になってしまったのですが,警察の捜査って言うのは徹底した組織的捜査ですよね。それにしては,この所轄署の刑事二人は結構自由に動き回っております。こんな事してていいのか,と他人事ながら心配になってしまいました。
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「幻獣遁走曲」 倉知 淳 2002.02.06 (1999.10.20 東京創元社) |
☆☆ |
@ 「猫の日の事件」 ... ペットフード会社が主催した猫のコンテスト。会場に設置された貴賓室からダイヤの指輪が紛失した。 探偵役として登場する猫丸と言う男,年は30くらいで小柄で童顔。様々なアルバイト先で起こる,いわゆる日常の謎を解いていきます。日常の謎と言う事で北村薫さんの円紫師匠が思い出されますが,こちらはいわゆる安楽椅子ではなくて,事件は猫丸さんの周りで起こります。それがたまたま彼と居合わせた第三者の目を通して描かれて行きます。円紫師匠の場合は,『わたし』が語る言葉の中に全ての伏線があるわけで,それがいい意味での緊張感を生んでいる様に思えます。また日常の謎では当然人が殺されたり,誘拐事件が起こったりと言う派手な展開にはなりませんから,謎そのもの,さらにはその解答のクォリティの高さこそが最も重要視されます。猫丸と言う男の性格付けからして,作品に緊張感を求めるのは無理としても,北村作品などに比べて,謎自体がちょっとありきたり過ぎるんではないでしょうか。まあ軽く楽しく読めると言う気はしますが,読み終わった後に物足りなさを感じてしまいました。ですけど表題作である「幻獣遁走曲」における犯人の心情はとても良く判り笑えました。シリーズ物なので,他の作品も読んでみたいですね。
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「蜂の殺意」 関口 ふさえ 2002.02.07 (1990.07.15 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
喫茶店の女主人が,頭を殴られて殺された。そして何故か遺体の髪の毛には蜂の死骸が付けられていた。その近所に住んでいる,野沢慎二と娘のマリの親子。この家に出入りしているお手伝いの中野林子は,近くで殺人事件が起こった事に不安を覚えた。そして同じ犯人と思われる2件目の犯行が起こる。犯人である青野あざみは,その不幸な生い立ちから憎しみと嫉妬に狂っていた。そして次の標的として選ばれたのは,この野沢一家だった。 この作品は,第8回(1990年度)サントリーミステリー大賞読者賞の受賞作です。連続殺人事件の被害者と,そのまわりの人達の視点の間に,犯人である青野あざみの側からの記述がはさまります。不幸な生い立ち,頭の中を駆け巡る蜂の羽音。まあ犯人が判っており,動機も何となく想像できますから,後はいかにスリリングな展開を楽しめるかですよね。さてその為にも被害に遭う側に対する,読者の感情移入度が問題だと思いますが,なかなか効果的なのではないでしょうか。ちょっと謎に満ちた野沢慎二に魅力が感じられないのが不満ですが,林子とマリが十二分にカバーしております。さてこれで犯人側のあざみに同情できる部分があれば完璧だと思います。生い立ちや,彼女の憎しみを増長させて行った過去の数々,そして蜂の死骸を残すにいたる理由。ここら辺がかなり詳しく描かれているのですが,はっきり言って嫌悪感しか持てませんでした。あざみが犯行に至る心の動きが,もう少し判りやすいと言うか理解しやすいといいんですけどね。
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「完全犯罪研究室」 由良 三郎 2002.02.08 (1989.07.25 新潮社) |
☆☆ |
東京虎ノ門にある国立教育会館で行われた,日本癌病理学会の年次総会には多くの聴衆が集まっていた。城南大学の瀬尾貴利教授が発表する事になっている制ガン剤に関する研究発表が,ノーベル賞級の画期的な内容だったからだ。しかし発表の前日に瀬尾教授は脳出血で急死。代わりに発表にたったのは,共同研究者であり夫人でもある瀬尾みさお助教授だった。発表には否定的な意見が続出して,散々の結果となってしまった。さらに瀬尾教授の死に不審な点があると,刑事が訪問してきた。 作者の由良さんは東大医学部卒業の名誉教授だそうです。そう言う人がミステリー書くっていうのも珍しいですね。医者である川田弥一郎さんや結城五郎さん同様,さすがに大学医学部内の状況がリアルに展開されていきます。ただトリックに用いられたある物が,あまり一般的ではないので,ちょっとピンとこない面がありました。それとメインの謎は瀬尾教授の殺害なのですが,学会で発表された研究の謎や,日本脳炎ワクチン導入の謎が絡んで,ちょっと話が複雑と言うか散漫な感じに思えます。でも日本脳炎ワクチンに関する部分は怖い話ですよね。エイズの血液製剤でも散々厚生省が叩かれましたが,行政に対する不信感って結構ありますもん。
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「不遜な被疑者」 小杉 健治 2002.02.12 (1997.08.30 集英社) |
☆☆☆☆ |
@ 「言づけ」 ... 友人を殺害したとされ逮捕された者からの頼み事は,知り合い宛ての奇妙な伝言の数々だった。 副題に「女性弁護士.梶原藤子の事件と恋」とつけられている様に,30歳で独身の女性弁護士,梶原藤子を主人公とした連作短編集です。若手だからなのでしょうか,所属する弁護士会から当番弁護士として,やたらと派遣させられます。それで事件に係わるのですが,被疑者達は何故か彼女に真実を伝えようとしません。それもそのはず,みんなまともな被疑者ではありません。ですから弁護士センセにすがろうなんて気が無くて,何とかこの女性弁護士を利用しようとしています。そこで色々と事件の真相を調べる彼女なのですが,彼女に協力するのが,新聞記者の高林です。でも当番弁護士って,こんなに親身になって動いてくれるんでしょうか。それぞれの事件の裏に隠された真相は,どれも見事です。意表を付いた展開です。だからこそ,この二人をもう少し魅力的に描いて欲しかったと思います。
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「肉食屋敷」 小林 泰三 2002.02.13 (1998.11.30 角川書店) |
☆☆☆ |
@ 「肉食屋敷」 ... 山の上に古いトラックが放置されている,と言う苦情が村役場に持ち込まれ,担当者が現場を見に行った。 「あとがき」によりますと,発表した雑誌の関係で,前の3作は決められたテーマに則って書かれたそうです。それは,「怪獣」,「アンデッド(ゾンビ)」,「口説く」で,最後の作品は特に決められたテーマはないとの事です。それぞれ独特なテイストを持った作品になっています。まあ私の好みからは,異常な精神世界を描いた後半の2作が印象的でした。「妻への三通の手紙」では,最初に提示された構図が一気に引っくり返る驚き,「獣の記憶」では,二重人格と言う設定を逆手に取った意外な結末がいいですね。最初の2作は,ドロドロした記述や粘着質な文章ばかりが目立って,あまりホラー好きでない私には,ちょっと辛い部分がありました。表題作の「肉食屋敷」では身体が入替る部分がピンとこなかったですし,一番気持ちの悪い「ジャンク」に至っては食事中に読んでしまったのが,ウンザリした原因かも知れません。
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「孤独の歌声」 天童 荒太 2002.02.14 (1994.01.15 新潮社) |
☆☆☆☆ |
都会で独り暮しをする女性が行方不明になり,1ヶ月以上経ってから無残な遺体で発見されると言う事件が続けて起こった。犯人は女性を誘拐した後,監禁した上で全身を刺して殺し,ビニールに包んで埋めていた。一方深夜のコンビニでは,ヘルメットで顔を隠した犯人による強盗事件も連続して起こっていた。そんな中,コンビニでアルバイトをしていた潤平は,この強盗の被害に遭ってしまった。強盗事件を担当したのは,風希と言う婦人警官だった。そして風希のマンションで隣に住む女性が,行方不明となってしまった。 音楽活動をしながらコンビニでアルバイトをする「おれ」である潤平。独り暮しを始めた婦人警官の「わたし」である風希。そして独り暮しの女性を狙い連続猟奇殺人事件を起こす「彼」。この3人の視点で物語りは進行していきます。この作品は第6回日本推理サスペンス大賞優秀作で,猟奇的殺人事件がメインとなっておりますが,ミステリーではありません。またサスペンスとして読んだら,不満が残ると思います。この3人の登場人物は何らかの過去を引きずっています。あの名作「永遠の仔」では幼児虐待の過去を背負った3人が,強烈な印象を与えました。ここでは,親との不仲や友人の死,身近で起こった誘拐殺人事件,そして精神障害の母親や妻との別れ。そんな過去を持った3人の葛藤の物語です。そして大きくクローズアップされるのは,犯人である「彼」の異常さです。現実に起こっている事件でもかなり異常な事件がありますが,その背景となるものは判らない事がほとんどです。ここで描かれているトラウマとか,人と人の結びつきの希薄さ,そして都会の孤独。読んでいて怖さや,作者の凄みを感じさせる作品です。
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「雨の日の来訪者」 斎藤 純 2002.02.15 (1997.08.30 集英社) |
☆☆ |
オートバイの専門誌「ツーリング.クラブ」の編集者である一路耕平は,盛岡に取材旅行に出掛けた。同行する執筆者は大林瑛介と言い,かつて一世を風靡したベストセラー作家だ。大林は作家活動を辞めているが,園田編集長の誘いで記事を書く事になった。ただこの大林氏は大変気難しく,過去幾多のトラブルを起こしていると言う。今回カメラマンとして一路が担当する事になった。 60代半ばの偏屈者の元作家と,カメラマンを兼任する若手編集者。この二人が各地をツーリングして回ります。未舗装の林道を走ったり,野宿をしたりして,私はオートバイには乗らないのですが,楽しそうですね。でもただこれだけの話ではありません。バンド時代にボーカルであり,妻でもあったアリサの自殺と言う過去を持つ一路。そして絵描きの父親を持ち,父が戦争中に書いた戦争画を回収しようとしている大林。戦争画の事は全く知らなかったのですが,軍部がプロパガンダの為に画家に書かせた絵で,現在公開される事はほとんど無いそうです。うーん,難しい話ですね。また,道路行政,オートバイメーカー,自然破壊等に対する批判的な意見も,なかなか興味深かったです。
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「失跡」 小杉 健治 2002.02.18 (1997.11.11 講談社) |
☆☆☆☆ |
医薬品関連の出版会社を経営する倉沢の一人娘,亜子が誘拐された。犯人からの要求は身代金4億円の支払いか,またはある秘密の暴露だった。秘密とは倉沢が関係する難病研究所に係わるもので,この研究所は製薬会社から多額の寄付を集めており,それは南条医大の鶴田教授の個人資産になっている事,そしてそこから厚生省薬剤局の田尾局長にも金が流れている事だった。この秘密を暴露する事は倉沢にとって自殺行為に等しく,何とか警察に知られる事無く事件を解決させたかった。しかし犯人は警察に誘拐の事実を告げてきてしまった。 「容疑者」に出てくる二人の刑事,矢尋と知坂が登場します。相変わらずこの二人は勝手な捜査を展開していきます。所轄署の刑事が主役の場合は,こうでなくっちゃね。さて冒頭部で倉沢の婚約者が失踪する場面が描かれます。そしてその後倉沢は鶴田教授の世話で,仕事に就き他の女性と結婚します。そんな中で起こった誘拐事件。犯人の狙いは何なのか。現在鶴田教授が絡んでいる薬害訴訟が背景にあるのだろうか。普通誘拐事件って犯人側からすると,警察には知られたくないですよね。でも倉沢達が難病研究所に係わる秘密を隠すであろう事を予想して,犯人側は警察を巻き込んできます。警察側,倉沢達,そして犯人グループと言う三つの存在。ここらへんの展開がうまいですね。思わず物語りの中に引きずり込まれて行きます。そしてエイズの時にも散々指摘された,産官学の癒着の構造によるアトピー被害の話がうまく絡んできます。そして冒頭に提示された婚約者失跡の謎がのしかかってきます。でも中盤までの盛り上がりに比べて,結末の部分がちょっと薄くなってしまった様な感じがしてしまいました。ところで水死体で発見された女の子って,一体何だったんだ。
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「遠ざかる祖国」 逢坂 剛 2002.02.20 (2001.12.08 講談社) |
☆☆☆☆ |
1941年,マドリード,ロンドン,ベルリン,そして東京。イギリスとの戦争を繰り広げるドイツは,さらにソ連へと攻め入った。そんな中,フランコ政権下のスペインは,ヒトラーの参戦要求を巧みにかわし中立を保っていた。日系ペルー人でありスペイン国籍も取得した北都昭平は,宝石商を営みながら,ヨーロッパの情報を日本に送る仕事を続けている。ドイツやイタリアとの結びつきを強める日本と,イギリス,アメリカ,ソ連等の思惑が複雑に交錯していく。世界が連合国側と枢軸国側に分かれて行く中で,北都はイギリスの女性情報部員ヴァジニア.クレイトンと恋に落ちる。そして歴史は日本の真珠湾攻撃へと突き進んで行く。 「イベリアの雷鳴」の続編です。前作のラストで川に身を投げたペネロペはどうなったのかが興味深いですね。でも物語は,その事とは関係無く淡々と進んで行きます。第二次世界大戦への道程を,ヨーロッパからの視点で捉えているのが面白いですね。日本の側からだけから見ると,大東亜共栄圏の延長上として第二次世界大戦があると思いますが,それとは全く違うヨーロッパ諸国なりの理屈が窺い知れます。各国の状況や,ヒトラー,チャーチル,スターリン,ルーズベルト,そしてフランコ等の思惑が,丁寧に描写されていきます。でもここ等辺の史実に基づいた背景部分が厚くなりすぎていて,時代に翻弄される人間のドラマが薄くなってしまっている様に思えてなりません。この感想は前作同様です。逢坂さんのスペイン物って言うと,「燃える地の果てに」や「カディスの赤い星」がまず浮かびます。これらの作品が持つ,物語としての圧倒的なパワーが感じられないのが,ちょっと残念です。スパイ小説としては少々迫力不足,恋愛小説にしては少々中途半端,やはり歴史(スペイン現代史)小説として読むのがいいんでしょうか。それにしてもこの話,まだまだ続きそうな感じです。
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「真実の絆」 北川 歩実 2002.02.22 (2001.10.10 幻冬舎) |
☆☆☆ |
@ 「親子鑑定」 ... 育ての親の家から追い出された私の元に,知的障害者である生みの母親の姉だと言う女性が現れた。 ある資産家の遺産を巡って,その資産家の子供を捜す弁護士と,何とか遺産を手に入れ様とする人達を描いた,連作短編集でもあり,また長編とも捉えられる作品です。俊樹にとっての本当の親とは誰なのか。遺伝子上の母親,戸籍上の母親,実際に俊樹を生んだ母親,子供時代の俊樹を育ててくれた母親,そして彼の母親になろうとした女達が出てきます。知的障害者の卵子,冷凍保存された資産家の精子,人工授精,代理母,DNA鑑定など様々な要素が駆使されます。そして資産家の子供ばかりではなく,何と孫まで登場させてしまいます。しかし一つのテーマに基づいて,良くこれだけ書けますよね。「もう一人の私」もそうですが,まずこの点に感心させられてしまいます。それにしても他人の遺産を何とか自分の物にしようとしている訳ですから,欲望にかられた人間の醜さが鼻につきます。ミステリー作品における人間描写うんぬんの問題は別にして,その点に関しては,人間を細かく描いていない分サラッと読めます。でも登場人物相互の関係が複雑で,読み辛かったです。
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「空白の研究」 逢坂 剛 2002.02.23 (1984.06.25 双葉社) |
☆☆☆ |
@ 「真実の証明」 ... 病院の経営者が自室で殺害された。彼を脅迫していた男が有力な容疑者として逮捕された。 殺人事件の報告書,様々な人の供述調書,死体鑑定書,逮捕状請求書,そして裁判の公判調書。いきなりこんな書類の羅列に始まる「真実の証明」。かなり取っ付き難いかなと思ったのですが,なかなか見事に騙してくれて,お勧め。その後は叙述っぽい作品もありますが,精神の異常を扱っています。最近でこそ書きませんが,逢坂さんは初期の頃結構この様な作品を書いているんですよね。「さまよえる脳髄」何かがその代表でしょうか。
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「サンタのおばさん」 東野 圭吾 2002.02.24 (2001.11.15 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
クリスマスまであと二十日,1年に1回開かれるサンタクロースの会議。その日,各国のサンタクロースが,フィンランドの小さな村に集まった。今日の議題は,引退するアメリカ.サンタの後任者を決める事だった。アメリカ.サンタが自分の後任者に推薦したのは,何とジェシカと言う小太りの女性だった。サンタクロースは男性と決まっている。女性のサンタクロースを認めるか否かで,会議は紛糾した。 東野圭吾さんは多彩な作品を書く事で知られています。加賀刑事が登場する本格的な推理作品,ユーモア溢れる作品,重く深いテーマを扱った作品。しかしこの作品には驚かされました。何と絵本なんです。各国のサンタの描写が面白いですよ。クリスマスが夏なので,アロハシャツを着てサーフボードでプレゼントを配るオセアニア.サンタ。赤い服は目立ってライオンに襲われるので,緑色の衣装を着るアフリカ.サンタ。そして今度は女性のサンタの登場です。「姿形など大した問題ではない,ということですよ。」この一言に集約されるんでしょうか。ちょっとホロッとさせられる話です。でも最後の部分は余計な気がしました。絵を描いているのは杉田比呂美さんと言う人なのですが,巻末に載っている12人のサンタの絵がいいですね。 |
「流星ワゴン」 重松 清 2002.02.25 (2002.02.08 講談社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
一家三人が死傷した交通事故の記事が,新聞に載っていた。運転免許を取って,家族揃って初めてのドライブでの事故だったと言う。母親はかろうじて助かったが,父親と長男が亡くなった。車は赤ワイン色のワゴン車,オデッセイだったと言う。そして5年後,癌で余命いくばくも無い父親を見舞った帰り道,最終電車が出た後の駅前で,僕は「死んでしまいたい」とつぶやいた。家に帰れば,長男の家庭内暴力,浮気を重ね離婚を迫る妻,そして会社ではリストラ寸前の身。そんな僕の前に,1台の車が停まっていた。それは赤ワイン色の,古い型のオデッセイだった。 『分かれ道は,たくさんあるんです。でも,そのときにはなにも気づかない。みんな,そうですよね。気づかないまま,結果だけが,不意に目の前に突きつけられるんです。』。私も40年以上生きていますから,後悔する事は一杯あります。「あの時ああしていたら,こうすれば,あんな事しなければ...」。そして思うのは「もう一度,あの時からやり直しができたなら」。だけどそんな事できるはずないですよね。まあ私は幸いな事に,今のところ死にたくなる様な悲惨な状況にはありません。それでも昔の事を思ったりする時,そんな事を考えてしまったりします。この作品の主人公は,ワゴン車に乗って,不思議な旅に出ます。それは家庭が壊れ始める頃の自分への旅です。それでも浮気を始める妻を責める事ができません。挫折する事が判っている長男に受験を止めさせる事ができません。そして死に貧している父親の若い頃との出会いがあります。直木賞受賞後の初めての長編は,氏の作品としては一風変わった作品となっています。主人公の妻や長男には嫌な感じがしましたが,健太君やチュウさんがいいですね。彼等との別れの場面は,結構グッときました。
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「ぼくのミステリな日常」 若竹 七海 2002.02.26 (1996.12.27 東京創元社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
@ 「桜嫌い」 ... 見事な桜の木が植えられているアパートで起こったぼや騒ぎ。第一発見者は桜の木が嫌いだった。 真田建設コンサルタントと言う会社に勤めるOLの若竹七海は,社内報「ルネッサンス」の編集長を任された。大学時代の先輩に,ミステリー短編の原稿を頼むのだが断られてしまう。しかし先輩の友人を紹介されて,その友人が匿名で連作短編の原稿を書く事になった。冒頭「配達された三通の手紙」で,この間のやり取りが紹介されます。そして匿名作家による連作短編がスタートします。内容はその匿名作家が体験した事に対して,独自の解釈をつけて書いているとの事です。タイトルを見て判る通り,いわゆる日常の謎ですね。オカルト.タッチの作品を含むバラエティに富んだ短編集です。さてこの作品は単純な連作短編では無いと言う事だけは,事前に知っておりました。植物や食物に関する話だなあ,社内報が出される季節に合わせて書いているなあ,匿名の作家って一体誰なんだろう,等と思いながら読んでいたのですが...。はっきり言って12編の短編自体はあまり面白くなかったです。でも全体の構成そのものにかけられたトリックが明かされる「ちょっと長めの編集後記」と,さらに最後の「配達された最後の手紙」を読んで驚きました。このトリック,見事です。
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「曳かれ者」 小杉 健治 2002.02.28 (1997.02.28 角川書店) |
☆☆ |
梅若忌が行われている木母寺に向って歩く矢尋の耳に,パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。近くの隅田川神社で殺人事件があったらしい。被害者は大学の教授だとの事だった。そして数日後,矢尋が勤務する下谷中央署管内でも殺人事件が発生する。今度の被害者は入院中の知り合いを見舞いにきた,千葉県でスナックを営む男性だった。被害者の足取りを追ううちに,先日の事件の日に木母寺で見掛けた,一人の女性の存在が浮かんできた。 所轄署勤務の刑事,矢尋と知坂のコンビを主人公とするシリーズ2作目です。1作目は「容疑者」で,先に3作目の「失跡」を読んでしまいましたが,ストーリーの連続性は特にありません。でも今回の作品では,二人の主人にスポットライトが当たります。知坂の方は,元組長の愛人だった女性との関係,そして矢尋の方は矢尋自信の出生の秘密がクローズアップされます。何か事件の謎と,主人公の謎が一体となってしまうのはどうでしょうか。事件自体は,30年前に起こった殺人放火事件がキーになっているのですが,プロローグで紹介される長一の話が,ちょっと判り辛い。このシリーズって,いじめや薬害と言った何らかの社会的問題が盛り込まれておりますが,今回は冤罪事件です。でもこの部分も,中途半端ですね。 |