読書の記録(2001年10月)

「リビング」 重松 清  2001.10.01 (2000.11.21 中央公論社)

☆☆

@ 「となりの花園 春」 ... 新興住宅地に建てた一戸建て。隣に引っ越してきた家族は,ガーデニングに夢中。
A 「いらかの波」 ... 故郷の町を飾る鯉のぼりの群れ。帰りたくない故郷,帰れない故郷,そして故郷の無い男。
B 「千代に八千代に」 ... ひいおばあちゃんの千代には八千代と言う友達がいる。仲がいいのか悪いのか判らない。
C 「ミナナミナナヤミ」 ... 決して幸せとは思えなかった母親がいつもつぶやいていた言葉が,ふと浮かんだ。
D 「となりの花園 夏」 ... 育児雑誌のイラストを頼まれたひろ子。いつもと勝手が違う仕事に,スランプ状態。
E 「一泊ふつつか」 ... 学生時代に過ごした町で行われる同窓会。一泊の予定で出掛けた街で出会った友人の一言。
F 「分家レボリューション」 ... 分家の二人の嫁をいいように使う本家の娘。法事だと呼ばれた際に反撃に出た。
G 「となりの花園 秋」 ... 隣の家族の一人息子の様子が変だ。いつもは大人しいのに,夜いきなり植木鉢を壊した。
H 「YAZAWA」 ... 高校時代の知り合いであるクジラちゃんが,矢沢永吉のコンサートを聴きに東京に来ると言う。
I 「息子白書」 ... 息子や娘の事を知らない親向けのサービスを始めた探偵社。子供の様子を報告すると言う。
J 「となりの花園 冬」 ... 新たな分野への挑戦の為バリ島へ向かうひろ子。夫との間に気まずい雰囲気が。
K 「モッちん最後の一日」 ... 両親の離婚により苗字が変わる事になった。中学校入学を機にあだ名も変える事に。

 編集者の夫とイラストレーターの妻。子供は居ない。彼等は引越を繰り返してきたのだが,いつも隣人に恵まれなかった。そんな夫婦が買った新興住宅地の一戸建て住宅。ご近所付き合いって大変ですよね。どちらの家族も,夫婦や家族のあるべき姿に囚われ過ぎてしまって,どうにもならなくなってしまっているんでしょうか。大した事件が起こる訳でも無いのですが,二つの家族の四季を描いた「となりの花園」がいいですね。それにしても誰もが反対できない正しい主張って,結構厄介な事ですよね。これ以外の作品に関しては,何か中途半端な印象です。いつもながら家族や友人と言った身近な関係の中に潜む,深い問題を扱っています。そもそも「婦人公論」に連載された作品なのですが,紙面の関係なんでしょうか,扱っているテーマの重さに対して,あまりにも短かすぎて消化不良を起こしている感じがしてしまいました。

 

「9人の仕事人」 本岡 類  2001.10.02 (1993.12.25 実業之日本社)

☆☆

@ 「愛しの43インチ.テレビ」 ... 賞与の現物支給で狭い部屋に運ばれた大型テレビ。これを殺人のアリバイトリックに使う。
A 「死ねない身体」 ... 病院で死んだ老人はまだ亡くなる訳にはいかなかった。身代わりに選ばれた別の老人は。
B 「命の交換レート」 ... 息子が志望する大学に受かる可能性はほとんど無し。それでもわずかな確率に賭けた。
C 「雨宮テル子の密かな愉しみ」 ... 引越ヘルパーをしているテル子のちょっとした悪戯。偽の手紙を家の中に。
D 「傘がない」 ... 酒酔い運転で轢き逃げ事故。犯人に酒を飲ませたのは,そして警察に密告したのは誰だったのか。
E 「猫の恩返し」 ... 強盗が入った事を知らせたのは何と飼っていた猫だった。だがその猫はその時,別の家で寝ていた。
F 「バブルの黙示録」 ... 身に危険が迫ると体温が急上昇すると言う女性。彼女の愛人の証券マンはそれで株価を占った。
G 「幸福な犯罪」 ... 2年前の誘拐殺人事件は自供したものの,最近起こった誘拐事件を頑なに否定する犯人。
H 「ジローのいた日々」 ... 犬を連れての散歩中,一人の男が話し掛けてきた。眉毛のある犬は不幸をもたらすと。

 「仕事人」と聞いて思い出すのは,「必殺シリーズ」でしょうね。「必殺仕事人」自体は昭和54年からの放送で,三田村邦彦が活躍した番組です。でももっと以前の,山崎努や沖雅也が出ていた頃の方が印象強いですね。さてここでは何が仕事人なのでしょうか。電気店の販売員,生命保険のセールス,新聞記者,証券マン,刑事など様々な職業の人が主人公にはなっているのですが,「仕事人=プロフェッショナル」と言う感じでは無いですね。最初と最後にケインズやら共産主義者やらが登場するのも,ちょっと意味が判りません。でも一つ一つの話は,ブラック.ユーモアの利いたミステリーとなっていて面白いですよ。とんでもない事から犯行の発覚する「愛しの43インチ.テレビ」,どんでん返しの決まっている「雨宮テル子の密かな愉しみ」,ちょっと憎めない「猫の恩返し」,犯人と刑事の心理に頷いてしまう「幸福な犯罪」がお勧めです。

 

「そして誰かいなくなった」 夏樹 静子  2001.10.03 (1988.10.25 講談社)

☆☆☆☆

 役員秘書の桶谷遥は,招待された豪華ヨットによる沖縄までのクルージングの為,葉山マリーナに着いた。招待客は遥の他に,エッセイストの冬川牧彦,産婦人科医の鰍沢弘,弁護士の久世元子,プロゴルファーの奈良井義昭の5人。クルーは艇長の竜崎とエンジニアの東の2人。オーナーは翌日,御前崎から乗船する事になっている。出航して最初の夕食の時,突然セットされたテープレコーダーから7人を糾弾する声が流れてきた。全員が死刑に値すると言うのだ。オーナーの悪戯だと思った7人だったが,翌朝,奈良井が毒薬の注射で亡くなっていた。自殺なのか,他殺なのか。そして突然に故障してしまったヨット。さらに東の撲殺死体が発見された。

 「そして誰もいなくなった」はアガサ.クリスティの名作です。この際はっきりと言っておきますが,私はその作品を読んでおりません。と言うより海外のミステリーって全く読んだ事無いんですよね。クリスティーだって,クイーンだって,ドイルだって,ポーだって,カーだって1冊も読んでおりません。まあ威張る様な事では無いのですが。でもこの作品は,映画で見た記憶はあります。10人が孤島に招かれて,10人のインディアンの歌詞に従って一人一人殺されて行く。最後に残るのは犯人のはずなのだが,実は...と言うストーリーですよね。さてこちらは題名の通り,クリスティーの作品に似せて作られたものです。作者は,当然クリスティの作品を読んでいるであろう読者を意識して書いているでしょうから,最後に残るのが犯人ではないでしょうね。そして死んだとされる人は本当に死んでいるのか,と言った感じで読み進んで行ったのですが,結末は読んでからのお楽しみ。

 

「Pの密室」 島田 荘司  2001.10.04 (1999.10.09 講談社)

☆☆

@ 「鈴蘭事件」 ... 幼稚園児の御手洗潔は,セリトス女子大の理事長をしている叔母の家に預けられていた。ある日近所に住む鈴木えり子ちゃんのお父さんが亡くなった。スピードの出し過ぎによる交通事故だったと言う。えり子ちゃんの両親は女子大の近くでバーをしていたのだが,交通事故のあった日,店のグラスがみんな割られていたと言う。
A 「Pの密室」 ... 小中学校の絵画コンクールである「横浜市長賞」の審査員である,土田富太郎画伯と,その愛人天城恭子が,画伯の家で惨殺されていた。二人の遺体の下には,コンクールの応募作品が敷き詰められていた。そして家の中は完全な密室となっていた。

 うーん,これって御手洗潔のシリーズだったんですね。知らなかった。それにしても御手洗潔は馬車道には居らずスウェーデンに行っていると言うし,犬坊里美と言う女子大生が幅を利かせているし,シリーズの途中をかなり飛ばして読んでしまった様です。さてここに登場する御手洗潔は,何と子供です。幼稚園と小学校の時に出会った難事件をものの見事に解決する,と言う筋立てです。「名探偵コナン」を意識したか?。この御手洗潔のシリーズで何が嫌かって言ったら,この名探偵振り以外の何物でもありません。何でそんな事から事件の概要が判ってしまうの?。後から説明されればされるほど,白けてしまうんですよね。ましてや今度は子供ですし。理屈さえ合っていればいいと言うものでもないですよね。いくら推理を放棄して読んでいる私とはいえ,謎の提示と結末の披露の間の乖離が甚だし過ぎると感じてしまいます。

 

「R.P.G」 宮部 みゆき  2001.10.05 (2001.08.25 集英社)

☆☆☆

 杉並区の住宅建築現場で刺殺された中年男性と,渋谷区の雑居ビルで絞殺された女子大生。全く無関係に見えた二つの殺人事件だったが,いくつかの共通点が見つかった。二人の死体から見つかった特殊な繊維,犯人の靴に着いていたと見られる同一の塗料。そして二人が顔見知りだった事実が判明する。殺された女性に対して恨みを持つA子への容疑が強まる中,デスク担当の提案である取り調べが行われた。

 「RPG=ロール.プレーイング.ゲーム」と言えば,やはりドラゴン.クエストのシリーズが好きですね。このバーチャルな世界での冒険旅行は,やり始めると止まりません。さてこちらの作品では,バーチャルな世界で擬似家族を演じていた人達が主人公です。物語の大半は,取り調べ室とマジックミラー越しに取り調べの行方を見守る,被害者の娘の場面です。その中で虚構の家族と現実の家族が交錯し,人間ドラマが浮かび上がってきます。現実の世界における家族の営み,そして人が生きると言う事それ自体も,ロール.プレーイングなのかも知れません。ただしこちらの方は,決してリセットできないゲームなのが悲しいですね。石津刑事は「クロスファイア」に出てきた女性刑事ですが,後書きによると武上刑事は「模倣犯」に出てくる人だそうです。

 

「占い師はお昼寝中」 倉知 淳  2001.10.10 (1996.06.25 東京創元社)

☆☆☆

@ 「三度狐」 ... エリートサラリーマンの相談事。家を新築した後,ゴルフクラブと本と書類が無くなったと言う。
A 「水溶霊」 ... 名前を名乗らない美人の相談。マンションの一室でポルターガイスト現象が起こると言う。
B 「写りたがりの幽霊」 ... 軽薄そうな学生が持ってきた写真。霊の仕業らしい,人の手や顔が写っていた。
C 「ゆきだるまロンド」 ... おばあちゃんの悩みはドッペルゲンガー。もう一人の自分が近所の人に会っているらしい。
D 「占い師は外出中」 ... 辰寅が外出中に訪れた客は二人の御爺さん。家の中に血まみれの幽霊が出ると言う。
E 「壁抜け大入道」 ... 少年の相談は,父親が勤める工場で起こった泥棒騒ぎ。何でも父親が疑われていると言う。

 渋谷にあるオンボロビルにある霊感占い所。占い師である辰寅と,彼の姪の美衣子が助手を務めている。さてこの占い師は,占い師でありながら霊や占いと言った,非科学的なものを全く信じておりません。ですから論理的な推理によって,お客の相談事に対処していきます。ここ等辺がコミカルに描かれているのがいいですね。また持ち込まれる相談事も,殺人やらと言った犯罪と言うよりは,身近で起こるほのぼのとした出来事です。また相談者も相談内容もバラエティに富んでいます。何となく井上夢人さんの「風が吹いたら桶屋がもうかる」を思い出してしまいました。でも,推理自体は筋が通っているのですが,それが事実だったのか否かが判らないのが,ちょっとどうでしょう。もう一ひねりあってもいい様な気がしました。

 

「花の罠」 本岡 類  2001.10.11 (1997.12.05 祥伝社)

☆☆☆

 千駄ヶ谷の将棋会館を訪れた水無瀬翔五段は,将棋連盟会長の八神九段から会長室に呼び出された。水無瀬がかつて,覇王戦の会場で起こった殺人事件を見事に解決した事から,頼み事をしたいと言う。それによると,昨日御影真理子女流名人が何者かに誘拐され,今朝5千万円の身代金要求が来たらしい。御影名人とは,つい先週一緒にお茶を飲んだばかりだった。その時に奈良に出掛けると言っていたのだが,その奈良で誘拐されたらしい。早速,水無瀬は奈良に向かった。

 水無瀬がかつて係わった事件の事が述べられておりますから,水無瀬翔を探偵役としたシリーズものなのでしょうか。将棋の世界って相撲何かと同様,一種独特な世界だと思うのですが,事件自体は将棋とはあまり関係ありません。だけど途中々々に将棋の戦法の話何か出てくると全く理解できないですね。題名だけ見ると,2時間ドラマ風お気軽ミステリーっぽく感じますが,結構凝った作りです。誘拐された女流名人,あっさりと奪われてしまった身代金,そして名人が監禁されていた部屋で発見された女性の死体。トリックの中心は電話なのですが,携帯電話やら高機能電話を使ったものです。それらに限らずIT革命はミステリーの中にもどんどん入ってきています。しかしそれらの技術は常に陳腐化していきますから,作品の中のメイントリックで使うのは,痛し痒しな一面もあるでしょう。

 

「クラムジー.カンパニー」 新野 剛志  2001.10.12 (2001.09.20 講談社)

☆☆☆☆

@ 「オリジナル.ウェディング」 ... 浮気調査の依頼者を殴って謹慎中の探偵。自分の結婚式場を探し歩くのだが。
A 「幸福なボブ」 ... いつもの飲み屋の壁に書かれた悪戯書き。ボブを助けてと,チエちゃんが言っていた。
B 「ちいちゃな男」 ... 「どうかしたの,タクちゃん」,と父の再婚相手に呼ばれた巧は,遊びにきていた友達と家を飛び出した。
C 「公僕の鎖」 ... アパートの大家の部屋を訪ねてきた夫婦。このアパートに住んでいる娘と連絡が取れないと言う。
D 「ステップ」 ... そのウェイターは元ダンサーだった。そして別れた妻の再婚相手だったが,こちらも既に離婚していた。

 デビュー作で江戸川乱歩賞受賞作の「八月のマルクス」では元お笑い芸人,2作目の「もう君を探さない」では高校教師が主人公でした。どちらも渋い男性を描いていたのですが,ちょっとニヒルさが強調され過ぎている点が気になりました。本作は初の短編集で主人公は皆違うのですが,ニヒルな男性ばかり登場します。前の作品で感じた鼻に付く部分は,短編のせいかあまり感じられず,適度な緊張感があって面白いですね。でもその代り,皆同じに見えてしまいます。もうちょっと人物の描き分けをして欲しいですね。子供までニヒルだもんな。セロリ.ジャムの片割れが登場する「公僕の鎖」が特にお勧め。でも,ウィスキーのストレートが似合いそうな主人公って好きですね。えっ,私ですか?。私は焼酎のウーロン茶割りです。

 

「銀行狐」 池井戸 潤  2001.10.15 (2001.09.20 講談社)

☆☆☆

@ 「金庫室の死体」 ... 倒産して閉鎖されていた銀行の金庫室から,石油缶に詰められた老婆の死体が見つかった。
A 「現金その場かぎり」 ... 現金が300万円合わない。計算違いでもなく,行員の荷物検査までしたが見つからなかった。
B 「口座相違」 ... 似たような名前の違う会社に間違って振込処理をしてしまった。連絡をしようとしたが,会社は存在していなかった。
C 「銀行狐」 ... 銀行宛てに狐と名乗る人物から脅迫状が届いた。何の要求も無く,犯人の意図が判らなかった。
D 「ローンカウンター」 ... 若い女性が連続して殺された。彼女らに共通する点は,ある銀行の支店を利用している事だった。

 元銀行員(三菱銀行)の作者が,銀行内部で起こる事件を題材にした短編集です。江戸川乱歩賞を受賞した「果つる底なき」では謎の死を遂げた銀行員,2作目の「M1(エム.ワン)」では金融パニックと,銀行に絡む話が続くのはしょうがないでしょうか。この作品でも,窓口で顧客に渡す景品の事や,ATM機の裏側など,普通の人からは伺い知れないような部分が興味深いですね。まあ銀行は普通の会社と違って内部業務も独特なんでしょうが,話そのものよりもそちらの方に目が行ってしまいました。この人,いつになったら銀行以外の話を書くんでしょうか。

 

「王妃の館」 浅田 次郎  2001.10.17 (2001.07.30 集英社)

☆☆☆

 経営が悪化している旅行会社「パン.ワールド.ツアー.エンタープライズ」が企画した豪華ツアー。王妃の館と呼ばれるフランスの名門ホテル「シャトー.ドゥ.ラ.レーヌ」に宿泊する,10日間149万8千円のツアーだ。しかしこれとは別に同ホテル宿泊を謳ったもう一つのツアーがあった。こちらは19万8千円。同じホテルの部屋を,二組の旅行者に交互に使わせるものだった。もちろん客には内緒で。前者の光(ポジ)のツアーを率いるのは,有能なツアコンの朝霞玲子,後者の影(ネガ)のツアーは玲子の元夫である戸川光男が案内する。

 二つのツアーの客とツアコンがパリで繰り広げるドタバタ劇。光の参加者は,リストラされたOL,超人気作家と編集者,経営に失敗して自殺をしようとしている夫婦,バブル経営者とその愛人。影の方は元警察官,オカマ,元教師夫妻,詐欺師の夫婦,光の作家を狙うライバル社の編集者。登場人物が多彩で,その一人一人がかなりデフォルメされて描かれて行きます。「プリズン.ホテル」を思い出させます。だけどそれに比べて何かしっくりこないんですよね。笑いを取ろうとしている部分が空回りしている感じですし,泣きの部分であるはずのルイ14世の挿話も中途半端です。それに大団円も唐突過ぎますよね。この作品を読んだ感想を一口で言うと,「プリズン.ホテル」のシリーズって,物凄い傑作だったんだなあ,と言ったところでしょうか。

 

「黒い嵐の惨劇」 川田 弥一郎  2001.10.19 (2000.06.10 祥伝社)

☆☆☆☆

 気象予報士を目指す添町友音は,試験の会場で毒殺事件に遭遇する。被害者の大瀬古が最後に口にした人の名を聞いた友音は,その名に聞き覚えがあった。それはかつて集中豪雨の中,ビルの地下駐車場で溺死した男の名前だった。二つの死には何かの関係があるのだろうか。気象情報会社のエオリアンでアルバイトをしながら事件の謎を追う友音だったが,この会社でも以前ポットに毒が混入されると言う事件が起こっていた。

 気象って面白いんですよね。私は登山が趣味ですので,昔から気象には興味を持っていました。学生時代は山の中でラジオを聴きながら天気図を書いて,予報をしましたもん。天候の判断を誤ると,結構山の中では深刻な事態になりかねないので,真剣に取り組んでいました。さてここでは気象をテーマにしたミステリーです。川田さんは元々は医者で,医療ミスをテーマにした「長く白い廊下」江戸川乱歩賞を受賞した作家です。その後も医療に関する作品は多いのですが,気象に関する記述もなかなか詳しく,一応気象好きの私にとっては楽しめる作品でした。でも集中豪雨や台風を利用した殺人って,ちょっと無理があるんではないでしょうか。それよりも気象情報会社の判断ミスに関わる事件何かの方が,リアルな様な気がします。

 

「帰りなん,いざ」 志水 辰夫  2001.10.20 (1990.04.00 講談社)

☆☆☆

 秩父山地の西の外れ,甲信国境に近い山の中の過疎の村,東京から自称翻訳家の稲葉雅行が移り住んできた。この村の有力者である氏家礼次郎をはじめ,村の老人達は稲葉を歓迎している様には見えなかった。何年か前にゴルフ場建設の計画があり,地上げ屋と揉めたのが原因にも思われた。そんな中,氏家の娘であり,地元の人達を纏め上げて蕎麦屋「浅茅が原」を経営している紀美子と親しくなった稲葉だった。

 田舎の生活に憧れる気持ちって判ります。でも色々大変でしょうね。買い物だとか医者だとかの生活は何とかなるかも知れませんが,昔からそこに住んでいた住人達との関係は中々うまくいかないでしょうね。ところで田舎に移り住んできた稲葉ですが,単に田舎に憧れてと言う事では無い様子です。そして住民の方にも稲葉には知られたく無い何かがありそうです。そこらへんが徐々に見えてくるんですが,スリリングに進行していきます。廃鉱の中には何が隠されているのか,不動産屋を名乗る老人の目的は何なのか,そして稲葉の行動を監視しているのは誰なのか。結末の描き方も印象的でした。

 

「動機」 横山 秀夫  2001.10.22 (2000.10.10 文藝春秋社)

☆☆☆☆

@ 「動機」 ... 紛失の危険を少なくする為警察署内で保管する事になっていた,警察手帳30冊が無くなってしまった。
A 「逆転の夏」 ... 殺人罪の刑期を終えて働く男の元に電話が掛かってきた。殺して欲しい男がいると言うのだった。
B 「ネタ元」 ... 地方紙の女性記者には秘密のネタ元があった。そのせいだろうかライバル紙から引き抜きの話が持ち込まれた。
C 「密室の人」 ... 裁判中につい居眠りをしてしまった裁判長。さらに妻の名前を寝言で喋ってしまった。

 警察官と言うとやはり特別な人って感じがしてしまいますが,一つの職業には違いありません。フィクションの中で描かれる警察官特に刑事って,物凄い職業意識を持っていて,ひとたび事件が起これば家にも帰らず何日も警察署に泊まり込んで,と言う感じですが本当のところはどうなんでしょう。表題作の「動機」では,紛失防止の為に警察手帳の集中管理を提案した警察官が主人公です。そしてこの提案に,24時間警察官であると言う理由で猛反発する刑事達が登場します。そんな中で起こった警察手帳の紛失事件。集中管理を嫌う刑事の仕業かと思われるのですが,もっと複雑な動機を持つ人物が出てきます。話の進め方がうまいですねえ。物語としては,元殺人犯の気持ちの動きがヒシヒシ伝わってくる「逆転の夏」がいいですけど,4作とも見事な作品です。

 

「冬の巡礼」 志水 辰夫  2001.10.23 (1994.10.31 角川書店)

☆☆☆

 厳冬の飛騨高山近くの寒村を訪れた鈴木克宏。亡くなった板倉博光から託された位牌を,彼の母である澄江に届ける為だった。板倉とは同じ建設現場で働いていたのだが,ある日彼から位牌を預かってくれと頼まれ,合わせて母親の住所を聞いていた。その後板倉は不審な死を遂げている。澄江に会った克宏は彼女に違和感を覚える。翌日判った事だが,彼女は全くの偽者だった。

 志水さんの作品は先日読んだ「帰りなん,いざ」に続いて2作目なのですが,どちらも山の中の寒村が舞台となっているのは,単なる偶然でしょうか。でもこういう場所の描写が上手いですよね。特に今回は雪に埋もれた山村で,深く積もった雪や,その上につけられた足跡何かが目に見える様です。ちょっと全体の構図が判りにくく,何が謎で何が真相なのか,そして主人公の鈴木の思惑が見え難いのが難点でしょうか。でも高校時代の友人3人が辿った人生のはかなさを中心や,雪の中での追跡劇など印象的な作品です。

 

「青い水族館の惨劇」 川田 弥一郎  2001.10.25 (1996.09.05 祥伝社)

☆☆☆

 静岡県にあるアフロディテ水族館に勤める日向純子は,魚類の飼育係だった。この水族館では最近,水槽の中に硫酸銅や氷が入れられると言う出来事が起こっていた。そんな中,純子のグループに所属する小早川と言う男性が突然倒れた。原因は毒性を持つアンボイナと言う貝が小早川のズボンのポケットに入れられていた事によるものだった。幸い命には別状無く,本人の希望もあって警察には連絡しなかったのだが,ある朝小早川の溺死体が水槽で発見された。純子は同僚の桃香や瑞帆とともに,犯人の推理を始めた。

 本の最初に主な登場人物が載っているのは良くある事ですが,人間以外のアシカやイルカの名前まで載っているのは珍しいですよね。でもいわゆる海獣って,どれがどれだか判らないんですよね。まあ水族館と言うと綺麗にセッティングされた水槽の中を泳ぎまわる珍しい魚や,イルカやアシカなどのショーで,子供だけではなく大人にとっても充分楽しめる空間です。そんな場所の裏側にある,ドロドロした人間関係や,惨たらしい殺人事件が描写されるのですが,ちょっとうんざりさせられました。殺された小早川に脅迫されていた人間がゾロゾロ出てきますが,こんな職場って普通無いよなあ。犯人はとても意外な人物なんですけど,伏線に当たる物が全く無い様な気がするんですが。それにしても水族館などで飼育を担当している女性って,絶対に20%は好感度アップしますよね。特に水着きて水槽の中で餌付けショーを担当する女の子なんて,可愛さ50%アップは確実ですよね。オヤジの感想ですいません。

 

「謎のギャラリー」 北村 薫  2001.10.25 (1998.07.23 マガジンハウス)

@ 「リドル.ストーリー」 ... リドル.ストーリーとは,解決のない物語,謎が謎として残るお話です。
A 「中国公案小説と日本最初の本格ミステリ」 ... 日本最初の本格ミステリは,寛延年間の「古今奇談英草紙」だ。
B 「こわい話」 ... 「狂」と言う字は,「けものへん」に「王」と書くじゃありませんか。
C 「賭け事,あるいはゲーム」 ... そういえば昔,読んでいる本を出し合って勝負したことがあります。
D 「恋について」 ... 昔の少年漫画には,よく妹が出て来たと思います。
E 「謎解き物語について」 ... 「人が死にました,殺人です,密室です」という始まり方をしないもの。

 全編に渡って北村さんが編集者と様々な名作について語ると言う形を取っています。登場する作品はミステリーに限らないのですが,この編集者が全く北村さんの話に着いて行けないのが面白いですね。もっともこの編集者は実在の人物ではなく,北村さんが作っている人物です。だから北村さんが読んだ作品についての意見を,北村さんが述べているだけなんです。あまりにも知らない作品ばかりではっきり言って退屈でした。知っている作品が多ければもっと楽しく読めたんだと思います。ちなみにほとんどネタバレになっておりますが,そう言った部分にはちゃんとマークが付けられておりますので,ご安心下さい。でも作家の読書量って言うのは,やっぱり半端じゃないんですね。

 

「戦慄の脳宇宙」 川田 弥一郎  2001.10.26 (1995.07.28 角川書店)

☆☆☆

 なかなか自分をアパートの部屋に入れてくれない,恋人の谷川由貴美。思いきって夜間に彼女の部屋を訪ねた江馬淳二だったが,由貴美は不在だった。その時隣の部屋から出てきた男に,江馬は見覚えがあった。諦めて家に帰った江馬のもとに由貴美から掛かってきた電話。隣の部屋で殺人事件があったと言う。先程見掛けた男が犯人か。急いで彼女の部屋に向かったが,その途中で交通事故を起こしてしまう。病院に運ばれた江馬は命こそ取りとめたものの,最近の記憶が消えてしまっていた。

 医者でもある川田さんの作品ですから,医療に関する部分はさすがに説得力あります。でも脳の障害や手術の場面は,読んでいてあまりいい感じはしません。私は毎年人間ドックを受けているのですが,いつも中性脂肪やコレステロールの高さを指摘されています。こう言うのって脳梗塞をはじめ脳の病気になる確立高いって事ですもんね。さて作品の方ですが,プロローグにて3つの話が出てきます。更年期障害に悩む女性,連続婦女暴行魔,そして彼女と深い関係になれない江馬。そして本編に入って,言語障害に見舞われた大学教授と続きます。これらがなかなか繋がっていかないんですよね。そして病院を舞台に数々の事件が起こって行きます。何か話の中心がどこにあるのか判らない展開が続きます。ここら辺もう少しスッキリとしていた方が読み易いんですけどね。脳の不思議を題材にとった作品は,逢坂剛さんや北川歩実さんなど多く読んでいるのですが,今一歩好きになれません。完全に解明されている訳ではない脳の働きが話の中心になって,そこに登場する人間達のドラマが薄くなってしまう傾向が有る様に思えてしまいます。

 

「不要の刻印」 本岡 類  2001.10.30 (2001.01.30 光文社)

☆☆☆

 将棋会館からの帰りに,買ったばかりのマウンテンバイクで神宮外苑を走っていた水無瀬翔五段は,走ってきた車が撥ね飛ばしたデイパックを拾った。そこには一万円札がぎっしり。驚いているといきなり刑事に取り囲まれた。誘拐事件の身代金の受け渡しの場所だったらしい。水無瀬が買ったマウンテンバイクは,友人である安野が勤めるDIY店「パレット.ホームセンター」で買った物だが,誘拐されたのは何とこの店の社長の息子だった。安野とともに誘拐の容疑者にされてしまった水無瀬五段。幸いアリバイが証明されたのだが,依然容疑者となったままの安野から事件の解決を依頼される。

 前に読んだ「萩の寺〜」と同じ,将棋の水無瀬五段を探偵役とするシリーズです。さて今回は子供の誘拐事件なんですが,誘拐された子がDIY(Do It Yourselfでしたっけ)店の経営者の息子です。話は全然違いますが,この手の店って見ていて楽しいですよね。筆頭は「東急ハンズ」でしょうが,一日見ていても飽きないですね。そしてこういった店で売られている特殊な商品が,トリックの仕掛けとして話の中に出てきます。なかなか面白い仕掛けになっており,犯人も,事件全体の構図も意外です。でも何かイマイチ乗れないのは,水無瀬五段の描き方なんでしょうか。せっかくプロの棋士を探偵役にしているのに,それっぽくないですよね。まあ羽生さんみたいな感じだと,却ってはまり過ぎなのかもしれませんが,どうも中途半端な感じがしてしまいます。それと警視庁の幹部に知り合いが居て,様々な情報を得られると言うのも,ちょっと反則っぽく思ってしまいます。

 

「密命」 高任 和夫  2001.10.31 (1999.08.30 講談社)

☆☆☆

 総合商社である扶桑通商の法務部に勤務する芦田慎二は,突然に鬼沢専務から呼び出された。不況により5000人居る社員の2割削減に取り組んでいる最中だったので,芦田は退職勧奨を覚悟した。しかし専務から言われたのは,法務部から関連企業部への異動だった。異動してすぐ取り組む事になった仕事は,関連会社の扶桑総合開発の抱える問題の対処だった。同社がバブル期に建設したホテル富浜リゾートに絡む,不良債権の処理だった。

 企業を舞台に普通のサラリーマンが主人公になる小説って,普通のサラリーマンである自分からすると,ちょっと変な気がしてしまいます。身につまされる場面があったり,そんな馬鹿なと思えるところがあったりするからでしょうか。同じサラリーマンと言っても,金融機関には金融機関なりの,総合商社には総合商社なりの特殊性があるでしょうし,業種以外でも会社の規模や地域によって会社は様々でしょう。でも派閥を始めとする人間関係やら,親会社と子会社との関係やら,先輩後輩の関係,上司部下の関係など,どこにでもある嫌らしい世界がドロドロと描かれます。そんな中で芦田の行動は痛快でもあるんですが,サラリーマンの悲哀みたいな部分にどうしても目が行ってしまいます。40代,50代で会社を辞めたら,今以上の仕事も今以上の生活も望めない,と言うのが寂しいですね。でも蕎麦屋を目指す妻や,就職活動に悩む息子の話が,いい意味で利いている感じです。