読書の記録(1999年10月)

「香子の夢 コンパニオン殺人事件」 東野 圭吾  1999.10.02 (1988.10.25 祥伝社)

 コンパニオンの香子はお金持ちと結婚するのが夢だった。そんなある日彼女は,宝石屋のパーティーで理想的な男性と知り合った。彼は不動産会社の専務をしており,この宝石屋の得意客だった。パーティーの後で彼と会っている時,香子のコンパニオン仲間が,控え室として使っていたホテルの部屋で死んでいるのを知った。自殺だと思われたが,香子は納得がいかない。

 東野さんの作品は昨年から読み始めて,やっと全部読み終えた。最近出た「白夜行」はまだだけど。「一番印象に残ったのは何。」と問われれば,一番最初に読んだ「むかし僕が死んだ家」「秘密」かな。とにかく様々なタイプの作品を書く人なので,これが一番って言う作品は読む人によってかなり違ってくるかもしれない。「どちらかが彼女を殺した」かもしれないし,「天空の蜂」と答える人も多いだろう。いやいや「名探偵の掟」だってかなり印象的だったぞ。そんな中で,本作ほど印象に残りにくい作品も珍しいのではないだろうか。

 

「ちょっと探偵してみませんか」 岡嶋 二人  1999.10.04 (1985.11.22 講談社)

☆☆☆

 推理クイズです。問題は全部で25問。それぞれ6〜7ページが問題になっていて,回答が1ページ付いています。フーダニットあり,ハウダニットあり,倒叙物ありとバラエティーに富んでいます。もともと僕はあまり推理をしながら読む方では無いので,何問正解したかと聞かれても答えられません。まあ試験じゃないから気楽に取り組んでみる方が良いでしょう。真剣に考えれば9割方は判るんではないでしょうか。だけど読む方は気楽だけど,これって作るのは大変だろうなあ,と思いました。敬意を表します。

 

「青らむ空のうつろのなかに」 篠田 節子  1999.10.05 (1999.03.25 新潮社)

☆☆☆☆

@ 「幻の穀物危機」 ... 穀物危機が来る事を疑わない男。そしてそれは突然やって来た。首都圏で発生した地震によって。
A 「やどかり」 ... 小さな兄弟の世話をする中学生の女の子。まともに勉強が出来ない彼女の勉強を見てあげる事にした男。
B 「操作手」 ... 年老いた姑の介護に疲れた家族が選んだのは,介護用に開発されたロボットの導入だった。
C 「春の便り」 ... 病院に入院して寝たきりになった老女。歩けないはずなのに,病院の周りで起こる出来事を見て来た様に話す。
D 「家鳴り」 ... 高原のログハウスで暮らす子供の無い夫婦。可愛がっていた犬が死んだ事から,妻の食生活がおかしくなっていく。
E 「水球」 ... 高校を卒業して30年,大手証券会社の部次長まで昇進したのだが,会社が倒産してしまった。
F 「青らむ空のうつろのなかに」 ... 実の母親に虐待された子供が,農場にある特別施設に送られてきた。

 どれも恐い話です。と言っても別にホラーでは無いのですが。日常のありがちな生活が,何かをきっかけに全てが変わっていく。そして今まで持っていた価値観も,信じていた物も壊れていく。そんな怖さなのでしょうか。特に「幻の穀物危機」は恐かったですねえ。地震によって電気,ガス,水道が止り,都市はその機能を全て失ってしまう。今まで快適な生活を支えて来た物が,そんな危うい状況の上に成り立っている事に気付く。穀物危機が来ても農民ならば食料の確保は容易だというのも,とんでもない誤りだった。全てが自分のエゴで動かざるを得ない状況の中では,道徳も法律も役に立たない。これ短編だから良かったけど,長編で書かれていたら,読むのが辛かったと思います。

 

「斎藤家の核弾頭」 篠田 節子  1999.10.08 (1997.04.01 朝日新聞社)

☆☆☆

 昭和,平成と言った頃の反省から,そして国家としての機能を第一に考えた結果,生まれた社会はコンピュータが管理する社会だった。斎藤家の家長である総一郎の仕事は弁護士で,特Aランクのエリートだ。しかし仕事をコンピュータに奪われ現在失業中。先祖代々の家と土地を守っていたのだが,家屋の倒壊によって,東京湾に作られたニュータウンに移住させられてしまう。しかしそこからも追われ,今度の移住先は毒ガス汚染の危険地帯だった。移住に反対する住民達への嫌がらせに切れた総一郎は,国に対する反逆へと向かう。原子力発電所を作り,ついには核武装して,日本政府に宣戦布告を行う。

 荒唐無稽なストーリーだけど,家と国の対立関係を前面に押し出しながら,妻と夫の関係と言うか家制度そのものがテーマになっています。時代や制度は変わっても,家の中自体は何も変えていないのが面白いですね。総一郎をはじめ,登場人物が皆デフォルメされて描かれているので,そこにユーモアを感じるか,不気味さを感じるかで全体の印象が変わってくると思います。個人的には総一郎のキャラクター,ピントはずれの忠誠心や正義感て好きですね。後半はかなりワクワクして読み進んだのですが,ラストがちょっと尻切れとんぼの様な印象でした。

 

「水車館の殺人」 綾辻 行人  1999.10.09 (1988.02.05 講談社)

☆☆☆

 中国地方の山奥に建てられた水車館。有名画家の息子である藤沼紀一が当主だが,彼は交通事故の怪我により,顔を仮面で覆い車椅子生活を送っている。1年に1度の画家の命日に,ゆかりの人達が集まっていた。美術商の大石,大学教授の森,病院長の三田村,菩提寺副住職の古川,かつての弟子である正木。そしてその日に起こった出来事。家政婦が館から転落死。無くなった1枚の絵。密室状態から忽然と消えてしまった古川。地下の焼却炉で焼かれていたバラバラ死体。古川が絵を盗み,正木を殺して焼いたと言う事に落ち着いたのだが。そして1年が経ち,水車館に再び同じメンバーが揃った。

 1年前に起こった出来事と,その1年後の水車館の話が交互に述べられて行きます。場所は同じだし,メンバーもほぼ同じなので,結構こんがらかってきます。まあそれが狙いなのでしょうが。それ以外はとてもオーソドックスな作りになっています。この水車館もシリーズ他の作品同様,あの中村青司の設計なので,館に隠された秘密,それも水車絡みだと思ったんですが,ちょっと水車の必然性が感じられなかったですね。仮面を被った人物が出てくれば,まずそれが本当は誰なのかを疑うのが当たり前ですよね。そこを逆手にとるんだろうなあと思っていたのですが,「十角館の殺人」ほどの驚きはありませんでした。あまり複雑なトリックは好みでは無いので,話自体はいい意味でまとまっていて,読みやすかったと思います。文庫本で読んだのですが,カバーの絵がきれいでいいのですが,水車を作れる様な川が流れているようには見えないのが気になりました。

 

「蒲生邸事件」 宮部 みゆき  1999.10.10 (1996.10.10 毎日新聞社) お勧め

☆☆☆☆☆

 大学受験に失敗し,予備校の試験を受ける為高崎から上京した尾崎孝史は,皇居近くの平河一番町ホテルに泊まっていた。このホテルは2.26事件の際に自決した,元陸軍大将である蒲生憲之の屋敷跡地に建てられたホテルだ。試験が終った日の夜,ホテルは突然の火事に見舞われる。逃げ場を失って廊下に佇む孝史を助けたのは,同じホテルに宿泊していた客だった。だが助け出された先は,昭和11年の蒲生邸の庭で,まさに2.26事件の真っ最中だった。

 タイムトラベルと言って思い出すのは,バック.ツー.ザ.フューチャーかタイムトンネル(古い)か。もっとも後者は研究室の様な部屋の中に作られた,楕円形の縞模様のトンネルしか思い出せないが。それはともかくこの作品は,時間移動をテーマにしたものではありません。「龍は眠る」の様に,特殊な能力を持ってしまった人間の苦悩を描いているものでもありません。2.26事件そのものをテーマにしている訳でも無く,その最中に起こった蒲生憲之の死の真相を推理するものでもありません。かといって主人公である孝史の成長や,ふきとの淡い恋愛が中心でもありません。こう書いてしまうと,すごく中途半端な感じがしてしまいますが,テーマなんかどうでもいいやと言う気になりました。それだけ最後の手紙の印象が強いんです。2.26事件と言うと,私からすれば遠い歴史上の事実でしかありません。しかしあの時代を知っている人はまだ生きているんです。私の両親だってそうです。今とは価値観の全く違う世界に生まれ,戦争を体験し,その後の高度成長社会を生きてきた人達。孝史にとってはたった1ヶ月の事でしたが,この50年以上を生きてきた人達の,そしてふきの生きて来た時間の積み重ねの重さが感じられました。読み終わりはとても切ない気分になりました。

 

「似ッ非イ教室」 清水 義範  1999.10.13 (1997.07.15 講談社)

☆☆☆☆

 「似ッ非イ」と書いて「エッセイ」と読みます。実はこの本について何も知らなかったのですが,暇つぶしの本探しに入った本屋で,題名の面白さに引かれて買ったんです。単なるエッセイか,エッセイの書き方について書いてあるんだとばかり思って読み始めました。まず最初の話は日本語と英語の違い。単数形と複数形を明確に区別する英語と,それがあいまいな日本語の違いから日米の国民性の違いについて言及していきます。うん,なるほど,なるほど。だけど3話目で,日本に置いて来た犬が,インドの空港に現われる場面で,何かこれおかしいんじゃないかと気付きました。そうなんです。これって単なるエッセイではなくて,いろいろなタイプのエッセイをパロディ化した短編なのです。それが判ると面白いですね。最初の日本語と英語の話は,何らかの事象から強引に自分の持っている結論に持っていくタイプなんでしょうし,犬の話は単なる自慢話。あまりエッセイは読んでいないのですが,「あー,こんなの読んだ事ある。」って感じの話ばかりで,楽しめました。誰のエッセイをパロっているのか判れば,もっと面白いのでしょう。

 

「エディプスの恋人」 筒井 康隆  1999.10.15 (1977.10 新潮社)

☆☆

 進学校で有名な高校の事務職をしている火田七瀬は,人の心を読む事ができると言う超能力者だ。ある日野球部の4番バッターが打ったボールが,一人の学生に当たる直前に粉々に砕けると言う出来事があった。危うく難を逃れたその学生,香川智広に興味を持った七瀬は,彼のまわりを調べ始める。そうすると,七瀬には彼が何者かの意志によって守られている様に思えてくる。そして彼の友人達も,うすうすその事に気が付いており,彼を恐れている様子だ。彼を守る者は誰なのか。画家である父親か,それとも亡くなったと言う彼の母親か。何にしても七瀬の能力など,到底及ばない力の持ち主である事には違いない。

 家政婦が見た家族の裏側のドタバタを描いた「家族八景」。ハラハラドキドキ切ないラストの「七瀬ふたたび」。この2作に続く三部作なのですが,七瀬って前作で死んだんじゃなかったっけ。しかしこの謎は最後の方で解けます。前2作に比べてすごくとっつきにくいですねえ。うーん,何て言うか壮大なスケールで展開される,子離れできない母親の話とでも言うのでしょうか。詳しくは知らないけどエディプス.コンプレックスって言うのは,子供が抱く両親との三角関係の話ですよねえ。何かしっくりきませんね。理解が足りないのでしょう。宇宙の意志や神の存在等と言うところは,何故か手塚治虫の傑作「火の鳥.未来編」の最後の場面を思い出しました。

 

「ヒュウガ.ウィルス 5分後の世界U」 村上 龍  1999.10.18 (1996.05.08 幻冬社)

☆☆

 現在とは5分の時間がずれた世界。第二次世界大戦で降伏しなかった日本は,国連軍を始めとする各国に占領されている。わずかに残った日本軍は地下に潜り,UG(アンダーグラウンド)軍として恐れられていた。アメリカの女性報道カメラマンのコウリーは,UG取材の為に日本を訪れていたが,何とか彼等との接触に成功する。そして彼等の作戦に同行する事になったのだが,それは九州で突然発生した,謎の奇病によって閉鎖された地区から,ある人物を救出する事だった。

 5分間時間がずれたパラレルワールドと言う設定は,あまり関係ないですよね。何か描写が凄いですね。もちろん奇病にかかった人の症状も充分グロテスクなんですが,敗戦によってすさんだ日本の様子,新潟の捕虜収容所や,四国の地下生活者などが印象的でした。ウィルスに関する専門的な話がふんだんに出てくる割りには,最後の真相が拍子抜けしてしまいました。あまりこの手の小説は読まないので,的外れかも知れませんが,人の生き方への問いかけなんですよね。どれだけ日頃から強い意志を持って生きているかと言う。それにしては場面設定が突飛過ぎる気がするのですが。私は単なるホラーとして読んでしまいました。

 

「蜃気楼の殺人」 折原 一  1999.10.19 (1992.11.20 光文社)

☆☆☆

 新婚旅行で訪れた能登半島を,25年振りに再訪した野々村夫妻。東京で暮らす一人娘の万里子のもとに掛かってきた電話は,能登の珠洲警察からだった。父の死亡そして母は行方不明。警察の見方は,母が父を殺害した後,行方をくらましたと言うもの。母にそんな事ができる訳は無いと信じる万里子は能登を訪れる。

 原題は「奥能登殺人旅行」と言う,何か2時間ドラマに出てきそうなタイトルだ。そう言えば能登とか東尋坊なんか良く出てくるよね。僕は結婚した翌年に能登に行ってきました。あまり印象は無いのですが,海岸線なんかちょっと寂しい感じのする所ですね。それはそうとこの物語,出だしから万里子とまり子と言う二人の女性の登場に,「来たかあ。」と思いました。過去と現在が交互に描かれ,微妙な食い違いが出てきて,と言うパターンなのですが,真相がちょっとあっけないですよね。たぶんこういう事なんだろうなあ,と思った通りになってしまい,折原さんの作品とは思えませんでしたねえ。

 

「Jの神話」 乾 くるみ  1999.10.20 (1998.02.05 講談社)

☆☆

 全寮制の名門女子高校に入学した優子は,生徒会長である麻理亜の美しさに驚く。それは彼女だけでは無く,学園の生徒は皆彼女に憧れていた。しかし麻理亜は,子宮から大量の出血を起こして死んでしまう。麻理亜の死の数ヶ月前に起こった,一人の生徒の飛び降り自殺。生徒達の間で囁かれる「ジャック」と言う謎の言葉。麻利亜の死とともにバラバラになっていく生徒達。麻利亜の後がまになっていく椎奈。そして1年前に起こった麻理亜の姉である百合亜の死。麻利亜の父は,娘の死の真相を探る為,「黒猫」と呼ばれる女探偵に調査を依頼する。

 Jと言えば,太田忠司さんの「Jの少女たち」を読んでいたので,あれだよなと思っていたのですが...。優子と黒猫の視点で展開しますが,前半はほぼ優子の視点。スラスラ読み易い文章で女子学園の生活が描かれます。ここいら辺は,男性の僕としてはピンとこないのですが,謎が徐々に広がって行き,わくわくさせられる展開です。麻理亜の父親が黒猫に調査を依頼するあたりから,この探偵の視点に変わっていきます。全寮制の女子校と言う,いわば閉鎖された世界の内側と外側からの目で,事件の概要が少しずつ見えてきます。ここいらへん,うまいですねえ。だけど,この黒猫のキャラがちょっと頂けないですね。黒猫と言う名がハードボイルドっぽいかどうかは別にして,ちょっと中途半端な印象です。そして事件の真相。これは読んだ人によって,かなり評価が変わるでしょう。驚愕するか,拍子抜けするか。僕は後者でした。

 

「緋色の囁き」 綾辻 行人  1999.10.22 (1988.10.25 祥伝社)

☆☆☆☆

 和泉冴子は育ての親のもとから,亡くなった母親の妹に引取られると同時に,名門女子校の聖真女学園に編入した。厳しい校則,ヒステリックな教師,お嬢様を演じる生徒達。そんな異様な雰囲気の中で事件は起こった。寮で同室となった高取恵は「自分は魔女だから」と言う謎の言葉を残して,焼死体となって発見された。次いで替りに同室になった堀江千秋は校庭で刺殺される。時々見る緋色の夢,失った子供の頃の記憶,そして事件当時の記憶の無い冴子。次々起こる事件に,疑惑の目が冴子に向けられる。

 「Jの神話」の次にこれを読んだのは全くの偶然。名門の全寮制女子高校,カリスマ的な生徒会長の存在,魔女狩りと言ったところ雰囲気と言うか設定は似ていますよね。結末は全く違いますけど。綾辻さんのは館シリーズしか読んだ事は無かったのですが,これ面白いですよね。主人公の生い立ち,学校内で起きる殺人事件,35年前に起こった事件。いくつかの謎が提示されていきます。そして間に挟まる昔の回想シーンが,その謎を深めていきます。「誰の?何時の?」。館シリーズってすごくロジカルで,「これぞ新本格。」って感じがするんですけれど,ちょっと雰囲気が違いますね。犯人と言うか,事の真相の意外性もバッチリでした。

 

「聖域」 篠田 節子  1999.10.24 (1994.04.20 講談社)

☆☆☆☆

 文芸雑誌「山稜」の編集部に異動させられた実藤は,退職した前任者の篠原の荷物からある原稿を見つける。それは水名川泉と言う無名作家が書いた「聖域」と言う作品だった。仏教を広める為に東北の地に派遣された若い僧侶が,異文化である蝦夷地での生活を通して,彼等の神々と戦う話だったが,未完に終っていた。実藤はその作品の持つ魅力に取り付かれ,何とか泉を探し出し,作品を完成させようとするのだが,泉を知る人達は一様に「関わるな」と警告する。諦めきれない実藤は,「聖域」の舞台となる東北へと向かう。

 水名川泉とは誰なのか,何故彼女を恐れるのか,「聖域」のラストはいかなるものなのか,そもそも泉は生きているのか。一気に謎が提示され,あっという間に物語の中に引き込まれていきます。そして東北地方の暗い歴史や,新興宗教にまつわる胡散臭さ,実藤が想いを寄せる千鶴とのエピソードを交えて,ぐんぐん進んでいきます。これは面白い。しかし実藤が泉を探し当てたところからが,どうも納得できませんでした。読み切れていないのかも知れません。泉がいままでに取って来た行動は良く判るのですが,そんな彼女にあくまでも「聖域」の完成を迫る実藤が全くの俗人として描かれています。泉の能力によって人生を狂わされてしまった人達と,実藤は何が違ったのかも判りませんでした。とは言うものの,読む人に死生観を問うスケールの大きな作品です。

 

「愛逢い月」 篠田 節子  1999.10.25 (1994.07.25 集英社)

☆☆☆

@ 「秋草」 ... 不倫相手と訪れた京都の寺。そこに描かれた襖絵を見ているうちに,ライターで火を着けようとしてしまう。
A 「38階の黄泉の国」 ... 死ぬ間際,無くなっていく記憶の中に唯一輝いていたのは,ある男性との記憶だった。
B 「コンセプション」 ... 信頼していた編集者が退職した。病気の妻を看病する為だったが,男は輝きを失っていった。
C 「柔らかな手」 ... ダイビング中の事故で重態となったカメラマン。気が付くと見知らぬ部屋で妻の看病を受けていたのだが。
D 「ピジョン.ブラッド」 ... 夫婦しか住めないはずの公営住宅に一人で住む女性。ベランダには何匹もの鳩が集まってくる。
E 「内助」 ... 司法試験を目指す優秀な男性とめでたく結婚したのだが,思うようにいかない生活が続く。

 タイトルは「めであいづき」と読みます。6編とも男女の愛情を描いた短編集です。愛情の描き方がとても暗いですね。全て普通の夫婦(恋人)の話は出てきません。普通では小説になりにくいのかも知れませんが,続けざまに不倫やら離婚の話が出てくると,ちょっと食傷気味。最後の「内助」が面白かったですね。内助の功と言うと,妻の立派さを称える言葉ですが,馬の飼育にたとえている所が意表を突いていました。「秋草」「ビジョン.ブラッド」なども,主人公の気持ちの変化が手に取る様にわかる描写が凄いと思いました。

 

「疫病神」 黒川 博行  1999.10.27 (1997.03.15 新潮社)

☆☆☆

 二宮啓之は建設コンサルタントなのだが,実態は建設会社の下請けとヤクザの間を取り持つのが仕事。そんな彼に持ち込まれた仕事は,産業廃棄物の処理場建設に伴う,地元水利組合とのトラブルの調整だった。何とか水利組合長の弱みを探ろうとするが,何者かの邪魔が入る。そんな二宮に近づいてきたのは,仕事上のパートナーでもある,ヤクザの桑原保彦。二人はお互いに不信感を持ちつつ,協力して事に当たるのだが,様々な妨害が入り,そして当の依頼主は姿を消してしまう。

 舞台は大阪なので,当然会話は関西弁。それはあまり違和感が無いのですが,大阪の土地鑑が無いので,いろいろな地名が出てくると辛いですね。他の小説では東京が舞台になる事が多いので,東京に住んだ事の無い地方の人達は結構苦労しているんだろうなあ。(そうじゃなかったら,ごめんなさい)。ところで二宮と,疫病神である桑原の関係が面白いですねえ。漫才のボケとツッコミとでも言うのでしょうか,利害関係だけで繋がっている様には思えません。しかし建築関係,特に産業廃棄物の世界ってのは,いろいろと裏のある世界なんですねえ。ここでもゼネコンや政治家,下請けの業者,暴力団と様々な人達が出てきて,結構こんがらかってきます。ですがテンポがいいので読み易いですね。ハードボイルドなんでしょうけど,桑原はともかく二宮はあまり格好良くないんです。だから自分の力の及ばない様な相手に向かっていくのが,ちょっと不自然な感じがしてしまいました。ところで,この作品ではほとんど女性キャラクターが出てこないんです。二宮の事務所でアルバイトしている女の子の出番がもう少し欲しかったですね。

 

「七年目の脅迫状」 岡嶋 二人  1999.10.28 (1983.05.10 講談社)

☆☆☆☆

 中央競馬会に脅迫状が届けられた。指示した通りの馬を勝たせなければ,伝貧のウィルスをばらまくと言う。伝貧とは馬特有の伝染病で,現在は治療法が無く,感染した馬は殺処分しかない。脅迫を無視した結果,日高にある牧場の1頭が伝貧に感染した。中央競馬会では警察に通報はしたものの,脅迫の事実は公表しなかった。競走馬の売買に悪影響を与える事と,競馬のイメージダウンを心配した結果だ。そして警察とは別に独自の調査を行う為,保安課員の八坂心太郎が北海道の牧場に向かう。

 岡嶋二人は江戸川乱歩賞を受賞した「焦茶色のパステル」でデビューし,本作そして「明日天気にしておくれ」と競馬物が3作続きます。同じ競馬を扱った作品と言っても,血統,誘拐,脅迫とバラエティーに富んでいます。小説に出てくる競馬と言えば,賭ける方の人間を描く場合が多い様に思えますが,この3作は皆違います。馬を育てる側,つまり牧場が話しの中心になっています。そして3作に共通して言えるのが,競馬に関する知識は不要と言う事です。これは競馬をやらない私にとって,とても有りがたい事です。さてこの作品では一保安課員である八坂が,警察顔負けの大活躍をします。そこに保険会社の調査員が絡み,7年前に起こった伝貧の発生,保険詐欺と話が広がっていきます。そして最後のドンデン返しへと一気に進みます。面白いです。だけど,最初に出て来た見合いの話って,一体何だったのだろうか。

 

「5W1H殺人事件」 岡嶋 二人  1999.10.30 (1985.06.10 双葉社)

☆☆

 平林貴子と言う女性がいくつかの探偵事務所を訪れて不思議な依頼をして行く。
WHO? 1台のカメラの所有者を調べて欲しい。しかし所有者はビニールにくるまれて殺されていた。
WHERE? 緑色で,Vで始まる言葉が二つ書かれた喫茶店のマッチ。どこの喫茶店なのか調べて欲しい。
WHY? 車が盗まれた。発見された時には車の後部シートが無くなっていた。一体何の為にシートを取り外したのか。
HOW? 3本のカセットテープに録音された謎の音。ここに隠された意味を調べて欲しい。
WHEN? ある運送会社のドライバーをある場所に呼び出して,ある質問をして欲しい。
WHAT? そして事件の概略とその真犯人が明らかにされる。

 文庫本では「解決まではあと6人」と改題されているが,こちらの方がしゃれていていいのではないでしょうか。構成もかなり変わっていて,最初の4章で謎が提示され,残りでそれが繋がり解決すると言うものです。最初の方で「左の指のホクロ」と「左手の指のホクロ」と言う二つの言い方をしていたので,気になっていたのですが,全然関係ありませんでした。ところでこの話,事件自体も複雑で,真犯人も凄く意外なのですが,ちょっと納得できませんでした。