「ザ・ジョーカー」 大沢 在昌 2004.06.01 (2002.04.05 講談社) |
☆☆☆ |
@ 「ジョーカーの当惑」 ... 知り合いのマッサージ嬢からの依頼は,盗まれた顧客情報が入ったフロッピーを取り返す事だった。 殺し以外の仕事は何でも引き受けると言う,「ジョーカー」と名乗るプロフェッショナルの男。六本木のとあるバーで彼の名前を出し,100万円の着手金で仕事を請けてくれると言う。そんな裏社会に生きる男を描いているわけですが,いくら裏社会だからと言って何でもありって訳は無いでしょう。「雨とジョーカー」,「ジョーカーの後悔」,「ジョーカーと革命」などは,あまりにも非現実的でどうでしょうか。でも作品の雰囲気は凄くいいんです。冒頭,依頼人がバーに入ってくる場面なんか,見事としかいい様がありません。そこを読んだだけで物語に嵌ってしまいます。主人公の内面を強く出している「ジョーカーの伝説」が一番良かった。「新宿鮫」に出てきた密造拳銃造りの名人の名が,ちょっと出てきてニヤリ。
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「水域(アクエリアス)−転校生〈3〉」 森 真沙子 2004.06.02 (1999.08.10 角川書店) |
☆☆ |
様々な言い伝えの残る深川の高校に転校してきた咲子は,歴史研究部に入部した。ある日同級生の女子高生が,自宅のマンションから飛び降り自殺をした。彼女の死に不審感を抱いた咲子は,彼女宛に送り主不明のCDが届けられていた事を知った。そのCDには古い鉄道唱歌が入れられていた。そして別の女子高生が,学校のプールに飛び込んで亡くなった。 「転校生」シリーズの3作目は初めての長編で,1作目主人公の有本咲子(えみこ)が再度登場。CDと言う現代的な電子媒体と,ホラーを掛け合わせているのは面白い。でもこの組み合わせだと,鈴木光司さんの「リング」がダントツに面白いので,そちらと較べてしまうとちょっと霞んでしまいます。一見何の変哲もないCDには何が隠されているのか。何故そのCDを聴いた者は自殺をしてしまうのか。この謎を解こうとする咲子達なんですが,咲子が味わっているはずの緊迫感が伝わってこないので,怖さを感じないんです。咲子も一歩間違えば自殺した少女達と同じ運命を辿るはずなのですが,そう言った危機感が欠けているんでしょうか。深川の七不思議との関係は中途半端だし,最後の解決部分も唐突な感じでした。
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「まぼろし曲馬団−新宿少年探偵団」 太田 忠司 2004.06.03 (2000.08.05 講談社) |
☆☆ |
新宿の街で見つかった,鮫に食いちぎられた様な人間の足。その現場で見つかった鮫の歯らしきものは,深海に住む巨大な鮫の歯に似ていた。そんな中,突然に空から大量のビラが撒かれた。「まぼろし曲馬団」と名乗る謎のグループから,4月1日の日に新宿で何かを行うとの予告だった。 新宿に鮫とくれば大沢在昌さんの「新宿鮫」シリーズですが,同じ新宿を舞台にしたシリーズ作ですが,偉い違いですね。芦屋能満の弟子のマッド.サイエンティスト達は,それぞれ単独行動を取っているのですが,今回は二人の怪人が共同で挑んできます。それにしても街中に突然深海魚が現れると言うのは,なかなかシュールですね。こう言った作品では,いかに奇抜な現象を描くかがポイントになると思いますが,そういう意味では良かったと思います。でも二人の怪人を同時に出したのはどうだったでしょうか。何故彼らは新宿でしか事件を起さないのか,と言うのがクローズアップされるとともに,阿部警部補の姿が明確にされてきます。それとともに4人の少年達の関係も微妙に変化していきます。彼らの関係がもう少しで明らかになりそうですね。でも蘇芳と謙太郎の関係は,この先大きな変化をもたらしそうです。
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「語り女たち」 北村 薫 2004.06.04 (2004.04.15 新潮社) |
☆ |
暇とお金のあるその空想癖のある男は多くの本を読み漁っていた。しかし30代になって目を悪くした事もあって,市井の人の実際にあった話を聴く事にした。海辺の小部屋を借り,話を聴かせてくれる女たちを募集し,いくつもの話を聴く。「緑の虫」,「文字」,「わたしではない」,「違う話」,「歩く駱駝」,「四角い世界」,「闇缶詰」,「笑顔」,「海の上のボサノヴァ」,「体」,「眠れる森」,「夏の日々」,「ラスク様」,「手品」,「Ambaravaliaあむばるわりあ」,「水虎」,「梅の木」。 女たちの語る話は,皆どこか不思議な話です。論理的なミステリーではなく,全体的にはホラーっぽいファンタジー。これらの話を聴く男同様,読者もさも女たちからの話を聴いている雰囲気を味わえる体裁をとっています。北村さんの語りの上手さは感じられますが,話に退屈してしまいました。それはどの話も女たちが体験した部分だけで,「結末は一体何だったの」と言う疑問が常に残ります。まあこの様な話なので,それはそれでいいのでしょうが,これだけ続くのでちょっとウンザリさせられたんだと思います。170ページ程の短い作品でしたが,もっと長かったら途中で挫折したかも知れません。印象的な話としては最初と最後の,「緑の虫」と「梅ノ木」でしょうか。謡口早苗さんと言う方が挿絵を書いているんですが,そちらは見事です。
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「烙印の森」 大沢 在昌 2004.06.05 (1992.04.10 実業之日本社) |
☆☆ |
芝浦の運河沿いの一室に備え付けられた無線機から,殺人事件の発生を知らせるの警察無線が流れてきた。それを聴いたカメラマンの白戸は,事件現場の渋谷に向かった。現場に集まった野次馬の姿をカメラに収める白戸には,一つの目的があった。自分が手掛けた仕事の現場に必ず現れると言う,殺し屋「フクロウ」の姿を写真に写すためだった。 ちょっと前に読んだ「ザ.ジョーカー」と,同じアウトサイダーを扱っているだけに印象がかぶりました。ハイテク機器の違法改造マニア,元傭兵,ニューハーフの元ムエタイ選手。バー「POT」に集まる人たちは,様々な事情で裏社会の住人になり,主人公の白戸もそんな一人だった。そしてその事情が徐々に明かされるとともに,フクロウとの対決へと話は進んでいきます。登場人物のほとんどが一般の人間ではないので,やたらとその世界のルールに拘った感じがしてしまって,はっきり言ってちょっと鬱陶しい。白戸が裏社会にはいるきっかけとなった弟との物語の部分がいいのと,ラストで明かされる意外な結末もグー。でも大沢さんの作品としては,ちょっと粗い感じがしました。
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「ウランバーナの森」 奥田 英朗 2004.06.07 (1997.08.18 講談社) |
☆☆☆ |
妻の実家が所有する軽井沢の別荘で日本の夏を過ごしていたジョンは,ある日母親から声を掛けられた。しかしそれは彼の錯覚で,全く母とは似ていない外国人女性が,たまたま同じジョンという名の息子を呼んだものだった。そもそもジョンの母親は既に他界していた。その日からジョンは謎の腹痛と便秘に悩まされ始めた。近くの病院はお盆のために休院中で,妻のケイコが探してきた「アネモネ医院」にジョンは通う事になった。 ここに出てくるジョンと言うのはビートルズのジョン.レノンで,奥さんのケイコはオノ.ヨーコの事なんでしょうね。彼らが日本によく来ていたのは有名な話ですが,それを題材にこんな話に仕上げると言うのは意外でした。「あの時あんな事しなければ,あんな事言わなければ。」,そんな後悔は誰にでもある事だと思います。そしてそれが亡くなった人との間の事だったら,後悔の気持ちはより強いでしょうね。レノンが複雑な家庭に生まれた事は知っていますが,イギリス人船員との出来事,ガールフレンドの母親,ブライアンやキースとの関係など,どこまでが真実なんでしょうか。お盆と言う日本の風習を上手く取り込んで,特に母親との関係など綺麗に描いた作品だなあと思います。私が子供の頃のお盆と言うと,お盆の為の神棚を作ったり,迎え火や送り火をしたりで,とても印象的な行事でした。考えて見れば今はそんな事をしないので,ちょっと寂しい気がします。「罪は償うものにあらず,背負って生きるものなり。」と言うキースの一言が印象的でした。
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「問題温泉」 椎名 誠 2004.06.08 (1999.11.30 文藝春秋社) |
☆☆ |
@ 「ブリキの領袖」 ... 日本海側にミサイルが3発飛んで来た。不発だったがそのうちの1発からブリキでできた人物像が。 飛んできたミサイルから変な人物像が出てきたり,狸が寝室の天井に張り付いていたり,ストーカー女性から料理のもてなしを受けたり,温泉旅館のマッサージ機に磔になったり。主人公を突然襲うユーモラスで怪奇な出来事を綴った短編集。どの話も出だしはごくありふれた日常の風景から始まります。でもそれがどこかでずれていき,突然とんでもない事になってしまいます。「まあそんな事あるはずないよ。」と言ってしまえばそれまでなんですが,「もしかしたらあるかも知れないな。」と言う怖さが潜んでいる気がします。一人称で書かれていますが,「おれ」なり「わたし」なりが感じている,違和感や恐怖感が伝わってきます。でも「オチ」が不明瞭なので,ちょっと疎外感を感じてしまいました。
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「硝子のハンマー」 貴志 祐介 2004.06.10 (2004.04.20 角川書店) |
☆☆☆☆ |
六本木センタービルにある株式上場を目前に控えたベイリーフ社は,日曜日も幹部社員が出社し準備に追われていた。そんな昼休み,12階の社長室で社長が撲殺された。暗証番号,監視カメラ等の厳戒なセキュリティを考えると,役員室に居た専務が疑われたが,いくつかの疑念が残った。しかし彼の無実を信じる弁護士の青砥純子は,防犯コンサルタントの榎本に協力を依頼し,この密室の謎に挑んだ。 「十三番目の人格−ISOLA」でデビュー以来,様々なタイプのホラー作品を発表してきた貴志さん。ですが前作の「青の炎」は全く違う作品で驚きましたが,今回は純粋な推理小説で,それも密室殺人事件。この謎に取り組むのは,ちょっとそそっかしい女性弁護士と,曰くありげな防犯コンサルタントの男。はっきり言って本格推理,それも密室殺人って好きじゃないんです。どうしたってトリックに話の中心は行ってしまうし,その密室自体に現実味が感じられないし,物語としての面白さが感じられない作品が多いと思います。でもこの作品はかなり読ませるんですよね。防犯(?)のプロの見地から様々な検討,検証が成され,いくつもの推理が展開します。ピッキングを始めとする最近の泥棒事情が,真に迫ってくるんです。そして第二部に入るといきなり犯人側からの視点で話は進んでいきます。犯人が味わってきた苦労,犯行に至るまでの経緯,そして実際のトリックが描かれます。なかなか面白い話の進め方だと思いました。でも犯人にも探偵側の榎本や純子にも感情移入できないんですよね。貴志さんの作品にしては,キャラクターの造形に不満が残りました。
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「青い灯の館」 森 真沙子 2004.06.14 (1987.07.25 角川書店) |
☆☆ |
交通事故で美術商をしていた母親を亡くし,自分もその事故でヴァイオリニストへの道を絶たれた霧生冴子。事故の後遺症から自室に引き篭もっていた冴子だったが,知り合いからの紹介でヴァイオリンの個人レッスンを引き受けた。教える相手は,湘南海岸にある古めかしい洋館に暮らす楡美也と言う少女だったが,彼女は今までに何人もの先生を拒否してきたらしい。雨の中,洋館に向かった冴子だったが,タクシーの運転手からその洋館に出ると言う幽霊の話しを聞かされた。 古めかしい洋館とヴァイオリンの組み合わせって,いかにもホラーの雰囲気に溢れていますよね。さらにここで過去に起こったいくつもの悲劇,庭園に造られた奇怪な置物と迷路,そしてどこか精神を病んでいる美少女,ときたらお化けの一匹や二匹出たって可笑しくありません。でもそういった雰囲気やアイテムが活かされていないんですよね。もっともこの作品はホラーではなく純粋な推理小説なのですが,それにしたってもう少し何とかならなかったんでしょうか。あの庭なんかもっと上手く利用できたと思うのですが。ところで冴子の母親の事件がいろいろと出てきますが,その話って違う作品になっていたんでしょうか。
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「標的はひとり」 大沢 在昌 2004.06.15 (1995.03.25 角川書店) |
☆☆ |
かつて「研修所」と呼ばれる機関に属していた加瀬崇は,巨大コンツェルンの会長から呼び出された。彼から彼の孫を殺した男の殺害を依頼された。その男とは成毛康男と言う世界でも指折りのテロリスト。折りしも日本で中東の首脳が集まる会議が極秘に行われ,成毛がターゲットにしているイスラエルの高官が来日する事になっており,成毛も日本に潜入しているはずだと言う。 日本の暗部を担い,国家が邪魔だと判断した人間を闇に葬る影の組織「研修所」。かつてこの機関に属していたが,ある事件によって組織を去った38歳の加瀬崇。物語の中心は当然このテロリストを追い詰めていく加瀬の行動なのですが,その点に関しては面白い。成毛が起した過去の事件を洗い,彼がどの様にテロを仕掛けるかを推理する。その過程で彼の過去の同士を捜し,同じく成毛を狙う公安警察や他国の諜報機関とやりあって行く。なかなか緊迫感に溢れているし,加瀬に協力する男達も見事。何と言ってもターゲットである成毛が,最後の最後まで姿を現さないのがいい。でももう一つの中心となるべき加瀬の心の中の問題がどうもスッキリしないんです。かつて人を殺す事を仕事にしてきた事に対する思い,そして今回の依頼に応える事になった気持ちの変化。そこらへんがもう少しストレートに伝わってくると尚良かったと思いました。
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「株価暴落」 池井戸 潤 2004.06.17 (2004.03.30 文藝春秋社) |
☆☆ |
経営不振に喘ぐ大手スーパーの一風堂の支店で爆破事件が起こった。店内に仕掛けられたプラスティック爆弾で,数名の客が亡くなった。犯人からは一風堂に対する連続爆破事件を示唆するメールが届けられた。一風堂への客足は当然落ち,その結果株価は急落した。メインバンクである白水銀行の審査部の板東と企画部の二戸は,一風堂からの巨額支援要請を巡って激しく対立する。 最近コンプライアンスと言う言葉をよく耳にするし,実際にも使います。法令,社会論理等の尊守と言う意味ですが,これを怠ったばかりに大きな打撃を被った企業が後を絶ちません。雪印も三菱も,そして多くの金融企業等も同様でしょうか。でもこれって結構難しい話ですよね。普通の生活の中で法律を守るのは容易くても,企業の中で全てにおいてそれを通そうとするのは,ある意味では自分の首を賭ける事にもなりかねません。ここに出てくる板東と二戸の関係は面白かったです。社会的な責任を通そうとする板東,そして企業内の論理に走る二戸。類型的と言えばそれまでですが,彼らのやり取りとその背景がじっくりと描かれていて読み応えがありました。普通の人にも判りやすい様に,専門的な事の説明を織り込んでいるので,ちょっとリアリティを損ねている部分もありますが,これはしょうがない事ですね。逆に連続爆破事件の方が霞んでしまった気がします。結構意外な結末だったんで,ちょっともったいない様な感じです。
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「嗤う闇」 乃南 アサ 2004.06.18 (2004.03.20 新潮社) |
☆☆☆ |
@ 「その夜の二人」 ... 就寝中にバットで殴られて意識不明の女性。怨恨だろうか,だが誰も彼女を悪く言う人は居なかった。 34歳の音道貴子刑事はこの度めでたく巡査部長に昇進し,それとともに機動捜査隊から隅田川東署に異動になりました。このシリーズは長編で2作,短編で2作,今までに出ています。まあ立場が変わっても雰囲気はそれ程変わっていません。でも舞台が東京多摩地区から下町に移ってしまったのが,多摩地区在住の私にとっては痛い。今回4つの話で4つの事件が描かれるのですが,下町と言う舞台をかなり意識して書かれている様に思えます。それとともに彼女とコンビを組む男性警察官にもスポットが当たります。何かこの相手が普通過ぎてイマイチなんですよね。でも「木綿の部屋」に,あの滝沢刑事が登場します。「凍える牙」からの因縁ある相手役ですが,二人ともかなり角が取れた感じです(特に音道)。滝沢刑事の,不器用な優しさっていい感じですね。
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「猫は密室でジャンプする」 柴田 よしき 2004.06.22 (2002.12.20 光文社) |
☆☆☆ |
@ 「愛するSへの鎮魂歌」 ... 本屋で彼女の作品を手にした男は,作者から自分に宛てたメッセージを読み取った。 このシリーズは角川書店から長編が2編出ていたのですが,今回は光文社から短編集で出されました。桜川ひとみと言うミステリー作家に飼われている正太郎と言う猫の視点で,ユニークに展開する作品です。でも今回は第三者からの描写でスリリングに展開する作品と交互になっています。正太郎が客観的に描かれ,これはこれで面白いと思うのですが,何と言ってもこのシリーズの良さは,正太郎の語りだと思います。飼主から別の名前で呼ばれたり,犬のサスケや友達の猫との会話や,猫と人間の違いを説明したりする正太郎の喋りが面白いと思うんですけどね。そして自分達の推理を何とか飼主に知らせようとする,正太郎の突飛な行動がいい。
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「水晶の夜−ボヘミアングラス殺人事件」 森 真沙子 2004.06.22 (1986.08.25 角川書店) |
☆☆☆ |
日本橋のデパートに展示されていたチェコの国宝級のガラス器が,何者かによって粉々に砕かれた。事件は外交問題に発生する恐れからか,表立って報道されなかった。その現場をスクープした,写真週刊誌FACTの女性カメラマン真木れい子。彼女の元に「写真を焼き捨てろ」と言う謎の電話が入った。そして彼女が真相を知ろうとして訪ねた男が,次々と不審な死に方をしていった。 今ポルトガルではサッカーのヨーロッパ選手権「EURO2004」が開かれておりますが,ネドベドやコラーを擁するチェコが前評判通りの強さを見せています。でもこの時代のチェコと言うのはチェコスロヴァキアの事なんですね。この作品は共産主義体制の東欧を舞台にしたスケールの大きな話です。壊されたガラスの謎,不振な死を遂げる関係者,そして「プラハの春」当時の日本人留学生。次々と謎が展開され,主人公の女性カメラマンはプラハに向かいます。そして秘密警察の妨害をかいくぐって,謎を解き明かしていきます。さらに異国での不幸な恋,そして時代を隔てての再会が描かれていきます。ストーリーは見事だと思いますが,全体的に作りが雑と言うか粗いのが残念。登場人物の造形が不十分だし,プラハでの追跡劇は稚拙だし,日本におけるいくつかの事件の結末もあいまい。これだけの話をこの長さで描くのが,所詮無理があったんではないでしょうか。
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「東京物語」 奥田 英朗 2004.06.23 (2001.10.30 集英社) お勧め |
☆☆☆☆☆ |
@ 「あの日,聴いた歌」 ... 弱小広告会社に勤め始めた田村久雄は,ジョン.レノンが射殺された事をラジオのニュースで知った。 奥田英朗さんの作品と言えば,「最悪」では気分がとっても悪くなり,「ウランバーナの森」では何となく心が和みました。そしてこの作品ではどうしようもない懐かしさを感じさせてもらいました。決して誰にでもお勧めできる作品だとは思いませんし,誰が読んでも面白い作品だとも思いません。ここでは1980年代の東京で20代を過ごした村田久雄と言う男性の,何でもない日常がその時代のいくつものエピソードとともに綴られていきます。この時代をリアルに体験していない人や,主人公とは違った年代で向かえた人にとってはどうでしょうか。ジョン.レノンが射殺されたのは,私が24歳で社会人2年目の事でした。ですからここに描かれている様々な出来事を,この田村久雄と言う青年とともに,そしておそらくは作者の奥田英朗さんとともに,私も同じ年代に体験してきています。20代と言うのは10代とはまた違った意味で,人生の中の大きな一時期だと思います。学生時代と別れを告げ,社会人として自立し,初恋ではないけど恋をし,そして結婚を考えて。おそらくはこれからの人生を大きく決定付ける出来事がいくつも待っている時期でしょう。読んでいてあの頃の自分を思い出してしまいました。郷愁とかノスタルジーとかと言う言葉では決して括りきれないあの頃を。こんな話をさり気なく書ける奥田さんて凄いですね。また,必ずしも結末を提示しないで,いかにもその一瞬を切り取った様な描き方も効果的だと思いました。
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「球形の季節」 恩田 陸 2004.06.25 (1994.04.20 新潮社) |
☆☆ |
4つの高校が集まる,東北のある町で奇妙な噂が広がった。「5月17日に如月山でエンドウさんと言う子が宇宙人に連れて行かれる」,と言う内容の噂だった。4つの高校にまたがる「地歴研」の坂井みのりらは,噂の出所を調べようと大々的なアンケートを行ったが,はっきりとはしなかった。そして5月17日がやってきて,遠藤志穂という一人の女子高校生が居なくなってしまった。 もう一つの世界とか,裏の世界と言った,今自分が居る世界から全く別の世界に,何かの拍子に紛れ込んでしまう恐怖。子供の頃こんな恐怖を感じていた事がありました。それは夜の庭の片隅であったり,天井にあった節穴であったりしました。ここでは谷津と言う東北の小さな町を舞台に,人が突然居なくなってしまう伝承や噂を巧みに盛り込んで,不思議な世界を築き上げています。高校生の間に広がる奇妙な噂話,金平糖を使った不思議なおまじない,再び帰ってくる人が異様に多い町,そして町のいたるところに置かれた石。それが後半になって一気に明かされてくるのですが,怖さを感じると言うより居心地の悪さを感じてしまいました。結末はこれでもいいのかも知れませんが,読み始めた時に受けたイメージと大きくずれてしまった感じです。もっともこれは読み手の問題でしょう。それと登場人物,特に女の子の区別がつきにくいのが難でしょうか。
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「臨場」 横山 秀夫 2004.06.26 (2004.04.20 光文社) |
☆☆☆ |
@ 「赤い名刺」 ... 自殺したとされる女性は過去に関係のあった女性で,警察官である自分の名刺をもっているはずだった。 警察組織の中で「臨場」とは,事件現場に望み初動捜査に当たる事だそうです。さてその事件が殺人事件などの場合,まず登場してくる検視官にスポットを当てた連作短編です。横山さんは警察,その中でも目立たない職務に従事する人達を題材に取り上げる事が多いのですが,今回も倉石と言う検視のプロの登場です。死者の人生を救おうとする彼の仕事振りがいいです。そしてどの話も検視と言う切り口から新鮮な角度で事件を取り上げ,上手くまとめ上げているなあ,と言うのが率直な感想です。まさに職人芸なのですが,それが逆に物足りなさを感じてしまう部分でもあります。これは贅沢過ぎる要求だとは思いますが,あの「クライマーズ.ハイ」と比べてしまうと,どうしてもまとまりすぎているなあ,と感じられてしまいます。まあそれだけ横山さんの作品のレベルが高いと言う事には違いありません。
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「幻世の祈り−家族狩り(1)」 天童 荒太 2004.06.29 (2004.02.01 新潮社) |
☆☆☆ |
息子の死をきっかけに家族がバラバラになってしまった刑事の馬見原光毅は,ある母子との旅行に出掛けた。息子に大怪我をさせた父親が,もうすぐ刑期を終えて出所してくるはずだった。児童相談センター職員の氷崎游子は,アルコール依存症の父親に虐待されていた少女を保護した。しかしその父親に同情的な男性中心の社会に疑問を持っていた。高校で美術を教える巣藤俊介は,警察から女子生徒が傷害事件を起したとして呼び出された。彼女が描いた不思議な絵と,彼女の異常な行動に彼は戸惑った。 山本周五郎賞を受賞した長編「家族狩り」は,まだ読んだ事ありません。この作品の文庫化にあたり,前面改稿して文庫5冊に分けて出版された作品です。『世間をよく見ろ,社会を見回せ,昨日の新聞の事件欄を広げてみろ,今日のテレビのニュースをよく見ろよ。家族のあいだで,どんな事件が起きている?警察には,家族が関わったどんな事件が持ち込まれている?いや,そんなことより,まずおまえの家族はどうなんだ』。青少年犯罪を始め家族が何らかの形で絡んだ事件の報道には,暗澹たる気持ちにさせられます。一体何でこんな事になってしまったんだろう,と言う気持ちは当の家族も同じなのかも知れません。家族とは何なのか,家族はどうあるべきか,そんな問いにこの作品はどう言う答えを出すのでしょうか。それとも出さないのでしょうか。本作は第一部なので馬見原,氷崎,巣藤,主要登場人物の紹介と言った側面が強いのですが,馬見原の家族の場面は読んでいて息が詰まりました。誰が悪い訳ではないのにバラバラになってしまう家族。彼の母がつぶやく,「幻世(まぼろよ)」が印象的です。でもこの先が楽しみかと言うと,そんな事は全く無いですね。たぶん読みますけど。
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「上と外(1) 素晴らしい休日」 恩田 陸 2004.06.30 (2000.08.25 幻冬舎) |
☆☆ |
中学二年生の楢崎練は,両親の離婚によって,現在は父方の祖父の家で暮らしている。彼には海外に行っている考古学者の父親の賢,血のつながりの無い母親の千鶴子,そして母親と暮らす妹の千華子が居た。離れ離れになっている家族は年に一度,夏休みに集まる事になっており,今年は父親の住む中米の国に出掛けた。父親の案内で遺跡の見学などを楽しんでいた元家族だったが,どうも千鶴子の様子がおかしかった。そんななか彼らは,突然起こった軍事クーデターに巻き込まれてしまった。 文庫6冊によるシリーズの第一作。それにしても恩田さんは様々なタイプの作品を書きますね。この前読んだのはホラーでしたが,今回はジュブナイル,それとも冒険小説なのだろうか。あまりに人が好すぎる父親と情熱的だという母親がちょっと現実離れした感じがしますが,練と千華子の兄弟はとっても魅力的。でも中学生と小学生にしては,ちょっと出来過ぎか。また練が一緒に暮らしている祖父や叔父がいいですよね。祖父が練に紙飛行機の作り方を教えているシーンは,いかにも頑固一徹な職人と言った感じです。それと祖父の工場を継ぐのは誰なのかってのも興味あります。このあと物語の中心は海外になってしまいそうなので,こう言った登場人物がもったいない気がしますが,さてどうなることやら。 |