読書の記録(2002年12月)

「遺品」 若竹 七海  2002.12.02 (1999.12.10 角川書店)

☆☆☆

 勤めていた市立美術館を解雇された私に,新しい職場を紹介してくれたのは大学の先輩だった。その先輩は大林国際観光グループの創業者,大林一郎の孫で,金沢にある銀鱗荘ホテルでの資料館設立の仕事だった。30年以上前に女優としてまた作家として活躍した曾根繭子。彼女のパトロンでもあった大林一郎は,そのホテルに曾根繭子の膨大なコレクションを残していた。それらを整理し資料館設立に向けて私は仕事を始めた。しかし幾つもの奇妙な出来事が私のまわりで起こり始めた。

 いきなり葉崎市が出てきたんで,「ヴィラ.マグノリアの殺人」や,「古書店アゼリアの死体」等のユーモア溢れた作品かなと思ったんですが,ホラーでした。まあ角川ホラー文庫ですからね。さてホテル近くの沼で自殺したとされる繭子。そして繭子が使ったと思われる割り箸や楊枝などまで保管していたコレクターの異常さ。そして繭子の幽霊の影が浮かんできます。生前彼女が書き残した戯曲をなぞるようにして起こる出来事。何度も燃やされそうになっても帰ってきたビデオや猫の剥製。この辺一つ一つの事柄が,ジワリと怖さを巻き起こします。でもこの結末はホラーとしてはどうなんでしょう。どんでん返しを意識したのかも知れませんが,ちょっとはぐらかされた気がしました。でもホラーの結末として陰惨な結末じゃないのはいいですね。

 

「照柿」 高村 薫  2002.12.04 (1994.07.15 講談社)

☆☆

 事件の捜査で電車に乗っていた刑事の合田雄一郎は,電車への飛び込み事故に遭遇した。そこで知り合った佐野美保子と言う女性に,合田は惹かれるものを感じた。しかしホームから落ちて亡くなった女性は,美保子の夫の愛人。そして美保子の不倫相手の野田達夫は,偶然にも合田の幼馴染だった事が判る。担当する強盗殺人事件もなかなか解決しないなか,合田は美保子への想いと達夫への嫉妬に苦悩する。そして熱処理工場で働く達夫は,仕事上のトラブルに怒りを強めていく。

 いきなりJR青梅線の拝島駅の描写で始まるんですが,会社への行きに読み始めたので,まさに自分が今居る場所なのにビックリ(私は青梅市在住で,拝島を通って新橋まで通っております)。そして立川駅の手前では,「線路に人が落ちたので少々停車します。」と言うアナウンスが入り,さらにビックリ。読んでいる小説と同じ様な展開に,ホラーの世界に迷い込んでしまったのかと,ちょっぴり不安になりました。久し振りの高村さんの作品ですが,やはり読み辛いですね。八王子,昭島,羽村,立川,青梅と言った,私の地元がいたるところに出てきます。あの「マークスの山」の合田刑事が主人公です。そちらでは事件解決に活躍する刑事なんですが,こちらはちょっと違います。確かに「お蘭」さんとともに強盗殺人事件に取り組んでいますが,今回は合田刑事の内面の話。と言うよりも,合田と達夫と美保子と言う不器用な生き方しかできない人達の物語か。読んでいてとても暑苦しさを感じます。物語の季節は暑い夏,熱処理工場の炉の熱さ,3人の心理描写の篤さ,そして本自体のぶ厚さ。照柿と言うのは,じゅくした赤い柿の実の色だそうです。この本,夏の暑い時期には読まない方がいいようです。読むのに気合が必要な作品は,ちょっと苦手です。

 

「MIST ミスト」 池井戸 潤  2002.12.06 (2002.11.30 双葉社)

☆☆☆

 中部地方にある高原の町,塔野町紫野。大きな事件も起こらないこの町の交番に勤務する,上松五郎巡査は平穏な独身生活を送っていた。しかし町の有力者が不審な死を遂げた事によって,その生活は一変する。続いて起こった新聞記者の失踪,そして連続して起こる惨殺事件。上松は5年前に東京で起こった,自殺志願者の連続殺人事件とのつながりを突き止める。

 池井戸さんは元銀行マンで,銀行を舞台にした「果つる底なき」でデビュー以来,金融にまつわる作品を出してきました。今回初めて銀行と直接関係の無い話なので,ちょっと意外でした。生徒の指導に悩む小学校の先生,新たに出店した店舗の不成績に苦しむ経営者とその娘,貸金業を営む別荘の住人。いくつかの視点で物語りは進行しますが,ちょっと描写が中途半端な感じで,主人公である上松がかすみ気味。5年前の事件とのつながりで,犯人は容易に想像できるので,後半のサスペンスの部分が弱く感じられました。捜査にあたる刑事達の動きも見えないので,異常な犯人と上松の対決に焦点をあてた方が,盛り上がるんじゃないでしょうか。

 

「ゲームの名は誘拐」 東野 圭吾  2002.12.07 (2002.11.25 光文社) お勧め

☆☆☆☆☆

 広告代理店に勤める佐久間駿介は,自分が担当していたイベントを,取引先の葛城副社長にいきなりボツにされた。文句を言おうと副社長宅に乗り込んだ駿介だったが,そこで見たものは屋敷の塀を乗り越えて出てきた一人の少女だった。後をつけて声を掛けると,意外な事を話し始めた。彼女は葛城の長女の樹里で,葛城の愛人との間の子供。そして居場所の無い家から家出をするところだと言う。駿介は彼女と一緒に,葛城へ狂言誘拐と言うゲームを仕掛ける事になる。

 お見事。言う事無いですね。犯人側からのみ記述される展開は,相手となる警察や被害者の動きが全く見えない事によって,独特の緊迫感をかもし出しています。身代金の受け渡し方法も秀逸だし,駿介と樹里の描写も活き活きとしています。そして何と言っても最後のどんでん返しの見事さ。全てを犯人である駿介の視点にしたのが,物凄い効果をあげています。横須賀での幾つかの出来事は,読んでいて何らかの伏線だと言うのは気が付きます。でもそれはあくまでも駿介のゲームでの負け,つまりは狂言誘拐の失敗と言う結果の為だと思っていました。でもこういう形に持って行くとは...。ちなみに本作は,光文社発行の雑誌「Gainer(ゲイナー)」に,「青春のデスマスク」と言うタイトルで連載されていた作品だそうです。

 

「誘拐の果実」 真保 裕一  2002.12.07 (2002.11.10 集英社)

☆☆☆☆

 東京中野にある宝寿会総合病院の院長,辻倉政国の17歳になる孫娘が誘拐された。犯人からの要求は,同病院に入院している永渕孝治の命を奪う事。永渕は大手外食チェーン,バッカスグループの会長で,未公開株の譲渡事件で裁判を待つ間,世間の目から身を隠すために,この病院の最上階の特別室に入院している。犯人が要求してきた期限まで40時間もない。その頃神奈川県では,19歳の男子大学生が誘拐された。こちらは身代金7千万円を,バッカスグループの株で支払えと要求してきた。

 東野さんの誘拐の次は,真保さんの誘拐。どちらも同じ誘拐を扱っていますが,とても対照的ですね。エンターテイメントに徹した東野さんに対して,こちらは人間の打算や良心,親子のあり方と言った問題を突きつける社会派。営利誘拐と言うと,普通犯人からの要求は現金ですが,こちらは入院患者の命や株券と言う意外性に唸らされます。医師だったら入院患者を殺害する事は可能でしょうし,善意の第三者を巻き込んで,有価証券で身代金の受け渡しを行うと言うのも納得がいきます。そして最初の方で永渕の死を偽装する場面が出てきますが,なかなかの迫力です。でも中盤くらいから二つの事件のつながり方,犯人の動機と言った部分が話の中心になっていき,読み応えはあるんですが,かなり冗長な感じがしました。そしてその動機についても,ちょっと納得がいかない部分もあります。東野さんの作品と比べるのは全く無意味な事ですが,あのテンポの良さを考えると,ちょっと読むのが辛い感じがしました。

 

「ハサミ男」 殊能 将之  2002.12.10 (1999.08.05 講談社)

☆☆☆

 女子高校生を絞殺し,死体の喉にハサミを突き立てられた二人の被害者。マスコミからは「ハサミ男」と名付けられたわたしは,次の獲物を決めていた。それは目黒区鷹番に住む女子高生の樽宮由紀子だった。わたしは由紀子の行動を観察を続けていたが,何とその由紀子が殺されてしまった。それも絞殺され喉にハサミを突き立てられた死体で。そして第一発見者となってしまったわたしは,自分の犯行を模倣した犯人を探し出す羽目になってしまった。

 第13回メフィスト賞受賞作です。ハサミ男と名付けられたわたしの視点では,次なる獲物の由紀子を狙う場面と,自殺未遂を繰り返し,医師との不思議な会話が綴られます。そして犯人を追う警察それも犯罪心理分析官らの動きが述べられます。二人を殺したハサミ男が,由紀子を殺した犯人を追い,さらに警察がハサミ男を追う展開です。読んでいてかなり違和感を感じさせられるんですが,医師と言うもう一つの人格を持ったハサミ男の不確かさでしょうか。出版会社でアルバイトをする太ったわたし。その名前はずっと出てこないんですが,警察の捜査で第一発見者の名前が述べられます。そしてその人物がある人物を訪ねた時から,物語は一気に動きます。そして思ってもみなかった結末を迎えるのですが,こういうのを面白いと思うか思わないかによって,本作の印象は大きく変わるんでしょう。良く出来ているとは思いますが,わたしはちょっと苦手。

 

「模倣犯」 宮部 みゆき  2002.12.19 (2001.04.20 小学館)

☆☆☆☆

 公園のごみ箱から見つかった物は,紙袋に入れられた女性の腕だった。犬の散歩中に第一発見者の一人となってしまった塚田真一は,かつて両親と妹の家族全員を惨殺された経験の持ち主だった。公園で発見された腕の事がニュースに流れた時,有馬義男は3ヶ月前に行方不明になった孫娘の古川鞠子のものではないかと思った。調べた結果は別人だったのだが,同じ公園から鞠子のハンドバックが見つかった。また女性行方不明者のルポを書こうとしていた前畑滋子は,かつて取材の対象としていた鞠子のニュースを見ていた。

 長かったですねえ。1冊(と言っても上下巻2冊ですが)読むのに10日も掛かったのは,あの「永遠の仔」以来でしょうか。内容の方も,そちらに負けず劣らずの重いものでした。劇場犯罪なんて言葉が使われる様になったのは,グリコ森永事件だったでしょうか。それとも宮崎の連続幼女殺人事件だったでしょうか。金に困って強盗や誘拐をする,何らかの恨みを晴らすために殺人を行う。それらは許されない事とは言え,その動機には納得できる部分があります。でも差し迫った動機を持たない,ここに描かれる様な犯罪は特殊な事だと言い切れるんでしょうか。被害者の家族やマスコミ宛てに電話を掛けてきたり,白骨死体を送り届ける犯人達。普通の犯人だったら,少しでも犯行に関わる部分を隠そうとするんでしょう。でも自らの快楽のために,そして大多数の観客達の為を思って,犯行をアピールする犯人達。最近起こった様々な特殊な犯罪によって,わたし達はこう言った事件が少しも特殊な事では無い事を知ってしまっています。それどころかわたし達は観客として,新たな特殊な犯罪を期待しているのかも知れません。三部構成になっていますが,第一部では被害者側から,第二部では犯人側からの描写です。そして第三部でその後が描かれるんですが,こういった構成って面白いですね。犯行の場面や被害者家族の苦悩など,かなり書き込まれていて重苦しい部分も多いんですが,有馬義男をはじめホッとさせるキャラクターの存在が救いです。何で「模倣犯」と言うタイトルなんだろうと思っていましたが,最後になってその訳が判ります。

 

「宿敵」 小杉 健治  2002.12.21 (1994.08.20 新潮社)

☆☆

 全日本弁護士連合会の会長選挙に立候補している河合弁護士が,謹慎処分を受けていた川田弁護士に刺されるという事件が発生した。河合の選挙運動の中心として活動している北見は,河合の当選確実と思われる選挙戦の裏で何かが動いているのを感じた。またその頃,大阪に出張中の大企業の部長が謎の死を遂げた。

 弁護士法の基本精神は,「基本的人権の擁護と社会正義の実現」だそうです。人権だとか正義だとか言う言葉を面と向かって使われると,何かそこに胡散臭いものを感じてしまいます。ここでは弁護士連合会の会長選挙を通じて,それぞれの弁護士会同士の抗争,弁護士と検察の対立,そしてさらには企業と政界の癒着,サラリーマンの過労死問題等が延々と綴られていきます。そしてタイトルにあるように,少年時代からのライバルである,弁護士の北見と検事の若宮の話がそれらに被ってきます。うーん,何か全体的に話がどっちつかずな感じです。本当かどうかは知りませんが弁護士と言う人達の実態なんか,かなり鋭く描かれているんですが,いろんな事を詰め込み過ぎたか。ある一人の女性の謎の死の部分も弱い感じだし,結末も中途半端。まあ3人集まれば派閥ができるって言いますけど,弁護士ってこんな事ばかりやっているんでしょうか。

 

「ルーム」 新津 きよみ  2002.12.22 (2002.09.05 実業之日本社)

☆☆

 東京の文具メーカーに勤める片桐奈央子は,福島で一人暮らしをしている母親が悩みの種だった。姉の加寿子は名古屋で結婚生活を送っており,年取った母にもしもの事があったら,今の職場を捨てなくてはならない。一方,黒崎友美は,7年前に家出した姉の中平里美が,急死した事を病院から知らされた。両親の葬式にも顔を出さず,自分の結婚式にも呼ばなかった姉だった。その姉の住んでいた部屋の片付けに向かった里美は,姉の秘密を知る事になる。

 奈央子と友美,それぞれ二つの家族の物語なんですが,主にミステリーなのは里子の方。突然姉の死を知らされた友美は,この7年間の里美の生活を全く知りません。子供の頃から頭の良かった姉は,全てを記憶してしまうんで,住所録や何らかのメモを何も残していなかった。そして部屋にあったのは,人間の物と思われる骨。姉の秘密を暴く事に心苦しさを感じつつも,ほとんど手掛かりの無い中から調べ始める友美。とは言っても探偵っぽい役柄でもないし,心理描写を中心に描いている訳でもなくて,何かダラダラと読まされてしまった感じでした。大体,ひねりが無さ過ぎ。

 

「ダーク」 桐野 夏生  2002.12.26 (2002.10.28 講談社)

☆☆

 成瀬が4年前に刑務所内で自殺した事を知ったミロは,この事実を隠していた義父の村善が暮らす小樽へ向かった。暴力団から依頼された調査の仕事を引退した村善は,ミロと同じ歳の盲目の女性と暮らしていた。そこで心臓病の発作を起こした義父を見殺しにしたミロは,久恵をはじめ村善の関係者から追われる身になる。博多で知り合った韓国人男性と釜山に逃げたミロだったが,追手はどこまでも追いかけて来た。

 ミロ.シリーズの最新作ですが,デビュー作の「顔に降りかかる雨」の頃のミロの印象は微塵もありません。これはシリーズ前作の「ローズガーデン」でも感じた事なんですが,シリーズ.キャラクターの扱い方として異様な感じがします。日本から韓国,そしてまた日本へと舞台を移して展開するストーリーは,サスペンスに溢れ面白いのですが,どうもミロ,村善,そして友部の印象の変化について行けない感じです。義理の父親との確執は判らなくは無いのですが,「40歳になったら死のうと思っている。」と言うミロの気持ちが理解できませんでした。それにしてもこの本,分厚いですね。上下2段にするなりして,もう少し持ち運びを考えて欲しいですね。通勤時しか読む時間が無いので辛いです。

 

「パスティーシュと透明人間」 清水 義範  2002.12.27 (1992.06.10 実業之日本社)

☆☆☆

 清水義範さんが様々な雑誌等に発表したエッセイ集。嘘の事を書く小説と違って,自分にとって本当の事を書かなくてはいけないエッセイは嫌いだといいながら,楽しく読ませてくれています。4章の構成になっているんですが,第一章の「言葉と物語」が面白い。ドラマや映画での会話,小説での会話,そして実際の人の会話の違いなんて,当たり前の事なんだけれども,なるほどなあと唸らされます。清水さんと言うと「パスティーシュ」とよく言われますが,文章の上手さが際立っています。「似ッ非イ教室」何か読むと良く判ります。第二章は名古屋について。名古屋出身の清水さんと違って,私は名古屋に何の思い入れもないので,ピンとこない面もありますが,信長,秀吉,家康の話何か面白いですね。でも「蕎麦ときしめん」の方がいいかな。後はちょっとあまりにも雑多な感じがしました。