読書の記録(2001年 2月)

「リセット」 北村 薫  2001.02.01 (2001.01.20 新潮社)

☆☆☆☆

 小学校3年の時,父の仕事の関係で今まで住んでいた横浜から神戸に移ってきた水原真澄。父が会社の重役だった為,真澄はお嬢様学校に通い始める。しかし時は太平洋戦争真っ盛り。3才の時に父と見た,獅子座流星群の記憶。女学校での友人である優子や八千代との楽しい日々。そしてほのかに想いを寄せる修一。しかし戦局は次第に悪化し,真澄達は軍需工場での勤労の毎日だった。

 「時と人シリーズ」の3作目,期待の新作です。「スキップ」では20年以上の時を飛び越えてきてしまった女子高生,「ターン」ではある一日の中に閉じ込められてしまった女性の話でした。さて,シリーズ最終作はどんな話なんでしょうか。前2作では主人公を突然襲う超常現象によって物語が始まりましたが本作では,第一章で淡々と戦時下の女学生が描かれていきます。そして第二章に入ると,病院に入院している中年男性が,自らの子供時代をテープに吹き込むと言う形で進行していきます。一体どのように「時」が関係してくるんでしょうか。と思っていたら,それは突然に訪れます。三部作の最後を飾るに相応しいエンディングだとは思いますが,ちょっと前振りが長いなあ。30数年周期で訪れると言う獅子座流星群。第三章の最後の方でこの獅子座流星群について,二人が語り合う部分が印象的ですね。こう言う話には素直に感動しましょう。獅子座流星群については去年,一昨年あたりがその年に当たっていたと思うのですが,30年以上も前私も子供の頃に見に行った記憶があります。その時は天候の関係か,全く見えなかったのですが,夜中に友達と出掛けたあの夜が懐かしく思い出されました。懐かしかったのはこれだけではありません。和彦が語る子供時代は昭和30年代前半でしたから,ちょうど私の子供の頃とかぶるんですよね。

 

「ヨコハマベイ.ブルース」 香納 諒一  2001.02.02 (2000.03.10 幻冬舎)

☆☆

@ 「牙の刻」 ... 捨てられて野生化した犬の始末を頼んできた元飼い主。流はこの犬を生け捕りにして飼いたいと思ったのだが。
A 「街の貌」 ... 中華街の店で食事中に殺し屋に襲われた金。思い当たる事は無いのだが,さらに別の殺し屋が襲ってきた。
B 「女の眼」 ... 愛人に宝石を持ち逃げされたと言う宝石商からの依頼で,その愛人の行方を探す事になったが。
C 「凪の港」 ... 流が刑事時代に捕らえた男が刑務所から帰ってきた。どうやら流に逆恨みをしているらしかった。
D 「光の花」 ... 家出した中学生を探し出したら,虐めによって自殺した友人の真相を明かにしたいと言うのだった。
E 「雨の谺」 ... 刑事時代の同僚の妻が訪ねてきた。行方不明になっている夫を探し出して欲しいと言うのだが。

 主人公の流一(ながれ.はじめ)は元マル暴の刑事で,警察はある事から辞めるはめになった男。大柄で,本物のヤクザも恐れるような風貌だが,実は心優しかったりする。そして彼をボディガードとして雇っている金円友(キム.ウォヌ−)は,元やり手の興行師で,現在は探偵を始めとする何でも屋で守銭奴。この二人が横浜を舞台に活躍する連作短編集です。ちょっと登場人物が類型的すぎる気もしますが,やっぱり香納さんの短編は良くできていると思います。何と言ってもこの二人のコンビがいいですね。「♪Hold Me Tight! オーサカベイ.ブルース」って曲ありましたね。上田正樹さんの「悲しい色やね」ですが,私の大好きな曲です。って全然関係無いですね。

 

「砕かれた鍵」 逢坂 剛  2001.02.03 (1992.06.25 集英社)

☆☆☆

 頻発する警察官の不祥事。倉木尚武は,警察官の不品行を調査する警察庁警務局特別監察官だった。倉木が担当した事件は,コカイン貯蔵庫における警察官の射殺事件だった。死ぬ間際に口にした「ペガサス」と言う名前。そして殺された警察官の相棒も,また彼の愛人も殺されて行く。そんな折,倉木と彼の妻である美希の子供が入院する病室で起こった爆弾テロ事件。復讐に燃える美希は警察を辞めて私立探偵となった大杉とともに,調査を始める。

 「百舌が叫ぶ夜」「幻の翼」に続く百舌シリーズの3作目です。「裏切りの日々」を入れると4作目になるか。百舌シリーズと言っても,もうモズは出てきません。大杉は警察を辞め,明星美希は倉木の妻になってるんですね。こう言うところがシリーズものを読む楽しいところです。さて今回もサスペンスに溢れたストーリーと,様々な出来事が見事にひとつにつながっていく展開で,読んでいて気持ちがいいですね。でもこのラストは何なんでしょうか。ちょっと納得いかないですね。この最後が無かったら,文句無くお勧めだと思うのですが。これからこのシリーズはどうなって行くんでしょうか。ところでシリーズの名前ですが,もう百舌シリーズでもないし,公安警察シリーズでもないし,こうなったら津城警視シリーズと呼べばいいんでしょうか。

 

「夜ごとの闇の奥底で」 小池 真理子  2001.02.04 (1993.01.20 新潮社)

☆☆☆☆

 モデルガンだとばかり思っていた拳銃で,妹のりつ子は恋人の小田を射殺してしまった。その場に居合わせた兄の世良祐介は,妹をかばうため拳銃を捨てに清里高原に向かった。しかし捨て場所を探して迷い込んだ林道で,車の事故を起こしてしまう。たまたま通りかかった畑中亜美に助けられ,彼女の父が営むペンションへ向かう。しかし折からの吹雪によって,祐介はペンションに閉じ込められてしまう。さらに祐介に疑惑の目を向ける亜美の父は,祐介を帰えそうとはしなかった。

 「新潮ミステリー倶楽部」の一冊です。だけど,このシリーズってレベル高いですよね。いわゆる心理サスペンスと呼ばれる作品なのでしょうが,状況の設定が上手いし,主人公が徐々に追い詰められていく様子がビンビン伝わってきます。妹に連絡がつかない不安感や,秀治の狂気の振幅の様子,こういったものが丁寧に描写されているので,主人公同様に読んでいる方も不安感にさいなまれていきます。古い木造のペンションの階段を歩く時のきしみの音や,立て付けの悪いドアの蝶番の音が聞こえてくるようです。最後のほうで出てくる斧は,何かいかにもジェーソンを彷彿させ,ちょっと頂けないですね。でもグングン引き込まれてしまいました。ラストもいいですよ。

 

「恐怖に関する4つの短編」 小池 真理子  2001.02.06 (1993.05.25 実業之日本社)

☆☆

@ 「倒錯の庭」 ... 夫と別居して山梨の一軒家に住む事になった女性教師。庭の手入れの為に造園業者を呼んだ。
A 「罪は罪を呼ぶ」 ... 心臓発作を起こした人を車にのせたとたんに起こった事故。彼は轢き逃げ事件の目撃者になった。
B 「約束」 ... 未亡人の日記を出版した女性には,かつてある約束をした男性がいた。彼からの連絡を待つ彼女だったが。
C 「暗闇に誰かがいる」 ... 知り合いの別荘を借りた姉妹。妹が階段から落ちて足を怪我してしまった。

 4つの話とも,異常な男性が登場します。そしてその男性と係わる事になってしまった女性が,心理的にどんどん追い詰められて行く様子が描かれます。自分に好意を寄せる男性が,自分の為に犯罪を重ねて行く「倒錯の庭」,轢き逃げ事件を隠す為に目撃者の殺人を企てる「罪は罪を呼ぶ」がお勧め。やはり当事者の立場からすれば,自分が引き起こした事件が,いつ,いかなる形で暴露されるか,と言うのは怖い事でしょうね。また,そこいら辺の心理状態がひしひしと伝わってくるのがいいですね。

 

「火天風神」 若竹 七海  2001.02.08 (1994.10.30 新潮社)

☆☆

 登校拒否の中学生とその叔父,不倫カップルと彼らを追う興信所の職員,耳の不自由な一人旅の少女,横暴な夫の元から逃げ出した妻,そして映画同好会の大学生の男女。彼らは三浦半島の断崖絶壁の上に建つリゾートマンション「しらぬいハウス」を訪れた。しかしその時,超大型の台風19号が房総半島から三浦半島方面へと向かっていた。

 台風と言う自然災害のみならず,バブル末期に建てられた手抜き工事のマンションと言う人災,そして更に謎の死体や火事,狂気に駆られた管理人などが宿泊客を襲う一晩を描いたパニック小説です。しょうがないのかも知れませんが,それぞれの登場人物が各自に襲いかかる災難を語っているので,やたらと場面がクルクル替わり,ちょっと読み辛いし,恐怖感がストレートに伝わってこなかったですね。それにしてもたった一晩に,良くこれだけの出来事を押し込めたものです。少々うんざりとさせられました。台風に関する様々な知識は面白かったですけどね。ところで伊勢湾台風とか室戸台風とか,かつては多数の人的被害が出た台風がありましたが,最近はそれほど死者は出ないですよね。これは護岸工事などの治水事業の成果なのでしょうか。また一回でいいから台風の目と言うものを体験してみたいなと思いました。

 

「贅肉」 小池 真理子  2001.02.09 (1994.08.25 中央公論社)

☆☆☆

@ 「贅肉」 ... 美人で頭のいい姉は,失恋のショックから太り始めた。父も母も亡くなり,姉の面倒をみなくてはならなくなった妹。
A 「ねじれた偶像」 ... 友人からの突然の告白。自分の夫は連続婦女暴行殺人事件の犯人ではないかと思うと言う。
B 「一人芝居」 ... 近所に住む主婦を好きになった気の弱い男。テレビドラマに出てくる刑事のまねをして彼女に近付いた。
C 「誤解を生む法則」 ... 車で帰省中,人通りの少ない林道へ。前にはさっきから女性一人の車がずっと走っていた。
D 「どうにかなる」 ... 身寄りの無い老人。住む所も追われたある日,偶然に知り合った一人の老女と一緒に暮らす様になった。

 「贅肉=余分な肉」ですが,ここでは余分どころではありません。前にアメリカかどこかで,太り過ぎて家から出られなくなった人を病院に運ぶ為,家の壁を壊してクレーンで運び出した何て言う映像を見た事ありますが,とても贅肉なんて生易しいものじゃなかったですよ。美貌と知性,そして幸せな家庭に恵まれて,何不自由なく育った少女が,両親の死や失恋と言った出来事に打ちのめされて,過食症に陥っていく話です。妹の視点で描かれていくので,姉の味わった挫折感がイマイチ伝わってこないのですが,そのかわり,自分には到底かなわないと思っていた姉と立場が逆転していく様がリアルですね。他の作品もそうですが,主人公の心の動きがとても良く描かれているので,結末の唐突さや不気味さに不自然さを感じさせません。ドンデン返しの面白さでは「一人芝居」がいいですね。

 

「白く長い廊下」 川田 弥一郎  2001.02.13 (1992.09.10 講談社)

☆☆☆☆

 高宗総合病院の外科医である窪島は,十二指腸潰瘍の手術を終えた患者の麻酔が解け,自発呼吸が始まった事を確認した。麻酔は筋弛緩剤のマッスロンを使っていたが,この確認の後,解毒剤であるパラスチミンを打った。手術は全て終わり,患者は手術室から病室へと続く長い廊下を運ばれて行った。しかしその途中,患者の容体が急変し,呼吸が停止し死亡してしまった。解剖の結果,何も悪い所は見つからず,窪島の麻酔のミスと見られた。そして家族からは医療ミスとして訴えが起された。

 38回江戸川乱歩賞の受賞作家は何と外科医。当然の事ながら医療に関する記述は詳しいですね。また大学の医局と病院の関係など,知らない事が多いですね。それにしてもちょっと前に宮城県の病院で起こった事件。この物語とはちょっと違いますが,あれも筋弛緩剤を使用した事件でしたよね。手術や入院中なんてのは,患者にとってはまな板の鯉状態ですから,意図的にせよそうでないにせよ,何かされてもどうにもなりません。最近医療ミスの話は良く聞きますけど,自分の身の上に起こったらと思うと,ゾッとします。この作品の中で,ある薬を使って交通事故を起させる場面が出てきますが,医療に詳しい人じゃないと書けませんよね。同じ乱歩賞作家の中嶋博行さんは弁護士ですが,文学以外の職業や得意分野を持った人の作品って,それだけで深みが感じられます。でもそればかり書かれても,ちょっとどうでしょうか。他の作品を読んでいないので判りません。

 

「初等ヤクザの犯罪学教室」 浅田 次郎  2001.02.14 (1993.12.25 幻冬舎)

☆☆

 ロス疑惑の三浦和義が一番最初のシーンで,妻が拳銃で撃たれる場面の供述を詳しく説明しているのを見て,彼が犯人だと思った。なぜなら拳銃で襲う場合,女性より強そうな夫(三浦和義)の方を最初に狙うはずだし,拳銃で狙われた方は,まわりの状況など事細かく覚えている訳はないからだ。グリコ森永事件は,今まで誰も考えなかった営利誘拐事件だった。ただ単に商品に毒を仕掛けただけだったら,こんなにうまく行くはずは無い。最初に社長を誘拐したからこそ,鮮やかに成功したのだ。

 プロの犯罪家である浅田センセが,正しい犯罪(?)について語るエッセイ集です。さすがに様々な職業経験をお持ちの為,やたらと犯罪や警察,ヤクザなどについて詳しく面白くしゃべっています。警察署の所轄をまたがった地域での犯行の有利性ぐらいは,何かで読んだ事がありましたが,ヤクザの親分とボディガードとの関係とか,警察署によって留置所の待遇の違い何て普通知らないですよね。まあいくら犯罪が多いからと言っても,犯罪を犯さない人の方が圧倒的に多いはずです。でもそれは単に捕まらないだけであって,犯罪自体は結構犯しております。冒頭で交通事故の話が出てきますが,スピード違反だって駐車違反だって,れっきとした犯罪のはずです。車を運転する人だったら,何度もドキッとして経験はあるはずです。もしその時ちょっとでもお酒が入っていたら,そして人身事故を起してしまったら,さらに不幸にも相手の人が死んでしまったら,そんでもって相手がお金持ちだったとしたら。怖いですねえ。でも「鉄道員(ぽっぽや)」「蒼穹の昴」くらいしか読んだ事が無い人が,これを読んだら,同じ作者だとは思わないだろうなあ。

 

「ダメージ そこからはじまるもの」 乃南 アサ  2001.02.14 (1999.12.05 青春出版社)

 男は小指で恋愛すると言う。だから失恋すると,いつまでも切れた小指が痛む様に,なかなか忘れられない。女は体全体で恋愛すると言う。だから失恋すると,体全体の皮膚が脱皮する様に,いつしかすっかり忘れてしまう。

 主に恋愛に関するエッセイなのですが,失恋した若い女性がグチグチ言っているのを,黙って聞いて彼女の人生相談にのっているような感じで話が進みます。語り口調なので何か変な感じ。上で紹介したのは最初の部分に書かれていた内容ですが,男にも女にも色々いますから,男だからどう,女だからこう,と言った言い方ってあんまり好きではありません。でも男性の場合,失恋したからと言って,同性に相談したりする事ってあまり無いんじゃないでしょうか。少なくとも私は経験ありません。だからあまりピンと来ませんし,40代の男性が読んで面白い作品とは思えませんでした。でも乃南さんの作品は,女性の心理描写を前面に出したものが多いですけど,こう言う作品を読むと,いろんな事を考えているんだなあと感心させられます。

 

「姫椿」 浅田 次郎  2001.02.15 (2001.01.30 文藝春秋社)

☆☆

@ 「シエ」 ... ずっと二人で暮らしてきた猫のリンが死んだ。捨て子と捨て猫と言う同じ様な境遇の二人だった。
A 「姫椿」 ... 事業に行き詰まった男が,ふと立ち寄った銭湯。かつてこの近所に住み,妻との思いでの場所でもあった。
B 「再会」 ... 偶然久し振りに会った高校時代の同級生。事業に成功した彼は,自分に話したい事があると言う。
C 「マダムの喉仏」 ... オカマバーのママのマダムが亡くなった。店の女の娘(?)がお通夜にかけつけたら。
D 「トラブル.メーカー」 ... オーストラリアに向かう飛行機の中で知り合った男性が語った会社での出来事。
E 「オリンポスの聖女」 ... 昔付き合っていた彼女が忘れられない。彼女は私と二人で二人芝居をやっていた。
F 「零下の災厄」 ... マンションの前で酔いつぶれて寝ていた女性。彼女のバックには大金が入っていた。
G 「永遠の緑」 ... 競馬好きの大学教授。常連になっている競馬場で知り合った若い男を家に連れて行った。

 可愛がっていたペットの猫に死なれた孤独なOL,倒産の危機を迎えた不動産会社の社長,会社からリストラを受けた元経理課長,妻に早く死なれた大学教授。皆自分自身の不幸を嘆くだけではなく,様々なかたちで受け入れていく様子が語られて行きます。「泣き」を前面に押し出す事はなく,淡々とした語り口がいいですね。浅田さんの作品には幽霊を始めとする奇怪な存在がサラっと描かれる事が多いですけど,この様な作品の中にあっては「シエ」に出てくる謎の動物や,「再会」でのもう一人の自分が浮いてしまうような気がしました。お勧めはやはり表題作の「姫椿」。かつて住んでいた,又は良く行っていた街角がとても懐かしく思える時ってありますよね。

 

「無伴奏」 小池 真理子  2001.02.16 (1990.07.25 集英社)

☆☆

 父の会社の都合で何度も転校を繰り返した響子の学生時代。高校2年の時に住んでいたのは仙台だったが,父は東京に戻る事になった。あと高校生活も1年と言う事もあり,また仙台には叔母が住んでいた事もあって,叔母の家で1年お世話になる事になった。同級生のジュリーやレイコと学生運動に関わっていたりもしていたが,「無伴奏」と言う名の喫茶店で知り合った渉と恋に落ちる。彼は祐之介と言う友人の下宿に居候しており,祐之介の恋人のエマとの4人で遊ぶ毎日だった。

 学生時代って懐かしいですよね。私は自宅から通っていたので下宿の経験は無いのですが,国立に住んでいたT山君や,池袋に住んでいたM場君の下宿に良く泊りに行ってました。T山君,M場君,その節はお世話になりました。何であの頃はあんなに話す事が有ったんでしょう。何を話していたのか,何をしていたのかも覚えていませんが,少なくともこの作品に描かれている様な事はありませんでした。ここでは10年以上昔の事を振り返る形で書かれているんですが,何かとんでもない事件があった事が暗示されます。一体何があったんだろうと思いながら読む訳ですが,ちょっと冗長ですよねえ。確かに事件は事件なんですけど,あまりにも待たされ過ぎたのか,拍子抜けしてしまいました。

 

「涙」 乃南 アサ  2001.02.20 (2000.12.10 幻冬舎)

☆☆☆☆

 結婚式を目前に控えたある日,別れを告げる電話を最後に婚約者の勝は,萄子の前から姿を消してしまった。刑事をしていた勝の相棒だった韮山の娘の惨殺死体が翌日発見され,その嫌疑が勝に掛けられる。勝の行動に納得のいかない萄子,そして警察を辞めてまで勝に復讐しようとする韮山は,それぞれに勝の行方を追う。

 娘の離婚と言う問題にぶつかる萄子がプロローグにて紹介されます。そしてその萄子が過去を振り返る形で物語りは進みます。それは突然自分の元を去って行った婚約者。さらに彼には殺人の容疑が掛けられます。勝を信じて事の真相を知るまでは諦め切れない萄子。殺された娘の敵討ちを誓う韮山。この二人の視点で進行していくのですが,サスペンスとラブストーリーが適度にミックスされ,読者を引きつけます。そしてその過程で萄子,韮山それぞれに展開されるドラマの数々。世間知らずのお嬢さんが味わう苦悩,そして娘の実態を知らされる韮山。さらに東京オリンピックの頃を舞台にしているので,すべての価値観が変って行く高度成長時代がバックに流れて行きます。懐かしいですね。世の中が目まぐるしく変って行く中で,変らない人間の気持ち。人探しの部分に関しては,あまりにも偶然が重なり合って気になりましたが,萄子の一途な気持ちが清々しいですね。なかなか深みのある一冊です。

 

「絶対幸福主義」 浅田 次郎  2001.02.21 (2000.10.31 徳間書店)

☆☆

 自分は幸福だと思う。今までそう信じてきた。人は気持ちの持ちようで幸福にも不幸にもなる。これだけは不幸だと言うのは,食う事に困る事と,生命の危機がある事だと思う。それさえなければ,いくらでも自分は幸福だと言う事はできる。その為にはまず己の分を知る事だろう。

 何を持って幸福かと言うのは,もう個人の気持ちの持ち様次第でしょう。ただこの時代の日本に生活していると言う事自体が,一つの幸せと言う事はできると思います。そりゃあ物価が高い,景気が悪い,政治家が信用できん,変な事件は一杯起こる...等など嫌なことも一杯あります。でも食うに困る事はめったにある事じゃないし,戦争している訳でもないし,自由の無い独裁国家で生活している訳でもありません。上を見たら切りがないけど,まあとんでもない野望を抱いていない限り,幸せだと思う事は容易でしょうね。幸せに関してだけではなく,競馬の話や海外旅行の話など満載のエッセイです。最後に浅田さんと秋元康さんとの対談が載っているんですが,秋元さんが私の高校の先輩だったとは知りませんでした。

 

「八月の博物館」 瀬名 秀明  2001.02.24 (2000.10.30 角川書店)

☆☆

 小学校6年生の亨(とおる)は1学期の終業式を終え,小学校の門を出た。家に帰るには右の道を通るのだが,何故か左に行ってみたくなった。学校の近くは良く知っている場所ばかりだと思っていたのだが,この道を歩くのは始めてだと気付いた。そこで見つけた古ぼけた洋館,フーコーの振り子,不思議な少女美宇(みう),黒猫のジャック。そこはミュージアムのミュージアムだった。

 三つの物語が並行して進行していきます。一つは上で紹介した亨の冒険の物語,二つ目はその亨の冒険の話を書いている小説家,そしてもう一つはエジプトで発掘調査を行っている考古学者のマリエットの話。時も場所もかけ離れた三つの話がどの様に繋がっていくのでしょうか。瀬名さんと言うと「パラサイト.イヴ」しか読んだ事無いですから,てっきりまたバイオホラーかと思っていたのですが,全く違う話でした。私は「ドラえもん」よりは「鉄腕アトム」を見て育った年代ですので,ちょっと違和感を覚える部分もあります。でも理屈っぽい考古学に関する部分や,ファンタジーの世界,作家自身の小説に対するジレンマが渾然一体となって,不思議な世界を作り上げています。小学生の頃の夏休みと言うと,凄くワクワクして迎えたものです。終業式を終えて家に帰る道が別世界へと繋がっていても,何らおかしくないですよね。

 

「日本語の乱れ」 清水 義範  2001.02.26 (2000.11.30 集英社)

☆☆☆

 ある俳優が出演しているラジオ番組で,日本語の乱れについての意見を募集したところ,物凄い数の意見が寄せられた。ラ抜き言葉や語尾上げに始まって,敬語の使い方の誤り,意味を取り違えて使われた言葉等など。尤もだなと思う意見もあれば,自分でも知らずの内に使っている間違った言葉何かもあった。

 毎朝乗る電車は決まっているんですが,そこにいつも二人の女子高校生(だと思う)が乗っているんです。別に会話を盗み聞きしている訳では無いのですが,あまりにも大きな声で話しているので,二人の会話が聞こえてきてしまいます。うーん,言葉が乱れてますねえ。まあ言葉だけでは無くて,服装や態度も乱れてはおるのですが。第一何であんなに大きな声で話しをするんだろうか。優秀な成績で大学を卒業したであろうテレビの女子アナウンサーが,「旧中山道」を「イチニチジュウ.ヤマミチ」何て読んだりするのですから,この程度の言葉の乱れに驚いていてもしょうがないのでしょうか。だけど結構間違った言葉を使ってしまう事は多いんでしょうね。日本語の乱れ以外にも,言葉に関する薀蓄満載のエッセイです。だけどこの手の本って,読んでいる時は尤もだなと思っているんですが,読み終わるとすっかり忘れてしまうんですよね。

 

「危険な食卓」 小池 真理子  2001.02.27 (1994.01.25 集英社)

☆☆☆

@ 「囚われて」 ... 誕生日のプレゼントに夫からイグアナのぬいぐるみを貰った妻が,公園で拾ってきた子犬。
A 「同窓の女」 ... 恋人が引き逃げ事故を起した女社長の元に掛かってきた,小学生時代の同級生からの電話。
B 「路地裏の家」 ... 子供の頃近所にあった大きな家。そこに来たお嫁さんには良く可愛がってもらったのだが。
C 「姥捨ての街」 ... 誤って人を殺してしまい自首しようかと迷っているところ,ボケた母親を見捨てる場面に遭遇した。
D 「天使の棲む家」 ... 1年の入院の後に家に戻ってきた老婆。そこには義理の娘が買ってきた電気製品が溢れていた。
E 「花火」 ... 不倫相手を含む4人の男女での北海道旅行。妻の浮気を知らされた夫は湖のほとりでの花火に誘った。
F 「鍵老人」 ... 同じマンションに住む若い女性から犬の世話を頼まれた老人。彼女の部屋の鍵を無くしてしまった。
G 「危険な食卓」 ... 菜食主義者の妻からの別れ話。これで誰にも気がね無く思う存分,酒やタバコや肉をやれる。

 何か幕切れが重苦しい作品が多いですねえ。精神を病んだ女性,愛人と同級生の裏切り,子供の頃の重い記憶,通い合わない嫁と姑等など。そんな中で唯一人が死なないのが表題作の「危険な食卓」。食生活が全く正反対になってしまった夫婦の話なんですが,これじゃ夫婦はやっていけないでしょうね。ここまで行かなくても,食事を初めとして生活の中での意見の食違いって,夫婦の中ではごく当り前の様にあると思います。まあ元々が他人だからしょうがない事かも知れませんが,信仰の域にまで達してしまったら,どうしようも無いですね。これ以外では,ちょっとほのぼのとした「姥捨ての街」「鍵老人」が面白かった。でもどの作品もすっきりしていて読み易いですよ。

 

「ST警視庁科学特捜班 毒物殺人」 今野 敏  2001.02.28 (1999.09.05 講談社)

☆☆

 代々木公園でジョッキング姿の男性が死んでいた。死因は河豚の毒であるテトロドトキシンによる中毒死だった。捜査に乗り出した警視庁科学特捜班の5人のメンバー達。この新設された科学特捜班はリストラによる解散の危機に瀕している。何とか成果をあげたい彼らだったが,続いて世田谷公園で同じ様な死体が発見された。

 「ST」とは「サイエンティフィック.タスクフォース」の略で科学特捜班の事です。メンバーは法医学の赤城,音響学の翠,心理学の青山,薬学の山吹,化学分析の黒崎の5人で,それぞれ専門家の立場から警察の捜査に協力する部隊と言う事になっています。でも警察組織の中からは疎んじられ,何かと苦労の多い部隊です。それでも最後は彼らの鮮やかな活躍で事件が解決します。何か漫画を読んでいる感じですね。別に漫画が悪いとは思いませんが,ちょっと軽過ぎ。5人の名前が色に関係しているのも,そんな印象を与えているんでしょうか。そう言えば最近のBOSS(缶コーヒー)のCMは面白いですね。みんな色取り取りのボスジャンを着て,会社で会議しているヤツの事です。