読書の記録(2000年 1月)

「八月のマルクス」 新野 剛志  2000.01.02 (1999.09.09 講談社)

☆☆☆☆

 セロリジャムと言うお笑いコンビの笠原雄二は,いわれなきスキャンダルで母を失い芸能界を去った。その笠原のいきつけのバーに,元相方の立川誠が5年ぶりに訪れた。立川は自分が末期ガンである事を笠原に告げ,贖罪の言葉とともに失踪してしまう。数日後,笠原の家に来た刑事から,5年前のスキャンダル記事を書いた記者が,何者かに殺害された事を知らされる。行きがかり上,立川の行方を追う笠原は,立川が芸能界を告発する内容の自叙伝を書こうとしていた事を知る。

 記念すべき2000年最初の読書は,第45回江戸川乱歩賞の受賞作。と言っても読み始めたのは昨年なのですが。まず雰囲気がいいですよねえ。何か,原りょうさんか藤原伊織さんの作品を読んでいる感じがしてしまいました。最初のバーの場面から,一気に物語の中に入って行ってしまいます。二人の関係やいきさつを,ちょっとした会話で読者に判らせるところなんて,作者のうまさを感じます。また立川から自叙伝の作成を依頼されたライター,立川の別れた元妻,事故で亡くなった若手芸人の両親などの登場人物がいいですよね。何か登場の仕方がちょっと唐突な感じがして,「あれっ,この人誰だっけ。」と前のページを読み返す事が何度かありましたが。その分,主人公の笠原がちょっと大人しいかなあ。毒のあるギャグを作っていた人物として,何となくビートたけしを思い浮かべてしまいます。けれど,いくらブラウン管の中と現実は違うとは言え,主人公のニヒルさに少々違和感が感じられます。お笑いを捨てて,過去を封印した男の姿を描きたかったのは判りますけどね。だけどストーリーは面白いですね。後半になって,登場人物の思惑や行動が複雑に絡み合ってきます。ちょっと現実離れしている感も無きにしもあらずですが,軽快なテンポなのがいい。読む前から謎だった,タイトルの意味が最後の方で判ります。資本論もドイツの経済学者も出てきません。マル経が嫌いな人も,気にしないで読みましょう。

 

「花散る頃の殺人」 乃南 アサ  2000.01.03 (1999.01.15 新潮社)

☆☆☆

@ 「あなたの匂い」 ...貴子が刑事だと言う事が近所の人に知られていた。彼女が捨てたゴミを拾った人がいる様だ。
A 「冬の軋み」 ...頻発する引ったくり。そんな中,帰宅途中のサラリーマンが少年少女達に教われて大怪我をした。
B 「花散る頃の殺人」 ...ビジネスホテルの一室で遺体となって発見された老夫婦。口元からは杏の匂いがした。
C 「長夜」 ...ビルから落ちて亡くなった女性は染色デザイナーだった。そして葬儀の日,彼女の婚約者は来なかった。
D 「茶碗酒」 ...大晦日の日,夜勤に当たった滝沢警部。除夜の鐘を聞きながら,仲間達と酌み交わす酒。
E 「雛の夜」 ...ラブホテルて女性が倒れているとの連絡。現場に駆けつけると,女性は居なくなっていた。

 「凍える牙」に出てきた音道貴子さんが再登場。貴子さん,かっこいいですよね。このままずっと描いて欲しいのですが,この調子で年が進むと,すぐにオバサン刑事になっちゃいますね。彼女は第三機動捜査隊立川分駐所に所属する女性刑事で,離婚経験のある33歳です。前回より幾分,まるくなっている様です。最初の作品で,あの滝沢警部とばったり出会うシーンがあるのですが,そこでの会話がギスギスした感じがなくなっていて,ホッとしました。事件自体は単純なものばかりなのですが,何となくやるせない話が多いですね。でも主人公である貴子の親や姉妹,友人,同僚達との関係が面白く読めました。また舞台が立川を中心とした多摩地区なので,立川生まれの自分からは馴染みの多い場所ばかりなのも良かったですね。

 

「絹の変容」 篠田 節子  2000.01.04 (1991.01.25 集英社)

☆☆

 八王子の繊維メーカーの2代目である長谷康貴はある日,自宅の土蔵で不思議な絹の布を見つけた。父親に話すと,その七色に輝く布は,祖母が嫁入りの際に持ってきた物ではないかと言う。繊維メーカーと言っても絹織物は昔の話,現在は木綿製の包帯が主力商品となっている。伝統ある絹織物の再興を願う康貴は,祖母の出生地で手に入れた謎の蚕を元に,研究者の有田芳乃,地元の有力者である大野等とともに,蚕の飼育に乗り出す。品種改良の末に出来あがった蚕から採れた繭,そして製品が出来あがった。

 篠田さんの出身地である八王子市は,かつて絹織物が盛んでした。その関係か,確か今でもネクタイの生産量では日本一だったと思います。八王子市の隣の隣にある立川市で私は生まれ育ったのですが,こちらでも蚕を育てていた農家は結構多かったと思います。今ではほとんど無いのでしょうが,かつて自分の家の前は桑畑でした。蚕の餌が桑の葉だって知っています?。桑の実って美味しいんですよね。でも食べ過ぎると,下ベロが紫色になってしまいます。ところで本作は篠田さんのデビュー作で,「夏の災厄」を彷彿させるパニックものです。パニック物って原因が判らない何者かによって,パニックに陥らされる側の視点で書かれる事が多いのでしょうが,ここではその原因を創り出した側からの描写です。りんご畑に蠢く無数の虫を見つけた康貴の気持ち,判ります。怖いでしょうねえ。絹と言うと高級品と言うイメージが強いですけど,ようはイモムシの唾液から作られているんですよね。篠田さんの作品では芸術や宗教の話が多いのですが,最初の作品がこの様な話だというのが意外でした。全然関係ないのですが,この作品では「八王子市」とはっきりと書いていますが,この後の作品では明らかに八王子市だと判るのに,H市と書いたり,架空の名前で書いているって何なんでしょう。

 

「眼球綺譚」 綾辻 行人  2000.01.05 (1995.10.30 集英社)

☆☆

@ 「再生」 ...病院で知り合って結婚した妻は,自分の体は呪われているのだと言う。手や足を切っても,とかげの様にまた生えてくるらしい。
A 「呼子池の怪魚」 ...近くにある沼で釣り上げた奇妙な魚。家で飼っているうち,手や足が生えてきて,さらには繭になった。
B 「特別料理」 ...ゲテモノ食いは芸術だ。常連となった夫婦は,ランクCの特別料理を食べる。そしてランクはBからAへ。
C 「バースデー.プレゼント」 ...12月24日は私の誕生日。今日は所属するサークルのパーティーの日。
D 「鉄橋」 ...高原へ向かう夜行列車に乗った男女4人のグループ。怪談話が始まったのだが。
E 「人形」 ...実家の近くの河原で拾った人形はのっぺらぼうだった。自分の顔のホクロが無くなったと思ったら,人形の顔にホクロが。
F 「眼球綺譚」 ...サークルの後輩から小説が届けられた。「読んでください。夜中に一人で。」と書かれていた。

 お昼ご飯を食べながら読んだのが,「特別料理」。読みながら後悔してしまいました。理由は読んでいただければ判ると思いますが,食事中には読まない方がいいと思います。綾辻さんと言うと「新本格」ですが,結構ホラーが好きなんですね。まずは最初の「再生」ですが,単純なドンデン返しなのですが,気持ち悪さが先立ってまったく判りませんでした。後は最後の表題作以外,幻想的すぎて,ちょっと印象薄いですねえ。表題作は面白かったです。作中作の形を取っているのですが,書かれている事と読んでいる人の関係が意外でした。

 

「クリヴィツキー症候群」 逢坂 剛  2000.01.11 (1987.01.20 新潮社)

☆☆☆

@ 「謀略のマジック」 ...第二次世界大戦中に日本の為にスパイ活動を送っていたスペイン人グループ。その黒幕を探して欲しいとの依頼が舞い込む。同僚の男を尋ねてきた謎の外国人,そしてその同僚と依頼人の不思議な関係。
A 「遠い国から来た男」 ...引ったくりから岡坂が助けた男。そのお礼に彼は昔の出来事を語り始めた。そして,その男は岡坂が探していた相手だった。
B 「オルロフの遺産」 ...岡坂の元にスペイン内戦時代のスパイであったオルロフに関する原稿依頼が舞い込む。彼に関する資料は乏しかったが,彼の証言録が近くの古本屋にある事が判る。
C 「幻影ブルネーテに消ゆ」 ...スペイン内戦に参加した唯一の日本人の墓を探しに,スペオインの片田舎を訪ねた岡坂。そこで偶然出会った元兵士が,彼の思い出話を語り始める。
D 「クリヴィツキー症候群」 ...ロシア大使館員を刺殺した犯人は,裁判で「自分はクリヴィツキー将軍であり,正当防衛だった。」と言い出した。クリヴィツキー将軍とは,スペインでスパイ活動を担当していたロシア人なのだ。

 題名からして,脳と言うか精神病か何かを扱った作品かと思っていたのですが,岡坂さんの登場ではないですか。しかし御茶ノ水界隈の話ではなくて,なんとスペインが題材にされています。逢坂さんの作品では良く出てくるのですが,スペインってあまり身近な国では無いですよね。先日サッカーの城選手がスペインリーグに移籍した事が話題になりました。スペインはサッカーが強くて,レアル.マドリードやFCバルセロナ何てチームがある事くらいは知っています。それはともかく,ここで述べられるスペインは現在のものでは無く,世界大戦当時の話が中心です。ここいら辺の歴史何て,学校では教わりませんよね。もっとも,教わったとしても忘れているでしょうが。先日「イベリアの雷鳴」を読んだので,少しは詳しい気になっていたのですが,やはり駄目ですねえ。スペイン近代史に詳しければ,もう少し楽しめると思います。「謀略のマジック」「オルロフの遺産」は現在における日本での謎解きがメインとなっていて,面白かったですよ。

 

「夜離れ」 乃南 アサ  2000.01.12 (1998.05.25 実業之日本社)

☆☆☆

@ 「4℃の恋」 ...入院中の祖父が二日後には亡くなると言う。よりによって二日後とは。家族にとってそれではまずい理由があった。
A 「祝辞」 ...婚約者の男性を友人に紹介した女性。その次の日から,友人は口が利けなくなってしまった。彼女の気分転換にと旅行に連れ出したのだが。
B 「青い夜の底で」 ...婚約者は過去のアイドルスター。だけど最近自分に冷たい。そして自分に内緒で引越してしまった。
C 「髪」 ...きれいな髪が自慢のOL。化粧に興味を持たない同僚にイメージチェンジを勧めてみたのだが。
D 「枕香」 ...仕事が忙しくてなかなか会ってくれない彼。電話で彼と喧嘩した雨の夜に,彼のアパートを訪ねたら。
E 「夜離れ」 ...大学を出たが就職先の決まらない女性が,アルバイトのつもりでホステスになったのだが。

 女性の心理を前面に押し出した短編集です。女性が書いているのだから,ここいらへんの心理は全く見当はずれと言う事はないのでしょう。何となく判る気もしますけど,いまいちピンとこない部分もありました。妻Mに読んでもらって感想を聞いてみたいと思います(年代が違うか?)。それはそうと,「祝辞」が凄かったですねえ。まさかあんな展開になるとは思いも寄りませんでした。「ひとこと言ってもいいかなあ。くたばっちまえ!アーメン。」なんて唄ありましたよね。シュガーと言う女性グループの曲で「ウェイディング.ベル」だったと思います。強烈なインパクトのあるこの曲を思い出しました。ちなみに,このタイトルは「よがれ」と読みます。

 

「寄り道ビアホール」 篠田 節子  2000.01.13 (1999.11.01 朝日新聞社)

 朝日新聞の日曜版に連載されていたエッセイ他を集めた作品です。日々の暮らしや仕事を通じて出会った,ちょっといい話が中心です。篠田さんの職業といえば当然作家なのですが,作家になる前の福祉関係の話も多く出てきます。また女性としての視点が目立つ様に思えました。結婚式で険しい顔をする老婆,葬式ですがすがしい笑顔を見せる老人の話が印象的でした。篠田さんの作品は宗教や芸術を扱った重い話,はたまたパニックものやホラーっぽい話が多いのですが,エッセイを読む限り,そんな話の作者と言う感じがしないのが不思議ですね。そう言えば,虚構である小説と,事実であるエッセイの話なんかもありましたっけ。

 

「ドラマチック.チルドレン」 乃南 アサ  2000.01.18 (1996.07.04 読売新聞社)

 中学3年生の恵は両親に連れられて富山市郊外の施設を訪れた。ここは川又夫妻が主宰する「ピースフルハウス.はぐれ雲」と言う名の施設で,登校拒否や非行と言った様々な問題を抱えた子供を預かり,農作業や共同生活を通じて立ち直させるための施設だ。恵は髪を金色に染め,登校拒否,無断外泊,シンナー遊びなど一通りの経験がある。施設に入ってすぐ彼女を迎えたのは,古株の非行少女,友美達からの無視だった。

 一体これは何が言いたかったのでしょうか。最初は恵の更正の物語かなと思ったのですが,そうでもないですよね。いろいろな問題児が次々に現れてきます。そんな彼等をそれぞれに深く掘り下げている訳でもありません。この施設の運営者である川又夫妻の,この仕事に掛ける情熱を描いている様にも思えません。子供を取り巻く家庭の問題,教育の問題,そしてその背景にある社会の問題を突っ込んでいる物でもないですよね。何か「これだけ一杯,取材しちゃったんだもんね。」と言う感じしか持てませんでした。まあそれはさておき,同じ様な年頃の子供を持つ私からすると,考えさせられる物ありますよね。社会全体が効率を求めるあまりに,全てが均質化,マニュアル化していく中で,一人一人個性のある子供の教育は,こうはいかないですよね。今の学校教育から脱落して行く者,そんな彼等に何の手も差し伸べられない両親達。そんな例はゴロゴロしているんだよ,と言っているのだったら,それはそれで怖い話だとは思います。

 

「勝負の極意」 浅田 次郎  2000.01.19 (1997.04.25 幻冬舎)

☆☆

 浅田次郎さんのエッセイです。内容は「私はこうして作家になった」と「私は競馬で飯を食ってきた」の二本立てです。もっとも前者は,講演会のテープから起こしたものだそうです。浅田さんのエッセイと言うと「週間現代」に連載されていた「勇気凛々瑠璃の色」が有名ですが,3冊の単行本はまだ読んでいません。以前は週刊誌を良く買っていたので,現代の方ではたまに読んでいました。さて何故作家になったかと言うと,なりたかったからと言うよりも,なるものだと思っていたそうです。「蒼穹の昴」を書きたかったから,とは書いておりませんでした。自衛隊に入ったり,アパレル業界にいたりした時も,常に小説書きは二足のワラジとして続けていたそうです。本当だとしたら,凄い事ですよね。私なんか,子供の頃に将来の仕事の事なんか考えた覚え無いですもん。競馬の方は,私がやらないものですから,ちょっとピンと来ない部分が多かったんですが,読み物としては面白いですね。競馬詳しければ,もっと面白く読めるんだと思います。

 

「金のゆりかご」 北川 歩実  2000.01.24 (1998.07.30 集英社)

☆☆☆☆

 29歳のタクシー運転手の野上雄貴は,幼児に対する天才教育を施すGCSから幹部としての入社の要請を受ける。野上は,GCSの創設者であり科学者でもある近松吾郎が愛人に生ませた子供であり,野上自身ここで天才教育を施された過去を持つ。野上の場合はかつて天才少年Yとして注目を浴びたが,大人になるにつれて平凡な人生を歩むようになっていった。自分と母親を捨てた近松への反発心を持ちながらも,近松の真意を探る為GCSに近づく野上。そして9年前に起こった,4人の子供が精神に錯乱をきたした事件を追う様になる。

 前に読んだ「僕を殺した女」では,どんでん返しの連続に辟易させられました。読者が真相や結末に,あるイメージを持った段階でそれをひっくり返すのが,どんでん返しのあり方だと思います。しかしそれ以前に目まぐるしく結末らしきものが提示され,否定されていく。はっきり言って着いていけませんでしたもん。読解力の問題だと言われてしまえば,それまでですが。本作も後半になって,物語は二転三転します。しかし今回は面白かったですね。天才を人為的に作ると言うテーマも魅力がありますし,その中で起こった事故隠しと言うのも,最近良く聞く話でもあります。出てくる4人の子供の描き方も,それぞれに良かったと思います。そして最大のキーマンである近松教授をほとんど登場させないと言う書き方も,物語に緊張感を与えている様に思えました。ただ半ば人体実験でもあるようなGCSに自らの子供を委ねた親の心情や,画期的なプロジェクトに対する社会の反応が,ほとんど描かれていないのがちょっと気になりました。だけど天才って作れるものなのでしょうか。芸術やスポーツ何かだと,ある程度小さいうちから英才教育を施す事によって,人並み以上の能力を持たせる事は可能な気がするのですが。

 

「硝子のドレス」 北川 歩実  2000.01.26 (1996.03.20 新潮社)

☆☆☆

 80kg以上の体重に悩む千夏は,誘われた同窓会にも行く気にはなれなかった。そんな自分と決別する為,千夏はダイエット美女を選ぶコンテストに応募する。一方彼女を同窓会に誘った,かつて千夏に想いを寄せていた菅見は,海外出張中に恋人の実咲が突然失踪してしまう。実咲を探す管見だが,彼女の名前は偽名で,勤務先にもそんな人物が居ない事を知らされる。居なくなってみて初めて,管見は実咲の事を何も知らなかった事を知る。

 所詮私は中年オヤジなので,何であんなにもダイエットにのめり込むのか判りませんねえ。そりゃあ周りから蔑みの目を向けられて恥ずかしかったり,やっとつかんだ幸せを逃すまいとする気持ちは判りますが,あそこまでやるか。まあ自分もダイエットに少しは心がけていますが,それは単に健康を考えての事です。だから「みんな狂っている。」って思ってしまいました。ここら辺,あれほどまでに痩せたいと思う動機がもっと明確だった方が,良かったんではないでしょうか。千夏や琴江の行動が理解できませんでしたもん。管見が言った「美容産業は必要以上に,女性のコンプレックスを煽っている。」というのがもっともだと思いました。ところで,そんなに痩せた女性って魅力的なんでしょうか。私は嫌ですね。そりゃあ女小錦みたいじゃどうかと思いますが,ある程度ふくよかな女性の方が好きです。少なくとも「美しくありたい」と言う気持ちを放棄しない程度であったら,いいんじゃないでしょうか。早夜の親の意見に賛成一票を投じます。まあ中年オヤジの感想です。ちなみに妻Mは太っていません(45kg程度です)。

 

「不発弾」 乃南 アサ  2000.01.27 (1998.11.16 講談社)

@ 「かくし味」 ...常連客で賑わう「みの吉」の名物は煮込み。開店当時から大鍋は洗った事が無いと言う。煮込みのかくし味の秘密とは。
A 「夜明け前の道」 ...友人に裏切られて会社も家庭も失ったタクシーの運転手。自棄を起こした時に乗せた客は,怪我をした外国人。
B 「夕立」 ...満員電車の中で千紗に痴漢をしたのは,中学校の教頭先生。千紗は友人のみどりとともに,この獲物の元に向かう。
C 「福の神」 ...時々訪れるその客は,店の者誰もが嫌っていた。その客の商売敵がひっそりと彼の行動を見つめていた。
D 「不発弾」 ...大手デパートの課長は家に帰ると居場所が無かった。妻も子供達も彼を遠ざける様になっていった。
E 「幽霊」 ...窓際に追いやられたテレビ局のプロデューサーは幽霊の様な存在だった。昔の仲間ともう一度日の当たる場所を目指す。

 何かなあ,一体何を言わんとしている話なのか良く判りませんでした。ストーリーが面白い訳でもないし,どんでん返しがある訳ではないし,登場人物がいい訳でも無いです。乃南さんの短編って,登場人物の心理描写,特に女性の心理描写の冴えが気に入っているのですが,この短編集に関しては,全く良さが感じられませんでした。まあ「福の神」はいい話ではあるのですが,表題作の「不発弾」何か,イライラしてしまうばかりでした。

 

「日本ジジババ列伝」 清水 義範  2000.01.28 (1995.12.07 中央公論社)

☆☆☆

@ 「反乱」 ...弟達から尊敬されていた兄。皆年老いてしまった今,この関係を維持するのは難しい様で。
A 「片思い」 ...近くに住む娘夫婦の息子は中学生。孫と居る時が一番幸せなのだが,その想いは彼に通じない。
B 「おぼろ灯台」 ...年とってから始めた灯台の写真撮影。真冬の襟裳岬の灯台を訪れたのだが,突然の吹雪に遭ってしまう。
C 「子供の喧嘩」 ...碁が趣味の二人だったが,打ち方は両極端。正攻法に対するゲリラ戦法に,思うようには勝てなかった。
D 「おしどり」 ...二人は仲の良いおしどり夫婦だと言われていた。しかし年を取った彼等はそうするしかなかった。
E 「八十年間世界一周」 ...一人でインドへのツアーに参加したお婆さん。ガイドは心配したが,彼女は海外旅行の達人だった。
F 「ホラ吹き爺さん」 ...洋食屋「マリオ」のマスターは聞き上手。いつも来るお爺さんのホラ話にも耳を傾ける。
G 「お客さん」 ...厳しい姑からやっと開放されたと思ったら,時代は変わっていた。今は与えられた6畳間でひっそり暮らす。
H 「二度目の人生」 ...郵便局を定年で退職した男が再就職先を探す。今までとは違った職場を求めてパチンコ屋へ。
I 「茶のみ話」 ...老人会で知り合った男性はなかなかダンディだった。近くの公園を散歩したりしていたのだが。
J 「夕焼け小焼けで」 ...まだまだ現役だと思っている男性が,息子の家を訪ねたのだが,道に迷ってしまい。
K 「ひとり」 ...一人でアパートに暮らす老女は,いつか生まれ育った土地を訪れる事が唯一の夢だった。

 9月15日は敬老の日です。一体何故こんな祝日を作ったのでしょうか。大体,敬老何て言葉を使う事自体が,本来あるその精神に反しているのではないでしょうか。つい最近,名古屋の有名な双子の老人の一人,きんさんが亡くなられました。本人がどう思っていたのかは知りませんが,敬老の日のテレビに「きんさん,ぎんさん」を出演させるのは,敬老とは正反対の行為だと思っていました。それはともかく,ここでは数々の老人が出てきます。そんな彼等を,時には頼もしく,時には哀しげに,時にはほのぼのと描いております。人間は必ず老います。長い人生の終わりを,楽しく生きられない社会なんて,決していい社会ではないですよね。敬老の日を作ってお終い,老人ホームを作ってお終いと言う事では無いですよね。それと同時に,個人個人老いた後の人生をどの様に生きるか,と言う心構えを作っておく事が大切ですよね。昔,青島幸男演ずる「意地悪婆さん」てドラマがありましたが,あれこそ理想的な老いの姿なのかも知れません。私が子供の頃,年寄りは怖い存在でした。私も「意地悪爺さん」とか「スケベジジー」と呼ばれる様な,頑固な老人になりたいと思いました。

 

「躯(からだ)」 乃南 アサ  2000.01.31 (1999.09.30 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「臍(へそ)」 ...高校生の娘がへその美容整形をしたいと言い出した。だめだと言うに決まっている夫には相談できない。母は娘に同行して病院まで出掛けたのだが,医師は母親に美容整形を進めた。そして一大決心をして整形手術を受けたのだが。
A 「血流」 ...夫が痴漢で逮捕された事を知った妻は,実家に戻ったきり帰ってこなかった。真相を知らない同居の母親は,嫁の態度に腹をたてるのだが,夫は母親に真実を語る事ができない。やっと帰ってきた妻の,ある事を見た事をきっかけに一時平和は訪れたのだが。
B 「つむじ」 ...つむじが4つある27歳の男。彼は若はげに悩んでいた。本当は30歳まで結婚したくなかったのだが,今付き合っている彼女と早いとこ結婚しようかと思い始める。しかし自分と結婚したがっていたはずの彼女は思いがけない事を言い出した。
C 「尻」 ...田舎から東京の女子高に通う事になった女の子。女子寮に入ったのだが,まわりの子が皆まぶしく見える。ある日お風呂で言われた,「お尻が大きくって,アヒルみたいね。」と言う一言に愕然。ダイエットに取り組む事になるのだが。
D 「顎(あご)」 ...仕事の先輩からいじめに遭う少年。彼を見ていた全身黒づくめの男は,喧嘩だったら相手の顎を狙えとのアドバイス。しかし少年はボクサーになる道を選んだ。そして有望な新人との試合の時,そのアドバイスが蘇るのだが。

 体の一部分を題材に使った短編集です。もし自分の体の全てのパーツに関して,絶対的な自信を持っている人がいたとしたら,かなりのナルシストではないでしょうか。背が低い高い,太っている痩せているから始まって,ここにも出てきますが,へその形が気に入らない,と様々なんでしょう。それは見た目の事に限らず,機能的な面まで含まれれば色々な悩みが有るんでしょう。他人から見たら些細なそして贅沢な悩みに思える事もあるんでしょうが,本人にとってはどれほどの悩みかなんて判らないですよね。だけど,ヘソ出しルックがしたいから,ヘソの美容整形する人何ているんですかね。デベソだったら判りますけど。ヘソ出しの女の子のヘソなんて,まじまじ見た事ないですけどね。ここでの作品では,そういった悩みに関する心理描写の部分は面白く読めたのですが,なんか結末が少し唐突ではないんでしょうか。何で最後がこうなっちゃうの,と言う気持ちが素直な印象です。