「女王様と私」 歌野 晶午 2005.10.02 (2005.08.31 角川書店) |
☆☆ |
真藤数馬は44歳無職で独身。今日は可愛い妹の絵夢と楽しいデートの日。混んでいる渋谷や原宿を避けてやってきたのは日暮里。ここで数馬はとんでもない少女と出会う。彼女は小学6年生の来未(くるみ)。まるで女王様と下僕の様な関係が続いたが,突然ある日から来未は普通の少女に戻る。訳を聞くと,彼女の元クラスメートが殺されたと言う。 チンピラだと思った男が小学6年生の少女とか,引き篭もりの高校生だと思った男が44歳とか,歌野さんの例の作品を思い出してしまいます。まあそれはいいのですが,ロリコンでオタクの冴えない男が,女王様である小学生と出会い,彼女の友人の死の真相を突き止める事によって,真っ当な男になる話だとばかり思って読んでいました。確かに中盤までの,少女の不思議な魅力に惹かれ,日頃慣れない行動に突き進む数馬の話は,なかなか楽しめます。でもG3の死体を見つけたあたりから様相は一変します。あり得ない,何でこうなるの,訳判らん。でも歌野さんの事だから,きっと驚くべき結末が待っているんだろうなと思っていました。でも何の驚きも無かったですね。読み易くてスラスラ読めるのは救いです。表紙の裏に模様の様に描かれていた部分は,最後に読んだ方がいいんでしょう。全然関係ありませんが,4つのお願いって,ちあきなおみだったかなあ。
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「逆襲の地平線」 逢坂 剛 2005.10.04 (2005.08.30 新潮社) |
☆☆☆☆ |
賞金稼ぎの生活に明け暮れるストーンとサグワロ,そして17歳のジェニファの3人。エドナ.マッキンリーと言う女性牧場主が,仕事の依頼で人を募集している事を知った。多額の賞金に魅せられて集まった男達の中から,見事に選ばれたのはトム.B.ストーン。依頼の内容は,10年以上前にコマンチにさらわれた牧場主の娘エミリを探し出し,彼女を奪還する事だった。ストーンら3人は,最近の情報を元に,エミリが行動を共にしていると思われるコマンチ族を追った。 「アリゾナ無宿」に続く,逢坂さんの西部劇第二弾。天涯孤独のジェニファー達が新たな仕事を得るところから始まりますが,純粋に前作からの続きとなっています。前作を読んでいなくても問題はありませんが,やはりストーンやサグワロとの関係を考えると,続けて読んだ方がいいと思います。さて今回新たにジャスティー・キッドが仲間になり,エミリの捜索が開始されます。アパッチやコマンチと言ったインディアン,騎兵隊,賞金稼ぎ,複数の牧場主らの関係を描きつつ,物語は進行します。それにしても当時のアメリカって,先住民族に対する政策は酷いものですね。西部劇が廃れていくのも尤もな気がします。最後の場面が少々アッサリし過ぎたのがちょっと残念です。でもワイアット・アープとの今後の繋がりを示唆する部分があったりして,今後もこのシリーズは続くんでしょう。
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「容疑者Xの献身」 東野 圭吾 2005.10.05 (2005.08.30 文藝春秋社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
5年前に離婚し,今はお弁当屋で働きながら中学生の娘と暮らす靖子の元を,突然訪れてきた元夫。彼から付きまとわれる事を恐れた靖子は,娘と二人で彼を殺してしまった。事件に気付いたのは,隣の部屋に住んでいる高校教師の石神。靖子に想いを寄せる石神は,自首しないのだったら協力すると靖子に申し出た。かつての数学者の石神は,自らの論理性を駆使して,靖子親子のアリバイを創り上げた。警察の捜査が進まない中,刑事の草薙の親友であり,石神と大学時代の同期である湯川が,この事件に興味を持った。 「探偵ガリレオ」,「予知夢」に続いて,友人の刑事に協力する物理学者の湯川のシリーズ。短編だった今までの2作とは違って今度は長編。そしてオカルト的な事件をあくまで科学的に解明してきたのに対して,今回は天才数学者との対決が中心になっています。愛する女性を殺人犯にしたくない事から彼女と共犯関係になり,様々な手段を講じて完璧なアリバイを作ろうとした石神。犯行の一部始終は冒頭に描かれます。ですので石神がとった手段とは何なのか,そしてそれを湯川がどの様に暴いていくのかが興味の中心になります。でも最後には絶対に暴かれるはずですから,犯人側に肩入れしたくなる様な設定は辛いものがありますね。やっぱり倒叙作品は,刑事コロンボみたいに暴く事が快感に繋がる方が読んでいてスッキリします。でも,どこまでも論理的な石神の工作と湯川の推理,いくつにも張り巡らされた伏線,驚きと感動のラスト。「手紙」など社会性を前面に押し出した重苦しい作品が続いていた東野さんでした。それはそれでいいのですが,今回はミステリーの面白さが思う存分味わえる素晴らしい作品でした。
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「偽の代償」 伊野上 裕伸 2005.10.06 (1999.06.25 中央公論社) |
☆☆ |
加倉啓輔はバッタ屋仲間の春田屋と高橋から,ディスカウントの宝石店に出資しないかと誘われた。仲間で1億円出資すれば,一年後には倍返しと言う好条件だった。専門分野ではない宝石店と言うのが気になったが,しっかりとした仕入先があり,また仲間との付き合いを優先させて,啓輔は5千万円を出資した。しかしオープンの前夜を狙った様に店は強盗に襲われ,商品全てが盗まれてしまった。 前作の「ブランドの魔」に続くバッタ屋啓輔シリーズの第二作。その前に「タイトロープ」と題される3作に啓輔が登場しているそうです。読んでいませんが,ちょっと別物か。ファッション業界に続いて今回は宝飾業界が舞台となっています。前作でも感じたのですが,いかにも軽く安易な感じがしました。いきなりバンコクに飛んじゃうし,物語は予想通りに進み過ぎるし,これと言った驚きもありませんでした。また主人公に魅力が感じられないのも,大きな原因でしょうか。バッタ屋と言う,いかにも曰くありげな業界に生きる人物って感じがしません。好みは分かれるかも知れませんが,もう少しアクの強い人物の方がいいんでしょうか。それにヒロインの久野友紀も,あまりいい感じは受けませんでした。
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「審判」 深谷 忠記 2005.10.11 (2005.04.30 徳間書店) |
☆☆☆☆ |
女児殺人事件の犯人として捕らえられた柏木喬は,懲役15年の判決を受けても,自らの無罪を叫び続けていた。事件から18年が経ち,当時捜査に当たっていた村上も,警察署長を経た後に退任していた。ある日彼は,家の前に黒いコートを着た人物が居るのに気が付いた。それは刑期を終えて出所してきた柏木だった。また柏木は自らのホームページで,自分の無罪を主張するとともに,被害者の母親を始めとする関係者への呼び掛けを行っていた。 最初は出所した柏木が,元刑事の村上の前に姿を現すところから始まります。自分は無実であり,証拠は警察のでっち上げと主張していた柏木でしたから,自らの冤罪を晴らすためか,それとも事件を担当した元刑事への恨みを晴らすのが目的と思いました。もし無実だとしたら,長い刑務所暮らしは悲惨なものですよね。でも本作は冤罪事件を扱った社会派ミステリではありません。途中からかなり様相が変わってきて,一体誰が幼女を殺したのか,それぞれの人物はどの様な事情に基づいて行動しているのか,と言うのが話の中心です。後半の二転三転する部分は読み応えがあるし結末も意外なのですが,前半部分の発言や行動を見る限り,ちょっと唐突な感じがします。こじつければ確かにそうなんでしょうが,アンフェアとは言わないまでも,納得いかない気もします。また誰にも感情移入できないのも辛いところでしょうか。
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「青に捧げる悪夢」 アンソロジー 2005.10.12 (2005.03.25 角川書店) |
☆☆☆☆ |
@ 「水晶の夜,翡翠の朝」 恩田 陸 ... ヨハンの学園では「笑いカワセミ」と言う不思議なゲームが流行っていた。 ホラーっぽい雰囲気のアンソロジーです。アンソロジーって,読んだ事の無い作家の作品に触れる事が出来るのがいいと思いながら,アンソロジーで気に入った人の作品に手を出した事って,今までに無い様な気がします。ここには10人の作家が登場しますが,半分の5人(近藤史恵,乙一,岡本賢一,瀬川ことび,はやみねかおる)が未読の作家です。その中では乙一さんの「階段」が印象的でした。父親から虐待を受ける二人の姉妹の話なのですが,姉妹が感じている恐怖感が読んでいる者に強烈に伝わってきて,最後の場面なんかハラハラしてしまいました。近藤史恵さんの「水仙の季節」は,双子が使ったトリックが光っています。この二人の作品は読んで見たいなと思いました。若竹さんの作品は,やはりアンソロジーの「血文字パズル」で読んだ事がありました。
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「Fake」 五十嵐 貴久 2005.10.14 (2004.09.25 幻冬舎) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
興信所調査員の宮本剛史を訪れてきた男は,息子の西村昌史を東京芸大に合格させて欲しいと言った。宮本は,眼鏡に仕込んだカメラや通信機器を駆使して,大学入試センター試験での完璧なカンニングを計画した。協力したのは,今は亡き元友人の娘で東大生の加奈だった。試験当日,作戦は上手く行ったかに思えたが,これら全てはある人物が仕掛けた罠だった。職を失った宮本と,大学を追われた加奈は,騙した相手に復讐を誓う。 最初のカンニングの部分で一気に物語に引き込まれます。それとともに宮本と加奈の関係が描かれ,二人に対する好感度を高めています。やっぱり肩入れしたくなる様な主人公はいいですよね。カンニングに関しては,あの方法を使うと出来てしまうかも知れませんね。実際に行った人物が居ないとは言い切れない気がします。でもカンニングって,刑法上の罪になるんでしょうか。さて物語の中心は10億円を賭けた沢田とのポーカー勝負なのですが,この部分はちょっと強引な感じがします。沢田が何の疑いも無くこの勝負を受けるとは思えないし,カンニングの件を知っている沢田を単純に騙せるとも思えません。また同じ手口を使っているのもどうでしょうか。でもまあそこが「Fake」と言うタイトルの意味なのかも知れません。昌史親子の馬鹿さ加減にはゲンナリさせられますが,うーんラストはそうきたか。適度な軽さもあって,とにかく読み易く,エンターテイメントに徹している作者の姿勢が凄くいい。
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「天使のナイフ」 薬丸 岳 2005.10.18 (2005.08.08 講談社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
大学を出てコーヒーショップを営む桧山貴志は,妻の祥子と生まれたばかりの愛美との3人暮らしだった。その妻がマンションの部屋で惨殺された。犯人は遊ぶための金欲しさの,3人の14歳の中学生だった。そして4年後,犯人の内の一人が殺された。犯行現場は桧山の店のすぐそばの公園だった。警察から疑惑を掛けられながらも,桧山は3人の少年のその後について調べ始めた。彼等は祥子や桧山に対して,どの様な贖罪の気持ちを持っているのかと。 今年の第51回江戸川乱歩賞の受賞作ですが,最近の受賞作の中では抜きん出ている作品だと思いました。少年法の問題と言うのは,現代社会が抱える大きな矛盾だと思います。少年犯罪を扱った作品は多いのですが,どちらかと言うと被害者の視点から描かれるケースが多い様です。ですので,どうしても暗く重い作品になってしまいます。この作品も,最初は少年に妻を殺された男の話で,彼が少年犯罪に対して感じている理不尽さが滲み出ています。人を一人殺しても罰を受けない少年,加害者の人権ばかりに目を向ける弁護士,被害者意識すら持つ加害者の家族,そして被害者の心情を無視するマスコミ。ここら辺は現実の事件でも,嫌と言うほどに目にします。でも後半になると様相が一変します。被害者と加害者が二転三転する展開は見事だし,真相に迫る桧山の部分もスリリングです。本当に良く練られたプロットだと思います。でも一つ気になるのは,どんでん返しを楽しむには,事件そのものや関係者の想いがリアル過ぎる事でしょうか。少年犯罪を巡る社会性と,推理の面白さと言う娯楽性が変にぶつかっている感じもします。まあ,それを言うのは贅沢な事でしょう。次回作が楽しみな作家です。
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「TVJ」 五十嵐 貴久 2005.10.19 (2005.01.10 文藝春秋社) |
☆☆☆☆ |
お台場に造られた25階建てのツインタワー「ニュー・ミレニアム・ビル」は,民放テレビジャパンが創立40周年を記念して建てられた最新式のビルだった。この建物が重火器で武装したテロリストに占拠されてしまった。偶然一人だけ犯人からの拘束を免れた経理部員の高井由紀子は,30歳を目前にして婚約したばかり。でも同じ局に勤める婚約者の岡本圭は,犯人によって人質となってしまった。 「ダイハード」のブルース・ウィルスと言うより,女性主人公と言うことで「エイリアン」のシガニー・ウィーバーか。テロリストに乗っ取られた巨大施設と言う事では,真保裕一さんの「ホワイトアウト」とか,高嶋哲夫さんの「スピカ」あたりを思い出してしまいます。普通では勝てる訳の無いプロを相手に,素人が果敢に挑むと言うスタイルです。今回は重火器を装備したテロリストと,29歳の女性経理部員。この組み合わせを見ても,あまり現実的とは思えません。ですのであまり緊迫感を強調する事無く,読み易くスピード感溢れる展開にしたのが効いている様に思えます。一つ間違えば馬鹿らしく感じさせてしまう場面も,あまり深く考えさせない感じです。もっともこれが作者の作風なのでしょうか。それにしてもテレビ局の中って,迷彩服姿の人間が武器を持って歩いていても,不自然に思われないものなのでしょうか。
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「魂萌え!」 桐野 夏生 2005.10.20 (2005.04.25 毎日新聞社) |
☆☆ |
63歳の夫・隆之を心臓麻痺で失った,59歳の関口敏子。その時から彼女の平穏な人生は一変する。8年前に家を出てアメリカで暮らしていた長男の彰之が,嫁と二人の息子を連れて帰ってきた。そして長女の美保を交えて持ち上がる相続問題。さらに隆之が10年前から浮気を続けていた事が発覚し,彼女の心は複雑に揺れる。 江戸川乱歩賞を受賞した「顔に降りかかる雨」でデビューした桐野さんですが,最近はミステリーの範疇を超えた作品も多い様です。本作も全くミステリーの要素は無く,夫を亡くした事によっていきなり社会の中にほっぽり出されてしまった59歳の女性の姿が,淡々と描かれていきます。最初は敏子の,あまりにも主体性の無さ,お人好し加減にイライラさせられます。でも友人達や新たに知り合った人達との関係の中で,彼女は徐々に変化していきます。この変化に対して不安を感じるか,希望を見出すか,読む人の年代や立場によってかなり違うかも知れません。老後になって危機を迎えた時,最後に頼れるのは結局自分でしかないと言うことでしょうか。私はちょっと嫌な気がしてしまいました。彼女の年代の主婦全てが,夫に頼りきりになっている訳でもないでしょう。寧ろ彼女の方が,あまりにも世間知らずなだけの様な気がします。でも私が63歳で死んだら,妻Mはどうするかなあ,などと思ってしまいました。まあ私の場合,愛人も居ない代わりに財産も無いから,あまり心配もいらないでしょうか。
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「ララピポ」 奥田 英朗 2005.10.22 (2005.09.30 幻冬舎) |
☆☆☆ |
@ 「WHAT A FOOL BELIEVES」 ... フリーライターの杉山は,アパート上階に住む男が連れ込む女性に興味を持った。 変わったタイトルの奥田さんの新作は,装丁も変わっています。本屋で買う時や図書館で借りる時に,ちょっと抵抗があるかも知れません。ちなみにこの本を図書館で借りてきたのは妻Mです。このタイトルの意味は最後まで読めば判りますが,まあいろんな人が一杯居ると言う事でしょうか。対人恐怖症のフリーライター,風俗専門のスカウトマン,43歳のAV女優など等,私の生活とは全く接点の無い登場人物達が繰り広げる悲喜劇。話は微妙に繋がっていて,6人の主人公が交錯していきます。全く登場人物達には共感できないのですが,これも現代社会の一面なのでしょう。現実の世界でも,近所に騒音を撒き散らす人,部屋の中にゴミを溜め込む人など,信じられない様な人がテレビにも登場します。人生それぞれだと言ってしまえばそれまでなのですが,身近にも結構変わった人が居るんでしょうね。ところで各作品のタイトルは,全て歌のタイトルでしょうか。何曲かは知っていますが,ドアーズの「ハートに火をつけて」は昔良く聴きました。
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「さよならバースディ」 荻原 浩 2005.10.24 (2005.07.30 集英社) |
☆☆☆ |
北川歩実さんの「猿の証言」でも,人間の言葉がある程度判ると言われる研究用の猿が,事件の目撃者となる話でした。本作も同じ様な展開なのですが,論理的なミステリーに徹していた北川さんと違って,こちらは物語性を重視した作品になっています。バースディの表情や仕草,猿と人間のコミュニケーションの場面の描写など,とても活き活きとしている。しかしその反面,真の由紀に対する気持ちだとか,由紀自身の魅力が伝わってこない気がする。前作の「明日の記憶」では,あれ程夫婦の愛情を綺麗に描いていたのに,どうしちゃったのだろうか。また由紀の死の真相に関しても,納得いかない部分がありました。ところで舞台が私の住んでいる
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「憑神」 浅田 次郎 2005.10.25 (2005.09.20 新潮社) |
☆☆☆ |
文武に秀でた別所彦四郎は,実家とは較べられないような両家の井上家に婿養子に入った。しかし長男が生まれると,何かと難癖を付けられて離縁されてしまった。出世の望みの無い毎日を過ごしていた彦四郎だったが,ひょんな事から土手下で見つけた三巡稲荷に手を合わせた。ご利益を期待したのだが,これがとんだ大間違い。彦四郎は貧乏神に疫病神さらには死神にまで取り憑かれてしまった。 幕末を舞台にした貧乏旗本のお話。大店の主人の姿で登場する貧乏神,巨漢力士の疫病神,そして意外な姿の死神。この3人の神様の描写,そして彼らと彦四郎のやり取りが面白い。取り憑かれた本人が災いを他人へ振り替える制度があるところなんか,「椿山課長の七日間」を思い出してしまいます。修験者の小文吾,蕎麦屋の親父,軟弱で怠惰な兄などの登場人物も魅力的で浅田さんらしさを感じますが,話自体が中途半端な気がしました。3人の憑神に代表されるコミカルな面と,武士としての生き方と言うシリアスな面が,どっちつかずになっているのでしょうか。笑いと一体になっている涙と言う点では,「プリズンホテル」等に遠く及ばない。また最後の場面も急ぎ過ぎた感じで,「限りある命ゆえに輝かしい」と言う言葉が浮いてしまった気がします。まあ浅田さんの作品は大好きで期待も大きいので,少々厳しい見方になってしまいました。
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「悪党たちは千里を走る」 貫井 徳郎 2005.10.26 (2005.09.25 光文社) |
☆☆☆☆ |
詐欺師の高杉はコンビを組む舎弟の園部と,田舎の成金から徳川埋蔵金にまつわる詐欺を仕掛けた。しかしそこに居合わせた美人詐欺師の菜摘子によって,計画は頓挫させられてしまった。しょうがないので次の仕事として選んだのは,金持ちが飼っているペットの誘拐だった。ターゲットとして選んだ相手の家から出てきたのは,偶然にも菜摘子だった。成り行きから3人は仲間となり,力を合わせて犬の誘拐を企てる事になった。 コメディ・タッチで描かれる誘拐劇なのですが,一風変わった展開です。誘拐を企んでいた3人の詐欺師が,真の誘拐犯から身代金奪取を要求されます。誘拐された少年を助けるために,如何に少年の両親から身代金を引き出すか。誘拐では一番問題となる身代金の受け渡しの部分も説得力があり,3人の詐欺師のキャラクターと相まって面白い展開です。でも読んでいて,まず巧の狂言ではないのかと思ったのですが,彼らがその可能性を考えないのが不自然な感じがしました。それは巧の視点での描写が入るので,読者には否定されてしまいます。そうするとあまりにも登場人物が少ないので,真の犯人はアレしかないと思えてしまいます。貫井さんの作品は暗く重い感じがしていたのですが,本作の様な軽妙なタッチの作品もいいですね。この3人の詐欺師による続編を期待します。
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「猫丸先輩の空論」 倉知 淳 2005.10.27 (2005.09.05 講談社) |
☆☆ |
@ 「水のそとの何か」 ... イラストレーターのアパートのベランダに毎日置かれる,水の入ったペットボトル。 猫丸先輩の短編集としては,「猫丸先輩の推測」に続く3作目。事件とも呼べないような,日常に於ける謎を猫丸先輩が推理する形となっています。ただどの話もこの推理が正しかったのかどうなのかは判りません。ですので最初に提示された謎に対して,如何に驚きがあって,如何に納得のいく推理が展開できるかがポイントです。その点に関しては,前の2作に較べてちょっと弱い気がします。「ああ,こんな解釈もできるんだ。」と言った“目から鱗”気分が味わえませんでした。何かコジツケと言った感じがしてしまいます。ですので猫丸先輩の傍若無人さの方が,やたらと目に付いて鬱陶しい。表紙を始め所々にはさまる猫丸先輩のイラストも,読んだ印象からかけ離れている感じです。
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「アンボス・ムンドス」 桐野 夏生 2005.10.28 (2005.10.15 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
@ 「植林」 ... 小学生の時に虐められた事から全ての事に消極的になった太った女性。ある日子供の頃の記憶が甦った。 「アンボス・ムンドス」とは,両方の世界とか二つの世界と言った意味だそうです。この名前が付けられたキューバのホテルに,不倫旅行に出掛けた小学校の女性教師と教頭。日本に帰ってきたら,教え子が事故で亡くなった事を知った。ここに出てくる子供達の悪意は強烈です。他の作品もそうですが,登場人物は,それがもし自分の前に現れたとしても,一見ごく普通の人に見えるんでしょう。でもその人達が,どんな性格なのか,何を考えているのか,どんな行動を取るのか,過去に何を経験してきたのか,本当の事は何も判りません。また人間は一面だけではなく,様々な面を持っていますから,本人にだって判らない部分はあるでしょう。この短編集では,それぞれの人が持っている裏の面と言うか,ダークな部分を,ストレートに読者に突きつけている様に思えます。最近の作品のミロとか,「I‘mSorryMama」のアイ子とかまではいかないまでも,ちょっと壊れた部分と言うか,常識を逸脱した部分を見せつけられている感じがして,ちょっと怖いですね。短編作品なのでまだいいのですが,このどれか1作を長編で読んだら気が重くなるでしょう。
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「蒼い記憶」 高橋 克彦 2005.10.31 (2000.01.30 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
@ 「夏の記憶」 ... ロケハンで訪れた生まれ故郷の盛岡。そこで食べたお雑煮から子供の頃のお手伝いさんを思い出した。 記憶と言うのは不思議なもので,すぐに忘れてしまう事もあれば,いつまでも心に焼き付けられているものもあります。それが自分にとって大切な事かそうでないかとは関係ありません。またひょんな事から,様々な事を思い出す事もあります。脳の中には,自分でも意識しない様な記憶が,ぎっしりと詰まっているものなのでしょうか。ここには12個の記憶にまつわる話が出てきますが,ちょっとホラーと言うかオカルト的な話です。ぞっとする様な話や,しんみりさせられる話がありますが,私は「水の記憶」や「愛の記憶」と言ったシンミリ系が好きです。2作とも亡き妻の話なのですが,現実世界の私の妻は元気です。一つ一つの話は面白いし,甦る記憶とそこに潜む恐怖を上手く描いていると思うのですが,どれも同じ様な設定なので,ちょっと厭きが来てしまう感じがします。 |