読書の記録(2004年 8月)

「まぼろし曲馬団の逆襲−新宿少年探偵団」 太田 忠司  2004.08.02 (2003.03.05 講談社)

☆☆

 前回やっつけたはずの「まぼろし曲馬団」が,ゲルマ19号を団長として,さらにパワーアップして戻ってきた。新宿の街を舞台に新たな犯行を予告してくるが,それとは別に大鴉博士も新たな宝石の奪取を宣言してきた。迎え撃つ新宿少年団の面々は新たな戦いに備える。そして安部刑事は自らの出生の秘密を探りに東北へ向かった。

 今回一番大きく変わったのは阿倍刑事でしょうか。彼がどの様な運命の元に生まれ,マッド・サイエンティストとどう係わるべき存在だったのかが明らかにされます。それと同時に少年探偵団とのつながりも見えてくるのですが,響子をはじめとするメンバーの謎も次第に明らかになってきます。今まで広がる一方だった謎でしたが,やや落ち着いた感じと言ったところでしょうか。でも新たな怪人の登場もなく,そろそろ終幕に向かって最後の仕上げか。ストーリー展開はいつもの通り馬鹿馬鹿しいと言うか,ワンパターンで進みます。でも少年たちのそれぞれの気持ちも変わっていくし,怪人たちの関係も微妙なのが今回の読みどころでしょうか。そしてジョブ.チェンジとは,ますますRPG風ですね。それにしても美香が美香の時の会話は,ちょっとイライラしました。

 

「上と外〈5〉楔が抜ける時」 恩田 陸  2004.08.03 (2001.06.25 幻冬舎)

☆☆☆

 クーデター側からは「楔が抜けるまでこの状態は続く」と言う,意味不明の発表があった。そんな中シティを脱出した賢たちは,ヘリコプターで子供たちの捜索の準備を始めた。しかし広大なジャングルの中での捜索は困難が予想された。そして成人式の儀式一日目を何とか終えた練。軟禁中の部屋から脱出し地下水路に迷い込んでしまった千華子。

 ヘリコプターで息子たちの捜索に乗り出した賢たち,過酷な儀式も二日目を向かえ王に勝負を挑む練,地下水路に迷い込み出口を求めて彷徨う千華子。三つの場面から構成されていますが,やはり緊迫感では練の場面が一番か。限られた時間内の行動,すぐ近くに居るかもしれない猛獣,そして謎に包まれたニコの思惑が,緊張感をかもし出します。でもその分,他の場面に移るとトーンが下がってしまうのが残念です。楔が抜けるとは何の事か,千華子を無事助け出すことができるのか,そしてそもそものこの家族はどうなるのか。様々な謎を残して次回作が最終回となるのですが,ここまできてちゃんとまとまるのか不安。

 

「クレタ,神々の山へ」 真保 裕一  2004.08.04 (2004.06.18 岩波書店)

☆☆

 テレビ番組の取材で,エーゲ海のクレタ島の山々にトレッキングに出掛けた真保さんの旅行記です。真保裕一さんの代表作と言うと,やはり映画にもなった「ホワイトアウト」なんでしょう。冒頭に描写される雪深い冬山の情景は,彼の登山経験の豊富さを感じさせるに十分でした。しかし実際にはほとんど登山経験が無いとの事で驚かされました。クレタ島に高い山があると言うのは知りませんでしたが,最高峰である2,456mのイーディー山と,2,453mのパクネス山に登らされます。クレタ島と言うと風光明媚な観光地や歴史的な遺跡が思い浮かびますが,そんな物には目もくれず,ひたすら人気の無い所を歩きます。とげだらけの植物や,頂上に建てられた教会など,日本の山々とはかなり雰囲気の違う山の描写が面白い。でも日本の山を舞台に小説を書くとしたら,この体験ってあまり役に立たない感じです。

 

「上と外〈6〉みんなの国」 恩田 陸  2004.08.05 (2001.08.25 幻冬舎)

☆☆☆

 突然襲い掛かった大地震と火山の噴火。地下水路で千華子を探す練とニコだったが,成人式の儀式に参加したメンバーをシティに帰すと言うニコと離れ,練は一人で地下水路を進む。しかしこの地下水路は,火山の溶岩を逃がすための物だと告げられる。一方,練と千華子を探す賢たちは,ジャングルの中に目印のために置いた風船を頼りに,ヘリコプターで捜索を続ける。

 2000年8月からほぼ2ヶ月おきに文庫で連載されたこの作品も,いよいよ最後となりました。何でこの様な出版の仕方をしたのでしょうか。子供の頃漫画に夢中になっていた頃,次週の漫画雑誌の発売日が待ち遠しかった記憶が甦りました。波乱万丈のストーリーで確かに面白いのですが,冒険小説としては,全てがうまく行き過ぎるご都合主義的な所が目立ち過ぎ。後になって1冊の単行本として出版されたそうですが,もし一気に読んだとしたら,途中が間延びした感じがするかもしれません。何か嫌な奴だったニコも実はいい奴だった,と言うのはこの手の話ではお決まり事でしょうか。千鶴子が最後まで気に入らなかったのと,日本に居る祖父の出番がほとんど無かったのが残念。

 

「メリーゴーランド」 荻原 浩  2004.08.10 (2004.06.30 新潮社)

☆☆☆

 地方都市の市役所に勤務する遠野啓一は,「アテネ村リニューアル推進室」への異動の辞令を貰った。「駒谷アテネ村」はバブル期に造られたテーマパークで,御多分にもれず入場者は少なく万年赤字状態で,このテーマパークを立て直すのが使命だった。折りしも間近に迫ったゴールデンウィークに,新たなイベントの企画を任される事になった。

 「オロロ畑でつかまえて」「なかよし小鳩組」では,弱小広告会社サラリーマンの悲哀を面白おかしく描いていました。それらは過疎に悩む村やイメージアップを狙うヤクザ,そして広告業界に対する揶揄がかなり効いていました。今回は地方公務員,市役所の職員です。主人公である啓一の奮闘を通して,地方行政の問題をかなりデフォルメして描いています。帰宅時間ばかり気にする職員,慣習にばかりとらわれた思考,保身と利権しか頭にない幹部。そんな中,民間会社で苦労した経験のある啓一は,何とか新しい企画を成功させようとします。そしておよそ公務員とは正反対の人種が集まり,役所に対する小さな反乱を起こします。地方行政に対する風刺,頑張るお父さんへの声援,そして中々報われる事のない宮仕えの苦労。それらにニヤッとさせられたり,ホロッとさせられたりします。来宮,柳井,徳永,沢村と言ったあくの強い人物の描写が,もう少しスムーズだといいのですが。それにしても市役所職員って,ここまで酷くは無いと思うんですが,本当のところどうなんでしょう。

 

「無病息災エージェント」 大沢 在昌  2004.08.11 (1990.08.25 集英社)

☆☆☆

@ 「一兆ドルの頭脳」 ... アメリカからやってきた天才コンピュータ学者は,スカンクを飼っている10歳の女の子だった。
A 「十万本をとり返せ!」 ... CIAで特殊な薬を研究していた学者は,毛が無くなる薬と毛が生える薬の開発に成功していた。
B 「散りすぎた男」 ... 成田空港まで出迎えに行った相手の男は,持っていたカバンに仕掛けられた爆弾で爆死した。
C 「もっとも危険なパースン」 ... アメリカからやってきた悪役レスラーは,過激なゲイの団体に命を狙われていると言った。
D 「十二点鐘が鳴る時」 ... アメリカでナンバーワンの占い師が,自分と自分の持っている時計を守ってくれと言う。
E 「『警官嫌い』殺人事件」 ... イギリスからやってきた推理作家は警察が嫌い。脅迫を受けている彼女の護衛を引き受けた。
F 「国籍のないスパイ」 ... 叔父のゴードンが毒殺されそうになった。犯人探しを命ぜられたクリスはイギリスへ向かった。

 世界的なガードマン会社V.G.Sの日本支社長のクリスは,日英の混血でハンサムな青年だった。クリスの叔父が会社のオーナーなのだが,彼にはガードマンの素質は全く無く,遊び好きの仕事嫌い。今までも世界各地で仕事をしてきたが失敗ばかり。もし日本でも駄目だったら,次はアラスカ送りの身の上。そんな彼が日本にやってくる各国要人のガードを引き受ける,と言うユーモア溢れるシリーズ作品です。アルバイト探偵シリーズをよりコミカルにした感じと言えばいいのだろうか。まあそれほど凝った話でもないし気軽に読めるのはいいのだが,美人秘書の慶子はちょっとやな奴。ガードする対象(パースン)がなかなか多彩。文庫の解説は清水谷宏と言う方が書いているのですが,日本を舞台にしたハードボイルド小説の難しさには納得。特に杉良太郎と篠ひろ子の喩えには笑った。

 

「悲鳴」 東 直己  2004.08.13 (2001.02.08 角川春樹事務所) お勧め

☆☆☆☆☆

 札幌で私立探偵をしている畝原のもとに持ち込まれた依頼は,よくある浮気調査のはずだった。鈴木暁美と名乗る女性は,自分の夫である鈴木琢郎の浮気現場の写真を撮影して欲しいと言う。畝原が指定された現場で待っていると,琢郎のもとに現れたのは琢郎の本当の妻の暁美だった。何と依頼に来た女は,琢郎に対するストーカーだった。そしてその後,畝原の元に何者かからの不可思議な攻撃が始まった。

 「渇き」「流れる砂」に続く探偵畝原シリーズの3作目。冤罪事件により新聞記者の職を追われ,妻にも去られた畝原は,探偵をしながら一人娘の冴香と暮らしています。本作では冴香も中学生になっているんですが,この二人の親子関係がいいですね。こう言ったシリーズ作で大切なのは,時の流れや環境の変化がきっちりと描かれている事だと改めて思います。そして畝原に協力する,探偵社社長と息子,新聞記者,タクシー運転手,刑事,そして女性文化人と言ったシリーズを通した登場人物達も,相変わらずいい味です。また今回初めて登場した高橋陽介と言う謎の男との関係が面白い。「困ったもんだ」が口癖のこの男,最初は何か訳の判らない人物だったのですが,話が進むに連れて畝原との信頼関係も高まっていきます。そして中盤に高橋が喋る言葉が印象的です。最近起こる不可思議な事件は,別に不思議でも何でも無く,連続殺人にしろストーカーにしろ,昔からある事だと言う。それをさも現代の病理の様に言う事の方がおかしい,と言う彼の意見には考えさせられます。長い作品ですが,細かい部分の描写も全く無駄が無く,一気に読み終えてしまいます。最近シリーズの最新作「熾火」も出たので,そちらも早く読みたいですね。ところで一つ驚いた事がありました。「ケラー.オオハタ」での姉川明美と畝原の会話に,サード.イヤー.バンドの話が出てきました。良くこんなマイナーなバンド知ってるな。

 

「ススキノ,ハーフボイルド」 東 直己  2004.08.17 (2003.07.25 双葉社)

☆☆

 札幌で暮らす松井省吾は高校3年生の受験生で,北海道大学を目指している。でも学校の友達と遊ぶよりはススキノが好きで,夜のススキノで働く片岡真麻と言う彼女の家に入り浸り。そんな夏休みのある日,同級生の勝呂麗奈が覚醒剤で警察に捕まったことを知る。何とか彼女を助けようとする金井茉莉奈からの頼みで,松井は無理矢理事件に巻き込まれていく。

 最初に載っている登場人物一覧によると,便利屋の“俺”や松尾が登場するではないですか。でも主人公は高校3年生の松井君。高校生を主人公にするハードボイルド(ハーフボイルドか?)って,どうも高校生らしくなくなっちゃいますね。でも茉莉奈が感じ良くって,樋口有介さんの一連の作品を彷彿させます。柏木の嫌らしさもそうなんですが,女子高生の描き方って結構上手いんですね。高校生の目から見た便利屋の“俺”が,単なるデブで変わったオッサンとして描かれるのも面白い。こう言った登場人物達を中心とした物語の雰囲気はいいのですが,ストーリー自体はどうでしょうか。何か主人公のあずかり知らない所で,事件が動いてそして解決してしまうんですよね。読んでいて疎外感を持ってしまいました。さて作中ピンク.フロイドの話が出てきますが,ハードボイルドにプログレはどうでしょうか。でも「原子心母」ではなく,「狂気」や「アニマルズ」でもなく,「エコーズ」にしたのは納得しました。

 

「悪夢が嗤う瞬間」 アンソロジー  2004.08.17 (1997.11.25 勁文社)

@ 「記憶」 ... 「硝子の家(太田忠司)」,「自殺者(奥田哲也)」,「明減(津原泰水)」,「夢,かも(斎藤肇)」
A 「」 ... 「微笑面(津原泰水)」,「癒し(奥田哲也)」,「風が好き(井上雅彦)」,「人生の目的(斎藤肇)」
B 「蟲」 ... 「キマイラ(井上雅彦)」,「虫穴(斎藤肇)」,「薄煙(早見裕司)」
C 「訪問者」 ... 「圧力(斎藤肇)」,「理想の結婚(早見裕司)」,「幸福(矢崎存美)」
D 「家」 ... 「時の器(奥田哲也)」,「実家(早見裕司)」,「シンボル.ツリー(太田忠司)」,「特別の家(斎藤肇)」
E 「夜」 ... 「寝台車の夜(早見裕司)」,「夜の味(矢崎存美)」,「夜を奪うもの(井上雅彦)」,「夜はいくつの目を持つ(小中千昭)」
F 「死」 ... 「誕生(矢崎存美)」,「プライベート.ビデオ(太田忠司)」,「アクアポリス(津原泰水)」,「裏・表(斎藤肇)」

 7つのテーマに分かれた,8人の作家による26作のショートショート集で,太田忠司さんが編集しています。冒頭に太田さんのショートショートについての想いが紹介されます。「ショートショートが一瞬の閃きの中に垣間見せる深遠,恐怖こそはそこに住まうのにもっとも相応しい住人だからだ。」と言うことで,全般的にホラー的な作品となっています。同じく太田さんの「帰郷」でショートショートを読んだだけで,あまりこの手の作品は読まないので,いまいちピンとこない感じでした。オチがはっきりしている「シンボル.ツリー」や「寝台車の夜」なんかは面白いと思うのですが,その他に関しては退屈してしまいました。ごめんなさい。

 

「龍時03−04」 野沢 尚  2004.08.19 (2004.07.10 文藝春秋社)

☆☆☆

 スペイン.リーグのベティスに所属するリュウジは,アテネ.オリンピックのサッカー日本代表に召集された。初戦のアメリカに勝ち,第二戦のカメルーンに負け,決勝トーナメント進出を賭けて臨んだ地元ギリシャとの3戦目。前の2戦は後半途中からの出場だったリュウジだったが,右サイド石川の負傷もあって初のスタメン出場を果たす。完全なアウェイの中,試合は始まった。

 野沢尚さんが自殺したのは今年の6月末でしたが,この作品を書いていたのは昨年の11月頃だったそうです。このシリーズは現実のサッカー界の出来事に先駆けて書いているので,実際とはかなり違っています。まだオリンピック予選が始まってもいない時期に書かれた訳ですから,U−23代表メンバー見るとちょっと面白いですね。ちなみにオーバーエイジで出場しているのは,GK曽ヶ端,DF田中誠,ボランチ明神です。できたらオリンピックのサッカーが始まる前に読みたかったですね。さてサッカーの試合の描写は相変わらず迫力があって楽しめますが,それ以上に興味深かったのは,日本代表の監督の考え方を書いている部分でしょうか。物語の中ではA代表監督こそジーコですが,U−23代表の方は山本ではなく,平義と言う架空の人物になっています。まあ監督に関しては様々な意見がありますが,一つの考え方として納得しました。でもこれからリュウジはどうなっていくのか,それを読む事ができないのは残念です。

 

「不思議の国のアルバイト探偵」 大沢 在昌  2004.08.23 (1989.12.10 廣済堂出版)

☆☆☆

 探偵のアルバイトで学校の出席日数がやばくなってきた隆。そんなある日,不思議な男の来訪を受けた晩に,銃撃に巻き込まれた隆は意識を失ってしまった。目が覚めたのは見覚えの無い一室。そしてそこに居たのは,母と妹を名乗る見知らぬ二人の女性。すっかり世界が変わってしまい戸惑う隆は,それでもその町の様子を調べ始める。とても日本とは思えないその町では,最近連続殺人事件が起こっていると言う。

 アルバイト探偵シリーズの4作目で,前作に続いて長編作品となっています。さていきなり異世界に放り込まれてしまった隆ですが,思わずSF版かとも思ってしまいましたが納得です。私立探偵をしている父親の手伝いをするちょっと軽めの高校生と言う設定からすると,前作もそうだったのですが舞台が大掛かりになり過ぎて違和感を感じてしまいました。でもまあストーリー自体は文句無く面白いですし,隆と父親の涼介の関係もいつになくシリアスで,これはこれでいいのかなとも思います。それに新たなヒロインである“いずみ”も加わって今後が楽しみです。

 

「心では重すぎる」 大沢 在昌  2004.08.25 (2000.11.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 静岡にある薬物中毒者の更生施設「セイル.オフ」を手伝いながら私立探偵に戻った佐久間公が受けた新たな依頼は,「まのままる」と言う漫画家の所在を探す事だった。かつて大ヒットした漫画の作者だったが,数年前突如漫画を書く事を辞め,それ以来行方が知れなくなっていた。一方,最近セイル.オフに入所してきた雅宗と言う高校生の事が気になっていた公だったが,彼の周辺を探っていくうち,強烈な憎悪を身にまとった一人の少女と出会った。

 前作の「雪蛍」では,失踪人調査の話と薬物中毒者の更生の話が並行して進み,直接的に関連の無い二つの話で,公の内面をえぐる作品となっていました。本作も漫画家の捜索と,雅宗の更生の話で始まるのですが,今回は二つの話が有機的に結びついていきます。かつては若さと言う特権を活かして失踪人調査をしていた公でしたが,40代になり調査の過程で若い人に対するジェネレーション.ギャップを味あわされます。そして錦織令と言う現代の病理を象徴する少女等を通して,公の探偵に対する想いが描かれます。他人には触れられたくない内面に迫らざるを得ない探偵,それでも他人からは必要とされる探偵。「心に比べれば体なんて軽いもの。」と言う公は,自問自答を繰り返しながらも,現実と向き合っていきます。そしてそれとともに漫画雑誌出版界,麻薬の密売組織,新興宗教やヤクザ組織など,かなり深く突っ込んだ描写は読み応えがありますね。シリーズ初期の雰囲気とは大分変わってきてしまいましたが,こちらの方が好き。編集者の岡田やヤクザ組長の遠藤などの登場人物もいい。

 

「駆けてきた少女」 東 直己  2004.08.27 (2004.04.15 早川書房)

☆☆☆

 久し振りに訪れたバーから出てきたところで出会った若い男女。「ピッチ,このオヤジ,殺して」と少女が叫び,若い男は“俺”の腹にナイフを突き立てた。幸いな事に,腹に付いた脂肪のお陰で軽症で済んだが,犯人は逃走。入院した“俺”を見舞いに来た自称「霊能力者」のオバチャンから,不思議な女子高生の調査を依頼される。自分を刺した犯人探しの傍ら,軽い気持ちで受けた女子高生の調査を“俺”は始めた。

 最初の登場人物一覧を見て,便利屋のシリーズだと言うのは判ります。松尾や高田も出てくるし。でも何か知った名前が載っているんですが,先日読んだ「ススキノ,ハーフボイルド」に出てきた高校生達じゃないですか。そちらの作品にも脇役で“俺”が登場していましたが,今度は“俺”の側から描いているんですね。でもこんな事していいんだろうか,出版社も違うのに...。さて話の方は自分を刺した犯人探しから北海道警の腐敗へと向かいます。でも何となく事件もはっきりとしないし,謎の要素には欠けるし,“俺”達の事件への取り組み方も不明確。“俺”の周りを淡々と描いている感じなのですが,その“俺”自体にも以前の様な強烈な魅力が感じられない。ハードボイルドって生き方に関する拘りの部分が重要な要素だと思うのですが,ちょっとどうでしょうか。1作前に読んだ「心では重すぎる」の佐久間公と対照的。ところで途中に,一人娘と暮らす私立探偵の話が出てきましたが,これは畝原なんでしょうか。

 

「二重裁判」 小杉 健治  2004.08.30 (1991.04.25 集英社)

☆☆☆

 東京高輪で起きた,秋葉産業社長夫妻殺害事件の容疑で逮捕されたのは,工員の古沢克彦だった。殺害現場で目撃された事,金に困っていた事,そして自宅から多額の現金が出てきた事等から,有罪は確定的。しかし終始一貫自分の無罪を叫んできた克彦は,獄中で自殺をしてしまった。克彦の無罪を信じる妹の秀美は,兄の名誉回復を目指して,知り合いの弁護士に再審を依頼した。

 裁判で有罪が確定しない限りは無罪であり,公判中に自殺してしまった克彦は再審請求する事ができない。でも実際には逮捕された時点で,マスコミによって犯人とされてしまいます。まあ普通の人は,テレビ等で逮捕された事を知った時点で,犯人だと思ってしまいますし,その後は関心を失ってしまいますよね。ここでも妹の秀美は当然のように婚約者から婚約を解消されてしまいますし,逮捕された時点で克彦は職を失ってしまいます。テーマは重いし,どんでん返しが決まるストーリーも面白いと思うのですが,何か淡々とし過ぎる感じです。三人称で書かれているからかも知れませんが,どうも秀美達に感情移入できません。「裁判で有罪の確定があるまでは無罪」と言う法律の建前に対して,「裁判で無罪が確定するまでは有罪」と言う世間の見方。社会派ミステリーとしては,法律の建前と世間の認識のズレを上手く表現していると思いますが,読者の心に訴える部分に欠けている様な気がしました。

 

「MAZE(めいず)」 恩田 陸  2004.08.30 (2001.02.15 双葉社)

☆☆

 アジアの西の果て,深い谷を抜けたところにある白い矩形の構築物。昔からこの建物で人間消失事件が起こっており,地元の人達からは,「存在しない場所」とか「在り得ない場所」と呼ばれていた。ここにやってきた,神原恵弥,時枝満,スコット,セリムの4人。彼らは人間消失のルールを探りに,この構築物を調べ始めた。

 かなり変わった作品ですね。同じ様に中に入ったものの消えてしまった人間と,戻ってこれた人間がいる構築物。物語はミステリー,ホラー,SF,ファンタジーの間を漂う様に進んでいきます。戻ってくる事ができた人達の状況から,満は人間消失に関するいくつかの推理を展開します。でも女性言葉を喋る恵弥,アメリカ軍関係者のスコット,地元有力者の息子のセリムの動きもなんだか怪しい。テンポ良く進んでいきますが,結末に関してはちょっとコメントを控えます。でも一つだけ言えるのは,「めぐみいー」の所はかなり怖かった。

 

「大怪樹−新宿少年探偵団」 太田 忠司  2004.08.31 (2004.01.10 講談社)

☆☆☆

 最近ますます健太郎は蘇芳と謎の行動をする事が多くなり,自分専用のラボで何かの研究に没頭している。そんな中,新宿で謎の植物が人間を襲う事件が発生した。人間を殺し自分の栄養分として成長するユグドラシル。中央公園から新宿の街を覆い尽くす様に成長を続ける巨木を生んだのは,イカロスと名乗る若者だった。

 さてこのシリーズも8作目になり,後書きによりますと次はいよいよ最終話だそうです。最初はいかにも子供だった4人も,最近はかなりしっかりとしてきました。自分たちの行動が,パラダイム.シフトを加速させているのではないかとの危惧を抱きつつ,怪人たちとの対決に気持ちを新たにしていきます。そして今回初登場する怪人のイカロスは,以前出てきた大学生なんでしょう。ますますマッド.サイエンティストっぽくなって行く健太郎,さらに技に磨きがかかり新たな能力を開花させていく響子。新宿中央公園の地下での場面は,なかなか読み応えがあります。そして壮介と美香はどうなっていくのか,そして4人と蘇芳の関係の劇的な変化を暗示して終わります。ちょっとこの話だけだと中途半端な感じがしてしまいますが,最終作の「宙−新宿少年探偵団」も最近出版されましたので,完結編に期待しましょう。