読書の記録(2002年10月)

「罰」 新野 剛志  2002.10.02 (2002.05.10 幻冬舎)

☆☆☆☆

 成田空港近くで海外旅行者用の駐車場を経営する会社に勤める脇坂修。彼がここで働き始めてから,すでに1年以上が経っていた。ある日脇坂は上司の大額から,アルバイトを持ちかけられた。何かと悪い噂の絶えない上司からの誘い。最初は断ったものの,ある事故からお金が必要になった脇坂は,大額の申し出を受ける事にした。そのアルバイトとは,海外逃亡する老人を1週間匿う,と言うものだった。

 主人公の脇坂は何らかの事情により,父親を殴り殺してしまい,服役を終えてここで働いている事。郷里との連絡はほとんど絶っているが,従妹の朝子だけは近くの居酒屋に勤めており,いつも会っている事。そんな事がさりげなく紹介されつつ,中条と言う老人を匿う1週間へと話は移って行きます。そして最後の晩に謎の男達に襲われた事から,脇坂は警察からも,謎の男達からも逃げる身になってしまいます。そんな中で明らかになっていく,脇坂の父と朝子の関係,そして脇坂が自らに科した罪と罰。気持ちは判りますが,脇坂の朝子に対する気持ちと行動には,ちょっとイライラさせられます。それと最初に感じた事件全体のスケールが,ドンドン小さくなってしまった感じがします。犯罪者の国外逃亡まで手助けする組織と,それに対抗する謎の男達。そんな組織同士のハザマで翻弄される主人公,と言った感じだったんですけれど。事件の根底にある出来事も,当事者の側から詳しく述べられないので,あそこまでする気持ちが伝わってきませんでした。警察の動きが全く描かれていないのも不思議です。それでも謎の提示と解決のペースがうまく配置されており,スイスイ読めるのがいいですね。最後は意外でした。

「美奈の殺人」 太田 忠司  2002.10.03 (1990.11.05 講談社)

☆☆☆☆

 17歳になった「僕」は,訪れた海岸で美奈と言う少女と出会う。彼女に誘われるままに一夜を共にした僕は,ファミリーレストランを経営していると言う彼女の家族との食事にまで付き合わされた。美奈達と別れた僕は,数日後に刑事の訪問を受けた。食事に同席していた千秋と言う少女が殺されたと言う。さらに今度は美奈が誘拐され,犯人は身代金の受け渡しに僕を指名してきた。

 「殺人三部作」とでも言うんでしょうか。1作目の「僕の殺人」では中学生,3作目の「昨日の殺人」では大学生が主人公でした。最後にこの2作目を読んだのですが,やはりと言うか本作では高校生が主人公となっています。ちなみに3人は全くの別人です。青春恋愛小説と言う一面を持つこの三部作ですが,どれも読んでいて一種の息苦しさを感じさせられます。それは様々な問題を抱えた家族と,主人公の存在意義が話の根底にあるからなのでしょうか。ここでも両親の離婚と母親の仕事関係で,一人暮らしを強いられている「僕」が主人公です。そして事件の舞台となる資産家の佐竹家はバラバラ状態。そんな中で起こる殺人や誘拐なのですが,登場人物が限定されているので,何となく事件の構図は見えてきます。でも判らないのは動機。過去に起こったいくつかの忌まわしい出来事が次第に明かされます。そして最後に犯人の動機が明らかにされるのですが,ちょっと後味が悪いですね。まあそれは3作いずれにも言える事です。でも本作に限っては主人公が事件の中心に居ない分,すっきりとした感じです。

「半落ち」 横山 秀夫  2002.10.04 (2002.09.05 講談社)

☆☆☆☆

 W県警捜査一課の一室で,強行犯指導官の志木和正警視は,連続少女暴行魔逮捕の知らせを待っていた。しかし掛かってきた電話は,教養課の梶警部が病苦の妻を扼殺して自首してきた,と言う知らせだった。取り調べに当たった志木に対して,梶は妻殺害までは認めるものの,殺した後の二日間に関しては口を堅く閉ざした。その二日間に重要な意味が隠されている事を感じた志木だったが,マスコミ発表を優先する県警上層部によって,押し切られてしまう。

 アルツハイマー病に罹り苦しむ妻から頼まれて,妻を殺してしまった梶警部。犯行の全てを認めているので,いわゆる「完落ち」の状態なのですが,何かを隠している。その彼をめぐって警察官,検事,記者,裁判官,弁護士,刑務官,この事件に関わる6人の視点で,連作短編風に展開します。頑ななまでに梶容疑者が隠そうとする事は何なのか,と言うのが中心なのですが,その裏で様々な対立が描かれて行きます。警察官の犯した犯行に対する捜査現場と警察上層部。警察とマスコミ,警察と検察などなど。そこら辺がかなりリアルに表現されているので,思わず現実に起こった事件などを思い出してしまいます。結末はなかなか感動的なのですが,ちょっと唐突な感じがしないでもありません。

「ドミノ」 恩田 陸  2002.10.07 (2001.07.25 角川書店)

☆☆☆

 インターネットの俳句仲間とのオフ会に東京に出て来た老人と,彼を待つ警察OBの俳句仲間たち。入金の締め切りに追われる,保険会社の営業マンやOLたち。別れ話がこじれている男女。次期幹事長の座を争っている,大学ミステリーサークルの部員たち。子役のオーディションを受けにきた母と娘。映画のプロモーションのために来日した,アメリカの映画監督。そして紙袋を抱えてやってきた謎の男。27人と1匹が東京駅で繰り広げる,7月のある雨の日の物語。

 東京駅は通勤で毎日通っていますが,いつも人が多いですよね。さて,そんな東京駅を舞台にした,ドタバタのコメディーです。28人の登場人物って言うのはかなり多い方だと思いますが,一人一人がキッチリと描き別けられています。ですから,巻頭に28人のイラストと簡単な紹介が載っていますが,逆に不要な気がしました。物語は,テロ組織の一人が持ち込んだ紙袋に入った爆弾が,他の人の荷物と摩り替ってしまった事が中心になっています。一つ一つのバラバラな出来事が,最後に一つの方向に収束していく形なのですが,よく計算されていると感心させられました。こういう作品は本で読むよりも,映画で見た方が面白いかも知れません。

 

「倫敦時計の謎」 太田 忠司  2002.10.08 (1992.11.30 祥伝社)

☆☆☆☆

 名古屋のセントラルパークに,ロンドンの「ビック.ベン」を模したロンドン時計が作られた。この時計を作ったのは,天才的な時計作者の弥武大人だった。そのオープニングセレモニーに霞田志郎と千鶴の兄妹が呼ばれていたが,このカラクリ時計から出てきたのは,なんと製作者の弥武の死体だった。時計の寄贈者である高野一則翁から事件の捜査を依頼された志郎だったが,新たな殺人事件が起こってしまった。

 平井堅さんが歌う「大きな古時計」がヒットしていますが,いい曲ですね。昔,「高石ともや&ザ.ナターシャ.セブン」がこの曲を唄っているのを聴いた事あります。さて「上海香炉の謎」に続く,霞田兄妹シリーズの第2作目は時計です。このシリーズは,香炉,水晶,オルゴール,人形などがモチーフになっていますが,どれもミステリーの小道具としてはうってつけですよね。ここでも,カラクリ時計,砂時計,そしてお祖父さんの古時計の様な時計が,殺人事件の重要な鍵になっています。時計作家兄弟の異様さ,殺害方法の残忍さ,そして見えない犯人の悪意が目立ちますが,太田さんの文章って読み易いので,サクサク読めてしまいます。特に千鶴の軽さも相まって,物語全体の雰囲気を軽くしている様にも感じます。そのせいか,かなり意表を突いた結末なのですが,ちょっと驚きが伝わって来ない感じがしました。ちなみに犬のダミアンは本作より登場します。

 

「双頭の悪魔」 有栖川 有栖  2002.10.10 (1992.02.15 東京創元社) お勧め

☆☆☆☆☆

 嘉敷島での事件のショックから,大学を休学し一人旅に出た有馬マリア。四国の山奥にある芸術家達が住む,木更村に居る事は判っているが,本人とは連絡が取れないと言う。マリアの父親からこんな相談を受けた,英都大学推理小説研究会(EMC)のメンバー。父親の依頼を受けてマリアを連れ戻すべく,木更村の隣にある夏森村に向かった,江神部長,アリス,織田,望月の4人。村への干渉を拒否する木更村住人の態度に業を煮やした4人は,大雨の夜間に強引に村への侵入を図る。江神部長は無事侵入に成功するが,村へ通じる唯一の橋が濁流に飲まれた為,アリスら3人は夏森村に取り残されてしまう。そして二つの村で殺人事件が起こる。

 学生アリスシリーズの3作目は,前作の「孤島パズル」に登場したマリアの父親からの依頼で幕が開きます。夏森村のアリスと木更村のマリアの視点が交互に描かれるのですが,それぞれの村で発生する殺人事件に,夏森村では織田,望月,アリスが,そして木更村では江神とマリアが挑みます。このアリスの章とマリアの章が切り替わるタイミングが絶妙。充分に盛り上がった所で,もう一つの話に移りますので緊張感に溢れています。かなり長い作品なんですが,そのためか長さを感じさせません。そして例によって「読者への挑戦」が挟まります。それも三度。はっきり言って,この「読者への挑戦」って好きじゃないんです。こんなもの無くたって作者の意図は充分伝わると思うんですけどね。私は一つも判りませんでしたが,謎解きはいずれも見事でした。さて学生アリスシリーズは3作とも読んでしまったのですが,青春小説的なみずみずしさが感じられ,作家アリスシリーズよりも良かったです。でももうこのシリーズは書かないんでしょうね。ちょっと残念です。

 

「ブルー.デビル」 司城 志朗  2002.10.11 (2002.06.25 講談社)

☆☆☆☆

 交通事故で亡くなった妻の可南子の四十九日の法要が終わった夜,ラジオ局ディレクターの牧村信人は夜中に目を覚ました。ダイニング.キッチンの電気が点いている事に気が付いた牧村は,そこで焼きそばを食べている妻の姿を見つけた。幽霊の登場に信じられない思いで翌日出勤した牧村は,幽霊の待つ家に帰る気がせず,不倫相手の加納みづきの部屋で一夜を過ごす。そんな折,一人のリスナーからの電話が掛かって来た。失踪中のかつてのアイドル歌手が,原宿で占い師をしていると言う。

 死んだ妻が幽霊となって戻ってきた。最初の方ではそんな妻との不思議な生活が描かれます。この部分がちょっとセンチメンタルに過ぎるので,何故妻が戻ってきたのかと言う謎の提示が弱い気がします。ですから最後に妻が戻ってきた理由が判る部分が,ちょっとぼやけてしまった様に思えました。ですが,加納みづきの死にまつわる謎や,小椋アンとの再会の部分など,スリリングな展開がいいですね。ブルー.デビルとは,アイドル時代の小椋アンの唄の題名ですが,「憂鬱」と言う意味だそうです。

 

「幻竜苑事件」 太田 忠司  2002.10.13 (1992.01.31 徳間書店)

☆☆

 石神探偵事務所を訪れてきたのは,小さな女の子だった。自分の両親を殺した犯人を捕まえて欲しいと言う。少女の態度に不信感を抱いた野上所長は,彼女を追い返した。数日後,高級旅館「幻竜苑」を経営する遠島寺重義が,人殺しの嫌疑を晴らして欲しいと頼みに来た。先日の少女は重義の兄夫婦の娘で,兄夫婦は10年前に焼死しており,少女は自分を犯人だと思っていると言う。

 「月光亭事件」から1ヵ月後,再び石神探偵事務所を訪れた狩野俊介。まあ少年が主人公ですから,警察をはじめ周りの皆が親切で協力的なのは判りますが,犯人まで協力的でどうするんでしょう。大した物証がある訳でもないのに,自らの犯行をペラペラ喋ってしまうのは,ちょっと笑えます,と言うかしらけます。まあ事件そのものよりも,俊介の成長の物語と言う側面が色濃く出されたシリーズなんでしょうが,それにしては子供らしさが感じられないですね。霞田志郎をそのまんま子供にしたみたいだ。

 

「銀行総務特命」 池井戸 潤  2002.10.16 (2002.08.10 講談社)

☆☆

@ 「漏洩」 ... ある名簿屋からの連絡で,銀行の顧客リストを持ち込もうとしている男の存在を知らされた。
A 「煉瓦のよう」 ... 経営破綻した融資先の会社で発覚した使途不明金。その一部が裏金として銀行に渡ったらしい。
B 「官能銀行」 ... アダルトビデオに出演した銀行員。本人を特定するため,人事部から特命の女性が参加した。
C 「灰の数だけ」 ... 銀行支店長の妻と娘が誘拐された。支店長は犯人に心当たりは無いと言うのだが。
D 「ストーカー」 ... 一般職の女子行員がストーカーの被害者に。犯人は同じ銀行の男子行員だと思われた。
E 「特命対特命」 ... 不正取引を行ったトレーダー。彼は特命から狙われたので被害額が大きくなったと言う。
F 「遅延稟議」 ... 相継いで謎の男に襲われた銀行の支社長。二人とも以前同じ支店に勤務していた事があった。
G 「ペイオフの罠」 ... 身寄りの無い年寄りに,熱心に定期預金の預け買えを薦めた若手の銀行員。

 大手都市銀行の帝都銀行に勤務する指宿修平は,総務部企画グループ特命担当だった。彼の仕事は,銀行内で発生する様々な不祥事に関わる調査だ。最近,雪印にしろ日本ハムにしろ,企業の不祥事が多いですよね。特に食品に関するものは,一般消費者にとって身近ですから,深刻な問題です。でもそれに比べると,銀行の不祥事なんて,興味の対象でこそあれ,倒産にまで発展すれば別ですが,直接我々に関わる部分少ないですよね。でも企業の不祥事に一番敏感なのは,銀行かも知れません。エリート意識の表れなんでしょうか。ここでは主人公の指宿と,途中人事部から移ってくる唐木怜の二人が,銀行内部で大活躍します。実際にはこんなに不祥事だらけでも無いんでしょうが,銀行内部の様子が窺い知れます。どの話もかなりヒネリが利いているのですが,結末がちょっと判り辛い感じです。

 

「命の遺伝子」 高嶋 哲夫  2002.10.18 (2002.08.31 徳間書店) お勧め

☆☆☆

 ドイツで遺伝子科学の研究を行っていたトオル.アキツは,ある日何者かに連れ去られた。トオルの前に現れた男はフェルドマンと名乗り,ナチ戦犯の追及をしているナチハンターだと言う。先日ドイツ国内で起こったネオナチ集会での爆破事件で,死亡したと見られる男の手首を調べたところ,指紋からナチ戦犯のゲーレンのものだと言う。ゲーレンが生きていれば112歳のはずなのに,その手首はどう見ても40歳以下のものにしか見えなかった。この謎を解き明かして欲しいと,フェルドマンはトオルに依頼した。

 近代都市のど真ん中で派手な発砲事件で何人も死のうが,アマゾンの奥地の村が全滅させられようが,政府もマスコミも押えてしまう。ナチに関連する組織,そしてナチ戦犯を追求する組織,それらがどれほどの政治力を持っているのか知りませんが,ちょっとうそ臭く感じてしまいます。でもベルリン,アマゾン,カリフォルニア,そしてバチカンと舞台をドンドン移し,両グループの攻防と,真相を追究するトオルとカーチャの活躍は迫力に満ち溢れています。「ミッドナイト イーグル」が,冬山と言う閉ざされた空間でのサスペンスであったのと好対照です。そしてトオルが抱えている個人的な事情がこの話をさらに盛り上げます。人類の進化と言うのは,個々の人が死ぬ事によって成り立つのか。それでも人類は永遠の命を手に入れるんだろうか。様々な想いが渦巻く中,ラストを迎えます。フェルドマンの目的は達成されるのか,ナチの生き残りの正体は何なのか,そしてトオルとハジメの未来はどうなるのか。最後の方を読んでいて,一体どう言う結末に持っていくのか心配になってしまいましたが,後味のいい終わり方で安心しました。久しぶりにワクワクしながら読んだ一冊です。

 

「山伏地蔵坊の放浪」 有栖川 有栖  2002.10.19 (1996.04.25 東京創元社)

☆☆

@ 「ローカル線とシンデレラ」 ... 上り最終列車に乗っていたのは地元出身の女優。そして下り電車では殺人事件が起こった。
A 「仮装パーティーの館」 ... バットマンやダース.ベイダーらの仮装したパーティーの席上,殺人事件が起こった。
B 「崖の教祖」 ... 新興宗教の本山に入ったまま帰ってこない娘。爆発が起こって教祖が殺されてしまった。
C 「毒の晩餐会」 ... 突然現れた隠し子を交えた家族での食事の席上,その隠し子はビールに入れられた毒で亡くなった。
D 「死ぬ時はひとり」 ... 拳銃で頭を撃たれた元ヤクザの組長。事件現場となった部屋から出た人間は居ないはずだった。
E 「割れたガラス窓」 ... 別荘の中で起こった殺人事件。窓のガラスのうち,1枚だけが割られていた。
F 「天馬博士の昇天」 ... 家の前の崖から落ちて死んでいた発明家。雪の上には不思議な足跡が残されていた。

 毎週土曜日にそのスナック「えいぷりる」に集まるのは,紳士服店の若旦那,禿頭の歯医者,写真館経営の夫婦,レンタルビデオ屋の青野,そしてスペシャル.ゲストの地蔵坊先生。地蔵坊が経験した数々の事件を語るのを,青野の視点で描いていく。この山伏の先生かなり怪しげで,語る内容も本当かどうか判ったモンじゃない。でもそんな事は承知の上で,彼の話に聞き入り,勝手な推理をする常連客。話は問題編と回答編に分かれていて,結局は地蔵坊の自慢話に終わってしまいます。でもこの常連客達が楽しんでいる雰囲気が伝わってくるのがいいですね。一つ判らなかったのは,世界三大珍味の話です。最後の一つが判らなくて悩む場面がありますが,三つとも出てるじゃないですか。

 

「残照」 小杉 健治  2002.10.20 (2001.12.20 光文社)

☆☆☆☆

 伊豆修善寺温泉に向かう5人の老人,田川,三輪田,今村,関根,そして三沢徳太郎。彼らは終戦直後の闇市で知り合って以来の親友だった。楽しかった旅行が終わってしばらくたち,田川が癌で無くなった。残された4人が,一人身だった田川の部屋で見つけた物は,興信所の調査記録だった。田川は日頃から戦後日本の体質を批判しており,その根本的な原因は,戦後処理にかかわった自己本位で無責任な指導者にあるとし,その中の6人に関する記録だった。そして4人は田川の意思を引き継ぐ決意をする。

 『無責任体質,誰も責任をとろうとしない。そんな社会になってしまったのは恥を忘れた人間が戦後の日本をリードしていったからだ。俺はな,日本をだめにした元凶のことを国民に知らせなければだめだと思うんだ。そうじゃなければ,日本は沈没するだけだ』。田川が語ったこの言葉はある面では真実なのかも知れません。確かに政治家,官僚,そして会社経営者と言った国をリードしていく人達の無責任ぶりを見せ付けられる事は多いです。そして街中で見る普通の人達(若い人に限らず)だって,自分や自分の極めて近い周りしか気にしていない様です。でもそれが戦後の日本を作って来た人達の責任なんでしょうか。高度成長期の終焉,学生運動の盛り上がりと挫折,冷戦構造の変革,そしてバブルの崩壊。色々な要素はあるにせよ,豊かになり過ぎた社会における,個人のあり方が不鮮明になってきているんでしょうか。戦後の日本を創った人達は一方で,豊か過ぎる日本を創りました。彼らを一括りにして一方的に断罪するのはちょっとどうでしょう。でも物語は面白いですよね。徳太郎ら老人グループ,独自に彼らを追う警察官の側からの視点は緊迫感に満ちています。そして冒頭に出てくる,虐めによる被害者と加害者が,どう関わって来るのかと言う興味も持ち続けます。しかしながら最後がちょっと中途半端になった感じも否めませんでした。うーん,いろいろ考えさせられる1作でした。

 

「海神(ネプチューン)の晩餐」 若竹 七海  2002.10.22 (1997.01.24 講談社)

☆☆☆

 タイタニック号の事故から20年後の1932年,資産家の家に生まれた本山高一郎は,アメリカのシアトルへ修行の旅に出ることになった。船出の前日,横浜で旧友の河坂と偶然に再会した本山は,一編の小説の原稿を譲り受ける。河坂が上海で手に入れたと言うこの原稿は,沈没寸前のタイタニック号から持ち出された物だという。そして氷川丸に乗り込んでシアトルに向かった本山は,いくつもの不思議な出来事に巻き込まれる。

 若竹さんの作品には同じく航海中の事件を扱った,「名探偵は密航中」があります。そちらは倫敦行きの話でしたが,こちらは沙市です。沙市と書いてシアトルと読むのは初めて知りました。どちらも金持ちのグウタラ息子の船旅の話なのですが,船の旅の面白さが随所にうかがえます。タイタニック号から持ち出されたと言う原稿の謎,その原稿を奪おうとした人物の謎,そして突然現れて消えてしまった金髪美女の死体の謎。船と言う,それだけで「吹雪の山荘」状態の中で起こる,様々な謎の出来事に取り組む本山たち。そして所々に挟まる,サラの弟のミチオの日記が面白いですよ。叙述トリックを疑ってしまいます。物語自体それほど緊迫感のある話ではないので,同じ船に乗り合わせた人たち一人一人の描写の方にひかれます。でも動機がいまいちピンと来なかったですね。まあ敢えてこの時代を舞台にしたのは何故なのかなあ,とは思っていたのですが。タイタニック号での日本人唯一の生き残りと言われる細野さんの話が出てきますが,あのはっぴいえんど(と言うよりイエロー.マジック.オーケストラの)細野晴臣さんのお祖父さんなんですよね。

 

「日曜探偵」 天藤 真  2002.10.23 (1992.05.29 出版芸術社)

☆☆

@ 「塔の家の三人の女」 ... 塔の5階にある部屋から男が墜落死した時,その建物には3人の女が居た。
A 「誰が為に鐘は鳴る」 ... いつもの仲間と将棋をしながらの留守番。そ間に大家さんの家に泥棒が入った。
B 「日曜日は殺しの日」 ... 崖から転落した車。偶然その場に居合わせたカップルが巻き添えとなってしまった。

 中篇の間に短編を挟んだ,いずれも「読者への挑戦」付き犯人当ての3作です。特に「誰が為に鐘は鳴る」は,わずか8ページしかありません。ですから容易に犯人が判ってもいいはずなのですが,やっぱり判りませんでした。まあかなり昔に創られた作品なので,違和感を感じる部分もあります。電話が無かったり,レンタカーを借りるのに保証金が必要だったりします。でもそんな古さを感じさせる半面,トリックはとても新鮮なんです。特に塔の上から転落死させるやり方なんて,ちょっと他に例はないでしょう。それにしても中篇の方に「読者への挑戦」なんて付ける必要があるんでしょうか。こんなの私じゃなくったって,当たるとは思えないのですが。ちなみに前日に読んだ「海神の晩餐」にフットレルの話が出てきますが,この作品の解説にもフットレルの話が出てきて,あまりの偶然にビックリしてしまいました。

 

「魔笛」 野沢 尚  2002.10.25 (2002.09.20 講談社)

☆☆☆

 連続爆弾テロで裁判中の,新興宗教「メシア神道」教祖の坂上輪水に死刑判決が下りたその時,渋谷の交差点で大爆発が起こった。爆弾を仕掛けたのは,メシア神道に潜入していた公安刑事の照屋礼子だった。殺傷力を増すために爆弾に入れられたベアリングに混じって,現場からは赤,青,白のビーズ玉が発見された。捜査に当たっていた鳴尾良輔は,このビーズ玉から過去に沖縄で起こった,少女の殺人事件に行き着く。

 犯人である照屋礼子が事件の顛末を語る形で物語は進行します。公安のスパイとして教祖に近づいていった自分,その自分にたどり着いた鳴尾刑事,そして鳴尾の妻であり夫殺しの罪で服役中の安住籐子。この物語における最大の謎は,礼子は何故爆弾テロを起こしたのか,またその背景になったであろう,彼女が子供の頃に起こった事件の真相だと思います。でもそれとは別に,鳴尾や籐子の過去がはさまり,彼らや公安の阿南らの動きが中心に進んでいきます。そしてそれは礼子からの要求によって10億円を運搬する,クライマックスの場面に突き進んでいきます。最後は迫力ある展開なのですが,礼子の視点のためか,何か物語の緊迫感が伝わりにくい感じがします。それと新興宗教を描くと,決まってオウム真理教を意識し過ぎた感じがするのもウンザリです。それにしても籐子が夫を殺害するに至った過程や,その彼女を妻にする気になった鳴尾の話がちょっとあっさりし過ぎです。そちらの方が面白かった気がしました。

 

「維納オルゴールの謎」 太田 忠司  2002.10.29 (1994.11.01 祥伝社)

☆☆☆

 名古屋のホテルで開かれた「維納の銘菓とモーツァルトの夕べ」に出掛けた,三条刑事と千鶴。その時ピアノを弾いていた女性が,ホテルの一室で殺されていた。彼女は部屋の鍵を持っておらず,どの様にして部屋に入ったのか,誰が殺したのか謎だった。死体には赤いバラの花が置かれ,部屋には彼女が持ち込んだオルゴールの調べが流れていた。県警本部長の依頼によって,志郎は嫌々ながら捜査に加わった。

 以前,那須高原にあるオルゴール館に行った時の事なんですが,アンティーク.オルゴールの音の良さにビックリしました。普通オルゴールって言うと小さな箱なんですが,それらはかなり大掛かりな物でした。こう言った「○○館」というのは観光地などに良くありますが,秘宝館もいいですけれど,あったら是非オルゴール館にも行って見てください。きっと音の素晴らしさに驚くと思います。さてそんなオルゴールの紹介を挟みながら,物語は淡々と進みます。なんかオルゴールや自動演奏ピアノに関する薀蓄に,やたらと力が入り過ぎている感じがします。三条と千鶴の仲もなかなか進展しないし,ダミアンの鬱陶しさも相変わらずなんですが,探偵に対する志郎の考え方が,最初の頃と変わってきている感じがします。ちなみにルービンシュタインの話が出てきますが,私もショパンの曲は彼の演奏(当然CD)で聴く事が多いですね。

 

「Wの悲劇」 夏樹 静子  2002.10.30 (1982.02.05 光文社)

☆☆☆

 和辻薬品会長の和辻与兵衛の姪である摩子の英語教師をしている一条春生は,和辻が所有する山中湖の別荘に招かれた。その晩,摩子は与兵衛を刺し殺してしまう。その場に居合わせた和辻家の面々は,スキャンダルの発覚を恐れ,外部から侵入してきた何者かによる犯行に見せ掛ける。摩子達のアリバイ作り,死亡時刻の偽装。そして翌日和辻家からの通報によって,富士五湖署の中里刑事らが別荘を訪れた。

 犯人や犯行方法を最初に明示しておいて,それがどの様に露見してしまうか,と言うスタイルを「倒叙もの」と言います。「刑事コロンボ」が有名です。犯人がどんなミスをしたのか,と言うところがポイントになる訳ですが,本作はそんなに単純ではありません。彼らの企みは簡単に警察に見抜かれてしまいます。それもそのはずで,警察が見抜ける様に仕向けた人物がいたんです。それが最後の謎になる訳です。この様な構成にしたためか,偽装がばれていく部分がちょっと緊迫感に欠けている気がしてしまいました。死亡推定時刻を狂わせてアリバイを作るトリックなんか,とてもいいんですけどね。さてこの題名は,エラリー.クイーンを意識しての事なんでしょうが,一番驚いたのは,このノベルズ版の解説を書いているのが,当のエラリー.クイーン氏(フレデリック.ダネイ)なんですね。もっとも私は「Yの悲劇」をはじめ,彼らの作品は全く読んだ事ありません。

 

「インターネットの死角」 結城 史郎  2002.10.31 (1996.05.01 WAVE出版)

 12名の社員で情報システムコンサルティング会社を経営する矢吹賢一は,ある日警察からの取調べを受けた。外車購入者のリストを仕入れて販売した事に関するものだった。この名簿は不正に外車ディーラーから持ち出されたもので,その際その会社のフロッピーを使った事が犯罪に当たると言う。しかし矢吹はそのフロッピーを直接受け取った訳ではなく,不正に持ち出された事も知らなかったので,罪を免れた。そして次にはインターネットを利用した賭博の仕組みに取り組んだ。

 実は結城五郎さんの新作かと思って図書館から借りてきました。似た様な名前で紛らわしいですね。さてこの本が出版されたのが1996年ですから,今から6年前の事です。ここに書かれている内容がかなり陳腐化しているのが驚きです。この手の話ではしょうがないんでしょうけどね。まあそれはいいのですが,何か小説を読んでいると言う気がしませんでした。あまりにも淡々とし過ぎていて,法律や金融,インターネットの説明を読まされている感じがしました。まあインターネットは何かと犯罪に利用されるケースもあるんでしょうが,それだったら電話や車だって一緒ですもんね。あまり変な規制なんかは望みません。