読書の記録(2005年12月)

「占有屋」 伊野上 裕伸  2005.12.01 (2000.04.25 中央公論社)

☆☆

 手持ちの資金を2億円に増やした加倉啓輔と幸田は,次の仕事として競売物件の売買を選んだ。ターゲットにしたマンションには占有者が住んでいたが,自分たちの手腕により安く立ち退かせれば大きな利益に繋がる。物件の落札には成功したのだが,居座っている者たちの裏には,怪しげなコンサルタントを名乗る人物が付いており,立ち退き交渉は暗礁に乗り上げる。

 バッタ屋啓輔シリーズですが,3作目を飛ばして4作目を読んでしまいました。前作では不法投棄に絡む仕事だったみたいですが,幸田と言う仲間ができたんですね。さて今回は占有屋との対決です。宮部みゆきさんの「理由」にも占有屋が登場しますが,こう言うケースって多いんでしょうか。まあ競売物件に手を出す人は,それなりの知識がある人なんでしょう。それにしてもバッタ屋が本業なんですから,色々な事に手を出さない方がいいと思うのですが,小説だからしょうがないか。占有屋との対決場面は迫力あって楽しめますが,全体的にこのシリーズは深みがないですね。また啓輔が主人公のはずなのに,幸田に食われっぱなしなのは如何なものでしょう。

 

「ブードゥー・チャイルド」 歌野 晶午  2005.12.05 (1998.07.31 角川書店)

☆☆☆☆

 15歳の日下部晃士には前世の記憶があった。前世ではチャーリーと言う名の黒人の子供で,ある雨の晩にバロン・サムディがやってきて,お腹をえぐられて殺された...。父宛に掛かってきた女性からの電話がもとで義理の母と喧嘩した晃士は,家の中で義母の惨殺死体を発見する。刃物でめった刺しにされ,顔には大量の塩が盛られていた。そして死体の横には,前世の記憶通り,バロン・サムディが描いた悪魔の紋章が置かれていた。

 とにかく冒頭に展開する謎が強烈です。晃士は何故前世の記憶を持っているのか,義母の死と前世の記憶との関連は何なのか。これだけオカルト・タッチな謎が提示されると,ちゃんと収まるのかどうか不安になってしまいますが,引き込まれる事だけは確かです。父親宛てに電話を掛けてきた女性,タクシーで日下部家を訪れたらしい黒人,父親の謎の行動とさらなる悲劇。物語は謎をさらに膨らませながら進みます。晃士が実の母親の手紙を見つける事から,何となく事件の全体像が見えてきます。そしてそれにあわせる様に登場してくる意外な探偵役。この彼がいいですね。もちろん晃士と麻衣の兄弟もいいのですが,被害者の家族にしてはアッケラカンとし過ぎています。悪魔の紋章とか女性の名前など,ちょっと強引な感じがしないでもないですが,メインのトリックは見事だし,非常に良く練られた話だと思います。できたら探偵役の彼には,他の作品で再登場して欲しい気がします。

 

「あの日にドライブ」 荻原 浩  2005.12.06 (2005.10.25 光文社)

☆☆☆

 エリート銀行マンだった 牧村 伸郎は,上司へのたった一度の反抗で銀行を辞めた。公認会計士を受験するまでの腰掛のつもりでタクシー運転手になったが,仕事の忙しさにかまけて勉強は全く進まない。そんな時たまたま客を降ろした場所が,学生時代に住んでいた古いアパートの近くだった。そこから,もし銀行ではなく出版社に就職していたなら,そして学生時代の恋人と結婚していたらと,伸郎の妄想は広がっていく。

 もしあの時違う選択をしていたなら,もし人生をやり直せるとしたら。誰でもこんな事を考える時ってありますよね。それが絶対に叶わない事だと言う事は充分に判っていても。伸郎はタクシーの運転手をしながら様々な妄想から逃れられません。別の男と結婚し離婚した元恋人の家に出掛けたり,気に入っていた出版社に本を買いに行ったりします。そして,元恋人も,出版社も,それぞれの現実と向き合っている事を知ります。まあ主人公に対してめめしいと感じる部分は多いのですが,それは作者の意図なのかも知れません。タクシーの運転手と言う仕事の難しさ,面白さと,かつて勤めていた銀行の嫌らしさの対比が効いている感じがします。あまりにもストーリーに動きがないので,もう少しその部分にスポットを当てた方が良かった気がしました。

 

「激流」 柴田 よしき  2005.12.08 (2005.10.31 徳間書店)

☆☆☆☆

 修学旅行中の京都でグループ行動をしていた7人の中学生3年生。知恩院に向かうバスの中で,その内の一人小野寺冬葉が失踪した。20年の時が経ち,一人は行方が判らなかったが,美弥は芸能人で作家,圭子は出版社の編集者,耕司は警視庁の刑事,貴子は専業主婦,豊は大手電気メーカーのサラリーマンとなっていた。そんな時,美弥と貴子の元に一通のメールが届いた。「わたしを覚えていますか?」と言う冬葉からのメールだった。

 就学旅行中に突然居なくなってしまった中学3年生の女の子。失踪の原因は何なのか,そして20年後に届けられたメールの真相は,と言う話に引っ張られます。かなり長い話なのですが,途中ダレル所も無く読む事ができます。耕司が担当している殺人事件との絡みとか,20年後に再会する同級生同士の関係が面白く描かれているからでしょう。謎のメールが徐々に広がっていったり,一人一人に降りかかってくる出来事等などが,程よいタイミングで次々と現れてきます。こう言ったところ,長い話を飽きさせずに読ませる作者の上手さを感じます。でも,もう少し短くできなかったんでしょうか。また小説だからしょうがないのかも知れませんが,6人の現在の人生がドラマチック過ぎる感じがします。別に不倫や離婚,窓際族なんて特別な事では無いのでしょうが,ちょっと違和感を感じてしまいます。また中学生時代のちょっとした出来事を,あれほどまでに思い出せるものでしょうか。結末に関してはどうもピンとこない部分がありました。犯人の言葉は全く納得いかないものですし,それを聴く圭子達の態度もどうかと思いました。

 

「汝の名−WOMAN」 明野 照葉  2005.12.09 (2003.08.02 中央公論社)

☆☆

 33歳の麻生陶子は,ちょっと変わった人材派遣会社の経営者。今日もリストラ対象者を騙す為に,架空のヘッドハンティングの話をでっち上げる。そんな彼女は自分のマンションで,久恵と言う引きこもりの女性と一緒に暮らしていた。陶子と久恵は同級生だったが,全てにおいて対照的だった。二人の関係は上手く行っていたものの,陶子が一人の男性に惹かれて行った事から,その関係は微妙に変化した。

 最近,「勝ち組」とか「負け組」と言う言葉を良く聞きます。まあ判りやすい言葉ですが,あまり好きな言葉ではありません。それは物事を一面からしか捉える事しかできず,軽薄な感じがしてしまうからでしょうか。ここに登場する陶子はあらゆる手段を講じて,人生の「勝ち組」を目指す女性です。そんな彼女は久恵と言う,自分にとって都合のいいだけの同居人がいます。この久恵と言う女性の狂気が一番の読みどころでしょうか。恋をする陶子に対する気持ちの変化,そして偶然に知り合った老人達との関係。ある意味では主人公である陶子以上に印象的な女性ですね。最後に取った陶子の行動は,少々甘い感じもするし,あっさりと描き過ぎてしまった感じです。

 

「能面殺人事件」 高木 彬光  2005.12.10 (1979.02.20 角川書店)

☆☆

 世界的な物理学者である千鶴井博士が10年前に亡くなってから,千鶴井家では不幸が相次いだ。博士の息子は肺を患い,娘は精神に異常をきたし寝たきりの生活。そんな千鶴井家で起こった連続殺人事件。被害者は皆,心臓麻痺で亡くなっていた。千鶴井博士の知り合いで検事の石狩,石狩の友人の息子の柳光一は,般若の能面を被った人物を目撃する。

 書かれたのが1950年代ですからしょうがないですが,かなり古さを感じさせられます。でもオーソドックスな探偵小説と言ったところです。一風変わった人達が暮らす屋敷,密室での殺人事件,曰くつきの般若の面の妖しさ,現場に漂うジャスミンの香り。オカルト的な雰囲気創りもいい感じだし,単に犯人探しに留まらず様々な謎が仕掛けられているのも面白い。探偵役としては石狩,柳とともに,柳の友人である高木彬光が登場するのですが,この3人の探偵役の関係こそがこの作品の魅力でしょうか。でも「アクロイド殺し」他幾つかの古典作品のネタバレをしているのは如何なものでしょうか。

 

「神様ゲーム」 麻耶 雄嵩  2005.12.12 (2005.07.06 講談社)

 小学4年生の芳雄の住む神降市では,猫を残忍にも殺害する事件が相次いでいた。芳雄の憧れるミチルちゃんが可愛がっていた猫も被害に遭った。そんな芳雄のクラスに最近転校してきた鈴木君。彼は自分を神様だと言い,猫殺しの犯人も知っていると言う。そして数日後,芳雄がメンバーになっている探偵団の本部で,芳雄の友人の死体が発見された。

 講談社ミステリーランドの1作ですが,これはちょっとどうでしょうか。このシリーズがどの程度子供に読まれているのか知れませんが,講談社の謳い文句からすれば内容的に問題ありでしょうか。それともこの程度の内容は,今の子供にとって何でも無いと言う事なのでしょうか。まあ殺人事件の動機の面は置くとしても,ミステリーのあり方として,子供はどう感じるのでしょうか。何等かの謎があり,探偵役による推理が成され,真相に辿り着く。これが通常のミステリーの流れですが,ここに神様を登場させてしまう事によって,真相有りきになってしまいます。そしてその真相が読者にとって判り易いものであれば問題無いと思うのですが,どうもこの作品の真相には納得できませんでした。と言うよりも,神様が指摘したあの人物が犯人ってどういう事なのか判りませんでした。まあ本作を子供が読んで,どの様な感想を持つか興味あるところです。

 

「スタンレーの犬」 東 直己  2005.12.13 (2005.08.08 角川春樹事務所)

☆☆

 不幸な過去を持つ19歳のユビは,信頼する折井の仕事を手伝っていた。今度の仕事は,58歳の女性社長を札幌から1週間遠ざけると言うものだった。その間に彼女の会社で謀略が行われ,彼女は失脚する事になっているらしい。放浪癖があるという女社長の香奈を連れ出す事に成功したユビは,彼女と二人鈍行列車に乗ってオホーツクの寒村を目指した。

 このユビと言う主人公は,便利屋の「俺」の若い頃なのかなと思いながら読んでいたのですが,どうやら違うみたいです。話自体は58歳の女性と19歳の男性の不思議な旅と言ったところですが,後半大きな動きがある他は淡々と進みます。鈍行列車に揺られ,次の電車を長時間待ったり,駅前の旅館に泊まったりします。そんなゆったりとした時間の中で,二人の間で交わされる会話こそが話の中心でしょうか。実際,タイトルとなっている「スタンレーの犬」と言うのも,香奈がかつて出掛けた香港で見た話です。歳が離れているから,男と女だから,そしてあまり互いを知らない仲だからこそ,話せる事もあるんでしょう。香奈の話はあまり女社長らしくなく,ユビの話は19歳にしては様々な暗い過去を想像させます。これらの話に何等かの教訓や意味が隠されているのか判りませんが,何か雰囲気には合ってますね。ちょっと東さんらしくない,しっとりとした作品です。

 

「白蛇教異端審問」 桐野 夏生  2005.12.14 (2005.01.30 文藝春秋社)

☆☆

 江戸川乱歩賞を受賞した「顔に降りかかる雨」でデビューしたのが1993年ですが,本作はそれ以来初めてのエッセイ集です。単なるエッセイ集ではなく,ショート・コラム,日記,書評・映画評,ショート・ストーリーなどが収録されています。桐野さんと言うと,作品からのイメージとして「怖い女性」と言う感じがしてしまいますが,普通の主婦であったり母親であったりという一面も描かれていて,ちょっとホッとする部分もあります。「柔らかな頬」で第121回直木賞を受賞した当時の日記が印象的。総じて作品を書く事とか作家である事の苦労話が目立ちます。それはそれで興味のある人も居るでしょうが,特に桐野さんのファンでもない読者からしたら,どうでもいい様な気がしました。でも最初の方に出てくる,テレビ局訪問の話なんか,腹たつでしょうね。

 

「グッドバイ−叔父殺人事件」 折原 一  2005.12.16 (2005.11.21 原書房) お勧め

☆☆☆☆☆

 僕の叔父が自殺した。それもインターネットで知り合った者達による集団自殺だった。ミホと言う首謀者の呼び掛けで集まった4人は,閉め切ったワゴン車の中で練炭を焚いた。叔父を含む3人は亡くなったが,ミホだけが助かったものの,意識不明で病院に運ばれた。叔父の自殺に疑問を持った叔母の指示で,僕は集団自殺事件の背景を探り始めた。すると自殺の前に,一人のジャーナリストが自殺者を追いかけていた事を知った。

 ネットで知り合った者達による集団自殺と言うのは,最初に聞いた時には驚きました。自殺する人の心理は判りませんが,知らない相手を仲間にしての集団自殺って考えられませんでした。折原さんの最新作は,こういった最近の世の中の風潮を上手く取り入れて,さらに驚きの結末を見せてくれました。集団自殺のルポをものにしようとするジャーナリストと,叔父の死に疑問を持った僕の視点で進みます。自殺の前と後がクルクルと切り替わるので,読んでいて眩暈がしそう。過去と現在,二つの集団自殺事件,叔父と叔母,ジャーナリストと探偵,双子の姉と妹と言った要素が,フォントを替えて語られます。そして自殺に向かう場面の緊迫感を経て展開される驚愕の事実。うーん,全く判りませんでした。折原さんのトリックって,やたらと凝っていて判り辛いのですが,本作は程よい複雑さだと思います。でもこれは私にとっての事ですので,ミステリ上級者は簡単に見破ってしまうかも知れません。それにしても折原さんの作品は,後頭部を殴られて気絶と言うのが多いですね。ちなみに折原さんの作品に「叔母殺人事件」と言うのがありますが,本作と全く関係はありません。

 

「冒険の国」 桐野 夏生  2005.12.16 (2005.10.01 新潮社)

☆☆

 30歳を過ぎた独身の永井美浜は,同じく独身の姉と両親の4人住まい。ディズニーランド近くに買ったマンションで暮らしていた。発展するニュータウンとは対照的に,寂れていく旧市街にある建築会社の出張所でダラダラした日々を送る美浜。ある日彼女は,かつての恋人であり同級生だった英二の兄恵一と,偶然に再会した。英二は20歳の時に謎の自殺をしており,美浜は今でもその事を引きずっていた。

 デビュー以前に第12回「すばる文学賞」に応募し,最終候補作となった作品に,加筆修正を加えた作品。何となく読んでいて憂鬱な気分にさせられてしまいます。取り残された家族,取り残された姉妹,そして取り残された美浜。やっぱり新しいマンションには若い家族が似合うんでしょうか。そもそも家族と言う言葉のイメージって,確かに若い夫婦と小さな子供ですもんね。それにしても美浜と志津子の姉妹も,一人暮らしを続ける老姉妹も,そして上階に住む宇野夫婦にしても,描き方が中途半端。まあ今の桐野さんが書いたら,もっと痛い結末になるんでしょうが,あまりにも作品自体が短過ぎ。

 

「結婚なんてしたくない」 黒田 研二  2005.12.19 (2005.11.10 幻冬舎)

☆☆☆☆

 女遊びが大好きなナンパ男の佐古翔は,マンションの部屋の前で,自分をパパと呼ぶ少女に出会った。アニメのキャラクターに夢中な藤江克実は,蒐集したお宝を共有するために結婚しようと,同じ趣味の女性から提案された。自分がゲイだと周りに知られたくない蒲生要は,レズの女性と偽装結婚する事になった。身の回りの事は全て母親任せの真鍋聡志は,父親の病気で母が東京に出て行ってしまった事から,生活が立ち行かなくなった。付き合っている女性から結婚を迫られるが,どうしても結婚に踏み切れない相馬浩文は,一人の魅力的な女性と知り合った。

 作中にも出てきますが,普通はしない理由ではなくした理由を問います。でも結婚に関してだけは,何故結婚したのかと言う問いは少なく,何故結婚しないのかと言う質問が普通です。と言う事は,ある程度の年齢に達したら結婚するのが当たり前と言う事なんですね。私は27歳で結婚しましたが,当時は結婚するのが普通だと思っていましたし,何故結婚するのか何て考えた事もありませんでした。それで別に不都合があった訳ではありませんが,まあ人それぞれです。ここにはそれぞれの事情で結婚したくない,もしくは結婚できない5人の男性が登場します。でもそれぞれに女性が登場し,ミステリアスに,そしてコミカルに進んでいきます。後半になるとこの5人が互いに交差していきます。最後がちょっとドタバタしてどうかなと思う部分もありますが,充分に楽しめる作品でした。それにしても黒田さんがこんな作品を書くとは以外でした。冒頭に載せられた結婚に関する言葉が面白かったので,ここに載せておきます。「結婚をしばしば宝くじにたとえるが,それは誤りだ。宝くじなら当たることもあるのだから。」 (バーナード・ショウ)
「結婚するとは,彼の権利を半分にして,義務を二倍にすることである。」 (ショーペンハウアー)
「結婚するとき,私は女房を食べてしまいたいほど可愛いと思った。今考えると,あのとき食べておけばよかった。」 (アーサー・ゴッドフリー)

 

「ユリ迷宮−二階堂蘭子作品集」 二階堂 黎人  2005.12.20 (1995.04.05 講談社)

☆☆☆

@ 「ロシア館の謎」 ... 老いたドイツ人がかつて経験した話。バイカル湖近くの氷原に建つ「吹雪の館」が忽然と消えてしまった。
A 「密室のユリ」 ... 密室状態のマンションの部屋で殺された女性推理作家。犯行の一部始終がテープに録音されていた。
B 「劇薬」 ... トランプのコントラクトブリッジのパーティーの真っ最中と言う衆人環視の中,毒殺された不動産会社社長。

 二階堂さんのシリーズ作品って,ハードボイルド色満点の渋柿信介のシリーズしか知らなかったのですが,こちらは作者と同姓同名の二階堂黎人と,義妹の蘭子のシリーズなんですね。本当の探偵役は蘭子なのですが,3作とも蘭子は事件現場に居ません。老人の回顧,現場に残された録音テープ,警察の捜査記録から推理をしていきます。中編の「劇薬」はコントラクト・ブリッジのルールが判らなくて混乱しました。もっともゲームの説明はちゃんとされているので,良く読めばいいだけのことですが。一番のお勧めは「ロシア館の謎」。老人の語る物語自体が面白いし,消失の謎も明確で,後に残るもう一つの謎もいい。「密室のユリ」で殺される女性推理作家って,若竹七海さんがモデルなんでしょうか。殺人事件の状況が偶然に録音されていたのはいいのですが,それを活かし切れていないのが残念。それにしても彼らの活躍の舞台を昭和40年代に設定している意味って何なんでしょう。物語からして,本作が発刊された平成7年頃でも問題は無いと思えます。

 

「13のエロチカ」 坂東 眞砂子  2005.12.21 (2000.08.31 角川書店)

☆☆☆

@ 「世界の真ん中」 ... いつも一緒にベッドで寝る猫のポウが居なくなってしまい,その晩一人で寝たサチはある事を覚えた。
A 「ル・スーティエン・ゴルジェ・ブル」 ... 作家へのインタビューに向かった彼の豪華なマンション。テーマは友達夫婦だった。
B 「ホップ・ステップ」 ... 村おこしイベントの手伝いをしていたバーベキュー会場で,クニオは年上の女性と知り合った。
C 「コルトレーンと魔法の綿菓子」 ... 綿菓子の様な笑顔を持つカナは,イタリア留学中に,大学教授と結婚した。
D 「放っておいて,握りしめて」 ... 子供の頃から知っている遠縁のショウタロウが,ミチカの元を訪ねてきた。
E 「ヴェネツィア発,ニース行」 ... ツアー・コンダクターの仕事でニースに向かう列車の中,一人の男が気になった。
F 「青いリボンの下に」 ... 体操着を忘れた事に気付いて近くの家まで取りに行ったため,体育の授業に遅れてしまった。
G 「煙草」 ... 祖母が暮らす為の離れを庭に作ることになった。大工さんにお茶菓子を持っていくのがユカリの仕事になった。
H 「五分間」 ... 知り合いのイタリア人男性の恋人が職を変わって引っ越す事になった。彼は彼女の元に行こうか悩んでいた。
I 「ピンクガールの冒険」 ... 久し振りに同級生達と会う事になったショウコ。いつもとは違い女らしい服装で出掛けた。
J 「暗く,長い長い道」 ... スーパーの配達を終えての帰り道。カツイチは一人のぱっとしない女性が何となく気になった。
K 「かたつむり」 ... 風紀委員をしているトシミ。学校の帰り道,雨に降られていると,車に乗った男に声を掛けられた。
L 「私,イタリアへ行くの」 ... イタリアに向かう成田空港の特別待合室で,チカは一人のイタリア人の存在に気付いた。

 タイトル通りの13編のエロチックな話の短編集です。作者が女性だからでしょうか,物語の主導を女性が握っているのが目を引きます。大きく分けて大人を扱った作品と,子供を扱った作品がありますが,総じて後者の方が印象的。特に「ホップ・ステップ」「放っておいて,握りしめて」がエロチック度が高いか。自分にも覚えがありますが,子供の頃って性に対して様々な思いを持っていますよね。今からすると,かなり恥ずかしい様な。憧れであったり不安であったり,期待感だったり罪悪感だったり。そんな中で性に目覚めていく彼らや彼女らの微妙な姿が,細やかにそして大胆に描かれています。大人を描いた作品,特に舞台がイタリアになっている作品は,女性の行動がちょっと唐突な感じがしました。子供の方の作品も唐突さは同じなんですが,それを感じさせない初々しさがいいのでしょうか。

 

「火群の館」 春口 裕子  2005.12.22 (2002.01.20 新潮社)

☆☆☆

 司法試験を目指す明日香は,友人の真弓とマンションの一室で共同生活を始めた。二人が暮らす新しい部屋では次々と不思議な出来事が起こった。床を転がる口紅,突然開かなくなった窓,バスルームに残された毛髪,新聞受けからこぼれ落ちる蛆虫。そして真弓の恋人が失踪し,真弓は浴槽で謎の死を遂げる。真弓の部屋からは,「僕たちは許されるのか」と書かれた手紙が見つかった。

 第2回ホラーサスペンス大賞特別賞の受賞作ですが,この時の大賞受賞作は五十嵐貴久さんの「リカ(RIKA)」だったんですね。さて,二人が暮らし始めたマンションで次々と不思議な事が起こるのですが,これが結構怖い。ちょっと表現力に欠ける感じもしますが,不気味です。でも最後まで読むと,ちょっと納得できない部分が多過ぎます。住人の悪意なのか,魔術なのか,夢なのか,何だか判らない部分があって,スッキリしませんでした。ところで妻Mとこの作品について話をしていたのですが,妻Mは蛆虫を見た事無いと言います。まあ私も子供の頃に見た事があるだけですから,そうなのかも知れません。この蛆虫登場の場面ってかなり強烈ですから,蛆虫見た事無い人にはインパクトが減ってしまうでしょう。これは今後もそうでしょうから,ホラーにおける描きどころが少なくなる訳ですね。でもその分,RIKAの様な新たな設定もできる様になるんでしょう。

 

「禁煙セラピー」 アレン・カー  2005.12.23 (1996.06.01 ロングセラーズ)

☆☆

 私は世界一のニコチン中毒患者だった。なぜこんなにやさしく禁煙できるのか。なぜタバコを吸うのか,理由が答えられますか。あなたは罠にはまっている!。タバコを吸うのは,なぜ?。タバコは習慣ではない,麻薬中毒だ。タバコ会社の強烈な洗脳力。タバコは何も与えてくれない。ストレスを和らげるという幻想。退屈を紛らすという幻想...。

 「世界15ヶ国で翻訳され,イギリス,ドイツ,オランダで毎年ベストセラー。成功率90%。本書であなたはタバコへの心理的依存から完全に解放される。」だそうです。私は今年の11月初旬から禁煙をしています。禁煙を始めてからこの本の存在を知ったので読んでみたのですが,本当にこの本を読んで禁煙が成功するか疑問に思いました。少なくとも,「読むだけで絶対やめられる」と言うのは大袈裟。禁煙を開始しようとする理由は,人によって様々でしょう。健康に関する事,家族などの周囲に与える迷惑,金銭的な面。この本では,タバコは人にとって必要では無い,ということを繰り返して述べています。確かにこの様な考え方で止める事ができる人もいるでしょう。でも読んでいて彼の言い方に違和感を感じる部分が多い気がしました。禁煙補助剤を完全に否定しているのもどうかと思います。ちなみに私がタバコを止め様と思ったキッカケは,肺ガン等になりたくないと言うものでした。人生の最後を苦しみの中で終える危険性を少しでも減らしたかったからです。

 

「サスツルギの亡霊」 神山 裕右  2005.12.25 (2005.11.10 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 3年前に南極越冬隊員として隕石捜索中に遭難死した,義理の兄の篠田英治。その兄の名前で弟の矢島拓海の元に届けられた一枚の絵葉書。さらに偽の差出人と思われる人物から掛かってきた電話。そして今はプロカメラマンとなっている拓海に舞い込んできた,南極越冬隊員に同行しての撮影の仕事。複雑な思いを胸に,拓海は昭和基地に向かった。

 サスツルギと言うのは,風によって雪上に付けられた模様の事だそうですが,シュカブラとは違うんでしょうか。さて「カタコンベ」で第50回江戸川乱歩賞を受賞した神山裕右さんの第2作です。前作は鍾乳洞,今回は南極と言う,特殊な世界の中で繰り広げられるミステリー。ある意味,壮大な密室ですね。英治の死の真相は何だったのか,そして彼の名前を語って絵葉書を送ってきたのは誰なのか。そんな謎を含みながら南極の大自然が描かれていきます。それとともに拓海と英治の出会い,二人の微妙な関係,そして別れが淡々と述べられていきます。前作では登場人物の動機や背景にやや物足りなさを感じたのですが,今回は上手いですね。英治とのエピソードを出すタイミングも絶妙です。とにかく息もつかせぬスピーディな展開に,一気に読み終えてしまいました。

 

「北緯四十三度の神話」 浅倉 卓弥  2005.12.26 (2005.12.10 文藝春秋社)

☆☆

 菜穂子と和貴子の姉妹は中学生の時に両親を失った事から,祖父母に育てられた。姉の菜穂子は地元の大学に進学し,そのまま大学の助手となった。妹の和貴子は東京の大学を卒業した後,地元のラジオ局でDJをしていた。菜穂子が中学生時代に淡い想いを抱いていたクラスメートの樫村と,和貴子が婚約した事を発端に二人は微妙な関係になる。そして樫村は事故で亡くなってしまった。

 札幌が舞台なのですが, 札幌市 があるのが北緯43度と言う事なのでしょうか。その街で暮らす二人の姉妹には微妙な溝があって,でもお互いに何とかしようとしています。淡々と物語りは進むのですが,和貴子のDJの場面が,いいアクセントになっています。と言うかその部分が無かったら,あまりにも単調過ぎるでしょうか。二人の間にできてしまった溝にしても,二人がそれを埋めようとする気持ちも,あまり伝わってこなかった気がしました。前作までの様なファンタジックな世界を期待していたのですが,全く違った話でした。でもちょっと登場する夏子と雪子って,「雪の夜話」に出てきた人ですよね。

 

「アンテナ」 田口 ランディ  2005.12.27 (2000.10.31 幻冬舎)

 15年前,一緒の部屋で寝ていた妹の真利江が突然消えてしまった。警察の懸命の捜索にも関わらず,行方は判らなかった。同居していた叔父に疑いが掛けられたが,叔父は自分の無実を叫び自殺してしまう。その後,父は病死し,母は新興宗教にのめり込んでしまい,弟は精神に異常をきたしてしまう。そして大学で哲学を学ぶ兄の祐一郎は,SMの世界にのめり込んで行く。

 神隠しに遭ったように子供が突然居なくなってしまうと言う話は時々耳にします。実際に神隠しと言う事ではないのだとしたら,何等かの理由があるはずです。誰かが連れ去って監禁している,自分で出て行って何等かの事故が起こった...。どちらにしても残された家族は大変でしょうね。悲惨な結末だったとしても,結果が判った方が,まだ救いがあるのかも知れません。この様な話の場合,普通だったら子供を捜す家族の話になるんでしょう。桐野夏生さんの「柔らかな頬」の様に。でも本作はちょっと様子が違います。前作の「コンセント」もかなり突飛な話でしたが,それに負けず劣らず話は変な方向に進みます。自分の頭に生えているアンテナで真利江を感じる事ができると言う弟は,真利江として暮らす様になります。SMを研究テーマに選んだ祐一郎は,新たな世界に踏み出していきます。妄想の世界の構築と破壊。それが家族にとって平安をもたらすものなのでしょうか。何か私の理解の範囲を超えている感じでした。

 

「ヤンのいた島」 沢村 凛  2005.12.28 (1998.12.20 新潮社)

☆☆

 長年の念願がかなって,Z国の学術調査団の一員として秘境イシャナイ島に足を踏み入れた瞳子。彼女の本当の目的は,幻の生物ダンボハナアルキを探す事だった。しかしイシャナイ島は反政府ゲリラが暗躍しており,調査団は政府軍に守られており勝手な行動はできなかった。瞳子は政府軍兵士の目を盗み,キャンプを抜け出して山間部を目指したが,反政府ゲリラに捕まってしまった。

 第10回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を受賞した作品だそうです。鼻を使って移動すると言う未知の生物,島に関する同じ夢を見る相手,と言ったファンタジー色の強いスタートなんですが,何でそれを中心に描かなかったんでしょうか。途中からやたらと政治色の強い話になってくるし,主人公の瞳子は周りの迷惑など全く考えないような勝手な女性だし,読む気が萎えてしまいました。似た様な話かなと思ったのは篠田節子さんの「弥勒」なのですが,物語の深さに関して足元にも及びません。イデオロギーとファンタジーは相容れないものでしょう。ヤンと名乗る男性と同じ夢を見る事,それもいくつかの異なったイシャナイ島の様子。そう言った設定は面白いと思うのですが,それらを全て作者自らが台無しにしている感じです。

 

「少女達がいた街」 柴田 よしき  2005.12.30 (1997.02.28 角川書店) お勧め

☆☆☆☆☆

 1975年,16歳のノンノは渋谷の街でロックに夢中だった。友人のチアキはバンドの道に進み,ノンノはナッキーと言う少女と出会った。自分にどこか似ているナッキーに惹かれて行った。両親を事故で亡くしたノンノは,病身の祖父と暮らしていたが,その祖父も亡くなってしまう。そんな中,ロックバンドの追っ掛けをしているグルーピーを取材していると言う,ジャーナリストがノンノに接近してきた。

 物語は1975年と,その21年後にあたる1996年の二部構成となっています。前半はロックに夢中になっている女子高生,後半は事件の真相を追う刑事の話です。ノンノを中心にナッキー,チアキらが活き活きと描写される前半部分は,さながらさわやかな青春小説。そして冒頭で提示される火事が起こって,21年後の後半に入ります。そこでは前半に築かれた人間関係が,綺麗にひっくり返ります。これなかなか見事ですね。後半の読み始めはかなり違和感を持たされましたが,刑事の推理がいい。もう少し,この21年前の事件を調べる動機が明確だったら良かった気がします。でもディープ・パープルですか。1975年当時,私は20歳でした。ロックも好きで良く聴きましたが,この作品にも出てくる,ピンク.フロイド,イエス,EL&Pと言ったプログレッシブ・ロックが好きでした。何か懐かしいですね。

 

「オカルト」 田口 ランディ  2005.12.30 (2004.11.01 新潮社)

☆☆

異界の扉,水のある場所,消えた時計,危険ですよ,五月闇、吠える犬,しだれ桜と、泣き男,重い鞄,チンしてカレーライス,渋谷幻影,花と魔法,黒い鳥,世界には何でも落ちている,いちごあめ,混線とコンセント,プラマイゼロ,春の情景,時が止まる,「去年マリエンバードで」,ゴッゴ様,盆の出来事,砂男,青い炎,蠅の生活,蜘蛛女,虫の息,読み合わせ,かかし男,運命,新宿二丁目の幽霊,バランス,消えたOL,スプーンのココロ,マニトゥ,蛍,体内時計が止まる,数字の謎,気合い,捜索隊,竜神,桜と虫歯,さようなら,海の精,カミサマ,感じること、信じること。

 後書きにも書いている通り,小説とも,エッセイとも,詩ともつかないような44編の作品集。「コンセント」を思わせる,死んだ兄の話も出てきますが,あれは実際の話だったんでしょうか。オカルトと言うよりは,ちょっと不思議な話と言った感じで,あまり印象的な話はありませんでした。と言うより,裏表紙に載っていた著者の写真が一番印象的でした。すいません。「コンセント」「アンテナ」を読んでいて,どんな人が書いているのかな,と思っていたのですが,いたって普通の女性じゃないですか。