読書の記録(2004年 9月)

「さよならの代わりに」 貫井 徳郎  2004.09.02 (2004.03.25 幻冬舎)

☆☆☆☆

 劇団「うさぎの眼」団員の和希は,ひょんな事から劇団主宰者の新條のファンだと言う祐里と出会った。お嬢様風美少女の祐里に惹かれる和希は,彼女から変てこな頼み事をされる。それは公演の楽日に,劇団看板女優の圭織の控え室を見張っていて欲しいと言うものだった。理由を明かさない祐里に不信感を持ちつつも,彼女の頼みを聞いた和希だったが,ちょっとした隙に圭織は控え室の中で何者かに殺されてしまった。

 最初は貫井さんには珍しい青春恋愛小説かとも思いましたが,殺人事件が起こってやっぱりミステリーかと思いきや,何と今度はSFっぽい展開になっていきます。祐里が明かした秘密が本当なのか嘘なのかによって,かなり印象が変わるだろうなあと思いながら読んでいました。最後はほろ苦いながらも綺麗な幕切れで,タイトルの美しさと相まって印象的。はっきり言ってSFやミステリーとしては物足りない部分が多いのですが,青春小説として読めば,とてもいい作品だと思います。それは主人公である和希の人物設定が絶妙だったからでしょう。彼の人のよさと言うか能天気さは,ともすれば読者に苛立ちを与える事もあるでしょうが,逆に彼の心の中が手に取る様に判るのがいいのでしょう。それによって和希に対する感情移入や,祐里の不思議な魅力を引き出しているんだと思います。貫井さんにしては,ちょっと軽めの読みやすい文章なのも良かった。それにしても和希の片想いの相手の存在って,いったい何だったんだろうか。

 

「絶対安全エージェント」 大沢 在昌  2004.09.02 (1990.05.01 実業之日本社)

☆☆☆

@ 「ドライ国から帰ってきたスパイ」 ... 世界的に有名なテロリストから脅迫状を受け取った,V.G.Sのクリス新社長。
A 「トラブル・イズ・ノット・マイ・ビジネス」 ... クリスの社長就任に伴って,日本にはV.G.Sと言う会社は無くなってしまったのだが。
B 「アイスマンの密使」 ... 金融界を専門に狙うテロリストの組織に,イギリスの要人の孫娘が関係してしまったと言う。
C 「金融街に爆弾二発」 ... 日本の証券市場を統括するシステムを請け負ったのは,クリスの日本時代の知り合いだった。
D 「金髪男は長生きする」 ... ビッキーが日本で知り合ったパンク少年は,兄が有名な漫画作家で謎の脅迫を受けていた。
E 「そして誰も飛べなくなった」 ... イギリスへ帰る為に乗った飛行機には複数のハイジャック犯をはじめ様々な人達が。

 前作の「無病息災エージェント」の最後で,世界的要人警護会社V.G.Sの社長になってしまったクリス。叔父によってアラスカ送りになる心配はなくなったが,ロンドンの本社でデスクワークの毎日にウンザリしていた。と言う事で何かと日本にやってきては,事件に巻き込まれるクリス。前作の慶子秘書に代わって登場するのは,ビッキーと言うぶっ飛び娘。ちょっと彼女がイマイチな気がしますが,テロリストやヤクザなど様々な敵を相手に,ユーモア溢れた彼らの活躍がいいですね。重厚なハードボイルドもいいのですが,本作のような肩の凝らないサスペンスも楽しくていい。このシリーズの新作は10年以上出ていないのですが,これで終わりだと残念な気がします。

 

「冬の保安官」 大沢 在昌  2004.09.05 (1997.06.30 角川書店)

☆☆☆

@ 「冬の保安官」 ... シーズンオフの別荘地の保安管理人として働く男は,かつて浜の保安官と呼ばれていた男だった。
A 「ジョーカーの選択」 ... 飯倉の裏通りにあるバーを根城にするジョーカーの元を訪れた男は,ある女の捜索を依頼した。
B 「湯の町オプ」 ... 一昨日から旅館に泊まっている男の様子がおかしい。彼の鞄の中からは拳銃が見つかった。
C 「カモ」 ... 久し振りに会った学生時代の友人は,ある女性から不思議な賭けを持ち掛けられたと告げた。
D 「ローズ1.小人が哄った夜」 ... 惑星「カナン」最大のホテル「パレスオブプロミス」にやってきた小さな男の復讐。
E 「ローズ2.黄金の龍」 ... 全宇宙から集められた獣の中でも特に珍しい,金を食べて金の卵を産む動物。
F 「ローズ3.リガラルウの夢」 ... 7年の眠りから醒めて婚姻活動に入ったその動物は,その匂いで夢を見させるという。
G 「ナイト・オン・ファイア」 ... 恋人のジャーナリスト親子が,アフリカの某国で殺されてしまった,日本人の女性ロック歌手
H 「再会の街角」 ... 久し振りに訪れた新宿の街での出来事。私立探偵,刑事,そして少年達が交差する。

 いろいろなタイプの話が詰め込まれた短編集ですが,なかでも未来の宇宙都市を舞台にしたローズの3作が異色。宇宙で最悪の麻薬中毒者となってしまった主人公ですが,この設定の必然性が良く判りませんでした。「ジョーカーの選択」の主人公は「ザ.ジョーカー」に出てきた人だと思いますが,「冬の保安官」「湯の町オプ」「カモ」の主人公は,他の大沢作品に出てきた人なんでしょうか。一番面白かったのは,恋人を殺された女性の復讐劇を描いた「ナイト.オン.ファイア」。話が都合良く進み過ぎますが,なかなか迫力のある作品です。最後の「再会の街角」は,名前こそ明らかにはされていませんが,佐久間公,新宿鮫,アルバイト探偵と言ったシリーズ作の主人公が登場する,意表を突いた作品です。

 

「犯人に告ぐ」 雫井 脩介  2004.09.07 (2004.07.30 双葉社) お勧め

☆☆☆☆☆

 神奈川県内で起こった児童誘拐事件の捜査で失敗を犯し,その後の記者会見で逆ギレしてしまった巻島刑事。そして6年後,連続児童殺人事件が発生し,警察の懸命の捜査にもかかわらず1年近くが経過してしまった。沈滞ムードを打開すべく新しく本部長になった曾根は,かつての部下である巻島を左遷先から呼び戻した。そして新たな捜査の展開のため,巻島をテレビのニュースショーに出演させ,劇場型捜査に踏み切った。

 劇場型犯罪と言う言葉が使い始められたのは,グリコ森永事件(1984年)や宮崎勤の事件(1988年)の頃だったでしょうか。当時,マスコミを意識した犯罪と言うのは異様な気がしました。同じ犯罪でも止むに止まれぬ犯罪なら判らなくもありませんが,この様な犯罪は理解できません。この作品に出てくる“ワシ”も“バッドマン”も,ある意味マスコミを利用してきます。それに対する警察と言えば,従来通りの捜査に終始し,なかなか犯人に辿り着けません。前半の児童誘拐事件の部分は重苦しく進み,正義をかざしたマスコミのヒステリックな対応は,前半のハイライトで読み応え充分です。そしてマスコミによって一旦は葬り去られた巻島は,逆にマスコミを利用した劇場型捜査に踏み切ります。警察を扱った小説と言うと,キャリアとノンキャリア,本庁と所轄署等の対立に代表される,硬直した官僚体質を前面に出す作品が多い様に思います。ですがここではそう言った面を残しつつ,新たな捜査に対する取り組みが描かれていきます。警察内部,マスコミ,視聴者,犯人,様々なやり取りが圧倒的な迫力で展開していきます。読んでいて次の展開が気になってしまい,一気に最後まで読み進んでしまいました。「火の粉」もそうでしたが,サスペンス溢れる描写はさすがですね。できたらもう少し巻島の内面,特に心臓の悪かった娘をはじめとする家族の事や,左遷させられていた所轄署時代の話などを,厚くした方が良かった気もします。また犯人は宮部みゆきさんの「模倣犯」の犯人像を想像してしまいがちですが,それに比べてちょっとあっけない気がしますが,これはしょうがないですね。

 

「卒業」 重松 清  2004.09.08 (2004.02.20 新潮社) お勧め

☆☆☆☆☆

@ 「まゆみのマーチ」 ... 母が危篤で故郷に帰った幸司は,病床で妹のまゆみと久し振りに会った。まゆみは子供の頃,不登校などで散々親に苦労を掛けていた。そして幸司も今,自分の息子の事で同じ様な悩みを抱えていた。
A 「あおげば尊し」 ... 元高校教師だった父が,最後の日を迎えるために家に帰ってきた。厳しい教師だったせいか,父の教え子は誰も見舞いに来なかった。そんな中,小学校教師をしている光一の教え子は,人の死に興味を抱いていた。
B 「卒業」 ... 会社に亜弥と言う一人の女子中学生が訪ねてきた。彼女は学生時代の親友で,14年前に自殺をしてしまった伊藤の娘だった。そして自分の父親の事を教えて欲しいと言う彼女の手首には,リストカットの傷跡があった。
C 「追伸」 ... 6歳の時に癌で母親を亡くした敬一は,父親の再婚相手をずっと“おかあさん”とは呼べなかった。そして小説家となり,母親についてのエッセイを依頼された敬一は,亡くなった本当の母親の架空の人生を描いていった。

 この4編に共通しているのは,主人公が40歳の男性で,身近な人の死を描いている事です。私も彼らと同じ年齢を経験していますが,40歳と言うのは自分の残りの人生を何となく意識する年代ではないでしょうか。年齢の事と言えば,早く大人になりたい気持ちが強かった子供の頃。社会に出て家族を作り子供を育て,ふと気が付いたら人生の折り返し地点が過ぎた事に気が付く年代。そして親をはじめ身近な人を失う悲しみも味わう事でしょう。今までの人生を見つめなおし,これからの人生に想いを馳せる時もあるでしょう。何かを受け入れ,何かに踏ん切りをつけ,何かを諦め,そして何かを忘れ去る。ここで4人の主人公はそれぞれの出来事をきっかけに,おのおのの思いを新たにしていきます。それが「卒業」の意味なのかも知れません。4作それぞれに重みがあり,悲しみがあり,喜びもあり,明るさがあります。最後が前向きなのがいいですね。でもこれと全く同じ設定で,結末が全く逆の話だとしたら,話としては成り立ちますが,読むのが辛いでしょうね。

 

「熾火」 東 直己  2004.09.10 (2004.06.28 角川春樹事務所)

☆☆☆☆

 仕事で出掛けたライブハウスから出てきた畝原は,いきなり足に抱きついてきた少女に驚いた。全身血だらけで虐待の跡があった為,警察に引き渡した。翌日,姉川女史が昨日の少女のカウンセリングを頼まれた事を知った。少女が入院した病院で姉川と待ち合わせた畝原は,突如複数の男女に襲われた。何とか少女は守ったものの,姉川が拉致されてしまった。警察の動きに不信感を抱く畝原は,横山や玉木と協力して姉川の救出に乗り出した。

 「ススキノ,ハーフボイルド」「駆けてきた少女」との三部作と言う事なんでしょうか。前の2作ほどではありませんが,本作も微妙にそれらと世界がかぶっています。私立探偵畝原シリーズの長編4作目ですが,娘の冴香は高校生になり,下半身不随となってしまった玉木は警察を辞め,横山の探偵事務所で働いています。さて虐待を受けていた少女を保護した事から,姉川が拉致されてしまい,その彼女を助ける話です。ここでも北海道警の腐敗振りを徹底して描いているんですが,ちょっとやり過ぎの感じがします。警察からみた私立探偵って胡散臭い存在で,お互いに反発した関係で描かれる事が多いんですが,ここでは作者の警察に対する悪意を感じてしまいます。幼児虐待の部分もそうですが,畝原シリーズ=社会派と言う位置付けに向かおうとしているのでしょうか。それとも三部作を青春小説,ハードボイルドとともに描き分けたのでしょうか。畝原と姉川の関係の変化を含めて,次回作が楽しみです。

 

「蔵の中」 小池 真理子  2004.09.10 (2000.11.10 祥伝社)

☆☆

 鮎子の夫・孝也は,友人の新吾が運転する車の事故で,半身不随になってしまった。孝也に対する申し訳ない気持ちから,孝也の家に頻繁に出入りする新吾。鮎子はそんな新吾と恋に落ちてしまった。決して許される事の無い恋。そんなある日,二人の密会現場を,以前孝也の家で家政婦をしていた喜美子に目撃されてしまった。

 浮気現場を目撃された相手から脅迫されたので殺してしまった,と言う良くありそうな話です。でもそれを鮎子と言う女性の視点で心理描写を中心に描いているので,かなり迫ってくるものがあります。最初に出てくる冷蔵庫の中の腐った果物の話が効果的。しかしこの祥伝社の文庫書き下ろしのシリーズは短すぎます。義母の柾子や夫の孝也の内面がほとんど出てこないので,奥行きに欠けるし,最後に鮎子が取った行動も唐突な感じがしてしまいました。

 

「六番目の小夜子」 恩田 陸  2004.09.13 (1992.07.25 新潮社)

☆☆

 その高校には,3年に一度「サヨコ」と呼ばれる生徒が選ばれる,と言う不思議な決まり事があった。そして今年は6番目のサヨコが選ばれる年だった。4月の始業式の早朝,サヨコに選ばれた生徒が,決められた通りに赤い花を持って教室に行くと,そこには津村沙世子と言う転校生が居た。

 この前,自分が通っていた高校の前を車で通ったら,何か変な気持ちがしました。確かにかつて自分が通っていた校舎はそのままなのに,全く自分には縁遠い存在に思えてしまいました。もう卒業してから大分経ったからかも知れませんが,不思議なものですね。さて恩田陸さんのデビュー作である本作は,高校を舞台にしたホラーっぽい作品です。3年毎に指名されるサヨコ,不慮の死を遂げた2番目のサヨコと同じ名前の転校生,と不思議な話で始まります。ここでは主人公の1年間を描いているのですが,クライマックスである秋の学園祭の盛り上がりに対して,後半が間延びしてしまった感じがしました。もし純粋なホラーとして描くのだったら,この場面で終わった方がいいのかも知れません。でも作品を通して描かれる,大学受験を間近に控えた生徒達の学園生活,毎年々々新陳代謝を繰り返す様に生徒が変わっていく学校自体の存在など,うまく描き出しているように思えました。ちなみにNHKで連続ドラマ化されたそうですが,かなり原作とは変わっているみたいですね。(そちらの紹介はこちら)。

 

「輪違屋糸里」 浅田 次郎  2004.09.16 (2004.05.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 6歳の時に育ての親によって島原に売られてきた糸里は,今や太夫になる一歩手前の天神と言われる芸妓になっていた。そんな彼女がひそかに思いを寄せるのは,新撰組副長の土方歳三だった。何かと島原を騒がしていた新撰組だったが,ある日,糸里が慕う音羽太夫が,芹沢局長によって無礼討ちに遭うと言う事件が起こった。

 「壬生義士伝」に続いて新撰組を題材にした作品ですが,この二つの作品には全く関連性がありません。新撰組後期を舞台に吉村貫一郎と言う人物を通して,一人一人の人物にスポットをあてた「壬生義士伝」。これに対して本作は,芹沢鴨を局長とする初期を舞台に,彼らを取り巻く様々な女性との関係で彼らを描いていきます。実は私,新撰組の事をあまり知らないんです。まあそれでも芹沢鴨と言う人物が,粗暴で数々の問題を起こし,最後には近藤らによって殺された,と言うくらいは知っていました。確かにここでも悪役として登場しますが,彼の意外な一面を描いたり,傍若無人な行動の裏に独自の解釈を加えているようです。ここら辺は新撰組に詳しい方の感想を聞いてみたいものです。物語の方は幕末の世を背景にした,芹沢鴨の謀殺と言う史実に基づいて進行します。そして新撰組隊士の使命感や武士と百姓への思い,彼らと係わり運命に翻弄される女性の姿をちりばめ,見事な物語となっています。今回は芹沢,近藤,土方,沖田らよりも,糸里,吉栄,お梅,お勝,おまさらの女性陣の方が印象が強いですね。でも糸里に偏った書き方をしていないせいか,浅田さんの作品にしては感情移入度が低いように思えます。この「輪違屋」と言うのは京都島原の由緒ある置屋で,元禄年間の創業と言われていますが,今でも営業をしていると言うのには驚きました。ちなみに現役の太夫として活躍中の司太夫が管理人をしている「嶋原太夫と輪違屋」と言うホームページがありました。いるかどうかは知りませんが,いっちょ太夫になってみようと思われる方は必見。

 

「puzzle」 恩田 陸  2004.09.16 (2000.11.10 祥伝社)

☆☆

 長崎県にある無人島の鼎島,かつては多くの人が住んでいたものの,今では廃墟と化している。この島で3人の男の死体が発見された。学校の体育館では餓死死体,高層アパートの屋上では墜落したとしか思えない全身打撲死体,そして映画館の座席では感電死体。この殺人とも事故とも言えない不思議な死体を調べに,二人の検事が島にやってきた。

 この作品は「無人島」をテーマに何人かの作家が競作した中の1作だそうです。冒頭いくつかの脈絡の無い話が紹介されます。さまよえるオランダ人,元号のスクープ,キューブリックの新作,地図の作り方,料理のレシピ。これらのピースがどの様につながって1枚の絵を作るのか。ミステリーではいくつもの関連の無さそうな出来事が,いかにして一つに収束するかと言うのは醍醐味の一つです。そしてこの不思議な死体は一体何なのか。そして二人の検事は如何にして真相に迫るのか。いくつかの興味が読者を誘いますが,それにしては作品が短すぎる。競作と言う作品の性格上,そうせざるを得なかったんでしょうが,ちょっと勿体無い気がします。餓死死体の真相だけで一つの作品にしたほうがスッキリしたんではないでしょうか。

 

「ギャングスター.レッスン」 垣根 涼介  2004.09.17 (2004.06.30 徳間書店)

☆☆☆☆

 アキは渋谷のチームを解散し,東南アジアを1年近く放浪した。そして日本に戻ってきて,柿沢と桃井の仲間になった。ここから犯罪のプロになるための本格的な準備が始まった。まず別人の戸籍を手に入れるため,新宿のホームレスと接触する。様々な犯罪に関係する資料を読み漁り,桃井とともに車の改造と運転技術の向上,さらに武器の調達と射撃訓練の為にコロンビアに渡った。

 「ヒートアイランド」のラストで知り合ったアキと柿沢,桃井グループですが,予想通り仲間になる所から始まります。そしてアキがプロのギャングになる為の修行が続きますが,この部分の描写が細かくて迫力あります。でもそちらに重点が置かれ過ぎてしまって,物語全体が小さくなり気味の感が無きにしも非ず。まあこの後の作品でアキの活躍が大いに堪能できるのだったら,これはこれで意味があるんでしょう。それにしてもこの作者,車や銃器に関して詳しいですね。裏戸籍,試走,実射,予行演習,実戦の五つの章に分かれていますが,それぞれに魅力的な人物が登場します。この後の作品への再登場に期待が持てますが,それだけに最後の「FILE」はちょっと残念。でもその中で一番ユニークな柏木に関しては,「おまけ」の章が用意されていて,なかなか笑える作品でした。

 

「アルバイト探偵 拷問遊園地」 大沢 在昌  2004.09.22 (1991.01.10 廣済堂出版)

☆☆☆

 圭子ママが所有するマンションが,借金のカタとして差し押さえられる危機に陥った。何とか解決するよう頼まれた冴木親子は,ある銀座の画廊に向かった。借金の方は話し合いで解決したものの,画廊主人の幸本から代わりに頼み事をされる。ホテルに居る男からある物を受け取ってきて欲しいと言うのだが,ホテルの男は死亡し,受け取った物は一人の赤ん坊だった。

 シリーズ5作目で3作目の長編です。このシリーズの長編ってかなり大掛かりなストーリーなんですが,今回も右翼の大物,ネオ.ナチ,モサドが入り乱れた波乱の展開。捕らえられた隆が建設途中の遊園地で大変怖い思いをするんですが,今までだって背中に爆弾背負わせられたり,ヘリコプターが墜落したり,銃撃戦に巻き込まれたりと,もっと怖い思いをしている気がするんですが。まあ今回は自信を失った隆が如何にして立ち直るか,と言うのが話の中心です。それにしても遊園地のジェットコースターって普通でも怖いですよね。コミカルなシリーズ作品にしては人が死にすぎるのがどうかと思うのですが。

 

「金融探偵」 池井戸 潤  2004.09.25 (2004.06.30 徳間書店)

☆☆☆

@ 「銀行はやめたけど」 ... 大家さんが経営する銭湯が,設備改善のための銀行からの新たな融資を断られた。
A 「プラスチック」 ... 雨の中飛び出してきた和服の女性を車で撥ねてしまった。怪我は無かったものの女性の身元が判らない。
B 「眼」 ... 角膜移植を行った後,奇妙な幻覚を見るようになった男。それにはいつも同じ景色の中,同じ女性が登場した。
C 「誰のノート?」 ... 有名な画家だった祖父が所有していた3冊のノート。祖父はこのノートを持ち主に返したがっていた。
D 「藤村の家計簿」 ... 島崎藤村のものだと思われたノートは,鑑定の結果贋作だと判ったが,納得のかない事があった。
E 「人事を尽して」 ... 赤字に悩む中小企業の社長が頼み込んできたのは,計画倒産の依頼だった。
F 「常連客」 ... 何者かに脅迫されていると言う高級車販売会社の経営者。脅迫者が言う様な秘密は無いと言う。

 勤めていた銀行をリストラされて再就職活動に苦戦している大原次郎は,住んでいるアパートの大家さんを助けた事から,金融専門の探偵に。でもそれだけでは暮らしていけないんで,職探しの合間に様々な問題に取り組みます。金融専門の探偵って言うのは面白いアイデアだと思います。でもあまり金融に特化させ過ぎると,読みづらいかなとも思ったのですが,そんな事はありませんでした。元銀行員としての知識を上手に活かしていて,興味深く読めます。まあ私は融資に係わる仕事は全くした事は無いのですが,中小企業の経営者も銀行員もいろいろと苦労があるんでしょうね。それはそうと大原が金融探偵になるきっかけとなった宮尾梨香さんですが,どうも大原との関係がスッキリしません。この作者,男女の関係を描くのは苦手なんでしょうか。

 

「グラスホッパー」 伊坂 幸太郎  2004.09.28 (2004.07.30 角川書店)

☆☆☆

 妻を交通事故で殺された鈴木は,加害者の父親が経営する非合法な会社「フロイライン」に入り,復讐の機会をうかがっていた。しかしその男は鈴木の目の前で殺されてしまう。彼を殺した「押し屋の槿」を追う鈴木は,逆に「フロイライン」から狙われてしまう。そして「自殺屋の鯨」と「殺し屋の蝉」は,それぞれの理由から鈴木に迫る。

 「鈴木」,「鯨」,「蝉」のそれぞれに独立した三つの章が,交互に描かれ,やがて一つにつながっていく。同じように五つの話に分かれていた「ラッシュライフ」と同じような構成なんですが,そちらと比べると,最後のつながりがもう一つ決まっていない感じがしました。それは“3人の殺し屋+一人”と言う構成だからでしょうか,それとも3人の殺し屋と言う存在がやや現実離れしているからでしょうか。少なくとも4者が微妙に交差していき,ひとつの結末に収束する醍醐味は無かった様に思えます。最後のオチもちょっと唐突だったし,メインとなる話との関連性もあまり無い感じです。でも,いつもの事ですが含蓄のある台詞まわしは面白い。そしてそれらを登場人物自身の言葉ではなく,亡くなった妻の言葉,文庫本に書かれた言葉,ミュージシャンの言葉,と言う形で表現しているのが上手いですね。

 

「貴船菊の白」 柴田 よしき  2004.09.29 (2000.03.25 実業之日本社)

☆☆☆☆

@ 「貴船菊の白」 ... 刑事を辞めた男は,15年前に初めて担当した事件で,犯人が自殺した場所を訪れた。
A 「銀の孔雀」 ... 街で見掛けた銀の孔雀のブローチ。それは義母が大切にしていて,私が盗んだとされた物だった。
B 「七月の喧噪」 ... 自分から婚約者を奪って行った友人は殺された。そして婚約者は取り戻したが,今は別居状態。
C 「送り火が消えるまで」 ... 五山の送り火が消えた時,OLにつきまとっていたストーカーの中学校教師が殺された。
D 「一夜飾りの町」 ... 恋人に裏切られたショックから,衝動的に年末の京都行き高速バスに乗った一人の女性の出会い。
E 「躑躅幻想」 ... 取材旅行で京都を訪れた駆け出しの作家は,子猫を探している一人の少年と出会った。
F 「幸せの方角」 ... 12年振りに京都で出会った作家と元編集者。京都の料理を味わいながら,お互いの過去を語りあった。

 どの作品もミステリーには違いありませんが,ここではトリックもどんでん返しもそれ程の意味を持っていません。と言うよりも,それぞれの登場人物の気持ちが強烈に前面に押し出されているので,その心情描写の見事さに脱帽してしまいます。でもそれらは心地よいものばかりではありません。息子の嫁に対する老婆の態度,夫の嫌いな料理を作って夫からの連絡を待つ妻など,背筋の寒くなる思いをさせられます。京都の町を舞台にしていますが,あまり京都を強調することなく,貴船菊,送り火,一夜飾り,と言ったアイテムを上手く使って,作品の色合いを際立たせているように思えます。7つの作品それぞれに違った読後感を味わえますが,私はやっぱり「一夜飾りの町」のような作品が好き。

 

「快楽登山のすすめ」 原 真  2004.09.29 (1997.07.16 東京新聞出版局)

 “間違いだらけの登山”を斬る。自分本位に登れば登山は楽しい。孤独を楽しむ、これが快楽登山の精髄である。好評を博した『岳人』の連載「辛口トーク」を軸に編集。商業主義や集団主義に陥った登山を初心に戻す。

 と言うようなオビの言葉と本のタイトルに引かれて読んでみたのですが,内容が全然違わなくないか,コレ。何か作者の独りよがりしか見えてこないし,何が快楽登山なのか全く判りませんでした。まあ私は登山が趣味なのですが,「岳人」をはじめ「山と渓谷」などの本はほとんど読みませんし,この作者の事も全然知りませんでした。しょうがないので自分にとっての「快楽登山」って何かを書いてみます。

 まず夜行で行くのは疲れるので,初日は電車に乗って麓の温泉旅館に一泊し,美味しい物食べて温泉に入り早めに寝る。翌朝はのんびり宿を出て,初冬の澄み切った空の下,静かな落葉の道から深い原生林の道を経て,森林限界近くの山小屋で素泊まり。自分の他には数人の登山客しか居ない静かな山小屋で,ウィスキーをチビチビやりながら,ゆっくりと食事の準備。そして遠くに見える,初雪を被った,かつて苦労して登った山々を眺めながら豪華な食事。夜はパーコレーターでいれたコーヒーを飲みながら,山小屋での楽しい語らいのひと時。三日目は雲一つ無い晴天の中,2800mの稜線をゆっくり縦走し下山。ちょっと遅くなったので,家に帰るのは翌日にして,もう一泊。満天の星空を眺めながら入る露天風呂が最高...なんてのがイイナ。

 

「不祥事」 池井戸 潤  2004.09.30 (2004.08.15 実業之日本社)

☆☆☆

@ 「激戦区」 ... 他のメガバンクひしめく激戦区の自由が丘支店。最近ベテランの女性事務員が相次いで退社していた。
A 「三番窓口」 ... 神戸支店の三番窓口に座る新人女性行員。この窓口に1億円の送金を大至急と言う客が現れた。
B 「腐魚」 ... 主要顧客である百貨店社長の息子を預かる新宿支店。中小企業の社長が差し入れを持ってきてくれた。
C 「主任検査官」 ... 金融庁の調査が入るのは普通大きな支店だったが,今回は小さな武蔵小杉支店だった。
D 「荒磯の子」 ... 事務部に反感を持つ部長の嫌がらせで手伝いに行かされた蒲田支店。一人の客がどうも気になった。
E 「過払い」 ... 現金が100万円不足していた。伝票やビデオを調べたら,ある顧客に間違って払ってしまったらしい。
F 「彼岸花」 ... 銀行に送られてきた彼岸花の花束。送り主の名前は,銀行を退職して自殺した男になっていた。
G 「不祥事」 ... 顧客である百貨店の給与振込みデータが紛失。調査機関が設置されたが,誰かに盗まれた可能性も。

 東京第一銀行に勤める相馬健は,事務部調査役の辞令を貰った。事務処理に問題を抱える各支店を訪れて,指導し解決に導く「臨店指導」が仕事だった。部下は花咲舞と言う女性だったが,これが狂咲舞とも呼ばれる,とんでもない女性。と言う事で彼女が主人公なんですね。正義感が強くって銀行内部の不正を見逃す事ができない。上司である相馬も,尊大な支店長も,時には金融庁のエリートも叱り飛ばす。この手の話って,痛快感が大事だと思いますが,あまり爽快じゃないんですね。銀行における歪んだ企業論理をはじめとする様々な問題の部分が強すぎるんでしょうか。また花咲舞と相馬健自体のキャラクターもちょっといただけない。花咲はヒステリックな感じで,もう少しスマートに描けなかったんでしょうか。それと主人公の相方だからしょうがないかも知れませんが,相馬の方はあまりにも情けなさ過ぎ。