読書の記録(2003年 6月)

「かっぽん屋」 重松 清  2003.06.02 (2002.06.25 角川書店)

☆☆

@ 「すいか」 ... 友達に連れて行かれたすいか畑。そこで繰り広げられる二人の男女の営みを盗み見た小学生。
A 「ウサギの日々」 ... 中学に入学して入ったサッカー部。1年生は来る日も来る日もうさぎ跳びばかりさせられた。
B 「五月の聖バレンタイン」 ... 17歳の時に交通事故で亡くなった姉の13回忌。姉の元彼氏もやってくると言う。
C 「かっぽん屋」 ... 高校になって入部したサッカー部は三日で退部。そんな時,「かっぽん屋」の噂が乱れ飛んだ。
D 「失われた文字を求めて」 ... 本を読んで内容を要約する仕事についた読書好きの男。ピッタリの仕事だと思ったのだが。
E 「大里さんの本音」 ... いつもおとなしくて目立たない大里さんが,ちょっとした事故で頭を打った事から人格が変わって。
F 「桜桃忌の恋人’92」 ... 太宰治の研究をしている大学教授は,桜桃忌が近づくにつれて,日頃以上に無口になった。
G 「デンチュウさんの傘」 ... いつも自分の持ち物が他人の物と摩り替わってしまう男。今度は子供からもらった傘だった。

 単行本化されなかった短編を集めて文庫として出版された1作です。レコードの様にA面とB面に分かれた構成になっていますが,レコード何て無くなった今では,A面B面なんて言葉も死語になってしまうんでしょうか。さて「かっぽん」と言う言葉ですが,SEXを表す方言だそうで,重松さんの出身は岡山ですから,そちらの方の言葉でしょうか。ちなみに女性器の事は「めんちょ」だそうです。何となく判りますね。A面の4作の方は若い主人公の青臭さ,切なさ,恥ずかしさを感じさせる作品です。うーん,当時は全く気にもしていませんでしたが,若いって事はそれだけで恥ずかしい事いっぱいありますね。B面の方はSFぽかったりしてちょっと雑多な感じ。あまり重松さんらしさが感じられません。やはり「5月の聖バレンタイン」の様な作品が好きです。

 

「死国」 坂東 眞砂子  2003.06.04 (1993.03.23 マガジンハウス)

☆☆☆

 東京でイラストレーターをしている明神比奈子は,20年振りに故郷である四国の矢狗村を訪れた。引っ込み思案であまり友達もいなかった小学生時代だったが,一人仲の良かった日浦莎代里の事が思い出された。しかし電車の中で再会した同級生から,莎代里は高校の時,不慮の事故で亡くなった事を知らされた。そんな中,幼い頃淡い想いを抱いていた文也が離婚して,矢狗村の役場に勤めている事を知った。

 霊の存在なんて信じている訳ではないのですが,たまにその様な物があってもおかしくないなと感じる時があります。うっそうと茂る神社の杜,かび臭い古い家,道端のお地蔵さん,古くて小さな祠。子供の頃に聞かされた古くからの言い伝えが,頭の何処かに住み着いているからでしょう。日本人だったら誰でも少しは持っているであろう,そんな心の中に語りかけてくるような作品です。四国に根強く残っている「お遍路」と言う信仰は,弘法大師にゆかりの88ヶ所の寺を白装束姿で回るものだそうです。普通は右回りなんだそうですが,逆に左回りに死んだ者の年の数だけ回る「逆打ち(さかうち)」を行うと,死んだ者が生き返ると言う言い伝えがあるそうです。代々の巫女の家系を絶やさない為に,この逆打ちを行った母親の執念,死んだ後にも文也への想いを募らせる莎代里,そしてその文也への比奈子の想いを中心に話は進みます。ホラーなのですが,こう言った土地にまつわる民間伝承を基本にした話だと,ホラーなんて言う言葉は似合いませんね。怪奇小説と言えばいいんでしょうけど,表紙にある少女の姿ほどには怖さは感じませんでした。ところで私は未だに四国には行った事ないんですよね。

 

「クール.キャンデー」 若竹 七海  2003.06.04 (2000.11.10 祥伝社)

☆☆☆☆

 14歳の杉原渚にとって7月20日は最高の日のはずだった。誕生日の前日でもあり,明日からは夏休みだ。そんな渚に兄嫁が亡くなったと言う知らせが入った。ストーキングに悩み自殺を試みて入院していた兄嫁。さらにそのストーキングの犯人も亡くなった。事故とも他殺とも思える死に方だった。犯行の動機があり,はっきりとしたアリバイの無い兄に警察は疑いの目を向けた。

 何かやたらと大きな文字と,妙に広い行間で,スカスカな感じの文庫本。それに女子中学生が一人称で語るかたちなので,どうしても軽い作品と言った印象をまず持ってしまいました。つまりあんまり期待して読んでいなかったんです。ミステリーと言うよりはジュブナイル,それも手抜きだよなと言った感じで読み進めたのですが,最後にきて驚かされました。何がどうと言うのはネタバレになってしまうので書けませんが,さすがはナナミさん。14歳の少女の目から見た,家族,友人,知人,警察なんかの見方も生き生きと描かれていますし,何と言ってもわずかな時間でミステリーの醍醐味を味わえる作品なのがいいですね。

 

「メルトダウン」 高嶋 哲夫  2003.06.06 (2003.04.10 講談社)

☆☆☆☆

 カリフォルニアで新聞記者をしているケンのもとに,匿名の手紙が届けられた。中には複雑な幾何学模様の図面が入っていたが,調べてみるとそれは新型核兵器の設計図だった。指示されたホームページによって,ケンはウィリアムズと言う老いた核科学者と出会う。その頃ワシントン.ポストの記者ウォーレンは,5日前に起こった大統領補佐官カーリーの死亡事件に悩まされていた。彼が亡くなる前,ウォーレンは留守中に,カーリーと名乗る男から電話をもらっていた。

 題名をみて「スピカ」の様な原子力発電所にまつわる話かと思ったのですが全く違いました。アメリカの核開発に一生を捧げた老科学者の告白と,ホワイトハウス内のエリートの突然の死。この関係の無さそうな二つの出来事に,関わらざるを得なくなった二人のジャーナリストの話です。ホワイトハウスと言う政府中枢が関与した犯罪,そして核に関わる最高の国家機密。ジャーナリズムのあるべき姿とかに真っ向から取り組むのではなく,老科学者の想いや,亡くなった男の家族への想い,が二人の行動の原点になっているのがいい。あまり正義だとか何だとかを前面に出されちゃうと,うそ臭くなっちゃいますもん。アメリカではどうか知りませんが,日本のジャーナリズムにはそんなの絶対似合わないですもんね。ケンとウォーレン,二人が出合った後の息詰まる攻防は迫力ありますが,それまでがちょっとじれったい。でも二人の家族の活躍も面白いし,トキダやジョンと言った脇役もいい感じです。一つだけ気になったのですが,345ページに何でケンが出てくるんだろう。

 

「ガラス張りの誘拐」 歌野 晶午  2003.06.09 (1990.08.25 角川書店)

☆☆

 性格のやさしさがアダとなって刑事としての仕事に馴染めない佐原刑事。今取り組んでいる仕事は,連続女性誘拐殺人事件。危うく殺されかけた被害者からの聴取もそこそこに,今日もサウナで息をついていた。そんな時,犯人からの声明が新聞社に届けられた。今も一人の女子高生を殺害し,遺体が自宅にあると言う。しかし犯人は自殺し,殺されたと思われた女子高生は無事に帰ってきた。

 3つの事件が描かれますが,2番目,3番目,そして1番目の順番になっています。まあこの順番で書かないと成り立たない話ではあります。自殺した犯人は,新聞社に送った犯行声明は出していないと言うし,反抗声明で殺されたとされる女子高生は,誘拐の事実すら否定する。そして誘拐された佐原刑事の娘も,単なる家出で誘拐の事実は無いと言う。不思議な話ですよね。犯人以外の人物が犯行声明を出したり,脅迫電話を掛けているわけですが,当然のごとく最後に全ての謎は解けます。確かに辻褄はあっているし,全体の構図も理解できます。でも一つどうしても理解できないのは,その人物がここまでしなくてはいけない理由でした。普通そんな事しないよな。

 

「白い家の殺人」 歌野 晶午  2003.06.11 (1989.02.05 講談社)

☆☆

 冬休みを過ごす為に八ヶ岳の別荘に集まった猪狩一家と招待客達。食事も終わりリビングでゲームを楽しんでいる最中,2階で異様な物音が聞こえた。異変を感じた一同が2階へ上がると,長女の静香の部屋に鍵が掛けられていた。ノックをしても応じないので,ドアを壊して中に入ると,シャンデリアから逆さ吊りにされた静香の絞殺死体を発見した。

 ここに出てくる探偵役の信濃譲二が,とにかく鼻持ちならない探偵役の典型で,「勝手にやってろ!」と言いたくなるタイプ。これだけでこの作品嫌い。と言っちゃうと身もふたも無いんですが,どうしたって作品に入って行き辛いですね。不可思議な死体の謎や密室の謎が見事なだけに残念です。それと後味悪すぎますよね。犯行の動機が最後まで判らないんですが,ちょっと偶然が過ぎる気がするし,それだったら一人だけ殺せばいいじゃん。シリーズ作の2作目だそうですが,他の作品も読んでみたいと言う気が,あまり起きませんでした。

 

「スイス時計の謎」 有栖川 有栖  2003.06.12 (2003.05.07 講談社)

☆☆☆☆

@ 「あるYの悲劇」 ... ロックグループのギタリストが自室で殺された。死因は自分のギターで頭を殴られた事によるものだった。
A 「女彫刻家の首」 ... 女性彫刻家が自分のアトリエで殺された。遺体の頭部は切り取られ,代わりに彫刻の首が置かれていた。
B 「シャイロックの密室」 ... 弟の仇に悪徳高利貸しの男を射殺し,密室状態を作り出したのだったが。
C 「スイス時計の謎」 ... 自宅兼事務所で殺された男。高校時代の同窓会にしていくはずだった腕時計が無くなっていた。

 あれっ,「ロンドン時計の謎」って無かったっけ,と思ったら,それは太田忠司さんの「倫敦時計の謎」でしたね。そちらは霞田志郎兄妹のシリーズですが,こちらは火村.有栖川コンビのシリーズ作品です。さてこの4作の短編なんですが,とにかく判り易いのがいい。と言っても読んでいて結末が判ってしまった訳ではありません。伏線となっている部分が明確で,日頃読みながら推理をしない私でも,後の展開を想像してしまいました。まあマニアックなミステリーファンには物足りないのかも知れませんが,推理小説のお手本の様な感じがしました。探偵役が皆を集めて真相を語る場面てあまり好きじゃないんですが,表題作の「スイス時計の謎」の最後で,火村が謎を解く場面は良かったですね。

 

「被害者は誰?」 貫井 徳郎  2003.06.15 (2003.05.07 講談社)

☆☆

@ 「被害者は誰?」 ... お屋敷の庭から見つかった白骨死体。犯行を認めた屋敷の主人は,被害者が誰だか語らなかった。
A 「目撃者は誰?」 ... 同じ社員寮に住む同僚の妻との不倫。誰かに目撃されたらしく,脅迫状が郵便受けに入れられていた。
B 「探偵は誰?」 ... 山中の別荘に集まったモデル会社社長と4人のモデル。翌朝,社長が殺されていた。
C 「名探偵は誰?」 ... 交通事故で入院してしまった先輩。事故の加害者の女性は毎日の様に,お見舞いに訪れた。

 警視庁刑事の桂島と,彼の学生時代の先輩で推理作家をしている吉祥院とのコンビのお話。この吉祥院と言う男が探偵役なのですが,とにかく頭脳明晰で容姿端麗で人気作家で,まあとにかく典型的な嫌な探偵役なんですよね。そんな彼に事件の相談を持ちかける現職の刑事。何かこう言うパターン良くありますね。でもここに出てくる作品はどれもかなり変わった構成になっています。犯人が書いたと思われる手記から被害者を推理する「被害者は誰?」。脅迫してきた相手を推理する男と,社員寮で起こった不思議な出来事がシンクロする「目撃者は誰?」。吉祥院が書いた作品を読んで,探偵役を桂島が推理する「探偵は誰?」。そして何を書いてもネタバレになりそうな「名探偵は誰?」。意表を突いた展開には違いないんですが,だから面白いかと言われればちょっと疑問符。やっぱり探偵役が気に入らないのが,理由の一番でしょうか。

 

「真相」 横山 秀夫  2003.06.16 (2003.06.05 双葉社)

☆☆☆

@ 「真相」 ... 息子を殺した犯人が10年振りに捕まった。そして父親は,息子が殺された理由を初めて知った。
A 「18番ホール」 ... 県庁の職を辞め生まれ育った村の村長選挙に立候補した男。彼にはある思惑があった。
B 「不眠」 ... 自動車販売の会社からリストラに遭った男。職探しのかたわら,深夜のアルバイトをしていた。
C 「花輪の海」 ... 大学生時代のクラブ活動で死んだ友人。彼の死は今までで一番うれしい出来事だった。
D 「他人の家」 ... 過去に起こし刑に服した強盗事件が明るみに出て,住んでいたアパートを追われた男。

 横山さんが警察内部の話以外を書くのは初めてなのではないでしょうか。それでもそこここに警察は出てくるんですが,話の中心は心に闇を持った男。過去に息子を殺された男,交通事故で死なせてしまった女性を埋めた男,リストラに遭った男,友人の死に複雑な感情を抱く男,過去の犯歴を暴かれた男。まあこの様な男を描いているんで,どうしたって暗い話になってしまいますが,それにしても救いの無い話ばかりな気がします。もともと明るい話を書く人ではないんですけど,読んでいる自分までが暗い気分になってしまいます。一番救いの無いのは「18番ホール」でしょうか。「他人の家」はちょっとホッとしますが,でもこれだって相当酷い話ですよね。

 

「狗神」 坂東 眞砂子  2003.06.17 (1993.11.30 角川書店)

☆☆☆☆

 四国の山里で和紙を漉きながら暮らす坊之宮美希。高校生時代の辛い過去の記憶から,40歳になった今も独身で,恋も人生も諦めた生活を送っていた。そんな彼女の暮らす村に,一人の若い男性教師が赴任してきた。その奴田原晃に惹かれる美希は,最近昔の嫌な夢を見るようになった。そしてそれは彼女だけではなく,村人みんなが最近不吉な夢を見る様になっていた。

 四国の山奥の村でひっそりと暮らす主人公の女性と,そこの中学校に赴任してきた若い男性教師。前半はそんな四国の寒村の情景が,淡々と描かれて行きます。その中で主人公の暗い過去や,村人達が毎晩見るようになった不吉な夢の話が提示されます。そして二人が惹かれ合っていくさまとともに,狗神筋と忌み嫌われる坊之宮一族が描かれる後半は,一気に物語が動きます。うーん,最後の方ちょっと信じ難い部分があるんですが,現代ではなくてちょっと前の時代で描いた方が効果的だったような気がします。狗神筋と言われる村の伝承や,美希や晃の関係などストーリーはいいんですが,如何せんホラーとしては怖くないですね。狗神様が入っている壷の話しなんて笑ってしまいます。でも山村の描写,和紙に代表される色彩感,そして美希の心情など,細かな描写がいいので物語には引き込まれます。ところで善光寺って行った事あるんですが,あんな場所あるんでしょうか。

 

「消えた少年」 東 直己  2003.06.19 (1994.10.10 早川書房)

☆☆☆☆

 俺がいつものようにバーで飲んでいると,一人の女性が突然訪ねてきた。以前酔っ払いに絡まれていたのを助けた事がある,安西春子と言う中学校の女性教師だった。春子は自分が担任している生徒の事で助けて欲しいと言う。この時は中島翔一と言う生徒を,悪い仲間から引き離す事に簡単に成功した。しかしその後,翔一の友人が惨殺死体で見つかり,そして翔一は行方不明になってしまった。春子は俺に再度助けを求めてきた。

 札幌を舞台に活躍すると言うか,飲んでばかりの便利屋を営む俺のシリーズ第三作。シリーズ五作目の「探偵はひとりぼっち」を先に読んでしまったんで,俺と春子の関係が良く判らなかったんですが,こういう事だったんですか。行方不明になった少年,彼は何故消えたのか,殺されてしまっているのではないか,と言う謎を追うのがメインのストーリーです。いろいろと波乱があり,その中で公共事業への反対運動があったり,異常な性欲が描かれたりします。ストーリーは面白いし,主人公である俺と協力者である高田や松尾の関係もいいんですが,どうしても気になるのは,何故翔一を助けるのにそんなにシャカリキになるの?と言う点。まず世間知らずのお嬢さんの春子に魅力が感じられません。だから彼女に惹かれる俺の心情が判らないし,またヤクザである桐原の行動にも納得がいきません。でも事件の根本となった原因が,かなり意表を突いていたのがいいかな。ちょっとコケルけど。あまり関係が無いんですが,主人公の俺がバーでよく飲むギムレットと言う飲み物なんですが,私は飲んだ事ありません(たぶん)。ドライジンとライムジュースを2:1の割合で作ったカクテルで,何でも,かのレイモンド.チャンドラーが作品の中で主人公に,「ギムレットには早すぎる。」と言うセリフを言わせているそうです。まあカクテルは飲まないし,海外のハードボイルド作品も読まないんで知らなかったのですが,今度飲んでみようっと。

 

「血の鎖」 結城 五郎  2003.06.20 (2003.04.08 角川春樹事務所)

☆☆

 売れない小説家の木戸哲郎のもとに,義妹の美鈴から息子をお願いしますとの電話があった。ただならぬ気配に,妻の奈津子と夫婦の家に駆けつけたが,そこで妹夫婦の死体を見つけた。青酸カリによる服毒心中と見なされたが,哲郎には信じる事はできなかった。夫の両親とひと悶着あったが,一人残された長男の幸生は哲郎夫婦が引き取る事になった。数ヶ月経って,夫の父親から幸生を引き取りたいとの申し出があったが,彼に反感を持つ哲郎は断固拒否。そしてある日,哲郎夫婦がちょっと目を離した隙に,幸生は誘拐されてしまった。

 タイトルからDNAに係わる内容なのかなと思ったのですが,ちょっと違いました。前半の方で義妹と言う事になっている美鈴は,実は哲郎の娘だと暗示される部分があります。ここら辺から美鈴夫婦の心中の謎に迫るのかと思っていたら,幸生が誘拐されたあたりから方向が変わっていきます。美鈴が受けていた不妊治療の話をはさんで,真相に至るわけですが,ちょっと肩透かしを食った感じです。美鈴の夫である荒木真一とその両親の描き方は一体何だったんだ。警察の捜査に納得がいかない哲郎の行動も,不妊治療に関する問題点も,誘拐に至る犯人の気持ちも中途半端。結局,夏鈴,美鈴,幸生,そして哲郎の本当の親子関係が判っただけ,と言う感じしかしませんでした。それもこう言う形で判ると言うのも,読んでいて気持ちのいいものではありませんでした。

 

「大雪山 牙と顎の殺人」 本岡 類  2003.06.24 (1986.09.25 光文社)

☆☆

 一人目の妻は北海道の大雪山でヒグマに食い殺された。そして二人目の妻はオーストラリアでサメに襲われて亡くなった。妻の遺産と保険金でレストランを経営する桐原透は,マスコミから第二の三浦事件と騒がれていた。警察としても無視する訳にもいかず,桐原が住む所沢の警察が事実関係の捜査をする事になった。だが二つの事故から数年が経過しているため,捜査は難航していた。

 事件の捜査にあたるのは所沢中央署の刑事,大曽根係長と北里刑事です。北里刑事の高校時代の先輩が,円福寺と言う寺の跡取り僧侶の秀円で,彼が探偵役になっています。「武蔵野0.82t殺人事件」の続編ですね。さてヒグマとサメに殺されると言う殺し方は,変わっていますが殺人の方法としてはかなり有効なのではないでしょうか(あくまでもミステリーの中の話として)。ですからどの様にしてヒグマやサメに襲わせたのか,と言う点が興味深かったのですが。多分,人間には感じる事のできないな臭いや音を利用したのかと思いましたが,ちょっと期待はずれか。でもとぼけた感じの秀円と理恵のコンビはいいですね。

 

「風の日にララバイ」 樋口 有介  2003.06.25 (1990.10.31 徳間書店)

☆☆☆☆

 高校生になる娘の亜由子と二人暮しをしている,自称発明家の佐原旬介のもとに刑事が訪ねてきた。彼は高校時代の同級生の正木だったが,5年前に別れた妻の志保美が殺された事を聞かされた。離婚した後,宝石商として成功を収めていた志保美だったが,一人暮らしをしていたマンションの室内で刺殺体となって見つかった。何となく青山にある志保美の店を訪れた佐原は,そこで知り合った女子大生の沢村萌とともに,志保美の事件の調査を始める。

 いかにも樋口さんらしい作品ですね。殺されたのは,別れたとは言え10年過ごした元妻,そして亜由子からすれば実の母親。事件のまわりに出てくる,高校時代や大学時代の同級生達。離婚してから5年間の彼女を知り,久し振りに出会った同級生達の今の姿を見る。切なさや哀しさを感じさせつつ,佐原は事件の真相に迫っていきます。ここら辺,にわか探偵の割には順調に進み過ぎますが,まあ気にしない。そして魅力的なヒロインである女子大生の萌。ちょっと彼女の登場場面が少な過ぎるのが残念ですが,それを補っているのが亜由子とお松さんの存在でしょうか。佐原と彼女達の会話がいいですね。犯人や犯行の裏側自体は,驚く様なものではないのですが,樋口さんの作品ではそんな事は些細な事でしょう。登場する人間達の描写や活き活きとした会話にこそ,良さがあると思います。この作品もその良さが充分に出ているんですが,ちょっと登場人物を多くし過ぎたかなあ。ところで樋口さんの作品って今年になって初めて読んだのですが,この作品で全て読み終えてしまいました。早く新刊が出て欲しいですね。柚木さんのシリーズあたりが読みたいです。

 

「模倣密室」 折原 一  2003.06.26 (2003.05.25 光文社)

☆☆☆

@ 「北斗星の密室」 ... 街外れにある不動産屋の屋敷の中で,家の主がバラバラ死体となって発見された。
A 「つなわたりの密室」 ... 古いマンションの一室で見つかったのは,一人の男の死体と,切り取られた生首だった。
B 「本陣殺人計画」 ... 行方不明になっていた従兄が帰ってきた為,親が残した遺産の半分と恋人を奪われた男。
C 「交換密室」 ... 「妻さえ死んでくれたら」,そんな独り言を言った男に,交換殺人の話を持ち掛けてきた男。
D 「トロイの密室」 ... 山奥に建てられた別荘。元ダンスホールだった部屋に泊まると,必ず死ぬと言われていた。
E 「邪な館,13の密室」 ... 子供のいない資産家の老婆は,養子の候補を遠縁の3人の男女から選ぶ事にした。
F 「模倣密室」 ... 密室の中に倒れていた男女。最初に意識を取り戻した男は,女が誰か知らないと言った。

 折原さんのデビュー作は「五つの棺」ですが,文庫化に際しそれに追加して「七つの館」と言う作品があります。本作はその続編と言ったところでしょうか。どちらも埼玉県警白岡署の黒星警部を主人公として,七つの密室事件をユーモラスに扱っています。さてこの黒星警部ですが,密室殺人をはじめとする不可能犯罪のマニアで,それが原因で警察では冷遇されています。ここでも事件が起こるたびに,必要以上に不可解な事件と捉え,周囲を混乱させていきます。まあどの話も,密室を扱った過去の名作のパロディとなっているようですが,そちらを知らなくても楽しめる作品です。密室としてはかなり無理のある話だとは思いますが,犯人側のちょっとした記述を交えたりして,趣向が凝らされています。特に「交換密室」がお勧め。あの葉山虹子さんもちょこっと登場します。

 

「墓地を見おろす家」 小池 真理子  2003.06.27 (1988.07.10 角川書店)

☆☆☆

 哲平一家が買ったマンションは,都心まで20分の新築マンション。哲平の通勤にも便利で,一人娘の玉緒の幼稚園も近く,妻の美紗緒にとっては買い物にも便利な場所だった。2LDKにしては格安のマンションだったが,たった一つ問題があった。それはマンションのすぐそばが,広大な墓地に囲まれていた事だった。引越の翌日,飼っていた小鳥が死んだ。そして徐々に不思議な事が起こり始めた。

 私もマンション買った事ありますが,結構部屋からの景色って気になるものです。他にも立地条件だとか間取り,付近の環境等など気になる所は一杯あります。まあマンションを買うなんてのは,一生のうちそう何度もある事じゃないですから,いろいろと悩むでしょうね。なかなか全てに満足のいく物件に巡りあうのは難しいでしょうから,何処かで妥協しなくちゃいけないかも知れません。さてここでは新築で格安で便利なんですけど,唯一の問題点は周りにある墓地。死んでしまった小鳥,テレビに映った影,飼い犬の不思議な行動,そして地下室に流れる冷気。不思議な事が次々と起こっていく中,美紗緒や哲平の心理描写が上手いですね。気味悪かったら引っ越せばいいんでしょうけど,現実問題そんな事は簡単にできないし。怖いホラー小説に出会う事ってそんなに無いのですが,この作品はかなり怖かったですよ。昔見た映画の「ポルターガイスト」を,ちょっと思い出しました

 

「おれは非情勤」 東野 圭吾  2003.06.30 (2003.05.25 集英社)

☆☆☆

@ 「おれは非情勤」 ... 下町の学校に赴任した翌日,鍵の掛かった体育館の中で女性教師が刺し殺されていた。
A 「放火魔をさがせ」 ... 最近続けて起こっている放火事件。夜回りをする事になったのだが,その待機場所が放火された。
B 「幽霊からの電話」 ... 留守番電話に録音されていた間違い電話。でも同じ間違い電話が違う人の所にも掛かっていた。

 東野さんと言う人はいろいろなタイプの作品を書きますが,本作は何と小学校5年,6年向きの雑誌である,「学習」とか「科学」とかに連載されていたものだそうです。小学生向きですから,学校内で起こる日常の謎を鮮やかに解く非常勤講師と思いきや,起きる事件と言えば,殺人,盗難,自殺,脅迫と言った物。それもタイトルが「非常勤」では無く,「非情勤」となっている様に,ハードボイルドタッチに描かれます。まあ事件の内容といい,主人公の教育に対する考え方といい,ちょっと小学生向きとは思えないんですけど,本来の読者はちゃんと理解しているのか心配になったりもしました。文庫化にあたってかなり変えているのかも知れません。AとBは小学生を主人公にした短編なのですが,ちょっとホロっとさせる「幽霊からの電話」がお勧め。