読書の記録(2004年10月)

「クリスマスローズの殺人」 柴田 よしき  2004.10.01 (2003.12.24 原書房)

 年末を控えて急な出費に悩んでいた私立探偵のメグは,同業者の高原咲和子に助けを求めた。咲和子は簡単な浮気調査の仕事をまわしてくれた。夫の海外出張中に,自宅に残った妻を監視して欲しいと言う依頼だった。そんな時メグと同じVヴィレッジ出身で,刑事の糸井タケルが訪ねてきた。連続殺人事件,それも死体のまわりにクリスマスローズの花を散りばめた事件に行き詰っていると言う。

 冒頭に書かれている内容から,本作が何かの続編だと言う事が判りました。それも主人公のメグと言うのが実はヴァンパイアで,物語の世界設定についていろいろと書かれています。まあそれを前提にして読めばいいんでしょうが,どうもその点に着いて行けなかった感じがしました。だから後半の謎解き部分に関しても,「そんなの,あり?」としか思えませんでした。まあ私はあまり謎解きには拘らないのですが,その点を差し引いても,前作(「Vヴィレッジの殺人」だそうです)を読んでみようと言う気にはなれませんでした。ちなみに「軽いハードボイルド+コージー+本格推理」と銘打たれていますが,ハードボイルドとコージーって矛盾しないんでしょうか。

 

「氷の森」 大沢 在昌  2004.10.05 (1989.04.17 講談社)

☆☆☆☆

 私立探偵の緒方洸三が受けた,代議士の娘の捜索は解決した。しかし緒方は逆恨みから,外岡秀志と彼の友人の舟木と言う二人の男から襲撃を受ける。二人を退けた緒方だったが,翌日秀志は刺殺体となって発見された。さらに秀志を刺したと思われた舟木は自殺してしまった。秀志の父親で不動産会社を経営する外岡秀雄が緒方の事務所を訪れ,この事件の背後にあるものを探るよう依頼してきた。

 元麻薬捜査官で私立探偵をしている緒方を主人公とするこの作品は,あの「新宿鮫」シリーズの原点となった作品だそうです。警察官と私立探偵と言う違いはあるものの,確かに通じるものは感じられます。でも主人公の置かれた立場が,鮫島よりも単純な分,こちらの方がストレートに楽しめる気もします。さてこの作品の一番の特徴と言ったら,ターゲットとなる人物がなかなか出て来ない点でしょうか。その相手は,ヤクザさえ簡単に操り平然と殺人を犯す冷血な男,として描かれていきます。ちょっと較べるのはおかしいかもしれませんが,宮部みゆきさんの「火車」を思い出してしまいます。ただちょっと最後の最後まで謎に包まれ過ぎているので,ラストシーンの盛り上がりに欠けた感がありました。しかし全編を通して迫力もあり,主人公の緒方も魅力的で,読み応えのある作品です。

 

「クレオパトラの夢」 恩田 陸  2004.10.06 (2003.11.05 双葉社)

☆☆

 寒さが苦手の神原恵弥が北海道のH駅に来たのは,ここで暮らす妹の和見を連れ戻すのが目的の一つだった。和見は不倫相手の若槻を追ってH市で暮らしていたが,恵弥を待っていたのは,若槻の葬式だった。妻と別居していた若槻は,自宅の階段で転落して亡くなったと言う。和見は東京に帰るつもりになっていたが,恵弥がやってきた別の目的に興味を持った。

 どこかで見た名前だと思ったら,「MAZE(めいず)」に出てきた“めぐみいー”さんじゃないですか。でもそちらの作品と内容的には全く関係がありません。女系家族の中で育った事から,男でありながら女言葉を使う恵弥。相変わらず会話の部分がややこしい感じがしますが,双子の妹の和見との会話部分なんか面白いですね。でも読み始めた当初に頭に入った人物のイメージが,どんどんずれてきて付いて行けない部分もあります。そんな中で「クレオパトラ」と呼ばれる,恵弥達の追う物は何かと言うのが話の中心となるのですが,これはこれで怖い話です。

 

「長い家の殺人」 歌野 晶午  2004.10.08 (1988.09.05 講談社)

☆☆☆

 学生ロック.バンド「メイプル.リーフ」の6人は,最後のライブに備えて越後湯沢のロッジ「ゲミニー.ハウス」に合宿にやってきた。最初の晩,メンバーの一人の戸越伸夫が,自分の部屋から荷物とともに突然居なくなった。翌日残りのメンバーが付近を捜索したが見つからなかった。しかし前の晩居なくなったはずの部屋で,彼は絞殺死体となって荷物とともに発見された。

 歌野さんのデビュー作で,信濃譲二を探偵役とする三部作の1作目。2作目にあたる「白い家の殺人」を以前読んだ事があるのですが,探偵役がやたらと気に入らなかった事しか覚えていません。ここでも出てきますが,後半からの登場だったからか,あまり嫌みったらしさが気になりませんでした。まあキング.クリムゾンの「21世紀の精神異常者」を聴きながら推理してたんで,今回は許してあげる事にしよう。でもこの曲聴きながら推理するのは,絶対に無理でしょう。事件にまつわる謎はなかなか魅力的で,島田荘司さんが絶賛したのも判ります。しかしこのトリックはどうでしょうか。論理的ではあるけれど,現実的ではないですよね。ミステリー小説だからこんな事言ってもしょうがないですが,やったら普通簡単にばれるでしょう,これは。トリック自体を楽しむ読者だったら面白いのかもしれませんが,私はちょっとなあ。

 

「出口のない海」 横山 秀夫  2004.10.12 (2004.08.09 講談社)

☆☆☆☆

 甲子園の優勝投手だった並木浩二は,期待されて大学に入学したものの,ヒジを故障してしまった。かつての剛速球は戻ってこない。並木は今まで誰も投げた事の無い「魔球」に,自らの復活を賭けていた。しかし時は大東亜戦争のさなか,日米開戦そしてミッドウェーでの敗戦は,並木等から野球を奪ってしまった。学徒出陣で海軍に進んだ並木は,人間魚雷「回天」の乗組員に志願した。

 今イラクをはじめとする世界の各地で自爆テロが頻繁に起こっています。自らの命と引き換えにして,相手にダメージを与えると言う行為は,到底我々には理解できない事だと思います。しかし我々日本人も第二次世界大戦の時は,同じ事をしているんですよね。この作品では,並木が自分の夢を持ち続けながらも,「何故」自ら人間兵器となる事を選んだのか,と言う部分が中心となっています。しかし,戦争の悲惨さや理不尽さは伝わってくるのですが,その「何故」の部分が少し弱い気がしました。「魔球」と言う荒唐無稽な存在がちょっと邪魔をした気がします。それと並木もそうですが,他の登場人物の造形が類型的で深みに欠けるのも,ちょっと難でしょうか。それでも,死ぬために訓練を続ける毎日,まだ一度も敵を見た事の無い戦争,と言った描写はリアルです。そしてタイトルもそうですが,話の終え方に作者のセンスを感じました。私が小さかった頃は,子供心にもまだ戦争を引きずっている面を感じる事も多くありました。今思うと太平洋戦争って,遠い過去の事になってしまっている事に気付かされます。

 

「二人の夫をもつ女」 夏樹 静子  2004.10.13 (1980.08.15 講談社)

☆☆

@ 「あなたに似た子」 ... 同じ団地に住む男性との浮気現場を目撃された主婦。互いの子供が似ているとの噂が広まった。
A 「波の告発」 ... 兄が赴任先での海水浴中に溺死した。一緒に泳いでいた同僚と兄の妻の不倫に疑いを持った妹。
B 「二人の夫をもつ女」 ... 夫に突然蒸発されてしまった妻に,その夫の上司は何かと良く面倒を見てくれた。
C 「朝靄が死をつつむ」 ... 自分の恋人を奪って結婚する事になっていた女性が睡眠薬とガスで自殺していた。
D 「ガラスの中の痴態」 ... 自分を強姦した男に復讐しようと,盲目の少女と目の悪い新聞記者を使おうと考えた。
E 「朝は女の亡骸」 ... 婚約者からの電話が無かった事を苦に自殺した妹。それはかつて自分がした事を思い出させた。
F 「幻の罠」 ... 高校時代の同級生が近くに引っ越してきた。彼女は自分に仕返しをしてくるはずだと思った。
G 「夜明けまでの恐怖」 ... 自分を捨てて重役令嬢を選んだ彼を陥れるために,友人に協力をしてもらう事にしたのだが。

 トリックもどんでん返しもそれなりに決まっていて,いかにも推理小説らしい短編集だとは思うんですが,どうも主人公の行動が気になる。いずれの作品も女性が主人公なのですが,他の登場人物も含めて「何でそんな事するの?」と突っ込みを入れたくなる場面が多々あるんです。ちょっと夏樹さんにしては心理描写に欠けているんでしょうか。また1980年(昭和55年)発刊の作品なんですが,何か会話文に違和感があります。夫婦の間の会話で,「〜ですわ。」なんて普通は使わないと思うのですが。「あなたに似た子」の,最後のもう一つの謎が印象的でした。

 

「ライオンハート」 恩田 陸  2004.10.14 (2000.12.20 新潮社)

☆☆

 1932年のロンドン近郊の広場には,アミリア.エアハートの到着を待つ多くの人で溢れていた。その中の一人に,父親の事業の失敗で失意のどん底にある,青年エドワードが居た。そんなエドワードに,小さな美しい少女が駆け寄ってきた。彼女は,「これから45年ほど先に,あたしはあなたとロンドンで出会うの。あたしは仕事であなたを訪ねていき―――,あなたはあたしのことを知っていたわ。その時,今日のことを話してくれたのよ」と,エリザベスと名乗るその少女は不思議な話を始めた。しかしその直後,彼女はトラックにはねられて亡くなってしまった。

 「エアハート嬢の到着」,「春」,「イヴァンチッツェの思い出」,「天球のハーモニー」,「記憶」の五つの章に分かれています。そこに描かれているのは,エドワードと言う男性とエリザベスと言う女性の不思議な出会い物語。時と場所を越えて,出会いと別れを繰り返す二人。SF的な設定の中にミステリアスな展開を含んだ恋愛小説,とでも言えばいいのでしょうか。ストーリーとしては今一歩スッキリしない感じがしたのですが,ロンドンをはじめとした海外を舞台にした事による,私の歴史や場所に関する知識不足が影響しているかも知れません。でも,いくつもの場面の描写は,なかなか映像的で見事。村はずれの大きな古い林檎の木の下で,傷ついた兵士が女性を待ちながら語る部分は特に印象的でした。各章の冒頭に載せられた絵が良かったのかも知れません。ちなみにタイトルの「ライオンハート」と言うのは,SMAPの唄や,小泉首相のメルマガとは,全く関係ありません。

 

「観覧車」 柴田 よしき  2004.10.15 (2003.02.20 祥伝社)

☆☆☆☆

@ 「観覧車」 ... 単身赴任中に失踪した男の調査。彼の浮気相手は,毎日同じ観覧車に乗り,遊園地のベンチで過ごした。
A 「約束のかけら」 ... 息子の嫁の浮気現場を撮影して欲しいと言う義母からの依頼。ラブホテルから出てくる車の撮影に成功した。
B 「送り火の告白」 ... 1年前に行った人気女優の婚約者の素行調査。相手の男の弟が,この程絞殺死体で発見された。
C 「そこにいた理由」 ... 1年前に行った浮気調査を再度依頼された。対象者を尾行している最中,突然相手が倒れてしまった。
D 「砂の夢」 ... 書置きをして家出してしまった女子高生の捜索。駆け落ち相手の男性は一人で新潟のアパートに住んでいた。
E 「遠い陸地」 ... 佐渡島に渡るジェットフォイルの乗り場で見掛けた男は貴之だ。唯はその調査を知り合いの河崎多美子に依頼した。
F 「終章,そして序章」 ... どうみても中学生と思える依頼人は,かつて唯が観覧車の上から見つけた,自殺した男の娘だった。

 探偵をしていた夫の下澤貴之が突然失踪したため,彼の後を継ぐ形で探偵になった下澤唯。貴之の後輩で唯の同級生で警察官の兵頭風太に,苛められたり協力をもらったりして探偵を続けています。貴之が戻ってくる日を信じて。まあ主人公が探偵ですので,いろいろな調査の話なのですが,ここでは調査自体と言うより,調査のその後と言う話が主体になっています。「探偵は,いつも依頼人を傷つける。」と言う多美子の言葉に現わされるように,唯の調査の結果は依頼人に辛い現実を突きつけてしまいます。そしてそれと同時に依頼人となった唯も,同様なのでしょうか。それにしても,この終わり方は上手いですね。早く続編が読みたくなります。

 

「過労病棟」 高任 和夫  2004.10.18 (1992.03.10 講談社)

 千田は銀行で支店長を任されているエリート行員だった。全てが順調だったわけではなく,いくつかの苦難を乗り越えて就いた今の地位だった。そんな彼に最近たびたび襲い掛かる「客人(まろうど)」。身体に震えが走り胸が圧迫される苦しさ。支店長会議が終わり,支店の重要顧客との接待の場で,それは訪れた。何とか家に帰り着いたものの,突然彼は血を吐いて倒れてしまい,病院に入院する事になった。

 まあ会社の中心に居る40代,50代の人で,自分の身体に絶対の自信を持っている人は少ないと思います。私もそうですが,私の周りを見てもそうです。少し休めばいい,お酒を控えればいい,無理をしなければいい。そんな事は判っていても,仕事の事を考えるとなかなか思うように行かないのが普通だと思います。ここに出てくる千田もそうなのですが,どうも彼の苦悩が伝わってこない感じがしました。病院内での検査などの場面はそれなりに臨場感があります。でも襲い掛かる病気への恐怖,会社における自分の地位に対する不安,入院して判る家族の気持ち。そう言った物は書かれているのですが,迫力に欠けてしまった感じです。入院中に感じる小さな事柄,例えば食事や看護婦に関する事等は妙にリアルな感じがしました。

 

「二十四時間」 乃南 アサ  2004.10.19 (2004.09.25 新潮社)

☆☆

 あの頃,門限は23時だった。電車に乗っては門限の時間に間に合わないと思い,お金もないのにタクシーに乗った事があった。タクシーの運転手に事情を話したら,後の席で身体を低くしていろと言う。彼は23時の門限までに,家に送り届けてくれた。

 24つの時間をテーマにした短編小説だとばかり思っていたのですが,これは乃南さん自身の思い出をつづったエッセイだったんですね。時間にまつわる思い出って,時代とか日にちと較べると,少し印象が薄い様な気がします。例えば,初めてのデートでの待ち合わせ時間とか,自分の結婚式の開始時間や,子供が生まれた時間など,考えてみると覚えていないんですよね。その時の周りの状況や景色,自分の気持ち,誰かが言った言葉,何かは結構覚えているんですけどね。さてそんな時間をキーにした本作なんですが,ちょっと読んでいて退屈してしまいました。

 

「ジャングルの儀式」 大沢 在昌  2004.10.21 (1986.12.10 角川書店)

☆☆

 父親が殺された事から,8歳の時に父親の知り合いとハワイに渡った桐生傀が,17年振りに日本に帰ってきた。父を殺した花木達治を殺す為に。花木は六本木の麻雀荘を経営しているはずだったが,既に経営者は代わっていた。花木の情報を探して六本木の街を歩き回る傀だったが,麻美と名乗る美女と知り合った。彼女は花木に関して居所を知っている様だった。

 ハワイからやってきた日本人の若者が,復讐する相手である花木と出会うまでの前半はいいと思うんです。謎に包まれた花木と麻美,主人公である傀の生い立ち,そして傀が初めて目にする東京の街,など読者を引き込む要素が満載です。でも本当の敵との戦いになる後半部分は,ちょっとやり過ぎで,正直ひいてしまいました。父親の死の真相を聞かされた傀の心の動きもはっきりしないし,吹雪の北海道でのシーンは現実離れし過ぎているし,何と言っても麻美に関してはとっても不満。それとハワイと北海道と言う場所の選定は如何なものでしょうか。復讐だけを目的に17年間身体を鍛えるのに,ハワイはのんびりし過ぎる感じだし,病にふせった老人が身を隠すには,雪の北海道は気候が厳し過ぎ。場所を反対にした方が良かった様な気がします。

 

「ライダー定食」 東 直己  2004.10.22 (2004.09.14 白艪舎)

@ 「ライダー定食」 ... 北海道の冊琢内湖畔にあると言う,噂のライダー定食を食べたくて,一人ツ−リングの旅に出た女性。
A 「納豆箸牧山鉄斎」 ... 佐藤家に新しい箸がやってきた。他の箸達の噂では,今までの納豆かき混ぜ用箸の代わりだと言う。
B 「ペレリヌム・ハペリタリア」 ... タイとビルマの国境付近の砂漠地帯に,獣医の友人とともにやってきた男。
C 「炭素の記憶」 ... 殺害理由が誤解されている,との理由で控訴した女性。裁判所の売店でボールペンを売った女性他。
D 「一九九三年八月十六日」 ... 家の近くにある広大なススキ野原。その中心にはコンクリートでできた地下室があった。
E 「間柴慎悟伝」 ... 三田家の食堂から居間,便所のあたりをぶんぶんと巡航している真柴慎吾は,ずっと飢えていた。

 表題作以外の5作は,東さんがデビュー前に書いたらしく,「東直己の原点とも言うべきサイケホラー短編集」だそうです。そう言えば「死ねば いなくなる」も同じ様な感じだったでしょうか。まあ東直己さんらしくない作品ばかりですね。「ライダー定食」は,まさかあんな最後になるとは思ってもいませんでした。主人公には全く好感が持てませんが,彼女の人物描写は見事ですね。それ以外の作品に関しては,一体何が面白いのか判りませんでした。

 

「光の帝国−常野物語」 恩田 陸  2004.10.25 (1997.10.30 集英社)

☆☆

@ 「大きな引き出し」 ... 百人一首を全て暗記している生徒が先生から誉められた。それを光紀は不思議な気持ちで聞いた。
A 「二つの茶碗」 ... 奥様との馴れ初めは,と他人から聞かれるたびに,篤は茶碗が割れたからだと答えた。
B 「達磨山への道」 ... 昔父親に連れられて登った達磨山を歩いた。人生の区切りの時に,ここでは何かが見えると言う。
C 「オセロ・ゲーム」 ... 拝島瑛子は娘の時子を学校に送り出した後,バスで会社に向かう。会社では有能な女性社員だった。
D 「手紙」 ... 常野の謎を調べる男たちの手紙。ツル先生と呼ばれる校長先生がいろいろな時と場所に登場してくる。
E 「光の帝国」 ... 戦争が激しくなって行き孤児達を集めた学校が出来てきた。ある日傷ついた一人の兵士がやってきた。
F 「歴史の時間」 ... 校庭に降る雨を見つめていた亜希子。海の様になった校庭には様々な生き物が現れた。
G 「草取り」 ... 街の至る所に生える草。はじめは草は見えなかったが,だんだん慣れてくると見える様になってきた。
H 「黒い塔」 ... バスで田舎に向かった亜希子。駅前で選挙運動をしている女性は,バスに乗るなと言った。
I 「国道を降りて…」 ... チェロを持つ律とフルートを持つ美咲は,ツル先生の招待で,律の田舎にやってきた。

 膨大な書物を暗記する力,遠くの出来事を見る力,将来を見通す力。様々な能力を備えた「常野」の一族は,普通の人達の中でひっそり暮らしていた。そんな彼らを主人公にした連作短編です。一つ一つの話が完結している訳でもなく,全てがつながりあって一つの大きな物語を形作っている訳でもありません。ですのでちょっと読んでいて消化不良を起こしてしまいました。それともこれらは壮大な物語の序章と言う事なのでしょうか。そうだといいんですけどね。話としては表題作の「光の帝国」「大きな引き出し」が印象的です。ただ「帝国」と言う言葉は,権力への志向を持たない彼等には似つかわしくない気がしました。

 

「魔王城殺人事件」 歌野 晶午  2004.10.26 (2004.09.22 講談社)

☆☆☆

 星野台小学校5年1組のKAZ,おっちゃん,翔太は,探偵クラブ「51分署捜査一課」を結成した。道の真ん中で踊る女や神社の人魂の謎を解いた彼らは,新たな謎に挑んだ。それはデオドロス城と名付けた町外れにある屋敷の探検だった。この屋敷は幽霊が出るとか,多くの死体が埋められていると言った噂が語られていた。屋敷に忍び込んだ翔太たちは,ゾンビの様な女性を目撃したが,庭の小屋の中で彼女は消えてしまった。

 「かつて子どもだったあなたと少年少女のための−」と銘打たれた,講談社ミステリーランド第5回配本で歌野晶午さん登場。ミステリーランドの作品を読むのは4作目ですが,本作も主人公は少年少女達です。大人も子供も読めるミステリーですから,これは当然の事なんでしょう。さて子供はさておき,我々大人が読む場合のポイントと言えば,子供の頃持っていた冒険ごころを如何に刺激するかと言ったところでしょうか。その点,曰くありげな古い屋敷の探検と言うテーマはピッタリだし,出てくる謎もいい感じ。それにここに登場する5人の子供達も活き活きとしていて気持ちがいい。でも殺人事件と言うのはどうなんでしょうか。いくら少年探偵達でもちょっとこれは重いか。結局肝心な解決の部分は,あの様な形にせざるを得なかったんでしょう。トリックに関しては子供にも判るような配慮からか,いつも読みながら推理をしない私でさえも判りました。でもアリの話の方は,しっかり駄目でした。

 

「帰ってきたアルバイト探偵」 大沢 在昌  2004.10.27 (2004.02.25 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 東京の建設現場で発見された白骨死体は,世界的な武器商人サムソナイト.モーリスのものと断定された。この死体と一緒に見つかった一本の鍵,これが何の鍵かを調べてくれ,と言うのが今回の島津さんからの依頼だった。殺されたのは武器の密売に関する事が原因だろうが,最後に扱った商品は何だったのか。彼は普通の武器以外にも,核兵器,生物兵器,化学兵器と,何でも扱っていた。

 シリーズ6作目です。前作の「拷問遊園地」が出たのが1991年ですから,実に13年振りの新作と言う事になります。主人公に関してはどういう設定になっているのか,雰囲気が変わっていないのか心配だったのですが,それは全くの杞憂でした。隆は留年したとは言え高校生のままだし,圭子ママ,星野さん,麻里さん,康子さん,と活躍しないものの皆出てきます。さて今回は殺された武器商人が持っていたであろう核爆弾をめぐる話です。中国,ロシアの諜報機関,日本のヤクザ,新興宗教団体などが入り乱れ,そしてそこにはいくつもの裏切りや騙しあいがあるので,かなり複雑です。でも登場人物の特徴がはっきりしているし,話の展開にスピード感があって,スラスラと読めるところがいいですね。コミカルな語り口に関しても,かえって緊張感を高めている様に思えました。この作品だけ読んでも充分面白いとは思いますが,シリーズ作なんで最初から読んで欲しいですね。ところであの人物の事が話しに出てくるのはご愛嬌でしょうか。

 

「黄龍の耳」 大沢 在昌  2004.10.28 (1997.11.25 集英社)

☆☆

 13歳の時からイタリアの片田舎にある修道院で暮らしていたトマスは,ロンドンの弁護士事務所を経由して父親が亡くなった事を知らされた。遺言によると,自分は古代中国の皇帝の血を引く一家の跡取りで,類まれな金運と,全ての女性を引き付ける力を備えていると言う。日本に戻り第四十五代棗(なつめ)希郎右衛門を名乗り,その能力との折り合いを付けろと言う。

 特殊な能力を持った主人公が出てくる作品だと,もし自分に同じ能力があったなら,と思いながら読んでしまいますよね。「あっ,そんな勿体無い事しちゃって。」なんて,せこい事を思っちゃったりします。でもこの特殊な能力で主人公がいい想いをすると言う話ではなくて,自分の一族と敵対する巳那一族との闘いが描かれます。ロンドン,ラスベガス,東京,横浜,京都と舞台を移し,連作短編風に物語りは進みます。主人公の希郎の心の動きが唐突な感じなのと,戦闘場面に真実味が感じられません。大沢さんにしては,ちょっと安易な作品じゃないでしょうか。

 

「検事・沢木正夫 公訴取消し」 小杉 健治  2004.10.29 (2004.05.25 双葉社

☆☆☆

 金融会社を経営する久能十一郎が自宅で殺された。容疑者として警察が捕まえた男は,かつて少年院に入れられていた刈谷努と言う男だった。久能が経営する会社に入社しようとして,自宅に乗り込んできた事,事件当日に犯行現場で似た男が目撃されている事,そして刈谷は知り合いに殺人を告白していた事が決め手だった。だが沢木正夫検事は,刈谷の態度に疑問を持った。

 「控訴」と言うのは「第一審の判決に対し,上級の裁判所に不服を申し立てること」で,「公訴」と言うのは「検察官が裁判所に,特定の犯罪人に対する審理・裁判をもとめること」。この二つの言葉を混同していました。さて小杉さん得意の裁判物ですが,この作者はこの手の話が多いので,「公訴」と「控訴」以上に,他の作品と混同してしまいます。ところで沢木正夫と言う検察官って,他の作品にも出てきていましたっけ。桐生と言う名の検察官は覚えているのですが。過去の不良歴に対して偏見を持つ警察官,冤罪事件を得意とする弁護士,真実を見極めようとする検察官。何かあまりにも型どおりの展開なのですが,刈谷の意図がなかなか見えてこないのがいい。沢木や友人の岩田そして弁護士の朝川の家族の話がやたらとでてくるな,と思っていたら,そうきましたか。

 

「ぱんぷくりん 鶴之巻」 宮部 みゆき  2004.10.30 (2004.06.18 PHP研究所)

☆☆

@ 「宝船のテンプク」 ... 恵比寿,大黒,毘沙門天,福禄寿,弁財天女,寿老人,布袋和尚の乗った宝船がテンプクした。
A 「招き猫の肩こり」 ... 日本中の招き猫たちは,ずっと手をあげているので,すっかり肩がこってしまっていた。
B 「鳥居の引越し」 ... 神社の建物ばっかり綺麗になっていくのを見た鳥居は,怒って引越しをする事に決めた。

 このちょっと変わったタイトルの作品は,宮部さんが書いた絵本です。絵は黒鉄ヒロシさんが書いています。何でも気がふさいでいる時に,仕事場にある招き猫やダルマを眺めている時に思いついたそうです。ちょこっと心が温まる話ですね。黒鉄さんの絵もいい感じです。ちなみに,おまけのポストカードが2枚ついています。

 

「ぱんぷくりん 亀之巻」 宮部 みゆき  2004.10.30 (2004.06.18 PHP研究所)

☆☆

@ 「ふるさとに帰った竜」 ... 割れたお皿に描かれた痩せた竜は,ふるさとの揚子江に帰して欲しいと語りかけてきた。
A 「怒りんぼうのだるま」 ... だるまさんは自分の顔が気に入らなくて,町に出ていろいろな顔のお面を買いました。
B 「金平糖と流れ星」 ... 金平糖の芯はケシの実の粒ですが,金平糖には人のタマシイが隠れてることがあるんです。

 たまには絵本を読むのもいいもんです。最近宮部さんはファンタジー系の作品が多いですね。まあもともと超能力などの話も多かったのですが,そろそろ「火車」のような重厚な話も読みたいですね。