読書の記録(2000年 7月)

「レトロ館の殺意」 多岐川 恭  2000.07.03 (1995.04.20 新潮社)

☆☆

 小学校時代を過ごした鰐ヶ瀬町を片桐が訪れた時,かつて同級生だった園山に出会った。この鰐ヶ瀬町はかつて炭坑の町として栄えたが,廃坑となった今では寂れる一方だった。不動産等の事業を成功させた園山は,事業を息子に譲って,かつて炭坑会館だった建物を買い取って住み着いていると言う。そして今までの悪行の贖罪の意味を込めて,何人かの人を住まわせていると言う。妻に先立たれて一人暮らしをしている片桐も,この子供の頃に遊んだ建物に住み着く事になる。

 うーん,何か登場人物がみんな不自然なんですよねえ。こりゃとんでもないどんでん返しがあるんだろうと思っていたのですが。片桐と園山と言う二人の年寄りの描き方が変なんでしょうか。何かジイサンに思えないですもん。登場人物それぞれの思惑が,なかなか見えてこない展開は面白いと思います。だけど滞在している女性二人や片桐が取った行動は,あまりにも杜撰な様な気がします。それにしても子供の頃の力関係って大人になっても変わらないものなのでしょうか。だったら会いたくない奴って何人かいますよね。

 

「トゥインクル.ボーイ」 乃南 アサ  2000.07.04 (1992.01.10 実業之日本社)

☆☆☆

@ 「トゥインクル.ボーイ」 ... 拓馬は誰が見ても可愛いと思われる男の子だった。今日も両親に連れられて競馬場へ出掛けた。
A 「三つ編み」 ... 萩原が引っ越してきた隣は居酒屋だった。そこには4歳の真美と言う女の娘がいて,萩原になついてしまった。
B 「さくら橋」 ... タケシ君にはお父さんがいない。母親は芸者なので,夕飯は一人ぼっちか友達の家で食べる毎日だった。
C 「捨てネコ」 ... 勝は最近学校から家に帰るのが楽しみだった。アパートの庭に子猫を生んだ親猫がいたからだった。
D 「坂の上の家」 ... 鈴子がアルバイトをしているレストランに,必ず閉店間際にやってくる4人家族がおり,悪魔の家族と呼んでいた。
E 「青空」 ... 早苗は子供が好きだから保母の道を選んだはずだった。だけど現実は先輩や子供や父兄に悩まされる事に。
F 「泡」 ... 弁護士になれなかった夫を見限って,息子の祐一郎には医者にするため英才教育を施す母親。

 子供は純粋だと言うのは真実でしょうし,子供は残酷だと言うのも本当でしょう。ここでは色々な子供が登場してきます。可愛らしい子供,可哀想な子供,ずる賢い子供,馬鹿な子供。そんな子供に翻弄される大人達。子供には子供の考え方があるんでしょうが,大人にはなかなか見えない部分があります。だけどそんな子供を取り巻く,大人達のまずさが浮き彫りにされてきます。問題を起こすのは確かに子供なんですが,そんな子供にしてしまう大人達自体が悪いんですよね。実際,躾の出来ていない子供って多いですもん。私も二人の子供の親ですが,子育ては難しいものです。だけど考えて見れば子育てのベテランなんて居ないじゃないですか。時代も環境も変わって行く中で,子育ての経験はほとんど一度きりしか無いのが現実ですもんね。まあナイフ振り回したりする子供じゃなければ,いいとするか。

 

「秘湯中の秘湯」 清水 義範  2000.07.05 (1990.04.10 大陸書房)

☆☆

 テレビや雑誌で紹介され,人が押しかけ,建物は新しく建て直され,便利な交通機関のある秘湯何て可笑しな話で,矛盾もいいところだ。だったらこれこそ本当の秘湯を紹介してあげよう。と言う事で,源泉の熱さで煮えてしまった魚が食べられる滝の温泉やら,極道しか訪れない温泉,街の真ん中に涌き出ていて通行人に見られるから誰も入らない温泉と言った秘湯が紹介されていきます。その他にも馬鹿な女子大生向けの常識テスト,痩せる方法,中国のことわざ等などの嘘が満載のエッセイです。

 確かに温泉の人気は高く,テレビ等で紹介される事多いですね。秘湯だとか,誰それの隠し湯だとか,ひなびた一軒宿だとか色々と表現していますが,本当に秘湯何て呼べる所などほとんど無いですよね。まあ秘湯か否か何て言うのは何の意味も無い事であって,価値の判らない人が多いからこそ,そんな言葉だけが溢れてしまうんでしょう。本作は秘湯の他にも様々なエッセイが収められており,何処までが本当の事か判らない部分もあるのですが,ひねりが利いていて楽しめます。マニュアルをおちょくった作品の中で,蝶結びを文字だけで説明しろ何て言う話があって,結構真剣に考えてしまいました。ところで5年ほど前にキャンプに行った時の温泉は凄かったですよ。道路地図には温泉の名前が載っているのですが,行ってみると簡単な脱衣所と河原のそばの露天風呂が一つだけ。もちろん宿など無いし,人は誰もいませんでした。どしゃ降りの雨の中でしたが,なかなか雰囲気のいいお風呂でした。

 

「天狗風 霊験お初捕物控2」 宮部 みゆき  2000.07.07 (1997.11.15 新人物往来社)

☆☆☆☆

 江戸深川の山本町で一人の娘が忽然と姿を消した。この娘はあきと言う名で,今年17歳になる下駄屋の娘だった。結婚を間近に控え失踪する理由などは無い。一人娘を嫁に出したくなくなった父親の政吉が疑われたが,その最中に政吉は自殺してしまう。南町奉行から古沢京之介を通じて,お初のところに真相究明の依頼が持ち込まれた。お初には,人には見えない物を見たり,聞こえない音を聞いたりするという特殊な能力の持ち主だった。以前よりお初のこの能力に興味を持っていた南町奉行とは,不思議な関係だ。そんな中,今度は八百屋の娘が突然行方不明になってしまった。

 前作の「震える岩 霊験お初捕物控」は,赤穂浪士が出てきたりしてストーリーがちょっと突飛な感じがしてしまったのですが,今度のはいいですねえ。神隠しと言うオカルト的な謎と,犯罪と言う現実的な謎とがうまくミックスされ,岡っ引きによる捜査の不当性何て言う現代にも通じる話しで引っ張られます。登場人物等はほぼ前作と同じなのですが,今回は鉄と言うちょっと変わったネコが出てきて,いい味を出しています。宮部さんの作品は皆そうですが,登場人物がいいんですよね。あまり前面には出てこないけれど南町奉行や,京之介の父親なんか,こっちを主人公にして欲しいと思ってしまいます。最後の場面がちょっと唐突な感じがしましたが,それまでの伏線が利いていて見事でした。悪い意味では無く,何か作者のうまさばかりが目立ってしまいます。

 

「御手洗潔の挨拶」 島田 荘司  2000.07.11 (1987.10.28 講談社)

☆☆

@ 「数字錠」 ... 看板製作会社の社長が密室状態の中で殺されていた。事件の捜査に当たった刑事が御手洗を訪ねてきた。
A 「疾走する死者」 ... ジャズ好きが集まったマンションの一室。ネックレスを盗んだ男が電車に轢かれて死んでしまったのだが。
B 「紫電改研究保存会」 ... もう何年も前の話なのだが,どうしても不思議だった宛名書きの仕事の意味が判った。
C 「ギリシャの犬」 ... 富豪の一人息子が誘拐された。犯人は身代金を持って,船で隅田川を航海する様に要求してきた。

 どんな難事件もたちどころに解決してしまう,この御手洗潔なる人物。犬の解剖を拒否して京都大学医学部を中退,ジャズのギターはプロ級,英語がペラペラ,刑事からは先生と呼ばれる頭の切れ。凄い人物だと言う事を強調されればされるほど,魅力ある人物から遠ざかってしまうばかりに思えてしまいます。だいたい材料が少なすぎて,推理する範囲を超えているんじゃないでしょうか。最後に御手洗から説明されればされるほど,しらけてしまいます。もうちょっと推理の過程と言うか,解決に向けての手掛かりなりがあってもいいんではないでしょうか。「紫電改研究保存会」は洒落ていて良かったですけど,他の作品はちょっと無理があるんじゃないですか。

 

「三日やったらやめられない」 篠田 節子  2000.07.12 (1998.11.15 幻冬舎)

☆☆☆

 知り合いの精神科医が内科も担当しているのを知って,そんな事ができるのかと言ったところ,小説家がエッセイを書く様なものだと言われたそうです。嘘の事を書く小説と本当の事を書くエッセイの違い何て,あまり考えて読んでいる訳じゃないのですが,書く方からすれば結構こだわりがあるんでしょうか。この作品は篠田さんが色々な場所で発表したエッセイをまとめた物だそうです。篠田さんの作品と言うと芸術や宗教がテーマになる事が多く,ちょっと読み辛い作品も多いのですが,ここでは軽めの話題が多くすんなりと読めます。とは言っても篠田さんはかなりの硬派ですから,それなりの話題も多いですけどね。ちなみに三日やったらやめられない,と言うのは作家家業の事だそうです。

 

「霧の南アルプス」 窪田 精  2000.07.13 (1994.07.25 新日本出版社)

☆☆

@ 「八ヶ岳にて」 ... 比沼が約40年振りに八ヶ岳に登ろうと思ったのは,小学生時代の先生を思い出したからだった。
A 「雹の降る丹沢」 ... 丹沢山中で太平洋戦争時代の戦闘機の残骸が発見された。比沼の学友である浅川もここに墜落死している。
B 「霧の南アルプス」 ... 妻が日本第二の高峰である,南アルプスの北岳に登りたいと言う。比沼は妻と二人で広河原に向かった。
C 「雁ヶ腹摺山」 ... 仲の良かった同級生が転校して行った。そこには多くの雁が越えて行く,雁ヶ腹摺山と言う名の山があった。
D 「富士山頂まで」 ... 戦争中に母が登った富士山に登って見る。母が泊まったと聞いた同じ山小屋に泊まって頂上を目指す。

 主人公の比沼と言う人は山梨県の八ヶ岳山麓の村で生まれ,その後東京に出てきて文筆業に就く。50を過ぎた現在,神奈川県のH市(秦野市の事か)に妻と二人で住んでいる。小学生の頃八ヶ岳に登った経験があるが,それ以後は特に山好きと言う訳では無かった。だが最近健康の為,妻と近くの山を歩く様になった。と言う事なんですが,筆者自らの事なんでしょうか。だけど最近山に行って目立つのは,中高年登山者の多さですよね。と言っても,自分も中高年層に片足突っ込んでおりますが。昔から山登り続けているならともかく,ある程度の年齢になってから山を始めるのは大変でしょうね。みなさん,気を付けて登って下さい。ここに出てくる比沼と言う人も,50過ぎてから山登りを始めたのですが,かなり危なっかしいとこあります。それはいいとして,読んでいて山を歩く楽しさが伝わってこないんですよね。戦争中の事とかを絡めての話になっているからでしょうが,暗い感じがしてしまいます。まあ戦争の想い出だけならまだしも,山の話の中に政治信条の話何か似合いませんよ。もっと楽しく登りましょう。ところで丹沢山中に墜落した戦闘機の話が出てきますが,実は本当にあるんですよ。私も見た事ありますが,錆付いた鉄屑状態でした。ちなみに場所は一般ルートではなくて,沢登りのコースなので簡単には行けません。

 

「麻雀放蕩記」 黒川 博行  2000.07.14 (1997.06.15 双葉社)

☆☆☆

@ 「ぶらっくじゃっく」 ... 作家の黒田ヒロユキは,東京双珠社編集者の山元からの誘いで,韓国のソウルにギャンブルをしに出掛けた。
A 「ほんびき落とし」 ... 山元からの依頼でギャンブルを題材にした小説を書く事になった黒田。そのギャンブルは手ホンビキだった。
B 「いたまえあなごすし」 ... 北新地「高見」のママ啓子から電話があった。客との麻雀で負けた仕返しに手を貸して欲しいと。
C 「雨あがりの七対子」 ... 山元からルポルタージュの依頼の為,大阪ミナミにある非合法のカジノに出掛ける。
D 「幻の女」 ... 山元と二人でマレーシアのゲンティンハイランドへ。ここは東洋一のカジノだ。そこで出会った日本人女性。
E 「パチンコクイーン」 ... 関西パチンコ協会主催の競技大会に出場した黒田。パチンコと麻雀で勝負をしたのだが。
F 「東風吹かば」 ... 文学賞の授賞式の後,作家仲間と麻雀する事になった黒田。美人ミステリー作家と出会う。

 題名の通りギャンブルを主題にした短編集です。後書きにも,阿佐田哲也氏の「麻雀放浪記」の話が出てきます。黒川さんて見るからにギャンブル好きそうですよね。「飲む,打つ,買う」と言う言葉がありますが,私の場合飲む方はともかくとして,打つ方と,買う方は全く興味がありません。ですからちょっと判り辛い部分もありましたが,まあギャンブルしない人にも楽しく読めます。主人公の黒田が憎めない人物なのがいいのでしょうか。いっぱしのギャンブラーを気取ってはいるものの,何処か抜けています。つまり負けてばっかし。奥さんのハニャコさんもいいですね。勝負師に求められるのは,何と言っても冷静さだと思いますが,ギャンブル好きの人って正反対の人が多いんでしょうね。負けてカッカする人はギャンブル止めましょう。私には絶対向いていないと思います。

 

「天使の屍」 貫井 徳郎  2000.07.18 (1996.11.30 角川書店)

☆☆☆

 中学2年生である青木の息子の優馬が,マンションの屋上から飛び降り自殺をした。驚くべき事に解剖の結果,優馬はLSDを常用していた事が判る。青木には息子の自殺の原因に全く思い当たるところは無かったし,ドラッグを使っていた事にショックを受けた。青木は自ら息子の自殺原因を探る為,息子の同級生達から話を聞こうとする。しかし彼らの思考とのギャップを思い知らされるだけだった。そうしている内に,二件目の自殺事件が起こってしまった。

 岡嶋二人の「チョコレートゲーム」も,同じ様に息子の自殺原因を探る父親の話でした。似た様な年頃の子供を持つ父親としては,どちらもやるせない話ですよね。最近14歳とか17歳の子供が引き起こしたとんでもない事件が目立ちます。我々にだって,その頃の年齢は経験していますが,その頃の記憶を持ってしても,理解できない部分が多いですね。この作品の中で言われている様に,この頃の子供は大人とは全く違う世界に生きているんでしょうか。息子の死後,青木が出会った,園山,永井,水原,常盤と言った中学生達の会話を聞いていると,中学生の息子の父親やって行く自信が無くなってきます。だけどよくよく考えてみれば自分も,アレの事で頭が一杯だったりした時期かも知れません。貫井さんの作品は初めて読んだのですが,読み易くていいですね。

 

「赤い鳥,死んだ」 辻 真先  2000.07.19 (1997.12.25 実業之日本社)

☆☆☆

 長男の百男は童謡作家。次男の千三はエリートサラリーマン。腹違いの三男の万介は中学生。両親は火災で亡くなっており,三人兄弟だけで暮らしていた。その長男が亡くなり葬儀が執り行なわれた。そして長男の百男が密かに想いを寄せていた女性の旦那が行方不明に。写真週刊誌のカメラマンをしている彼は,百男にとって危険な存在だった。百男の死と何等かの関係があるのだろうか。

 この作品はちょっと構成が変わっていて,最初に百男の葬式の場面が描かれ,次にそれまでの過程と以後の展開が語られます。北原白秋を尊敬する童謡作家の百男が語る,童謡の世界が興味深いですね。それは子供の持つ二面性そのものなのかも知れませんが,「子供は未完成の大人ではない。」と言う言葉が印象的です。童話何かもそうなのでしょうが,童謡もその裏に隠された世界と言うのは,奥深いものなのでしょう。ですけど主人公である万介はとてもいい子で,兄の疑いを晴らすべく奮闘します。そして彼の周りの人達も素晴らしいですね。特に瑠々ちゃん。

 話は変わりますが,まず自分の生年月日(yyyymmdd)を思い浮かべて下さい。その西暦の年4桁の数字に4を足します。そして20を掛けます。次に20を足します。5を掛けます。50を足します。生年月日の月を足します。4を掛けます。40を足します。25を掛けます。生年月日の日を足します。416を足します。そして最後に56416を引いた数字を見て下さい。これで元もとの生年月日の8桁の数字が出来あがっています。不思議ですねえ。全然関係の無い事を書いてしまいましたが,これは作品の中で長男の百男が話す事柄です。何か妙に印象に残ってしまいました。数学は全くの苦手なので,何でこうなるのか見当もつきません。

 

「交錯する文明」 篠田 節子  2000.07.19 (2000.01.28 中央公論社)

☆☆

 キプロスと言う国を知ったのは20年前,内戦を伝えるニュースでだった。街を二分して戦った結果,瓦礫の山と化した市街地の映像。次にキプロスの名を見たのは地元の酒屋だった。3本1000円のキプロス産ワインはとても美味しかった。内戦とワインと言う組合せに違和感を覚えた。そしてひょんな事からキプロスに出掛ける事になった。ハードな旅になると思っていたのだが,イギリス経由にて20時間かけて到着したキプロスは,ヨーロッパの大金持ちがバカンスに訪れる様なリゾート地だった。

 キプロス共和国は,地中海の東に浮かぶ島国です。と言っても,この本を読んで初めて知ったのですが。それまでだったら,「中央アジアあたりの国かな。」と答えていたでしょう。トルコ,ギリシャと言った歴史的大国に囲まれ,多くの民族,宗教,言語が交わり,かつてはイギリスの植民地でもあったそうです。単一民族である(,かどうかの議論はさておいて)日本人からは想像もつかない歴史を持っている国なんでしょう。東西ドイツにあったベルリンの壁は有名ですが,分断国家はドイツだけじゃ無いんですよね。お隣の韓国だってそうだし。まあ,そこら辺の考察はここでは止めて置きましょう。この手の紀行文は,そこに行く予定があって読むとなお面白いと思いますが,残念ながら地中海はおろか海外に行く予定は当分ありません。それにしてもヘビの天敵ってネコなんですか。

 

「フェミニズム殺人事件」 筒井 康隆  2000.07.21 (1989.10.20 集英社)

☆☆

 作家の石坂は,和歌山県にある産浜ホテルへ向かった。この高級会員制ホテルを訪れるのは6年振りの事だ。宿泊客は彼を含めて6名。6年前も一緒だった実業家の小曾根と妻の美代子,地元の不動産会社経営の長島,石坂の大学時代の同級生で助教授の松本,そして衣料品メーカーの開発部長である女性の竹内史子。そして彼らを迎えるホテル側スタッフも6年前と同じ顔ぶれだった。支配人の新谷,彼の妻である早苗,そしてコック長の加藤等。静かな海と,美味しい料理を楽しみ,女性等とのフェミニズム論議に花が咲く。だが楽しいホテル暮らしもそこまでだった。三日目の朝,長島が自室で腹部を刺されて殺されてしまった。

 「富豪刑事」はその設定の奇抜さで,「ロートレック荘事件」はそのトリックの意外さで驚かされました。さてさて今度はどんな趣向なのだろうかと興味深く読んだのですが,ちょっと期待ハズレか。会員制ホテルと言う密室内での犯罪,そして警察の外出禁止令とマスコミの殺到による,いわゆる「吹雪の山荘」内にて起こる連続殺人事件。何の関係も無い外部の犯行の訳はないだろうし,ホテルの客かスタッフの中に犯人はいるんだろうなあ。まあ単独犯なのか,共犯なのか。でもこの人を犯人とするにしては,ちょっとキツイ様な気がしないでもないですね。6年前に何があったのか,と言う謎で無理に引っ張っていたのは気になったのですが,そう来ましたか。最後の1ページには,ちょっとずっこけました。

 

「迅雷」 黒川 博行  2000.07.22 (1995.05.25 双葉社) お勧め

☆☆☆☆☆

 友永は交通事故の怪我で入院中,稲垣と言う男と知り合い意気投合する。退院後,ネジの切り屑を集めて売るダライコ屋に戻った友永の元に,稲垣が訪ねてきた。稲垣の知り合いのケンと言う男と3人で,一仕事しようと言うものだった。暴力団の組長を誘拐し,身代金を獲ろうと言う事だ。1回目はまんまと成功し身代金を奪う。そして次なる標的は緋野組組長の緋野勝久だ。一人で車を運転中の緋野の車に,わざと車をぶつけ,緋野の誘拐に成功。監禁場所として借りていた貸し別荘に連れ込んだのだが。

 身代金目的の営利誘拐と言うのは,ワリが合わないと言うのは判り切った事です。何故なら被害者は必ず警察に連絡するし,その中で身代金の受け取りを行わなければならないからです。ここでは警察に通報しないであろう,暴力団をターゲットにしているのが面白いですね。ある意味では犯罪のプロとも言える相手に挑む素人と言う構図です。さすがに相手は一筋縄ではいきません。そんな中でのお互いの化かし合いがテンポ良く描かれていきます。全編に渡ってダレるところは全く無く,緊張の連続です。何か自分も参加している様な気になってしまいます。文句無く面白い作品です。

 

「美神解体」 篠田 節子  2000.07.24 (1995.08.10 角川書店)

☆☆

 美容整形によって生まれ変わったピアニストの麗子は,代役で急遽,ある人気シャンソン歌手の演奏を務める事になった。しかしこの歌手の下手な歌に辟易する麗子は,一人の聴衆が席を立ったのに釣られて会場を後にしてしまった。この聴衆が有名なデザイナーである,平田である事を後で知る。麗子は彼の不思議な表情に引かれて,彼が引きこもっている八ヶ岳の山荘を訪れた。

 篠田さんってホラー作家なのでしょうか。確かにデビュー作である「絹の変容」や,その後の「神鳥−イビス」等,充分不気味で恐い話は多いのは事実だと思います。ですが,ホラー的な要素を踏まえつつも,宗教や芸術を通して,人の生き方を問う作品の印象が強いのも事実です。まあ,「女たちのジハード」と言う,氏にとっては異色作が直木賞を受賞したのはちょっと皮肉ですね。ところで本作は,何か良く判りませんでした。何を美しいかと思うかは,それこそ千差万別でしょうが,少なくとも平田の美意識には嫌悪感しか持てません。また美容整形の技術がどんなに進もうと,社会の意識がどんなに変わろうとも,生まれながらの素顔を捨て去ると言うのは,私は嫌いです。本人にとっては切実な問題なのかも知れませんが,良く言うじゃないですか。「ブスは三日見れば,慣れる。」って。全然違うか。

 

「影の肖像」 北川 歩実  2000.07.27 (2000.04.10 祥伝社)

☆☆☆☆

 理工書編集者の作間は,知り合いの大学教授である嘉島が何者かに殺された事をテレビで知った。そして嘉島と以前不倫関係にあった川名千早が,警察からの事情聴取を受けたと言う。彼女は作間にとって幼馴染であると同時に,一時は結婚を考えた事もある女性だった。何年か前に起こった嘉島の助手のクローン騒動,千早にまつわる男性3人の謎の死,そして何者かに付け狙われているという千早。作間の姪である詩織の兄は,嘉島をモデルにクローン人間を扱った小説で,嘉島との間に揉め事を抱えていた。そして彼の婚約者の貴美恵は白血病で,骨髄移植を望んでいるが提供者が見つからない。適合する相手を探すよりもクローン人間の可能性を考える貴美恵の父親。

 記憶などをテーマにいつも複雑な論理で,頭を悩ませてくれる北川さんの新作です。今回のテーマはクローン人間。のっけから幾多の謎が小出しにされて行きます。一体何が謎なのか,全体の構成が掴み辛い冒頭です。この私の読書感想文では,前半で簡単なストーリー紹介(↑)をしているのですが,これを読んでも我ながら何を書いているのか判りませんねえ。登場人物の関係などを整理しながらじっくり読まないと判り辛いですよ。そしてまた,一人一人の個性が明確になっていないから,余計判らなくなっちゃうんですよねえ。まあ一つの手法だと思って諦めましょう。論理的な思考が苦手な私にとっては,ちょっと辛い作品です。「読まなきゃいいじゃねえか。」と言っちゃえばそれまでですが,それでも読んでしまうのは,やっぱり引き込まれる部分多いんですよね。最後はやはり二転三転しますが,結構すっきりしています。でもクローン人間何かできてしまったら,犯罪捜査は大変でしょうし,ミステリー何かやたらと複雑になってしまうでしょうねえ。

 

「ローズガーデン」 桐野 夏生  2000.07.28 (2000.06.15 講談社)

☆☆

@ 「ローズガーデン」 ... 博夫は高校時代からの付き合いだったミロを日本に置いて,単身インドネシアへ赴任する。
A 「漂う魂」 ... ミロの住むマンションで,自殺した住人の幽霊騒ぎ。依頼を受けたミロは,住人同士の複雑な関係を知る。
B 「独りにしないで」 ... 浮気調査の最中に見かけた男から,今付き合っている中国人女性の気持ちを確かめて欲しいと頼まれる。
C 「愛のトンネル」 ... 事故で亡くなった娘がSMの女王だった事を知って驚いた父親。娘の秘密を守って欲しいと頼まれる。

 江戸川乱歩賞を受賞した「顔に降りかかる雨」等に登場する村野ミロが主人公の短編集です。「柔らかな頬」直木賞を受賞した後の,第一作。表題作はミロの夫の目を通して見たミロの素顔。村野ミロのイメージが完全に狂います。はっきり言って作者の意図が全く判りません。何か薄っぺらいんですよねえ。ミロと言う女性の考え方も判らないし,結末は一体何だったんだあ,と言いたくなりました。後の作品は探偵となった後のミロを描いています。つまり「天使に見捨てられた夜」の続編と言ったところでしょうか。こちらの方は隣りに住むホモの男性等,多彩な登場人物が活き活きと描かれていきます。ですが探偵としては未熟です。いつになったら一人前の探偵になるんでしょうか。

 

「ぼんくら」 宮部 みゆき  2000.07.30 (2000.04.20 講談社)

☆☆☆☆

@ 「殺し屋」 ... 鉄瓶長屋に住むお露の兄が殺された。寝たきりの父と三人で住んでいたお露は殺し屋が来たと言うのだが。
A 「博打うち」 ... 桶職人の権吉の住まいを訪ねた平四郎は,権吉のひとり娘であるお律のげっそりと痩せた姿に驚いた。
B 「通い番頭」 ... 長屋に一人の男の子が迷い込んで来た。野宿でもしていた様な汚れた格好で,頭が少し弱い様だった。
C 「ひさぐ女」 ... 煮売屋のお徳の機嫌が悪い。鉄瓶長屋に越して来るという,おくめと言う女の事が原因らしかった。
D 「拝む男」 ... 長屋に広まった壷信心。これに熱中していた3家族が突如長屋から姿を消してしまった。
E 「長い影」 ... いろいろと出来事のあった鉄瓶長屋。その事もあって長屋の住人は減ってしまった。しかしそれだけではなく,その後も鉄瓶長屋を去って行く人達も多かった。自分は差配として何の為にここに来たのだろうと嘆く佐吉。そんな彼を見ていて,深川の同心である井筒平四郎は疑問を持った。この長屋の地主である湊屋総右衛門が,何らかの事情により長屋の住人を追い出そうとしているのではないかと。
F 「幽霊」 ... 長屋に最後まで残っていたお徳さんも,ここを引き払う事に。そして長屋は取り壊される事になった。

 江戸時代の長屋を舞台にした連作短編集です。しかし「長い影」が本編で,最初の5編がプロローグ,最後の1編がエピローグと言った構成になっています。宮部さんの歴史物には,霊験お初の様な超能力者や,不思議話を中心にした話が多いのですが,ここではごく普通のミステリーとなっています。鉄瓶長屋と呼ばれる長屋の住人がだんだんと減って行き,不思議に思った同心がその謎を明かすと言う話なのですが,この同心の平四郎が主人公です。題名となっている「ぼんくら」とは,この同心の事を指して言っているのでしょうか。まあ切れ者とは言えませんが,ぼんくらと言う訳でも無いと思います。切れ者役は弓之助と言う少年なのですが,他の宮部作品に登場する少年同様に魅力溢れる少年です。またお徳さん等の長屋の住人を初め,登場人物がみな丹念に描き込まれており,読んでいて情景が目に浮かぶ様です。ただストーリーがちょっと平凡すぎたかな,と言う気がしないでもありませんでした。

 

「新築物語」 清水 義範  2000.07.31 (1996.03.25 角川書店)

☆☆☆

 作家の泥江龍彦と妻の春美の住まいは,春美の母が借りている土地に建てられた二階屋だった。春美の母は服装学校の先生をしている関係で,翠先生と呼んでいた。ある朝,隣りに住む翠先生の異変に泥江は気が付く。軽い脳梗塞だと思われたが,検査の為入院した病院で,1週間後に亡くなった。ちょうどその頃は,20年前に契約した借地契約の更新時期に当っていた。残された泥江夫妻は,契約更新をはじめとする,様々な出来事に忙殺される事になる。

 死と言うものは,大抵突然訪れます。言いたくないけど,私だって明日まで生きていないかも知れません。そうしたら今書いているこの感想文だって,妻MはちゃんとFTPしてくれるのかな,何て心配したりもします。それはそうと,ここでは母親の突然の死から全ての物語が始まります。家を建てるってのは大変な事でしょうね。私はマンションを買った事はありますが,家を建てた事ありません。人は一生のうちに平均すると何軒の家を建てるのでしょうか。おそらく1軒位でしょう。慣れない事をするって言うのが,一番大変な事何でしょうね。何もかも初めての経験の中で,全てがうまく行くとは思えないですもん。ここではそんな夫婦の苦労や喜びが綴られ,他人事とは思えなくなってしまいました。