読書の記録(2004年 4月)

「正義を測れ」 小杉 健治  2004.04.01 (2003.07.25 光文社)

☆☆

@ 「隣の家」 ... 旅行から帰ってきたら隣の家に新しいガレージができていた。それは自分の土地にはみ出していた。
A 「十年」 ... 土地の一部を売りたいとの申し入れにより測量をしたところ,それは本来隣の家の土地だった。
B 「恋敵」 ... 横浜の登記所に行った際,一人の男の振る舞いが気になった。その男はその後,他の仲間と何やら相談をしていた。
C 「迷信」 ... 三角形の土地は縁起が悪いと言う。その三角形の土地に建てられた家に住む人は,様々な不幸を味わっていた。
D 「高い塀」 ... 母親が違う兄弟が隣り合って住む土地。ずっと仲が悪かった両方の家の間には高い塀が作られていた。
E 「抜かれた杭」 ... 別荘地の測量をした時に,あるはずの境界を示す杭が無かった。探している内に死体を見つけてしまった。
F 「過失」 ... 測量中に依頼主の盆栽を壊してしまったと言うトラブルから,傷害事件に発生してしまった調査士。
G 「再会」 ... 土地を売りたいと言う申し出をしてきたのは,土地所有者の妻だったが,持ち主の真意に疑問が持ち上がった。

 「不動産トラブル請負人」と言うサブタイトルが付けられていますが,土地家屋調査士の主人公が様々な不動産に絡むトラブルに巻き込まれる話です。小杉さんの作品には同じく土地家屋調査士が登場する「境界殺人」と言う作品がありますが,この作品との関連はありません。土地や家屋と言う誰にでも身近な事柄を扱う土地家屋調査士ですが,あまりその存在は知られていないのではないでしょうか。そもそも普通の人にとって土地家屋の売買なんて日常の事ではありませんから,知らない事が多いですね。主人公である大地尚一郎の恩師が突然失踪,そして大地に思いを寄せる女性と言うメインのストーリーがまずあって,その大地や助手の雨季子が様々なトラブルに出会うと言う形をとっています。一つ一つの話はそれなりに興味深い所はあるのですが,何かそれが物語りとして消化されていない感じがします。あまり一般的では無い事柄を物語の中心に据えると,その説明に汲々としてドラマが描きにくいのかも知れません。少なくても短編には向いていないのではないでしょうか。

 

「漂泊の街角」 大沢 在昌  2004.04.02 (1988.05.25 双葉社)

☆☆☆

@ 「ランナー」 ... 草野球の監督からの依頼は,チームメイトに何も言わず突然姿を消してしまったエースの捜索だった。
A 「スターダスト」 ... 最近引退を表明した有名女優からの依頼は,一度も会った事の無い,腹違いの妹の捜索だった。
B 「悪い夢」 ... 芸能プロダクションからの依頼は,近々3人組みでデビューする予定の一人の新人の行方捜しだった。
C 「ベースを弾く幽霊」 ... 入院中に居なくなってしまった同棲相手を探して欲しいと言った女性は,事務所から姿を消してしまった。
D 「ダックのルール」 ... 元傭兵だったと言う隻腕の黒人からの依頼は,戦死した仲間の一人娘の捜索だった。
E 「炎が囁く」 ... 母親からの依頼で新興宗教の施設から取り戻した少女は,その晩自分の部屋で死んでいた。

 早川法律事務所の佐久間公は,失踪人調査つまり人捜しの専門家。彼の元に持ち込まれる様々な人捜しをテーマにした連作短編集です。大沢さんのデビュー作は「感傷の街角」ですが,この作品はその姉妹作とも言える作品で,主人公の佐久間公はその他の作品にも登場しているそうです。ハードボイルドと言えば私立探偵で,大抵の場合一人で探偵事務所を構えていますが,ここでは大手の法律事務所に所属する探偵。でもほとんど単独行動なんで,この設定の意味が不明。人捜しの話って,行方をくらました人の様々な事情や,捜索を妨害する勢力との絡みがポイントになる様に思えますが,その点どの話も面白く仕上がっています。でも探偵役の佐久間の印象がちょっと薄いですね。オカルトチックな「ベースを弾く幽霊」と,切なさ漂う「ダックのルール」がお勧め。

 

「新宿鮫〈4〉無間人形」 大沢 在昌  2004.04.06 (1994.07.31 光文社) お勧め

☆☆☆☆☆

 舐めるだけで効く「アイスキャンディ」と呼ばれる新型の覚醒剤が,破格の値段で出回り始めていた。鮫島は捕らえた17歳の密売人から流通ルートを突き止めようとしたが,なかなか思うように行かない。そしてこのアイスキャンディに目を付けていたのは,鮫島だけではなかった。厚生省管轄の麻薬取締役官らが鮫島の前に立ちはだかる。そんな中,密造犯の兄弟は密売を担当するヤクザと,駆け引きを繰り広げていた。

 新宿鮫シリーズの4作目で,第110回直木賞の受賞作です。シリーズ作品が直木賞を受賞するって,あまり聞いた事無いですね。この作品はとにかく圧倒的な迫力を持って迫ってきます。それは一つには全体的な構図が見事な点。覚醒剤を扱う犯人側には,密造を行う地方の財閥出身の香川兄弟と,密売を担うヤクザ。そして犯人を追う側には鮫島と麻薬取締官。この様に配置された4者も,内部には微妙な対立や協力の関係を抱えていて,目が離せません。そしてもう一つは覚醒剤の怖さや,ヤクザの狡猾さなどの描写が細かくリアルな点。藤野組の角によって追い込まれていく進の行動なんて,覚醒剤の怖さが充分に伝わってきます。そして鮫島の恋人の晶を巻き込んで,ハラハラドキドキの展開。少しだけ残念だったのは,麻取の行ってきた入念な捜査が,最後の場面にあまり活かされていない事。もうちょっと派手などんでん返しがあっても良かった気がします。それにしても大沢さんの上手さが光る一作です。当然私は覚醒剤なんて経験無いのですが,怖い物なんでしょうね。許可無く所持,使用すれば7年以下の懲役で,それが営利目的だと10年だと言う事からも判ります。

 

「感傷の街角」 大沢 在昌  2004.04.07 (1987.11.25 双葉社)

☆☆☆

@ 「感傷の街角」 ... 真っ赤なトランザムに乗った,暴走族のリーダーからの依頼は,かつて付き合っていた女性の行方探しだった。
A 「フィナーレの破片」 ... 日本舞踊家元の家元からの依頼は,名取式を直前に控えて家を出て行った娘を連れ帰る事だった。
B 「晒された夜〈ブリーチド・ナイト〉」 ... 街中で偶然に見掛けた少年は,派手な格好をした一人の女性を尾行していた。
C 「サンタクロースが見えない」 ... 女優志望の娘の捜索のために訪れた知人の劇団。そこで殺人事件が起こった。
D 「灰色の街」 ... 家出した少年探しを請け負ったら,一人の男がどちらが早く探せるか勝負しようと言ってきた。
E 「風が醒めている」 ... 行方が判らない腹違いの妹と同じ名前の娘を知っている,と言う女性に会った事から。
F 「師走,探偵も走る」 ... 妹の部屋を訪ねたら,謎の人物にいきなり撃たれたと言う友人の頼みで現場に向かった。

 先日読んだ「漂泊の街角」の姉妹作で,大手法律事務所で失踪人の捜索を専門に行っている,佐久間公を主人公とする連作短編集。表題作は第1回小説推理新人賞受賞作で,大沢さんのデビュー作となった作品だそうです。文庫の解説でも述べられている様に,ハードボイルド作品と言うよりは,ちょっと甘めの青春小説と言う感じはします。まあハードボイルドの主人公にしては,佐久間公は若すぎる設定ですし,“僕”と言う一人称を使ったり,悠紀との関係など,作者自身も敢えてこの様な書き方をしたのでしょう。いかにもハードボイルドと言った感じの地の文が,アンバランスさを感じさせます。でもどの話も謎解きが適度に入ってまとまった作品になっています。なかでも,一番甘ったるい「感傷の街角」がイチオシ。同じ主人公が登場する長編作品もあるようなので,そちらも読んでみたいですね。

 

「紅天蛾−新宿少年探偵団」 太田 忠司  2004.04.07 (1997.08.05 講談社)

☆☆

 東京新宿の東京都庁に可愛らしい手紙が届けられた。しかしそこに書かれていた事は,都庁にある巨大オブジェを盗むと言う,紅天蛾(べにすずめ)と名乗る者からの犯行予告だった。そして衆人監視の中,見事にオブジェは盗まれた。そして次に予告されたのは,新宿駅前にある巨大テレビスクリーンだった。新たな怪人の出現に,蘇芳や少年探偵団の4人は,新たな武器を手に紅天蛾のアジトに向かった。

 新宿少年探偵団シリーズの4作目で,今回の怪人は「怪人大鴉博士」に出てきた少女です。あどけない少女が新宿のヤクザ達を自分の影として扱い,悪戯の様な事件を起していく。そして蘇芳+4人に戦いを挑んでくるのですが,ストーリーはちょっとありきたり。今回の話では4人のキャラが一段と進化していきます。ナイフを使う事に疑問を持った壮助は,悩める探偵を描く太田さんの得意分野か。美香の謎は深まるし,響子にも何かありそうだし。また阿部警部補の存在ははさらに不可解になっていくし,謎の女性が初登場するし,今後どの様な方向に行ってしまうんでしょうか。「パラダイムシフト」と言う言葉が登場しますが,都庁にいたずら書きをした塗料以外は,目新しさを感じません。ファンタジー小説なんですから,もっと現代科学の常識を覆す様な物が欲しいところです。

 

「RIKO−女神の永遠」 柴田 よしき  2004.04.09 (1995.05.25 角川書店)

☆☆

 新宿のビデオ店から押収した裏ビデオに写されていたのは,複数の男が少年をレイプするシーンだった。新宿署の刑事,村上緑子(リコ)は,それが犯罪のシーンを写したものではないのか,と言う疑問を抱き捜査を開始した。被害者と思われる少年の身元が判ったが,そんな時本庁との合同捜査が決まった。しかも本庁で捜査を担当する主任は,リコにとってはかつての上司であり不倫相手でもあった安藤だった。

 典型的な男社会の中で頑張る女刑事と言えば,乃南アサさんの「凍える牙」「鎖」に出てくる音道刑事が思い浮かびます。同じく女性作家が書いた女性刑事って事で,ついつい比較してしまうんですが,ちょっと緑子さんはどうでしょうか。ここまで書かないとこの主人公を表現できないでしょうか。描写のストレートさばかりが目に付いてしまい,ちょっと引いた感じで読んでしまいました。エンターテイメント小説の場合,登場人物の魅力は大切な要素ではありますが,彼女の男や女,そして職場や犯人に対する視点は,ちょっと魅力として受け入れられない部分があります。現在の心情を表現するのに過去の描写は避けられないでしょうが,もう少しスマートに書けなかったんでしょうか。タイトルにある「永遠」と言う言葉は,永遠に一人の女性であり続け様とする緑子,と言う意味なんでしょうが,少々そこに拘り過ぎている気がします。事件の方は,彼女の過去と現在の心情をうまく反映して面白いのですが,彼女自身の描写が多く,その点が萎え気味。

 

「新宿鮫〈5〉炎蛹」 大沢 在昌  2004.04.12 (1995.10.15 光文社)

☆☆☆☆

 新宿の街では,奇妙な時限発火装置を使ったラブホテルの放火事件と,外国人娼婦が殺害されると言う事件が連続して発生していた。イラン人マフィアの抗争事件を調べていた鮫島は,殺された南米の女性が,危険な害虫の蛹を持ち込んでいた事を知った。それは「フラメウス.プーバ」と言う名の虫で,日本の稲作を壊滅状態にしかねない危険な害虫の蛹だった。羽化するまで数日の猶予しかない中,鮫島はこの蛹を持ち去った女性の行方を追った。

 新宿鮫シリーズの5作目は,複数の事件が同時に描かれスタートします。外国人グループによる抗争,奇妙な放火事件,復讐の為に外国人娼婦を殺害する男。鮫島警部は生活安全課の刑事なので,放火や殺人は管轄外なのですが,これらの事件と密接に絡んでいきます。そしてこの作品では,二人の新たな登場人物が目を引きます。東京消防庁調査課の吾妻と,横浜植物防疫官の甲屋です。吾妻は火事の原因を探る調査員で通称「灰掻き屋」と呼ばれ,甲屋は海外から流入してくる動植物や昆虫の監視を担当する,いわばその道のプロ達です。そしてこちらも監察医のプロである薮と,事件捜査のプロである鮫島。この4人の男達の関係がいい。1作目から新宿署内で孤独な戦いを強いられてきた鮫島ですが,前作の「無間人形」における麻薬取締官もそうですが,使命感を持つ男達の関係がとても上手く描かれていると思います。そして何と言っても大沢さんのスピーディーでありながら重厚な筆致が,作品の世界を分厚くしていると思います。それにしても日本に本来居ないはずの昆虫等が入ってくるのは,充分に有り得るだけに怖い話です。そう言えば以前,セアカゴケグモと言う毒蜘蛛が日本に入ってきて繁殖していると言う話がありましたが,あちらはその後どうなったんでしょうか。

 

「人形は眠れない」 我孫子 武丸  2004.04.13 (1991.09.25 角川書店)

☆☆☆

 幼稚園の同僚の柏木先生の結婚パーティーに出席した妹尾睦月(通称おむつ)は,大手保険会社に勤める関口昌樹と出合った。積極的におむつに接近してくる関口だったが,彼女には腹話術師の朝永嘉夫が居る。そんな中,最近連続して起こっている放火事件に関して,アドバイスが欲しいと小田切警部が依頼してきた。

 「人形はこたつで推理する」を1作目とする人形シリーズの3作目で,2作目を飛ばして読んでしまいました。オムツと嘉夫と鞠夫の3人の関係は,何人にかはバレテしまっているんですね。さて後書きで作者も書いている様に,本作は短編を上手く組み合わせて長編の形に仕上げています。関口の登場によって中々進展しない嘉夫とおむつの関係に変化が,連続放火事件の謎解き,そして鞠夫の誕生秘話が中心になっています。放火事件の謎に関しては,ちょっとどうでしょうか。そちら方面の知識が全く無いのがいけないんでしょうか。それよりも誕生秘話の中の推理の方がスッキリしていると思いました。今回はおむつの気持ちが前面に出ているのですが,全体的にホンワカした雰囲気がいい。でも関口の母親を名乗って電話してきた人物の正体には,ガクッとしてしまいました。

 

「死ぬより簡単」 大沢 在昌  2004.04.14 (1990.07.20 講談社)

☆☆

@ 「ビデオよ,眠れ」 ... 昔好きだった女性タレントが,公共広告のCFに出演しているビデオがある事を知ったCM製作者。
A 「スウィッチ.ブレード」 ... ある機関のアナリストをしている日本人に,極秘の会見を申し入れてきた男は殺されていた。
B 「死ぬより簡単」 ... 市長の秘書をしている女性は,複数の組織からの仕事をアルバイトで行っていた。
C 「12月のジョーカー」 ... 依頼された男の捜索を開始した途端,依頼者はすぐに捜索の中止を申し入れてきた。

 謎の組織と言うか裏の機関と言ったものと,関わる事になったそれぞれの男達が主人公の短編集。ちょっと長めの「ビデオよ,眠れ」が印象的。それほど売れた訳でもないタレントが出演した,政府広報のビデオ映像を巡る話です。まあこの様な映像を事前に作成しておくと言うのは判りますが,普通に考えたら有名人の起用はおかしいんではないでしょうか。例えば大地震があって,いきなりテレビから10代の頃の山口百恵さんが,国民に冷静な行動を呼び掛けたりしたら,かなり違和感があると思うのですが。事前に作成されたマニュアルに沿って,アナウンサーが喋ればいいだけの様な気がします。でも何かありがちな話ですね。他の作品はスパイや殺し屋が出てきて,ちょっと現実離れした感じが強いです。

 

「あいにくの雨で」 麻耶 雄嵩  2004.04.15 (1996.05.07 講談社)

☆☆

 ある雪の降る晩,如月烏兎,熊野獅子丸,香取祐今の3人の高校生は,近くの塔から明りが漏れているのに気が付いた。誰もいないはずの塔なので,気になった3人は塔に出掛けてみた。降り積もった雪の上には,一本の足跡が塔に向かっていた。そして3人は塔の中で一人の浮浪者の死体を発見した。もし殺人だったら密室殺人と言う事になる。さらに死体となった男は,かつてこの塔の中で妻を殺して行方不明になっている,祐今の父親だと判った。

 1ページ目いきなり13章から始まっている。上下巻の下巻から読み始めてしまったのかと思ったのですが,そんな事はありません。普通だったら最後に明かされる密室トリックの謎を冒頭で解いているんですね。つまり密室トリック何ていうのは単なる付け足しで,犯人探しがメインとなっていると言う事なんでしょう。そして主人公らが死体を発見する場面が描かれますが,その後何故か高校の生徒会におけるスパイ活動になったりします。何か本格推理と学園ものが奇妙に合体した様な感じなんですが,主人公らの行動に高校生らしさが感じられないのと,魅力的な女の子の同級生が出てこないので,学園ものとしてはペケ。塔の中の死体に関する推理に関しては,そもそも登場人物が少ないので結末はありきたりな感じ。まあそれはいいのですが,主人公3人の名前や,出てくる地名の判り辛さは何とかならないんでしょうか。

 

「猿曳遁兵衛−重蔵始末3」 逢坂 剛  2004.04.17 (2004.03.25 講談社)

☆☆☆

@ 「突っ転がし」 ... 捕まえた突っ転がしの犯人は,見ず知らずの女性から金で頼まれてやったと言う。
A 「鶴殺し」 ... 墓参りで偶然見つけた,刺されて死にかけた男。死ぬ間際に1枚の紙切れとかぎことばをを残した。
B 「猿曳遁兵衛」 ... 渡し船の上での諍いから,猿曳が連れていた猿が,侍の喉に噛み付いて殺してしまった。
C 「磐石の無念」 ... 為吉の外出中,妻のおえんが男と密会していると言う。為吉は団平に妻の見張りを頼んだ。
D 「簪」 ... 音若の家を訪ねた重蔵に問われて,なぜ自分が布袋屋の世話になったのかを語り始めた。

 火付盗賊改方与力の近藤重蔵の活躍を描くシリーズ3作目。今回も重蔵の推理が冴え渡るのですが,前の2作同様にどうも重蔵の魅力が伝わってこないんです。部下の根岸団平や橋場余一郎,一膳飯屋「はりま」の為吉やおえんの方が活き活きとしているのが不思議です。わざとその様な描き方をしているんでしょうが,どうもその意図が見えてきません。まあそれはいいとして,文章がちょっと読み辛い。歴史物だという事もあるんでしょう。でも三人称多視点で描かれる地の文は,もし声を出して読んだら「プロジェクトX」になっちゃいそう。さて物語の方は,前作の「じぶくり伝兵衛」の「星買い六助」に出てきた“りよ”が出てきて,重蔵達との敵対関係が明確になります。この後,両者の関係がシリーズのメインの話として展開していくんでしょうか。

 

「人形は遠足で推理する」 我孫子 武丸  2004.04.19 (1991.04.25 角川書店)

☆☆☆

 睦月が勤めるめぐみ幼稚園の遠足に,腹話術師の朝永さんと人形の鞠夫が一緒についていく事に。遠足の当日,自然公園に向かうバスに乗り込んだ睦月らだったが,そこに一人の男が現れた。彼は殺人の容疑で警察に追われており,拳銃で運転手を脅してバスを乗っ取ってしまった。日野と名乗るその男は,同じ部屋で寝ていた男を殺したのは,自分ではないと言い張るのだが。

 「人形はこたつで推理する」に続くシリーズ第二弾で,3作目の「人形は眠れない」を先に読んでしまったんですよね。警察に追われるバスの中で,バスジャック犯人と一緒に殺人の真犯人を推理すると言うのが面白い。当然ですが密室状態だったと言う殺人現場を見る訳にもいかないし,日野の話しかヒントはありません。一風変わったアームチェアー.ディテクティブと言う訳ですが,安楽椅子でノンビリできるはずもありません。さて殺人の謎が解けて,おむつや朝永そして園児達は無事に解放されるのか,と言う訳ですが,こういう作品なんで緊迫感はありません。まあ見所は奥手コンビのおむつと朝永の恋の行方なのでしょうが,次作を先に読んでしまったので,そちらは興味半減でした。

 

「新宿鮫〈6〉氷舞」 大沢 在昌  2004.04.21 (1997.10.25 光文社) お勧め

☆☆☆☆☆

 新宿のホテルの一室で,アメリカ人男性の射殺死体が発見された。彼の部屋からコカインが発見された事から,生活安全課の鮫島もこの事件に関わる事になった。しかしそこに現れた公安部の刑事達によって,事件捜査の主導は公安外事部に握られてしまった。以前から追っていた日系コロンビア人の関係から,独自のルートで捜査を続ける鮫島だったが,ことごとく公安の壁が立ちはだかる。そんな中鮫島は,江見里と言う一人の女優と出会った。

 シリーズ6作目の本作は意外な形で幕が開きます。今までは何らかの犯罪現場に立つ鮫島のシーンでしたが,今回はマホと言う女優の一人芝居の場面です。いつもは最初っから緊迫感溢れる描写によって作品世界に引き込まれるのですが,ちょっと意表を突いた出足です。でもこれが後になって重要な意味を持ってきます。今回の作品では警察と言う組織が内部に抱える対立軸が一つの中心となります。新宿署と渋谷署,警視庁と神奈川県警,そして何と言っても刑事警察と公安警察。さらにキャリアとノンキャリアの警察観の違い,そして元公安刑事が絡んで複雑な様相を呈します。そしてもう一つの中心は鮫島と恋人の晶との関係の微妙な変化。ロックシンガーとして人気の出てきた晶,そしてマホこと杉田江見里との出会い。そういった話が物語りに深みを出しています。でもこのシリーズ最大の見所であるスピード感溢れる展開も充分ですし,鮫島とは犬猿の仲の香田の描き方もいい(特にカラオケの場面)。中盤あたりの山中での殺し屋との対決場面も迫力満点で手に汗を握ります。ちょっとラストがアッサリ目。非常にレベルの高いシリーズですが,物語の濃さが一番感じられる本作が,読んだ中ではベストかも。

 

「逆襲」 東 直己  2004.04.22 (2001.06.20 光文社)

☆☆☆

@ 「春休み」 ... 退屈な春休みに,電車の中で見掛けた二人の女子高生の会話を聞いた事から,ある企みを思い付いた。
A 「気楽な女」 ... ある男をこの店まで連れてきてくれ,と女に頼まれた男は,その通りに男を店まで連れてきたのだが。
B 「人ごろし殺人事件」 ... カルチャースクールで講師をしている男の部屋に,生徒の中年女が無理矢理訪ねてきた。
C 「本物」 ... 老人ホームで暮らす元刑事の老人は,一人のケア.ワーカーを見て,かつて自分が担当した事件を思い出した。
D 「渋多喜村UFO騒動」 ... その村には不釣合いな豪華なホテル。UFOを見たと言う村人を取材するテレビ関係者が泊まっていた。
E 「守護神」 ... ジャーナリストの息子が出演しているテレビを見るボケ老人。彼に孫が秘密を明かした。
F 「安売り王を狙え」 ... 名探偵になるよりは犯人になる方が楽だと気がついた二人は,詐欺師になる事を目指した。
G 「逆襲」 ... 市議会議員から娘の恋人の調査を頼まれた探偵は,何故か「ホウカン」と言うあだ名で呼ばれていた。

 東直己さんの作品と言えば「便利屋」を代表とするシリーズ作品が多い様に思えますが,本作は全くのノンシリーズ作品を集めた短編集。まず表題作の「逆襲」は,法間謙一と言う探偵が登場します。彼は「ノリマ」ではなく,「ホウカン」と人から呼ばれています。実は「ホウカン」と言う言葉は知らなかったのですが,「幇間=たいこもち」の事なんですね。その訳は読めば判りますが,ちょっと鬱陶しいのでシリーズ化はやめた方が無難か。何か色々な作風の作品がごちゃ混ぜ状態なんですが,ボケ老人を扱った,「本物」「守護神」がお勧め。また舞台が札幌ではなく,いつもの登場人物も出てこないので,東直己さんの作品を読んだと言う気がしませんでした。

 

「新宿鮫〈7〉灰夜」 大沢 在昌  2004.04.25 (2001.02.25 光文社)

☆☆☆☆

 警視庁公安部内の暗闘を記した手紙を鮫島に託し,自殺した同期エリートの宮本。その手紙こそが警察内における鮫島の立場とその後を決定的にした。宮本の死から6年が経ち,七回忌に呼ばれて九州に出掛けた鮫島。そこで宮本の旧友である古山と知り合ったが,古山を監視する麻薬取締役官の寺澤が接近してきた。そしてその晩,鮫島はホテルの一室で何者かに拉致されてしまった。翌朝気が付いたら,山の中の檻に監禁されていた。

 シリーズ7作目となっておりますが,8作目とされる「風化水脈」の方が先に出版されたそうです。しかし時系列的には当事件の方が先なので,こちらが“7”となっているようです。ちなみに私はこのシリーズ全て,光文社のノベルス版で読んでいます。さてこの作品はシリーズの中では異色作です。舞台がいつもの新宿ではなくて九州の地方都市,桃井や藪といったレギュラー陣も全く登場しません。そして鮫島が警察エリートから外れる事になった宮本との関係が,前半でクローズアップされます。事件の方は北朝鮮との麻薬取引に絡んだ誘拐事件なのですが,犯人側の勘違いから拉致された鮫島を助けようとした男が逆に拉致されてしまう。警視庁の刑事である鮫島にとって,管轄外の出来事であるため警察官としての権限はありません。そんな中で地元の警察それも刑事部と公安部,二つのヤクザ組織,そして北朝鮮の工作員を相手に孤独な戦いを挑みます。それらが互いに疑いあい,騙しあい,時には信頼し協力しあって進みます。ここらへんの迫力はさすがです。最後がちょっとあっけない感じもしましたが,話を大きくし過ぎたからでしょうか。前作での晶との関係に関してはほとんど触れられませんでしたが,これは次作で何らかの進展があるんでしょうか。

 

「看守眼」 横山 秀夫  2004.04.26 (2004.01.15 新潮社)

☆☆☆☆

@ 「看守眼」 ... いつか刑事になる日を夢見ながら看守を続けてきた男。定年を間近に控え,一人の容疑者を追っていた。
A 「自伝」 ... 電気会社会長から依頼された,彼の伝記作成の話。会長はライターに28年前の殺人事件の話を告げた。
B 「口癖」 ... 家裁に離婚調停を申し入れてきた女性には見覚えがあった。かつて自分の娘を虐めていた同級生の女だった。
C 「午前五時の侵入者」 ... 県警が作ったホームページに何者かが侵入してきて,フランス語のメッセージが書き込まれていた。
D 「静かな家」 ... 記者から新聞紙面の編集をする仕事への異動。突然の紙面変更に戸惑った結果,重大なミスをしてしまった。
E 「秘書課の男」 ... 県知事の秘書課長は,最近知事が自分に冷たいと感じていた。彼には思い当たる事があった。

 刑事に登用しようとする警察官に看守を経験させる,と言うのは何かの作品で読んだ事があります。刑事としての観察眼を養うため,と言う事なんでしょう。警察官が登場する小説では,やはり刑事が一番多いと思うのですが,横山さんは警察内の様々なポジションの人間をクローズアップした作品を書いております。今回は看守を主人公とする連作短編かなと思ったのですが違いました。表題作の「看守眼」では確かに看守が主人公となっておりますが,あまり看守ならではと言った感じはしませんでした。まあ看守が主人公の作品って読んだ事ないですから,是非横山さんには看守ならではの活躍を描いて欲しいです。この作品では様々な職業の人を登場させていますが,本当にこの人,短編が上手いですね。どの話も短い中に,意外な結末を持ったドラマが描かれます。それがリアリティを持って展開していくんで,読んでいて気が抜けません。

 

「シャドウゲーム」 大沢 在昌  2004.04.27 (1987.08.31 徳間書店)

☆☆

 深夜の首都高速で吉川国夫の車は大型車と接触し炎上。吉川は死亡し,大型車はそのまま行方をくらました。彼の恋人でシンガーソングライターの堀河優美は,遺品の中から一枚の楽譜を見つけた。「SHADOW GAME」と題されたその曲は,完成度の高いバラードだった。優美は是非その曲を唄いたいと思ったが,作者が判らない。彼が亡くなる少し前に出身地の名古屋で友人に会っていた事から,優美は名古屋に向かった。

 亡くなった知り合いの死の真相を調べる話って,ミステリーではよくあります。恋人なりなんなりかが,その人の死に疑問を抱き,その謎に迫っていくと言う感じです。この作品もそうなのですが,少し違うのはメインの話とともに,もう一つの視点で物語が進行する事です。全編が「優美」と「伊神」の章で構成され,それが交互に表れます。「優美」の章では,偶然に知り合った胡山雄二の協力のもと,恋人の持っていた楽譜の作者探しに始まって,彼の死の真相に迫る優美。そして「伊神」の章では,そんな優美達の行動を影から見つめる殺し屋の伊神が描かれます。死の真相と殺し屋の目的と言う二つの謎,それも二つは当然密接な関係にある訳ですが,なかなかそれが見えてこない。楽譜の謎はちょっと突飛な感じがしたのと,吉川の死の謎がスッキリしなかったのが残念。でもさすがにサスペンス性は高い1作です。

 

「平安京の検屍官」 川田 弥一郎  2004.04.29 (1998.09.15 祥伝社)

☆☆

@ 「御簾の奥の怪」 ... 右大臣の娘安子が帝の子を宿した矢先,安子に仕えている女房が変死したと言う。
A 「月夜の池の怪」 ... 備前守の娘が屋敷の池で全裸で亡くなっていた。着ていた服も池の中から見つかった。
B 「夏の大路の怪」 ... 阿波守の屋敷に盗賊が入り込み,女主人を人質にとって屋敷の財宝を盗み出していった。
C 「夜半の宴の怪」 ... 右大臣の屋敷で行われた宴。その翌朝,二人の男女が不思議な死に方をした。
D 「秋の古寺の怪」 ... 古寺に詣でた際に盗賊に盗まれた衣装を取り戻して欲しいという依頼が元継のもとに。
E 「凍てる橋の怪」 ... 古びた屋敷で5人の裸の男の死体を見つけたと言う放免達は,狐に化かされたと言った。
F 「雪の内裏の怪」 ... 突如火の手が上がった屋敷の中から,人の乗った馬2頭が飛び出して逃げて行った。

 江戸時代や大正時代,そして中国の宋の時代に於ける検屍を扱った川田さんのシリーズで,本作が一番古い時代を扱ったものです。主人公で検屍官を勤めるのは検非違使大尉の坂上元継。今までのシリーズでは,検屍に関してそれなりの手法が確立されていたのですが,今回は平安京の時代ですので,検屍に関しては医学的な視点はほとんど出てきません。まあ変死は「物の怪」の仕業とされ,死者の霊を呼び出したりもしています。でも元継には愛人の顕子と言う強力な武器があります。顕子と言うのは,いいとこのお嬢さんな訳ですが,御多分にもれず好奇心が強く活発な女性。そして彼女には物の匂いを嗅ぎ分けると言う能力があります。元継が死体を拭いた布を,顕子が匂いを嗅いで推理すると言う形をとっています。どの話もちょっとワンパターンなのと,これはシリーズ通して言えますが性描写がきついのがちょっと鼻につく。それにしても女房とか局とか,ピンとこない言葉が多いですね。

 

「追跡者の血統」 大沢 在昌  2004.04.30 (1986.03.10 双葉社)

☆☆

 友人の沢辺の協力もあって一仕事を終えた佐久間は,久し振りに沢辺と遊び六本木で別れた。その二日後,佐久間のマンションに沢辺の妹でシンガーの洋子が訪ねてきた。兄と連絡がつかないと言う。沢辺には姿を消す理由は何もない。何の手掛かりも無い中,洋子の依頼で沢辺の行方を追った。

 大沢さんのデビュー作「感傷の街角」に登場した,失踪人調査のプロ佐久間公を主人公とするシリーズ3作目。と思ったら,この作品の前にもう1作の長編があるみたいです。佐久間公は早川法律事務所の調査2課に属し,家出等の失踪人捜しのプロなんですが,今回は友人である沢辺を捜すと言う話です。今までは短編だったのですが,長編になったせいか,やたらと話が大きくなってしまいます。各国の諜報機関が入り乱れて,と言う話はちょっとこの主人公に合わない気がしました。まあこれは好みの問題でしょう。本作では公の父親や上司との関連がサブストーリーとして描かれますが,「探偵は職業ではない。生き方だ」と言う公の人物描写にはそぐわない気もします。それよりも話の中に出てくる音楽の方が,私にとって主人公に対する共感を深めています。一つはステッペンウルフの「ワイルドで行こう」。書かれているように当時のロックが持っていた熱気が伝わってきます。もう一曲は「あなたと夜と音楽と」。私のホームページのタイトルは,この曲名をもじったものなんですよ。