読書の記録(2003年 3月)

「魔女」 樋口 有介  2003.03.01 (2001.04.20 文藝春秋社)

☆☆☆

 就職浪人中の山口広也は,テレビ局に勤務する姉の水穂から,あるソーシャルワーカーの焼死事件を調べる様に依頼された。キャスターの地位を狙うためスクープが欲しい水穂がこの事件に注目したのは,被害者の安彦千秋が広也の元彼女だったからだ。姉から聞いて初めて千秋の死を知った広也は,2年前に別れてからの千秋の足跡を辿った。

 最初に千秋が焼死する場面が描かれるんですが,かなりインパクトがあります。緊張感溢れる展開かと思ったのですが,姉の水穂が出てきて,やはり樋口さんの作品だなあと安心しました。樋口さんの作品には魅力的な女性が登場しますが,今回はちょっとどうでしょうか。ヒステリックな水穂も,エキセントリックなみかんにも好感もてませんでした。広也が彼女に惹かれていくのも全く判りません。まあそれはいいんですが,水穂の事を調べれば調べるほど,彼女について何も知らなかった事に気付く広也,と言う物語の進行がいいです。最近樋口さんの作品を続けて読んでいますが,ちょっとワンパターンな感じです。青春ミステリーらしい瑞々しさに溢れていて安心して読めるんですが,犯人も同じ様な設定なんで,コイツが怪しいって判ってしまいますね。それと主人公の家族って,みんな変わっていますよね。まあ姉がテレビ局勤務って言うのは必然性がありますが,母が猫のぬいぐるみを作っていたり,父がアフリカに行っていたりと言うのは,余計な感じがします。

 

「殺される理由」 雨宮 町子  2003.03.03 (2000.03.31 徳間書店)

@ 「なぞなぞ」 ... 図書館に通ってくる美人女子大生が恐喝されているらしい。返却された本の中のメモから彼女の行動を追った。
A 「殺される理由」 ... 小説の新人賞受賞のお祝いに屋敷に集まった8人の男女。翌日その内の一人が殺されていた。
B 「猫田夫人はしゃべり過ぎ」 ... 家庭教師のアルバイト。母親が通う絵画サークルの展覧会で起こった出来事。
C 「911」 ... 行きつけの喫茶店の娘が警察の事情聴取を受けた。占い師が何者かに殺された事件に関するものだった。
D 「六の字屋敷」 ... 六の字のかたちをした屋敷で作家が殺された。そしてその屋敷を訪れていた男も殺された。

 図書館で司書のアルバイトをしたり,かつて勤めていた興信所の下請け調査員をしたりしている,30歳独身の早乙女亮介が主人公。プロの探偵に徹した人物と違って,こうした主人公の場合,殺人とか言った事件はそぐわない様な気がします。5編からなる連作短編なのですが,内3作が殺人事件で残りがいわゆる日常の謎。どちらも亮介が論理的に謎を解いていくのですが,殺人事件の現場に入っていくのは無理がないでしょうか。アルバイト感覚で探偵やるには,「なぞなぞ」「猫田夫人はしゃべり過ぎ」の様な軽い事件の方がスンナリ読めます。またこれは読み手の問題かも知れませんが,その場の雰囲気や人物相互の関連が判り難いのも難点。特に表題作の「殺される理由」なんか,登場人物は多いし,互いに持っている感情が複雑で,短編として読むのには苦しい感じです。

 

「楽園」 樋口 有介  2003.03.04 (1994.10.30 角川書店)

 南太平洋に浮かぶいくつもの小島からなるズッグ共和国は,アメリカと日本からの支援を受ける独立国家だった。この国にアメリカから観光会社役員のウィンタースが訪れ,彼を出迎えたのは雑貨商を営むスタッドだった。実は二人ともCIAの関係者だ。彼らがホテルへ向かう道に佇む一人の老人は,プラカードを掲げていた。それには,「アメリカ人は帰れ。日本人も出ていけ。」と書かれていた。

 何かあまりにも作風が違うんで,樋口さんの作品とはおもえませんでした。南太平洋の小国における人物の描写や,アメリカや日本との係わりが淡々と描かれて行きます。楽園と言うと,やはり南の島なんでしょうか。あくせくしなくても食べていけて,それゆえ人と争う事がほとんど無い生活。一部の人を除いて,自然の中から椰子の実や魚を取って生活する彼ら。橋や道路や車が無くても何の不便もありません。そこにアメリカや日本が資本主義の理論を持ち込む訳ですから,なかなかスムーズに行きません。鈴木光司さんが書いた同じタイトルの作品がありますが,そちらは人類の長い道程を描いたファンタジーでした。それと比べるのもおかしい話ですが,本作はあまりにも通り一辺倒な感じで気が抜けました。やはり樋口さんは高校生カップルを主人公にしたミステリーがいいですね。

 

「二重証言」 新津 きよみ  2003.03.05 (1996.09.22 読売新聞社)

☆☆☆

 27年振りに中学校の同窓会に出席した咲子は,再会したイラストレーターの待井から招待を受けた。後日彼の事務所兼住宅を訪れた咲子は,そこで他殺体となった待井を発見する。夫から不倫を疑われる事を恐れた咲子は,すぐに現場から逃げ出した。そんな咲子の元に一通の手紙が届いた。差出人も同級生の女性だったが,待井の死体を発見した時間の嘘のアリバイを作るかの様な内容だった。そして訪れてきた刑事に,その通りの嘘を言ってしまった。

 「二重生活」は夫である折原一さんとの競作でしたが,こちらは新津さん一人の作品です。殺害現場から逃げ帰った事と,かつて彼女が苛めていた同級生からの不審な内容の手紙。一つついた嘘はまた次の嘘を呼び,そこに裕恵の悪意が絡んできます。二つの殺人事件とその容疑者,そしてアリバイを証明できる関係が入り組んで進みます。ストーリーは二転三転して予断を許さない展開なのですが,最後がちょっとアッサリ目。それにしても会話の部分と言うか,一方的に喋るところが気になります。せっかくの物語のペースを乱してしまっていると思えます。

 

「帰郷」 太田 忠司  2003.03.06 (1998.06.15 幻冬舎)

☆☆

 「あなたに降る雪」,「妖精駆除」,「お父さん屋」,「すぱいらる」,「いつか,扉を叩く音」,「へい」,「保健室」,「運命の輪」,「生きている山田」,「ただ一度」,「父の恋人」,「帰郷」,「冷たい人」,「講演」,「飛べない鳥のはばたき」,「龍の谷」,「創造」,「夏の川辺にて」,「情事の結末」,「雛の殺人」,「夫・菊地洋介を語る」,「理想的な毒殺」,「目覚めるのはいつも午後一時」,「おそるべき超能力」,「地球における“ア”の拡散と浸透」,「狂い咲き」,「夜を売る」,「宣伝効果」,「端役たちの私語」,「夜の壁」,「ライバル」,「星に願いを」,「思い出の小匣」,「割れても末に」。

 大田さんのデビュー作は「僕の殺人」だと思っていたのですが,その9年前に「帰郷」で「星新一ショートショートコンテスト」で優秀作に選ばれたのが,本当のデビューだったそうです。さてこのショートショートってあまり読んだ事がないのですが,1編が数ページの作品なんで,その短さの中でいかに一つの世界を創りあげるかが,面白さのポイントでしょうか。ミステリーあり,SFあり,ファンタジーあり,ホラーあり,そして叙情的な作品あり,とバラエティに富んでいます。でも読んだばかりなのに,上にあげたタイトルを見ても,内容を覚えていない作品もあります。印象的だったのは,「へい」「生きている山田」「夏の川辺にて」「理想的な毒殺」と言った毒のある話でしょうか。日頃読まないタイプの作品なので,ちょっと新鮮な感じがしました。

 

「朝刊暮死」 結城 恭介  2003.03.07 (1997.10.30 祥伝社)

 推理小説作家の結城恭介は,新聞の朝刊にある推理小説の連載を開始した。作中の小説内で起こった殺人事件通りに,現実の殺人が起こると言う内容で,誰が殺されるかを読者が当てると言う趣向も凝らされていた。連載初日,母校の大学で講演会に出席した結城の目の前で,本当に殺人事件が起こってしまった。

 うーん,結城恭介さんの作品を読むのは初めてだったのですが,ちょっと馴染めませんでした。確かにトリックは見事だし,後半になって二転三転する推理も見応えはあるんです。でもそれだけなんですよね。登場人物は皆同じ様に見えてしまうし,文章はまどろっこしいし。状況がストレートに伝わってこないんで,読むのが疲れました。第一,何でもハッピーエンドにすればいいと言うものでもないと思うのですが。

 

「K.Nの悲劇」 高野 和明  2003.03.10 (2003.02.04 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 フリーライターをしている夫の修平の本が売れ,アパートから都心の高層マンションに引っ越した夏樹果波は,幸福の絶頂にいた。しかし予想もしなかった果波の妊娠が全てを狂わしていく。マンションのローン支払いを考えると,とても子供は育てられない事から,中絶と言う苦渋の選択をせざるをえなかった。そしてその時から果波の身の上に不思議な出来事が起こり始めた。精神の病なのか,それとも死霊の憑依なのか。修平は大学病院の磯貝医師と,何とか治療を試みる。

 高野さんの3作目はホラーです。怖いですよー。人格がどんどん変わっていく妻。医者は精神的な病だと説くが,説明のつかない出来事を目の当たりにする夫。中盤あたりで修平がシャンプーをする場面なんかドキッとしました。やっぱりホラーって,こういう感じでジワリジワリ来るのがいいですね。登場人物が感じている恐怖を,読者も共有できます。まあストーリーは平凡と言えば平凡なのですが,屈折していく果波への修平の気持ちや,患者を助けられなかった事を引きずる磯貝の気持ちが,とてもよく伝わってきます。本作の中で述べられていたのですが,日本で1年間に妊娠する女性は150万人で,うち34万人が中絶をするそうです。本当にそんなにいるんでしょうか。だったら一人くらいこんな事が起こっても不思議じゃ無いような気がします。

 

「木野塚佐平の挑戦」 樋口 有介  2003.03.11 (2002.02.25 実業之日本社)

☆☆

 アフリカに行っていた助手の桃世が,半年振りに帰ってきた木野塚探偵事務所。同じビルに事務所を構える女性が持ち込んできた金魚の事件は,桃世の推理でアッサリ解決。でもヒョンな事から総理大臣の暗殺疑惑に係わる事になった木野塚。憧れている美人女性キャスターの香川優子が関係している事から,俄然張り切って仕事に励む名探偵。

 警察生活35年で警視総監賞を受賞した事が自慢の,私立探偵の木野塚佐平氏。警察官だったと言っても刑事だった訳ではなく,経理などの事務専門だったのですが。自分ではハードボイルドを気取っていますが,本当の探偵は助手の桃世さんの方。こちらは女性なのに胸は無く,顔も真っ黒で,男の子みたい。この二人を主人公にしたユーモアミステリーです。でもこの人の書くユーモアって何か変。会話がわざとらしくて不自然だし,第一おかしくない。最後はやたらとスケールの大きな話になってしまいましたが,それも違和感を感じてしまいました。シリーズ物のようですが,前作は読んでいません。

 

「子盗り」 海月 ルイ  2003.03.12 (2002.05.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 旧家に嫁いだ美津子には何故か子供ができなかった。夫の協力のもとにいろいろな病院で診てもらったが,どこにも異常は見つからなかった。そして結婚から13年が過ぎ,跡継ぎの誕生を願う姑をはじめとする夫の親戚から追い詰められた美津子は,妊娠したと嘘をついてしまった。嘘を本当にするため産科病棟に忍び込んだ美津子は,子供を奪って逃げるところを看護婦の潤子に見つかってしまう。

 第19回サントリーミステリー大賞の受賞作です。さすがに賞を取るだけあって,うまいなあと感心させられます。文章も読みやすいし,登場人物の心情が痛い程伝わってくるし,それに何と言っても緊張感が最後まで途切れる事ない構成がいいですね。でも読んでいてあまりにも重苦しいんです。子供ができない美津子,子供を奪われた潤子,そして母親になる資格もないひとみ。確かにそれぞれの事情から,美津子や潤子には同情してしまいます。でもどこか破綻していますよね。それは彼女達ばかりではなくって,美津子の嫁ぎ先の人達も,潤子の夫と姑も,そしてひとみの愛人も。ですから彼女達に感情移入できないし,それ以上にやり切れなさを感じてしまいます。それにしてもひとみが登場してからが,ちょっとどうでしょうか。ミステリーの賞の応募作だからこういう展開にしたのかも知れません。こんな結末にしなくても良かった気がしました。

 

「リアルワールド」 桐野 夏生  2003.03.13 (2003.02.28 集英社)

☆☆

 トシ,ユウザン,キラリン,テラウチの4人は,中学生時代から仲のいい高校3年生。夏休みのある日,トシの家の隣に住む同い年の少年「ミミズ」が母親を殺してしまった。ミミズはトシの携帯と自転車を盗んで逃亡。事情を知らないユウザンがトシの携帯に電話を掛けた事から,殺人犯の少年と4人の女子高生の奇妙な関係が始まった。

 題名は反対の意味で付けたのでしょうか,この作品からは全くリアリティが伝わってきませんでした。そりゃあ現実の世界では,考えられない様な残虐な犯罪や,少年が犯人となった様々な事件も起きています。ですからミミズが母親を殺した事なんて驚く事ではないのかも知れません。リアルに感じられないのは,どんどん幼稚化していくミミズと,彼に様々な形で係わろうとする4人の少女達の心情です。でも私が彼らと同年代だったのは30年も前ですし,彼らが言うオトナである自分には彼らの気持ちなんか全く判らないんでしょうか。まあ確かに若い人を見ると変なのも居ますが,それは私達が若かった頃だって同じ様な気がします。それにしても最近の作品って,やたらと携帯電話やインターネットが出てきますね。

 

「ベネチアングラスの謎」 太田 忠司  2003.03.14 (2000.11.10 祥伝社)

☆☆☆☆

@ 「ベネチアングラスの謎」 ... 多数のベネチアングラスが飾られた病院で院長の女性が殺されていた。
A 「パズル・パズル」 ... 5分の1だけつくられたパズル。ここまで作るには2時間かかり,それがアリバイの決め手になった。
B 「死の刻印」 ... アリバイを証明するものは,ホームページを更新した時間とサーバーへのFTPの時間だった。
C 「みぎか,ひだりか」 ... 路上でいきなり銃撃を受けた志郎。犯人を乗せた車は「ミギダ」と言って左に曲がって行った。
D 「マリッジ・ブルー」 ... 結婚を間近に控えた亜由美の友人。婚約者が現れた時,急に亜由美らの目の前で自殺してしまった。
E 「四角い悪夢」 ... 昔良く見た夢を久し振りに見た千鶴。黒い猫と四角い箱の中に入っていた女の子。
F 「紫陽花の家」 ... 刑事をしていた三条の叔父が殉職してから15年が過ぎた。犯人は捕まっていなかった。
G 「ウィザウト・ユー」 ... 見知らぬ女性に突然呼び出された志郎。友人の日記に志郎の悪行が書かれていると言う。

 霞田志郎と千鶴の兄妹シリーズで初の短編です。このシリーズは探偵役の志郎の推理はもちろん,三条刑事や亜由美さんとの兄妹の係わり合い,そして志郎の探偵に対する複雑な思いなど,見どころがたくさんあります。長編と違って短編だと,そういった部分がほとんど描かれる事無くて,単なる推理だけになってしまっているのが少々物足りない部分でしょうか。また都市の名前とそこの特産品(東京が失楽園と言うのも変ですが)に関する薀蓄も結構良かったんですけどね。でもその分,短編ならではのキレのある推理が楽しめます。

 

「幻のマドリード通信」 逢坂 剛  2003.03.16 (2003.01.29 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「幻のマドリード通信」 ... スペイン内戦が終結した1939年4月,マドリードの日本大使館で黒焦げの遺体が見つかった。
A 「カディスからの脱出」 ... カディスで最高のフラメンコの歌い手の老人に接近する事を指示された日本人の男。
B 「カディスへの密使」 ... 交通事故にあった弟に替わって,カディスに向かう列車に乗り込んだ日本人の男。
C 「ジブラルタルの罠」 ... ジブラルタルへの秘密の抜け道が記された地図を買いたがっている日本人の男。
D 「ドゥルティを殺した男」 ... マドリードの蚤の市で,ドゥルティのデスマスクを売っていた一人の老人。

 この短編集は昭和62年(1983年)にでた作品ですが,加筆修正して今年発刊された単行本で読みました。冒頭にスペインの地図が載っています。マドリード,バルセロナ,バレンシアなどの有名な都市の位置関係が判ります。カディス,グラナダ,コルドバと言った逢坂さんの作品で覚えた都市って,南部のアンダルシア地方に集中しているんですね。これは判り易くていいのですが,全く判らないのが近世スペインの諸事情。各国やスペイン内部の各機関,各組織が入り乱れて,何がなんだか判らないんです。そんな中で諜報機関の動きや思惑が描かれるのですが,お互いの関係が判っていないんで,イマイチ理解できない部分があります。スペインって言うと情熱的で明るいイメージがあるのですが,逢坂さんの作品,それも短編で読むと,やたらと暗い感じがします。

 

「彼女はたぶん魔法を使う」 樋口 有介  2003.03.17 (1990.04.10 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 警察を辞めて刑事事件専門のフリーライターをしている柚木草平のもとに,警視庁の吉島冴子から調査依頼の紹介があった。依頼主は島村香絵と言う女性で,先月轢き逃げ事件で亡くなった妹の由美に関する内容だった。妹の死は単なる事故ではなく,何者かによる計画的な殺人だと主張する香絵。由美との婚約を破棄した上村英樹と言う男性が疑われたが,彼にはアリバイがあると言う。柚木は大学4年生だった由美の同級生らに事情を聞き始めた。

 フリーライターの柚木草平シリーズの第一作目は,ちょっと変わったタイトルです。別に魔法使いが出てくる訳ではありません。この魔法を使うと言われる彼女,夏原祐子がとっても魅力的です。「テレクラにおける中年サラリーマンの希望と挫折」と言うテーマの卒論に取り組んでいる彼女ですが,怒った時の表情なんか目に浮かぶようです。彼女に限った事ではないのですが,本当に樋口さんの描く女性っていいですよね。そしてこの柚木(「ユギ」と読むんだとばかり思っていましたが,「ユズキ」って読むんですね。)のキャラクターもいい。別居している妻の知子との娘の加奈子に振り回され,洗濯をはじめとする家事に追われる,ハードボイルドの主人公。出てくる女性は美人ばっかりで,そんでもってモテルのが嘘臭いんですが,酒を飲む姿も,煙草の吸い方も,そして何と言っても女性との会話が決まってます。物語の方はそれほどの展開でもないのですが,登場人物の描写だけで読ませられてしまいます。最後に出てくるジャガイモのピザって,美味しそうなんで今度作ってみようっと。

 

「初恋よ,さよならのキスをしよう」 樋口 有介  2003.03.18 (1992.05.28 スコラ)

☆☆☆☆

 娘を連れて行ったスキー場で,同級生の卯月実可子に20年振りに偶然再会した柚木草平。そしてその1ヶ月後,高級輸入雑貨商を営む彼女が,店の中で殺されていた。実可子は娘の梨早に,「自分になにかあったら,柚木さんに相談するように。」と言っていたという。その事を知らせてくれた実可子の義妹の早川佳衣とともに,事件の捜査に乗り出した柚木。

 前作の「彼女はたぶん魔法を使う」では,冬休みに娘とオーストラリアに行く事になっていたのに,草津へのスキーに変わってしまった様です。なにか続けて読むと話がゴッチャになってしまいます。ストーリーよりも,登場人物のの方が印象が強いですね。樋口さんの作品には同級生って言う存在が良く出てくるんですが,今回は被害者の実可子,容疑者の4人,そして柚木も全て同級生同士って事になります。何となく甘ったるい学生時代の思い出と,現実に起こっている殺人事件が描かれます。高校時代の柚木も,そのまんまと言う感じで笑えます。佳衣も良かったんですが,前作の祐子さんと較べるとイマイチか。

 

「虚ろな感覚」 北川 歩実  2003.03.20 (2003.02.25 実業之日本社)

☆☆☆

@ 「風の誘い」 ... 公園で毒入りのビスケットを食べて死んだ犬の飼い主等は,犯人を何とか探そうとした。
A 「幻の男」 ... マンションで一人住まいの女性のもとを訪ねてきた一人の女性。この部屋に男の死体があるはずだと言う。
B 「蜜の味」 ... 息子の肥満解消と夫の成人病予防の為にカロリーコントロールと毎朝のジョギングに励む一家。
C 「侵入者」 ... 塾講師アルバイトの女性の部屋に入り込んで来た男の高校生。その女性から誘われたと主張した。
D 「僕はモモイロインコ」 ... 妻が交通事故で死に,その時に行方が判らなくなっていたオウムが帰ってきた。
E 「告白シミュレーション」 ... 違法な睡眠薬の為に前向性健忘症になってしまった女性。彼は彼女に思いを打ち明けた。
F 「完璧な塑像」 ... 婚約を破棄して行方が判らなくなった友人。その彼女が前の婚約者と一緒に歩いているのを見掛けた。

 北川さんの作品って,やたらと論理的過ぎて,それもかなり複雑なんで,長編だと読むのが辛い面があります。もっともこれは私にとっては,と言うことですが。でもこの様な短編で読むと,その論理的な面が上手さを感じさせてくれます。どの話も独特な構成となっていて,相対立する存在に関する真実が最後の方になって判ると言えばいいんでしょうか。とにかく最初に思った全体の構図や,登場人物間の関係が一気に崩れていく感じがいいですね。どちらが本当の事を言っているのか,何が正しいのか,そう言った感覚が麻痺してくるような気がしました。

 

「歪んだ匣」 永井 するみ  2003.03.21 (2000.07.20 祥伝社)

☆☆☆☆

@ 「重すぎて」 ... ふとした事から不倫相手がビルの階段から落ちてしまった。死んだとばかり思ったのに生きていた。
A 「D.I.D」 ... 父と私を捨てて逃げていった母親。その母親の家に電話を掛けている人物が会社に居た。
B 「歪んだ月」 ... 夫が浮気をしているらしい。相手を探りに,夫が勤めるビルのフィットネスクラブに出掛けた妻。
C 「ドラッグストア」 ... 会社の制服を着て,会社のビルにあるドラッグストアで万引きを繰り返すOL。
D 「ブラックボックス」 ... 清掃会社に勤める中年女性が見つけた物は,ビルの上から飛び降り自殺した女性の死体だった。
E 「ダブル.オリーブ」 ... ビル内の喫茶店でアルバイトする男性。強盗に現金を奪われたが,疑いの目は彼に向けられた。
F 「幻の味」 ... 何年か前に試作されたライチ味のキャンディが出てきた。その商品は発売される事は無かった。
G 「ウーマン」 ... ビルのエレベーターに乗り続ける男。ストーカーなのかと思ってビルの警備会社に通報した。
H 「蝶のごとく」 ... ビルの10周年を記念して,オペラのコンサートが開かれた。

 神谷町にある28階建てのインテリジェント.ビルを舞台に,そこに入居している様々な会社で起こる,様々な事件が描かれます。それは殺人だったり万引きだったりと,大きい物も小さい物もあります。後味が悪かったり,またさわやかさを感じさせるものもあります。業種も全く違う会社が入っていて,多くの人達が働いている場所ですから,いろんな事が起こります。「D.I.D」とか,「ウーマン」とか,やっぱり読み終わってほっとする感じの作品がいいですね。それと永井さんて登場人物を辛辣に描くことが多い気がしますが,ここでのナンバーワンは「ドラッグストア」に出てくる派遣社員でしょうか。

 

「木野塚探偵事務所だ」 樋口 有介  2003.03.22 (1995.05.25 実業之日本社)

☆☆

 警察生活35年を経て,念願の私立探偵になる事を決めた木野塚佐平は,新宿の古いビルに「木野塚探偵事務所」を構えた。まずは美人でスタイルが良くって若い女性の秘書を採用するため,求人誌に募集広告を出したのだが,なかなか応募者がやってこない。やっとやってきた梅谷桃世は,木野塚のイメージとは全く違う女性だったが,しょうがなしに採用。そして最初の仕事は行方不明になった金魚の捜索だった。

 前に読んだ「木野塚佐平の挑戦」の前作ですね。警察官生活35年と言っても,刑事をしていたわけではなくて経理畑一筋。警視総監賞をもらった事があると言っても,それは経理のコンピュータ化についてのもの。それでもハードボイルドな私立探偵への夢捨て難く,ついに探偵事務所を構えてしまった木野塚氏。でも現実はフィリップ.マーロウの様な訳にはいかず,舞い込む仕事は変なものばかり。助手はグラマラスな女性とは程遠いのですが,こちらはかなりのキレモノ。木野塚氏の奥さんにはちょとイライラさせられますが,桃世さんのクールさがいいですね。それにしてもロス.マクドナルドもレイモンド.チャンドラーも読んだ事無いですね。

 

「あなた」 乃南 アサ  2003.03.24 (2003.02.25 新潮社)

☆☆

 大学受験に2年続けて失敗し後が無い川島秀明は,今年こそ志望する理系の大学への合格を目指していた。学園祭で知り合った彼女とのやり取りは,もっぱら携帯のメール。現役で大学合格した彼女からは,大学生にならないと友人に紹介もできないと言われてしまっている。予備校での模擬試験など順調にこなしていった秀明だったが,受験を間近に控えて体の変調を感じる様になった。そしてそんな彼に囁きかける謎の存在が秀明を苦しめていく。

 この作品は「新潮ケータイ文庫」の作品だそうです。何でも月額100円で,作品を携帯電話にメール配信する仕組みだそうです。もっとも私は単行本で読みました。こんな長い作品を携帯電話で読むと言うのは,ちょっと信じられないですね。目を悪くしないんでしょうか。作品の方はとても不思議な雰囲気で進みます。浪人生の日常が淡々と描かれるとともに,二人称で語られる謎の部分。秀明に囁きかけているのは誰なんだろうか,秀明の意識の中に現れる白い梟って何なんだろう。そして友人達を巻き込んで徐々にホラーの様相を呈して行きます。秀明が少々嫌な奴なんですが,結構引き込まれていきます。こういう主人公の意識の描き方って,乃南さんうまいですね。でも最後の展開は一体なんなんでしょう。あまり言うとネタバレになってしまいますが,この結末はちょっと無いんじゃないですか。あまりにも陳腐と言うか,安易と言うか。最後は裏切られた気分でした。

 

「探偵は今夜も憂鬱」 樋口 有介  2003.03.26 (1992.10.30 講談社)

☆☆☆☆

@ 「雨の憂鬱」 ... エステクラブを経営する女社長からの依頼。縁談話が進んでいる義妹につきまとう男に関する調査。
A 「風の憂鬱」 ... 人気女優が失踪した。マスコミに知られずに行方を捜して欲しいと言う,芸能プロの社長。
B 「光の憂鬱」 ... 3年前に山での遭難で亡くなったと思っていた夫から,突然の手紙を受け取った雑貨商の美人オーナー。

 刑事を辞めて,殺人事件専門のフリーライターになった柚木草平。アルバイトでいやいやながら探偵もしているんですが,今回は刑事時代の上司で今は愛人の吉島冴子の紹介やら,飲み屋のマスターからの頼みやらで,殺人事件以外の調査に取り組みます。さて柚木さんのシリーズで始めての短編なのですが,長編で読むのと雰囲気が違います。相変わらず美女がワンサカ出てくるんですが,長編と比べて彼女らの魅力がイマイチ伝わってこない感じがします。また謎解きの部分がやや唐突なのも気になりました。でもこのシリーズ自体好きだし,憂鬱とは言いながら柚木も生き生きと描かれています。でもやっぱり長編で読みたいですね。

 

「紅の悲劇」 太田 忠司  2003.03.28 (2002.06.20 祥伝社)

☆☆☆

 霞田志郎は次回作の取材を兼ねて,千鶴,亜由美,三条と日舞紅真会の発表会を見に行った。舞台が始まる前に亜由美の友人の紅恵を楽屋に訪ねた時,近くの部屋から女性の悲鳴が聞こえた。悲鳴の主は,別の楽屋に一人でいた師範の田島紅真の部屋に入った付人のものだった。部屋の中では,紅真が紅色の襦袢姿で,首を紐で絞められて殺されていた。

 霞田志郎シリーズも前作から少し雰囲気が変わってきました。このシリーズは倫敦時計やら伯林水晶など,都市を象徴する物をモチーフとしていたのですが,「紫の悲劇」では香の世界,そして今回は日舞と和風の世界に移ってきています。それと探偵役と言う,人の心の裏側を覗いてしまう事への志郎の気持ちの変化。あまりそういった事を前面に出すのが気になっていたので,これはこれでいいとは思います。でも前作から登場している男爵こと桐原嘉彦は嫌な奴ですよね。彼の存在を考えると,逆に前の方が良かったのかなとも思えます。ちょっと矛盾していますが。さて事件の方は日舞の踊り手が連続して殺されるのですが,日舞の世界も舞踏についての描写も深みが無く,ちょっと物足りなさを感じました。

 

「第三の時効」 横山 秀夫  2003.03.29 (2003.02.10 集英社) お勧め

☆☆☆☆☆

@ 「沈黙のアリバイ」 ... 長い取り調べの末に自白した現金輸送車襲撃犯は,裁判で一転無実を訴えた。
A 「第三の時効」 ... 15年前に起こった殺人事件。その間,犯人は海外に1週間行っていた事が判っていた。
B 「囚人のジレンマ」 ... 捜査一課の三つの強行犯係は,それぞれ3件の殺人事件を同時に扱っていた。
C 「密室の抜け穴」 ... 容疑者が帰ったマンションでの張り込み。しかし彼は別の場所に現れたと言う。
D 「ペルソナの微笑」 ... かつて子供を騙して,親の飲み物に青酸化合物を入れさせて殺す,と言う事件があった。
E 「モノクロームの反転」 ... 一家3人の惨殺事件。目撃者は隣の家の暗室の覗き穴から,白い車を見ていた。

 いつもながら警察の話を書くとうまいですね。と言っても横山さんが警察以外の話を書いたのは聞いた事ないですけどね。さてF県警捜査一課の強行犯係には三つの班があります。青鬼と呼ばれる朽木の一斑,冷血な楠見の二班,天才と言われる村瀬の三班。アクの強い3人の班長のもと,互いに面子をかけてライバル心をむき出しに捜査に当たる様子が描かれて行きます。班長同士のやり取りや,やそれぞれの部下同士の立場,そして上司や新聞記者との人間関係など,リアリティに溢れていて読み応えがあります。またそれだけではなくて,ストーリーの方もかなりいいですよ。どんでん返しが決まっている,「沈黙のアリバイ」「第三の時効」,そして「密室の抜け穴」あたりが特にオススメ。それにしても殺人事件が多いな,F県。

 

「八月の舟」 樋口 有介  2003.03.29 (1990.11.30 文藝春秋社)

☆☆☆

 高校2年生の夏休み,中学生の頃から書きかけている,加藤さんへのラブレターは未だ書けずじまいだった。そんなある日,研一は友人の田中君の紹介で,ちょと変わった晶子と出合った。無免許で夜のドライブに出掛けた3人だったが,帰り道の山道で事故を起こしてしまう。幸いな事に大した怪我もしなかった。そんな中,研一は晶子に惹かれていった。

 高校2年生の頃って,僕は一体何を考えていたんだろう。授業の事,クラブの事,そして女の子の事。将来に対する漠然とした不安や焦り。今から考えると,我ながら青臭かったですねえ。長過ぎる夏休み,怠惰な毎日を送っていたあの頃。思い出したく無い事も一杯ありますが,それでも懐かしいですね。こう言う作品を読むと,何か切なくなってしまいます。「ぼくと,ぼくらの夏」の様なミステリーではありませんが,ちょっと主人公にとっては,波乱に富んだ夏休みです。もう少し淡々と進んだ方が,暑い夏の一日が鮮やかに描けた様な感じがします。

 

「赤い森の結婚殺人」 本岡 類  2003.03.31 (1986.08.25 角川書店)

☆☆☆

 霧ヵ原高原のホテルで行われた結婚式に出席した,ペンション「銀の森」オーナーの里中邦彦。今日の新婦はペンションの常連客である,岩下陽子の友人の加島順子だった。お色直しのため一旦退場した新郎新婦は,スモークを焚いたゴンドラに乗って登場する予定だった。しかしそこで新婦の順子が突然消え失せてしまった。後に残されたのは高島田のカツラのみ。結婚前に順子に付きまとっていたルポライターの穂月に疑いの目が向けられたが,彼は死体となって発見された。

 「白い森の幽霊殺人」に続く,ペンションオーナーの里中さんを探偵役としたシリーズです。前作ではスキー場に現われた幽霊と,雪だるまの中に埋められた死体と言う謎が印象的でしたが,今回は結婚披露宴の席から突如消えてしまった花嫁と言う謎です。ダスティン.ホフマン主演の映画「卒業」よろしく,彼女に想いを寄せる男の犯行か,花嫁の狂言なのか,様々な推理が展開されます。読む人によると思いますが,推理の過程が丹念に描かれているので,判り易くていいですね。樫尾刑事は相変わらずただ飯食いのメッセンジャーなのですが,最後にちょっといい事があって,今後に期待しましょう。さて映画「卒業」なのですが,私が見た数少ない映画の中の1作です。キャサリン.ロスは良かったんですが,この映画でのダスティン.ホフマンはどうでしょうか。今から思えば単なるストーカーですよね。それにしてもこの映画で一番印象的なのはラスト.シーンではなくて,サイモン&ガーファンクルの音楽ではないでしょうか。「サウンド.オブ.サイレンス」「スカボローフェア」もいいんですけど,私は「4月になれば彼女は」が好き。