読書の記録(2003年 2月)

「ともだち」 樋口 有介  2003.02.01 (1999.04.15 中央公論社)

☆☆☆

 神子上さやかは,ただの女子高生ではなかった。警察官だった父親は殉職し,祖父と二人暮し。その祖父の忠世無風斎は,神子上一刀流の3代目で,さやかも天才剣士だった。入学早々剣道部のコーチを倒したさやかは,現在は美術部員。そんな彼女が通う私立校の星朋学園の生徒が帰宅途中に暴漢に襲われる事件が相次いだ。そして遂に殺人事件にまで発展してしまった。

 どこかひねくれた天才画家の間宮祐一,やたらと騒がしい財閥令嬢の玉尾水涼,そしてクールな天才剣士の神子上さやか。この3人がいいですね。ちょっと祖父の無風斎がぶっ飛び過ぎていますけれど,刑事の小山内もなかなかいいし,登場人物の魅力って大切だなあと改めて思います。事件の結末については,ちょっと唐突な感じがしないでもありませんが,最後のさやかの言葉は印象的ですね。是非シリーズ化して欲しいキャラクター達です。

 

「ぼくと,ぼくらの夏」 樋口 有介  2003.02.03 (1988.07.15 文藝春秋社) お勧め

☆☆☆☆☆

 高校2年の夏休み,戸川春は刑事をしている父親から,同級生の岩沢訓子が自殺した事を知らされた。父親と離婚した母親に会うために新宿に出掛けた春は,同級生の酒井麻子と偶然会った。二人は訓子の家を訪れたが,彼女の両親も担任の先生も,彼女の自殺の原因は判らないと言う。刑事の息子の春と,ヤクザの娘の麻子の二人は,彼女の自殺の原因を調べ始める。

 本を読んでいて,実際の社会の醜さを見せ付けられて,嫌な気分になる事はよくあります。でも本作の様な青春小説って,ほのぼのとしていて心地よいですね。とは言ってもミステリー作品なんで人も死ぬし,嫌な話もあるんですが,暗さを感じさせないのは,登場人物の魅力でしょうか。春はちょっとクール過ぎて嫌な奴って感じがしないでもないんですが,麻子が本当にいいですよねえ。まあ春も刑事の父親との二人暮しで,主夫している高校生ってのは面白いですけどね。また春と麻子,そして父親の戸川刑事や村岡先生との会話何かも軽妙です。謎解きと言う面よりも,二人の仲がどうなるのかの方が気になります。最後の場面で麻子さんが全然登場しないのがちょっと不満。何か自分の高校時代を思い出してしまいました。自分が高校2年生の時の夏休みなんて,何をしていたのかほとんど覚えていません。山のクラブに入っていたんですが,夏合宿で北アルプス(燕岳〜槍ヶ岳〜穂高岳)に1週間行っていたのは覚えています。あとイギリスのロックグループ,キング.クリムゾンの「太陽と戦慄」を夢中になって聴いていましたね。でも少なくとも殺人事件の探偵役はしておりませんし,麻子さんのような彼女もいませんでした。

 

「犯人のいない犯罪」 小杉 健治  2003.02.04 (1993.10.25 光文社)

☆☆☆

@ 「質草.象牙の撥」 ... 母親の形見だと持ち込まれた象牙の撥は,盗品と思われたため取り扱いを断った。
A 「怪異な質草」 ... この蒲団で寝ると何故かうなされる。何でも若い女性の霊が憑いているらしい。
B 「蘇る古仏像」 ... 近くにあるお屋敷に住む姉妹の妹が訪れた。藤一郎が中学生の頃憧れていた女性だった。
C 「密室の質草」 ... ラブホテルからの女性からの依頼。お金が無いのでホテルまで来て欲しいと言うのだが。
D 「人情質草の打算」 ... べっ甲細工の職人が,自分の腕を質草にすると言ってきた。そんな話は聞いた事が無かった。
E 「質札のお守り」 ... 30万円のお金を質草にしたいと言う男。近所で最近続いている放火事件の謎。
F 「質屋廃業」 ... 新品のテレビとビデオデッキを持ち込んできた男。放火犯を捕まえないと質屋は廃業の危機に。

 物語の舞台は東京台東区浅草にある質屋の「天野質店」で,3代目の天野藤吉が主人で息子の藤一郎が見習いをしています。この質屋に持ち込まれる様々な品物が事件の鍵になるのですが,探偵役は質屋の歴史を調べている大学講師の岩崎映子。謎めいた質草から,彼女がさりげなく謎を解いていくと言う展開です。副題に「質草人情物語」とつけられており,浅草と言う場所柄,下町の風情がそこかしこに描かれています。私は質屋と言うものを利用した事はないのですが,いろいろと奥の深い世界なんでしょうね。店主は様々な品物を鑑定するプロでしょうし,そこを何とか乗り越えようとする客とのやり取りは面白いです。

 

「11月そして12月」 樋口 有介  2003.02.05 (1995.04.20 新潮社)

 高校も大学も中退し,カメラマンを目指してフリーターをしている晴川柿郎は,ある日公園で山口明夜と言う女性と出会う。彼女の事が気になってしょうがない柿郎だったが,彼の周りで事件が続発する。父の浮気を告発する母への手紙,姉の不倫と自殺未遂,さらに「明夜には係わるな」と言う男の出現。

 何かどいつもこいつも何を考えているんだろう。妻子ある男性と不倫を続ける姉,会社の若い女性と浮気している父親,カルチャースクールに夢中になっている母。父親の愛人にしても,姉の不倫相手にしても,皆身勝手な奴ばっかりで,ちょっとウンザリさせられます。主人公の柿郎だって22歳にもなって,真剣にカメラマンになろうとするでもなく,ブラブラ生活しているだけだし。一人一人それぞれの理屈はあるんでしょうけれど,それぞれの甘ったれの部分ばかりが目立ちます。作者がこの作品で描きたかったものは何だったんでしょう。私には判りませんでした。

 

「緋の風」 祐未 みらの  2003.02.06 (1993.11.25 文藝春秋社)

☆☆

 シンガポールで便利屋を営むドロシー.タンは,中国人と日本人の両親を持ち,アメリカ育ちのシンガポーリアン。ある日,学生時代に別れ別れになっていた親友のマリアが訪ねてきた。彼女はスペイン系財閥の時期最高責任者ルイスの妻となっていた。ルイスの家に向かった二人は,バスの中で手首を切って死んでいるルイスを発見してしまう。そしてドロシーはこの不思議な事件に巻き込まれて行く。

 第11回サントリーミステリー大賞読者賞の受賞作である本作は,シンガポールを舞台に颯爽と生きる女性が主人公。海外を舞台にした作品って,どうも読み辛いんですよね。でもこの読み辛さは,それだけが原因ではないな。筆者はアメリカ,香港,シンガポールで生活した事があるそうなので,そこでの経験を活かして書いているんでしょう。でもそれにしては街の描写が通り一辺な感じです。住んだ事の無い人がガイドブック片手に書いてるんじゃないですから,もっと街の匂いと言うか,こっち特有の暑さを感じさせて欲しいですね。シンガポールって一度行ってみたい国なんですが,やたらと清潔過ぎる感じがして,ちょっと引けてしまいます。

 

「林檎の木の道」 樋口 有介  2003.02.10 (1996.04.07 中央公論社)

☆☆☆

 退屈な夏休みを過ごす高校2年生の広田悦至は,同級生の宮沢由実果が自殺した事を知った。彼女は半年前まで悦至が付き合っていた女性で,自殺した夕方に久し振りに電話を貰ったばかりだった。渋谷から電話を掛けてきて,これから出て来ないかとの誘いを断ったのだが,彼女が亡くなったのは千葉県の御宿だった。気まぐれで奔放だった由実果だったが,自殺するような女性には思えなかった。由実果のお通夜に出掛けた悦至は,そこで幼稚園時代一緒だった友崎涼子と出会った。

 デビュー作の「ぼくと,ぼくらの夏」も,夏休みに親友の自殺を知った高校生の話でした。まあそちらは刑事の息子とヤクザの組長の娘の取り合わせが面白かったんですが,本作はちょっと印象が薄いでしょうか。バナナの研究者の母親じゃあなあ。それでも甘酸っぱい雰囲気に溢れていて,こう言う作品って好きです。それにしても高校生の女の子の描き方がいいですね。デビュー作の酒井麻子さんも良かったんですが,こちらの友崎涼子(スズコ)さんも活き活きとしています。幼稚園の同級生で高校は違うんですが,昔スカートをめくられた事を覚えていたりします。この怒りっぽさが可愛らしい。自殺の真相をめぐるミステリーなんですが,二人の高校生のやり取りの方に惹かれました。

 

「街の灯」 北村 薫  2003.02.12 (2003.01.30 文藝春秋社)

☆☆

@ 「虚栄の市」 ... 同じ下宿の二人が亡くなった。一人は自分が掘った穴の中で毒死,一人は川に落ちて溺れて死んだ。
A 「銀座八町」 ... 1冊の本を使った暗号遊び。兄は友人とこれを応用して新しい暗号のやり取りを始めた。
B 「街の灯」 ... 夏は軽井沢の別荘で避暑。1件の別荘で16ミリフィルムの上映会が行われた時起こった出来事。

 昭和初期の上流家庭の花村家に新しくやってきた運転手は,何と若い女性だった。花村家令嬢の“わたし”は,最近読んだ本の主人公にちなんで,彼女を密かに“ベッキーさん”と呼んだ。考えてみれば昭和の時代って長いんですよね。私が生まれたのも昭和ですし,30年以上この時代を生きています。私の知っている昭和は,高度成長期とその後の昭和です。でもここで描かれているのは昭和の始め頃。軍部の力が強まり戦争へとひた走って行った時代です。でも主人公の英子は上流階級のお嬢様なので,話は優雅に進んでいきます。それぞれにメインとなる謎と,それをとりまく様々な謎が上手く絡み合っています。でも最大の謎はベッキーさんこと別宮みつこと言う女性の存在でしょうか。剣術も射撃もこなし,運転手と護衛役を務めるベッキーさん。彼女の生い立ちが語られないのが,ちょっと拍子抜け。この二人のコンビはシリーズ化されるんでしょうか。時代も舞台もあまり馴染みがないんで,少々読むのがかったるい気がしました。

 

「探偵くるみ嬢の事件簿」 東 直己  2003.02.13 (2002.06.20 光文社)

☆☆☆

@ 「くるみ観音」 ... 暴力団の幹部が殺された。現場近くの店にいた老人が目撃したのは,意外な人物だった。
A 「くるみVS聖人様」 ... くるみ嬢の店にやってきたのは一人の老婆。彼女は自分の娘が帰ってくるのを待つと言う。
B 「くるみと猛犬」 ... 殺された資産家の家には4匹の猛犬が放し飼いにされていた。誰も家の中に入る事は不可能に思えた。
C 「破れたページ」 ... 東京からやってきたテレビの取材陣。皆から嫌われていたプロデューサーが刺し殺された。
D 「くるみと大スター」 ... 来内別市にやってきた人気歌手。公演の前に彼を殺すと言う予告が届けられていた。
E 「消えた醤油皿」 ... 4人でジンギスカンを食べているうちに全員眠ってしまった。その間に骨董品の皿が盗まれてしまった。
F 「くるみと乱暴者」 ... 公園で殺されていた学校の教師。容疑者はすぐに判ったが,その男はガルボでくるみを人質に。

 北海道の元炭鉱町の来内別市は過疎化対策として,一大風俗街として生まれ変わった。この街にやってきた岸本くるみは,ソープランド「ガルボ」で働く事になる。そして街で起こる様々な事件を天性のカンで解決していくと言うお話。まあ探偵役の職業って様々ですが,ソープ嬢って言うのは初めて読みました。場所が場所だけにエッチイ場面もありますが,キャラクターの良さが目立ちます。くるみは勿論の事,若老の刑事コンビ,店の支配人等など。それと少しクサイですけれど,人情話の面が強く出されています。その分,推理の面は物足りないんですが,あまり気になりません。

 

「深追い」 横山 秀夫  2003.02.14 (2002.12.15 実業之日本社) お勧め

☆☆☆☆☆

@ 「深追い」 ... 交通事故で亡くなった男の妻は子供の頃の同級生だった。男のポケベルを拾った警察官は彼女の家を訪ねた。
A 「又聞き」 ... 子供の頃海で溺れかけた自分を助けようとして亡くなった大学生。助かった子供は警察官になった。
B 「引き継ぎ」 ... 「還暦ニツキ引退イタシマス」。自分と同じ盗犯担当の父親も追っていた泥棒からのメッセージだった。
C 「訳あり」 ... キャリア組の課長に悪い噂が。女のマンションに入り浸っている課長の秘密を極秘に探る。
D 「締め出し」 ... パチンコの両替所で殺人事件。目撃していたと思われるぼけ老人は謎の言葉をつぶやいた。
E 「仕返し」 ... 病死したホームレスは,よく酔っ払って署にやってきた男だった。当日の彼の行動が気になった。
F 「人ごと」 ... 交番前に落ちていた小銭入れには,わずかな小銭とともに花屋の会員証が入っていた。

 地方都市の三ツ鐘署を舞台に,管内で起こる事件が描かれて行きます。交通課,鑑識係,盗犯係,警務課,少年係,次長,遺失物係,と言った様々な部署が取上げられていて,多彩です。警察署内の人間関係や,警察官の葛藤,階級社会の問題など,色々な面に焦点が当てられ,うまさが光ります。表題作の「深追い」が特にお勧め。亡くなった夫にメッセージを送り続ける妻,そんな彼女に想いを寄せる警察官,と言った構図が意外な結末を呼びます。子供の頃の事故を背負い続ける警察官を描いた「又聞き」も印象的です。でも,どの話も「これこそ短編の面白さ」と言った充実感に溢れています。「半落ち」で昨年の「このミス」で1位になりましたが,警察の話を書かせたら本当に上手いですね。

 

「誰もわたしを愛さない」 樋口 有介  2003.02.17 (1997.05.25 講談社)

☆☆☆☆

 元刑事のルポライター柚木草平の新しい担当になった編集者は,今年大学を卒業したばかりの小高直海と言う女性だった。今回の仕事は,渋谷のラブホテルで殺された女子高生のルポだ。警察では行きずりの犯行と見ていたが,事件の捜査を進めるに伴って,柚木には計画的な犯行に思われた。

 いわゆるハードボイルド小説なんでしょうが,どうもズッコケル場面も目立ちます。被害者が女子高生なんで,やたらと軽い登場人物が出てきたり,そもそも小学生の娘との会話なんかが挟まるからでしょうか。この作者,やたらと女子高生が出てくる話が多い気がするのですが,あまり良くは書かれていないですよね。女子高生なんてこんなもんなんでしょうか。別に女子高生に幻想を抱いている訳ではないのですが,自分の娘(中学2年生)の事を考えるとちょっと心配です。さてストーリーの方は順調に真相が判り過ぎる感が無きにしもあらずですが,ちゃんとどんでん返しもあって楽しめます。でもストーリーそのものよりも,直海をはじめとする登場人物とのやり取りがいいですね。

 

「特許裁判」 小杉 健治  2003.02.18 (1994.01.25 実業之日本社)

☆☆☆

 企業の花形セクションになった特許部の課長を務める木藤浩喜。彼の会社の有力商品である医療機器が特許権侵害で,米国の企業から訴えられた。万全の構えで開発された商品だったはずなのだが,木藤には一つ気になる事があった。それは13年前,ある人妻とデート中に会社の重要書類の入った鞄を盗まれた事だった。

 特許権侵害の訴訟,そして鍵を握ると思われる女性の殺人事件。その両方の渦中に突然放り込まれた主人公,と言う展開は緊迫感があります。会社の重要書類を盗まれた上に訴訟を起こされる。そしてさらには殺人事件の容疑者になってしまう訳ですから,全てを失ってしまう危機に追い込まれてしまいます。そんな中で何とか真相を突き止め様とするのですが,どうも物語が淡々とし過ぎている様な気がします。警察の動きが全く描かれていないのも不自然です。国際的な特許権や裁判に関する,あまり窺い知れない世界が紹介されるのはいいのですが,木藤を始めとする登場人物の心情が伝わってこないんですよね。一日前に読んだ樋口有介さんの作品が,ストーリー以外の部分でも読み応えがあったのと対照的でした。

 

「唇のあとに続くすべてのこと」 永井 するみ  2003.02.19 (2003.01.25 光文社)

☆☆

 11年前に退社したコンサルティング会社で先輩だった岸が亡くなった。泥酔して道路に倒れ込んだ所を車に轢かれたらしい。お通夜に訪れた海城菜津は,当時同僚だった藤倉と再会した。その後誘われて食事に出掛けた菜津は,藤倉から岸との関係を尋ねられた。確かに会社にいて独身だった頃,岸とは関係があったが,菜津は当然その事実を隠した。しかし,藤倉のもとに刑事が訪ねてきて,岸の死に不審な点があると告げたと言う。そして刑事は菜津のところにもやってきた。

 女性(のものでしょうね)の足や手が描かれた表紙,そしてこのタイトル,何か思わせ振りですね。さてこの作品を恋愛小説として読むとどうでしょうか。出て来る人達の誰にも好感を持てませんでした。不倫にはしる菜津や良平の気持ちは判らないし,藤倉は怪しげだし,美保子は嫌な奴だし,岸にいたっては単なるストーカーのオヤジだし。基本的に不倫の話って好きじゃないんで,これだけオンパレードだと嫌悪感持ってしまいます。またミステリーとしてみると,岸の死の真相が焦点なのですが,何か中途半端な感じしかしませんでした。

 

「交渉人」 五十嵐 貴久  2003.02.20 (2003.01.20 新潮社)

☆☆☆☆

 コンビニを襲った3人組の強盗は,その後病院に患者や医師等を人質にとって立て篭もった。興奮している犯人達との電話での連絡役は,警視庁特殊捜査班の石田修平と遠野麻衣子があたった。石田はFBIで犯人との交渉術を学んだ,この道のプロで,麻衣子は石田のかつての教え子だった。人質の解放の条件として,犯人が出してきた要求は,逃走資金の提供だった。

 「リカ(RIKA)」で第2回ホラーサスペンス大賞を受賞した,五十嵐貴久さんの第2作目です。とても感想を書き辛い作品ですねえ。病院に立て篭もった犯人との交渉,数人の人質を残して逃走を図る犯人との追跡劇,と言ったところは緊迫感に溢れていて引き込まれます。ただ交渉術を解説する様な部分が目立っちゃうんですが,でもまあこうしてくれないと,何が術なのか判らないからしょうがないか。さて病院内での記述に,アレッと思う場面がいくつか出てきます。この「アレッ」と言う部分をもっと強調した方が後の展開がスムーズだったんではないでしょうか。私は後半の部分がやたらと唐突に思えてしまいました。

 

「殺人者志願」 岡嶋 二人  2003.02.21 (1987.03.31 光文社)

☆☆☆

 借金で首の回らなくなった菊地隆友と鳩子の夫婦は,鳩子の親戚である会社社長の宇田川時雄に泣きついた。宇田川は借金を肩代わりする代わりに,ある女性を殺して欲しいと隆友らに持ち掛けた。殺す相手は中原美由紀と言う若い女性。美由紀の住むアパートに下見に行った隆友らは,偶然隣の部屋が空き家になった事を知り,その部屋に住む事にした。美由紀を始めとするアパートの住人に接近する隆友夫婦は,殺害方法の検討に入った。

 アパートで一人暮らしの見知らぬ女性を殺そうと思ったらどうします?。殺害方法は別として,彼女との繋がりを極力避けるのが普通の様に思えます。隣に引っ越してきて接近を図ったり,ましてやあんな密室トリック,それも警察が調べれば簡単に判ってしまう様な事を考えないでしょうね。まあ前半はコミカルに描かれているんであまり気になりませんでした。まあ山本山コンビが出て来る様な作品かとも思ったのですが,後半になってかなり印象が変わってきます。謎が謎を呼び,サスペンス溢れる展開になります。でもこの二人(途中で「結婚しよう」何て言っているので夫婦じゃないんでしょうか。)チャランポランだし,何か物語の展開に合っていない感じです。それにこの展開で,あの結末はないよなあ。それにしても岡嶋二人さんの作品はもうほとんど読んでしまいました。もう新作は出ないのが寂しいですね。

 

「乗り遅れた女」 夏樹 静子  2003.02.22 (1995.10.25 双葉社)

☆☆☆

@ 「乗り遅れた女」 ... アパート近くの路地で殺されていた男は,かつて交通事故で園児を死なせた過去があった。
A 「三分のドラマ」 ... 交通事故の被害者と加害者。その両方からそれぞれの事情を陳情された監察医。
B 「独り旅」 ... 独り旅が好きなOL。彼女は知り合いの住所を騙り,後になって連絡が行くように仕向けていた。
C 「二人の目撃者」 ... 弁護士をしている夫の浮気を継げる電話。相手はテレビの人気キャスターだった。
D 「ママさんチームのアルバイト」 ... ママさん卓球クラブの活動費とお小遣いを稼ぐ秘密のアルバイトの結末。
E 「女請負人」 ... 女性3人によるエニイと言う何でも屋。クライアントになるにはある条件が必要だった。
F 「人質は,半年後」 ... 政治家の妻が誘拐された。身代金を渡したのだが,妻が帰ってくるのは選挙が終わった後。

 全て女性が主人公になっている短編集で,最後の2作が連作風。どの話も容易に結末は想像ついてしまうのですが,登場してくる女性の心の動きが判り易くていいですね。恨み,企み,やっかみ,いろんな感情が渦巻いています。「ママさんチームのアルバイト」が特に面白かった。アルバイトと言うよりも,ほとんど犯罪なんですが,何となくありがちなのが怖いですね。最後の2作は「女性版仕事人」と言った感じで,シリーズ化したら面白いと思います。ちょっと3人の個性がはっきり出ていないんですけどね。「独り旅」「暗い循環」と言う短編集で読んだ事がありました。

 

「倒錯のオブジェ」 折原 一  2003.02.25 (2002.10.30 文藝春秋社)

☆☆

 二世帯住宅の1階に暮らす老婆の飯塚時子は,天井裏に住む天井男の視線を感じていた。それとともに2階で起こった密室殺人の謎を解こうと躍起になっている。そんな一人暮らしの老人のケアをする区役所職員の小野寺伸介に,時子は天井男の話をするが,当然小野寺は信じない。その2階に引っ越してきた白瀬直美は,失踪した自分を探す夫からの追跡に怯えていた。そして天井男は時子を殺そうと狙っていた。

 倒錯シリーズって,「倒錯の帰結」で終わったんだと思っていましたが,さらに続きがありました。1階に住む時子,2階に住む直美,そして天井男の視点が,くるくる入れ替わりながら物語りは進みます。2階で起こった密室殺人って何の事だろう,天井男は時子の妄想ではないんだろうか。様々な謎が渦巻きますが,まあ折原一さんと言えば当然○○ですから,色んな事を考えてしまいます。いつ起こった事なのか,何処で起こった事なのか,そしてそれは本当は誰なのか,それとも何かが創作なのか。だけど今までの経験から,そんな事を考える事が無意味だと言うのも判っています。物語は大きな展開も無く淡々と進むのですが,読み易くてスラスラ進んでいきます。まあこれが曲者なんですけどね。さて結末はそれなりに驚きがあって楽しめるんですが,ちょっとこう言う作品はイマイチ好きになれません。

 

「顔」 横山 秀夫  2003.02.26 (2002.10.31 徳間書店)

☆☆☆☆

@ 「魔女狩り」 ... 選挙違反の捜査の状況がある新聞社1社に流れている。誰かが記者に情報を漏らしていると思えた。
A 「決別の春」 ... 相談窓口の電話に掛けてきた女性。連続放火の犯人は自分を標的にしていると言う。
B 「疑惑のデッサン」 ... 殺人事件の目撃者の情報で後輩の婦警が描いた似顔絵は,とても良く描けていた。
C 「共犯者」 ... 銀行を舞台にした訓練中,県内の同じ銀行が強盗に襲われた。今日の訓練が何処からか知られていた。
D 「心の銃口」 ... 交番勤務の婦警が襲われて拳銃を奪われた。彼女の証言を元に犯人の似顔絵を久し振りに描くことに。

 何か最近,横山さんの新刊が良く出ますねえ。D県警所属の平野瑞穂と言う婦人警官が主人公なのですが,彼女は「影の季節」に収録されている「黒い線」に登場しています。その時には鑑識課に所属していて,彼女が描いた似顔絵によって犯人は捕まったのですが,その絵が全く似ていなかった事から問題が起こりました。さて今回の作品はその後の彼女を描いています。子供の頃から婦警に憧れていた瑞穂は,実際に婦警になってみて様々な困難や疑問に行き当たります。そんな中で健気に職務にあたる彼女の姿がいいですね。組織の中における個人と言うだけではなく,典型的な男社会である警察の中での女性の存在の難しさが良く表れています。それにしても警察ネタでよくこれだけ書けますね。警察官マニアの話が出てきますが,ひょっとして横山さんも警察マニア?。

 

「刺青(タトゥー)白書」 樋口 有介  2003.02.28 (2000.04.10 講談社)

☆☆☆

 女子大生の三浦鈴女(すずめ)は,雑誌編集長をしている父親に会いに神田の街を歩いていると,中学時代の同級生の伊藤牧歩に出会った。彼女はテレビ局への就職が決まり,得意の絶頂だった。その翌日,鈴女は牧歩が隅田川で水死体となって見つかった事をテレビで知った。10日前にも同じ同級生でCMタレントをしている小筆眞弓が,自室のマンションで殺されていた。二つの事件の関連性を疑う鈴女は,中学生時代に憧れていた左近万作と事件を調べ始める。また雑誌編集長をしている鈴女の父は,事件のルポを柚木草平に依頼した。

 同級生が謎の死を遂げて,級友の男女がその事件を探る,って言うパターンが多いですね。いつもは探偵役の女性がとても魅力的なのですが,今回の鈴女はちょっと変。近視用のメガネに野暮ったい服を着て,いつもボーっとしている女子大生です。おまけに元警視庁刑事のルポライターの柚木まで出てきます。青春小説とハードボイルドの組み合わせになっていますが,なんかどっちつかずになってしまっている印象です。この作者の文章って軽やかなんで,スイスイ読んでしまうのですが,事件の裏に隠された真相って,かなりドロドロしています。でもそういったところを感じさせないのがいいんですけど,ちょっと今回は後味の悪さが気になりました。