読書の記録(2002年 4月)

「古書店アゼリアの死体」 若竹 七海  2002.04.01 (2000.07.25 光文社)

☆☆☆

 職を失い,頼った友人には裏切られ,泊まったホテルでは火事に遭い,逃げるように葉崎市の海岸にやってきた相澤真琴。海に向かって「バカヤロー」と叫ぶつもりだったが,何と海岸で男の死体を見つけてしまう。所持品から遺体の身元は,葉崎市の名門である前田家の御曹司であり,失踪中の前田秀春と思われた。警察から解放された真琴は,ロマンス小説専門の古本屋を経営する前田紅子と知り合い,そこで働く事になる。そして真琴は,さらなる事件に巻き込まれて行く。

 私は知らなかったのですが,「コージー.ミステリー」と言う言葉があるそうです。これは本作のように,「家庭内を主な舞台に,夫婦,親子,隣人問題などを扱った推理小説。」と言う事だそうです。さて海に向かって「バカヤロー」と叫ぶ幕開けからして,ユーモラスな展開です。そして登場人物が皆分かり易くていいんですよね。ややもすればデフォルメし過ぎと言う感が無きにしもあらずですが,作品全体の軽い雰囲気にピッタリと言った感じです。軽いと言っても決して軽薄ではなく,軽快なテンポで進んで行きます。基本的には資産家の遺産相続にまつわる殺人事件を扱ってはいるのですが,ドロドロとした部分は無く,サラッと読めるのがいいですね。最後はどんでん返しの連続となりますが,伏線の張り方が見事です。また私は読んだ事が無いですけれど,ロマンス小説に関する薀蓄何かも満載です。

 

「銀簪の翳り」 川田 弥一郎  2002.04.03 (1997.10.10 読売新聞社)

☆☆☆

 新大橋の東のたもとで見つかった水死体。北町奉行所の同心,北沢彦太郎が検屍を頼まれた。事故死だと思われたが,彦太郎の執拗な検屍の結果,殺された事が判った。しかし男の身元も,もちろん犯人も判らなかった。そんな折,花見で賑わう上野の出会茶屋で,一人の女が殺された。彼女は江戸でもイチニを争う薬屋の,三人姉妹の長女だった。

 「江戸の検屍官」の続編です。3作目の「江戸の検屍官 闇女」を先に読んでしまいました。登場人物は同心で検屍好きの彦太郎,女と酒が好きな医者の玄海,美人絵師のお月と変わりはありません。江戸時代の検屍とはいかなる物か。それは中国で書かれ,検屍の教典ともいうべき書物である「無冤緑述」によるものです。まず検屍は明るい中で行わなければなりません。ですから検屍日和何て言葉が出てきたりします。口の中に銀の簪を入れてみて,色が変わったら毒殺だとか,身体に色々な薬を塗って殴られた後などを探したりします。ここらへんの検屍方法は,シリーズの他の作品と同じで変わりばえしません。また検屍の場面がちょっと気持ち悪かったり,性描写がどぎついのも同じです。さてストーリーは,薬屋の娘を始めとする連続殺人事件を中心に進みます。そして最初に出てきた全く関係の無い事件とのつながり,そして二転三転する結末へと進んで行きます。ちょっと話が凝り過ぎかなあ。でも彦太郎,玄海,お月をはじめ,登場人物の描き方がきっちりしていて,読み応えがあります。

 

「左手首」 黒川 博行  2002.04.04 (2002.03.15 新潮社)

☆☆

@ 「内会」 ... 素人が開催する賭博の現場に乗り込み,掛け金を奪おうとした,自動車専門の泥棒達。
A 「徒花」 ... キャバレーの店長になる為に大金が必要になった男。ネズミ講の主催者の屋敷に忍び込んだ。
B 「左手首」 ... バラバラ死体を山に埋め様としていたら,野犬が死体の左手首を咥えて行ってしまった。
C 「淡雪」 ... 自分が働くゴミ処理場を脅迫する事を妻が提案。そこには医療関連機器が不法投棄されていた。
D 「帳尻」 ... ホストから占い師に転向した男の元に訪れた女性。証券会社の外交員で,仕事上大きなミスをしたと言う。
E 「解体」 ... 自動車の解体屋を訪れた刑事。取引先の男が行方不明で,男の車の中からは大量の血が付いていると言う。
F 「冬桜」 ... 違法賭博の現場に乗り込んだニセ刑事達。店長等を騙して店の金を奪って逃げて行った。

 登場人物は皆悪者。それも小心で,狡賢くて,ちょっとどこかが抜けている。そんな彼らが強盗,殺人,恐喝,詐欺と言った犯罪に手を染めて行きます。でも綿密な計画を立てての犯行ではなく,行き当たりばったりなので,結果は見事に失敗して行きます。でも結末に何のヒネリもないんです。だから全体的に平板なストーリーで,ちょっと印象薄いですね。登場人物の軽薄さだけが,やたらと目立ちました。

 

「大博打」 黒川 博行  2002.04.06 (1991.12.05 日本経済新聞社) お勧め

☆☆☆☆☆

 チケットショップ会社「アイボリー」会長の倉石泰三が,入居していた老人ホームから誘拐された。犯人からの要求は金塊2トン。時価にして32億円だ。息子であり社長の達明は,最初身代金の支払を渋っていたが,20億円分の金塊での取引となった。大阪湾に係留された漁船に金塊を積み込み,犯人の指示で明石海峡を目指す。途中で運搬役は降ろされ,漁船はオートジャイロで夜の闇に消える。しかし無人の漁船は,タンカーと衝突し爆破沈没してしまった。

 文句無く面白かったですよ。何がいいって,誘拐されたジイサンのキャラクターが最高。読後感もすがすがしくっていいですよ。物語はいきなり身代金の受け渡しの場面から始まります。受け渡し役として指名された社長の愛人と,船の中に隠れる二人の刑事。船に仕掛けられた爆弾。突然船から逃げ出してしまった女性。緊迫感溢れる出だしです。そして老人を監禁する犯人と,捜査する警察の二つの視点で進んで行きます。警察の視点の方は,やたらと達明が嫌な奴なのと,刑事の個性がちょっとわざとらしいのが鼻についてイライラさせられます。でも何故か誠実な犯人と,向こうっ気の強いジイサンとのやり取りが面白いんですよね。真保裕一さんの「奪取」に出てくるジジイを思い出してしまいました。そして急に身代金を払う気になった達明,爆破沈没してしまった船からの金塊の回収,と言った謎が浮上してきます。でも一番の謎は,何故犯人はこの老人を誘拐したのか,と言う点です。犯人の動機を決定付ける部分が最後に明かされるのですが,こう言う構成にした為,イマイチ犯人の気持ちが判らないところがあります。犯人と共犯者との関係もそうなのですが,でもそれが却って最後の場面を活き活きとさせている様に思えました。

 

「都庁爆破!」 高嶋 哲夫  2002.04.07 (2002.01.07 宝島社)

☆☆

 元自衛隊特殊部隊一等陸尉の本郷裕二は,新宿にある都庁で,友人でありアメリカ海兵隊少佐のシャロンと会っていた。その時突然,轟音が鳴り響いた。都庁の建物から煙が上がっている。逃げ惑う人達を尻目に,裕二は最上階にある北展望室に向った。そこには裕二の妻の麻由子と,娘の朝美が遊びに来ている。しかし建物は封鎖され,最上階へは上がれない。爆発を起こした犯人は,職員と展望室を訪れていた客を人質に取って,立て篭もっていると言う。アメリカで起こった同時多発テロから3ヵ月,犯人はイスラム原理主義者と思われた。

 アメリカで同時多発テロが起こったのが2001年9月ですから,その直後から書き始めたのでしょう。高層ビルに突っ込むジェット機,崩れ落ちるビル,火災に見舞われるペンタゴン。どれも衝撃的な映像でした。そしてもし同じ様な事が日本で起こったら,と誰もが思いますよね。非常にタイムリーな話題の作品だとは思うのですが,何か安易さも感じてしまいました。しかし岩淵都知事と大園首相のやり取り何か,実際の人物を彷彿させます。動きの遅い政治家,無責任なマスコミ,そして何よりも危機管理意識の低い国民に対する主張の部分は,迫力があって読み応えがあります。最近の日本の政治状況を見ると,秘書の給与がどうしたの,議員辞職がどうしたの,何て話題ばかりです。それはそれで大切な事なのでしょうけど,現実にアメリカで大規模なテロが起こりました。日本でだって地下鉄サリン事件がありました。もっとやらなくてはいけない事がある様に思えます。

 

「天国への階段」 白川 道  2002.04.11 (2001.03.10 幻冬舎) お勧め

☆☆☆☆☆

 生まれ育った北海道の牧場が人手に渡り,愛する女性に裏切られた事から,故郷を捨てて東京に出てきた柏木圭一。今や不動産業を始めとして,ゲームソフト会社や人材派遣業と,幅広くビジネスを広げる実業家だ。しかし圭一の夢は,単に成功者となる事だけでは無かった。祖父から牧場を奪った牧場主の娘で,かつて圭一が愛した亜木子,そして彼女の夫で衆議院議員の江成に対する復讐。一方,大井埠頭で一人の男が殺された。被害者は25年前に自分が担当した強盗殺人犯だった事から,捜査に加わった桑田刑事。彼は昔の事件に,いまだ疑問を持っていた。

 『天国への階段なんてお金で買えやしないことはわかっている。でも俺はそれを買いに東京に出かけた...』。切ない話ですよね。何事も無ければ,天国への階段をお金で買おう何て思う事無く,北海道の牧場で二人は幸せになったんでしょう。しかしいくつもの歯車が,徐々にそしてどんどん狂って行く。それは圭一のみならず,亜木子も一馬も同様です。この「天国への階段」と言うタイトルは,イギリスのロックグループ,レッド.ツェッペリンの名曲「Stairway To Heaven」からのものです。高校生の頃この曲を聴いたと言う主人公と,私は同年代です。私もこのグループが好きで,高校生の頃,日本武道館で行われた来日コンサートを聴きに行った事があります。読んでいる間,ロバート.プラントのボーカルや,ジミー.ペイジのギターが聞こえてくるようでした。そして雄大な真夏の牧場の光景や,陰鬱な真冬の無人駅の景色が目に浮かんできます。人物にしろ,景色にしろ,見事な描写力です。ですからどうしたって圭一に肩入れしたくなってしまいます。ですが決してハッピーエンドにならないであろう展開。桑田刑事が悪者に思えてしまいました。実は「病葉流れて」を読んで,その主人公のハチャメチャさから,もう白川さんの作品は読まないだろうと思っていました。でも妻Mが絶賛するので読んだのですが,読んで良かった。

 

「殺人症候群」 貫井 徳郎  2002.04.14 (2002.02.05 双葉社)

☆☆☆☆

 環(たまき)が原田,武藤,倉持に示した新聞記事の切り抜き。それは事件や事故や自殺によって,人が亡くなった事が書かれていた。一見何の関連性も無い事に思われたが,亡くなった者は皆,未成年や心神耗弱と言った理由で,刑に服する事の無かった者達だった。何者かが被害者の恨みを晴らす為に,殺人を行っているのではないかと考えた環は,三人に真相を調べる様依頼した。しかし何故か倉持は,その依頼を断った。

 「失踪症候群」「誘拐症候群」に続くシリーズ3作目で,おそらく本作が最後でしょう。このシリーズは,警視庁勤務の環が,元警察官の3人の男(私立探偵の原田,修行僧の武藤,肉体労働者の倉持)を使って,普通警察ではできない捜査を行うものです。いわば,貫井版の必殺仕事人シリーズと言った作品です。しかし今回は本当の意味での必殺仕事人達が登場してきます。何故,必殺シリーズが人気があるのか。それは何と言っても痛快さでしょう。悪い事をした人には,当然その報いが訪れて欲しい。それだけ理不尽な事柄が横行している事の裏返しなんでしょう。考えられない様な悲惨な犯罪,加害者の人権ばかり主張する弁護士,被害者の心情など省みないマスコミ,そして何を考えているのか判らない様な裁判官。報酬を払ってでも,恨みを晴らしたいと思う人が出てきても不思議ではないですよね。法律の必要性を否定する訳ではありませんが,法律が道徳や一般的な人間の感情と遊離している側面は認めざるを得ません。ここでも未成年者に子供を殺された親が出てきます。そして依頼を受けて殺人を行う渉と響子,彼らを追う原田達。そして難病を抱えた息子の為に殺人を起こす看護婦,謎の交通事故を追う刑事達。ちょっと話が入り組んでいますが,「オオッ!」と思わされます。シリーズ物の最後にしては,ちょっと後味の悪い結末ですね。

 

「事故係 生稲昇太の多感」 首藤 瓜於  2002.04.16 (2002.03.29 講談社)

☆☆

 愛宕南署の交通課に勤務する生稲昇太は,警察官になって5年目を迎えた。5日に一度当たる夜勤の相棒は上司の見目だったが,昇太とはどうも相性が悪い。正義感に燃える昇太とは正反対の勤務態度,そして何よりも署のマドンナと呼ばれる大西碧との交際の事実。昨夜も明らかに酒に酔って事故を起こしたと思われる男を,深く追求する事無く放免してしまった。夜勤明けの今日,昨日の男の飲酒運転の事実を突き止め様と,男の勤務先に向った。

 「脳男」江戸川乱歩賞を受賞した首藤さんの,受賞後の第一作です。少々青臭い若手警察官の生稲昇太の働きが,連作短編風に綴られて行きます。前作とは全く違う雰囲気ですね。亡くなってしまいましたが,昇太のお父さんも警察官でした。市民に親しまれる父親の姿を見て育った昇太は,父親と同じ警察官になったのですが,なかなか現実は思っていたものと違います。上司の機嫌ばかり伺っている上司,事勿れ主義の同僚,昇進試験の勉強ばかりしている見目。でもそんな中で,いかにも刑事らしい仁杉や片山,そしてレッカー会社社長の真壁ら印象深い人物も登場してきます。でも何か話が中途半端な気がしてしまいました。

 

「新任警部補」 佐竹 一彦  2002.04.19 (2001.02.25 角川書店)

☆☆

 不動産屋を経営する丹波夫妻が自宅で殺されていた。降り積もった雪には容疑者の足跡は無く,家の窓や扉は全て施錠されていた。事件発生から1週間が過ぎたが,有力な手掛かりはつかめなかった。そんな中県警捜査一課に所属する松本警部補は,初めて事件の捜査に参加する事になった。松本は捜査一課に所属はしているものの,外国語に堪能な事から,主に通訳や翻訳の仕事に従事していた。コンビを組む事になった小林巡査部長は,松本と同世代だが,捜査のキャリアは豊富だった。

 江戸川乱歩賞の最終候補作になった「村正殺人事件」を改題し,「凶刀『村正』殺人事件」になり,文庫化に際しては,「新任警部補」となりました。ややこしいですね。さて作者の佐竹さんは元警視庁の警部補で,その経験を活かした作品は,なかなかリアリティに溢れています。ここで言うリアリティとは,逆に言えば現実的,ミステリーとしては地味な要素が強いんですが,今回はいきなり密室が飛び出してきます。でも探偵役が登場して,密室トリックを見破ると言うパターンではありません。あくまで地道な捜査が続きます。そんな中で,初めて事件の捜査に当たる警部補と言う設定が面白い。でもそれが活かしきれていない様に思えました。語学に堪能な訳ですから,何らかの外国語がキーワードになるんだろうなあ,と思っていたので,ちょっと肩透かし気味。でも密室に関しては意表を突いていて,いいですよ。

 

「海は涸いていた」 白川 道  2002.04.22 (1996.01.20 新潮社) お勧め

☆☆☆☆☆

 高級クラブを何件も所有する伊勢商事社長の伊勢孝昭は,暴力団の佐々木組から経営を任されていた。神戸の孤児院で育った伊勢は,その後焼津で働いているところを,佐々木組長に拾われこの世界に入っていた。そんな伊勢にはある秘密があった。それは自分の父親を殺した事と,養子にいった妹が今や日本を代表するバイオリニストになっている事だった。

 物語の前半は自分の名前を捨てた伊勢孝昭,そして同じくヤクザの世界に入った布田昌志,孤児院時代の友人の三宅慎二や藤代千佳子,そして異父兄妹の馬渕薫が紹介されて行きます。伊勢がどの様な両親の元に生まれ,どの様な環境に育ち,そして今に至っているのか。大好きだった義父の航海中の死,火事による母親の死,少年院に入ったいきさつ,父親を殺さざるを得なかった状況,そして今日子との別れ。古びた地球儀を見つめる伊勢の心が,ヒシヒシと伝わってきます。決して説明的にならず,こう言った背景を描く力が凄いですね。幾度と無く繰り返される,「夢を持つ事と,祈る事」と言う言葉。そして後半になると物語は一気に動き始めます。昔父親を撃った拳銃による,新たな殺人事件。そして真実に一歩一歩近づいて来る,佐古と大久保の二人の刑事。「天国への階段」でも感じましたが,どうあっても主人公には逃げ切って欲しい,でもそうはならないであろう予感。やるせないですね。犯罪と言うのは悪い事には違い有りません。でも普通の人から見て明かに悪い事だから,それを法律で犯罪としているだけですよね。犯罪とは何なんだろうって考えさせられてしまいます。でも,こう言う結末にしかならないんでしょうか。やっぱりハッピーエンドの作品の方が好きですね。

 

「殺意の川」 小杉 健治  2002.04.24 (1998.04.20 集英社)

☆☆

@ 「季節のない川」 ... 団地の一室で親子二人が殺されていた。不登校の少年が,その部屋から出てきた者を見ていた。
A 「すみだ川」 ... ホステスの女性が,付き合っている男を刺し殺した。動機について彼女は供述を何度も変えた。
B 「罪の川」 ... 焼鳥屋の火事で,3人の従業員が亡くなった。彼らに多額の保険金が掛けられていた事から,店の主人が疑われた。
C 「偽りの川」 ... 服役してきた男を家に住まわせた弁護士。しかし男は新たな犯行を繰り返していった。
D 「真実の川」 ... 交通事故で亡くなった婚約者。最初に運ばれた病院での医療ミスが原因だと思われた。

 少年犯罪,保険金殺人,異常者による犯罪,医療過誤と言った社会問題をモチーフに,弁護士の水木,検事の桐生が登場してきます。刑事事件に登場する弁護士と言うと,やたらと人権を振りかざして弁護する対象を守る事,引いては自分の利益に走りがちな気がします。また検事の方は,有罪率の高さに対する過剰な意識が,冤罪事件を引き起こす原因にもなっているんでしょうか。まあ弁護士や検事がどうこうと言うよりも,裁判の制度自体に問題を感じてしまいます。人が人を裁く事の難しさは当たり前の事でしょうが,最近起こった異常な事件の裁判結果何か耳にすると,どうも納得しかねない事が多い様に思えます。ここでは理想的な弁護士とは,また理想的な検事とは何か,と言う点が大きなテーマとなっているんでしょう。でも二人の人間が描ききれていない気がします。短編だと難しいんではないでしょうか。

 

「大誘拐」 天藤 真  2002.04.25 (2000.07.21 東京創元社)

☆☆☆☆

 スリ師の戸並健次は,刑務所で知り合った秋葉正義と三宅平太の3人で,身代金目的の誘拐を企んだ。狙いは,紀州随一の大富豪と言われる,山林地主の柳川家の女主人,柳川とし子刀自だ。82歳になるとし子は最近,お手伝いの吉村紀美と二人で自分の山を歩きまわっている。戸並らはとし子の毎日の行動パターンを観察し,遂に結構の日を迎えた。誘拐はあっけなく成功した。そして中古のマークUにとし子を乗せて,事前に用意しておいた和歌山市内のアパートに向った。しかしとし子は,市内のアパートじゃ直ぐに捕まってしまう,恰好の監禁場所を知っていると言い出した。

 本作は1978年11月10日に,カイガイ出版部から書き下ろし刊行された著者の第8長編で,1979年に日本推理作家協会賞を受賞した作品です。東京創元社から「天藤真推理小説全集」として発刊された文庫版で読みました。先日読んだ黒川博行さんの「大博打」では,誘拐されたジイサンと誘拐犯との微妙な関係が面白かったのですが,こちらはそんなもんではありません。誘拐された82歳のバアサンは,自ら誘拐犯に協力し,監禁場所を提供し,今後の計画を練り,犯人が提示した5千万円の身代金を100億円に値上げさせます。犯人自身が「どちらが犯人か,誰が人質か判らん」と言い出す始末です。そしてとし子の計画通りに,とし子と柳川家の家族とのテレビ対話,そして100億円の身代金受け渡しへと進んでいきます。コメディー溢れる展開なのですが,なかなか緊迫感が溢れています。誘拐を扱った作品は多いんですけれど。こう言うパターンは意外でしたね。受け渡しの時のトリックや,とし子の行動の謎が最後に明かされますが,なかなか味わいのある話です。ちなみに刀自(とじ)とは,「年寄りの女性を尊敬することば」だそうです。作中「そんな言葉も知らんのか!」何て会話が出てきますが,私は知りませんでした。エッヘン。

 

「ドリームバスター」 宮部 みゆき  2002.04.27 (2001.11.30 徳間書店)

☆☆☆

@ 「プロローグ JACK IN ... 通子が8歳の頃に見た近所の火事。通子の娘の真由が8歳になった時,この時の夢を見た。
A First Contact ... 母が旅行中に父が入院して手術を受ける事になった。伸吾はこの時,両親の本当の子供でない事を知った。
B DBたちの“穴”」 ... DB達が集まる街の酒場。そこに見慣れない女がやってきた。彼女は子供を捜していると言う。

 宮部さんの作品には超能力者が登場してくるものが結構あります。でも,この作品はそれらともかなり違った,SFファンタジーとなっています。異世界での実験の失敗によって,意識だけとなった存在が地球に紛れ込んでしまった。それらは元々が犯罪者で,地球人の夢の中に入り込んで,その人を乗っ取ってしまう。そこで異世界が地球に送り込んで来た,ドリームバスター達。そのドリームバスターである少年のシェンと,彼の相棒であり父親役(祖父役)のマエストロが主人公です。さて夢の中に入り込まれてしまったのは,道子と伸吾。二人の夢の中が,なかなかリアルに描写されて行きます。人が見ている夢,それも非現実的な夢を描写するって,結構難しいと思いますが見事ですね。3作目はサイドストーリーとなっており,この先まだまだ続きそうな雰囲気です。ちょっと軽過ぎる感がしないでもないですが,たまにはいいですね。