読書の記録(2003年 4月)

「青い森の竜伝説殺人」 本岡 類  2003.04.03 (1987.03.25 角川書店)

☆☆

 霧ヵ原高原近くの峠道で,女性ライダーが轢き逃げされた。彼女を轢いた車は,近くの竜神湖付近を開発しようとしている観光開発会社から盗まれた物だった。竜神湖に飛び込む様な形で付けられたタイヤ跡が見つかったものの,車自体はどこを探しても見つからなかった。そしてこの会社の社員が相次いで殺された。

 白,赤,ときて今度は青。舞台となっている霧ヶ原高原の季節を表しているんでしょうけど,それにしては風景描写に乏しい感じがします。茅野とか諏訪と言う地名が出てきますから,霧ヵ原高原と言うのは霧ケ峰高原の事なんでしょう。なんで高原の名前だけ架空の名前にしたんでしょうか。まあそれはさておき,この高原にペンションを構える里中邦彦と所轄所の樫尾刑事のコンビが活躍するシリーズ3作目です。1987年に出版されてから,ずっと続編が出ていないので,このシリーズもこれで終わりなんでしょうか。不可思議な謎の提示と,様々な推理の展開が良かったので,ちょっと残念。でも本作は謎がイマイチ。それはそうと,樫尾刑事ってまだ結婚していなかったんですね。

 

「トワイライト」 重松 清  2003.04.05 (2002.12.15 文藝春秋社) お勧め

☆☆☆☆☆

 小学校6年生の時に,担任の白石先生の発案で埋めたタイムカプセル。40歳になったら掘り出す事になっていたが,小学校の廃校が突然決まってしまった。40歳を目前に学校に集まった,元・男子と元・女子たち。のび太こと高橋克也は,ジャイアンこと安西徹夫がシズカさんこと村田真理子と結婚していることを知った。予備校の教師になったケチャこと竹内淳子は,古文のプリンセスとマスコミから呼ばれていた。しかし白石先生は来なかった。彼らが卒業した後,先生は男女関係のもつれから殺されてしまっていたからだった。

 『1970年の少年の目に21世紀の予想図を刻み込んでくれた万博会場は,21世紀のいま,訪れなかった未来を懐かしむための場所になってしまったのかもしれない』。私達が子供の頃想像していた,「21世紀の未来」って,こんなもんじゃなかったはずでした。そして彼ら自身の人生も,やはりこんなはずじゃなかったんでしょう。理想的な住まいを求めて創られたニュータウンも,今では空き部屋ばかり。小学校も廃校になってしまった。夢と希望に溢れていた人生も,リストラや夫婦の危機,仕事上の挫折,そして病気が襲う。中学生の時に大阪万博を見た私よりは,少し下の年代の彼ら。私にとって未来の象徴は「鉄腕アトム」でしたが,彼らにとっては「ドラえもん」。40歳と言う年代は,自分の人生を冷静に振り返る事もできるし,自分の限界も判ってしまうだろうし,自分のこれからも冷徹に見詰めてしまう年代なんでしょうか。新幹線も高速道路もでき,東京オリンピックの日本選手の活躍に喜び,大阪万博で見たアポロ号と月の石に感激して,未来は全てが素晴らしいと私も思っていました。子供の頃に思い描いていた未来と,現実とのギャップなんて,あって当たり前の事です。でもこの作品が素晴らしいのは,そんな彼らの現実を描くだけではなく,これから先の「未来」に希望を持たせているところでしょう。子供の頃1970年代を経験した人も,そうでない人も,是非読んで欲しい1冊です。

 

「探偵はバーにいる」 東 直己  2003.04.06 (1992.05.31 早川書房)

☆☆☆

 札幌の歓楽街すすきので便利屋をしている“俺”は,いつもの様にいつものバーに顔を出した。そこで俺を待っていたのは,大学の研究室の後輩だと言う男だった。原田と名乗るその男は,研究室の助手から俺の事を聞いたと言う。同棲中の彼女が4日前から行方不明になっていて,捜してもらえないかとの依頼だった。大した事ではないとタカをくくって引き受けたものの,それは最近起こった殺人事件へとつながって行った。

 ハードボイルドにはバーが似合うんでしょうが,私はバーでお酒を飲むと言う習慣はありません。まあ私は当面,ハードボイルドの主人公になる予定は無いのでいいのですが,やっぱ飲むんだったら居酒屋がいいなあ。バーのマスターや,女性の客(スタイルが良くって美人でなくてはいけないんですよね)などと洒落た会話を楽しむなんて疲れそう。さてこの“俺”と言う人物は,ちょっとズッコケルところもありますが,典型的なハードボイルドの主人公。でもキャラクターが不鮮明な部分が目立ってしまうんですが,シリーズ作のようですし,今後に期待しましょう。また札幌を舞台にしているので,会話何かもちょっと独特な雰囲気が出ています。それにしても麗子って女はいただけないなあ。

 

「故郷への挽歌」 小杉 健治  2003.04.08 (1997.05.10 勁文社)

☆☆☆

 昭和47年6月,本土復帰から1ヶ月後の沖縄で,一人の男の死体が見つかった。殺されたのは売春組織の男で,同居していた女性が常連客と一緒に姿を消していた。それから25年後,東京の雑居ビルの屋上で,殺されてからかなり時間の経過した,男の変死体が発見された。勤務先の銀行の金を横領し,行方不明となっていた男だった。彼はそのビルにあるサラ金に金を返した後,行方が判らなくなっていた。

 久し振りに矢尋と知坂が登場する作品を読みました。でも今回は二人が主人公ではなくて,沖縄から東京にやってきた4人が中心に話が進みます。沖縄が本土復帰してから,もう30年が経つんですね。戦後の沖縄と言う特殊な時代の不幸を背景に,こう言う生き方しかできなかった男達の姿を追っています。でもその部分が淡々としているのと,追跡劇のサスペンスと4人それぞれの思惑の方が前面に出ています。ですので4人の心情がちょっと片隅に追いやられた感じなのが残念です。今でこそ沖縄県ですが,私が子供の頃,沖縄はアメリカでした。確かに今でも基地を始めとする様々な問題を抱えています。30年以上前の沖縄では,もっと色々な出来事があったんでしょう。私はその方面の知識が無いのですが,そういった問題を丹念に描いて欲しいと思いました。

 

「風少女」 樋口 有介  2003.04.10 (1990.01.15 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 東京の大学に通う斎木亮は,父親の葬儀のため,実家がある群馬県の前橋市に帰ってきた。駅を降りた亮に声を掛けてきた少女は,川村麗子の妹で千里と名乗った。麗子は亮が中学生時代に憧れていた同級生。だが千里が言うには,1週間前に麗子はお風呂で溺れて亡くなったと言う。自殺も疑われたが,警察が出した結論は事故死。麗子の死を不審に思う千里とともに,亮は麗子の死の真相を探り始める。

 「ぼくと,ぼくらの夏」に続く2作目で,こちらも「青春+ミステリー」小説。今回の魅力的なキャラクターは,タイトルにある様に,上州の空っ風の様な高校2年生の千里。表紙に描かれている女性は,ちょっとイメージが違います。同級生の不審な死を巡って,と言ういつものパターンなんですが,登場人物の魅力のせいか,あまり気になりません。それより亮がかつて不良だったと言う設定の方が,不自然に思えました。さて最後の肝心な場面で千里が出てこないのも,いつも通りで物足りなさを感じてしまうんですが,ラストシーンの「あかんべえ」で良しとしましょうか。

 

「仇敵」 池井戸 潤  2003.04.13 (2003.01.25 実業之日本社)

☆☆

@ 「庶務行員」 ... 銀行の駐車場からベンツで帰った会社社長。車はピカピカだったが,タイヤは擦り減っていた。
A 「貸さぬ親切」 ... 医療写真を扱う会社からの融資の依頼。運転資金だと言うが,融資の必要があるとは思えなかった。
B 「仇敵」 ... かつてのライバルからの突然の呼び出し電話。しかし彼は待ち合わせ場所に現われなかった。
C 「漏洩」 ... 取引先企業の情報が業界内に漏れている。融資課長が家に持ち帰った書類から漏れたと思われた。
D 「密計」 ... インターネット.ブームに乗って独立したベンチャー経営者。彼は同級生だった恋窪に接近してきた。
E 「逆転」 ... 都市銀行に食い込もうとしている事務機器メーカー。企画はいいのだが販売のアイデアに不足していた。
F 「裏金」 ... 大手ゼネコンの経理課長への銀行からの連絡。振込先が不明の小切手があると言う。
G 「キャッシュ.スパイラル」 ... 大手都市銀行の次長から地方銀行の庶務行員へ転落したと聞いて,甘くみていたのか。

 大手都市銀行の次長職を追われた恋窪商太郎は,地方銀行の庶務行員となった。フロアでの客の案内や,駐車場の整理が主な仕事だった。そんな中,自分を追いやった相手を追い詰めようとする話です。連作長編の形をとっていますが,長編作品として読む事もできます。都市銀行,地方銀行それぞれの内情が描かれますが,銀行の業務って難しいです。まあ松木と言う若手行員を登場させる事によって,読者に判りやすく書いているんでしょうが,それでも判り難い。まあそれよりも,人を殺すことも厭わない連中にしては,その凄味が伝わってきませんし,最後もやたらとあっけなかったですね。

 

「飛べない鴉」 小杉 健治  2003.04.15 (1990.09.10 双葉社)

☆☆

 仙台で同じマンションに住む男を殺してしまった大浜栄吉は,自分ではない犯人が捕まった事を知る。不思議な事に彼は犯行を自供していると言う。逃げるように出てきた東京で,大浜は北陸地方の漁村に建設された原子力発電所の反対運動を知る。マスコミから持てはやされている反原発の評論家の講演会を聴きに行った大浜に,佐伯圭と名乗る女性が接近してきた。そして大浜は原発が建設されている森尾町へ向かった。

 原子力発電に係わる問題って判り難いです。推進する人達の言葉は確かに尤もらしく聞こえますし,だからと言って本当に安全なのかと問われれば怖い気もします。ただ反対を叫ぶ人達の意見は,反対のための反対としか聞こえないのも事実です。資源の少ない日本にとって国策として本当に原発は必要なのか,安全な運用を行うために何が必要なのか,前向きの議論が必要だと思います。本書でも述べられていますが,推進派の今までのやり方もおかしいですね。さてそんな中で推進派,反対派,そして原発建設によって利益を得る人達の様々な思惑が描かれていきます。でも物語の本筋よりも,原発に関する様々な意見の方が興味深かったです。

 

「同居人」 新津 きよみ  2003.04.16 (2003.01.10 角川書店)

☆☆

 2週間に及ぶ添乗の仕事から家に帰ってきた黒田乃理子は,部屋の中に異様な雰囲気を感じた。開けっ放しにされた冷蔵庫,そしてそこに口紅で書かれた「I“ll be back」と言う文字。誰かが乃理子の留守中に部屋に侵入したらしい。そしてそこに掛かってきた電話は,不倫中の相手からのもので,妻が遺書も残さず自殺した事を告げた。気味が悪くなった乃理子は,インターネットでルームメイトを探している藤崎麻由美に,ルームメイトになる事を申し出た。

 乃理子と麻由美と言う二人の女性の気持ちがヒシヒシと伝わってきてちょっと怖い。ともに秘密を抱えながら同居する事になった二人は,相手に対する微妙な気持ちの変化に戸惑っていきます。虚栄心,嫉妬心,そんな感情が渦巻いて,徐々にギクシャクしていきます。まあ全くの他人が一つの所に住むと言うのは難しいでしょうね。夫婦や親子だって簡単じゃないですもん。それでも何とかバランスをとっていた二人の間を決定的に砕いた一人の女性の存在。ちょっとここら辺うそ臭い気がしますが,麻由美のマンションに対する気持ちは良く判ります。それにしても泰子の話って,あまり本論に関係の無い事の様に思えるんですが。別にホラーっぽい要素は必要でなかったのではないんでしょうか。

 

「暗闇への祈り」 太田 忠司  2003.04.17 (1995.01.25 角川書店)

☆☆☆

 一宮探偵事務所所長の一宮和彦に同行して,依頼主の家を訪れた藤森涼子。依頼主は東山史子と言う車椅子に乗った若い女性で,突然失踪してしまった婚約者の青木達也を探して欲しいと言う。ボランティア活動に熱心だった達也は,仲間達と海に行く約束の日に,留守番電話にメッセージを残したまま行方が判らなくなっていた。本人の意思である事は明白だったが,聞き込みをしてみても,失踪の理由も行き先も全くつかめなかった。

 本格推理志向の強い「霞田兄妹シリーズ」や「狩野俊介シリーズ」と違って,阿南や藤森涼子の登場する作品は,ハードボイルドっぽい作品です。とは言うものの,頑なにストイックな阿南と違って,藤森涼子が主人公の作品は,人間の心の奥の部分に向かい合って成長していく姿が描かれます。ここでも失踪事件の解決そのものよりも,その事件に関わる人間,調査の中で出会う人間達との係わりが話の中心になっていきます。ですから様々な登場人物に関する記述がなかなか細かいですね。ミステリー好きにとって好き嫌いが分かれるかも知れませんが,私は好き。でも達也の失踪の理由に関しては,あまりにも通俗的ですよね。

 

「虚飾の自画像」 小杉 健治  2003.04.17 (1990.06.30 徳間書店)

☆☆

 新社屋建設に伴い美術館を創設した保険会社で,美術館を担当している山名啓司。日本画家の名瀬光二の絵を美術館の目玉にしようとしたが,オークションで入手に失敗。そんな中ふと立ち寄った馴染みの店で,壁に掛けられた1枚の絵に目を奪われた。それはかつて山名が同棲していた深山純の描いた絵に間違いなかった。彼女の絵を求めて訪れた画廊の女主人から,純子が亡くなった事を知らされる。そして山名はその画廊の藤崎美奈子と深い仲になっていく。

 何か不倫ばっかりで,嫌な話ですねえ。昔の彼女の描いた絵を偶然見つけた山名,そしてその彼女は既に他界している事を知る。こういう展開はいいんですけど,その後の山名や美奈子,相原,真希などの行動がどうもスッキリ読めませんでした。美奈子に想いを寄せる二人の男,贋作事件の被害に遭う山名,そして遂には殺人事件まで起こって,冤罪事件にまで発展していきます。贋作事件に関しては面白いと思うのですが,殺人事件の方は何か展開に無理があるような気がしてなりませんでした。

 

「八号古墳に消えて」 黒川 博行  2003.04.19 (1988.09.15 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 大阪府にある遺跡発掘現場で,一人の男の死体が見つかった。土砂崩れによる事故とも思えたが,口の中に入っていた土砂が現場のものとは違っていた為,殺人事件と断定された。被害者は発掘の責任者の大学教授だった。大阪府警のクロマメ.コンビらが,大学の関係者を中心に捜査に乗り出したが,今度は別の発掘現場で,写真撮影用に建てられた櫓から墜落死すると言う事故が起こった。

 「雨に殺せば」「二度のお別れ」に出てくる,黒木,亀田のクロマメ.コンビが登場します。ボケとツッコミの関西漫才コンビそのままの二人の会話が面白いです。さて今回は大学の考古学の世界を舞台にして起こる連続殺人事件なのですが,大学を舞台にすると,必ず大学間の派閥争いやポスト争い,そして民間業者との癒着が背景になってしまうのはしょうがない事なのでしょうか。殺害方法の謎,アリバイトリック,科学捜査による事実の解明など,いろいろな要素をちりばめつつ物語は進みます。黒川さんの作品はスピード感がいいんですが,本作はちょっとモタモタした感じがします。それにしてもこの二人のコンビはいいですね。二宮と桑原もいいんですが,私はこっちの二人の方が好き。

 

「過去からの殺人」 小杉 健治  2003.04.21 (1992.01.30 光文社)

☆☆

@ 「私娼窟の女」 ... 「おまえに殺された女は,俺のおふころだ。」と,取調べにあたった刑事は容疑者に告げた。
A 「夫婦棺」 ... 母と父の名前を問い合わせる手紙を送ってよこしたのは,横浜に住む中国人だった。
B 「孤児の恩誼」 ... 荒川放水路で見つかったバラバラの遺体。妻からの問い合わせで,刑事である事が判った。
C 「過去からの谺」 ... 兄からの依頼で一人の女性を調べたところ,子供の頃に起こった事件の記憶が蘇った。
D 「15年目の訪問者」 ... 発見された古い白骨死体。戦争中に無くなった人の遺体ではないように思われた。
E 「父が消えた」 ... キャサリン台風が東京を襲った日,迎えに来た男に呼び出された父は行方不明になった。
F 「母娘塚」 ... 夫の死によって家を出ざるをえなくなった母と娘。身投げしようとしていたところ,一人の男に呼び止められた。

 昭和20〜30年頃に起こった事件を,現在の視点から見詰め直す形式をとっています。そこで事件の真相が明かされていくのですが,どれも後味が悪いですね。殺人罪の時効でさえ15年ですから,それ以上経った事件は,法律上裁かれる事はありません。でも人の心の中には深い傷跡が残っています。真相を明らかにする事が全てにおいて正しい事ではないんでしょう。知りたい,知らなくてはいけないと言う気持ちと,そっとしておきたいと言う気持ち。過去を追う部分に関しては,それほど展開の面白さは感じません。その代り,調べ始めるきっかけになる部分と,真相を知った登場人物の気持ちと言ったところが,はうまく描かれていると思いました。

 

「ドリームバスター2」 宮部 みゆき  2003.04.23 (2003.03.31 徳間書店)

☆☆

@ 「目撃者」 ... 村野理恵子の夢の中には,顔の無い風船の様な頭を持った人物で溢れていた。彼女はある犯罪を目撃した事から,自分の証言は正しかったのかどうかで悩んでいた。そんな彼女の夢に取り付いた男も,同じ様な経験の持ち主だった。
A 「星のきれっ端し」 ... 母の治療費と妹の学費を稼ぐためにDBになったスピナーは,一人の男に出会った。その頃知り合いのリップの行方を追っていたシェンは,ホースラディッシュでグリズリと言う男に出会った。

 ある実験の失敗によって,異世界である地球に犯罪者の意識を送り込んでしまった惑星テーラ。地球人の夢の中に紛れ込んだ犯罪者を捕まえるために,地球にやってきたドリームバスター(D.B)のシェンとマエストロのコンビ。題名の通り「ドリームバスター」の続編ですので,1作目から読んだ方が無難でしょう。あまりファンタジー作品って読まないんですけど,たまにはいいもんですね。当然ストーリーは現実的ではないのですが,シェンを始めとする登場人物達の描写がリアルなんで,引き込まれます。続きがあるんでしょうが,やたらと中途半端な終わり方が気になります。もうちょっと区切りのいい終わり方してよね。

 

「春になれば君は」 香納 諒一  2003.04.24 (1993.12.10 角川書店) お勧め

☆☆☆☆☆

 元写真週刊誌のカメラマンで,現在は私立探偵をしている辰巳翔一のもとを訪れた一人の幼い少女。行方不明になっている兄を探して欲しいと言う。彼の名は日浦浩嗣,3年前に起こった写真週刊誌のやらせ事件で,決まっていた甲子園出場が取り消された元高校野球のエースだった。そしてその時写真を撮ったのが辰巳だった。辰巳は愛車のチェロキーに乗って,日浦の住む筑山学園都市に向かった。

 冒頭に描かれる3人の少女の自殺,兄を探して欲しいとの少女の依頼,3年前に起こったやらせ報道事件。最初っからいろんな話が展開されます。さらに新住民と旧住民の関係,学園都市に進出しようとしている大手予備校,そして日浦が関係していると思われる殺人事件。ちょっとバタバタした感じになりがちなんですが,辰巳一人の視点で語られるためにスッキリと読めます。また,何と言っても辰巳がこの事件に関わらざるを得ない状況,3年前に起こった事件のカメラマンだった事実が丹念に描かれるので,物語の中に入っていきやすいんですね。全般を通じて,辰巳と警察と暴力団のやり取りや,「ワークブック」と言った謎の言葉の提示,学校でのいじめの問題などが適度に配置され,とにかく飽きさせない。一気に読めてしまいますし,そうじゃないと気が済まないんです。「幻の女」「炎の影」の様な真っ直ぐのストーリーもいいんですが,こちらもなかなかいいですね。ハードボイルド作品としては,主人公の描写に弱さを感じますが,まあそんな事気にしない。事件の背景には嫌な感じもしますが,ラストがすがすがしいのもいい。でも一番気に入ったのは,「理由があって飲むのではなかった。飲まない理由が見つからないだけだ。」と言う辰巳の言葉でしょうか。さて,ワイルド.ターキーでも飲むか。

 

「狩野俊介の肖像」 太田 忠司  2003.04.25 (1996.12.31 徳間書店)

☆☆☆

@ 「金糸雀は,もう鳴かない」 ... 中学校の飼育部で飼っていた4羽のカナリヤが,ある朝突然居なくなっていた。
A 「誰も気づかない誰も傷つかない」 ... 1年前に事故で亡くなった兄から,妹に届いた手紙に書いてあった事。
B 「人が歩む,すべての道は」 ... 校長室に飾ってあった花瓶が次々と割られると言う出来事があり,校長は俊介に調査を依頼。
C 「秋雨」 ... 自殺の名所になっている山の中の崖。この近くの廃寺に一人の老人が住み着いていた。

 狩野俊介シリーズの9作目で短編では3作目。今回は学校の中での俊介君が中心で,野上さんもアキさんもジャンヌも出てきません。俊介君が野上さんちに移ってきて,通い始めた新星中学校。夏休みも終わって2週間が経ってと言う時期。小学生の時に起こった事件を解決してしまった事から,学校の中では極力目立たない様にしてきた俊介君ですが,いろいろな出来事が起こります。嫌々ながらも事件に関わらざるを得ないのですが,太田さんもこの辺結構こだわってますね。中学生がそんな事考えると思えないんですが。まあそれはいいとしても,この作品の中の中学生同士の会話ってナニ。全然中学生らしくないんですが。何か教師の方がガキっぽく見えてしまいます。

 

「アフガンの風」 高嶋 哲夫  2003.04.28 (2002.12.20 光文社)

☆☆☆☆

 カメラマンの柴田雄司は,大学時代の友人である早川から突然の訪問を受けた。同じく友人でパリに住む外交官夫人の園田優子と二人の子供を乗せた,ニューデリー発パリ行きのチャーター機が故障のためアフガニスタンに不時着。優子らはアフガンゲリラに捕らえられたと言う。早川は柴田に優子らの救出を依頼した。柴田はかつて報道カメラマンとして,アフガンゲリラと行動を供にした事があり,優子らを捕らえたゲリラの司令官ヘーゲルとも旧知の仲だった。

 最近はイラク,北朝鮮の報道の影に隠れていますが,アメリカのアフガニスタン攻撃もつい最近の事でした。カルザイ大統領のもと,アフガニスタンは各国の援助を得て,復興に向かっているものだと思っていたのですが,そんなに甘い物ではないんでしょう。何世紀にも亘る民族同士の争いの歴史,大国の思惑,複雑に絡み合う利害関係。イラクだってフセインがいたからこそ一つの国として成り立っていた面があるんでしょうし,本当の意味でアフガニスタンに平和が訪れるなんていつの事になるんでしょうか。まあそんなややこしい話は本作のテーマではなく,純粋にアドベンチャー作品として,とにかく面白い。「都庁爆破!」は,9.11テロから日が浅く,薄っぺらさを感じる部分もありました。でもこちらは,現地住民の悲惨さや理不尽さを丁寧に描き,柴田と早川そして優子の関係も途中々々に効果的に挟まり,臨場感が感じられます。そして柴田の思いがヒシヒシと伝わってくるのがいいですね。後半,優子との再会あたりから,ちょっと雰囲気がかわってしまったのが残念。

 

「危険な恩人」 新津 きよみ  2003.04.30 (1997.11.10 勁文社)

☆☆

 美大時代の友人の個展を見に行った帰り道,堂本良子は娘の美希が線路に落ちた事に気が付いた。恐怖でとっさに行動できなかった良子に代わって,身の危険も顧みず美希を助け出してくれたのは,名前も知らない若い男性だった。彼は名前も告げずに立ち去ってしまったが,新聞の投書がきっかけとなって,恩人の身元が判った。彼は伊吹渉と言う,売れない役者だと言う。そして伊吹のアパートを訪ねた良子を,二人の刑事が見つめていた。

 大学時代の友人の成功を見せ付けられて,平和な家庭の主婦に収まってしまっている自分に,ふと疑問を感じた良子。そんな一瞬の心の隙に入り込んできた一人の男と,揺れ動く主人公の女心を描いたサイコ.サスペンス。いわゆる良家の人妻である良子が伊吹と出会った事によって,姑の嫌な面や夫への物足りなさに気が付く,こう言った部分は上手いなあと思います。それも殺人事件を絡めて,刑事の視点から伊吹を描いているのも効果的です。でも全体を通して感じるのは,伊吹が最後にとった行動の不自然さでしょう。彼が何故,二重の意味での危険を犯してまで美希を助けたのか,に始まって,彼の行動の裏が見えてこないんですよね。ですから最後が唐突に思えてしょうがありませんでした。何か伏線があったのかも知れませんが,だとしたらそれ弱すぎ。