読書の記録(2004年 7月)

「幽霊人命救助隊」 高野 和明  2004.07.01 (2004.04.10 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 大学受験に失敗して自殺した裕一は,見知らぬ場所で八木,市川,美晴の3人と出合った。彼らもそれぞれの事情で自殺したらしい。そこに突然登場した神様から,自殺した人間は天国に行けない事を告げられる。もし天国に行くためには,49日間のうちに100人の自殺志願者を助け出さなくてはならないと言う。4人は神様の指示に従って幽霊となって地上に舞い戻ってきた。

 ヤクザの組長の八木,中小企業社長の市川,謎の美女の美晴,そして浪人生の裕一は,自殺した時期や事情や年齢も異なる4人組の幽霊。この4人の組み合わせがいい。死んだ時代が違うので,微妙に知っている知識が異なり,彼らの間の会話や思考が噛み合わなかったりするのが,面白おかしく描かれます。そして生きている人間からは見えないこの4人は,自殺志願者やその周辺の人達に入り込んで意識や記憶を探ったり,メガホンで応援や説得をしたり,と言った設定も上手くできていると思います。さらにお金,異性,虐め,人間関係など様々な悩みを抱えている人達の自殺を防ぎながら,自分自身の自殺とも向き合っていきます。でもいかにも100人は多過ぎる。勿論100人全てが描かれている訳ではありませんが,一人一人の抱えている悩み,そして彼らへの対処の仕方が薄っぺらく感じられてしまいました。鬱病に罹っている人を病院に行く様に仕向けただけで解決なんて安易過ぎますもん。もう少し人数を絞って一人一人を書き込んだ方が良かった様に思えました。また特異な設定とは言え,人の死を扱っているわりには,シリアスにもコミカルにも徹しきれない中途半端さを感じます。このバランスが上手かったのが浅田次郎さんの「椿山課長の七日間」だったんですけどね。最後の一人に関しては序盤の方で誰なのか大体想像ついてしまいましたが,感動的でした。

 

「上と外〈2〉緑の底」 恩田 陸  2004.07.02 (2000.10.25 幻冬舎)

☆☆☆

 中米G国で軍事クーデターが起こった事を知った楢崎家では,祖父や叔父が様々なコネクションを使って情報を集め始めた。賢と千鶴子を始めとする外国人は,シティの施設に隔離され,クーデター側の監視下に置かれた。そしてヘリコプターから密林に投げ出されてしまった練と千華子は,行く予定だったマヤの遺跡を目指した。その途中,突如響き渡った轟音を聞き,不思議な建造物を発見した。

 ヘリから落っこちたのに怪我一つしないし,練のザックにはサバイバル.グッズが詰まっていたり。まあご都合主義は取り敢えず置いておいて,密林の中の描写は真に迫ってきます。学生の頃ヤブ山(道の無い山)を何日も歩いた事がありますが,物凄く歩きにくいし,その閉塞感から気が狂いそうになるんですよね。磁石がなかったら方角なんて全く判らないですし,汗ばんだ肌にまとわりつく暑さや湿気,木の葉,昆虫の気持ち悪さを思い出してしまいました。さて謎の建造物,地下から聞こえる轟音,そして夢の中に出てくる不思議な男と,謎が広がってきます。さらに彼らを心配する両親と,日本に居る家族達の方にも今後いろいろな動きが期待されます。だんだん盛り上がってくるのはいいのですが,何故これは1冊の作品にしなかったんだろうか。

 

「夏からの長い旅」 大沢 在昌  2004.07.05 (1991.12.25 角川書店)

☆☆☆

 フリーでカメラ等の工業デザイナーをしている木島は,京浜島をドライブ中に須田久邇子と知り合った。そして初めて久邇子が木島の家に泊まった晩,家は火事に遭った。幸いな事に大した被害は出なかったが,警察の調べでは時限発火装置を使った放火で,普通の放火犯の仕業では無いだろうとの事だった。同業者から多少妬まれる事はあったとしても,木島には命を狙われるような覚えは無かった。

 最近イラクで人質になったカメラマンなんていましたが,戦争を報道するカメラマンと言うのもシンドイでしょう。いい写真を撮ろうと思ったら,自らの危険を冒してでも危ない場所に入っていかなくてはいけないし,一般的な常識が通用する世界じゃないですよね。そんな中で撮った1枚の写真。全てはそこから始まるわけなんですが,全体的に話が現実離れしている感じがしてしまいました。ちょっと前,「自己責任」と言う言葉が氾濫しましたが,これこそ自己責任ですし,普通こんな事しないですよね。木島と久邇子の関係も不自然だし,何と言っても二人の会話は浮世離れしているし。それにこの様な作品を「ハード.ボイルド」と言ってしまう事にも違和感を感じてしまいます。

 

「チルドレン」 伊坂 幸太郎  2004.07.06 (2004.05.20 講談社)

☆☆

@ 「バンク」 ... 大学生の鴨居と陣内は銀行強盗の人質となり,オモチャの仮面をかぶらされた。そして盲目の永瀬と知り合う。
A 「チルドレン」 ... 家裁調査官で少年事件担当の武藤は,万引きで捕まった少年の調査を,父親同席の元で行った。
B 「レトリーバー」 ... 陣内が失恋した日,永瀬らと駅前の広場でまわりの人達を観察していたら不思議な事に気が付いた。
C 「チルドレン2」 ... 少年担当から家事事件担当に代わった武藤は,過去に2度離婚している男性の離婚調停に戸惑っていた。
D 「イン」 ... 陣内がアルバイトをしていると言うデパートの屋上にやってきた永瀬たち。そこで陣内の突飛な行動が。

 「短編集のふりをした長編小説」と言う著者の言葉の通り,陣内に振り回される周辺の眼から彼を描いた作品となっています。学生時代の陣内,家裁の調査官になった陣内,そして学生時代の友人の鴨居,盲目の永瀬,彼の恋人の優子,調査官の同僚の武藤。あくまでも主人公は陣内であり,彼の際立った個性と,彼の周りの人物たちとのつながりの温かさを描いているんでしょう。学生時代と調査官時代が交互に現れ,さて伊坂さんの事だからどんな結末になるんだろうか,と思っていたのですが...前作の「アヒルと鴨のコインロッカー」のラストが印象的過ぎたかも知れません。この陣内と言う主人公に共感が持てるか否かで読者の評価は分かれるでしょうね。私は駄目でした。一人だとチャイルドだけど,何人か集まるとチャイルズではなくチルドレン,と言う別物なのには納得しました。

 

「アルバイト探偵」 大沢 在昌  2004.07.07 (1986.08.10 廣済堂出版)

☆☆☆☆

@ 「アルバイト・アイは高くつく」 ... 家庭教師の麻里が連れてきた男は,愛人が誘拐され多額の身代金を要求されていると言う。
A 「相続税は命で払え」 ... 先日亡くなった夫の隠し子を捜して欲しい。彼女には多額の遺産が相続される事になっている。
B 「海から来た行商人(スパイ)」 ... 父親の元同僚だと言う男が言うには,かつての敵の息子が来日し父の命を狙っていると言う。
C 「セーラー服と設計図」 ... クラス随一の秀才が,一度だけ付き合った女の子が妊娠したとして強請られていると言う。

 適度に不良高校生であろうとしている,都立K高校2年生の冴木隆。彼の父親は六本木で私立探偵をしており,隆もアルバイトで父の手伝いをしている。父親の涼介は元内閣調査室の凄腕諜報員だが,隆に言わせると,典型的な社会不適合者。この親子の関係や彼らの会話が面白いし,二人を取り巻く人たちもいい。ハードボイルドのファンで,探偵事務所があるマンションの大家でカフェテラス「麻呂宇」の圭子ママと,彼女を手伝っている星野ドラキュラ伯爵。昔は暴走族のアタマで現在は美人家庭教師の麻里と,芸能界にスカウトされたこともある,J学園番長の康子。ちょっとやり過ぎの感もあるが,それぞれが個性的で楽しい面々。そんな中に持ち込まれる事件を,冴木親子が解決していくと言う,コミカルなハードボイルドのシリーズ。さて登場人物も出揃って,父親の過去も少しずつ判ってきて,次回作以降が楽しみです。

 

「捲り眩られ降り振られ」 白川 道  2004.07.07 (2004.04.10 文藝春秋社)

 大学に入学した年の夏,生まれ育った平塚で競輪を覚えた。それから40年の競輪歴を持つ著者が,浅田次郎さん,大沢在昌さん,黒川博行さん,藤原伊織さん,重松清さんと言った22名のゲストとともに,競輪について語るエッセイです。

 私は全くギャンブルに興味はありませんし,いまだかつて馬券も車券も買った事はありません。別にギャンブルが悪い事だとは思いませんが,単に好き嫌いの問題でしょうか。私が生まれ育ったのは東京の立川市なんですが,ここには競輪場があって,本作の中でも度々登場します。ですので競輪の開催日ともなると,街がいつもとちょっと違う雰囲気になるのを,子供の頃は不思議に思ったものです。さて本書は色々な作家の方と白川さんが競輪場を訪れる話と,ゲストの方々の簡単なエッセイと言う構成になっています。もともと競輪の事なんか全く判らないので,ピンと来ないところも多いのですが,競輪で儲けるのは難しいと言うのは理解できました。それにしても白川さんて,今までにいくら競輪で使ったんだろうか。

 

「ICO(イコ)−霧の城」 宮部 みゆき  2004.07.10 (2004.06.15 講談社)

☆☆☆

 トクサの村では何十年かに一人,頭に角を持った子供が生まれてくる。子供の頃は目立たなかった角も,子供が13歳になると急激に伸び,それはニエ(生贄)として霧の城に捧げる時が来た事の知らせだった。久し振りにトクサの村に角を持って生まれてきたイコは,今まさに霧の城に向かう運命の時を迎えていた。イコの親友トトは,彼の心情を思い一人,霧の城に続く北の禁忌の山に向かった。そこでトトが見たものは,霧の城の呪いで全てが石にされてしまった村だった。

 2001年に発売されたPS2用ゲームのノベライズだそうです。RPG等のゲームにおいてストーリーは重要な意味を持っているとは思いますが,それがゲーム自体の面白さと等しいかと言うとそうでもありません。ですのでゲームでは結構いい加減なストーリーも多い様に思えます。最近PS2版の「DQ5/天空の花嫁」をしましたが,これなんかはストーリーもいいし,ゲーム自体も面白い,数少ない作品だと思いました。さてこちらの「ICO」はした事が無いのですが,あまりゲームのノベライズと言う事を感じる事無く,純粋なファンタジー作品として楽しむ事ができました。でも先入観からか,特に城の中の描写など,ゲームの映像を思い浮かべたりしてしまいます。そういう眼で見ると,かなりの描写力ですよね。それにイコの生い立ちからの物語や,ヨルダの回想シーンなど,ちょっとゲームにし辛い部分も丹念に描かれていて,ゲームを楽しむのとは全く違う楽しみ方のできる作品だと思いました。これなら宮部さんで,DQ1〜3のロト3部作の作品なんて,読んでみたいですね。

 

「遭難者の夢−家族狩り〈2〉」 天童 荒太  2004.07.12 (2004.03.01 新潮社)

☆☆☆

 麻生家の惨劇を目撃した俊介は,あの光景を振り払おうと酒におぼれて行った。そして若者達に襲われ,人ごみや若者を恐れるようになった。麻生家の事件は長男による無理心中だとする捜査本部と対立した馬見原は,殺人事件を示唆する電話を聞いた。そんな中,馬見原に恨みを抱く油井が刑期を終えて出所し,馬見原に復讐をほのめかす。馬見原を慕う油井の息子は,馬見原のもとに電話を掛けて来た。

 上に書いた話の概略はほんの一部の出来事です。精神に異常をきたした馬見原の妻と,父親に対して恨みを抱く娘。父親の介護に疲れきった游子は,酒乱の父親の元から保護した少女の問題に振り回される。人前では本音を見せないようにする亜衣は,摂食障害が進行していく。白蟻に家を脅かされる刑事,恋人から結婚を迫られる教師,不登校の少年等など。登場人物全てが少しずつ重なり合って,彼らの苦悩が深まっていく。話が途中なので感想が書きにくいのですが,読んでいて救いの無い話ばかりで気持ちが暗くなっていきます。そして話は次の事件を予感させて第二話は終わります。普通の家族って何なんだろう。そして普通の家族ってどの位存在しているんだろうか。自分も家庭を持っていますが,思わず自問自答をしてしまいました。妻と結婚して家庭を持った時,子供が生まれて父親になった時。その時自分はどれだけの覚悟を持って,家庭を持ったり親になったんだろうかと。

 

「女王陛下のアルバイト探偵」 大沢 在昌  2004.07.13 (1988.04.10 廣済堂出版)

☆☆☆

 東南アジアの小国ライールは,政情不安と国王チャウモット3世の王位継承を巡って揺れていた。そんな中,王の3人の娘のうちの一人で,日本人の母親を持つミオが来日した。様々な思惑から彼女を大々的に警護できない日本政府に代わって,内閣調査室の島津さんから彼女の警護を依頼されたのは,冴木探偵事務所の冴木涼介と,アルバイト探偵の隆だった。

 本作は「アルバイト探偵」シリーズの3作目に当たるんでしょうか。隆は高校3年生になり受験に真剣に取り組まなければいけないと言う時期に,持ち込まれた王女警護の物語。前半は来日したミオを二人の殺し屋から守る話で,後半は一気にライールに飛びます。そして政府内の権力争いに巻き込まれたり,反政府ゲリラや謎の宗教団体とのやり取りになっていきます。ここまで来ると探偵のアルバイトと言う域を完全に逸脱しているようなスケールの話になってしまいますが,涼介と隆の親子がコミカルに描かれているのであまり違和感はありません。かえって話が広がりすぎて,どの様に最後が収まるのか不安な気がしましたが,スッキリと収まってなかなか見事なオチ。今回,麻里も康子と言ったとても魅力的な女性キャラは出てきませんが,その代わりのミオのお嬢様振りがいい。

 

「調毒師を捜せ−アルバイト探偵」 大沢 在昌  2004.07.14 (1989.11.10 廣済堂出版)

☆☆☆

@ 「避暑地の夏、殺し屋の夏」 ... 軽井沢の別荘に住む一人の老婆を殺し屋から守れ。しかしこれが偏屈なバアサンで。
A 「吸血同盟」 ... 康子が事務所に連れてきた女性は,家政婦として働く家の主人から,血を採られそうになって逃げてきた。
B 「調毒師を捜せ」 ... 女スパイに騙されて48時間後に効く毒を飲まされてしまった涼介。解毒剤を持っている調毒師を捜せ。
C 「アルバイト行商人(スパイ)」 ... 海底に沈んだ核ミサイルを引き上げた行商人。某国との取引が日本で行われる。

 「アルバイト探偵」シリーズの第二作。相変わらずユニークな登場人物たちですが,圭子ママ,星野ドラキュラ伯爵,麻里,康子と,少々デフォルメし過ぎるのが鼻につく。これはジョーンを始めとする敵役も同じ。まあ主人公の親子自体もそうなんですが,「新宿鮫」のシリーズなんかと違って,あまりリアリティを求めるべき作品ではないのでいいのかも知れません。隆の視点での語りなんかもスピーディだし,そこここに笑いとスリルが織り込まれていて,肩の力を抜いて楽しめるハードボイルドなのがいい。でも秘密を知り過ぎた者の立場や,プラスティック爆弾の使い方など,同じシリーズの中で,同じ様な設定が出てくるのはちょっとどうでしょうか。それと「吸血同盟」に出てきた女の子って,どこにいっちゃったんだ。

 

「夜空のむこう」 香納 諒一  2004.07.16 (2004.05.10 集英社)

☆☆☆

 漫画雑誌の編集者をしていた篠原は,知り合いの越智と共同で,編集プロダクション「オフィスSO」を創った。彼らと一緒に仕事をするのは,若手女性ライターの佐智子や,ベテランの古橋だった。出版社の編集長和泉らの協力もあり会社は順調で,篠原らは締め切りに追われる毎日だった。ただ共同経営者の越智には少々問題があって,それは彼の放浪癖だった。

 仲間達と編集プロダクションを立ち上げた篠原を中心に,彼らの日常が,3部14話の連作短編風に展開する。取材の相手が突然失踪してしまったり,有名作家から無理な注文を突きつけられたり,過去の記事に恨みを持つ男から襲われたり。また学生時代に熱中したバスケットボールの仲間,いきつけの新宿二丁目のバー「エイト」のママ栄子,会社を辞めて漫画作家への転進を考えている女性編集者達との日常が描かれる。あまりにも淡々と進むので,この500ページ近い長さがちょっと苦痛になりだした。でもこれは,ハードボイルド作家の香納諒一の新作だと思って読み始めたからなのかも知れない。途中から少しじっくり読むようにしたら,これが結構心地よい。30代の主人公の5年間くらいの間の出来事なのだが,この頃って仕事に対する責任感,面白さ,充実感等など最も感じられる時なのかも知れません。そんな中で,いくつもの出会いや分かれを経て,自分の仕事に対する誇りや,仲間とのつながり,恋などが綺麗に表現されていると思います。後半になって「梟の拳」「幻の女」を連想させる記述があるので,篠原には作者自身を投影している部分が多いんでしょうか。でもちょっと美化し過ぎなのと,出てくる女性が皆おとなし過ぎるのが難か。

 

「待っていた女・渇き」 東 直己  2004.07.19 (1999.12.18 角川春樹事務所)

☆☆

@ 「待っていた女」 ... 娘を同じ学童保育所に預けている,姉川明美と言う地元の有名人からの依頼は,彼女への脅迫者の特定だった。
A 「渇き」 ... 私立探偵の畝原浩一を訪ねてきた若い女性の依頼は,就職試験に伴うセクハラ加害者への仕返しだった。

 畝原探偵シリーズの2作目「渇き」の文庫化に合わせて,1編追加された短編作「待っていた女」だけ読みました。このシリーズの重要登場人物である姉川明美が,畝原と知り合う場面が紹介されます。ラジオ番組に出演していた姉川の元に送られてきた脅迫状。そこには彼女の日常が描かれていて,彼女の子供を狙っている事が窺える。その対応を畝原に依頼したのが知り合ったきっかけなのですが,作品自体が短い事もあって,ちょっと中途半端な感じがしました。いっその事,畝原が新聞社を辞める事になった事件を含めて,他の登場人物達を描く短編集にした方がいいと思いました。「渇き」の方の感想は省略。

 

「秋の花火」 篠田 節子  2004.07.20 (2004.07.10 文藝春秋社)

☆☆☆☆

@ 「観覧車」 ... セーラー服の少女とともに,夜の遊園地で観覧車の中に閉じ込められてしまった,モテない男。
A 「ソリスト」 ... コンサートのキャンセルで有名な世界的ピアニスト。やはり今日もコンサート会場に姿を現さなかった。
B 「灯油の尽きるとき」 ... 義理の母の看病に疲れた40歳になる主婦が,ある日街中で偶然に出会った男。
C 「戦争の鴨たち」 ... アフガニスタンの戦場を目指したカメラマンとノンフィクション作家は,希望通り戦場の村に入ったが。
D 「秋の花火」 ... 自分のやりたい様に生きてきた老指揮者。病に倒れた彼の世話をするようになった男女の楽団員。

 人の一生を春夏秋冬の四季に例えるのは少々抵抗があるんですが,人生の盛夏を過ぎた頃の一瞬の輝きが上手く表現されている作品だと思います。うだつの上がらない男と女,過去の亡霊に取り付かれたピアニスト,日常の閉塞感の中からの転機を感じる女,異国の地で生きる事を余儀なくされた女。どの話も夢や希望を描いている訳ではありません。これからの人生に明るさを感じるより,過去の輝きを思う事の方が楽に感じられる年代。私も同じ様な年なんで良く判る部分もあるし,違和感を感じてしまうところもあります。でも自分の人生を客観的に振り返った時,若い時の自分の方が活き活きとしていた様に感じてしまうのを,否定できないのはちょっと癪ですね。

 

「血文字パズル」 アンソロジー  2004.07.22 (2003.03.01 角川書店)

☆☆☆

@ 「砕けた叫び」 有栖川 有栖 ... 殺された男のそばには,ムンクの叫びをモチーフにした人形が,砕かれていた。
A 「八神翁の遺産」 太田 忠司 ... その町の功労者の孫が殺された。遺体のそばには犯人を示す名前が書かれていた。
B 「氷山の一角」 麻耶 雄嵩 ... お笑い4人組のマネージャーが殺された。現場には彼らの犯行を示す血文字が残されていた。
C 「みたびのサマータイム」 若竹 七海 ... 海沿いの崖に建てられた古い屋敷は,彼女にとって想い出の場所だった。

 ダイイング.メッセージを題材としたアンソロジー。死ぬ間際に犯人のヒントを被害者が残す,と言うダイイング.メッセージって,ミステリーの世界ではよくあります。でも実際の事件でこの様な事があるとは思えないので,どうしても現実離れした感じがしてしまいます。ですから犯人には判らず,何らかの関係者には判ると言うメッセージを,探偵役がいかに解くかよりも,話全体がうそ臭くなく展開できるかの方が気になってしまいます。それからすると,有栖川さんのが最もオーソドックス,太田さんは意表を突いた変則的作品,麻耶さんのは探偵役が嫌い。で一番は全体的な雰囲気がいい若竹さん。ここに出てくる杉原渚って何かで読んだなと思ったら,「クール.キャンディ」に出てきた子でした。

 

「上と外〈3〉神々と死者の迷宮〈上〉」 恩田 陸  2004.07.22 (2000.12.25 幻冬舎)

☆☆☆

 練と千華子は密林を進み,不思議なマヤの遺跡に辿り着いた。そこで二人は誰かに見られている感覚に襲われる。誰も居ないはずなのに,彼らを見つめる視線,誰かが投げ込んだ不思議な石,そして何処からとも無く聞こえる歌声。千華子は疲労からか体調を崩してしまう。そんな中シティでクーデター軍に捕らわれていた賢たちは,息子達を捜そうとシティを脱走した。

 3作目に入って物語りは中核に入ってきました。謎の遺跡に迷い込んだ子供達と,彼らを救い出そうとする親達。ジャングルを彷徨い始めて3日が経ち,特殊な状況にも慣れてきた練と千華子。でも水と果物だけで生きて行くのは無理があり,蛋白源として虫を食べるか魚を捕まえるか。こう言ったサバイバル状況に偏る事が無いのはいいのですが,ちょっと安易な面が多いのと,遺跡内の描写がちょっと不満。日本の町工場の老人にこれだけの影響力があるのも,どうかと思います。そしてこの国で起こったクーデター自体の謎も提示されますが,こうなってくるとまとめて一気に読まないと拙い気がしたのですが,1冊にまとめた単行本が出ているんですね。でもこのまま文庫版で読もう。

 

「上と外〈4〉神々と死者の迷宮〈下〉」 恩田 陸  2004.07.23 (2001.02.25 幻冬舎)

☆☆☆

 ニコと名乗る少年達によって千華子を人質にとられた練は,危険なマヤの成人式の儀式に参加させられた。それは地下に作られた神殿の中で,王と言われる猛獣のいる中,生き残りを賭けて12人で争う過酷なレースだった。一晩のうちに決められた10箇所以上の場所を探し出して,自分の石を置いていかなければならない。もし失敗すると千華子の命は無い。

 さて4作目は怖い。何が怖いって,真っ暗な遺跡の中で,猛獣に何時襲われるかと言う恐怖,そして限られた時間内に決められた事をしなくてはならない焦り。さらに人質になった千華子の方は遺跡の中に迷い込んでしまう。ここら辺の圧迫感が読んでいる者に迫ってきます。練は決められた通りに石を置いていけるのか,千華子は地下遺跡から戻ってこれるのか。それと同時に,一体この成人式って何なんだ,ニコと言うのは何者なんだ,この国のクーデターとどう関係があるのか,と言う新たな疑問も湧いてきます。そして今回は詳しく述べられなかった賢たちの行動はどうなっていくんだろうか。

 

「棲家」 明野 照葉  2004.07.24 (2001.08.18 角川春樹事務所)

☆☆

 恋人との時間を大切にしようと中内希和は,新しい部屋探しを始めた。不動産屋から紹介された物件を一目みて,希和はその部屋が気に入ってしまった。風変わりな洋館の一室の間借りだったが,大家の住む部屋からは独立しており,大家も優しそうな老婦人だった。早速希和は引越しをして,恋人の基彦を新しい部屋に招いたのだが,彼はよそよそしい態度ですぐに帰ってしまい,その後なかなか彼と会えなくなってしまった。

 昔「ポルター.ガイスト」と言う映画を見て,結構怖かった記憶があります。郊外に移り住んだ一家が,その家に住む悪霊に襲われ,少女が連れ去られてしまうと言う話でした。まあこの作品も家に憑いている悪霊に乗り移られてしまう話で,ありきたりと言えばありきたり。でも読んでいて怖くないんですよね。別に映像と比べるつもりではないのですが,読んでいて読者に想像させてしまう部分が弱いんでしょうか。話がオーソドックスなだけに後の展開はミエミエなんですが,それだけにもう少し怖さや気持ち悪さ,そして緊迫感があればいいと思うのですが。

 

「猫は聖夜に推理する」 柴田 よしき  2004.07.27 (2002.12.20 光文社)

☆☆☆

@ 「正太郎と井戸端会議の冒険」 ... この3日間,同居人が住むマンションでは怪しい風体の男が出没していた。
A 「猫と桃」 ... 田舎の母が毎年送ってくれる大量の桃。浮気相手との京都旅行に,最後に残った1個を持って行った。
B 「正太郎と首無し人形の冒険」 ... 首だけ盗まれた人形,絵本から切り抜かれた顔,そしてジャンパーの顔が燃やされた。
C 「ナイト・スィーツ」 ... 今時女子社員にお茶くみをさせる会社に,愚痴をこぼした彼女に言い寄ってきた男の相談事。
D 「正太郎と冷たい方程式(番外編)」 ... 時は22世紀。出版社の企画で宇宙ステーションに招かれた正太郎たち。
E 「賢者の贈り物」 ... クリスマス.イヴの夜,膝の上で眠る正太郎に,桜川ひとみは一つの問題を出した。

 猫探偵シリーズとしては4作目で,前作の「猫は密室でジャンプする」と同じ様な構成で,猫の正太郎の視点と,第三者の視点で描かれる作品が交互になっています。後者の方は正太郎が単なる一匹の猫として扱われていて,正太郎を擬人化している作品との違いが面白い。22世紀の宇宙を舞台にした番外編も変わっていていいのですが,やはり一番はタイトルにも結びついている「賢者の贈り物」でしょうか。失恋した相手に渡す事ができなかった,クリスマス.プレゼントは何かと言う話。セーターか,時計か,スニーカーか。だけど,いずれの答えでも,それなりの理屈はつくような気がします。まあ最後にこの様なホンワカした作品を置くのは,我孫子武丸さんの「人形はライブハウスで推理する」での「夏の記憶」もそうでしたが,全体の印象を高めていると思いました。

 

「不安な童話」 恩田 陸  2004.07.28 (1994.12.01 祥伝社)

☆☆☆

 25年前に何者かに殺害された画家,高橋倫子の遺作展が開かれた。この会場に訪れた大学教授秘書の古橋万由子は,自分の首筋に鋏が迫ってくると言う,強烈な既視感に襲われ失神してしまった。翌日倫子の息子の秒が万由子のもとを訪れ,彼女に「あなたは母の生まれ変わりです。」と告げた。25年前,倫子は海辺の別荘で,鋏で首を刺されて殺されたのだと言う。

 主人公の万由子にはもともと特殊な能力があって,25年前に殺された人の記憶を呼び出してしまう。この様な設定だとホラーと言うかファンタジー作品の要素が強いのですが,ここではミステリーとしての読み所も加わっています。倫子を殺したのは誰なのか。そしてその犯人が万由子たちを脅迫しているのか。怪しげな画商,大企業のオーナー,校長をしている同級生,遺体発見者の別荘管理人。万由子と同じ能力を持っていた倫子が,遺書によって絵を贈る相手の中に犯人は居るのか。その謎に万由子や泰山が時には論理的に,また時にはSFの面から迫ります。万由子の心理描写なども含めて,この二つの側面がバランス良く展開していきます。でも最後の真相が明かされるあたりから,かなり意外な方向に向かいます。倫子を殺した犯人は想像通りなのですが,確かにそれなりの伏線があったとは言え,ちょっとこの結末は不満。ミステリー的な解決に主眼を置きすぎた感じがします。

 

「猫はこたつで丸くなる」 柴田 よしき  2004.07.30 (2004.01.25 光文社)

☆☆☆☆

@ 「正太郎ときのこの森の冒険」 ... 茸の取材に出掛けた公園で出会った作家。もしかしたら人を殺して埋めたかも。
A 「トーマと蒼い月」 ... 机の上に置かれた白いカーネーションの花びら。それは一日に一枚ずつ増えていった。
B 「正太郎と秘密の花園の殺人」 ... 毒草を研究している植物園に見学に出掛けた正太郎達は,殺人死体を見つけてしまった。
C 「フォロー・ミー」 ... トーマの飼主の雅美に届いた不審なメール。そして何者かが彼の後をつけてきた。
D 「正太郎と惜夏のスパイ大作戦」 ... 近所で拾った缶バッチは,金太の家の少年の物だった。その頃誘拐事件発生の噂が。
E 「限りなく透明に近いピンク」 ... 結婚詐欺にあって相手を殺して自殺した女性。結婚指輪が無くなっているのが気になった。
F 「猫はこたつで丸くなる」 ... メールに記された奇妙な文字「rgw@r」。何らかの暗号だそうだが猫にも解けると言う事だった。

 いつもの正太郎の視点で描かれる作品と,今回は正太郎の初恋の相手トマシーナの物語が交互になっています。この猫探偵シリーズは,光文社から出版された短編のシリーズとしては3作目なのですが,その前に角川書店から長編として2作出版されています。トマシーナとの関係についてはシリーズ1作目の「ゆきの山荘の惨劇」を読まないと判りません。さて同居人の桜川ひとみに新しい恋人ができ,もしかしたら東京暮らしになるかもしれない正太郎。そして東京ではトマシーナの飼主である雅美の恋の行方も見えてきません。今回は特に猫同士の会話や,猫の視点ならではの面白さが光ります。正太郎と金太やサスケ,そしてトマシーナとゴンタ。それぞれがいい味を出していますし,正太郎やトマシーナが語る猫の発情期の話などもユニーク。そして正太郎が推理をしている事にうすうす感づいてきているひとみや浅間寺のおかげで,正太郎の活躍もスムーズです。さてさて後書きにも書かれておりましたが,次回の舞台は東京なんでしょうか。楽しみです。