読書の記録(2006年09月)

「東京ダモイ」 鏑木 蓮  2006.09.01 (2006.08.10 講談社)

☆☆

 氷点下50度の過酷な第53俘虜収容所でのシベリア抑留生活の中,鴻山中尉が首を一刀両断にされた死体となって発見された。犯人は判らなかった。そして58年後,死体の発見者であり,日本に戻った高津元二等兵が,シベリア抑留生活を詠んだ俳句集を自費出版しようとしていた。そんな中,俘虜収容所で看護婦をしていたロシア人女性が舞鶴港で死体となって発見された。そして彼女に同行していた日本人男性は行方不明となっていた。

 本年度第52回の江戸川乱歩賞の受賞作です。「ダモイ」とは「帰還」を意味する言葉のようで,戦後シベリアに抑留された日本人捕虜達にとって,日本へのダモイ(帰還)は大きな夢だったんでしょう。何でシベリア抑留何て事が起こったのか判りませんが,日本人として風化させてはいけない事柄だと思います。本作の中にもシベリア抑留生活の過酷さが,迫力を持って描かれています。そしてその中で起こった鴻山中尉の惨殺事件。そして58年後,この事件に関連したと思われる殺人事件が発生します。この事件が話の中心になるのですが,高津が書いた手記の印象が強すぎて,事件を追う警察や槙野らの動きがかすんでいます。手記に掲載されている俳句が頼り,と言うのがそもそも地味なんでしょうか。それにしても自費出版でそんなにブームになっているんでしょうか。昔と違ってインターネットがこれだけ発達しているので,いちいち本を出版しなくてもいい様な気がするのですが。

 

「札差殺し」 小杉 健治  2006.09.06 (2004.09.05 祥伝社)

☆☆☆

 風烈廻り与力の青柳剣一郎が懇意にしている質屋・大和屋の主人が追剥に遭って殺された。偶然にその現場を目撃した権助は,金になると思い追剥の後を追いかけた。そして追剥は部屋住みの旗本だという事を突き止めるとともに,彼の物らしい高価そうな煙草入れを拾った。その後,権助は謎の刺客に襲われ青柳に助けられた。そんな中,旗本の娘が立て続けに自殺する事件が起こった。

 シリーズ2作目の「火盗殺し」を先に読んでしまいましたが,与力の青柳剣一郎を主人公とするシリーズ作の1作目です。歴史物は言葉が判らない事が多いんですが,まずタイトルにある「札差」と言うのが判りません。読めば判りますが,「札差」とは江戸時代に幕府から旗本・御家人に支給される米の仲介を業とした者で,給米を担保に高利貸しを行い大変なお金持ちなんですね。それに比べて武士とはいえ旗本連中は惨めです。主人公の青柳もそうで,兄が不慮の事故で亡くなったから与力になった訳で,だからこそ錦吾の事件に深く関わって行きます。武家社会の矛盾と言ったところが前面に出ていますが,チャンバラ・シーンなどのサスペンスも楽しめます。歴史物にしては読み易い作品です。

 

「ヴィンテージ・シックス」 アンソロジー  2006.09.06 (2006.06.12 講談社)

☆☆☆

@ 「父の手」 石田衣良 ... 東京での不動産営業に嫌気がさして,生まれ故郷にUターン転職を希望し一時帰省た男性。
A 「トカイ行き」 角田光代 ... 長年付き合った恋人と別れ,会社も辞めて,ハンガリーに一人旅立った女性。
B 「ひとしずく」 重松清 ... 妻の誕生日祝いに買ったワインは,妻が生まれた年に作られたヴィンテージワインだった。
C 「天使の分け前」 篠田節子 ... 各国の首脳を集めた大晩餐会で出されるはずだったワインがテロリストに奪われた。
D 「腕枕」 藤田宜永 ... 失意の映画監督が訪れたのは,彼が若い頃暮らしたフランス。そこで一人の女性と出会った。
E 「浅間情話」 唯川恵 ... 男が残した借金返済のため,軽井沢の実家に戻って家政婦になった女性。

 6人の直木賞受賞作家による,ワインを題材にしたアンソロジーです。何でワインなの?と言う気もしないでもない作品もあります。日頃あまりワインを飲まない私にとってはピンと来ない感じもしました。でも「トカイ行き」に出てくる貴腐ワインは印象に残っています。山梨県にあるサントリーワイナリーを訪れた時に飲んだのですが,飲んでビックリしました。とてもワインとは思えない深い甘みと値段(確かグラス一杯2千円)に驚きました。さて作品の方ですが,アンソロジーらしく各作者の特徴がよく出ているのではないでしょうか。いかにもありそうな話の「ひとしずく」と,ちょっとしんみりとした「浅間情話」が印象的でした。コメディタッチの「天使の分け前」は期待外れか。そう言えばサントリーワイナリーで作っているワインの名前が「登美」だったと思いました。

 

「八丁堀殺し」 小杉 健治  2006.09.08 (2005.04.20 祥伝社)

☆☆☆

 風烈廻り与力の青柳剣一郎が市中の見回りをしている時,帰り支度の当番与力・原金之助に出会った。金之助は所帯を持ったばかりの新婚だった。彼と別れてすぐ,剣一郎は金之助の悲鳴を聴いた。急いで駆けつけると,金之助は無残にも斬り殺されていた。そしてそこには「熊」と書かれた紙が残されていた。そんな中剣一郎は,知り合いであり江戸でも指折りの指物師の英五郎が,強盗殺人の罪で捕らえられた事を知り驚いた。

 青柳剣一郎シリーズの3作目。今回は剣一郎の息子である剣之助も大活躍。とは言っても,思いを寄せる女の子との関係が微妙になったり,進路の事で悩んだり,そして人質になってしまったりです。まあ江戸時代の武家社会の矛盾に関する話は,以前から同様です。物語は,連続して起こった与力の殺害と,知り合いの指物師の冤罪事件の二つが並行して進みます。前2作でもそうですが,やたらと強い相手が出てきて,何度か剣一郎と対戦します。何度か危ない目に遭いながらも最後には勝つのですが,どうも剣一郎は頭の切れはともかく,剣の腕が立つ様には思えないんです。サスペンスとしてはイマイチだと思いますが,江戸時代の雰囲気は伝わってきますし,何と言っても歴史物にしては読み易いのがいい。

 

「下北サンデーズ」 石田 衣良  2006.09.08 (2006.07.25 幻冬舎)

☆☆

 大学生になった里中ゆいかは,下北沢にある小さな劇団「下北サンデーズ」に入団する。彼女がこの劇団を選んだのは,以前この劇団の劇を観て感激したからだった。演劇に関して全くの素人のゆいかに,劇団のメンバーは時には優しく時には厳しく接してくれた。そしてまるで彼女が幸運を運んだかの様に,「下北サンデーズ」は成功の道を進み始めた。

 この作品が出版されたのが6年7月で,テレビドラマとして放送されたのが6年7月から9月まで。こう言うのって結構珍しいですよね。さて私は上戸彩が里中ゆいか役を演じたと言うドラマの方は見ていません。小説で読んで気に入った作品を後になってテレビや映画で見て失望したと言うのは良く聞きますが,出版と放送がほぼ同時と言うのはどうなんでしょう。さて演劇に賭ける若者達の成功の物語です。下北沢の雰囲気も良く出ているし,劇団の若者達のキャラクターも面白く描かれています。でも何かとんとん拍子に進みすぎて,あまりにもアッサリとし過ぎです。成長の影にはいくつもの苦難や努力や幸運があるのですが,そう言った面があまり描かれていないので,薄っぺらな感じがしてしまいます。でも面白いには面白いんですけどね。

 

「三年坂 火の夢」 早瀬 乱  2006.09.12 (2006.08.10 講談社)

☆☆

 東京で帝大に通っていた兄の義之が,怪我をして奈良の家に戻ってきた。そして弟の内村実之に,「三年坂で転んでね」と言う言葉を残して,兄は亡くなった。三年坂とは何の事なのか,兄の死の真相は何だったのか,そして家族を捨てて東京にいる筈の父は何処にいるのか。一旦は諦めていた一高そして帝大への進学と謎の解明の為,実之は東京へ向かった。

 第52回江戸川乱歩賞の受賞作です。題名の通り,「三年坂」の章と「火の夢」の章とで構成されています。前者は兄の死の真相を追う弟の実之の物語で,後者では英国帰りの男が,江戸・東京における火事に関する調べを進めていきます。明治時代の東京が舞台となっており,その当時の社会だとか地図とかがキーになっています。ここら辺は書くのが大変だっただろうなあとは思うんですが,読んでいて退屈してしまいました。そもそも謎に魅力が無さ過ぎですし,実之の行動も納得できません。読んでいる者を引き込む力が無いんでしょうか。本作と同時に受賞した「東京ダモイ」でも,俳句の場面は見事だと思いましたが,だから面白かったかと言われれば,そうとも思えませんでした。著者の取材力だとか知識力は凄いと思いますけど,もう少し読者を楽しませる工夫が欲しい気がします。その点から言うと,今年の2作の受賞は疑問です。ちなみに私が今までに読んだ江戸川乱歩賞受賞作の中のベストは,高野和明さんの「13階段」です。

 

「行方不明者」 折原 一  2006.09.14 (2006.08.05 文藝春秋社)

☆☆☆☆

  埼玉県蓮田市 で一家四人が忽然と姿を消した。老婆と息子夫婦と娘は,朝食の支度をしたまま,何処へ行ってしまったのか。女性ライターの“私”こと五十嵐みどりは,関係者に会って真相を突き止めようとしていた。また 戸田市 内では謎の連続通り魔事件が発生していた。売れない作家の“僕”は,新しい長編作品のテーマにする為,偶然に知り合った容疑者の後を追い始めた。

 折原さんの作品には,「○○者」と言うタイトルの作品がいくつかあります。別にシリーズ作と言う訳ではないのですが,「冤罪者」以降は五十嵐友也と言うルポライターが登場しています。今回は五十嵐みどりと言う女性ライターが出てきますが,彼女が一家4人失踪事件を追います。それと同時に描かれるのが,作家の僕が連続通り魔事件を追う話です。この二つの事件がどの様に繋がるのかが興味の的なのですが,折原さんの事ですから簡単には済みません。僕の名前は何で出てこないのか,二つの話の時間的な関係はどうなのか,以前起こったと言う一家4人惨殺事件との関係は,など色々疑問が沸き起こってきます。そして最後は見事な着地です。どうも折原さんの作品は最後でずっこけるイメージがあったのですが,ここ何作かは以前よりシンプルになったせいか,騙される爽快感が感じられます。これで登場人物に爽快感が感じられるともっといいのですが。

 

「猫島ハウスの騒動」 若竹 七海  2006.09.16 (2006.07.25 光文社)

☆☆

 神奈川県葉崎市の沖合いにある通称・猫島は,名前の通り百匹を越える猫が住んでいた。島の民宿・猫島ハウスでは,夏休みを迎えた高校生の響子が,家業の手伝いに励んでいた。そんなある日,響子の同級生の菅野虎鉄は,ナンパの最中にナイフが突き立った猫の死体を発見した。でもそれは猫の死体ではなく,猫のぬいぐるみだった。

 神奈川県葉崎市は架空の町ですが,若竹さんの作品にはよく出てきます。今回は干潮時には陸続きとなる,猫が一杯住んでいる猫島が舞台。ナイフが刺さった猫のぬいぐるみ発見から始まって,海の上を暴走していたマリンバイクの上に人間が降ってきて衝突死する事件が起こります。過去に起こった銀行強盗事件やら,覚醒剤の密売だとかの事件が描かれていきますが,ストーリー自体はちょっと退屈気味。でもそのかわり,登場人物が面白い。鋭いのかどうか良く判らない駒持警部補や七瀬巡査。猫島ハウスの面々や猫島神社の神主さん。そして多くの猫達。イチオシはポリス猫のDCでしょうか。

 

「夜のジンファンデル」 篠田 節子  2006.09.19 (2006.08.30 集英社)

☆☆

@ 「永久保存」 ... 上司の不始末のとばっちりを受けて左遷させられた公務員。職場は気に入らない事ばかりだった。
A 「ポケットの中の晩餐」 ... 大きな欅の木と彼女の幻覚を見た。彼女のポケットの中にはいろんな物が詰まっていた。
B 「絆」 ... 高原に建つリゾートマンション。ここは別れた不倫相手が購入し,彼女が譲り受けた部屋だった。
C 「夜のジンファンデル」 ... アメリカでの一人旅行で起こったハプニング。助けてくれたのは,友人の夫だった。
D 「恨み祓い師」 ... 年老いた母と娘がそのアパートに住み着いたのは,もう30年も昔のはずだったのだが。
E 「コミュニティ」 ... 郊外の古い団地に引っ越してきた夫婦。新しい環境に夫も妻もなかなか馴染めなかったが。

 6作からなる短編集ですが,バラエティーに富んでいます。表題作は,アメリカ旅行中のトラブルによって,友人の夫と一夜を共にする女性の話です。日常とは少し違ったシチュエーションでの体験が,甘酸っぱさやほろ苦さとともに描かれます。そして他の作品は,この日常とのズレがさらに際立っていきます。ホラーっぽかったり,幻想的だったり,そして少し狂気を感じさせる作品もあります。印象的だったのは「絆」でしょうか。冷蔵庫と言う電器機器の不気味な描写と,皮肉な結末の表現の仕方がいい。「コミュニティ」は,あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎ。ちなみに「ジンファンデル」と言うのは,ワインの原料となる葡萄の品種の名前だそうです。

 

「闇の底」 薬丸 岳  2006.09.20 (2006.09.08 講談社)

☆☆☆☆

 埼玉県下で幼い女の子が行方不明になり,無残な死体となって発見された。さらに近隣の町では,公園で切り取られた男の首が発見された。被害者は,かつて幼児を殺害し服役を終えた男だった。そしてサンソンと名乗る人物からの犯行の予告文が,警察とマスコミに送られてきた。今後,幼児に対する性犯罪が起きるたびに,かつて同様の犯罪を行った者に死刑を執行すると。そして捜査にあたった長瀬刑事は,自分自身,子供の頃に妹を変質者に殺された経験を持っていた。

 「天使のナイフ」江戸川乱歩賞を受賞した薬丸岳さんですが,本作は受賞後の第一作となります。前回は少年犯罪,そして今回は幼児への性犯罪と,現代社会の歪んだ犯罪が取り上げられています。実際にこの様な犯罪は起こっていますし,報道される度に嫌な気にさせられます。それをさらに小説で読まされる事に対して,ちょっと違和感を感じてしまいました。少年法の問題だとか,本作で言えばメーガン法とか私刑(リンチ)の是非とかを,社会に問うのが主題だったら判ります。でもこれは純粋な推理小説ですので,犯罪の部分がやたらと生々しく感じられてしまいます。それだけ描写がリアルなのかも知れませんが,それにしては幼児に対する犯罪が満載で,嫌な気がしてしまうのかも知れません。でもストーリー自体は面白いし,最後のどんでん返しも見事だと思います。それだけに,贅沢な願いなのは充分承知の上で言いますが,純粋に楽しめる推理小説を意識して欲しい気がします。

 

「銀の砂」 柴田 よしき  2006.09.22 (2006.08.25 光文社)

☆☆

 売れない作家の佐古珠美は,女流ベストセラー作家の豪徳寺ふじ子の秘書をしていたが,今は辞めていた。ふじ子は51歳で,かつてほどの人気はなくなっていたが,奔放な男関係や,傲慢な女王様ぶりは相変わらずだった。そのふじ子が流産で入院したが,珠美は秘書時代に戻った様にふじ子の世話を焼く。そんな珠美のもとにやってきたフリーライターの男は,かつて珠美の恋人で,ふじ子の秘書を辞めるきっかけになった,俳優の芝崎夕貴斗の事を訊きたいと言った。

 豪徳寺ふじ子と佐古珠美と言う二人の女流作家の関係を中心に話は進みます。珠美がふじ子の秘書をしていた事,ふじ子の過去と娘である妙子との関係,そしてふじ子の特異な性格。これと言った謎がある訳でもないし,ふじ子と珠美の関係にイライラさせられたりもします。でも話の進め方と言うか,読者への読ませ方が上手いんでしょう,決して退屈する事はありません。ふじ子の結婚時代の様子なんか,前半はふじ子の視点で語り,その後を父から聞いた妙子が明かす形になっています。こういう描き方っていいですね。そして島田と名乗るライターが珠美の前に現れたあたりから,ミステリーっぽくなってきます。そして最後は驚くべき真相が明かされるのですが,ちょっとここまでの結末にしなくてもいい気がします。と言うよりも,唐突な感じしか残りませんでした。

 

「春季限定いちごタルト事件」 米澤 穂信  2006.09.23 (2004.12.24 東京創元社)

☆☆☆

@ 「羊の着ぐるみ」 ... 女の子が持っていたポシェットが行方不明になった。小鳩君は友人の堂島君らと校内を探し回った。
A 「Your eyes only」 ... 美術室に残された2枚の同じ絵。卒業生が謎の言葉とともに残していった物だった。
B 「おいしいココアの溶き方」 ... 堂島君の家に招待された小鳩君と小佐内さん。堂島君が美味しいココアを作ってくれた。
C 「はらふくるるわざ」 ... 理科の試験の最中に,ビンが落ちて割れた。小佐内さんは驚いて試験が上手く行かなかった。
D 「狐狼の心」 ... 盗まれた小佐内さんの自転車が見つかった。小佐内さんは犯人に仕返しをしたいと言う。

 小鳩君と小佐内さんは,恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある高校一年生,だそうです。二人が高校に合格する場面から始まり,学校生活における日常の謎を二人が解いていく,と言う連作短編集です。米澤さんには,同じく高校生の奉太郎とえるを主人公としたシリーズ作品がありますが,かなり印象が違いますね。可愛らしい表紙のイラストとタイトル,そしてほのぼのとした謎の数々。と,思いながら読んでいたら,最後で思いっきり裏切られたと言うか騙されたと言うか。一体,小佐内さんって何なんでしょう。二人の中学生時代に何があったのでしょうか,まだまだ謎が残されていそうです。さて二人は小市民になりきれるんでしょうか。ちなみに小鳩君の名前は常悟朗で小佐内さんはゆきと言います。

 

「ピース」 樋口 有介  2006.09.27 (2006.08.25 中央公論社)

☆☆

 秩父の山中で発見された女性のバラバラ死体。1ヶ月程前にも近くの寄居で男性のバラバラ殺人事件があり,同一犯の犯行と思われた。殺された女性の身元は程なく判明した。地元のスナックでピアノを弾いていた女性だったが,地元の出身ではなく,誰も彼女の素性を知らなかった。そんな彼女と関係のあったスナックのマスター,マスターの甥の若い男性,地方紙の女性記者,写真家,セメント会社の技術者,大酒飲みの女子大生。スナックのラザロは賑やかだった。

 歯科医師,女性ピアニスト,工場労務者,何の接点も見出せない3人が,秩父近辺でバラバラ死体となって見つかった。犯人は誰なのか,犯人の目的は何なのか。事件を追う警察の動きが中心になるわけでもなく,明確な探偵役が活躍する訳でもない。だから中途半端な感じで進んでいきます。まあそれはいいのですが,この犯人の動機は如何なものでしょうか。確かに気持ちは判りますが,こんな事までするとは思えません。別に犯人探しが目的の作品ではないのですから,もう少し彼の心情を推し測れる記述が欲しいところです。それにしても最近の樋口さんの作品は,どうもすっきりしない感じがします。そろそろ柚木シリーズの作品を出して欲しいですね。魅力的な女性とともに。

 

「夏季限定トロピカルパフェ事件」 米澤 穂信  2006.09.27 (2006.04.14 東京創元社)

☆☆

 高校2年生の夏休みを迎えた小鳩君は,小佐内さんからスイーツセレクションに誘われていた。最初の1品目はジェフベックと言うお店のシャルロット。小佐内さんから4つ買ってきてと頼まれたのだが,3つしか買えなかった。小佐内さんの部屋で一緒に食べる事になったが,小佐内さんは掛かってきた電話で席を外している。小鳩君は待ちきれずに一つを食べたのだが,とてつもなく美味しかった。我慢できずにもう一つを食べてしまった。

 「春季限定いちごタルト事件」に続くシリーズ2作目ですが,前作から1年以上が過ぎていて,小鳩君と小佐内さんは高校2年生の夏休みを向えています。前作は連作短編の形の中に,一つの謎が含まれていましたが,今回の作品は連作短編風の長編と言ったところでしょうか。1作目を読んでいるので判っていますが,彼らが何で小市民に拘るのかが一層明確になっていきます。何か探偵役が自分の役割を嫌がるパターンって多いですが,係りあいたくないのに係わってしまい,結局はしっかりと探偵してしまったり,強烈な復讐を成し遂げてしまいます。何か後味の悪い終わり方になってしまいましたが,この後も続くんでしょう。それにしては二人の,特に小佐内さんの嫌な面を見させ過ぎている気がします。

 

「アサシン」 新堂 冬樹  2006.09.28 (2004.08.31 角川書店)

☆☆

 両親を失った花城涼は,暗殺者を育成するスクールに入れられた。優秀な暗殺者となった涼は,育ての親の命令に従い,ターゲットを暗殺するアサシンとなった。今回のターゲットはヤクザの組長で,ホテルのロビーで射殺する計画だった。しかしその直前に,ターゲットは急に現れた女子高生に刺殺されてしまった。突然の事に驚いた涼は,彼女を連れて現場から逃げ出した。

 子供の頃から暗殺者となるべく育てられた男と,父親を騙した男に復讐を誓う女子高生の話。サスペンスのみを味わえばいいのかも知れませんが,全体的に薄っぺらい感じがしてしまいました。大体,日本に暗殺者養成のスクールが存在し,そこには中等部とか高等部があってなんてうそ臭い。情などと言った感情とは無縁であるはずの暗殺者である涼は,何故暗殺者に徹しられなかったのかが判らない。そしてもう戻るところも無くなってしまったリオが,やたらと無邪気で明るかったりするのも緊迫感を削いでいる。警察からも,ヤクザからも,そして育ての親の組織からも追われる絶望感と,そんな中での二人の気持ちを中心に書いて欲しかった気がします。

 

「クドリャフカの順番」 米澤 穂信  2006.09.30 (2005.06.30 角川書店)

☆☆☆

 神山高校の文化祭がやってきた。何事にも省エネをモットーとする奉太郎は,のんびりと参加する予定だった。しかし彼が所属する古典部で大問題が発生した。文化祭で売る予定の文集を,手違いで作り過ぎてしまったのだ。一冊でも多く販売するためには,古典部の知名度を上げなければならない。そんな折,学内では十文字と名乗る奇妙な犯人による,謎の強盗事件が発生していた。この事件を解決すれば,古典部の知名度が上がる。これはチャンスだ。

 神山高校古典部シリーズの3作目は,聞き慣れない言葉の入ったタイトルです。さてこの「クドリャフカ」と言うのは何なのか。それは旧ソ連の人工衛星スプートニク2号に乗せられて,地球上の生物として初めて宇宙に行った犬の名前です。スプートニク2号は地球に帰れる様に計画されていなかったので,彼は窓から見える地球が何なのかすら判らないままに死んでいったんでしょう。悲しい話ですね。物語の方は古典部に所属する4人,折木奉太郎,千反田える,福部里志,伊原麻耶香も視点で交互に展開します。4人の個性の違いが際立って感じられて面白いし,あたかも高校の文化祭を自分が歩き回っている感じがします。高校の文化祭なんて,自分にとっては大昔の事ですから,懐かしさを感じますね。ほろ苦い結末とともに。