「月読」 太田 忠司 2005.03.02 (2005.01.30 文藝春秋社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
人が死ぬ時,その人の思いが形になって月標(つきしるべ)が残る。普通の人にはそこにこめられた思いは読み取れないが,月読(つくよみ)と呼ばれる特殊な能力の持ち主には,死者が残した最後の言葉を聞き取る事ができる。朔夜一心もそんな月読の一人だった。ある日彼が住むマンションの一室で女性が殺され,朔夜は彼女の叔父であり刑事の河井と知り合った。一方,絹来克己は同じ高校に通う香坂炯子の事が気になっていた。 太田さんと言えばシリーズ作が多いですよね。霞田兄妹,狩野俊介,新宿少年探偵団,藤森涼子...。シリーズ作にはシリーズ作ならではの面白さもありますが,創る方にとっては様々な制約があるでしょうし,読む方からするとマンネリ感も出てくるでしょう。本作は文藝春秋社「本格ミステリ・マスターズ」の第11回配本で,久し振りに太田さんのノンシリーズ作品を読みました。これは一種のパラレルワールドなのでしょうか。ダイイング.メッセージとも言える月標,月読と言った特異な概念が現実となっている世界です。そこで展開される,従妹を殺された刑事の話と,女子高生の家で起こった殺人放火事件の,二つの話が並行して進みます。さらには月読の青年の過去探しの話が被ってきます。そしてそれらが一点に収束する展開が良く出来ているし,登場人物互いの人間関係も絶妙で,読み応えのある作品です。ご都合主義に陥る事無く,「月読」と言った独自な設定も上手く活かされていると思います。本格推理,SFファンタジー,ジュブナイルと言った太田さんの作品のいい所が全て集約された感じがしました。それにしても登場人物の名前が変ですね。
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「船宿たき川捕物暦」 樋口 有介 2005.03.03 (2004.10.15 筑摩書房) |
☆☆☆☆ |
小野派一刀流師範代の真木倩一郎が通りを歩いていると,女が男3人にさらわれそうになっている場面に出くわした。「青鬼」と言う名で恐れられる剣術の腕を持った真木は,いとも簡単にその女を助け出した。女の名前はお葉と言い,船宿の主人であり江戸の目明しの総元締めをしている米造の娘だった。米造は真木に,犯人は以前米造らが捕まえた強盗の残党だろうと明かした。 樋口有介さんが歴史小説を書くとは思ってもいませんでした。樋口さんと言えば青春ミステリーやちょっとライトなハードボイルド(?),と言うイメージが強いですもんね。江戸時代の生活振りや同心や岡引の仕組みには詳しくないので,時代考証が正確か否かは判りませんが,とても判りやすく描かれている印象です。長屋に住む町人や浪人,武士,岡引,商人達の暮らしぶりも活き活きと伝わってきますし,登場人物の描写もいいのですが,樋口さんらしい魅力的な若い女性キャラが出てこないのがちょっと残念。ミステリーと言うよりは普通の時代小説と言った感じなのですが,お葉のかどわかし事件の話を中心に,真木の帰藩問題,佐伯道場や米造の跡継ぎ,と内容も盛り沢山。ちょっと真木がストイック過ぎるのが難ですが,続編がありそうな終り方がいい。
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「海鳴」 明野 照葉 2005.03.04 (2003.01.10 双葉社) |
☆☆ |
歌手になる夢を持ってピアノバーで唄っていた良枝は,自分の才能の限界に気付くとともに,東京でトラブルに巻き込まれた事から,夢を諦めた。鎌倉で小さな割烹旅館の若女将となり,二人の子供を育てながら,日々の忙しさに追われていた。そんなある日,長女の恵の唄を聴いたとたん,彼女の唄の才能に気が付いた。過去の事情を知る夫の反対を振り切って,良枝は恵を連れて,東京の知り合いの元を訪れた。 自分が果たせなかった夢を娘に託す身勝手な母親の話,と言う事なんでしょうか。肝心の娘は次第に母親から離れて行き,当然の如く家族からは見放されていく。でも最後は良枝を寛大に受け入れる家族。何か話が陳腐なんですよね。過去に起こったトラブルの内容が徐々に判ってくると同時に,良枝に対しては嫌悪感を抱かされます。ですのでこのラストが納得いかないんです。芸能界の暗部の描き方,特に古藤の恐ろしさの表現も中途半端だし,良枝の家族の心の変化もピンときませんでした。でもスターを一人作ると言うのはこういう事なんだろうな,と言うのは良く判ります。誰とは言いませんが家族絡みのトラブルを抱える芸能人の話をたまに聞きますが,裏にはいろいろとあるんでしょうね。
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「ユージニア」 恩田 陸 2005.03.08 (2005.02.05 角川書店) |
☆ |
K市にある名家の屋敷で行われた,米寿のお祝いに出された飲み物に仕掛けられた毒薬。近所の子供たちを含む17人もの死者を出す大惨事となった。犯人は判らなかったが,その後自殺した男が遺書で犯行を自供した事から,犯人死亡で決着がついた。子供の時その事件に係わった女性が大学生となり,事件の関係者のインタビューの後に出版した1冊の本。事件の真相とは一体何だったのか。 「Q&A」では,ある事件にまつわる様々な人間へのインタビュー等で,事件の本質を明らかにしようとしていました。ここでもかつて起こった凄惨な事件について,関係者が回想する形で進みます。一つには事件を目撃した少女が,大学生になって関係者に対する聞き取り調査をもとに出版した本。そしてさらにその本に記された内容を再検証する様な形で進みます。聞き取り調査に協力した大学生,生き残ったお手伝いさんの子供,当時事件の捜査に当たった警察官等など。当然の如く全てを知っている人は居ないのですが,皆少しずつ知っている真実が語られて行きます。そして徐々に真実が明らかにされていくのですが,何か緊張感に欠けて,読んでいてもどかしさばかり感じてしまいました。じっくりと本を読む人には向いているのかも知れません。
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「砂の狩人」 大沢 在昌 2005.03.09 (2002.09.25 幻冬舎) |
☆☆☆☆ |
暴力団の組長の子供,それも堅気として生活している男女3人が連続して殺される事件が発生した。警察の上層部は警察内部の犯行を疑うとともに,暴力団と中国人マフィアとの抗争を恐れ,ある男に極秘の捜査を依頼した。かつて刑事として未成年の容疑者を射殺した事から警察を辞めた,西野と言う男だった。そして4人目の被害者となったのは,西野の知り合いの女性だった。 「北の狩人」にて登場した新宿署の佐江刑事が登場。そちらでは秋田県警の刑事が主人公でしたが,今回は刑事を辞めて千葉で漁師の真似事をしている西野が主人公です。新宿の街を舞台に,警察,暴力団,中国マフィアが入り乱れる展開は,大沢さんのお手の物。単行本で上下2冊,800ページを超える長さ(1200枚)ですが,全く長さを感じさせません。組長の子供を殺したのは誰かと言う謎を中心に,複数のヤクザ組織の思惑,警察内部の人間関係,そして中国マフィア,さらにはマニラからの殺人集団が,複雑に絡み合います。とは言っても話はあくまでもストレートで,西野や原と言った強力なキャラクターによって,グングン引っ張られて行きます。警察を追われたかつての刑事何て言う,小説の上でしか成り立ち得ない設定なのに,何でこんなに引き込まれるのか。そこが大沢さんの上手さなんでしょう。前作では佐江刑事の印象が強かったのですが,今回は完全に西野に食われてしまっているのと,西野の事件に対するモチベーションがやや弱い感じがするのがちょっと残念。
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「義八郎商店街」 東 直己 2005.03.10 (2005.02.25 双葉社) |
☆☆ |
@ 「義八郎商店街」 ... 今日も入金が無く,子供にカレーを食べさせてやる事が出来ない。思い余って商店街の質屋を襲った。 ねじめ正一さんの「高円寺純情商店街」は東京都杉並区にある実在の商店街がモデルですが,こちらの商店街は何処にあるんでしょう。東さんと言えば札幌ですが,札幌ではないでしょうし,実在の商店街がモデルとも思えません。かつての地上げ騒ぎによって,住民が皆何らかの武道の心得があると言った武闘派商店街です。時代に取り残されてしまった様な商店街を舞台にした人情話と思いきや,ちょっと様子がおかしい。ガソリンが水に,盗んだお金がゴミに,そして密室の中に現れた人影。後半になってこの謎の正体は判るのですが,せっかく武闘派の商店街と言う面白い設定なのに,それが活かし切れていない感じがしました。
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「銀行仕置人」 池井戸 潤 2005.03.11 (2005.02.25 双葉社) |
☆☆☆ |
関東シティ銀行営業第三部次長の黒部一石は,融資に関して評価の高いエリート行員だった。ある日持ち込まれた,東京デジタル通信の関連会社に対する500億円の融資話には否定的な考えだったが,取締役企画部長の立花からの強引な指示により融資を実行した。しかしそれは完全な失敗だった。損失の責任を取らされた黒部は,人事部付きで出向を待つ身になった。そんな時,人事部長の英から立花の不正の疑いを聞かされた。 自分を陥れた相手に対する復讐の話なんですが,こう言う話って主人公が何度も苦境に立たされながらも,最後は痛快に敵役を倒すのがいいんですよね。でも人事部長はとってもいい人だし,調査に向かった支店では味方が増えるし,邪魔をすべき相手は勝手に自爆していくし。そこら辺がちょっと緊張感に欠けているので,最後のどんでん返しも爽快感が感じられなかった気がします。でもまあ銀行内のドロドロを描くのは相変わらず上手いし,さもありなんと言った感じですね。それにしてもかつては10行以上あった都市銀行も4つに整理統合され,銀行内における人事や何やらの問題っていろいろあるんでしょうね。
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「蛍坂」 北森 鴻 2005.03.14 (2004.09.21 講談社) |
☆☆☆ |
@ 「蛍坂」 ... 16年振りに三軒茶屋を訪れた元カメラマン。別れの日に彼女が蛍坂だと教えてくれた場所に行ってみた。 「花の下にて春死なむ」,「桜宵」に続く,三軒茶屋のビアバー「香菜里屋」を舞台にしたシリーズ3作目。いろいろな客が持ち込んだ身近な謎を,マスターの工藤が鮮やかに解くのですが,ちょっとこれが鮮やか過ぎ。普通これだけの材料で,謎は解けんよなと思いながらも,作品の雰囲気がいいんですよね。静かで落ち着いた店,マスターの工藤の人柄や喋り方,そして何と言っても工藤が客に出す料理の描写がいい。アルコール度数の違う4種類のビールと,いかにもそれらのビールに合いそうな料理の数々。鶏の手羽先や牡蠣が美味しそう。それにしてもこの店での会計って,一体どうなっているんでしょう。私の会社の事務所が東急田園都市線で隣にあたる駒沢大学にあって,私も何年か勤務していましたので,三軒茶屋には良く行きました。高層ビルのキャロットタワー何かが建っちゃいましたが,街の雰囲気もいいですよね。
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「狐罠」 北森 鴻 2005.03.16 (1997.05.25 講談社) |
☆☆☆☆ |
自分の鑑定眼だけを頼りに骨董を商う「旗師」をしている宇佐見陶子は,業界でも高い評価を受けていた。ある日陶子が同業者の橘董堂から仕入れた唐様切子紺碧椀が,贋作だと判った。プロの眼を騙す「目利き殺し」を仕掛けられた陶子は,橘董堂への意趣返しを企み,別れた夫の知り合いの贋作師を訪ねる。そんな中,橘董堂で外商をしている女性が,トランクに詰められた腐乱死体となって発見された。 骨董や美術品の世界を舞台にしたミステリーと言えば,黒川博行さんの幾つかの作品が思い浮かびます。黒川さんもそうですが,あまり一般的とは言えない世界を判りやすく描いていて興味深く読めました。まあ骨董品自体が充分ミステリーですし,そんな美術品のやり取りに伴う駆け引きなんかも,スリリングですよね。物語は陶子の仕掛けが成功するのか,殺人事件の犯人は誰なのか,と言う二つの謎で引っ張られていきます。でも最後になって,30年前の事件を含めた全体的な構図に,トリックの主体が移ってしまい,ちょっと肩透かしを食った感じがしました。また旗師の陶子,元夫の学者,骨董商,贋作師,カメラマン,保険屋,ライターと,アクの強い登場人物が登場しますが,皆ちょっと印象が薄いのが難か。名前こそ出ませんでしたが,三軒茶屋のビアバーが登場しました。確か蓮丈那智シリーズにも登場していましたが,あの場面で出てきたのが陶子さんだったのでしょうか。
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「オレたちバブル入行組」 池井戸 潤 2005.03.17 (2004.12.05 文藝春秋社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
バブル景気最盛期の88年に大手都市銀行に就職した4人の慶応大学生達も,今は中間管理職に。その内の一人半沢直樹は,関西にある大手支店で融資課長をしていた。業績向上に燃えるエリート支店長が強引に行った5億円の融資が焦げ付き,その責任は半沢に押し付けられた。自分を陥れようとする上層部に反発しつつも,何とか不良債権の回収を果たそうとする。そんな中で,この倒産には裏がある事に気が付いた。 また自分の失敗を平気で部下の責任にする支店長かと思ったのですが,先に読んだ「銀行仕置人」等とはかなり違う印象を受けました。内容はいつも通りの銀行内のドロドロした話なのですが,本作は社会性よりもエンターテイメント性を重視しています。ストーリーのテンポもいいし,スリリングだし,何と言っても痛快です。ちょっと最後はやり過ぎの感もありましたが,こう言う傾向は歓迎したい。文章も軽めのタッチで,前半の方で倒産や銀行の対応に関して面白可笑しく解説する部分は秀逸。あまりバブルうんぬんには関係無い話なんですが,タイトルからするともう少し他の3人の活躍を厚くしても良かった様に思えます。それと半沢の妻のキャラはちょっとどうでしょうか。支店長の妻との違いを出す必要も無いので,もう少し良くした方が良かった気がします。私が就職したのは彼等より10年程前なのですが,当時の状況を知っている身からするとちょっと懐かしく感じる部分もありました。丁度この頃に社会に出た人には,また違う感慨もあるんじゃないかと思いました。
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「ひたひたと」 野沢 尚 2005.03.19 (2004.09.15 講談社) |
☆☆☆☆ |
@ 「十三番目の傷」 ... 12本の大きな傷を身体に持つ外科医の女性。彼女は自らの身体に傷を付けたと言った。 インターネットで知り合った5人の男女が,自分の抱える秘密を語り合うと言う設定です。しかし作者が亡くなってしまった(2004年6月に自殺)ので,最初の二人の告白で絶筆となってしまいました。最近同じ様にインターネットで知り合った他人同士が,一緒に自殺すると言う話を良く耳にします。ここでは全員が秘密を語った後,彼ら5人はどうする事になっていたんでしょうか。そして残りの3人の秘密とは何だったんでしょうか。最後まで読めないのが残念でなりません。それだけ最初の二人の話は,重く読む者の心に迫ってきました。人間が心の奥底に持っている深く暗い闇が,見事に表現されています。
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「恋愛函数」 北川 歩実 2005.03.21 (2005.02.25 光文社) |
☆☆ |
ブライダル情報サービス会社グロリフのセールスポイントは,男女の最高の相性を科学的に導き出すGP相性診断システムだった。恋愛の要素を独自の理論で数値化する仕組みで,それにより最高の相性の相手を選び出す,と言う物だった。だが選ばれたカップルの間でトラブルが続けて起こった。この会社を取材している貴井典秋は,社長の和凪から呼び出された。 世の中には数多くの夫婦,恋人と言ったカップルが存在するわけですが,その相手と言うのは一体何人ぐらいの中から選んでいるんでしょうか。普通はそんなに多くの相手の中から選んではいないですよね。ですから最高の相性を持った同士のカップルなんて,それ程世の中に存在するとは思えません。どういう相手と上手くいくのか,人はどういう基準で相手を選ぶのか。恋愛に関する様々な事柄を数値化し論理を築き上げる。いわば恋愛を科学する訳なのですが,最高の相性は人を狂わせる,と言うのが面白い。でもこのせっかくのテーマが活かし切れているかと言うと,そうは思えませんでした。いつもそうですが,北川さんの物語はやたらと論理的に走り過ぎ,読んでいて辛く感じてしまいます。
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「狐闇」 北森 鴻 2005.03.22 (2002.05.30 講談社) |
☆☆☆☆ |
知り合いの収集家からの依頼で,冬孤堂こと宇佐見陶子が競り落とした2枚の銅鏡。彼女の元に届けられた時,内1枚は全く別の三角緑神獣鏡と摩り替わっていた。この鏡に興味を抱いた陶子だったが,本来の持ち主から連絡が入り,一応の解決を見た。しかし陶子は身に覚えの無い事故に遭い,結果的に骨董業者としての許可証を取り上げられてしまった。誰かの罠に嵌められた事は明白であり,自らの潔白を証明するため,一人で謎の相手に挑んだ。 「狐罠」に続く冬孤堂シリーズの2作目ですが,何と三軒茶屋の「香菜里屋」は出てくるし,あの蓮丈那智さんまでもが登場します。そして話の最後の方は「凶笑面」の「双死神」に出てきた話で,あの時「狐」と名乗った女性が陶子だったんですね。とは言っても窮地に陥った陶子を,那智や内藤が鮮やかに救い出す訳ではありません。一人で謎の敵に立ち向かおうとする陶子を,皆が助ける感じで展開します。古美術の世界が舞台ですが,さらに日本の歴史も密接に絡んできますので,ちょっと読み辛い面もあります。でも話はテンポ良く進むし,登場人物の良さもあって,スイスイ読み進みます。犯人を推理すると言うよりも,事件の背景を知る事がポイントになるのですが,あまりにも話が大きくなり過ぎて,犯人側の動機が納得できなかったのが残念。
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「モロッコ水晶の謎」 有栖川 有栖 2005.03.23 (2005.03.05 講談社) |
☆☆☆ |
@ 「助教授の身代金」 ... かつてドラマの助教授役で名を馳せた俳優が誘拐された。身代金の受け渡し前に遺体となって見つかった。 8作目の国名シリーズですが,モロッコと水晶の組み合わせってあまりピンときませんね。本作は5ページ程度の「推理合戦」と,3作の中編で構成されています。表題作の「モロッコ水晶の謎」は,推理作家の有栖川有栖が水晶占いへのインタビューをする場面から始まるのですが,構成の上手さを感じさせます。でもこの犯人の行動の基準って,ちょっと理解できないですね。他の中編2編ともなかなか凝った作りになっていますが,火村の推理の冴えを味わう事ができます。でもいわば口直しとも言える「推理合戦」が秀逸か。ありふれた題材なんでしょうが,あの短さの中で,3人の三つの推理が見事に展開され,有栖と火村のキャラクターが際立っています。また全編を通して二人の会話の面白さも目立ちました。
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「十二月のひまわり」 白川 道 2005.03.24 (2004.12.15 講談社) |
☆☆☆☆ |
@ 「十二月のひまわり」 ... バーに置かれたピアノの上に飾られたひまわりの花。知り合いの娘がピアノを弾きにやってくる。 五つの話に登場してくる5人の主人公。彼らと彼らの周りの人物にまつわる,過去と現在が静かに語られていく。子供の頃からの友人,若かった頃付き合っていた恋人,昔の仕事仲間。そんな相手との関係が,様々な形となって今甦る。老舗の温泉旅館の跡取息子と,その旅館で下働きをしていた男の息子の今を描いた,表題作の「十二月のひまわり」が特にいい。複雑な感情を抱きあう二人,そんな二人の前に現れた一人の女,そして破局。二人の本当の関係が描かれるラストがいいですね。どの話も男達の生きてきた人生の「濃さ」が感じさせられます。私には到底出来ないような生き方ですね。
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「満天の星−勇気凛凛ルリの色」 浅田 次郎 2005.03.25 (1999.01.25 講談社) |
☆☆☆☆ |
「週間現代」に連載されていたエッセイの単行本化第四弾にて最終巻。「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞を受賞し,その後「珍妃の井戸」や「月のしずく」等を発表した,1997年頃に連載されていた話です。エッセイはたまに読むのですが,あまり面白い作品に出会った事がありません。小説はこんなに面白いのに,何故エッセイだと面白く無いんだろうと思ってしまう作家はたくさんいます。嘘の話である小説と,本当の事を書くエッセイは全く別物だと思いますが,浅田さんはどちらも面白いですね。ちょっとサービス精神旺盛な感が無きにしもあらずですが,適度に笑いあり,涙あり,真面目な主張あり,と浅田さんの様々な面を垣間見せてくれます。「大人について」とか「ふたたび選良について」なんて,思わず「そうだよなあ。」とヒザを打ってしまいます。また所々に描かれるエピソードが,あの作品にあんな風に活かされているのか,なんて気付くのもいいもんです。とにかく,題材の選び方,表現の仕方,言葉の使い方,何をとっても上手いの一言です。
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「緋友禅」 北森 鴻 2005.03.28 (2003.01.30 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
@ 「陶鬼」 ... 同業の弦海礼次郎が自殺した事を知った宇佐見陶子。その理由が知りたく彼が亡くなった萩の街を訪ねた。 旗師・冬狐堂シリーズの3作目は,4編からなる連作短編集です。過去の2作はかなり大規模な事件を扱っており,それはそれで面白いのですが,話が広がり過ぎの感もありました。それに較べて本作は,短編と言う事もあるでしょうが,謎も結末も綺麗にまとまっている印象です。香菜里屋のシリーズもそうですが,この作者は短編の方がいいかも知れません。陶子に目利きを教えた老人,伝説の掘り師,古木を扱う老人などの登場人物も怪しげでいい。ちなみに今回は那智さんは出てこないし,友人の硝子さんもあまり活躍しません。それにしても練馬署の刑事の言葉ではありませんが,人が簡単に死に過ぎるのが気になります。
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「追憶のかけら」 貫井 徳郎 2005.03.31 (2004.07.25 実業之日本社) |
☆☆☆ |
大学で国文学を教える講師の松嶋は夫婦喧嘩で実家に帰っていた妻を,交通事故で亡くしてしまった。妻の父親は彼が勤める大学の有力者で,一人娘の里菜は妻の両親が離さない。大学の中での立場も,娘との関係も,非常に危うい状況にあった。そんな時,彼の元にある人物から1冊の手記が持ち込まれた。戦後間もなく自殺した作家の,未発表原稿だった。 作品の半分近くを占めるのは,戦後いくつかの短編作品を発表した後自殺した,佐脇依彦と言う作家の手記。死を目前にした男からの依頼を受けて一人の女性を探す事から,自分が自殺に至るまでが描かれています。50年以上前に書かれたこの手記には,幾つかの謎が残されたままになっています。佐脇らに対して悪意を持っている者は誰なのか,そしてそれは何の為なのか。この謎を松嶋が解いていく話かと思いきや,彼本人が事件に巻き込まれていきます。そしていわゆる本編とも言うべきこの後半の部分ですが,話が二転三転します。誰が何のためにこの手記を松嶋の元に持ち込んだのか,と言う謎なのですが,もう少しシンプルに描けなかったのでしょうか。それと主人公の松嶋があまりにも情け無いと言うか,この手の作品の主人公としては少し間が抜け過ぎています。 |