読書の記録(2005年 5月)

「Close to You」 柴田 よしき  2005.05.03 (2001.10.30 文藝春秋社)

☆☆

 会社の派閥抗争に巻き込まれ,会社に辞表を提出した33歳の草薙雄大。失業者となってしまったが,妻の鮎美が働いているので当面の暮らしに困る事は無かった。新たな就職先の目処も立たなく酒に溺れていく雄大だったが,ある日オヤジ狩りの被害者となってしまった。そんな雄大に鮎美は,「お願い,専業主夫になって。」と,思い詰めた表情で囁いた。

 知らない内に誰かから恨まれてしまう,と言う事はあるでしょうね。何気ない行動,言葉,仕草が,他人にとってどうしようもない凶器となり,相手の心を傷付けてしまう。そして傷付けた本人は全くそんな意識があるはずもないから,相手からすると始末に悪い。確かにそれは判ります。判るんですけど敢えて言いますが,本作の話はちょっと有り得ない。そりゃあ,ある人にとって何が一番大事か,何て言う事はその人本人でなくては判らない事でしょうが,この程度の事で逆恨みして犯行に至るのでは,社会生活が成り立たなくなってしまいます。犯罪と言う壁はもっと高いと思います。でも犯罪まで行かないまでの,住民同士の心の行き違いやら噂話やらは,実に怖い部分ですよね。私もマンション暮らしですし,あまり他の住人との接点は持っていないので,何言われているか判っちゃいないです。

 

「なぎさの媚薬」 重松 清  2005.05.05 (2004.06.30 小学館)

@ 「敦夫の青春」 ... 中学生の時に憧れていた少女。気持ちを打ち明けられないまま彼女は引越ししてしまいそれっきり。
A 「研介の青春」 ... 新婚旅行中の妻の顔に,中学生時代の女性教師とのある出来事を思い出してしまった。

 渋谷の街に現れるという「なぎさ」と言う名の娼婦。噂では彼女との情事の後に,少年時代にタイムスリップをする夢を見るという。ここでは43歳の敦夫と26歳の研介の二人が登場します。彼らはなぎさに導かれて不思議な体験をするのですが,それによって本人達の何が変わると言う事でもありません。確かに「もう一度あの頃に戻りたい」,といった願望は誰にでもある事でしょう。それをファンタジックに描くのではなく,“性”に対するあの頃と今の思いの違いを,現実的に描いている様に思えました。一般的に言えば“性”に対する歪んだ感情は少年時代の方が強いのでしょうが,今の彼らの年代になってそれを冷静に捉えている姿は印象的です。でも性描写がどぎつ過ぎて,ちょっと引いてしまいました。

 

「夜夢」 柴田 よしき  2005.05.06 (2005.03.10 祥伝社)

☆☆

@ 「月夜」 ... 真っ暗闇の林道で道に迷った男は,怪我をした一人の女性を助けて自分が運転する車に乗せた。
A 「フェアリーリング」 ... かつての同僚が若い女性と結婚した。彼からは京都の新居に遊びに来るように誘われた。
B 「ウォーターヒヤシンス」 ... 子供の頃からいつも肝心な時に負けてしまう私。今も彼の子供を流産してしまった。
C 「つぶつぶ」 ... 子供の頃,運動靴の底の溝に入り込んだ砂粒を見て気持ち悪くなった。それ以来,つぶつぶが嫌い。
D 「語りかける愛に」 ... 見合いして結婚を前提にして付き合っている彼は,決して私を海に連れて行こうとはしなかった。
E 「夕焼け小焼け」 ... 子供の頃に見た母の死の記憶。東京に出てきてヤクザな男と暮らす様になってもたまに甦る。
F 「顔」 ... 人気アイドルと同姓同名の女性。彼女と較べられても恥ずかしくないようにと,色々な化粧品を試し始めた。
G 「毒殺」 ... 父は毒入りの飲み物で殺されかけた事があった。最近,私の飲み物にも毒が入れられている気がする。
H 「願い」 ... 赤いポルシェを愛する彼は,自分には恋人はいないと告げた。そんな言葉は始めから信じていなかった。

 今までに別々に発表されたホラー短編を,謎の語り部達が夜中に集まって,一人一人披露していく形になっています。「つぶつぶ」は,同じ形のものが並んでいる事に恐怖を抱く話ですが,木の葉などにビッシリと付いた虫の卵や毛虫なんて気持ち悪いですね。そう言えば桐野夏生さんの「錆びる心」に同じ様な話がありました。ありふれているけれど一番怖いのは「顔」か。確かに有名人と同じ名前だと,病院などで名前を呼ばれた時の,周囲のリアクションは本人にとっては苦痛でしょうね。最近,個人情報保護法の関係で,病院等ではフルネームで呼ばない様にしている所が増えている何て話を聞きましたが,どうなんでしょう。全体的に怖いと言うよりは,結末にちょっと唖然とさせられた感じがしました。また謎の語り部に関して,もう一ひねり欲しかった気がします。

 

「わたし」 坂東 眞砂子  2005.05.07 (2002.02.25 角川書店)

 大学受験を控えた高校生の頃,惚けていた祖母が亡くなった。自分の名前を呼び続ける祖母が鬱陶しく邪険にしていたが,亡くなっても何の感慨も無かった。そして大学に合格し,自分にとって一番遠い存在である両親と別れ,早く出て行きたかった故郷とも離れる事になった。

 最初に記された「これは人でなしの日記,犯罪の記録である。」との一文に,ギョッとさせられます。坂東眞砂子さんの自叙伝的な小説なんでしょうが,当然人を殺す訳でもなく,犯罪も犯しません。でも読んでいて,自分をここまで書くかなあ,と言う気がします。書く方からすると,自分自身と真摯に向き合っているんでしょうが,読む方からすると普通当人を知らないだけに,「だから,何」の感じもしてしまいます。その作者が好きな人向けなんでしょうか。でも自分の気持ちを冷静に見詰めた文章は,ちょっと凄みを感じます。

 

「黙の部屋」 折原 一  2005.05.10 (2005.04.25 文藝春秋社)

☆☆☆

 真っ暗な部屋に監禁されている男には記憶が無かった。そこに仮面を付けた男が現れ,お前は石田黙と言う名の画家だと告げ,絵を描くことを強要した。一方,美術雑誌編集者の水島は,銀座の古物商で一枚の風変わりな絵を見つけた。石田黙と言う無名の画家によって描かれた絵に興味を引かれた。そして次々と黙の絵がネットオークション等に流れてきた。

 水島が風変わりな絵と出会い,その作者を追い掛ける様になる場面と,真っ暗な部屋に監禁された記憶喪失の画家の場面が交互に描かれます。もっとも石田黙だと告げられた男の方は,ほとんどストーリーの進展はありません。ですので水島の視点で物語を追いながら,監禁された男は誰なのかと言う謎に引き付けられます。当然折原さんの作品ですから,二つのストーリーにはとんでもない関係が隠されている事は想像できます。それは読んでお楽しみですが,本作には石田黙が描いた数々の絵が挿入されており,この絵がまた不気味なんです。本人の写真まで出てきますが,石田黙って実在の画家なのでしょうか。サスペンス溢れる展開で,物語の謎もスッキリとしていましたが,登場人物の魅力の無さと言うか不可解さはいつもの通り。ちなみに折原一さんの公式ホームページのタイトルは,「沈黙の部屋」と言うんですね。

 

「フォー・ディア・ライフ」 柴田 よしき  2005.05.12 (1998.04.30 講談社)

☆☆☆☆

 花咲慎一郎・通称ハナちゃんは,新宿二丁目の無認可保育園「にこにこ園」の園長。保育園の運営は資金不足のため苦しく,園の仕事の合間に私立探偵も兼ねている。ハナちゃんはもともと刑事で,訳あって警察を辞めた事もあり,回ってくる仕事はヤバイ話ばかり。そんな彼の今回の仕事は,チンピラ少年をヤクザから助けたり,家出したお金持ちの娘を捜したりだった。

 タイトルの「For Dear Life」とは,「一生けんめいとか,命からがら」と言う意味だそうです。その通りにみんな一生懸命なのがいい。主人公の花咲慎一郎はもとより,探偵社社長の城島,医師会から除名になった女医の奈美,そして保育園の保母たち。みなそれぞれの事情を抱えているが,前向きに頑張っている姿が気持ちいい。本当は保育園の園長に専念したいのに,資金不足から探偵をしていると言った設定が面白いですね。探偵業の方は副業なのですが,話の大半は探偵にまつわるものになってしまっているのはしょうがないですが,その代わり保育園内での印象的なエピソードが幾つか置かれています。シリーズ作だそうですが,もう一方の異色の探偵である正太郎とはまた違った意味で,新鮮な感じがします。一応ハードボイルド作品に分類されるのでしょうが,無意味な拘りや気取った会話文も無く,サラッと読めていいですね。

 

「邪魔」 奥田 英朗  2005.05.14 (2001.04.01 講談社)

☆☆☆☆

 東京の西はずれにある本城署に勤務する九野薫警部補は,上司からの指示で同僚の花村の素行調査を行っていた。暴力団との癒着,元婦警との不倫の疑いがあった為だったが,調査を花村に気が付かれてしまった事から,九野は花村から逆恨みを受ける。一方,夫の転勤により念願だったマイホームを本城市に建てた及川恭子は,近所のスーパーでパート勤務。そんな中,夫が会社で宿直中だった夜間に会社が放火に遭い,第一発見者の夫は火傷を負った。

 妻を交通事故で亡くしてから不眠症に悩む刑事の九野,東京郊外の建売住宅を手に入れスーパーでパートをする主婦の及川恭子,そして渡辺裕輔を中心とした不良3人組。これらが入り組みながら進んでいくのですが,とても話しにリアリティが感じられる。特に及川恭子のシーンではそれが強い。念願のマイホームを手に入れて,ささやかな幸せを大切にしようとする彼女。しかし夫の会社で起こった放火事件から,夫に疑念を抱き始める。いや,抱き始めたのではなくて,夫の性癖を知っているからこそ,真実から目を背けていただけで,それが彼女のスーパーに対する抗議行動に向かっていってしまったんでしょう。そして歯車はどんどん狂っていってしまう。序盤で描かれる,スーパーでの主婦たちとの彼女の会話が,ごく普通の日常を見事に表しているので,その後の展開に引き込まれてしまうんでしょう。九野も不良少年達も現実を直視できない人間なのですが,恭子と較べるとややパワーダウンの感が否めません。恭子一人に的を絞った方がスッキリするような感じがしました。

 

「逆転調査」 伊野上 裕伸  2005.05.17 (1997.09.10 文藝春秋社)

☆☆☆

 保険調査員の相沢志郎は,横浜にある病院の院長から調査の依頼を受けた。奄美大島の病院に勤務する院長の一人息子の,結婚相手に関する調査だった。息子の交際相手である看護婦の高屋扶由子は,病気の両親と3人暮らし。二人の姉は栃木県の佐野市でブティックを経営しているが,経営難に苦しんでいた。そんな中,扶由子の長姉である葉留子の店で火事が起こり,次姉の奈津子が焼死し,葉留子に放火の疑いが掛けられた。

 第13回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞した「火の壁」に続く,保険調査員・相沢志郎シリーズの2作目。前作はかなり読み辛さを感じたのですが,本作の方はスラスラ読む事ができました。保険調査員が,結婚や就職に関する身元調査をしてはいけない,と言うのは知りませんでした。まあさすがに現役の保険調査員が書いた作品だけあって,普通ではなかなか窺い知れない部分の描写は説得力があります。取り込み詐欺,保険金詐欺,そして大病院を舞台にしたドロドロした世界が描かれていきますが,相沢志郎が進める調査は見応えがありました。ところで3姉妹の名前ですが,春=葉留子,夏=奈津子,秋がなくて冬=扶由子,ってのは何だったんでしょうか。

 

「年上の女」 連城 三紀彦  2005.05.18 (1997.11.07 中央公論社)

☆☆☆

@ 「ひとり夜」 ... 3年一緒に過ごした男が,昨夜黙って出て行ったと言う。それも部屋の暖房器具を壊して。
A 「年上の女」 ... 若い女性から相談の電話。結婚を考えている相手には特別な付き合いの女性が居る。
B 「夜行列車」 ... 実家に帰ってしまった妻を迎えに乗った夜行列車。一人の女性が突然話し掛けてきた。
C 「男女の幾何学」 ... 父親の部下から持ち掛けられた見合い。相手は彼の友人だったが,気が乗らない。
D 「花裏」 ... 夫が入院してから義母の自分に対する態度が一層酷くなった。今日も義母は夫の病室に出掛けた。
E 「ガラス模様」 ... 青い模様の入ったベネチアングラス。イタリアを訪れた際,それと同じで色違いのグラスを買った。
F 「時の香り」 ... 新婚旅行に訪れたフランスの小さな街に浮気相手と訪れた。そこには夫とのある思い出があった。
G 「七年の嘘」 ... ふと気が付いたら家の様子を伺っていた小さな子供。その子は,この家の子供だと言った。
H 「花言葉」 ... 痴漢でも掏りでもなかった。その相手は電車の中で,コートのポケットに一輪の花を入れてきた。
I 「砂のあと」 ... 夫と暮らした22年間の間,物静かな夫は私に2回手をあげた。2回とも私の浮気が原因だった。

 10編とも何らかの形で不倫が描かれている短編集です。あまり不倫の話は好きじゃないので,これだけ続くとウンザリかと思いきや,そうでもありませんでした。登場人物の心の中が上手く描かれているせいでしょうか。また派手さはないけれど,どんでん返しが綺麗だからかも知れません。印象的だったのは「夜行列車」で,夜の雪の中を走る列車の雰囲気がいい。でも回りはみんな寝ているとはいえ,あの中で交わす様な会話じゃないですよね。後はミステリー性の強い,「年上の女」「男女の幾何学」あたりがいいでしょうか。連城さんの作品を読むのは初めてでしたが,情緒豊かな文章がいいですね。

 

「黒笑小説」 東野 圭吾  2005.05.19 (2005.04.30 集英社)

☆☆☆

@ 「もうひとつの助走」 ... 文学賞発表の夜,今回で5回目の候補に挙がっている作家のもとに,編集者達が集まった。
A 「巨乳妄想症候群」 ... 何かを食べようと冷蔵庫を開けたら,二つの巨乳が現れた。よく見たら二つの肉まんだった。
B 「インポグラ」 ... 親友が開発した新しい薬は,バイアグラの逆の効果があったが,どの様な利用方法があるのだろうか。
C 「みえすぎ」 ... 朝起きたら部屋は真っ白な煙に包まれていた。火事だと思って飛び出したが,周りは平常通りだった。
D 「モテモテ・スプレー」 ... 怪しげな科学者が作った異性にモテルと言うスプレー。早速彼女をデートに誘った。
E 「線香花火」 ... 文学賞の新人賞を受賞したサラリーマン。周囲から祝福されすっかり作家気分になってしまった。
F 「過去の人」 ... 憧れていた文壇パーティの招待状を受け取った新人作家。今年の新人賞を受賞した作家がいた。
G 「シンデレラ白夜行」 ... 父の後妻とその二人の娘に虐められるシンデレラには,密かな計画があった。
H 「ストーカー入門」 ... いきなり別れを切り出した彼女は,今度は自分に対するストーカーになる事を要求した。
I 「臨界家族」 ... テレビアニメの主人公に夢中の娘。キャラクターグッズを持っていないと友達と遊べない。
J 「笑わない男」 ... 売れない二人のお笑い芸人は,ニコリともしないホテルマンを何とか笑わそうとするのだが。
K 「奇跡の一枚」 ... 光の加減だろうか,偶然に物凄く美人に写った一枚の写真。何とかそれに近づきたかった。
L 「選考会」 ... 念願だった文学賞の選考委員に選ばれた4人のベテラン作家達。彼らが選んだ受賞作は。

 東野さんは本当にいろんな作品を書きます。この一つ前に発刊された作品が「さまよう刃」ですもんね。ブラックユーモア溢れる本作は,それらの作品とのギャップを堪能できます。「怪笑小説」「毒笑小説」に続く作品でしょうが,全く話のつながりはありません。今回は文壇の内輪話を題材にした作品が4作あって,連作風になっています。ベテラン作家の寒川心五郎と,新人作家の熱海圭介が登場しますが,自意識過剰な作家と冷酷な編集者を皮肉たっぷりに描いていて面白い。これだけで1冊の連作短編にして欲しかった気がします。この文壇ギャグ以外の作品は,この手の作品に不可欠な毒が,ちょっと足りない感じがしました。

 

「祝宴の闇」 伊野上 裕伸  2005.05.22 (1998.01.25 中央公論社)

☆☆☆

 憧れだったピアニストと結婚した久美子は,資産家である嫁ぎ先でブライダルサロンと旅館の経営を任せられていた。幸せで華やかな生活を謳歌できるはずだったが,夫との関係が上手くいかず,義父と関係を持ってしまう。そんな中,義父との関係を知った何者かが,久美子を脅迫してきた。義父と相談のうえ久美子は,保険金を騙し取るために旅館に放火する事になった。

 保険調査員の相沢志郎のシリーズ3作目。前作でも感じたのですが,何か誰に感情移入をして読めばいいのか判らないんです。主人公は相沢なのですが,あまり探偵としての魅力は感じられないし,久美子にしたって同情はしますが,保険金目当ての放火犯だし。まあ最後のどんでん返しを効果的にしようと言うことだったのかも知れませんが,もう少し相沢を中心に描いて欲しかった気がします。それにしてもブライダルサロンの経営って苦しいんでしょうか。実は昨日私達の結婚記念日だったのですが,私たちが式を挙げた結婚式場って,今どうなっているのかネットで調べていたのですが,何と無くなっていました。ちょっとショック。

 

「フォー・ユア・プレジャー」 柴田 よしき  2005.05.24 (2000.08.25 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 城島探偵事務所からの仕事は,あるOLが一夜をともにした相手を探すと言う単純なもの。しかし調べていくと,その相手と言うのは麻薬の売人だった。何とか依頼者に調査の終了を勧めようと思うのだが,そんな中,花咲の恋人である理紗が何者かに拉致されてしまう。彼女を助けようとした花咲だったが,今度は殺人事件に巻き込まれてしまった。

 無認可保育園の園長で私立探偵の花咲慎一郎シリーズの2作目。今回も城島探偵事務所からの依頼で,ヤバイ仕事に係わってしまいます。簡単な人捜しのはずだったのに,どんどん危機的な状況に追い込まれてしまいます。恋人の理紗は拉致され,二人の殺人死体を見つけてしまい,さらにその犯人と疑われ,遂には刑事時代の同僚を救い出すために,その真犯人捜しをさせられる羽目になります。また理紗の妹へのストーカー捜し,妻に逃げられた男の世話,そして「にこにこ園」の仕事,4千万円の借金の行方と内容は盛り沢山。それらが散漫になる事無く,互いに関連し合いスピーディに展開していくので,読み始めると止まらない。園の保母さん達や,知り合いの探偵・城島,女医の奈美と言った脇役達も,前回同様いい味だしていますし,今回はさらに花咲の元妻で弁護士の麦子も登場します。ちょっと軽めのハードボイルドが心地よいですね。

 

「うちのパパが言うことには」 重松 清  2005.05.24 (2005.04.25 毎日新聞社)

☆☆☆

 家族をテーマにした作品を数多く書いている重松さんのエッセイで,自らの少年時代から今までの自分の話が中心になっています。内容的には盛り沢山ですが,中でも少年時代に思い描いていた未来について語る部分が印象的でした。小説では「トワイライト」とか短編の「送り火」とかぶってきます。横浜ドリームランドも向ヶ丘遊園地も,今や閉園となってしまいましたが,子供の頃に行った遊園地って懐かしいですよね。そして私も,子供の頃は未来は全てが明るい物だと信じていました。少年時代における未来となった今,鉄腕アトムも鉄人28号もドラえもんも居ませんが,子供の頃に考えていた未来って,私達の心の中には今も残っているんでしょう。読んでいて無性に懐かしさを感じてしまいました。それと言われてみれば最近,「戦後」とか「東洋」と言った言葉を聞きませんね。

 

「白の謎」 アンソロジー  2005.05.26 (2004.05.20 講談社)

☆☆☆

@ 「死霊の手」 鳥羽亮 ... 船でハゼ釣りをしていて,女性の死体を釣り上げてしまった波之助。心中の片割れだと思われた。
A 「検察捜査・特別篇」 中嶋博行 ... 横浜地検の岩崎紀美子に掛かってきた電話は,神奈川県警の不祥事を告げた。
B 「920を待ちながら」 福井晴敏 ... ある男の警護をしていた防衛庁情報局の男達に襲い掛かった伝説的なスナイパー。
C 「放蕩息子の亀鑑」 首藤瓜於 ... 虚偽のカルテを書いた事から強請られていた病院長。彼の元を訪れた一人の男。

 最近の江戸川乱歩賞受賞者が参加したアンソロジーで,この白の他に黒,赤,青があるそうです。一番印象的だったのは,中嶋博行さんの「検察捜査・特別篇」。デビュー作で江戸川乱歩賞の受賞作である「検察捜査」の番外編といったところ。主人公の女性検察官・岩崎紀美子を始め登場人物は同じなのですが,ストーリー的なつながりはありません。受賞作に何らかの関連を持った作品を書いている事が好印象。短い作品ですが,首藤さんの「放蕩息子の亀鑑」も意表を突いた作品です。ちなみに「亀鑑」とは,「かがみ,てほん,模範」と言う意味ですが,私は知りませんでした。

 

「ドアの向こう側」 二階堂 黎人  2005.05.27 (2004.05.25 双葉社)

☆☆☆☆

@ 「B型の女」 ... 父親と鎌倉に向かう電車の中で喧嘩を始めたカップル。女性は電車から降りてしまったが。
A 「長く冷たい冬」 ... 家族でスキーに訪れた信介。友達と歩いていた時,雪の上を走ってきた車に撥ねられそうになった。
B 「かたい頬」 ... 8年前に長野県の別荘で起こった少女の失踪事件。未だに少女の行方は判っていなかった。
C 「ドアの向こう側」 ... 友達のひな祭りパーティに出掛けた信介は,行方が判らなくなったウサギの捜索を依頼された。

 幼稚園児で私立探偵の渋柿信介シリーズの3作目。ハードボイルドの主人公は,私立探偵の幼稚園児。この荒唐無稽な設定が凄くサマになっているんです。思わず笑ってしまうのですが,事件もトリックも推理も本格的で,読み応えがあります。友達のウサギを捜したり,少女の護衛(実は一緒に遊ぶ事だが)を頼まれたり,そんな幼稚園児のごく普通の生活が,殺人などの様々な事件に結びついています。その繋がりがごく自然に描かれているし,信介の推理も納得がいきます。まあそれを支えているのは,父親で刑事のケン一と,元アイドルで母親のルル子ですが,この二人のキャラもいい。それにしても信介の幼稚園児らしい行動と,ハードボイルド的な会話のアンバランスが際立っていて面白い。

 

「メイン・ディッシュ」 北森 鴻  2005.05.30 (1999.03.30 集英社)

☆☆☆

@ 「アペリティフ」 ... 劇団「紅神楽」で女優をしている紅林ユリエはある雪の降る日,三津池修と名乗る男と知り合った。
A 「ストレンジテイスト」 ... なかなか台本が出来上がらない中,劇団員達はユリエの家で,三津池の作る料理を味わった。
B 「アリバイレシピ」 ... 学生時代に起こった忌わしい出来事。カレーが得意料理だった男のアリバイはカレーの作り方に。
C 「キッチンマジック」 ... 家の近くでオートバイに乗った男から引ったくりに遭ったユリエ。最近同様の事件が頻発していた。
D 「バッドテイストトレイン」 ... 列車で旅をしている時に話しかけてきた男は,やたらと駅弁の事にに詳しかった。
E 「マイオールドビターズ」 ... 劇団の芝居を観た一人の客から,自分の別荘でたったひとりで観劇したいとの依頼があった。
F 「バレンタインチャーハン」 ... 女性誌の企画で料理を作ったユリエは,ミケさんから教えてもらったチャーハンを作った。
G 「ボトル“ダミー”」 ... 突然居なくなってしまったミケさんが去年作った梅酒。1本だけかと思っていたら,もう1本あった。
H 「サプライジングエッグ」 ... ある覆面作家が書いた2作の小説を読んだ滝沢良平は,本当の作者が誰だか判った。
I 「メインディッシュ」 ... 今回の公演も無事終了し,劇団員達は色々な料理を前に打ち上げを行っていた。

 北森さんの作品には三軒茶屋のビアバー「香菜里屋」を舞台にした,料理が一つの主役となっているシリーズ作があります。思わず食べたくなってしまうような描写がいいのですが,本作でも料理が重要な位置を占めています。劇団女優のネコさんと同居するようになったミケさんは料理上手で,劇団に係わる幾つかの事件を解決していきます。そんな中で紹介されていく料理は,ちょっとした材料を使った簡単な料理ですが,いかにも美味しそう。そしてこれとは全く無関係に展開する物語がはさまります。もっともこちらも料理の話が出てきて,ミケさんこと三津池修が絡んでいるのは判ります。そして二つのストーリーは見事につながって行きます。一つ一つの話はそれ程派手な仕掛けがある訳ではないのですが,料理の描写とともに心地よさが感じられます。