「江戸の検屍官 女地獄」 川田 弥一郎 2005.04.03 (2001.11.15 角川春樹事務所) |
☆☆☆ |
北町奉行所の同心・北沢彦太郎は,柳原堤に検屍に向かう様指示された。若い男が死んでいて,身体の上には雪が降り積もっていたと言う。ここは夜鷹の稼ぎ場所であったので,酒を飲んで夜鷹を買った上で凍死したものと思われた。しかし不思議な夜鷹の存在が見えてきて,凍死に見せ掛けた殺しの疑いが出てきた。 各章のタイトルを見てもらえば判りますが,本作では様々な殺し方が出てきます。凍死,炎熱死,毒殺,刺殺,圧殺死などですが,このシリーズの大きな特徴である江戸時代における検屍は,あまりクローズアップされません。北町奉行所同心の北沢彦太郎による犯人の捜索が中心になっています。せっかくのこのシリーズなんで,検屍の部分にもっと脚光を当てた方がいい様に思えます。でも検屍方法に関しては目新しい事がないので,しょうがないのでしょうか。いつものメンバーである医者の古谷玄海,絵師のお月も登場しますし,事件全体も過去の作品との関連もあるので,順番通り読んだ方がいいと思います。
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「顔のない男」 北森 鴻 2005.04.04 (2000.10.30 文藝春秋社) |
☆☆ |
世田谷の公園で男の惨殺死体が見つかった。空木精作と言う被害者の身元はすぐに判ったものの,空木は交友関係も無く,周辺の住民との接点も無く,まるで「顔のない男」だった。事件の捜査に当たった原口と又吉の二人の刑事は,空木の自宅から一冊の大学ノートを発見した。そこに書かれたメモから,空木は探偵として,依頼人からの調査を行っていた事が窺われた。 冒頭,被害者である空木が何者かに襲われて殺される場面から始まります。ここで作品のキーとなる栄光商事と言う名が示されます。そしてベテランと若手の二人の刑事,原口と又吉の捜査が始まります。如何にして彼らが栄光商事に辿り着くかと言う,倒述作品なんだろうと思って読み進みます。でも次々と事件は広がっていき,徐々に物語の謎も変わって行きます。そして探偵であった空木の調査記録も,本当は何だったんだと言う風になっていきます。意外な結末のは違いないのですが,読んでいてあまり意外な感じはしませんでした。それは後半のある人物のある行動が,あまりにも怪しすぎるからでしょうか。
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「瑠璃の契り−旗師・冬狐堂」 北森 鴻 2005.04.08 (2005.01.15 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
@ 「倣雛心中」 ... 眼病を患った陶子の元に持ち込まれた訳ありの人形。立て続けに何度も所有者が替わっていると言う。 骨董業界で旗師をしている冬孤堂こと宇佐見陶子のシリーズ4作目。業界の中での彼女に対する評価は高いものの,何かと悩みの多い陶子です。旗師として致命的とも言える眼の病を患ったり,学生時代のほろ苦い記憶を思い起こしたり,友人である硝子の意外な一面を見せ付けられたり,別れた夫の心配をしたりします。相変わらず骨董業界を巡る騙しあいや駆け引きが,生々しく描かれていきます。でも今回は骨董業の同業者や顧客と言うよりも,そのものを作った人物の方にスポットが当てられています。人形や一枚の絵,切り子椀を作った作者達の思いが,今に甦って主人公達を翻弄します。そんな中で悩みながらも骨董品に取り組む陶子と,彼女を力づける硝子と言う二人の女性の生き方が見ものです。
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「動く家の殺人」 歌野 晶午 2005.04.11 (1989.08.05 講談社) |
☆☆ |
信濃譲二が劇団「マスターストローク」の製作担当として参加する事になった。今回の公演は7年前に事故で亡くなった劇団員の女性の追悼公演で,建築家であり亡くなった女性の父親が建築した劇場が舞台だった。信濃は製作と言う実際は雑用係りに力量を発揮し初日を迎えたが,上演中に思わぬ事故が起こった。小道具のナイフが本物のナイフにすり返られていた為,団員が大怪我をしてしまったのだった。 「結論からいおう。信濃譲二は殺された。」と言う,市之瀬徹のショッキングな言葉から始まります。そして信濃が劇団の製作として参加する場面から,上演中の事故までが続きます。娘を失った父親の復讐だろう事は容易に想像できますし,タイトルからしても劇場に大掛かりな仕掛けがあるだろうと思えます。まあそちらの方はご想像下さい。でも読んでいて一番不思議だったのは冒頭の言葉です。本当に主人公の探偵役を殺してしまうんだろうか,と言う思いを引きずります。でも前2作における信濃譲二の印象からすると,どうもこの信濃譲二のキャラクターがおかしい。まあこれも読んでもらうしか無いのですが,あまりにもありきたりで拍子抜けしました。
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「灰色の北壁」 真保 裕一 2005.04.12 (2005.03.17 講談社) |
☆☆☆☆ |
@ 「黒部の羆」 ... 冬を迎えた北アルプス剣岳の小屋に一人残った元山岳警備隊員は,山に向かった二人の登山者が気になった。 登山をテーマにした3作の短編ですが,真保さんの作品で山のシーンが出てくると言えば,「ホワイトアウト」ですね。でも「クレタ,神々の山へ」何かを読むと,真保さん自体は登山の経験がほとんど無い事が判ります。本作では山や山に登る男たちの描写に迫力があって,作家の文章力(取材力もかな)って凄いと感じさせられます。遭難者と救助者,ノンフィクションライターとかつての作品,山の中と外,と言う風に3作とも二つの視点から語られます。この二つの視点の切り替えが絶妙で,緊張感溢れる作品に仕上がっています。特に表題作の「灰色の北壁」は,最近山で遭難死した天才クライマーにかつて持ち上がった疑惑と,彼を取り巻く人達の思いが複雑に交錯する重厚な作品です。残りの2作はミステリー色は弱く,物語としての盛り上がりに欠ける面もありますが,山に登る人達の気持ちが強く前面に押し出されています。
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「この闇と光」 服部 まゆみ 2005.04.13 (1998.11.05 角川書店) |
☆☆ |
失脚した王である父とともに,小さな別荘に幽閉されている盲目のレイア姫。彼女を溺愛する父は優しく,レイアにたくさんの物語を読み,音楽を聴かせ,誕生日には犬やドレスなどのプレゼントを買ってきてくれた。しかし敵国の女である侍女のダフネは意地悪だった。つねにレイアに辛くあたり,酷い言葉を投げかけてきた。そしてレイアは成長し13歳になった時,彼女の世界は突然変わってしまった。 戦に負けた国の王と姫が幽閉されて,と言う話だったら当然,中世ヨーロッパの話だと思いますよね。でもラジカセ,CD,ポケベルが登場してきて,何か変。第一,幽閉されているはずの国王が娘にプレゼントを買ってきたりするのもおかしいですよね。そして丁度中間あたりで,物語の世界は一転します。優しい父親と暮らす日々こそが光の世界で,醜い現実の世界こそが闇の世界のはずだったのに。確かに前半部分を読んでいて,何年か前に発覚したある事件を思い出しました。でもそれを上回る驚きが待っていたのですが,それが面白いかと言うと別問題で,ちょっと嫌悪感を感じさせられました。
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「天使の爪」 大沢 在昌 2005.04.14 (2003.08.10 小学館) |
☆☆☆ |
目黒にある関東信越厚生局麻薬取締部を襲った全裸の女。中国人とおぼしきその女は,局員一人を殺害し一人を人質にとって立て篭もった。要求は最近捕まった中国人マフィアのリーダーの解放で,交渉人として指名されたのは,麻薬Gメンの神埼アスカだった。彼女は警視庁勤務時代に狙撃され,その後極秘裏に脳移植手術を受けた女性だった。そして同じ人物から脳移植手術を受けた一人のロシア人が日本へとやってきた。 また,やってしまった。本作は「天使の牙」の続編だったんですね。と言う事はいずれ前作を読む時は,二人の主人公がこうなった事を知った上で読まなくてはならず,ちょっと興ざめになっちゃいそうです。さて実際に脳移植なんて可能かどうかは考えないとして,ある一人の身体に別人の意識が混ざると言うのはSFではありきたり。でも本作はSF作品ではなくて,あくまでもハードボイルド。この様な作品に,そういった設定は邪魔の様な気もしますが,警察と麻取,CIAやSVR(ロシア対外情報局)が入り乱れるストーリーは手に汗を握ります。またアスカと同様に脳移植手術を受けたロシア人との対決もいい。でも中心は,アスカとかつての恋人で刑事の古芳和正との葛藤の部分でしょうか。
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「空中ブランコ」 奥田 英朗 2005.04.14 (2004.04.25 文藝春秋社) |
☆☆☆☆ |
@ 「空中ブランコ」 ... 最近何かと不調なサーカス団員が訪れた病院。その精神科医は喜んでサーカス団にやってきた。 第131回直木賞を受賞した作品です。主人公は伊良部一郎と言う名の精神科医ですが,これがまたとんでもない医者。色白のアザラシみたいな風貌で,クールで巨乳の看護婦とともに,やってくる患者を巻き込んで繰り広げられるドタバタ劇。患者の方はと言うと,皆変わった悩みを抱えているのですが,物語の視点は患者側。それぞれの患者がかなりシリアスに描かれているのに対して,伊良部はやたらと幼稚な印象。読み始めはこのバランスの悪さが気になったのですが,進むにつれて気にならなくなってしまいました。患者も最初は彼の行動に戸惑うのですが,何となくいつのまにか癒されて直ってしまう,と言う展開に似てますね。ちなみに,この伊良部が出てくる「イン・ザ・プール」と言う作品があるそうです。
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「駆けこみ交番」 乃南 アサ 2005.04.17 (2005.03.30 新潮社) |
☆☆ |
@ 「とどろきセブン」 ... 老婆達からの通報で巡回連絡に訪れた家は,冷たい風と異様な匂いで一目でおかしいと思った。 警察学校を出たばかりで交番勤務についた高木聖大を描いた「ボクの町」の続編。さる老婦人が明け方の交番に,寝付けないからと訪ねてくるところから物語りは始まります。この老婦人は7人の仲間とクラブを作っており,何故か聖大は気に入られてしまいます。まあ確かに老人に気に入られるタイプですけどね。一癖も二癖もある老人達なのですが,やる気の感じられない先輩達の中で頑張る聖大を,もっと単純に描いた方が良かった気がしました。最後の話からすると今後,交番勤務から刑事へと進んでしまうのかも知れませんが,普通のオマワリサンの話で続けて欲しい気がします。
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「日曜の夜は出たくない」 倉知 淳 2005.04.19 (1994.01.25 東京創元社) |
☆☆☆ |
@ 「空中散歩者の最後」 ... ビルから墜落したであろう男の死体。検死の結果,周りのビルから落ちたとは思えなかった。 倉知淳さんのデビュー作ですが,アマチュア時代に若竹七海さんの「競作五十円玉二十枚の謎」に,猫丸先輩とともに登場しているんですよね。さてこの猫丸先輩ですが,フリーターの為に色々な形で登場してきます。船頭だったり,役者であったり,寄生虫の研究家だったり,単に好奇心旺盛な人物だったりします。ですので彼が登場してくる場面は意表を突いていて面白いと思うのですが,どうもこの自分本位なキャラクターが気に入らない。まあ小説に出てくる探偵役にはありがちなタイプですけど,もう少し魅力的な描き方ができないものでしょうか。話の方は7話なのですが,その後に「誰にも解析できないであろうメッセージ」と「蛇足−あるいは真夜中の電話」が挿入されます。そこでこの7話に隠された幾つかの仕掛けが,作者と登場人物との会話の形で披露されます。ユニークだとは思いますが,それ程の驚きはありませんでした。
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「君たちに明日はない」 垣根 涼介 2005.04.21 (2005.03.30 新潮社) |
☆☆ |
@ 「怒り狂う女」 ... 建材メーカー勤務の陽子は,今自分が抱えているプロジェクトが終わるまで会社を辞めるつもりは無かった。 日本ヒューマンリアクト社はリストラを専門に請け負う会社で,規模は小さいが有力企業を顧客に持っていた。そこで働く真介の仕事は,各社から提出されたリストラ対象者を退社させる,いわば首切りの面接官。自分より年上の男からは疎まれ恨まれ,女の子には泣かれ,また逆恨みから殴られたりもします。あまりしたくなるような仕事ではないですが,リストラされる方からすればまだいいか。リストラの悲惨さを前面に押し出している訳ではなく,逆に主な登場人物は皆丸く収まってしまいます。でも同じサラリーマンとしては,あっけらかんとリストラを扱っている感じがして,ちょっと嫌な気持ちにさせられました。上司に恵まれなかったり,会社が他社に吸収されてしまったり,業界自体が不況に陥ったりと,本人の資質や努力とは別の事情でいきなりリストラされるって,される側からすると理不尽でしょうね。でもリストラをする方とされる方,双方の心理描写なんかは上手く描けているし,話自体は面白いと思います。
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「名探偵は,ここにいる」 アンソロジー 2005.04.21 (2001.11.01 角川書店) |
☆☆ |
@ 「神影荘奇談」 太田忠司 ... 俊介君達が喫茶店の客からきかされた,奇妙な洋館でのとんでもない出来事の真相。 本格ミステリーに名探偵は付き物ですが,作者にとって独自の名探偵を持っている人が多いのでしょうか。ここでは太田忠司さんの俊介君(野上所長,ジャンヌ,アキさん)しか知りませんでした。俊介君はいつも悩んでばかりで中学生っぽくないし,島田荘司さんの御手洗は大嫌いだし,実はあまり気に入っている探偵役って居ないんです。皆ホームズとワトソンのスタイルを意識し,ワトソン役との違いを際立たせるためにか,やたらとクールと言うか高慢ちきな探偵役を作ってしまっている感じがします。本作では鯨さんの探偵役が,笑えていいですね。まさか本物の安楽椅子探偵を登場させるとは!。4作ともちょっと強引過ぎたり,偶然に頼り過ぎたりする部分が目立ち,本来の名探偵と言う感じはしませんでした。
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「十四番目の月」 海月 ルイ 2005.04.25 (2005.03.10 文藝春秋社) |
☆☆ |
主婦の桑島樹奈はスーパーで買い物中に,2歳の娘の美有を誘拐されてしまった。2千万円の身代金を犯人から要求され,身代金の運搬は樹奈に託された。犯人からの指示で京都市内を転々とさせられ,ホテルで行われていたデパートの展示会場で身代金を奪われてしまう。またその会場でピアノ演奏をしていた奈津子も,事件に巻き込まれていく。 誘拐を扱った作品では,やはり身代金奪取の場面が読みどころだと思います。この作品では最初に身代金奪取の場面が描かれます。誘拐犯と運搬役,そしてそれを見守る警察の場面は緊迫感があっていい。でもその後が何となく間延びしてしまったと言うか,緊張感が感じられないんです。樹奈,奈津子,早苗それぞれの家族が抱える問題が続き,樹奈と言う一方の当事者のだらしなさに嫌気がさしてしまう。身代金を奪うトリックは上手いとは思うが,ちょっと引っ張りすぎだし,結末も強引な感じ。誘拐事件をスリリングに描くか,女性登場人物それぞれの心理描写に徹するかした方が良かったんじゃないんでしょうか。ちなみにユーミンの曲のタイトルにもなっている「十四番目の月」とは,十五夜の一つ前,つまり次の夜から欠けて行く満月ではなく,満月を迎える直前を意味するんでしょうが,話の筋と結び付かない気がします。
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「イン・ザ・プール」 奥田 英朗 2005.04.26 (2002.05.15 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
@ 「イン・ザ・プール」 ... 内臓の調子がおかしい雑誌編集者は,ストレス解消のための水泳に嵌ってしまった。 「空中ブランコ」に登場した精神科医の伊良部が出てきますが,こちらの方が先です。相変わらずとんでもなく軽薄な精神科医で,彼のもとを訪れる患者達の深刻さが際立っています。まあ患者達は皆何らかの強迫観念に囚われているのですが,伊良部のとても治療とは言えない治療によって,何となく直ってしまいます。常に何かに脅えている現代人に対する皮肉,として読めばいいのかも知れませんね。私は今のところ精神科医のお世話になった事はありませんが,「いてもたっても」の気持ちは良く判ります。私の場合,車の鍵を掛けたかどうかがいつも気になります。ところで伊良部一郎と言う名は,野球選手の伊良部とイチローを意識したものでしょうが,ふてぶてしい伊良部とも,クールなイチローとも似ても似付かぬところがいいですね。でもこのキャラクターはどうも好きになれないなあ。
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「過ぎ行く風はみどり色」 倉知 淳 2005.04.28 (1995.06.30 東京創元社) |
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亡き妻に謝りたいと言う元不動産会社社長・方城兵馬の願いを叶える為に,長男の直嗣が連れて来たのは霊媒師だった。そして彼に胡散臭さを感じた長女が呼んだのは,霊媒師のインチキを暴こうとする超常現象の研究家。さらに10年以上,祖父と断絶していた孫の成一が方城家に戻ってきた。そんな中,離れに一人でいた兵馬が殺された。 猫丸先輩のシリーズ2作目で,今度は長編です。元会社社長,霊媒師,身体の不自由な美女,そして10年振りに帰ってきた男と,怪しい舞台設定が満載です。物語は祖父と和解するために戻ってきた方城成一と,子供の頃の交通事故のために車椅子生活を送る藤重佐枝子の視点で,交互に語られます。こう言う形で語られる場合,絶対にそれを利用した仕掛けがあるはずなんですが,何時もの如く全く判りません。そしてある事実が明かされる場面では,「えっ,うそー」と思わず絶句。綺麗に騙してくれましたね。伏線も丁寧に描かれていたし。確かに曖昧な表現を使う習慣を,上手く利用していると思いました。まあ猫丸先輩の性格が鼻に付き過ぎるのと,2番目3番目の殺害方法に疑問は残りますが,仕掛けの上手さが光っています。 |