読書の記録(2006年11月)

「忘れ雪」 新堂 冬樹  2006.11.02 (2003.01.31 角川書店)

☆☆

 小学校6年生の深雪は両親を交通事故で失った為,叔父夫婦に育てられていた。しかし叔父の事業の失敗により,京都の親戚に引き取られる事になった。そんな時,傷付いた子犬を拾った彼女は,獣医を目指す高校生・一希に助けられた。一希に思いを寄せる深雪だったが,別れの日がやってきた。最後の日,深雪は一希が獣医になった時に再会しようと約束をして,京都へ向った。

 読み終わって,とても残念な気がしてしまいました。上手くまとめれば,せつなさ溢れる綺麗な純愛小説になったのに,と思ってしまいます。あまりにも中途半端ではありますが,深雪の置手紙を一希が読む場面で終わってしまった方がまだ良かった気がします。それだけ前半と後半では印象が違っています。前半は甘ったるい恋愛物ですが,後半になるとサスペンス溢れるミステリ。不幸だけれど明るい少女だった深雪と,好青年だった一希ですが,再会後は周りの見えない深雪と人が好いだけで優柔不断な一希に感じられます。彼らに感情移入はできないし,偶然の連続にも嫌気がさしてしまいました。一体何が書きたかったのか良く判りませんでした。

 

「ダブル」 永井 するみ  2006.11.07 (2006.09.25 双葉社)

☆☆

 若い女性が突然路上に飛び出して,車に轢かれて死亡した。被害者が太っていてブスだった事から,一部で世間の注目を集めた。事件と事故の両面で捜査が行われたが,真相は判らなかった。さらに被害者が利用していた駅で,中年男性が階段から転落して亡くなる事故が起こった。女性ライターの相馬多恵は,この事件に興味を持った。二つの事故に関連性を感じた多恵は,調べを進めていくうちに,柴田野々香と言う,妊娠中の平凡な主婦に行き当たった。

 人が犯罪に走るきっかけ,いわゆる動機に関しては様々です。普通だったら欲に眼が眩む,恨みを晴らす,と言った判り易い動機がほとんどなのでしょうが,そうでは無い動機も存在します。推理小説のみならず,実際の事件のニュースなんかでも,何でこんな事するんだろう,と不思議に思う様な事もあります。この作品もそうです。普通だったら犯罪を犯す程の事とは思えませんが,犯人の異常な性格,嗜好によって犯罪が起こります。犯人のあまりの身勝手さに,読んでいて不快感を感じてしまいます。ただここで被害者となる人間に関して,もし街中で自分が関わったら,何がしかの不快感を持つかも知れません。殺そうと思わないまでも,「居なくなればいい」とか「不幸になってしまえ」なんて思ってしまうかも知れません。逆に言えば,自分も周りからその様な眼で見られる事だってある訳です。そんな事を考えさせられるので,読んでいて嫌な気がしてしまいました。

 

「カーの復讐」 二階堂 黎人  2006.11.08 (2005.11.25 講談社)

☆☆☆☆

 怪盗アルセーヌ・ルパンの新たな狙いは,古代エジプトの秘宝「ホルスの眼」と言う名のメダリオンだった。この宝の発掘者であり考古学者のボーバン博士にルパンは接近するが,彼の住まいであるエイグル城では謎の事件が待ち受けていた。城に潜り込んでいた老婆の死,密室内に置かれた脅迫状,城や周りの森に出没するミイラの噂。財宝を荒らしたボーバン家に対する,古代エジプトの生霊「カー」の呪いなのだろうか。

 アルセーヌ・ルパン生誕100周年を記念して,モーリス・ルブランの作品を二階堂黎人さんが翻訳すると言う形をとっています。タイトルにある「カー」と言うのは,密室王ディクスン・カーの事だと思っていたのですが違いました。海外の作品を全く読まない私ですが,カーやルブランの名前位は知っています。さてルパン三世だったらともかく,こちらのルパンの方は読んだ事ありません。ルパンと言うのは怪盗なのでしょうが,本作の中では完全に探偵になってしまっています。ミイラの正体にしろ,密室の謎にしても,見事に解決していきます。そして何と言っても,古き良き時代の探偵小説と言う雰囲気がいい。大人にも子供にも楽しめる「講談社ミステリーランド」の1作です。

 

「狂乱廿四考」 北森 鴻  2006.11.09 (1995.09.20 東京創元社)

☆☆

 明治3年の東京。歌舞伎の名女形・澤村田之助は,類まれなる美貌に恵まれながら,脱疽を患い両足を切断してしまった。座り役しかできず役者生命の危機に立たされていたが,大道具が作ったからくりのおかげで,見事に復活。そんなある日,田之助の主治医である加倉井蕪庵が惨殺されてしまった。それも半年前に殺された無名の役者と,同じ殺され方だった。

 北森鴻さんのデビュー作であり,第6回鮎川哲也賞の受賞作です。まず幽霊画が,その絵を鑑賞している人に対して語り掛ける形で始まります。そしてその絵の描写がリアルで,実際の絵を見てみたくなってしまいます。さて本編の方ですが,歴史小説は読み慣れていないせいか,私にとって大概読み辛いのですが,それを差し引いても本作は読み辛かった気がします。「蜻蛉始末」と言った北森さんの他の時代物はそうでもなかったのですが,やはり舞台が私の全く知らない演劇の世界だったからでしょうか。またいくつものエピソードが次々と現れてきて,読んでいる間にそれらを整理できなかった感じもしました。

 

「暗黒童話」 乙一  2006.11.10 (2004.05.25 集英社)

☆☆

 突然の事故で左の眼と記憶を失ってしまった女子高生の菜深。以前は明るく活発で優等生だったが,記憶を無くした事によって,すっかり人が変ってしまった。そんな菜深に祖父は眼球移植の手術を手配した。手術は成功したが,菜深は見たことも無い映像のフラッシュバックを体験する様になった。その映像は,眼球の元の持ち主が実際に見た記憶である事に思い至った。その記憶の持ち主である冬月和弥を探す菜深の旅が始まった。

 眼球移植をした菜深の不思議な体験と,和弥の死にまつわる謎解きがメインとなります。でもその間に描かれる「アイのメモリー」と,ある童話作家が語る部分が不気味です。最初読んでいて,ただグロテスクなだけの作品だと思っていたのですが,菜深が相沢瞳を救い出しに行くあたりから俄然面白くなります。途中で読むのを止めなくて良かったな,と言う気もしますが,ちょっとグロテスクな表現が強い部分もあります。でもこの作者は表現力が多彩です。移植された臓器が前の持ち主の記憶を持っている,と言う設定はそれ程目新しい感じはしませんが,主人公の菜深の体験がリアルに表現されています。そして最後の結末もかなりの驚愕が味わえます。読む人によって,好き嫌いが大きく別れる作品でしょうが,この手の話は私にとって苦手です。

 

「月下の恋人」 浅田 次郎  2006.11.13 (2006.10.25 光文社)

☆☆

@ 「情夜」 ... 妻にも息子にも愛想をつかされ捨てられた男。彼の元に知らない女性宛ての謎の手紙が届けられた。
A 「告白」 ... 今の父親は本当の父親ではない。ペンキ屋をしているので,服も車もペンキ臭くて嫌だった。
B 「適当なアルバイト」 ... 友人が見つけてきた新しいバイトは,遊園地のお化け屋敷のお化け役だった。
C 「風蕭蕭」 ... 刺客として利用される事になったうだつのあがらないチンピラ。最後の日,彼はある物を残していった。
D 「忘れじの宿」 ... 13年前に亡くした妻の事が忘れられなかった男。その思い出のしこりを揉み解すと言う宿。
E 「黒い森」 ... 長い海外生活から戻って,社内の女性と結婚する事になった。しかし社内の反応は意外だった。
F 「回転扉」 ... 回転扉で見掛けた一人の紳士。彼は自分にとって,自分の運命を変える存在に思われた。
G 「同じ棲」 ... 札幌への泊まりの出張は妻についた嘘だった。その日の夜中に自分のマンションに帰ってきた男。
H 「あなたに会いたい」 ... 一度は捨てた故郷を久し振りに訪れた男。借りたレンタカーにはカーナビが付いていた。
I 「月下の恋人」 ... 恋人と別れるつもりで出掛けた海辺の旅館。ここで彼らはもう一組のカップルを見掛けた。
J 「冬の旅」 ... 急に思い立って出掛けた冬の一人旅。夜行列車にはスキー客や登山者達が乗り込んでいた。

 帯に書かれた「不器用だけど,生きていく」と言う言葉がピッタリの短編集です。出てくる主人公は,皆どこか要領が悪いと言うか不器用で,遠回りばかりしてしまいます。自分の思いを上手く回りに伝えられない,だから読んでいる方からすると,どうしたって応援したくなってしまう。その点からすると浅田さんの上手さを感じてしまうのですが,ちょっと待て。これは最近の浅田さんの短編を読んで感じる事なんです。感心はするけど,感動できないと言うか,浅田さんの短編に期待するのはこう言う作品では無いんではないでしょうか。やはり「鉄道員(ぽっぽや)」の頃の作品とか,天切り松の様な話なんじゃないでしょうか。それと,「情夜」とか「黒い森」とか,結末をどの様に理解していいのか判らなかった作品もあります。これらはリドルストーリーって訳でもないですよね。スッキリしない感じも残りました。

 

「新宿鮫(9)狼花」 大沢 在昌  2006.11.16 (2006.09.25 光文社)

☆☆☆☆

 ナイジェリア人同士の傷害事件を調べていた鮫島は,事件の陰に国際的な故買市場が存在する事に気が付いた。調べを進めていくうちに,それは日本に舞い戻ってきた仙田が作り上げた,新たなシステムである事が判って来た。そのシステムを奪おうとする広域暴力団,その間で揺れる中国人女性。そんな中警視庁は,年々国際化する犯罪に対処する為,組織犯罪対策部を新設した。そしてその理事官には,鮫島の同期の香田警視正が着任した。

 4年半振りに出たシリーズ第9作。冒頭からそのブランクを感じさせない迫力で物語は進みます。外国人同士の傷害事件をきっかけに故買市場の存在に気が付く鮫島。そして夢を叶える為に日本にやってきた中国人の明蘭。二つの話が並行して進みますが,そんな中で全体の構図が明らかになってきます。故買のシステムを作り上げた国際犯罪者の仙田,明蘭を足がかりにそのシステムを乗っ取ろうとする石崎。そして彼らに対する香田と鮫島ですが,こちらでは自らが信じる正義と信念が激しくぶつかり合います。このシリーズでは,日本と言う国の警察のあり方を問うと言った部分も一つの要素です。理想と現実を背景にした二人の意見の違いは一つの読みどころですね。ストーリーの緻密さ,スピード間溢れる展開,現実的で深刻なテーマ,とにかく圧倒されます。でもちょっと不満なのは,一方のヒロインである明蘭の人物描写の薄さによる魅力不足。そしてシリーズを通して重要な位置にあった,香田と仙田と言う二人の人物における結末の唐突さ。そしてもう一つ言えば,今や売れっ子ロックシンガーとなった昌との関係が,うやむやになっている点でしょうか。

 

「真夏の島に咲く花は」 垣根 涼介  2006.11.18 (2006.10.10 講談社)

☆☆

 両親の移住に伴いフィジーに帰化し,日本食レストランのマネージャーをしている織田良昭。良昭の恋人のサティーは,父親が経営する土産物屋を手伝っているインド人。ワーキング・ビザでフィジーの観光会社に勤務する塩田茜。茜の恋人のチョネは,ガソリンスタンドで働くフィジー人。フィジーのビチレヴ島で暮らす4人の若者の耳に,首都のスバでクーデターが起こったと言うニュースが飛び込んできた。

 フィジーと言うと,ラグビーが強い南太平洋の島国,と言う知識しかありません。そして南の楽園と言うイメージが強かったのですが,結構複雑な背景があるんですね。少なくとも国民の半分がインド系の移民だとは知りませんでした。ここではフィジーに帰化した日本人,フィジーに住む日本人,インド人,純粋なフィジー人の4人が主人公です。そんな彼らの日常の中に影を落とすのが首都で発生したクーデター騒ぎ。垣根さんの過去の作品からすると,そう言った場面が迫力を持って描かれるんだと思われます。でも本作は全く違います。時間が止まった様な南の島での生活と,その裏にある人種の違いによる微妙な世情。そんな中での人種の違う4人の友情や愛情を通じて,生きる事の意味を描いているんでしょう。個人での土地所有の概念が無く,山に行けば豊富な果物があり,海に行けば新鮮な魚介がある。そう言った生活は,驚きでもあり,羨ましくもあります。私は日本の東京での生活しか知りませんが,そんな所で暮らしたら人生観変るでしょうね。ちなみにフィジーでは1970年にイギリスから独立した後,クーデターは3回起こっており,一番最近のは2000年だそうです。

 

「地獄小僧」 小杉 健治  2006.11.20 (2004.11.18 角川春樹事務所)

☆☆☆

 同心の伊原伊十郎は,世間での岡っ引きの悪評を憂いていた。このままでは岡っ引きを使う事が禁止されてしまう。そこで伊十郎は,世間での岡っ引きに対する印象を良くしようと一計を案じた。たまたま美人局の罪で捕まえた三兄弟を,人気の高い岡っ引きに育てようと考えた。三人は,頭は切れるが悪人顔の平助,力の強い次助,男とは思えぬ美貌の佐助だった。

 副題に「三人佐平次捕物帖」と付けられている通り,この兄弟3人で佐平次と言う名の一人の岡っ引きが主人公です。小杉さんには「風烈廻り与力・青柳剣一郎」を主人公とする時代物のシリーズ作がありますが,こちらも同じ時代物のシリーズです。こちらの方がコミカルな感じですが,3人の兄弟の関係が面白いですね。まあ話が上手く転がりすぎるきらいはありますが,同心と岡っ引き,火盗改との絡みが判り易い。岡っ引きになったばかりなので,今後の彼らの成長に期待しましょう。しかし1作目が2004年11月なのに,もう6作目まで出ています。かなり力を入れているんでしょうか。

 

「パパとムスメの7日間」 五十嵐 貴久  2006.11.21 (2006.10.30 朝日新聞社)

☆☆☆☆

 女子高生で16歳の小梅の願いは,ケンタ先輩との両想い。今週の土曜日は初デートの日だった。父親は化粧品会社に勤める47歳のサラリーマンで,新商品開発プロジェクトのリーダーを任されていた。父親を嫌うムスメの小梅,そんな関係に寂しさを感じているパパ。そんな二人の人格が地震をきっかけに,突然入れ替ってしまった。

 デビュー以来,ホラー,ミステリー,時代小説,青春小説など様々な作品を書いている五十嵐さんですが,今回は人格の入れ替り物。47歳の父親と16歳の娘が入れ替ってしまいます。まあ人格が入れ替ると言う設定は,さほど新鮮ではありません。ですから入れ替ってしまった事によるドタバタを,いかにユーモラスに,いかにスリリングに描き,そしていかにホロリとさせるかが見せ所でしょうか。そう言った意味では16歳のサラリーマンと47歳の女子高生の組み合わせは絶妙です。娘の代わりに初デートに望む父親,会社の御前会議でとんでもない発言をする娘。娘の振りをする父親はまだ判りますけど,会社のプロジェクトリーダーを勤める娘は少々無理があるでしょうか。でも,ありきたりの展開かもしれませんが,十分に楽しめました。ちなみに私も17歳の娘を持つ父親ですので,ちょっと複雑な気もしました。

 

「雷の季節の終わりに」 恒川 光太郎  2006.11.23 (2006.10.31 角川書店)

☆☆☆

 地図には載っていない穏(おん)と言う小さな町で暮らす賢也には,一緒に暮らしていた姉が居た。この町には冬と春の間に雷の季節があり,ある年の雷の季節に姉は行方不明になったままだった。そしてそれと同時に賢也は,「風わいわい」と言う物の怪に取り憑かれてしまった。「風わいわい」は姉を失った賢也を励ましてくれたが,賢也はその存在を隠し続けていた。そんなある日,健也はある秘密を知ってしまった事から,穏の町を出なければならなくなった。

 デビュー作の「夜市」で第12回日本ホラー小説大賞を受賞した,作者の第二作目。前作ではホラーと言うよりも,ファンタジー溢れる魅力的な異世界を堪能させてくれました。さて本作でも不思議な世界が描かれます。風が吹き荒れ雷がずっと鳴っている神の季節がある穏の町。墓町の番人と幾多の幽霊,外の世界から時々やってくる商人,いつの間にか消えてしまう穏の住人。怪獣だとか魔法使いが出てくる異世界ではなくて,現実の世界とちょっとずれた異世界。前作同様に,こうした世界の描き方がとにかくいい。でも後半になって,賢也の正体だとか,姉の行方不明の真相,風わいわいが取り憑いた理由等が明確になります。そこら辺が少々強引な感じがして,余韻が感じられない気がしました。こうした作品の場合,ミステリーではないんですから,話のつじつまが合っていなくてもいいんですよね。無理にきっちりとしたストーリーにする必要は無かったんじゃないかと思いました。

 

「博士の愛した数式」 小川 洋子  2006.11.24 (2003.08.30 新潮社)

☆☆☆

 交通事故の後遺症によって,80分しか記憶をする事ができなくなってしまった老数学者の博士。そんな彼の元に通う事になった家政婦は,長男との二人暮らし。博士からの提案によって,10歳の長男は学校の帰りに博士の家に立ち寄り,3人で時間を共有する様になった。博士は息子の事を「ルート」と呼び,様々な数学の話や,博士の記憶に残っている阪神タイガースの江夏投手の話をした。

 この新たな記憶を蓄積できなくなってしまう「前向性健忘症」を扱った作品を読むのは,北川歩実さんの「透明な一日」と黒田研二さんの「今日を忘れた明日の僕へ」に続いて3作目です。前の2作はミステリーの材料としてこの病気を扱っていました。それに対して本作はこの症状を持つ老数学者との触れ合いが大きなテーマです。特に10歳のルートの博士に対する接し方が温かく,読んでいるこちらの心まで温かくなった気がします。そして博士が愛する数学にしても,その魅力が判る訳ではありませんが,伝わってくる気がします。私は数学に興味は無いのですが,奥が深く好きな人には堪らない魅力があるんでしょう。でもこの博士は自分を襲った運命に対して,何故何の抵抗もしないんでしょうか。服に簡単なメモを挟むんじゃなくて,もう少し日々の記憶を積み重ねる方法はあると思います。本当に数学が好きなら数学者ならではの方法で,効率の良い記憶の引き継ぎ方なりを考えるべきではないんでしょうか。そこら辺が気になってしまいました。

 

「赤に捧げる殺意」 アンソロジー  2006.11.27 (2005.04.25 角川書店)

☆☆

@ 「砕けた叫び」 有栖川 有栖 ... 殺された男のそばには,ムンクの叫びをモチーフにした人形が,砕かれていた。
A 「トロイの密室」 折原 一 ... 山奥に建てられた別荘。元ダンスホールだった部屋に泊まると,必ず死ぬと言われていた。
B 「神影荘奇談」 太田 忠司 ... 
俊介君達が喫茶店の客から聞かされた,奇妙な洋館でのとんでもない出来事の真相。
C 「命の恩人」 赤川 次郎 ... 新幹線の駅のホームから落ちた娘を助けてくれた恩人。彼から意外な頼み事をされた母親。
D 「時計じかけの小鳥」 西沢 保彦 ... 
久し振りに立ち寄った本屋で買った文庫本には,以前の持ち主の書き込みがあった。
E 「タワーに死す」 霞 流一 ... 映画の撮影現場に置かれたミニチュアの東京タワーに,人が刺さって殺されていた。
F 「Aは安楽椅子のA」 鯨 統一郎 ... 
首なし死体で見つかった男の妻からの依頼は,夫の首を探す事だった。
G 「氷山の一角」 麻耶 雄嵩 ... お笑い4人組のマネージャーが殺された。現場には彼らの犯行を示す血文字が残されていた。

 「砕けた叫び」「氷山の一角」「血文字パズル」で,「神影荘奇談」「時計しかけの小鳥」「Aは安楽椅子のA」「名探偵は,ここにいる」と言う同じアンソロジーで読みました。アンソロジーって作品の使い回しって良くあるんでしょうか。ちなみに「トロイの密室」「模倣密室」で読みました。ですので初めて読むのは8作中たった2作。ですけどほとんど内容は忘れているんですよね。良く覚えていたのは「Aは安楽椅子のA」でしょうか。あまりにも突飛だったもので。さて本作とは姉妹作(?)の関係にありそうな「青に捧げる悪夢」は,全体的にホラーっぽい雰囲気に溢れていましたが,本作の方はミステリー度が高くなっています。特に「砕けた叫び」「神影荘奇談」など,いつもの探偵役が出てくる作品がいいでしょうか。

 

「名もなき毒」 宮部 みゆき  2006.11.29 (2006.08.25 幻冬舎) お勧め

☆☆☆☆☆

 財閥系企業の今多コンツェルンで社内報の編集をしている杉村三郎。彼の部署で雇っていたアルバイトの原田(げんだ)いずみは,とんだトラブルメーカーだった。クビになった彼女は,嘘を書き連ねた手紙を会社に送ってきた。調べたところ,前に居た会社でもかなりの問題を起していたらしかった。そして後始末の為に訪れた私立探偵の北見一郎の事務所で,杉村は一人の女子高生と出会った。彼女は古屋美知香と言い,最近起こった連続無差別毒殺事件で祖父を失っていた。

 最近の宮部さんって,時代物だとかSF作品が多くて,現代ミステリーは3年振りです。その3年前の作品が「誰かSomebody」で,本作はその続編となっています。題名にある通り「毒」がテーマとなっており,前作同様社会性の高い作品になっています。人を無差別に殺傷する,飲み物に巧妙に仕組まれた毒。シックハウス症候群や土壌汚染の様に,知らず知らずの内に人々を苦しませる毒。そして怒りから発せられる悪意のこもった嘘と言う名の毒。さてそんな毒に満ち溢れた事件に関わる事になった杉村は,財閥系大企業の総帥の娘の婿さん。でも義父の跡を継いでと言う立場には無く,不思議な立場なんですよね。性格的にもノホホンとしていて,到底探偵役が務まるキャラクターではありません。そんな彼が事件に巻き込まれて行き,また周囲も巻き込んでいく。そしてその周囲の人物が魅力的。口の悪い編集長の園田,定年を前に奮闘する谷垣さん,代わりのアルバイトで入った五味淵まゆみ,ジャーナリストの秋山,人情味溢れる萩原社長,癌に侵されても最後の仕事に望む探偵の北見。そして何と言っても存在感のあるのは義父の今多会長でしょうか。前作でも「民度が下がっておるのだ!」の一言が印象的でしたが,今回も印象的な会話があります。やはり宮部さんは現代を舞台にした社会派作品がいい。

 

「さよなら妖精」 米澤 穂信  2006.11.30 (2004.02.25 東京創元社)

☆☆☆☆

 高校3年生の守屋と太刀洗は,下校中に雨宿りをする一人の少女を見つけた。彼女は日本人とは思えなかったので,英語で話しかけたが言葉は通じなかった。しかし彼女は日本語がペラペラだった。名前はマーヤと言い,ユーゴスラビアから日本にやってきたと言う。日本で彼女を世話するはずだった人物が,日本に来てみたら亡くなっており,泊まる所も無いと言う。両親が宿屋を経営している同級生を紹介する事によって,異国の少女との短い生活が始まった。

 日本の高校生がユーゴスラビア人のマーヤと出会うのは1991年4月。この年ユーゴスラビアでは内戦が勃発し,その後セルビア,モンテネグロ,クロアチア,ボスニア・ヘルツェゴビナ,マケドニア,スロベニアの6ヶ国に分裂してしまいます。マーヤが日本にやってきた時には,内戦は起こっていませんでした。本作は紛争で危険なのを承知で祖国へ帰ってしまったマーヤを,守屋達が回想する形になっています。彼女は一体どの共和国に帰っていったのか,守屋の日記などを元に推理していきます。とは言っても推理が中心ではなく,同じ年代の日本とユーゴスラビアの若者の交流が淡々と描かれていきます。何事にも興味を示さず特別な行動をする事もない守屋達。「哲学的な意味がありますか?」と言って,日本での全ての経験を新鮮に捉えるマーヤ。守屋達の青っぽさ子供っぽさを,どうこう言うつもりはありません。と言うよりも,そんな彼らの若さや純粋さに憧れる気持ちが沸いてきました。ちなみにユーゴスラビア,妖精と言っても,サッカーのストイコヴィッチは全く関係ありません。