読書の記録(2005年 2月)

「霧笛荘夜話」 浅田 次郎  2005.02.01 (2004.11.30 角川書店)

☆☆☆☆

@ 「港の見える部屋」 ... 自殺する事ができずに辿り着いた霧笛荘で,隣の部屋に住む眉子は千秋に何かと優しく接してくれた。
A 「鏡のある部屋」 ... 資産家と結婚した吉田よし子は自分の名前が不満だった。そして尾上眉子として霧笛荘で暮らす事になった。
B 「朝日のあたる部屋」 ... 身代わりで4年間の懲役を終えた鉄は,タンカーの船底に付いたフジツボを取るカンカン虫をしていた。
C 「瑠璃色の部屋」 ... ロックをやりたくて北海道から家出してきた四郎。家出には足の悪い美人の姉が手助けしてくれた。
D 「花の咲く部屋」 ... 造花を作る工場に集団就職で勤めていた花子は,ある日お風呂屋でカオルと言う変わった女性と知り合った。
E 「マドロスの部屋」 ... 終戦を迎えたために特攻を免れた園部は,特攻を前に遺書を書いた女性のもとを訪れた。
F 「ぬくもりの部屋」 ... 大手銀行から不動産屋に引き抜かれた男。彼に与えられた使命は,霧笛荘付近の地上げだった。

 港町の運河のほとりに建てられた古びたアパートの霧笛荘。それぞれの部屋を,管理人の老婆の案内で,読者はかつてそこに住んでいた人達の物語を聴く。「不幸の分だけの幸せは,ちゃんとある。どっちかが先に片寄っているだけさ。」,とある登場人物は言う。ここに住んでいた人達は,普通に考えれば皆あまり幸福とは言えない人達に思える。でも何が幸福で何が不幸なのか,そしてその人にとって何が大切なのか,そんな事は本人にしか判らない事だし,他人がどうこう言えるものではありません。今は誰も住んでいないこのアパートの住人達の,心の内にある温かさに触れられる作品です。一つの話が,次の人の話に繋がっていく構成も良く,特に3話目以降がいい。浅田さんの短編は以前と趣が変わってきている感じがしますが,「鉄道員(ぽっぽや)」の頃の,単純に感動が伝わってくる様な話も読みたいですね。そう言う意味で「瑠璃色の部屋」がお勧め。

「憑流」 明野 照葉  2005.02.03 (2001.04.30 文藝春秋社)

☆☆☆

 麻布の旧家の御曹司である朝比奈幸宏と,善福寺の裕福な家庭で育った結城苑香の結婚式が行われた。幸せな新婚生活の一方,朝比奈家では不幸な出来事が相次いだ。幸宏の祖母と母が亡くなり,永年朝比奈家で働いていた夫妻も突然辞めて行った。そんな中,幸宏の妹の真希は,苑香に好印象を抱いていない人が不幸になって行く様に思えてしょうがなかった。

 明野さんてあまり怖くないホラーばかり書いているなあ,と思っていたのですが本作はちょっと怖い。何となくこう言う事ってあるかも知れないなんて思ってしまいました。キツネだとか何かが取り憑くって言うと,普通悪い事だと思いますが,一族の守り神と言うのが面白い。それに複数の人物の視点から,自らの心情を描いているのも効果的。でもこの作品には,悪意を持っている人が一人も出てこないんです。ですから朝比奈家で起こる悲劇が,何か理不尽に思えてしまいました。それと一番気になったのは真希の祖母の名前。どうみたって若いおねえさんに思えてしまいます。

「まだ遠い光−家族狩り(5)」 天童 荒太  2005.02.07 (2004.06.01 新潮社)

☆☆☆

 駒田に刺された游子は一時命の危険もあったが,幸いな事に回復し,見舞いに病室を訪れた俊介と接近していく。残された怜子は元の施設に戻されたが,逃亡中の駒田から手紙が届く。山賀と大野は亜衣の家を訪れるが,亜衣は心を閉ざす一方だった。馬見原は冬島母子を巡る油井との間に決着を図ろうとするが,妻や娘との関係はいまだ改善されない。

 「家族狩り」を改編して文庫化された完結編。様々な問題を抱えた家族の物語が,どの様に決着するのか,それとも決着しないのか。1作目からの謎となっていた一家惨殺事件(と言うか無理心中事件)の結末は,前作でほぼ流れが見えていたのですが,予想通りに収束します。でもこの物語で,この事件は白蟻と同じ様に一つの象徴でしか無いのでしょう。様々な家族が様々な人物の視点で描かれますが,誰の視点でこの物語を読むかで印象は大きく変わると思います。自分の正義を信じる游子,虚無感から脱却する俊介,そして警察官として独自の視点で事件を追う馬見原,妻と娘との関係に悩む馬見原,冬島母子を守ろうとする馬見原。私は馬見原の家族崩壊の部分が一番印象的でした。誰もが悪くしようとしていないのに,最悪の結果がもたらされてしまう悲劇。難しい問題に正面から取り組んだ作品だとは思いますが,何か結末があっけ無さ過ぎの感じがしました。

 

「北の狩人」 大沢 在昌  2005.02.09 (1996.12.17 幻冬舎)

☆☆☆☆

 マタギの祖父に育てられ,今では父と同じ秋田県警の刑事をしている梶雪人は,父が殉職した事件を調べに新宿にやってきた。12年前,秋田県内で起こった殺人事件の容疑者として逮捕された男を,新宿から秋田に護送中,雪人の父は遺体となって発見された。容疑者と一緒に行動していた刑事は行方不明のままで,犯人も捕まっていない。容疑者が当時在籍していた田代組の関係者を探す雪人だったが,田代組は事件直後に起こった組長の殺害事件によって,既に解散していた。

 大沢さんの作品で新宿の刑事と言えば,当然「新宿鮫」シリーズの鮫島を思い浮かべてしまいます。でもここに出てくる佐江と言う新宿の刑事もなかなかいい。キャリアからドロップアウトしたと言う設定の鮫島よりも,存在感が感じられます。とにかく,梶も,佐江も,そして宮本も,かっこいいんです。ストーリーは12年前の事件を探る梶を中心に,現在の新宿が描かれます。ヤクザ組織の中の抗争,中国マフィアの暗躍,偽札,麻薬。事件の真相が判って来る展開のバランスもいいし,最後まで緊張感が持続します。そしてマタギの祖父と一緒に入った山と新宿の街の対比もいい。ちょっと話がうまく進み過ぎるのと,杏のキャラクターが気に入らないのですが,まあそれは気にしない。

 

「さまよう刃」 東野 圭吾  2005.02.15 (2004.12.30 朝日新聞社)

☆☆☆☆

 妻を病気で失った長峰は,娘の絵摩と二人暮し。高校生になった絵摩は,長峰に買ってもらったばかりの浴衣を着て,今日は友達と花火見物に出掛けていた。娘の帰りが遅いのが気掛かりだった。そんな時,3人の不良少年達は,花火大会が行われている近くの駅で獲物を物色中だった。そして彼らの目に留まったのは,浴衣姿の一人の少女だった。

 本当に酷い事件が多いとともに,加害者ばかりが優遇され,被害者の心情が省みられないケースは良く見受けられます。確かに殺された方からすれば,加害者が精神異常者でも未成年者でも普通の大人でも,その悲しみは変わらないでしょう。でも未成年者だからと言って,加害者の人権ばかりが尊重されると言うのはどういうことでしょうか。確かにどんな人間にも人権はあって尊重されるべきですが,少なくとも被害者の感情が第一に考慮されるべきだと思います。宮部みゆきさんの「スナーク狩り」等もそうですが,警察,司法,法律,世論などに頼らず,自らの手で復讐を遂げると言うのは,それ程珍しいストーリーではありません。目新しさはないものの,単なる追跡劇に終わる事無く,長峰の周りの様々な人間を丹念に描いていて,重みのある作品となっています。主犯格の少年に脅かされて事件に加担した少年とその父親,長峰への同情から彼の犯人探しに協力する女性,同じ様な被害にあった父親と彼を利用するマスコミ,そして葛藤を抱えながら事件の犯人を追う警察官。皆リアリティ溢れる人物ばかりで,話に引き込まれます。テンポ良く進むストーリーの最後は,やはりこうなるんだろうなあ,と言う物足りなさが残りました。そして読み終わるまでずっと思い続けたのは,「もし自分が長峰だったらどうしていたんだろう。」と言う事でした。

 

「終着駅」 白川 道  2005.02.17 (2004.10.20 新潮社)

☆☆☆☆

 盲目の女性かほるとの出会いにより,ヤクザの世界から足を洗おうと思い始めた岡部は,30年振りに生まれ故郷の駅に降り立った。幼馴染で事故で殺してしまった真澄の弟の謙介に遭う為に。謙介は東京で弁護士をしていたが,妻と子供の事故死の後,地元に戻って居酒屋をやっていた。そんな彼に岡部は彼の家族の事故死の真相を告げる。自分が所属する組織の者の犯行だったと。そんな中,土地にまつわるトラブルから,岡部を狙っている者がいるとの話が伝わってきた。

 いわばヤクザの純愛小説とも言えるこの作品は,読む人によってかなり評価が変わるでしょう。こんな話はあり得ないと思うか,単純に感動するか。結果的に私は後者でした。ヤクザの世界を描いた部分はとてもリアリティに溢れ緊迫感があるんですが,かほるとの関係とか父や故郷への想いの部分は甘過ぎ。それに岡部とかほるの会話のセリフは,あり得ないくらいキザ。しかしこのサスペンスとファンタジーの取り合わせに違和感を感じなければ,とても感動的な作品だと思います。それよりも「天国への階段」なんかもそうですが,まずハッピーエンドに終わる事はないだろうな,と言う全体の雰囲気が気になってしまいました。逆に言うとそれがあったからこそ,ヤクザの純愛部分が受け入れられた感じがします。また,何故二人は惹かれあっていったのか,何故彼女は手術を望まないのかなど,やや理解できない部分もありました。でもそれらを補って余りある魅力的な作品だと思います。二人が浜辺で語り合うシーンが特に印象的でした。

 

「Q&A」 恩田 陸  2005.02.18 (2004.06.10 幻冬舎)

☆☆

 祝日の午後2時過ぎに,東京郊外の大型商業施設において起こった重大な事故。逃げ惑う人々はパニックに陥り,結果的に死者69人,負傷者116人を出す大惨事となってしまった。しかしその後の現場検証によっても,一体何がこの施設内で起こったかは不明だった。現場に居合わせた人たち,そして関係者たちへの聞き取り調査が続く。

 「これからあなたに幾つかの質問をします。ここで話したことが外に出ることはありません...」。そんな言葉によって何人かの人が自分の体験を語ります。この作品は題名の通り,質問とその回答のみによって構成されています。火災が発生したと思った人,誰かが毒物をばら撒いたと思った人,しかし誰も事故の真相を知らない怖さ。この様な一風変わった構成にしたため,徐々に浮かび上がってくる真相を知る緊迫感が感じられました。しかし途中からやや趣向が変わってしまい緊張感が途切れてしまったのと,最後のオチに納得がいかない感じがしました。でも,この手の事故の怖さは充分に伝わってきます。

 

「触身仏」 北森 鴻  2005.02.21 (2002.08.30 新潮社)

☆☆☆

@ 「秘供養」 ... 五百羅漢がある雪山で骨折し入院した蓮丈那智は,学生のレポートの題材に,この五百羅漢を取り上げた。
A 「大黒闇」 ... 那智の講座を受講している女子大生からの相談。大学内にあるカルト宗教的サークルに入った兄を助けて欲しいと。
B 「死満瓊」 ... 那智が行方不明になって10日が過ぎた。そんな中,那智から内藤に意味不明のメールが届いた。
C 「触身仏」 ... 山の中に不思議な即身仏があると言う知らせを受けて,奥羽山脈の麓の村を訪れた那智と内藤。
D 「御蔭講」 ... 夢枕に立った地蔵のお告げを信じた村人の御蔭講の話は,わらしべ長者伝説に良く似ている。

 副題に「蓮丈那智フィールドファイルU」とあるように,シリーズ作の2作目で,1作目は「凶笑面」と言う作品だそうです。東敬大学民俗学教授の蓮丈那智と言う女性教授を探偵役,その助手の内藤三國をワトソン役とする連作短編集。彼女等が所属する大学内やフィールドワーク中に起こった事件が題材になっていますが,そのどれもが民俗学に密接に結び付いていて,事件の推理とともに民俗学上の考察が繰り広げられるので,ちょっと判り辛い面もあります。でも日頃あまり意識しないような神話や言い伝えなど興味深いし,民俗学自体がミステリーそのものと言った視点も的を得ていると思います。しかしながら異端の女性教授である那智のキャラクターがイマイチ好きになれなかった。女性版の御手洗潔に思えてしまいました。

 

「窓際の死神(アンクー)」 柴田 よしき  2005.02.23 (2004.12.30 双葉社)

☆☆☆

@ 「おむすびころりん」 ... OLの多美は,密かに恋心を抱いていた恭介が同僚の絵里と婚約した事から,絵里の死を妄想するようになった。そんな時多美の前に現れた死神は,恭介の死期が近い事を告げ,多美に驚くべき取引を持ち掛けてきた。
A 「舌きりすずめ」 ... 玉の輿を狙った結婚も夢叶わず,投稿した小説もボツになってしまった麦穂。投稿小説に受賞したのは何と同僚の女性だった事を知って驚いた。そんな彼女のもとに現れた死神は,彼女の運命が他の誰かの運命と入れ替わってしまった事を告げた。

 死神と言うと,骸骨が黒いマントを羽織り,大きな鎌を持った姿が目に浮かびます。でもここに出てくる島野と名乗る死神は,冴えない中年サラリーマン。死神の存在は世界各地で様々な形で伝わっているんでしょう。アンクーと言うのはフランスのブルターニュ地方に伝わる死神で,彼を目にすると自分もしくは自分の最愛の人が亡くなるとされているそうです。さてそんな死神が二人の普通のOLの前に現れます。そして彼女らに生きる事の意味を考えさせます。これじゃ死神として失格じゃん,と言うなかれ。題名の通り二つの話ともおとぎ話をモチーフにしていますが,死神の存在も生きる事の意味を考える一つのきっかけなのでしょう。最近ネットで知り合った自殺志願者が集団で自殺するニュースを耳にしますが,安易に死を選択する一部の者の風潮に対する作者の気持ちが感じられました。また,幕前,幕間,幕後で語られるもう一つのストーリーに,ちょっとヒネリが足りなかった感じがしました。

 

「凶笑面」 北森 鴻  2005.02.24 (2000.05.20 新潮社)

☆☆☆

@ 「鬼封会」 ... 那智の講義を受講する学生から送られてきたビデオには,岡山の山村に伝わる奇妙な神事の様子が収められていた。
A 「凶笑面」 ... 悪名高い骨董商からの依頼で,封印されていた「凶笑之面」の調査に向かった先で,その骨董商は遺体で見つかった。
B 「不帰屋」 ... 離屋の建物の調査を依頼された那智は,その建物が2枚の板で作られている事に気が付いた。
C 「双死神」 ... 内藤のもとに寄せられた手紙には,製鉄技術に関する画期的な考証が記されており,那智に内緒で現場に向かった。
D 「邪宗仏」 ... 何故か両腕が切り落とされた仏像の写真を送ってきた人物は,同じ様に両腕を切り落とされた死体となった。

 先日シリーズ2作目の「蝕身仏」を読んだので,今度は1作目の本作を読んでみました。両方とも5作ずつでタイトルは全て3文字,それはいいのですが雰囲気も一緒ですね。誰かから手紙なり何なりが届けられて事件に巻き込まれる,と言うワンパターンはどんなものでしょうか。民俗学ってあまり馴染みは無いのですが,絶対的な正解が無い学問なんでしょう。様々な地方に伝わる言い伝えや伝説が,どの様な経緯でできたのか。今のような記録媒体がある訳ではなく,また時の権力者による書き換えなんかがあって,ほとんどが推測の上に成り立っています。それはそのままミステリーなんですが,さらに現実的な事件が起こります。蓮丈那智と言う女性民俗学者による,事件の解決と,民俗学上の考察と言う,いわば一粒で二度美味しい作品となっています。

 

「日暮らし」 宮部 みゆき  2005.02.27 (2005.01.01 講談社)

☆☆☆☆

@ 「おまんま」 ... 政五郎親分の手下をしている13歳のおでこは,ご飯を全く食べなくなってしまい,誰もその訳が判らないと言う。
A 「嫌いの虫」 ... 植木職人をしている佐吉と妻のお恵の間に流れる,得体の知れない気詰まりの正体は「嫌いの虫」なんだろうか。
B 「子取り鬼」 ... 夫を亡くし二人の子供を抱えたお六は,しつこく自分に言い寄ってくる男から逃れて芋洗坂のお屋敷の女中になった。
B 「なけなし三昧」 ... 煮売屋のお徳の住む長屋に越してきた商売敵のお菜屋。どう考えても儲けが出ないような値段で商売を始めた。
C 「日暮らし」 ... 芋洗坂のお屋敷で起こった殺人事件の下手人として,佐吉が捕まったと言う知らせを受け取った平四郎。
D 「鬼は外,福は内」 ... 全てが解決して,佐吉とお恵には子供ができたと言う。そしてもう一つの夫婦も生まれる。

 上下本で連作短編集って珍しいなと思ったら,あの「ぼんくら」の続きじゃないですか。本作も前作同様に,プロローグ的な4つの短編に続いて本編となる「日暮らし」に続いていきます。鉄瓶長屋で起こった出来事の1年後あたりなのでしょうか。単独で読んでも面白いと思いますが,登場人物もほぼ同じですし,話も前作からの続きなので,是非「ぼんくら」を読んでから本作を読まれた方がいいでしょう。とは言うものの,私は前作の内容をほとんど忘れていて,本編に入ってやっと思い出しました。短編と長編の組み合わせと見るか,一つの長編作品と見るかは,読む人によって感じ方が違うかも知れませんが,この様な構成にした効果が良く出ています。本編で登場した時に,最初の短編でのエピソードが甦ってきて,その人物の魅力が良く伝わってきますし,物語の厚みを感じます。ぼんくら同心と切れ者美少年の推理,長屋に暮らす人達の人情話,江戸時代の庶民の暮らし,様々な要素が一つの話の上に活き活きと描かれた力作です。

 

「花の下にて春死なむ」 北森 鴻  2005.02.28 (1998.11.15 講談社)

☆☆☆

@ 「花の下にて春死なむ」 ... 自室でひっそりと亡くなった年老いた俳人。名前も出身地も誰も本当の事を知らなかった。
A 「家族写真」 ... 地下鉄の駅に設置された図書館の本に挟まれた,モノクロの家族写真。誰が何の為に写真を挿んだのか。
B 「終の棲み家」 ... 多摩川の河川敷に暮らす老夫婦を撮った写真で有名になったカメラマン。個展のポスターが全部盗まれた。
C 「殺人者の赤い手」 ... 「香菜里屋」近くのアパートで起こった殺人事件。おりしも子供の間では,赤い手をした殺人者の噂が。
D 「七皿は多すぎる」 ... 回転寿司屋で鮪ばかりを食べる男性。寿司を握る女性従業員への何らかのメッセージなのか。
E 「魚の交わり」 ... 片岡草魚が作ったと思われる俳句が送られてきた。送り主は鎌倉在住だったが,彼はそこに住んでいなかったはず。

 以前このシリーズの「桜宵」を読んだ事があるのですが,本作がシリーズ1作目だそうです。三軒茶屋にあるビアバー「香菜里屋」のマスター工藤哲也が,店の客達と謎を解いていきます。とは言っても工藤自身はいわゆる安楽椅子探偵ですから,店の客が持ち込んだ謎に対して独自の推理を展開していくわけです。謎自体は日常の謎ですので,全てが論理的に解き明かされる訳ではなく,推測の域を出ない場合もあります。でもそれは問題ではなく,謎の裏にあるであろう人間関係の悲哀こそが,このシリーズの読みどころなのでしょうか。またアルコール度数の違う4種類のビールとともに,マスターが出す料理の方も興味深いですし,マスターと客が織り成す「香菜里屋」の雰囲気が,いい味を出しています。ちなみに本作は,第52回日本推理作家協会賞短編部門の受賞作です。