読書の記録(2002年11月)

「境界殺人」 小杉 健治  2002.11.01 (2000.11.25 勁文社)

☆☆☆☆

 土地家屋調査士の事務所を営む西脇ゆう子の元に,牧橋と名乗る男から電話が入った。自分の持っている土地を,妻と二人の子供に分けたいと言う。見積もりのために現地に出掛けたゆう子は,牧橋家が隣の星坂家と土地の境界の問題でもめている事を知った。両家の間にたって話し合いの場を持とうとするゆう子だったが,星坂家に住む江木と言う男がしゃしゃり出てきて,思うように話が進まなかった。そんな中,牧橋は口論の末に,江木を刺し殺してしまった。

 土地と言うものは考えてみれば不思議なものですよね。同じ地面なんですが,一方で何億円もするかと思えば,ただ同然の土地もあります。お金で買えるものですが,どこか好きな所に持って行くわけにもいきません。ですからいろんな人の様々な思いが交錯する訳で,土地に関わるトラブルも多いんでしょう。ここでも土地を巡るトラブルから,殺人事件が起こってしまいます。でもその裏には様々な事情があります。世界的に見ても,隣同士の国って利害関係が複雑に絡みますから,長い歴史の中で色々な対立を生んできます。家と家も同じ様な関係でしょう。ここでは二つの家族の関係が面白いです。婚約破棄やら引き篭もりやら,いろいろと出てきます。あまり関係ないのですが,この本やたらと誤植が目立ちました。10箇所近くおかしなトコあったぞ!。

「ビッグゲーム」 岡嶋 二人  2002.11.02 (1985.12.05 講談社)

☆☆☆

 プロ野球でV4を目指す新日本アトラスは,今期に入って下位に低迷していた。監督の肝いりで作られた,情報管理室にも原因はつかめなかった。そんなある日観客席からデータを送っていた,情報管理室スタッフが,球場の照明塔から墜落死するという不可思議な出来事が起こった。そして翌日には別のスタッフが失踪し,他殺死体となって発見された。情報管理室の佐伯と涼子は,チームの不調の原因はスパイによるものであり,一連の事件はそれに絡むものと推理して調査を始めた。

 解説によりますと,日本に野球が紹介されたのが1871年(明治4年)の事で,プロ野球ができたのは,その63年後の1934年(昭和9年)だそうです。ピッチャーが投げてバッターが打つと言う基本的なルールは変わりませんが,当時の野球と今の野球ではかなり違いがありそうです。その最たるものが「データ重視」と言う事になるんでしょうか。実際ここまでやっている球団はないでしょうが,本作で描かれている,試合中にスパイからのサインを伝達している様子を探り,フォックスハンティングする場面なんか,とてもリアリティがあります。そして墜落死した沼部が撮っていた写真の謎。でもこんな事で試合の結果がそんなに左右されるものなのでしょうか。全体的にかなりテンポ良く物語は進みますが,その速度についていけない部分がありました。

「ウェディング.ドレス」 黒田 研二  2002.11.06 (2000.06.05 講談社)

☆☆

 互いに身寄りの無い祥子(サチコ)とユウは,二人だけの結婚式の日を迎えた。だが彼が交通事故に遭ったとの知らせで誘い出されたサチコは,二人組みの男に拉致されてしまう。そして約束通りに教会についたユウは,そこに居た二人の男から,サチコが3人の男に結婚の約束をしていた事を知らされる。ユウは殺されたと思い,自分を襲った男たちを捜そうとするサチコ。突然失踪してしまったサチコの真実を探るユウ。

 デビュー前から「桑名のクロケン」さんのホームページは知っていました。本当に推理作家になっちゃったんですね。氏のホームページを見る限り,この様な作品を書く人には思えませんでしたので,ちょっとビックリ。さて結婚式当日に起こった事件の後,話は不思議な展開を見せていきます。サチコの視点で語られる内容と,ユウの視点での内容がドンドンずれていきます。パラレルワールドなのか,二組のサチコとユウがいるのか,それとも語られている内容の何処かに時間的なズレがあるんでしょうか。そして冒頭に紹介される,「13番目の生贄」が不気味な影を落とします。最後の教会の場面で全てが明らかにされるのですが,本当につじつまがあっているんでしょうか。まあパズル好きな人には面白いんでしょうね。

 

「東京『失楽園(エンジェル)』の謎」 太田 忠司  2002.11.07 (1997.04.30 祥伝社)

☆☆

 ジュブナイル.フォーラムのオフ会の出席する志郎,編集者との打合せの千鶴は,二人揃って上京した。千鶴は女性編集者と訪れた装丁家の家で,殺人事件に遭遇する。殺されたのは当の装丁家と編集者で,なぜか悪魔と天使の幻影を見る。臨海副都心でのオフ会に出席した志郎は,参加メンバーの一人がトイレで殺されるという事件に遭遇する。全く別の事件だと思われていたが,英国詩人ハミルトンの「失楽園」の詩句によって結び付けられた。

 「失楽園」と言うと渡辺淳一さんの小説を思い浮かべる人は多いと思いますが,もともとはアダムとイブがエデンの園から追放になると言う,旧約聖書に書かれているお話です。さてシリーズ6作目で初めて舞台が名古屋以外となっています。ですから愛知県警の三条や磯田はほとんど出てきません。このシリーズはあっちに行ったりこっちに来たりしながら,様々な事が判って来るパターンが多いのですが,どうも名古屋だと土地鑑が無いので,読んでいてピンとこない部分ありました。やっと東京が舞台になったと思ったら,今度は結構ストレートな展開で,地理的感覚は必要無い話でした。そして主要な登場人物も極端に少ないんで,犯人の見当はおおよそついてしまいます。それにしても,この犯人の動機はちょっとなあ。まあ人それぞれですから,どんな価値観を持っていてもいいんでしょうが,何か納得できませんでした。

 

「狩野俊介の冒険」 太田 忠司  2002.11.08 (1993.07.31 徳間書店)

☆☆☆

@ 「硝子の鼠」 ... 女の子のもとに届けられた物はガラスで作られたネズミだった。彼女はそれを見てなぜか怯えてしまった。
A 「加古町の消失」 ... 昨晩降りた駅が,歩いた町が,一緒にお酒を飲んだ家が,翌日にはきれいに無くなっていた。
B 「雨天順延の殺人」 ... 間違って掛かって来た電話の声は,これから行われる殺人に関してのものだった。
C 「俊介の道草」 ... 最近学校からの帰りが遅い俊介くん。どうも何か危ない事をしているようで心配する野上だった。
D 「電脳車事件−番外編 青年探偵.狩野俊介の冒険」 ... 言葉を話す車の中で一人の男が死んでいた。

 狩野俊介シリーズの4作目にして,始めての短編集です。大人の世界で起こるドロドロとした事件に取り組む中学生探偵というのに,若干違和感を感じていましたが,「硝子の鼠」「俊介の道草」なんかいいですね。長編の場合と違って,人の醜い部分があまり極端にならず,さらっと描かれているのがいいんでしょうか。それにしても表題作の「狩野俊介の冒険」は何か変な感じ。時代は大正か昭和の初期なんでしょうか,青年になった狩野俊介が登場します。こういう設定にした意味が判りませんでした。また「雨天順延の殺人」は,運動会か草野球の大会で殺人事件が起こるもんだとばかり思っていました。

 

「猿の証言」 北川 歩実  2002.11.11 (1997.08.20 新潮社)

☆☆

 チンパンジーの言語能力を研究する井出元は,学内で起こした暴力事件を契機に,研究のために飼っていたチンパンジーを連れて大学を去った。彼の連れて行ったチンパンジーのカエデは,井出元の研究によると,人間と会話のできる天才的なチンパンジーだったと言う。大学を辞めた後,失踪してしまった井出元だったが,彼の元助手の新谷らは井出元の行方を探す。彼が隠れて住んでいた家には一匹のチンパンジーだけが残されていた。カエデではなくソラと言うチンパンジーだったが,彼にも言語教育がされていたのではないかと思い試してみると,井出元は殺されたとソラは言った。

 ユリ.ゲラーのスプーン曲げが大騒動を巻き起こしたのは1974年の事でした。私も結構興味深く見ていた記憶があります。小学生の頃,そんな騒動に巻き込まれた久里浜,新谷,江森の3人が,それぞれ医者,科学者,マスコミ関係者となって再会するところから話は始まります。チンパンジーは人間の言葉を理解できる,と主張する井出元と言う科学者。だが学界の意見の大半は彼の主張に批判的。本当にカエデは井出元と会話をしていたのか,井出元は何故失踪してしまったのか,そして人間とチンパンジーの混血種は生まれてきたのか。様々な謎が提示され,さらにいくつもの推理が展開されていきます。ここらへん北川さんの作品を読んでいて,いつも感じるのですが,やたらと論理性にこだわり過ぎなんですよね。理屈が合っていればいい,と言う事じゃないと思うんですけど。それにやたらと科学的な話が多いのも,読み辛さを増している気がします。

 

「あかんべえ」 宮部 みゆき  2002.11.15 (2002.03.29 PHP研究所)

☆☆☆

 本所相生町で賄い屋の高田屋を営む七兵衛の夢は,賄い屋ではない料理屋を開く事だった。そしてその夢をかなえたのは,弟子の太一郎夫妻だった。「ふね屋」と名付けられた新しい店の開店の日,とんでもない出来事が起こってしまった。宴席の場に現れたのは,何と抜き身の刀だった。客達に見えたのは暴れる刀だけだったが,一人娘のおりんには,その刀を振るう侍のお化けが見えた。しかもおりんが見たお化けは,一人だけではなかった。そしてこのお化けの噂は,深川一帯を駆け巡った。

 宮部さんお得意の時代物です。ミステリーあり,ホラーあり,そしてファンタジーありとバラエティーに富んでいますが,基本は人情物なんでしょう。何故ふね屋にお化けが集まるのか,そして何故彼らは成仏できないのか,そして何故おりんにだけお化けが見えるのか。玄之介,おみつ,お梅,笑い坊,そしておどろ髪の5人のお化けが個性的です。彼らを見る事ができる12歳のおりんの,素直な気持ちがとても良く表現されています。本当に宮部さんは,子供を描くのが上手いですね。やたらと純真さばかりを強調する事無く,子供だって大人と同じ様に色々な面があるんだと言う事が,お化けとの出会いを通して伝わってきます。そして30年前に起こった忌わしい出来事が浮かび上がってくると同時に,いろんな人たちの,それぞれの心の闇が描き出されます。お化けが抱いているこの世に対する未練の気持ちが,今生きている人達へのはなむけの言葉として響いてくるラストがいいですね。

 

「玄武塔事件」 太田 忠司  2002.11.16 (1994.02.28 徳間書店)

☆☆☆

 アキは親友の紫織の故郷である海辺の町を訪れた。紫織の伯父である多賀谷貴峰が住む,玄武屋敷と呼ばれる西洋館についたアキ達は,その屋敷に建てられた玄武塔と言う高い塔に驚いた。アキは紫織に気乗りのしない縁談が持ち上がっている事,貴峰の義理の妹の真知子と娘の琴絵が,多賀谷家の財産を巡って紫織に敵意を持っている事を知る。そして台風が接近する中,真知子が玄武塔のてっぺんで殺され,一緒に塔に登ったはずの紫織は行方不明となってしまった。

 狩野俊介シリーズの6作目ですが,途中まで野上も俊介も出てきません。前半はアキが親友の伯父の家で事件に巻き込まれる様子が描かれて行きます。資産家の洋館,財産を巡る諍い,10年前に殺人を犯して姿を消した貴峰の弟,そしてされに50年前に起こったと言う謎の殺人事件。そして台風によって遮断されてしまった陸路。うーん,何か教科書通りって感じがします。でもこのシリーズって,中学生の俊介を主人公にしているんで,あまりこういう展開にする必要性も無いような気がします。陸路の遮断もあまり意味があるとは思えません。まさか俊介君が船に弱いと言いたい為だけに,こんな設定にしたんではないだろうし。建物自体に大掛かりなトリックがある事も容易に想像がついてしまいます。確か,「月光亭事件」もそうだったよな。

 

「水の中のふたつの月」 乃南 アサ  2002.11.18 (1992.09.25 角川書店)

☆☆

 いつも忙しくしているのが好きな亜理子は,小学生の頃仲が良かった恵美と梨紗と久し振りに再会した。子供の頃の楽しい思い出話にひたる3人だったが,どこか恵美の様子がおかしかった。彼女が語る話には明らかに嘘と判る話が混じっているし,彼女から紹介された彼氏はどこかかつての同級生に似ていた。この再会自体が恵美の誘いだった事もあり,亜理子は恵美が何か企んでいるのではと言う疑いを持ち始めた。

 再会した3人の現在の話に混じって,小学生の頃の話がはさまります。クラスで苛められていた乾君は,神隠しにあった様に行方が判らなくなってしまった事。乾君を守ろうとしていた3人が,何らかの秘密を持っていて何か約束をしていた事。そして亜理子は突然転校してしまった事。そしてそれらは全て乾君の失踪に関係しているだろう事が判ります。一方現在の方では,その乾君に似た哲士と言う恵美の恋人にまつわる話が進みます。まず子供の頃にあった事件の真相が何なのか,と言うのが興味を引くんですが,如何せん現在における物語とのギャップが激し過ぎる気がします。とてもこの3人の女性は好きになれないですよね。忙しそうにするのが好きな亜理子,手を洗ってばかりいる梨紗,そして虚言癖の恵美。3人とも子供の頃の事件の影響でそうなったんでしょうが,彼女達の醜さが鼻に付いてしまいます。でも一人一人の心理描写はなかなか真に迫っていて迫力ありました。

 

「灰の男」 小杉 健治  2002.11.21 (2001.03.30 講談社)

☆☆☆☆

 太平洋戦争前夜,親から勘当されて落語家の道に進んだ高森信吉は,想いを寄せる和子が慰安婦としてサイパンへ行った事を悔やんでいた。新聞記者の兄を持つ伊吹耕二は,召集で入隊するが精神を病んで疎開先で静養の日々を送っていた。教師として生徒とともに疎開していた信吉の妹の道子は,伊吹と知り合い恋に落ちる。しかし卒業式の為に一旦戻った東京で,大空襲の被害に遭ってしまう。そして終戦。弁護士の皆瀬は,大きな被害を出した大空襲の実態を探るうち,奇妙な出来事に巻き込まれる。

私が生まれたのは昭和30年です。物心ついた頃には戦争の傷跡を感じる事はほとんどありませんでした。当時は東京オリンピックが開かれて,日本は高度成長の真っ只中の時代です。でも東京大空襲があって,広島,長崎に原爆が落とされて敗戦を迎えたのは,私が生まれるわずか10年前の出来事なんですね。今私達は,この平和な世界をごく当たり前の事として捉えています。そしてこの戦争を体験した人達はどんどん居なくなってしまいます。様々な国や団体の思惑にとらわれず,忘れてはいけない事は正確に伝えていかなくてはならないですね。さて,物語の前半は太平洋戦争に至る過程での二人の男にまつわる話が淡々と描かれます。勿論戦争を前にした時期の事ですから,淡々とは言ってもかなり重苦しく進みます。戦死した兄との約束を破っても,信念を曲げずに落語家の師匠から破門された信吉。自分の出生の謎に悩み,本当の父親を探しだそうとする耕二。想いを寄せる女性との出会い,そして別れ。戦争と言う異常事態が目前に迫った時代の中で,人々の様々な気持ちが重い。昭和20年3月10日未明の東京大空襲,そして終戦。ここ等へんは戦争の悲惨さが前面に押し出されます。それとともに話は一気にミステリーへ。さらに月日は流れて平成の現代に話は移り,現在における事件の陰に隠された過去の真実が明かされていきます。今までに書かれていたいくつものエピソードが,綺麗につながってくるんですが,ちょっと重苦しいですね。戦後日本の無責任体質に関しては,「残照」とダブリますが,そちらほどストレートではないですね。

 

「白い森の幽霊殺人」 本岡 類  2002.11.22 (1994.12.25 角川書店)

☆☆☆☆

 霧ヵ原高原スキー場でペンション「銀の森」を経営する里中邦彦は,常連客の女性から,ゲレンデで幽霊を見たと告げられた。確かにこのスキー場がオープンしたての頃,事故死した女性の幽霊の噂はあった。その翌日,ペンションの裏庭に作られた雪ダルマの中から,女性の死体が見つかった。それはゲレンデで目撃された幽霊だった。不思議な事に死体からは,両方の足が切断されていた。

 私はスキーにしろ何にしろペンションには泊まらないのですが,ペンション経営って大変でしょうね。この作品の中にも,その苦労が随所に出てきます。さて幽霊の出現とその死体,何故雪ダルマの中に入れられていたのか,そして何故両足が無くなっていたのか。なかなか強烈な謎が一気に提示されます。そして探偵役はペンション.オーナーの邦彦なんですが,地元署の樫尾刑事の協力を得て推理を展開していきます。この推理が事細かに描写されているので,思わず邦彦の視点で一緒に考えてしまいます。推理の過程を省略して,解答をいきなり出されるより余程いいですね。トリック自体はそんなに奇抜なものではないのですが,舞台設定がいいせいか,とても新鮮な感じがしました。

 

「流星たちの宴」 白川 道  2002.11.23 (1994.09.20 新潮社)

☆☆☆☆

 37歳の梨田雅之は,投資顧問会社「兜研」社長の見崎に見込まれて,相場の世界に入り込んだ。みるみる業績をあげる雅之だったが,会社は仕手戦に失敗し,会長の海田は警察に,そして見崎は自殺してしまう。1年間の放蕩で手にした大金を使い果たした雅之は,自ら投資顧問会社「群青」を設立し,再起を賭ける。

 白川道さんのデビュー作ですが,主人公の梨田雅之は,「病葉流れて」で描かれる大学生の後の姿です。さて私は株と言うものを全く経験した事はありません。会社での社員持株会にさえ入っておりません。ですからここに描かれている世界は,判らない事も多いのですが,この世界の凄さがヒシヒシと伝わってきます。主人公の雅之はもとより,相場師の種田,暴力団組長の加地見,弁護士の野原ら,登場人物が一癖も二癖もある人物です。そんな彼らだけだと殺伐になりすぎるんでしょうが,それを救っているのが里子と美佐緒と言う二人の女性。平凡な生活とは対極にある彼らの生き方に共感は持てませんが,流れ星さながらの人生を生きる雅之には一種の清々しさを感じました。また物語りの始まり方と終わり方が美しいですね。2段で書かれた一の章から五の章までと違って,プロローグと終の章は一段で書かれています。この部分だけを読んだとしても,この物語の持つ迫力を感じるんではないでしょうか。

 

「静かな黄昏の国」 篠田 節子  2002.11.25 (2002.10.30 角川書店)

☆☆

@ 「リトル.マーメイド」 ... 人魚に良く似たその軟体動物は観賞用だったが,食用としても注目を集めだした。
A 「陽炎」 ... 町役場に勤めるその男は篠笛がとても上手かった。フルートを学んだ自分からは考えられなかった。
B 「一番抵当権」 ... 破産して借金取りに追われる男に救いの手を差し出したのは,別れた彼の妻だった。
C 「エレジー」 ... 会社を休んでいる同僚の様子を見に行ったら,彼は社員寮で一人チェロを弾いていた。
D 「刺」 ... 牛丼屋でアルバイトをしている俳優のタマゴの男性の様子が変だった。彼の部屋には大きなサボテンがあった。
E 「子羊」 ... M24と名前の付けられた「神の子」であるその子は,一人の少年が吹いていた笛に興味を持った。
F 「ホワイトクリスマス」 ... ゲームのノベライズを書くことになった売れない小説家。試しにそのゲームをする事になった。
G 「静かな黄昏の国」 ... その老夫婦は都営住宅を引き払って,自然の森の中の終の住まいに移る決心をした。

 篠田さんのホラー短編集です。SFっぽい作品もありますが,どちらかと言うと身近に潜む怖さを感じさせる作品が目立ちます。そんな中でも楽器を題材にした作品が印象的です。篠田さんには「カノン」「ハルモニア」と言った,やはり楽器に関係したホラー長編があります。人の情念が乗り移ったような楽器。楽器を作った人なのか,かつてその楽器を弾いていた人なのか。よくよく考えてみると,楽器ってかなり独特な形をしています。それが音楽を奏でる物だと知らなければ,かなり奇異に映るでしょう。バイオリンにしろチェロにしろ,じっと見つめていると,独りでに音を奏で始めそうな怖さがあります。そんな怖さが良く出ているんですが,ちょっとどうかなあと思う作品もありました。一番面白かったのは「一番抵当権」かな。結末はすぐに想像できてしまいますが,男のいい加減さとの対比が良かったです。

 

「武蔵野0.82t殺人事件」 本岡 類  2002.11.26 (1986.05.30 光文社)

☆☆

 老舗の和菓子屋「鹿松堂」の主人が自宅の庭で死んでいた。重い物に押しつぶされた様な死体だった。庭の下にある円福寺の鐘が転がっており,どう見ても鐘が空を飛んで被害者を殺した様に思えた。そんな馬鹿なと,捜査にあたる所沢中央署の刑事らは思った。その後の捜査で,円福寺には飛び鐘伝説がある事と,被害者が新興宗教にのめり込んでおり,その教祖がこの事件を予言していた事が判った。

 まあ確かに冒頭で提示される謎は,派手で思いも寄らない事にこしたことは無いと思います。でも820kgもあるお寺の鐘が空を飛んで,人を押しつぶしたってのはねえ。ユーモア.ミステリーと言ってしまえばそれまでなんですが,そのユーモアの部分が何かわざとらしく感じてしまいます。何もひょうきんな坊主に探偵役をさせて,刑事を翻弄しているだけって感じです。でもこの謎の解決部分は意外性がありました。それにしても新興宗教が出てくる話は,ちょっとウンザリさせられます。

 

「ボランティア.スピリット」 永井 するみ  2002.11.28 (2002.08.25 光文社)

☆☆☆

@ 「冬枯れの木」 ... 日本語を教わっている外国人のもとに刑事が。彼の勤務する会社社長宅への放火の疑いが持たれていた。
A 「ボランティア.スピリット」 ... 財布の中に入れていたお金が無くなった。バックを見ていた外国人に疑いを持ったが。
B 「雨」 ... 10歳も若い外国人男性と結婚した40歳の女性。彼が通う日本語教室で,彼が書いた言葉を見てしまった。
C 「誰に恋すればいい?」 ... 日本に留学中の若い女性がアパートを借りる事に。アルバイト先の社長がとても親切らしい。
D 「きれいな手」 ... フィリピンで知り合った女性が日本にやってきた。コンビニ店主と一緒に暮らすうち,日本語教室へ。
E 「ジャスミンの花」 ... 帰国したはずの男から謎の手紙。それとともに彼女の姿を写した写真が多数同封されていた。
F 「夜に辿る道」 ... ブラジルからやってきた子供に日本語を教える事になった。でもその子はなかなか言う事を聞かなかった。
G 「そばにいて」 ... 昔付き合っていた彼との再会。それは望む事では無かったが,その男は日本語教室にまでやってきた。
H 「言葉にならない」 ... 外国人が市民センターに出入りする事を快くないと思う人達がいた。日本語教室は存続の危機に。

 市民センターで開かれている,在日外国人に対する日本語教室での出来事が,連作短編で紹介されていきます。ここで先生をしている日本人は,専業主婦たちのボランティア。生徒は当然外国人なのですが,色々と事件が起こります。まあ事件と言っても殺人とかではなく,日常の小さなものです。ボランティア活動に参加している人達,そして教わる外国人達。それぞれの思いや事情が見え隠れします。差別,偏見,偽善,悪意,嫉妬,そして暴力や恋愛。「ボランティア=善行」と言うイメージが浸透していますが,そんな奇麗事だけではなく,とても汚く嫌らしい人間の一面が綴られます。日本にも多くの外国人がやってきています。会社にも何人もおりますし,今日お昼を食べたラーメン屋さんのウェイトレスもそうみたいでした。そんな彼らや彼女らと,どう向き合っていくのかを考えさせられます。またボランティアと言うものが,日本に本当の意味で根付くのって難しいんだろうなと思ってしまいました。

 

「小さき者へ」 重松 清  2002.11.30 (2002.10.20 毎日新聞社)

☆☆☆☆

@ 「海まで」 ... 妻と二人の息子を連れての夏休みの帰郷。田舎に一人で暮らす母は,どうも次男ばかり可愛がる。
A 「フイッチのイッチ」 ... 転校してきたその女の子は,自分と同じく両親が離婚したと言う経験を持っていた。
B 「小さき者へ」 ... 不登校,家庭内暴力,閉じ篭りの14歳の息子。父は彼宛の手紙をパソコンで書き綴った。
C 「団旗はためく下に」 ... 学生時代に応援団長をしていた父を持つ私は,高校をやめたいと思っていた。
D 「青あざのトナカイ」 ... 脱サラしてはじめたピザ屋はつぶれてしまった。妻と子供を郷里に帰しての一人暮らし。
E 「三月行進曲」 ... 少年野球の監督は,チームの子供達を連れて甲子園の開会式を見に行こうと思った。

 私は現在4人家族です。47歳の私,40歳の妻M,高校2年の長男T,中学2年の長女M。結婚して二人で生活を始めた頃は,あまり家族と言った感じがしませんでしたが,子供ができてはじめて家族を意識した様な気がします。ですからもう16年も経っているんですね。その間,幸いな事に,妻が不倫に走る事もなく(?),子供が非行に走る事も無く,また私がリストラの憂き目に遭う事もありませんでした。本作に納められた短編の中では,様々な家族が出てきます。それは何らかの問題を孕んだ家族です。時には親の目で,そして子供の目で,家族が語られていきます。重松さんの作品には家族を扱った作品が多いですね。「ビタミンF」「日曜日の夕刊」などなど。それにしてもこの手の話がうまいですよね。登場人物の思いがズッシリとのしかかって来る様です。読み終えると,それほど波乱に富んでいない自分の生活が,ありがたく思えてきました。でも各作品とも,後味が悪くないのがいいですよ。